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イアソー山よ、私は帰ってきた!

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 東西と南で他国と接するアシャドル王国は、外交と貿易もそれらの地方が中心として動いている。
 一方で北部地方はというと、そもそも隣国と国境が接していないので交流も衝突もなく、また領地こそ広いが秀でた産業のないということもあって、血筋以外では誇れることのない田舎貴族の寄り合い所帯という印象だ。

 他国相手に国境での小競り合いもないのだから平和とも言えなくもないが、農業以外の産業が今日まであまり育つことがなかったのは、あの辺りを統治する貴族に責任があったとも言える。
 北部閥とも呼ばれるその貴族達は、栄達を望もうにも領地の不遇によって今の立場を強いられていると思い込み、領地の改善よりも国の中枢へいかに影響力を増すべきかと、賄賂を贈ることだけを考えていたというのだから救いようがない。

 今までがそうだったように、北部地方は鄙びた地としてこの先も変わらずあり続けるだろうと思われていた中で、巨人の出現が状況を一変させた。

 当初は災害とすら見なされ、巨人の封じ込めを兼ねた土地の放棄まで検討されていたが、多くの勇士達の血と涙の果てに巨人が討伐された結果、一転してイアソー山周辺の地は多くの注目を集めることとなる。
 国益に利するものがほとんどない、アシャドル王国でも捨て置かれた地とも言えるこの北部エリアに、アシャドルは勿論、他国までが入り乱れる緊張状態のせいで、田舎と見下されていた頃とはうって変わって一気に超重要地域となってしまった。

 この世界では魔物しかり動物しかり、討伐した生物の素材を利用した様々な道具が存在する。
 傾向として素材が珍しければ珍しいほど強力で便利な道具に変わるため、巨人の死骸もまた有用な素材となる可能性に、北部地方に領地を持つ貴族たちは色めき立つ。

 今まで王国の中枢から遠ざけられていた自分達が、この巨人の死骸が齎す権益を使うことで国内への影響力を得るのだと、北部閥の貴族達は鼻息荒く騒いだそうだが、実際はそううまくはいかない。
 以前までなら、イアソー山の周辺はキューラー伯爵家が領有していたが、少し前の不祥事でその領地は縮小され、かなりの範囲が今はアシャドル王国の管理する地へと変わっている。

 イアソー山周辺をキューラー伯爵家が領有したままであれば、巨人の死骸から得られる利益を吸い上げ、さらに地縁のある北部閥の貴族達もそのおこぼれにもありつけただろうが、今この地を差配しているのが王都から来た役人達とあっては、暴利を貪ることもできない。
 せいぜい、必要な物資を多少割高で融通して利益を得るぐらいが関の山だ。

 莫大な利益の可能性を前にして、指を咥えて見ているしかない北部閥連中は大層不満に思っていることだろう。

 迷宮遺跡が発見された当時、ちょっとした村程度のものが麓には出来上がっていたが、その後に現れた巨人が討伐されたことによって、周辺の土地は急ピッチで開発が進められていく。
 未知の技術の塊である巨人の死骸を保護するための設備に、死骸の研究と開発のために必要な施設にと、辺境と言っていい地では珍しく大掛かりな工事が行われた。
 その様はさながら、城塞都市でも作ろうとするかの勢いだとか。

 そうして開発が進んだイアソー山周辺は、一年も経たないうちに街としての形が出来はじめ、この先の発展も見込んで今も多くの人と物が集まる、さながらゴールドラッシュかのような賑やかな地へと生まれ変わりつつあった。





「…といった具合で、荷台の方はそちらで管理してほしいとのことです。荷物の内訳はこちらの目録に」

 先程搬入の終わった荷車を前に、俺達の運んできた荷物の中身が書かれた書類を、隣に立つ男へと手渡す。

「おう、承知した」

 受取人の代表である男は、目録に素早く目を通すとチェック済みの印を付けていく。
 セインから任された荷運びの仕事だが、荷物の届先は役人や兵士といったアシャドル王国が公的に使っている人達ばかりで、その中身は多岐に渡る。

