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亡霊期間の終焉
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『この一掴みの土から国を始めましょう』
アシャドル王国の母とも呼ばれる初代女王のエステリアが、自身に付き従う民達の前で語ったとされるこの言葉は、今も王都中央に置かれた石碑に刻まれている。
この国を観光で訪れた際には、目にしておいて損はないと言われるほど、石碑はアシャドル王国の建国と発展を象徴する名所として有名だ。
そんな王都に、俺とパーラは久しぶりにバイクで乗り付けた。
少し前からアシャドルでは、富裕層に限りバイクの普及が進んでいて、今もバイクに乗った身なりのいい人間と俺達のバイクがすれ違うほど、王都の交通事情には変化が見られる。
異世界の街並みをバイクが走り回る光景と言うのは場違い感もあるが、それでも意外と溶け込んでいるように思うのは、そのバイクを作ったのがこちらの世界の人間だからだろうか。
もっとも、某核戦争後の世界でも違和感なく存在できるぐらいなので、そこがバイクの凄いところと言えなくもない。
そうして大通りを進み、間もなく俺達は王都の冒険者ギルドへと到着した。
別に見慣れたわけでもないが初めて見るわけでもないギルドを前にすると、俺の胸にはこみあげるものがある。
決してゲロではない。
なにせここまでの旅が、全てここへと至るためのものだったと言っても過言ではない。
巨人との戦いから始まり、神の住処へと飛ばされて、さらに別の大陸へと降り立つという波乱万丈の果てに、ようやくここまで辿り着けたのだ。
行方不明者と扱われたせいで冒険者としてのサービスが制限されてきたのが、これでやっと解放されるとなれば喜びも一入だ。
「…アンディ様とパーラ様、確かにご両名の生存を確認しました。これでお二人の行方不明者としての措置は撤回されます。無事の御帰還、お慶び申し上げます」
ギルドへ入ってすぐに受付で申請をすると、俺とパーラの行方不明者措置の撤回は問題なく受理された。
いくつか渡された書類にサインはしたものの、それ以外は特にこちらがやることもなく処理が成されたのは、フルージからある程度俺達の情報が届いていたからだろう。
冒険者という仕事柄、行方不明者もそれなりに発生することから、ギルド側もこの手の処理は慣れたもので、無事を喜ぶとは言われたが正直淡々とした印象だ。
これぐらいの処理なら各地の支部でやれたはずという不満はあるが、ともかくこれで俺達は晴れて奇麗な体、中途半端な亡霊のような状態から脱することができた。
口座から金を引き出すことも出来たし、この先の生活にも不安は無くなる。
勿論、贅沢放蕩の限りを尽くすつもりはないが、明日の生活費のことであくせくしていたのに比べればずっと楽なので、多少はゆとりある生活を送れそうだ。
そこそこの額を口座から引き出し、受付を離れた俺達はとりあえず依頼が張り出されている掲示板へ向かう。
依頼を受けるつもりはなくとも、ギルドに足を運んだら掲示板へと行くのは冒険者の性というもの。
ギルドで掲示板の依頼が更新されるのは基本的に朝なので、昼を少し過ぎた今頃は冒険者もほとんどいない穏やかな時間となる。
つまり、ここの掲示板もめぼしい依頼は粗方取りつくされた後というわけだ。
「んー、採取ものばっかり。燃料に食料、薬草類もいくらかってところか。ま、今ぐらいだとこんなもんだよね」
「そうだな。これから本格的に寒くなるし、この類の依頼は今の時期は常にある」
多くの人が暮らす王都としては、食料と燃料はいくらあっても困ることはない。
これからの冬に備えて、こういった依頼は多くの冒険者がこなしていくことになるだろう。
「あれ?ねぇアンディ、この依頼票見てよ」
掲示板を疎らに埋める依頼票の中に、気になるものを見つけたのかパーラがある一点を指さす。
「…こいつはもしかしたら、あれか?」
「あれだよねぇ」
そこにあったのは、確かに冒険者へ向けた依頼を張りだしたものに違いはないが、少々場違いとも言える内容のものだった。
思わず俺もパーラも唸ってしまったが、それも仕方のないことだ。
「『イアソー山麓での長期滞在と勤務に同意できる者求む。魔道具開発に従事した経験のある者は、別途報酬あり』ってこれ、例の巨人の死骸を研究する人の所で働く人を集めてるってことだよね?」
「今のイアソー山麓でってなると、それっぽいな。魔道具開発で他より先を行きたいアシャドルとしては、研究者とか技術者をとにかくかき集めようって魂胆か」
ソーマルガという魔道具関連の技術では先を行く国が隣にあり、しかも近年では飛空艇という空を制する乗り物のお披露目があったことにより、アシャドル王国としては技術格差に焦りもある。
そこに降ってわいた巨人という未知の素材を前に、国を挙げて新技術の獲得に邁進しようというのはなんとも分かりやすい。
「冒険者ギルドにこういうのを募集するってことは、現地じゃ人手が足りてないのかな。……あら、魔術協会が依頼元なんだ」
「へぇ、そりゃ珍しいな。魔術協会って言えば、あんまり外部に協力要請をしないって聞くが」
パーラに言われて見てみると、確かに依頼票には魔術協会からの依頼である旨が書かれていた。
魔術協会はその他のギルドと同列に見られることが多いが、実態は支部は持たず、各国の首都に一つのみ存在する国の機関という扱いだ。
