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妙にデカいのがそこにはある

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俺が予想した通り、遺跡の入り口に進入した人間の命をおびやかす危険な罠も無く、すぐに調査団が内部へと入る手筈が整えられた。
魔道具製の明かりと松明が用意され、調査団の人員のうち、3分の1がこの遺跡へと投入される。
ほとんどが遺跡発掘に従事した経験がある人間か遺跡研究者で構成されているが、これでも大分減らしての人数だ。

遺跡発掘がこの国の人間にとって一大イベントであることは分かっていたが、まさか随行員を含めた全員が遺跡内部へ入る者の選定に立候補するとは思わなかった。
さらに、その中にクヌテミアとエリーも手を挙げたときは頭を抱えたほどだ。
当然ながら王族が発掘したての遺跡に入るなどもってのほかで、セドリックを含めた全員から止められて渋々引き下がったが、まだ完全に諦めていない顔のエリーには要注意だ。

この遺跡は飛空艇を手に入れることを目的とした探索の結果発見されたわけで、目的の飛空艇が無ければこの遺跡の価値は低くなる。
たとえ貴重な遺跡だとしても目当てのものがあると踏んで探しただけに、期待を満たすことが無ければ国の上層部は渋い反応しかしないだろう。

遺跡調査に臨む人間の大体は埋もれていた歴史の一幕に触れることを楽しみにしているような人種ばかりだが、セドリックを始めとした調査団のトップにいる人間には、国の上層部から飛空艇発見の期待を一身に受けている者も多く、その使命感が遺跡発見の興奮を抑え込んでいるように見受けられる。

そんなことを考えている内に準備は終わり、遺跡内部へと進入する者達へクヌテミアから声がかけられる。
「此度の遺跡はソーマルガ国内において非常に重要な遺物が残されているはずです。それは皆さんも既に体験している、あの飛空艇です。あれはそちらのアンディ殿が偶然発見したものですが、幸運にも他の飛空艇が眠る場所もアンディ殿が齎してくれました」
クヌテミアが手で指した俺にその場の全員の注目が集まる。

ある意味では俺が前代未聞の乗り物である飛空艇を発掘したとも言えなくもないので、この国の人間からしてみたら俺の成した偉業は相当な物らしい。
誰もが羨望と尊敬が混じった眼を向けてくるものだから、背中がむず痒くてたまらん。

「この遺跡はかつての古代文明時代においては博物館と呼ばれていた施設とのこと。内部には歴史的資料価値の高いものが収められているそうです。それらの調査はもちろん、飛空艇を見つけることもまた重要なことと心しなさい。飛空艇を手に入れるということは、我が国が輝ける未来へと続く道の始まりとなるかもしれません。皆さん、くれぐれもお気をつけて調査に臨んでください。セドリック殿、中での指揮はお任せしますよ」
「はっ。お任せください。必ずやご期待に応える成果をお見せしましょう。…これより遺跡内部へと入る!明かりを準備せよ!」

セドリックの言葉で遺跡内部へと入る者達の手元に火がともされた松明と魔道具のランプが手渡されていく。
魔道具の明かりの他に松明を用意したのは、たまに遺跡内部には魔道具に使われている魔石に込められた魔力を急激に消費させる謎の仕掛けがあるらしく、おまけに火がついている間は酸素がある、つまり呼吸が出来るという目安にもなるため、初めて足を踏み入れる遺跡ではどちらも欠かせないそうだ。
飛空艇を一番よく知るということで俺もこの中へと同行する。

まず入り口から少し入った所まで松明を前に出しながら歩き、呼吸が出来ることを確認しながらゆっくりと進んでいく。
入り口付近からまだあまり進んでいないが、それでもここまで見た感じでは俺が知る博物館の雰囲気とはそれほどかけ離れていない内装は、古代文明独特の様式の中にもシックな雰囲気が感じられて実に趣き深い。
どこかの歴史ある高級ホテルのロビーと言っても納得できそうな感じだ。