 日用品は現地で調達できるものはいいとして、それ以外に現地では賄えない特殊なものや個人に宛てたものなど、王都で出回っている嗜好品なども送られた。
 それらがきちんと送り届けたと受取人に確認されると、俺達の仕事は完了となる。

 俺が今いるのは、イアソー山の麓に作られた街にある、アシャドル王国の役人が詰める建物に併設された倉庫の中だ。

 巨人の死骸を囲うようにして建つ壁に隣接するこの街は、アシャドル王国の役人や兵士をはじめ、冒険者や商人に他国の者までと、様々な人間が生活する場所となっている。

 大雑把に区分けされているのは、主に巨人の死骸とそれを研究する施設を壁で囲んだ最重要エリアを中心に、外側がアシャドル王国に属する役人や兵士といった者達が仕事と生活をする行政区と呼べるエリアだ。
 そして、壁こそ築かれてはいないが建物の質の違いから明らかに区別できるそのさらに外側に、小口の商人や冒険者といった、重要エリアに入れない人間が勝手に住み着いてスラム街を形成していた。

 この街では巨人の死骸に近いエリアほどセキュリティは厳しくなっていき、なんのコネもなくただここに来ただけの人間では、一番外縁のエリアまでしか踏み入れられない。
 だが、アシャドル王国でそれなりに偉い人間のコネでもあれば、なんとか行政区まで踏み入ることは出来る。
 俺達もセインの紹介状を手にそこまでやってきて、荷物の搬入作業に勤しんでいた。

「…よし、確認できた。頼んでいた物資に不足はなし、と。ほれ、受領証だ、ご苦労さん」

 満足そうに頷いた男から差し出された受領証を受け取る。
 五センチ四方ほどのこのちっぽけな紙が、荷物を目的地へ送り届けたという証拠となる。

「ありがとうございます。それとこちらを」

 受領証と引き換えに、今度は俺から男へ手紙を手渡す。
 渡すのは役人がいいが、荷物の受け取りに立つ責任者でも構わないと言われていたので、ついでに目の前の男に託すとしよう。

「これは…セイン殿からか。何の手紙だ?」

 巻物になっている紙の表面に書かれた差出人の名前を見て、男が一瞬表情を緩めた。
 聞けばこの男、巨人との戦いの後にここに来たそうだが、直接彼女から指示を受ける機会も多かったため、セインとは顔見知りなのだとか。

「今ここに魔道具職人のクレイルズという人がいると思いますが、その人に面会させてもらうための紹介状です」

「なるほど、あいつらは壁向こうにいるからな。確かに会うなら紹介状はいるか。分かった、こちらで手配しよう。ここでの滞在先はどこに決めたんだ?」

「外縁の宿に。二つ並んだ岩の傍の」

 俺達にはセインの紹介状があるとはいえ、立場としては一冒険者に過ぎないため、こちらでの宿は自分で見つけなくてはならない。
 ここに来て最初に街の外縁へと足を踏み入れた時、簡単にだが聞き込みをしてマシな宿というのを選んでおいた。

 宿とは名ばかりの屋根と壁があるだけの店が多い中、寝具まできちんと揃えられていた宿はそこ一軒だけとあって、多少値は張るが懐の温かい今の俺達はそこ以外を選ぶ理由がなかった。
 スラム街だけにセキュリティには期待しないが、俺達に手を出すバカな人間がいたらそれはどれでいい見せしめにできる。

「ああ、あそこか。なら面会の予定が出来たらそっちに知らせを送ろう。それでいいか?」

「ええ、お願いします」

 クレイルズとの面会もこれで目途が立つと一安心し、用事も済んだことで俺は倉庫を後にする。
 外に出ると、たった今届けられた物資を求めてか役人達が倉庫前へと詰めかけており、ちょっとした騒ぎとなっていた。
 倉庫へ入ろうとする人間と出ようとする俺、異なる向きへ動くことで生まれる窮屈さをかき分け、這う這うの体で外に停まっているバイクの下へと辿り着く。