魔術が関わる事柄の研究を主に行い、新しい魔道具の開発もここから始まるとまで言わる魔術協会は、近年では飛空艇開発へ特に力を入れていると噂で聞いたことがある。
国家機密を扱うことからも閉鎖的な集団だと言われており、その存在は知られていても実際の活動に関してはよく知らないというのが大半の感想だ。
国家の後ろ盾もあり、大抵のことは自分達でどうにかできる魔術協会が、外部に協力を求めること自体が珍しい。
こうして冒険者ギルドに人材の募集をしているということは、恐らく商人ギルドにも同様の依頼を出しているのだろう。
今のアシャドルは巨人の死骸から新しい技術を得ようと躍起になっており、その中核となる魔術協会は外から人材を求めるほどに忙しさに追われているのかもしれない。
正規の国家機関にはそれなりの人材もいるはずだが、在野にいる魔道具職人などには才人も多く、それらの力を集めて技術革新を目指そうという意欲がこの依頼票から伝わってきそうだ。
「この分だと、魔道具の技術に通じる人間なら選り好みせずにあちこちから集めてそうだな。…ひょっとすると、クレイルズさんもイアソー山の方に行ってるかもしれんぞ」
「かもね。なんか国の指示でソーマルガから引き揚げさせられたっぽいし、帰国してそのままイアソー山に行っててもおかしくはないよ」
「そういうのもあり得るか。となると、預けてある俺達のバイクはどうなってるかだな」
「うーん、工房に置いてるんじゃない?流石にイアソー山までは持ってかないでしょ」
「だと思うが…とりあえず、工房の方に顔を出してみるか。クレイルズさんがいればそれでいいし、いないなら弟子のホルトに色々聞くってことで」
「そうだね。じゃあ行こっか」
最後に掲示板をザっと見て、特に心を震わせる依頼がなかったため、何の未練もなくギルドを後にする。
バイクを走らせてクレイルズが工房をかまえる職人街へと向かうと、工房が並ぶ通りの静けさに気付く。
普段なら槌が何かを叩く音や、職人達が声を揃えて作業をする音など、この辺りを彩っていた賑やかさが今はほとんどないようだ。
特に魔道具関連の工房は人の気配がまるでなく、それらの工房の前を通りがかれば、暫く留守にしているような形跡もチラホラと見られた。
これは恐らく、例の魔術協会が主導していると思われる巨人の死骸の解析に、ここいらの魔道具工房からも職人がいくらか駆り出されたからだと推測する。
この分だと、やはりクレイルズもイアソー山へ行っている可能性が高く、工房に行っても彼に会うことは出来ないかもしれない。
とはいえ、工房には弟子のホルトがいるはずだし、とにかく彼に会ってみることにしよう。
クレイルズが弟子を連れてイアソー山に向かったというパターンもあるかもしれないが、それは行ってみればわかることだ。
「お二人とも、お久しぶりです。師匠に用があるんでしたら、生憎今工房を空けていまして。俺が聞ける用件なら承りますよ」
工房へ行くとホルトが俺達を出迎えてくれた。
やはりクレイルズはいないようで、俺の予想したとおりなら今頃イアソー山でヒィヒィ言ってることだろう。
「そう言うってことは、クレイルズさんはイアソー山の方に行ってるのか?」
「あぁ、知ってましたか。そうなんですよ。国の方から要請があって、イアソー山まで仕事に行っちゃいまして。ついこの前ソーマルガから帰って来た足ですぐにですよ」
クレイルズの方は魔術協会ではなく、アシャドル王国からの要請があったようだ。
まぁ魔術協会も国の一機関だし、どこから要請が来たかは大した問題でもない。
「アンディさん達も知ってるでしょうけど、今アシャドル王国のお偉いさんは例の巨人に夢中なんですよ。魔道具職人やら魔術の研究者なんかまで、その手の人材が巨人の研究のためにイアソー山の辺りに呼び集められてるんです」
「やっぱりか。私らがギルドで見た依頼にもあったけど、魔術協会が人を集めてたしね。クレイルズさんぐらい腕のある魔道具職人なら、呼ばれないわけないか」
「ええ、ここいらの工房からも職人が何人も呼ばれて行ってるんですよ。おかげで色々と仕事が滞ってるところも多いらしくて…」
ここに来るまでに感じていた、どこか閑散としていた雰囲気の理由も、工房を営む職人が抜けたせいだと確信出来た。
どの範囲まで人材が引き抜かれたかは分からないが、大なり小なり工房の仕事に影響が出ている時点で、アシャドル王国が巨人へと向ける情熱は少し危うい気がするのは俺の考えすぎだろうか。
「大丈夫なのか?クレイルズさんがいないこの時に、バイクの制作依頼なんかが来たらどうするんだ?」
「一応、馴染みの客には師匠の不在は伝えてますし、新規の注文はとりあえず保留か断るようにと師匠から言われてます。とりあえずすぐにどうこうって問題はないですよ。いつまでもこのままってのは困りますがね」
この工房の稼ぎ頭であるバイクの制作は、クレイルズがいないことには進められない。
ホルトも職人としては成長しているとは思うが、バイクを一から作れるほどの経験を積んだと言える歳ではない。
クレイルズもそれを分かっているから、新規の制作依頼は保留すると指示を出しているわけだ。
「バイクの修理とか点検ぐらいは俺でもやれますから、しばらくはそっちの方でなんとかやってくしかないですよ。…ところで、アンディさん達はどういった用でこちらに?」
「あぁ、実は俺達のバイクに関して聞きたいことがあるんだが―」
クレイルズの不在は少し痛いが、この工房に俺達のバイクがある可能性を信じ、ホルトへそのことを尋ねてみる。
「そう言えば、ソーマルガから戻ってきた時に一緒に持ってきたバイクがありましたけど、あれがアンディさん達のですかね?」