ここまで罠らしき罠も無く、むしろ非常に歩きやすいように整えられた床と静寂一色の空間に、調査団の人間も警戒の色が薄れ始めている。
遺跡内部は入り口から奥へ向かうにつれて広くなっており、足音の反響音が返ってくる時間がもう随分長くなっていた。

明かりで壁の様子を見てみると、どうやらここは岩山の中に作られた遺跡ではなく、岩山の付近にあった博物館が何らかの災害かで岩が崩れて埋もれたと見た方がよさそうだ。
現に今明かりで照らした先ではつるつるした綺麗な壁面が途中から強引な力でかき回されたようにボロボロになっている。
崩落の可能性のある岩山の近くという、おかしなところに博物館を作るものだと思ったが、古代文明がどういう意図でそうしたのかは分からないので、何か俺には分からない深い理由があったのかもしれない。

明かりが乏しい中でも研究者達は内部のあちこちに散らばり、着々と情報を集めてセドリックの元へと報告に来る。
「あちらは主に服飾系のものが置かれているようです。過去の遺跡でも発見された貫頭衣に似た服もありましたから、同じ文明かもしくは派生期のものと推測します」
「そっちの方面は私はあまりわからんな。服飾系はヤジレが詳しいはずだから、彼女を連れて行ってくれ。飛空艇に関する手掛かりはどうか?」
「そちらはあまり…。なにせこの暗がりですから、ほとんど手探りになってしまいまして、あまり次々と調査は進められませんね」

確かにこの中で明かりと言えば魔道具のランプか松明ぐらいで、それもあまり広範囲を照らす事も出来ないため、ポンポンとペースアップして調べるというのが難しい。
セドリックもそれは分かっているので、報告に来た研究者の言葉に頷きを返していた。

「団長!ありました!飛空艇と思しき巨大なものが、奥に!」
報告を受けていたところに息せき切って駆けよって来た一人の男性が、ついに待ちわびた報告を聞かせてくれた。
「あったか!でかした!どこだ!案内せよ!」
「はい!こちらです!」
歓喜と興奮がいっぺんに湧きあがったセドリックが上げる大声に反応して、周りに散っていた人達も集まりだして飛空艇が置かれていると思われる場所へと足早に向かいだした。

先導する男性に続いて暫く歩くと、人一人が通れる程度に押し開けられた巨大な門へと辿り着き、空いている隙間に体を滑りこませるようにして中へと入っていく。
すると中には他の人もいたようで、手に持った明かりが照らす先には、確かに飛空艇と思しき影があった。

まだまだ暗い中で見えた飛空艇らしき影は、確かに巨大ではあるが、ぼんやりと明かりがなぞる全体像は俺の飛空艇よりも大分小さい。
どちらかというと飛空ボートと言った方がいいぐらいのものだ。
おまけに材質も木で出来ているようで、所々に劣化の跡も見られる。
しかし、その周囲に剥がれ落ちた木片なども無いことから、恐らく元々劣化していたものを展示していたのだろうと予想する。

「…想像したのよりも大分小さいな。アンディ殿の物はもっと大きかったが?」
期待していたよりもサイズが大きく劣る目の前の物体に、若干テンション下がり気味で呟くセドリック。
その言葉を聞いて若干の焦りからか、近くで調べていた研究者が早口で見解を話し出す。
「確かにアンディ殿のものとは形も大きさも異なりますが、ここを見て下さい。ここにパルセア語で『飛空式航行器』とあります。字面通りに受け取るならこれは空を飛ぶものということになりますよ!」
飛空ボートの置かれた場所には確かにパルセア語の書かれたパネルのようなものが立てられており、どうやらそれが展示物の情報が書かれたものだったらしい。

パルセア語の解読には今まで分厚い辞書が必要だったが、今では目の前にいる男性が手にしているタブレットのおかげで、カメラでパルセア語をタブレット本体に情報として取り込むだけで瞬時に翻訳される。
今回の遺跡調査でも数は少ないがタブレットが持ち込まれており、それを使って飛空ボートの情報もあっさり解読したようだ。