「待たせたな、パーラ」

「もー遅いよアンディ。荷物渡すだけだからすぐ終わるって言ってたじゃん」

 そこではバイクにグデリと身を預けたパーラがいて、倉庫でのやり取りが随分長引いたことに対する非難の声を口にする。
 バイクを外に放置しては盗まれる可能性もあったため、パーラにはバイクの番を頼んでいたのだが、すぐに戻るという俺の言葉を信じ、寒空の下でジッと待っていたのが堪えたようだ。

「仕方ないだろ。目録にはざっとしか目を通さなかったから、実際に細かい荷物が多いのに気付けなかったんだよ」

 俺達が運んできた荷物は量こそ普通の馬車の三分の二ほどだが、内訳の種類だけで言えば商隊が売り歩くのと遜色ないほどに細かく分類できるほどだ。
 それらをリストと照らし合わせる確認作業は人の手によって行われるため、時間が思ったよりもかかってしまったわけだ。

「ほらぁ、だから私言ったじゃないの。纏められるものは纏めて、それを目録に書き足しとけば受け取り時も楽になるって」

 王都を出発する前、セインから荷台ごと荷物を預かった際にパーラが提言したのは、荷物を可能な限りグループ化して梱包し、リストにそれを書き加える作業を済ませておくということだった。
 こうすることで、出発前に荷物の確認もできるし、届け先に着いたら搬出作業も楽になると、流石は元行商人だけあって効率的な方法を知っていたと感心したものだ。

 普段なら俺もそれに耳を傾けていただろうが、生憎あの時は天候の変化を気にして出発を急いでいて、ついパーラの提案を却下してしまった。
 そのせいで荷物の搬入作業の際に手間が大分増えてしまったのは、確かに俺が悪いとも言える。

「…まぁそのことはいいじゃあないか。それよりも、セインさんから預かった紹介状を託してきたから、そのうちクレイルズさんとの面会ができそうだぞ」

「何がいいんだか…でも、そうなればバイクの方もどうにか直りそうだね」

 そう言って、バイクの背後に繋がれたリヤカーを見るパーラにつられ、俺はリヤカーにかかっている覆いを少しめくってその中にある部品状態となっているバイクを見る。
 ここまでの旅の間に使ったバイクはやはり燃費の悪さが目立ち、何度元のバイクを恋焦がれたことか。
 それがようやく直せると思うと、肩が軽くなるような錯覚を覚える。

 懸念があるとすれば、今クレイルズにこの状態のバイクを渡しても直せるかというところだが、見たところこの街中には目立つ程度に魔道具が配備されており、また大掛かりな仕掛けが使われたものもチラホラと見られる。

 あれらの維持管理にかかる手間を考えれば、それなりの大きさの魔道具をメンテナンスする設備ぐらいはあるだろう。

「あ、そうだ。さっきそこを歩いてた人達の話してたのがちょっと聞こえてきたんだけどさ、イーリスさんが今いるところ分かったよ」

「へぇ、そりゃ手間が省けたな。どこだ?」

 ここに来たもう一つの目的であるイーリスに会うため、その所在はこれから探るつもりだった。
 有名人だし、少し聞き込みをすればすぐ分かるだろうとは思っていたが、まさかパーラが待機の片手間で探り当てるとは運がいい。

「外縁の東にいるらしいよ。そこでイーリスさんの姿を見たって、そこを通りがかった人達が話してたんだよね」

「ここからだとちょうど反対か。結構遠いな」

 急造で木材と石材を組み合わせて作られた壁は、巨人の死骸を囲うだけあってその長大さはかなりのものだ。
 そして、その周囲は当然ながらドーナツ状に街が形成されていく。
 このため、機密保持として中央の区画は通行が著しく制限され、西から東に真っすぐ突っ切ることができない以上、結構な遠回りを強いられる。