「多分それだ。ソーマルガでクレイルズさんに修理を頼んでそのまま預けててな。帰国する時にソーマルガに置いておくわけにもいかないからって、持ち帰ったらしいんだ。で、そのバイクは今どこにある?できれば返して欲しいんだが」
「どこってそっちの倉庫に置いてありますけど、でもあれじゃあ……見に行きます?」
「おう、頼む」
よかった。
どうやら俺達のバイクは、ちゃんとここの倉庫に保管されているようだ。
ホルトが少し言いよどんだのは気になったが、物があるのならとにかくそれでいい。
工房の作業部屋のすぐ隣にある倉庫へと案内され、そこへ踏み入れた俺達を出迎えたのは、いくつかの整備中と思われる分解されたバイク達だった。
どのバイクもメンテナンスの最中だと思われ、車体を構成するパーツがそれぞれのフレームの周囲に奇麗に並べて置かれている光景は、ここが異世界でなければどこぞのバイクビルダーのガレージと遜色はない。
バイクの製作はともかく、メンテナンスに限ればホルトはクレイルズから任されるほどであり、ここにあるバイクもきっとホルトが手掛けているのだろう。
ただ、気になるのはこの倉庫には俺達のバイクがないということだ。
今見えているのはどれも車輪の数が三つのタイプのものばかりで、俺達の二輪タイプのバイクはどこにもない。
「あれ?私らのバイクは?この中にはないみたいだけど」
パーラも目の前に並ぶバイクの中に俺達の物がないことに気付き、ホルトの袖を引っ張ってその在処を尋ねる。
「ええ、お二人のはあっちの方に。ほら、あの布を被せてる箱の中です」
そう言ってホルトが指さすのは、倉庫の隅の方に置かれた木箱だった。
大きさ的にはバイクが入るには少し小さいが、しかしそれなりの容積がある箱だけに、その中身が何かを俺は薄々感じとっている。
「そういえば師匠が言ってたんですが、このバイクも当分は役目が無いってどういう意味ですかね?アンディさん達が乗るんだから、そんなはずがないのに。意味を聞いてもはぐらかすばっかりで」
不思議そうに首を傾げるホルトだが、俺はクレイルズがそう言った理由が何となくわかる。
俺とパーラが死んだものと思い込み、このバイクも持ち主がいなくなったことをクレイルズが嘆いたとか、そんなところだろう。
知り合いの死を伏せておこうという親心でもあったのか、ホルトには俺達が死亡したという話はしていなかったようだ。
その辺りをホルトに説明してやってもいいが、別に知らなくても困ることではないので放っておこう。
「さてな、クレイルズさんにも色々とあるのかもしれん…ホルト、中を見てもいいか?」
「どうぞ」
断りを入れて木箱の上を覆っていた布を取り払うと、その中にはバイクのパーツが詰め込まれていた。
所々パーツに刻まれている見覚えのある傷や形から、俺達のバイクが分解されて木箱に入っていると分かる。
「あらら、これは確かに私らのバイクだね。でも、私らがクレイルズさんに引き渡した時って、ここまで分解してたっけ?」
俺と一緒に木箱を覗き込んだパーラが暢気な声を上げる。
木箱に入っているとなれば、分解されているのは予想済みだったためか驚きはしていないが、それでも最後に見た時よりもかなりコンパクトに分解されているのが気になったようだ。
「いや、もうちょっと大雑把に分解した状態で渡したはずだ。多分、木箱に入れるためにそこからさらにバラしたか、あるいは修理のためにそうする必要があったか」
クレイルズは少なくともソーマルガにこのバイクを残すつもりはなかったらしく、アシャドル王国まで持ち帰るために、分解して梱包する必要があったというのは十分考えられる。
修理に必要なパーツはソーマルガで調達していたので、恐らくこのバイクは直っているはずだ。
この状態から組み立てれば、普通に走れる状態のバイクが出来上がるに違いない。
「ホルト、このバイクだが、お前が組み立てることは出来るか?」
「俺がですか?うーん…出来るかもしれませんけど、ちょっと怖いですね。このバイクは師匠が一から作って組み立てたもんですから、俺にも分からない部分で細かい調整が必要だったらまずいですよ。やっぱり師匠に組み立ててもらうのが一番だと思います」
「そうか、まぁそうだよな」
一点物という点では他のバイクもそうなのだが、正直、俺達のバイクは一番最初にクレイルズが手掛けたある意味で芸術品に近いものと言える。
パーツの多くは新造されたもので、フレームに組み付けるのもクレイルズのセンスで絶妙なバランスが発揮されていた。
多少のメンテナンスならともかく、パーツ単位でバラされたものをそのまま無調整で組み立てたとしても百パーセントの性能を発揮できるとは限らない。
それほどに、これは繊細なバイクなのだ。
ホルトもそれは分かっているため、下手に手は出したくないと言っているわけだ。
決してビビっているわけではなく、中途半端な仕事をしたくないという職人のプライドがあってのことだというのは俺も理解できる。
「わかった、ならこのバイクの入った木箱だが、俺達で引き取っていいか?」
「構いませんけど、まさかお二人で直すつもりですか?」
「いや、直せる人の所に持ってくのさ」
こうなると、このバイクの入った木箱を引っ張って俺達がイアソー山まで行く必要がある。
向こうで組み立てる設備があるかは分からないが、クレイルズにやってもらわないと俺達のバイクは復活できそうにないのだ。
「あぁ、そうだ。ホルト、ちょっと噴射装置を見てもらいたいんだが、いいか?」