念願の飛空艇の手がかりともいえる目の前の物体だが、生憎だがこれ単体ではハリム達ソーマルガ上層部を満足させる成果にはならないだろう。

ただ運のいいことに、このエリアにあるのはこれ一つきりというわけではなく、奥へと続く空間に飛空艇は数多く存在していた。
どれも展示品として置かれていたようだが、木製のものを除いてほとんどの飛空艇は保管状態も良さそうだ。
目当ての場所を見つけたと判断し、セドリックが外にいた人間も呼び入れて松明と魔道具のランプをそこかしこに設置する作業を総出で行っていく。

ここまでの道のりと今いる空間に危険がないことも分かったため、クヌテミア達もここへと呼び寄せることにした。
親子そろってキョロキョロと周囲を興味深そうに眺めながら現れた二人は、広間となっているこの場所を照らす明かりによってライトアップされた飛空艇の群れを見て、一瞬呆気にとられていた。

正気に戻ったところで早速クヌテミア達は展示されている飛空艇を見て回り、はしゃぐ姿は仲のいい親子の買い物風景といった感じだが、口にしている言葉はどうもどの飛空艇を貰おうかを話し合っているようだ。
多分後でグバトリアがねだられる羽目になるだろう。

明かりが多く用意されたことで最初の頃とは比べ物にならないぐらい明るくなったこの空間を見渡してみると、飛空艇の展示場と言うよりも、飛空艇の墓場といった印象の方が強く感じられるのは、やはり長い年月で人の気配が絶えて久しい空間故の寂寥がそこはかとなく漂っているからか。

高さ以外は某ドーム型球場を優に超えるほどの広さのあるこの場所は、半地下となっているようで、どうやらあの岩山の遺跡はただの入り口で、博物館自体はこの地下に広がる空間に作られたらしい。
所々に崩落のせいで潰された飛空艇の姿もあり、全体のどれだけがまともに動くのか調べるのにかなり時間がかかりそうだ。

俺達が入って来た入り口から奥に向かうにつれて飛空艇のフォルムは洗練されたものになっていき、想像するに恐らく手前から奥にかけて年代が進んでいく展示方法を取っていたのだろう。
パルセア語で書かれた解説も年代が進むたびに情報量が増えていき、中程に置かれた飛空艇などは説明が多すぎてパネルが何枚も使われているくらいだ。

そんな飛空艇の展示品の森の中を通り抜けた先である一番奥の方には、ここにある飛空艇の中では最大級と言える大きさの物が鎮座していた。
当然他の人達もこの巨大な物体に注目を集めており、特に声をかけたわけでもないのに一人また一人と巨大飛空艇の周りへと集まりだした。
巨大ではあるが展示物なら情報が書かれたパネルがあるはずだが、ざっと左右を見渡してみてもそれらしきものは見当たらない。
唯一少し離れた場所にパネルが設置される土台の跡があるのだが、そこに本来あるべきものがないのは誰かが撤去したか、あるいは未設置の状態でこの博物館が放棄されたか。

「大きいな…。風紋船もかなり巨大な乗り物だと思っていたが、これほどのものが古代文明時代には空を飛んでいたというのか…」
見上げるセドリックがつぶやいたのはこの場にいる全員の気持ちを代弁したもので、人の手で動かす乗り物と言う点では風紋船こそが最大級のものだとこの国の人間は思っている。
しかし目の前にある巨大飛空艇は、周りに置かれた明かりでは全体像を照らし切ることが出来ないほどの大きさで、見えている限りでは全長200メートルは楽に超えるほどで、高さに至っては明かりが届かないせいで頂点がまったく見えない。
ややオーバーハング気味の船体の横腹を見るに、恐らく円筒形か船に近いフォルムをしている可能性が高い。