 俺達が今いるのは行政区の西端となっており、ここから外縁の東となるとバイクでも三十分近くかかる。
 距離もそうだが、道が入り組んでいるのも時間がかかる原因だ。

「でもさ、確か東側って結構よくない店とかが多いって話だよ?私らがここに来た時も、外縁部東にはなるべく立ち寄らないほうがいいって言われたし」

 この街に来て行政区へ入る際、身元の確認をしてきた兵士から、外縁の街の危険を軽くレクチャーしてもらっていた。
 それによると、外縁の街は西側が比較的治安がよく、次いで南、北、東の順で治安は悪いとのことだった。

 流石にアシャドル王国が今最も目を光らせている地域とあって、殺人や窃盗が日常的に起こるほどではないが、飲食や買い物ではボッタくられるのが当たり前というひどい場所らしい。
 勿論、アシャドル側としても犯罪行為を放置はしてないとは思うが、それでもボッタくり程度ではいちいち取り締まったところで完全に無くすことはできない。
 人が生きて利益を求めるとすれば、そういう稼ぎ方をしたがる人種というのがどうしても発生するものだ。

「まぁあのイーリスさんなら、ボッタくりの店なんか蹴散らせるとは思うが、とにかく行ってみるか。どこの店にいたとかは分からないんだよな?」

「そこまでは言ってなかったね。けど、言ってた人は呆れてるような感じだったし、行けばなんかあるのかも」

「呆れてる、か。変な騒動でも起こしてないだろうな」

「まさかぁ。大丈夫でしょ、あのイーリスさんが?」

「そのイーリスさんだぞ?」

 ふー…やっぱり何もワカっちゃいない。
 そりゃあね、普通の人間なら不安ナシだわ。
 けど悪所にいるイーリスというだけで、危険度はハムスター級からゴジラ級へと変わる。

 メンタルがクソ雑魚なのにギャンブルをするぐらい無鉄砲なタイプで、なまじ腕っぷしが人並外れているのも質が悪い。
 そんなのが治安の悪い所で平和的にいられるだろうか。

 俺が危惧しているのがイーリスの安全ではなく、その周囲に対してのモノだと理解したようで、パーラの表情が一瞬でひきつったものに変わる。

「……ちょっと急ごうか」

「せやな」

 パーラが流れるような動きでバイクに跨り、その後部シートに俺も座ると、イーリスがいるであろう東へ向けて走り出す。

 イーリスも迂闊な人間ではないとは思うが、万が一があれば街の一画ぐらいは軽く吹き飛ばせるぐらいには危険な存在だ。
 何かあった時に備えて、せめて近くに抑え役がいたほうがいい。

 普通の人間より俺達はその役に向いているため、一刻も早く彼女に合流しよう。
 もしもの時はこの街にクレーターが出来かねないと思うと…危険が危ない!





「いた!アンディあそこ!」

 東地区に到着してバイクを降りた俺達は、そこらで店をやっている人間にイーリスの行方を尋ねてみた。
 流石はこの街でも有名人だけあって、あっさりとその居場所にまで辿り着けた。

 パーラが指さす先は、どうやら酒場か食堂といった様子だ。
 店内にはそれなりの人で賑わっており、そのうちのテーブルの一つにイーリスの姿があった。

「おぉ、確かにイーリスさんだ…なんか様子が変じゃないか?」

「だね。険しい顔してる」

 周囲を野次馬に囲まれ、対面に座る年嵩の男を睨みつけるようにしているイーリスの様子は、とても普通のものとは思えない。
 あたりに漂う緊張感にもただならぬものを感じ、野次馬の一人に状況を尋ねてみる。