「ええ、構いませんよ。そちらの台を使ってください」
パーラが工房の外に止めていた現行のバイクを倉庫まで持って来たタイミングで、ついでに壊れたまま荷物となっていた俺の噴射装置をホルトに見てもらうことにした。
空いている作業台に置いた噴射装置に早速ホルトが手を伸ばし、色々と調べていく。
それを俺とパーラは黙って眺めていたが、しばらくすると深い溜息と共にこちらへ据わった目が向けられる。
こいつもこんな目をするようになったんだな。
「…アンディさん、これはどういうことですか」
「奇麗だろ。壊れてるんだぜ、これで」
どこか責められているような気になり、視線を逸らして何とかそれだけを口にしたが、視線が外れる気配がないので改めてホルトに向き直る。
「ええ、外見は確かにきれいなものです。けど、空気を圧縮する機構が機能してないじゃないですか、これ」
流石はクレイルズの弟子だけあって、俺ではわからなかった故障個所をホルトはあっさりと見抜いたようだ。
どうやら噴射装置の肝である圧縮空気を生み出す機能が喪失しているようで、それが原因で噴射装置は使えなくなっていたわけだ。
「へぇ、そういうことになってんのか。その辺りは装置の中枢だから、俺も見れなかった部分だな。で、直るのか?」
「直せることは直せますけど、すぐには無理ですよ。幸い、本当に重要な部品は無事なんで、それは新しい筐体に移植したとして…そうですね、十日は見てもらわないと」
「十日とはまた随分長いな。クレイルズさんが噴射装置を作った時はもっと早かったぞ?」
「いやいや、俺と師匠を一緒にしないでほしいんですが。あの人に比べたら、俺は職人としてはまだまだなんですから。せめて時間ぐらいはください」
天才と凡人の差とは言うまい。
バイクにしろ噴射装置にしろ、俺のアイディアを聞いてすぐに作り上げてしまうクレイルズが異常なだけだ。
直せないと言わないだけ、ホルトは優秀だと思ったほうがいい。
「すまん、少し言い方が悪かったな。なら、すまんがこいつの修理を頼めるか?代金は言い値でいいから、なるべく早く丁寧に仕上げてほしい」
「勿論です。修理が終わったら宿の方に報せましょうか?」
「いや、俺達はこの後イアソー山に向かうから、修理が終わったらそのまま預かっててくれ。用が済んだら回収に来るよ」
「そうですか、わかりました。ではそのように」
これで長く故障したままだった噴射装置も修理の目途が付いた。
十日程時間はかかるようなのだが、俺達はイアソー山へ行くため修理品の受け取りは後回しだ。
また噴射装置で飛び回る空を想像して、気持ちを落ち着かせるとしよう。
その後、倉庫に運び込んだトライクに、部品の入った木箱をリヤカーのように取り付けて、俺達は工房を後にした。
燃費と引き換えにパワーだけは有り余っているトライクは、車体後部に接続された荷車がかなりの重量であっても順調に進んでおり、この分だとイアソー山までの旅も問題はないという頼もしさを覚える。
日暮れまでまだ少し時間はあるが、今日の所は宿へと入って休むことにした。
以前、ルドラマの紹介で泊まった宿にまた行こうとしたのだが、生憎満室だったため今日は別の宿だ。
そこは王都でも三指に数えられるほどの豪華な宿らしく、バイクを預けられるセキュリティの良さも決め手となった。
受付で金を支払い、部屋で一休みと洒落込む前に、ある人物へ手紙を届けてもらうよう宿の人間に頼む。
「ではこちらをセイン様へお届けすればよろしいのですね?」
「ええ。ちゃんとアンディからの手紙だというのも伝えてください」
「畏まりました。では失礼します」
事前に用意していたセイン宛の手紙を宿の従業員に託し、遠ざかるその背中を見送ると、宿代の支払いを済ませたパーラが俺の隣に立った。
「誰かに手紙?」
「ああ、セインさんにな」
「え、セインさんって今王都にいるの?イアソー山じゃなく?」
「そうらしい。結構前にイアソー山からこっちに戻って来たんだと。ギルドの人が教えてくれたよ」
巨人討伐のことは噂話レベルでだが王都にも広まっていて、その中にはセインのことも少なからず含まれている。
高官ではあるが役人に過ぎないセインが、巨人の出現で一躍有名人になったおかげで、少し探ればセインが王都に戻っていることは簡単に知ることができた。
「俺達のことであの人には色々と面倒かけたみたいだし、俺達の生存報告と色々なお礼やら、それと今後の予定なんかも手紙で伝えようと思って。本当は直接会って話したかったが、いきなり行ってもすぐに面会とはいかないだろうし」
「そっか、セインさんって文官としては結構偉いもんね」
巨人との戦いで俺達が死亡ではなく行方不明者として処理されていたのは、セインの配慮もあってのことだ。
そのことについてのお礼と、俺達二人が無事に戻って来れたことをセインには知らせておきたかった。
実はフルージでセインとイーリスに宛てた手紙を出しているのだが、破格の移動速度を手にした俺達の方が手紙より先に王都に来てしまったため、こうして改めて手紙を出したというわけだ。
「向こうも暇じゃないだろうし、とりあえず手紙で済ませとくとしよう。…さて、じゃあ部屋に荷物置いたらなんか食いに行くか」
この宿には食堂も勿論あるが、別に外に食べに行くことを制限されてもいないため、久しぶりの王都の夜は美味いものを求めて少し出かけてみるのも悪くない。
「賛成ー。私、さっき宿の人から美味しいの食べれるところ聞いたんだよ。今日はそこにしようよ」
「なんだ、抜け目ないな。じゃあそこいくか。どんなのが食えるんだ?」