この大きさの物を展示できる博物館もすごいものだが、これを室内に飾ろうと考えた人間もなかなか派手好きな性格をしていたに違いない。
ある意味バカ。

「見た所、周辺に崩落の跡はありませんし、船体にも見えている範囲では損傷もないようです。これを動かすことが出来れば国王陛下もお喜びになるでしょう」
ランプを手に船体の周りを回って来た者の言う通り、この空母みたいな飛空艇は見た目のインパクトもさることながら、飛空艇としての能力もしっかりと発揮すれば、ソーマルガの大きな力となるはずだ。
今から小躍りするグバトリアの姿が思い浮かぶ。

「よし、ではこの巨大飛空艇を調べるのに人数を使いたい。ダリア殿とメイエルの指揮の下、魔道具系に知識のある者でこの船に乗り込んでくれ」
セドリックの指示の下、調査団の面々が早速動き出す。
俺はどうしようかと思っていると、全体への指示出しの終わったセドリックが声をかけてきた。

「アンディ殿」
「はい?なんでしょう」
「アンディ殿にはお願いしたいことがあるのだが、よろしいか?」
「ええ、手も空いていますし、構いませんよ」
まあ大体頼みたいことは予想できる。
このタイミングでということは飛空艇に関する事だろう。

「手間を取らせることになるが、君には周辺に置かれている他の飛空艇を見て回って欲しいのだ」
「あぁ、なるほど。実際に飛べそうなものとそうでないものを分別するんですね」
「察しが良くて助かる。飛空艇に関しては実際に操舵を行う君が一番分かっているのでな。…この紐を持って行ってくれ。飛空艇として使えるものには白い紐を、使えないものには黒い紐を、判断がつかないものには赤い紐を目立つところに括り付けてくれ」

差し出されたセドリックの手には赤白黒3色の紐をひとまとめにしたものが握られていた。
飛空艇のトリアージかと納得したが、小型の飛空艇から大型の飛空艇まで、結構な数があるため、飛べるだけの機能を維持しているかを確認しながらとなると結構時間がかかりそうだ。
とはいえ、これに関しては俺が一番適任だというセドリックの意見もわからんでもない。

「わかりました。一隻ずつ調べますので、かなり時間がかかるとは思いますが、定期的に人を寄越して情報を共有させて下さい。俺もあの巨大飛空艇の様子は気になりますから」
「うむ、一刻ごとに人をやろう。その時に判明した情報を持たせるから、君の方も簡単な報告をその者に伝えてくれ。それとこれを貸しておく」
そう言ってセドリックが腰元のポーチに手を伸ばし、そこから取り出したものをこちらへ放って来た。

「―っと。…へぇ、魔道具の時計か。結構な貴重品じゃないですか」
危なげなくキャッチした俺の手には金色の懐中時計が収まっており、24分割された文字盤にはしっかりと時を刻む針が表示されている。
俺の知る時計とは違い、24時間で一周するものなので、細かい時間は分からないが、この世界では貴重な時間を知る魔道具だ。
先程セドリックが言った一刻と言うのも二時間を差しているので、時計の針が二目盛り進むごとに人を寄越すというわけだ。

「以前とある遺跡の発掘で手に入れた物だ。見つけた時は完全に壊れていたが、部品を買い集めて魔道具職人の元へ持ち込んで直してもらったのだ。貴重な品なのはもちろんだが、思い入れもあるのでな。予備はあるがくれぐれも失くさないでくれよ」
「ええ、気を付けますよ。では、俺はすぐに作業に入るのでこれで」

セドリックと別れ、俺はとりあえず一度一番入り口に近い飛空艇から取り掛かることにした。
年代的に一番古い順に当たっていくのにはちゃんと理由がある。
古いものほど仕組みが単純で頑丈なのは恐らくどの世界でも同じだと思うので、動くかどうかを確認しがてら時代を追っていくことで技術の進歩も分かるという一石二鳥を狙えるのだ。