「見りゃ分かんだろ、ペラズだよ。イーリスさんとコーザでやってんだ。俺らはそれを見て一杯やってんのさ」

 どうやら男の方の名前はコーザというそうで、それがイーリスを相手にしてペラズとやらをしていて、周りの野次馬達はそれを肴にして昼間から飲んでいるらしい。

「失礼、そのペラズというのは?」

「なんだ、知らねぇのか?ほれ、今あの二人がやってるやつだ。最近ここらで流行ってる遊びさ」

 テーブルの上には一枚の大判の紙に、木片や石ころに何かの骨などが乱雑に置かれていて、ペラズというのがそれらを使ってやるゲームだと推測する。
 テーブルの上には銅貨や銀貨も置かれていることから、これがギャンブルの一種だというのは明らかだ。

 パッと見ただけではルールがまるでわからないが、とりあえず今のところはイーリスが不利だというのは苦そうな表情から分かりやすい。
 対照的に、コーザという男の方は余裕たっぷりの笑みを浮かべているのも判断材料に出来る。

 しかし見た目だけはいたいけな少女が大の男を相手にギャンブルする絵というのは、なんとも言えずクるものがあるな。
 もっとも、少女の実年齢は見た目とはかけ離れているし、なんだったら目の前の普人種の男よりも確実に年上なので、絵面以外では全く問題はないのだが。

「…ないわ、私の負けよ」

「はははははは、そうだろうそうだろう。ここからじゃもう逆転は無理だしな」

 どう決着がついたのかは分からないが、イーリスが降参を口にするとコーザの方は満足げに笑い、テーブルに置かれていた貨幣を全て自分の方へと引き寄せる。
 身なりからして破落戸か博徒といった様子のコーザがするその仕草は卑しさが現れていて、見る者に若干の不快感を抱かせるほどだ。

「くっ、まだよ!もう一戦!」

 今の一戦でコーザが手にした額は一般人が一日に稼ぐにしてはかなりの額で、つまりそれだけの損をイーリスは強いられたということになる。
 にも拘らず、さらにもう一回やろうとするイーリスの目はよくない色を宿しており、心なしか鼻も若干尖って見える。
 こういう人間はギャンブルを続けてもいいことはないものだが。

「ねぇアンディ、これちょっとまずいんじゃない?イーリスさん、完全に呑まれてるんじゃ…」

 流石にイーリスの様子に嫌なものを感じたようで、俺にそう耳打ちするパーラの表情は渋いものだ。
 パーラから見ても、今のイーリスにギャンブルを続けさせることの危険は分かるようで、それには俺も同意したい。

「ああ、確かによくないな。…仕方ない、俺がどうにかする。パーラ、銅貨はどれぐらい持ってる?」

「えーっと…こんぐらい」

「よし、それ全部貸せ」

「いいけど、それ掛け金にしてもあんまり大した額にならないでしょ」

「掛け金にはしない。まぁ見てろって」

 パーラからありったけの銅貨を借り受けると、俺はイーリス達のいるテーブルへと近付いていく。

「おいおい、イーリスさんよ。あんた、今のでもう金がなくなったんだろう?俺と勝負したいってんなら、金を持ってきな」

「金は―」

「その勝負、続きは俺がやろう」

 イーリス達の会話に割り込むようにして、大きく引いた椅子に腰かけながら声をかける。
 すると、二人はこちらを見て、それぞれに異なる表情を浮かべた。

 コーザの方は、いきなり現れた俺に怪訝な顔を見せ、対してイーリスの方は驚愕に目を見開いている。
 イーリスのこの表情は、死んだと半ば諦めていた人間がひょっこり現れたのを見た様子としていい見本に出来そうなレベルだ。

「なんだ、お前?」

「イーリスさんに世話になったモンだ。あんまり人の賭け事に首を突っ込むのは好きじゃないが、身持ちを崩そうとしてる知り合いを見捨てるほど薄情でもないんでな」

「へぇ、そいつはまた、とんだお人好しだ。若いのにそんな生き方じゃ苦労するぜ?」

 だろうな、知ってる。
 俺だってイーリスが知り合いじゃなきゃ、勝手にギャンブルで破滅して地下帝国に沈むのも良しとしていた。
 だが俺とパーラはイーリスにでかい借りがあるので、助けずはいられないのだ。