「なんかね、ハフムシャっとしたものが食べれるんだって」
「ハフム…?なんだそりゃ、訳が分からん」
「私もそう言ったんだけど、食べて見ればわかるからそれまでのお楽しみにーだって」
擬音しかない情報ではどんな料理かは分からないが、これだけの高級宿の従業員が進めるならそうそう変なものではないだろう。
むしろこうも意味が分からないと逆に興味が湧く。
少し前までの俺達なら、そんな訳のわからない料理に金を出す気にはならなかったが、口座の凍結が解除された今なら好きなものを好きなだけ食える。
久しぶりの不安のない夜を迎えることができることの喜びを噛みしめつつ、未知の料理に挑むとしよう。
しかしハフムシャっとしたものか…言葉からは想像もつかないが、願わくばゲテモノ料理ではないことだけは祈ろう。
アシャドル王国の母とも呼ばれる初代女王のエステリアが、自身に付き従う民達の前で語ったとされるこの言葉は、今も王都中央に置かれた石碑に刻まれている。
この国を観光で訪れた際には、目にしておいて損はないと言われるほど、石碑はアシャドル王国の建国と発展を象徴する名所として有名だ。
そんな王都に、俺とパーラは久しぶりにバイクで乗り付けた。
少し前からアシャドルでは、富裕層に限りバイクの普及が進んでいて、今もバイクに乗った身なりのいい人間と俺達のバイクがすれ違うほど、王都の交通事情には変化が見られる。
異世界の街並みをバイクが走り回る光景と言うのは場違い感もあるが、それでも意外と溶け込んでいるように思うのは、そのバイクを作ったのがこちらの世界の人間だからだろうか。
もっとも、某核戦争後の世界でも違和感なく存在できるぐらいなので、そこがバイクの凄いところと言えなくもない。
そうして大通りを進み、間もなく俺達は王都の冒険者ギルドへと到着した。
別に見慣れたわけでもないが初めて見るわけでもないギルドを前にすると、俺の胸にはこみあげるものがある。
決してゲロではない。
なにせここまでの旅が、全てここへと至るためのものだったと言っても過言ではない。
巨人との戦いから始まり、神の住処へと飛ばされて、さらに別の大陸へと降り立つという波乱万丈の果てに、ようやくここまで辿り着けたのだ。
行方不明者と扱われたせいで冒険者としてのサービスが制限されてきたのが、これでやっと解放されるとなれば喜びも一入だ。
「…アンディ様とパーラ様、確かにご両名の生存を確認しました。これでお二人の行方不明者としての措置は撤回されます。無事の御帰還、お慶び申し上げます」
ギルドへ入ってすぐに受付で申請をすると、俺とパーラの行方不明者措置の撤回は問題なく受理された。
いくつか渡された書類にサインはしたものの、それ以外は特にこちらがやることもなく処理が成されたのは、フルージからある程度俺達の情報が届いていたからだろう。
冒険者という仕事柄、行方不明者もそれなりに発生することから、ギルド側もこの手の処理は慣れたもので、無事を喜ぶとは言われたが正直淡々とした印象だ。
これぐらいの処理なら各地の支部でやれたはずという不満はあるが、ともかくこれで俺達は晴れて奇麗な体、中途半端な亡霊のような状態から脱することができた。
口座から金を引き出すことも出来たし、この先の生活にも不安は無くなる。
勿論、贅沢放蕩の限りを尽くすつもりはないが、明日の生活費のことであくせくしていたのに比べればずっと楽なので、多少はゆとりある生活を送れそうだ。
そこそこの額を口座から引き出し、受付を離れた俺達はとりあえず依頼が張り出されている掲示板へ向かう。
依頼を受けるつもりはなくとも、ギルドに足を運んだら掲示板へと行くのは冒険者の性というもの。
ギルドで掲示板の依頼が更新されるのは基本的に朝なので、昼を少し過ぎた今頃は冒険者もほとんどいない穏やかな時間となる。
つまり、ここの掲示板もめぼしい依頼は粗方取りつくされた後というわけだ。
「んー、採取ものばっかり。燃料に食料、薬草類もいくらかってところか。ま、今ぐらいだとこんなもんだよね」
「そうだな。これから本格的に寒くなるし、この類の依頼は今の時期は常にある」
多くの人が暮らす王都としては、食料と燃料はいくらあっても困ることはない。
これからの冬に備えて、こういった依頼は多くの冒険者がこなしていくことになるだろう。
「あれ?ねぇアンディ、この依頼票見てよ」
掲示板を疎らに埋める依頼票の中に、気になるものを見つけたのかパーラがある一点を指さす。
「…こいつはもしかしたら、あれか?」
「あれだよねぇ」
そこにあったのは、確かに冒険者へ向けた依頼を張りだしたものに違いはないが、少々場違いとも言える内容のものだった。
思わず俺もパーラも唸ってしまったが、それも仕方のないことだ。
「『イアソー山麓での長期滞在と勤務に同意できる者求む。魔道具開発に従事した経験のある者は、別途報酬あり』ってこれ、例の巨人の死骸を研究する人の所で働く人を集めてるってことだよね?」
「今のイアソー山麓でってなると、それっぽいな。魔道具開発で他より先を行きたいアシャドルとしては、研究者とか技術者をとにかくかき集めようって魂胆か」
ソーマルガという魔道具関連の技術では先を行く国が隣にあり、しかも近年では飛空艇という空を制する乗り物のお披露目があったことにより、アシャドル王国としては技術格差に焦りもある。
そこに降ってわいた巨人という未知の素材を前に、国を挙げて新技術の獲得に邁進しようというのはなんとも分かりやすい。
「冒険者ギルドにこういうのを募集するってことは、現地じゃ人手が足りてないのかな。……あら、魔術協会が依頼元なんだ」