それにこうして見てみると、やはり古い時代のものは小型で数が多く、時代が進むと大型化していく傾向にあるようで、疲れが無いうちに数をこなした方が後々楽になるかもしれないという目論見もあった。
飛空艇を完全に修理するわけではなく、程度の度合いを分別するだけなのでどんどん進めていきたいものだ。
手始めに状態が良く、細々とした仕掛けもなさそうなシンプルな小型の飛空艇から当たってみよう。







あれから作業に没頭して暫く経ち、一度セドリックの使いの者が来たので、こちらの進捗状況を口頭で話すと、情報交換の形で大型飛空艇の様子も聞くことが出来た。
大型飛空艇はやはり船体の大きさもあって、まだ大まかなことしかわかっていないが、一番の収穫は動力がほぼ無傷であるため、調査の結果次第では動力を復活させることが出来そうだということだ。

船外・船内共に保存状態もよく、用途不明な機構は多いが、ほとんどが少し綺麗にすればすぐに動きそうなぐらいに完璧な状態を保っているため、動力さえどうにかなればすぐにでも飛べそうだというのが研究者達の見解だそうだ。
これから動力源を詳しく調査することにしているそうだが、出来れば俺も手が空いたらそちらへ来てほしいと言われた。

ある意味俺は飛空艇を復活させた第一人者と自称していい身ではあるが、果たして同じ方法であの巨大な飛空艇が復活するのか未知数のため、とりあえずこちらが一段落したらとだけ返事をしておいた。
意外と俺が行かずとも研究者達で動かせてしまいそうな気もするが。

俺の方の状況としては、置かれている飛空艇の中で、小型のものはほぼ見終わっていた。
ここまで見てきた中で、実際に飛べそうなものは2割ほどで、その中でも長期間の稼働に耐えられそうなものとなるとさらに数は大きく減ってしまう。
博物館内は減圧されていたおかげで経年劣化も抑えられていたのだが、ここにある飛空艇の大半は元々展示される段階で飛行できるだけの状態を保っていなかったものが多かったようだ。

だが、飛行能力を喪失した飛空艇も使い道はある。
ある程度年代の近いもの同士の船体はパーツの互換性もあるため、共喰いになるがパーツを相互で交換すればある程度の体裁は整えられる。
それでも動力は年代を重ねるごとに改良と進化が見られるため、大きな変更が加えられてしまうとどうしようもないものも多い。

飛空艇の動力源も、最初期の頃は人力から始まっていたが、ある時を境に魔石を用いたものに変わると一気に性能は飛躍していった。
飛行速度も航続距離も向上するとともに、軽量化を目的に船体に用いられる素材も木材から布に変わり、布から炭素繊維のような軽くて丈夫なよくわからない素材へと入れ替わっていったのが見て取れる。

これらのように途中でガラッと技術の毛色が変わったように感じられたのは、魔石を動力とする発想と技術が実用に達したからか、あるいは何かしらブレイクスルーがあったのか、これを見ただけではわかりようもないので、その辺りは他の研究者達の調査で判明していくかもしれない。

色々と見て回った結果、どうやら俺の飛空艇はこの中でも比較的新しい部類に入るようだ。
似たような機構を持った飛空艇もいくつかあったし、見た目がほぼ同じでサイズ違いだったりと、兄弟機と言えるものも結構な数が存在した。

残念ながらどれも飛空艇としては使えそうにないが、パーツ単位で見た場合は使えそうなものが多く、俺の飛空艇の保守パーツの当てが付いたのは素直に喜ばしい。
なにせ飛空艇は完全に古代文明の産物なので、現代の魔道具職人が飛空艇の解析を行い、保守パーツの製造を行うまでの保険としてこういったものがあるのは大いに助かる。
保守パーツとして引き取れないか後日ハリムと交渉してみよう。

大分切りのいい所まで仕分けが終わったので、巨大飛空艇の様子を見にそちらへ足を運んでみる。
離れてからまだ数時間しか経っていないにもかかわらず、もうしっかりとした足場が組まれており、そこを乗り降りする人が上げる威勢のいい声で周囲はかなりにぎわっているように感じられた。