「ご忠告どうも。で、どうだ?俺と一戦やらないか?コーザさんよ」

「ああ、いいぜ。やるのはベラズでいいかい?」

「いや、悪いが俺はこのベラズとやらのルールを知らない。他のでやらしてくれ」

「構わんよ。俺は賭け事で負けたことはないんだ。金さえ賭けるならどんな勝負でも受けて立つぜ」

 ギャンブラーとしてのプライドがあるのか、別のゲームで勝負を挑んでも受けて立つのは、それだけ腕がいいのか、あるいは必勝の手があるかのどちらかだ。

 大抵のギャンブラーは必勝法を携えてゲームに臨むが、中には意味不明な自信で幸運にも勝ち続けてきた奴もいる。
 このコーザもその口なのか、俺から別のゲームを言い出しても自信に微塵の揺らぎもない辺り、さっきのイーリスとの対戦にはイカサマはなかったのかもしれない。

「で、どんなのをやるんだ?ポルンカか、落とし石か?」

 ギャンブルとしてメジャーな勝負が来ると予想するコーザを横目に、テーブルの上に会ったカップと水差しに手を延ばす。
 それらを手元に引き寄せ、若干大袈裟な仕草でカップを水で満たす。

 なみなみと注ぎ、カップの淵ギリギリまで水面が来たところで注ぐのをやめてコーザの目を見つめて口を開く。
 これからやるのは、この零れそうな水を使ったゲームで、俺が最も得意とするやつだ。

「あんた、表面張力というのを知っているかい?」





 カップの水が零れるまでコインを交互に入れていくという勝負は、問題なく俺が勝った。
 水魔術が使えれば、表面張力など思いのまま。
 チョコレートの欠片や脱脂綿を使うまでもない。
 元から負ける要素がなかったし、なによりコーザがイカサマを考える間も与えずに進めていったのも勝因ではある。

 イーリスが賭けた金の全てとはいかないが、それでも結構な額を取り戻したところで、コーザが再戦を言い出すよりも早くイーリスと共にその場を離れ、パーラの所に合流するや否や、俺達は強烈な力で締め上げられた。

「アンディ!パーラ!二人とも生きてたんだね!」

「ぐぇっ息が」

「ほぼゴリ―」

 五十メートル級のアナコンダに巻きつかれたのかと思えるほど、強烈な力で全身が圧迫されている。
 さっきテーブルで俺が突然現れた時から堪えていたものが爆発したのか、こちらをハグする力はユノツァルの壊し屋の二つ名に相応しいほどに凶悪なものだ。

 身体強化をしているというのに、今にも骨が砕かれそうな力で俺もパーラも冷静さは早々に吹き飛んだ。

「ちょイーリスさん!力強すぎ!私ら潰れちゃうよ!」

「あらま、ごめんね、あんまり嬉しくてつい。あんた達、今までどうしてたのよ!あの後私、ここらをひっくり返す勢いで探したってのに、今になってこんな無事な姿で現れちゃって!」

「いててて、それについてはどこかで落ち着いて話しますよ。ちょっとここじゃ…」

 先程のコーザとの一戦のせいで、この酒場にいる誰もからいろんな感情の籠った視線を向けられて居心地がよくない。
 こういった注目をされている中では、俺達のここまでの旅は少し話しづらいものがある。

 軋むろっ骨を擦りながら俺が場所の移動を提案すると、周囲を軽く見まわしたイーリスもその意図を察し、大きく頷くと店の外へと顎をしゃくってみせる。

「そうね、ならあっちで話しましょ。行きつけの店があるのよ。あ、そうだ、他の連中にもこのことを知らせたほうがいいわね。悪いんだけど、店の場所を教えるから先に二人だけで行っててくれる?」

「他の連中というと?」

「何言ってんの、巨人相手に一緒に戦った奴らに決まってんでしょ。ほとんどは戦いの後にここから去ったけど、残ってるのも結構いるのよ。あんた達に感謝してる奴も多いから、無事を知れば喜ぶわね」