「へぇ、そりゃ珍しいな。魔術協会って言えば、あんまり外部に協力要請をしないって聞くが」
パーラに言われて見てみると、確かに依頼票には魔術協会からの依頼である旨が書かれていた。
魔術協会はその他のギルドと同列に見られることが多いが、実態は支部は持たず、各国の首都に一つのみ存在する国の機関という扱いだ。
魔術が関わる事柄の研究を主に行い、新しい魔道具の開発もここから始まるとまで言わる魔術協会は、近年では飛空艇開発へ特に力を入れていると噂で聞いたことがある。
国家機密を扱うことからも閉鎖的な集団だと言われており、その存在は知られていても実際の活動に関してはよく知らないというのが大半の感想だ。
国家の後ろ盾もあり、大抵のことは自分達でどうにかできる魔術協会が、外部に協力を求めること自体が珍しい。
こうして冒険者ギルドに人材の募集をしているということは、恐らく商人ギルドにも同様の依頼を出しているのだろう。
今のアシャドルは巨人の死骸から新しい技術を得ようと躍起になっており、その中核となる魔術協会は外から人材を求めるほどに忙しさに追われているのかもしれない。
正規の国家機関にはそれなりの人材もいるはずだが、在野にいる魔道具職人などには才人も多く、それらの力を集めて技術革新を目指そうという意欲がこの依頼票から伝わってきそうだ。
「この分だと、魔道具の技術に通じる人間なら選り好みせずにあちこちから集めてそうだな。…ひょっとすると、クレイルズさんもイアソー山の方に行ってるかもしれんぞ」
「かもね。なんか国の指示でソーマルガから引き揚げさせられたっぽいし、帰国してそのままイアソー山に行っててもおかしくはないよ」
「そういうのもあり得るか。となると、預けてある俺達のバイクはどうなってるかだな」
「うーん、工房に置いてるんじゃない?流石にイアソー山までは持ってかないでしょ」
「だと思うが…とりあえず、工房の方に顔を出してみるか。クレイルズさんがいればそれでいいし、いないなら弟子のホルトに色々聞くってことで」
「そうだね。じゃあ行こっか」
最後に掲示板をザっと見て、特に心を震わせる依頼がなかったため、何の未練もなくギルドを後にする。
バイクを走らせてクレイルズが工房をかまえる職人街へと向かうと、工房が並ぶ通りの静けさに気付く。
普段なら槌が何かを叩く音や、職人達が声を揃えて作業をする音など、この辺りを彩っていた賑やかさが今はほとんどないようだ。
特に魔道具関連の工房は人の気配がまるでなく、それらの工房の前を通りがかれば、暫く留守にしているような形跡もチラホラと見られた。
これは恐らく、例の魔術協会が主導していると思われる巨人の死骸の解析に、ここいらの魔道具工房からも職人がいくらか駆り出されたからだと推測する。
この分だと、やはりクレイルズもイアソー山へ行っている可能性が高く、工房に行っても彼に会うことは出来ないかもしれない。
とはいえ、工房には弟子のホルトがいるはずだし、とにかく彼に会ってみることにしよう。
クレイルズが弟子を連れてイアソー山に向かったというパターンもあるかもしれないが、それは行ってみればわかることだ。
「お二人とも、お久しぶりです。師匠に用があるんでしたら、生憎今工房を空けていまして。俺が聞ける用件なら承りますよ」
工房へ行くとホルトが俺達を出迎えてくれた。
やはりクレイルズはいないようで、俺の予想したとおりなら今頃イアソー山でヒィヒィ言ってることだろう。
「そう言うってことは、クレイルズさんはイアソー山の方に行ってるのか?」
「あぁ、知ってましたか。そうなんですよ。国の方から要請があって、イアソー山まで仕事に行っちゃいまして。ついこの前ソーマルガから帰って来た足ですぐにですよ」
クレイルズの方は魔術協会ではなく、アシャドル王国からの要請があったようだ。
まぁ魔術協会も国の一機関だし、どこから要請が来たかは大した問題でもない。
「アンディさん達も知ってるでしょうけど、今アシャドル王国のお偉いさんは例の巨人に夢中なんですよ。魔道具職人やら魔術の研究者なんかまで、その手の人材が巨人の研究のためにイアソー山の辺りに呼び集められてるんです」
「やっぱりか。私らがギルドで見た依頼にもあったけど、魔術協会が人を集めてたしね。クレイルズさんぐらい腕のある魔道具職人なら、呼ばれないわけないか」
「ええ、ここいらの工房からも職人が何人も呼ばれて行ってるんですよ。おかげで色々と仕事が滞ってるところも多いらしくて…」
ここに来るまでに感じていた、どこか閑散としていた雰囲気の理由も、工房を営む職人が抜けたせいだと確信出来た。
どの範囲まで人材が引き抜かれたかは分からないが、大なり小なり工房の仕事に影響が出ている時点で、アシャドル王国が巨人へと向ける情熱は少し危うい気がするのは俺の考えすぎだろうか。
「大丈夫なのか?クレイルズさんがいないこの時に、バイクの制作依頼なんかが来たらどうするんだ?」
「一応、馴染みの客には師匠の不在は伝えてますし、新規の注文はとりあえず保留か断るようにと師匠から言われてます。とりあえずすぐにどうこうって問題はないですよ。いつまでもこのままってのは困りますがね」
この工房の稼ぎ頭であるバイクの制作は、クレイルズがいないことには進められない。
ホルトも職人としては成長しているとは思うが、バイクを一から作れるほどの経験を積んだと言える歳ではない。
クレイルズもそれを分かっているから、新規の制作依頼は保留すると指示を出しているわけだ。