まずはセドリックに話を聞こうと探してみると、クヌテミア達と一緒に人の流れの中心にいたのを見つけた。
次々に訪れる人から報告を聞くと直ぐに指示を出し、忙しそうにしているセドリックとは対照的に、少し離れた所ではどこからか持ち込まれたであろうベンチに腰掛けるクヌテミアがお茶を飲みながら穏やかな時間を過ごしている。
エリーの姿が見えないと思っていたら、クヌテミアの膝に頭を乗せて眠る姿が目に付いた。
どうやらはしゃぎすぎて疲れたのだろう。

人の流れが落ち着いた頃を見計らってセドリックに声をかける。
「セドリック殿、忙しくされているようですね」
「む、アンディ殿か。どうした?もしやもう終わったのか?」
「いえ、切りのいい所で少し休憩にしようかと思いまして。あの巨大飛空艇のほうはどうです?先程聞いた時は時間がかかりそうな印象でしたが」
「うむ、やはり見た目通り内部も相当広くてな。重要な施設らしき場所は既に把握しているが、なにせ多層構造の船体を昇り降りするのに時間がかかる。そのせいで想定よりも調査の進みは遅いのだ」
深い溜息とともに零れた言葉は、セドリックにのしかかる疲労の色も俺へと教えてくれた。

「セドリック殿、よろしければ俺も内部を見てみたいのですが」
「それは構わないが、いいのかね?まだそちらの作業も残っているのでは?」
「まあ気分転換のようなものですから」
実際仕分けは半分は終わっているはずなので、少しばかり他の事に首を突っ込んでみても問題はないだろう。

セドリックの許可をもらい、巨大飛空艇の横腹に寄り添うように組まれた足場へ向かうと、そこにいた人に事情を説明して上に上げてもらうことになった。
足場の一番上に取り付けられた滑車を使った原始的な昇降機が用意されており、上から垂らされたロープに括り付けられた籠に乗り込むと、横にいた人が金属の棒を打ち鳴らす。

それが合図だったようで、俺が乗る籠がゆっくりと上へと持ち上がり始める。
上の方では魔道具の明かりがポツリと見えているだけだが、徐々に近づくにつれて明かりが強くなっていくのはなんとも安心感がある。
入れ違いに下へと向かう籠とすれ違ったが、あれが下に行くことで俺の載る籠が上へ引っ張られる力となっているのだろう。

頂点付近で向こうにいる人がブレーキを徐々にかけてくれたので到着は実にスムーズなものだった。
籠を支えてもらいながら降りた先は巨大飛空艇の甲板にあたる場所のようだ。
そこらに明かりが灯されており、様々な人たちがせわしなく動き回っている。

「やあやあ、よく来たね。セドリック君から話は聞いているよ。この船の中を見たいんだって?隅々まで調べつくしてないから案内らしい案内はまだ出来ないけど、それでいいなら好きに見て行ってくれ」
甲板に降りた俺を出迎えるようにして現れたのは、眠そうな顔をした女性だった。
藍色の髪を無造作に後ろで括っただけの、見るからに大雑把そうな性格を表している姿だが、顔立ちは美人の部類に入るだろう。
ただ、高い身長とスレンダーな体型のせいで、声を聴かずに暗がりの中で会ったら男性だと間違えてしまいそうだ。
馴れ馴れしさ全開で俺の肩に手を回してくるあたり、男との距離感でトラブルを抱えそうな人間だと見た。

「ダリアさん、初対面の人にそうやってすぐベタベタするの止めましょうよ。失礼ですって。…初めまして。私、メイエルって言います。そちらの方はダリアさんです。一緒にこの巨大飛空艇の調査の現場指揮を執ってます」
ダリアに少し遅れて現れた女性はメイエルと名乗り、ダリアとは違い、低い身長のせいか随分幼く見える。
加えて赤い髪をツーテールにしているせいで、なお幼さが助長されているが、体つきはとても子供らしいとは言えず、特に胸の大きさは男ならついつい目を奪われてしまうほどのボリュームを誇っていた。