 元々巨人と対峙していた人間は冒険者や傭兵といった者達が多く、戦いが終わればここを離れる人種ばかりだ。
 しかし、アシャドル王国が巨人関連での利益独占を企てているとはいえ、まだまだ出来たばかりのこの街では仕事も多い。
 大儲けは望めなくとも、仕事には困らないこの土地に引き続き残る者もそれなりにいるのは理解できる。

「無事を知らせるってのはいいんですが、あんまり大騒ぎになるのは困りますよ」

「はぁー…分かっちゃいないわね。巨人との戦いってのは、この国どころか、人類の歴史から見てもそりゃあもうとんでもない事件なわけ。そんな戦いなもんだから、死んだ人間は多いし、未だに遺体が見つかってない人間も多いのよ?そんな事件から半年以上経った今、死んだと思われてた人間がこうして目の前に現れたとしたらどうなるのか、分かるでしょ?」

 言われてみれば、そうかもしれない。
 地球で例えるなら、大震災で行方不明になった人間がひょっこりと怪我一つなく戻って来たというのは奇跡に近い。
 それと似たような感想をイーリス達が抱くとしたら、確かに騒ぎにならないわけがない。

 仮にイーリスを止めたとしても、しばらくはここに滞在する予定なので、俺達を知る人間にそこらを歩いている姿でも目撃されれば、遅かれ早かれ騒がれるに決まっている。
 ならば、ここは一回の騒動で終わらせる方がいいか。

「分かりました、じゃあ俺とパーラは先に店の方に行ってます」

 店の場所と特徴を聞き出し、俺とパーラは先に店へと向かうべくバイクへと跨る。
 その際、イーリスには移動手段が飛空艇ではなくバイクになっているのを不思議がられたが、飛空艇が使えない事情があって、このバイクを借りているということを教えておく。
 無いとは思うが、もしもソーマルガから追手がかかった場合、イーリスにあまり情報を与えては巻き込んでしまいかねん。

「店の方には私の名前を告げるといいよ。それで通じるから。結構大人数になるから、上の階を貸し切るってのも伝えといて」

「ねぇイーリスさん、私ら先になんか頼んでてもいい?」

「おいパーラ、そういうのは礼儀ってもんが…」

「あっはっはっはっは!いいよいいよ、先になんか飲み食いしてなよ。どうせあちこち声かけて回るから、少し時間もかかるしね。あ、お酒とかもあるけど、まだ飲まないように。みんな集まってから、半年ぶりの再会を祝して乾杯よ。じゃあ、先に行くわ!」

 まるでフラグのようなことを口にし、風のように走り去っていったイーリスの背中を見送る。
 イーリスに無事を知らせに来ただけだというのに、なんだか大ごとになってしまった。

 とはいえ、確かに他の知り合いにも元気な姿を見せるのは必要だとも理解している。
 今日この後は街を少し見て宿で寝るぐらいしか予定はなかったし、久しぶりに見知った顔と騒ぐというのも悪くはない。

 戦友ともよべる者達と無事を喜び、杯を交わす時間を思いつつ、走るバイクの後部シートからふと空を見上げる。
 遠くに聳える巨人を囲う壁の上には、夜に空を譲ろうと傾く夕日が見えた。

 思えば随分遠くまで行ったもので、よくぞここまで戻ってこれたと、なんとも感慨深い。
 巨人との戦いから端を発し、神々が住まう場所を経由して別の大陸へ行き、半年以上の時間をかけてようやくここだ。

「っイアソー山よ、俺は帰ってきた!」

「うわ!え…何急に?どうしたの?」

 おっと、どうやら思っていたことが口から勝手に飛び出したようで、運転していたパーラを驚かせてしまったらしい。
 いかんいかん、色々と感極まって気が緩んでいたようだ。
 俺、反省。
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「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」 レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。 彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。 だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。 キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。 ※7万字程度の中編です。

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