「バイクの修理とか点検ぐらいは俺でもやれますから、しばらくはそっちの方でなんとかやってくしかないですよ。…ところで、アンディさん達はどういった用でこちらに?」
「あぁ、実は俺達のバイクに関して聞きたいことがあるんだが―」
クレイルズの不在は少し痛いが、この工房に俺達のバイクがある可能性を信じ、ホルトへそのことを尋ねてみる。
「そう言えば、ソーマルガから戻ってきた時に一緒に持ってきたバイクがありましたけど、あれがアンディさん達のですかね?」
「多分それだ。ソーマルガでクレイルズさんに修理を頼んでそのまま預けててな。帰国する時にソーマルガに置いておくわけにもいかないからって、持ち帰ったらしいんだ。で、そのバイクは今どこにある?できれば返して欲しいんだが」
「どこってそっちの倉庫に置いてありますけど、でもあれじゃあ……見に行きます?」
「おう、頼む」
よかった。
どうやら俺達のバイクは、ちゃんとここの倉庫に保管されているようだ。
ホルトが少し言いよどんだのは気になったが、物があるのならとにかくそれでいい。
工房の作業部屋のすぐ隣にある倉庫へと案内され、そこへ踏み入れた俺達を出迎えたのは、いくつかの整備中と思われる分解されたバイク達だった。
どのバイクもメンテナンスの最中だと思われ、車体を構成するパーツがそれぞれのフレームの周囲に奇麗に並べて置かれている光景は、ここが異世界でなければどこぞのバイクビルダーのガレージと遜色はない。
バイクの製作はともかく、メンテナンスに限ればホルトはクレイルズから任されるほどであり、ここにあるバイクもきっとホルトが手掛けているのだろう。
ただ、気になるのはこの倉庫には俺達のバイクがないということだ。
今見えているのはどれも車輪の数が三つのタイプのものばかりで、俺達の二輪タイプのバイクはどこにもない。
「あれ?私らのバイクは?この中にはないみたいだけど」
パーラも目の前に並ぶバイクの中に俺達の物がないことに気付き、ホルトの袖を引っ張ってその在処を尋ねる。
「ええ、お二人のはあっちの方に。ほら、あの布を被せてる箱の中です」
そう言ってホルトが指さすのは、倉庫の隅の方に置かれた木箱だった。
大きさ的にはバイクが入るには少し小さいが、しかしそれなりの容積がある箱だけに、その中身が何かを俺は薄々感じとっている。
「そういえば師匠が言ってたんですが、このバイクも当分は役目が無いってどういう意味ですかね?アンディさん達が乗るんだから、そんなはずがないのに。意味を聞いてもはぐらかすばっかりで」
不思議そうに首を傾げるホルトだが、俺はクレイルズがそう言った理由が何となくわかる。
俺とパーラが死んだものと思い込み、このバイクも持ち主がいなくなったことをクレイルズが嘆いたとか、そんなところだろう。
知り合いの死を伏せておこうという親心でもあったのか、ホルトには俺達が死亡したという話はしていなかったようだ。
その辺りをホルトに説明してやってもいいが、別に知らなくても困ることではないので放っておこう。
「さてな、クレイルズさんにも色々とあるのかもしれん…ホルト、中を見てもいいか?」
「どうぞ」
断りを入れて木箱の上を覆っていた布を取り払うと、その中にはバイクのパーツが詰め込まれていた。
所々パーツに刻まれている見覚えのある傷や形から、俺達のバイクが分解されて木箱に入っていると分かる。
「あらら、これは確かに私らのバイクだね。でも、私らがクレイルズさんに引き渡した時って、ここまで分解してたっけ?」
俺と一緒に木箱を覗き込んだパーラが暢気な声を上げる。
木箱に入っているとなれば、分解されているのは予想済みだったためか驚きはしていないが、それでも最後に見た時よりもかなりコンパクトに分解されているのが気になったようだ。
「いや、もうちょっと大雑把に分解した状態で渡したはずだ。多分、木箱に入れるためにそこからさらにバラしたか、あるいは修理のためにそうする必要があったか」
クレイルズは少なくともソーマルガにこのバイクを残すつもりはなかったらしく、アシャドル王国まで持ち帰るために、分解して梱包する必要があったというのは十分考えられる。
修理に必要なパーツはソーマルガで調達していたので、恐らくこのバイクは直っているはずだ。
この状態から組み立てれば、普通に走れる状態のバイクが出来上がるに違いない。
「ホルト、このバイクだが、お前が組み立てることは出来るか?」
「俺がですか?うーん…出来るかもしれませんけど、ちょっと怖いですね。このバイクは師匠が一から作って組み立てたもんですから、俺にも分からない部分で細かい調整が必要だったらまずいですよ。やっぱり師匠に組み立ててもらうのが一番だと思います」
「そうか、まぁそうだよな」
一点物という点では他のバイクもそうなのだが、正直、俺達のバイクは一番最初にクレイルズが手掛けたある意味で芸術品に近いものと言える。
パーツの多くは新造されたもので、フレームに組み付けるのもクレイルズのセンスで絶妙なバランスが発揮されていた。
多少のメンテナンスならともかく、パーツ単位でバラされたものをそのまま無調整で組み立てたとしても百パーセントの性能を発揮できるとは限らない。
それほどに、これは繊細なバイクなのだ。
ホルトもそれは分かっているため、下手に手は出したくないと言っているわけだ。
決してビビっているわけではなく、中途半端な仕事をしたくないという職人のプライドがあってのことだというのは俺も理解できる。
「わかった、ならこのバイクの入った木箱だが、俺達で引き取っていいか?」