「はじめまして、俺はアンディと言います。セドリック殿には見学と言うことでお願いしましたが、何か分かることがあったら皆さんに情報を提供したいと思っていますので、内部をうろつくことをお許しください」
言ってから少し上から目線で話しすぎたかと思ったが、ダリアとメイエルは特に気分を悪くした様子もなく、むしろ笑みを浮かべて喜んでいるように感じた。

「おー、それはありがたいね。正直、この手の調査には色んな人の意見が助けになったりするんだ。飛空艇に詳しい人間の意見ならなおさらだ」
「そうですね。私達はここからあまり離れられませんから、アンディさんに同行は出来ませんけど、何かわかりましたらここに来るか、他の人に伝言を託すなりして教えてくださいね」
メイエルは同行できないことを申し訳なさそうにしているが、俺としては好きに動き回れるのだから、一人の方が気楽でいい。

挨拶も済ませ、二人に見送られながら俺は甲板を後にする。
まるで空母の甲板を思わせるようなだだっ広い中、船で言う右舷側にあるドーム状の建物に地下階層へと続く階段があると聞いた。
恐らくだがこの建物は艦橋の役割を持っていて、甲板上は正に空母のように小型の飛空艇の発着場として使われていたのではないかという予想はここに来て徐々に強まってきている。

暫定的に艦橋と定めた建物へと足を踏み入れ、地下へと続く階段を探すと、真っ先に目に付いたのは明らかにエレベーターそのものと言えるような閉じた扉だった。
動力が落ちている今はわからないが、恐らく扉の脇にあるディスプレイにエレベーターを呼ぶスイッチの機能があると思われる。
動力を復活させたらこれも動くようになるはずなので、昇り降りに階段を使わないでいいのは楽でいい。

ダリア達の調査によって判明している動力のある場所は、この船のちょうど真ん中にあたる部分らしい。
階層を2つ降り、馬車が余裕で通れるほどの広さがある通路を船首側へ進んでいくと、人の気配と明かりで溢れる一角に辿り着く。
そこでは研究者達が動力の復活に四苦八苦しており、怒号にも似た話し合いがここにまで響いて来ていた。

「だから!動力って言うんだから魔石を交換して魔術師が魔力を流し込めばそれをきっかけに動き始めるんだろ!」
「違うって!そもそも魔石が収まる所が無いんだから、魔石以外でどうやって動力源が動くのかを探すんだよ!」
「ちょ待てよ。今別の所に行ってる奴らが動力源に関する資料を探してるんだ。意見をぶつけ合うのはそれが来るのを待ってからでもいいだろ」
「いや、その資料が来る前にこういう話をしておくのは悪い事じゃないっつってんだ!」

中々白熱している話し合いに、俺は動力室内に入ることが出来ずに入り口から顔をのぞかせていると、室内の様子に見覚えがあるのに気付く。
そこそこの広さのある部屋の奥には金庫室の扉のような円形の何かが見え、その両脇には細長い煙突のようなものが二本立っている。

俺はこれとよく似たものをカーリピオ団地遺跡で見たことがある。
重魔力炉と補助魔力炉だ。
こちらの方がサイズは小さいが、見た目は大分シャープな感じがして、カーリピオ団地遺跡のものよりも整っている印象だ。

一度魔力炉の起動を経験している身としては、恐らくこれも同じ手順で動かせるだろうと予想し、未だ話し合いの熱が冷めない室内に入り込むのも面倒なので、先にダリア達に話を通すことに決めた。
今来た道をまた戻るのだが、巨大な飛空艇の下層から甲板に戻るのは来た時同様の時間がかかり、正直気が滅入る。
早々に動力を復活させてエレベーターを動かせるようにしたいものだ。
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