「構いませんけど、まさかお二人で直すつもりですか?」
「いや、直せる人の所に持ってくのさ」
こうなると、このバイクの入った木箱を引っ張って俺達がイアソー山まで行く必要がある。
向こうで組み立てる設備があるかは分からないが、クレイルズにやってもらわないと俺達のバイクは復活できそうにないのだ。
「あぁ、そうだ。ホルト、ちょっと噴射装置を見てもらいたいんだが、いいか?」
「ええ、構いませんよ。そちらの台を使ってください」
パーラが工房の外に止めていた現行のバイクを倉庫まで持って来たタイミングで、ついでに壊れたまま荷物となっていた俺の噴射装置をホルトに見てもらうことにした。
空いている作業台に置いた噴射装置に早速ホルトが手を伸ばし、色々と調べていく。
それを俺とパーラは黙って眺めていたが、しばらくすると深い溜息と共にこちらへ据わった目が向けられる。
こいつもこんな目をするようになったんだな。
「…アンディさん、これはどういうことですか」
「奇麗だろ。壊れてるんだぜ、これで」
どこか責められているような気になり、視線を逸らして何とかそれだけを口にしたが、視線が外れる気配がないので改めてホルトに向き直る。
「ええ、外見は確かにきれいなものです。けど、空気を圧縮する機構が機能してないじゃないですか、これ」
流石はクレイルズの弟子だけあって、俺ではわからなかった故障個所をホルトはあっさりと見抜いたようだ。
どうやら噴射装置の肝である圧縮空気を生み出す機能が喪失しているようで、それが原因で噴射装置は使えなくなっていたわけだ。
「へぇ、そういうことになってんのか。その辺りは装置の中枢だから、俺も見れなかった部分だな。で、直るのか?」
「直せることは直せますけど、すぐには無理ですよ。幸い、本当に重要な部品は無事なんで、それは新しい筐体に移植したとして…そうですね、十日は見てもらわないと」
「十日とはまた随分長いな。クレイルズさんが噴射装置を作った時はもっと早かったぞ?」
「いやいや、俺と師匠を一緒にしないでほしいんですが。あの人に比べたら、俺は職人としてはまだまだなんですから。せめて時間ぐらいはください」
天才と凡人の差とは言うまい。
バイクにしろ噴射装置にしろ、俺のアイディアを聞いてすぐに作り上げてしまうクレイルズが異常なだけだ。
直せないと言わないだけ、ホルトは優秀だと思ったほうがいい。
「すまん、少し言い方が悪かったな。なら、すまんがこいつの修理を頼めるか?代金は言い値でいいから、なるべく早く丁寧に仕上げてほしい」
「勿論です。修理が終わったら宿の方に報せましょうか?」
「いや、俺達はこの後イアソー山に向かうから、修理が終わったらそのまま預かっててくれ。用が済んだら回収に来るよ」
「そうですか、わかりました。ではそのように」
これで長く故障したままだった噴射装置も修理の目途が付いた。
十日程時間はかかるようなのだが、俺達はイアソー山へ行くため修理品の受け取りは後回しだ。
また噴射装置で飛び回る空を想像して、気持ちを落ち着かせるとしよう。
その後、倉庫に運び込んだトライクに、部品の入った木箱をリヤカーのように取り付けて、俺達は工房を後にした。
燃費と引き換えにパワーだけは有り余っているトライクは、車体後部に接続された荷車がかなりの重量であっても順調に進んでおり、この分だとイアソー山までの旅も問題はないという頼もしさを覚える。
日暮れまでまだ少し時間はあるが、今日の所は宿へと入って休むことにした。
以前、ルドラマの紹介で泊まった宿にまた行こうとしたのだが、生憎満室だったため今日は別の宿だ。
そこは王都でも三指に数えられるほどの豪華な宿らしく、バイクを預けられるセキュリティの良さも決め手となった。
受付で金を支払い、部屋で一休みと洒落込む前に、ある人物へ手紙を届けてもらうよう宿の人間に頼む。
「ではこちらをセイン様へお届けすればよろしいのですね?」
「ええ。ちゃんとアンディからの手紙だというのも伝えてください」
「畏まりました。では失礼します」
事前に用意していたセイン宛の手紙を宿の従業員に託し、遠ざかるその背中を見送ると、宿代の支払いを済ませたパーラが俺の隣に立った。
「誰かに手紙?」
「ああ、セインさんにな」
「え、セインさんって今王都にいるの?イアソー山じゃなく?」
「そうらしい。結構前にイアソー山からこっちに戻って来たんだと。ギルドの人が教えてくれたよ」
巨人討伐のことは噂話レベルでだが王都にも広まっていて、その中にはセインのことも少なからず含まれている。
高官ではあるが役人に過ぎないセインが、巨人の出現で一躍有名人になったおかげで、少し探ればセインが王都に戻っていることは簡単に知ることができた。
「俺達のことであの人には色々と面倒かけたみたいだし、俺達の生存報告と色々なお礼やら、それと今後の予定なんかも手紙で伝えようと思って。本当は直接会って話したかったが、いきなり行ってもすぐに面会とはいかないだろうし」
「そっか、セインさんって文官としては結構偉いもんね」
巨人との戦いで俺達が死亡ではなく行方不明者として処理されていたのは、セインの配慮もあってのことだ。
そのことについてのお礼と、俺達二人が無事に戻って来れたことをセインには知らせておきたかった。
実はフルージでセインとイーリスに宛てた手紙を出しているのだが、破格の移動速度を手にした俺達の方が手紙より先に王都に来てしまったため、こうして改めて手紙を出したというわけだ。
「向こうも暇じゃないだろうし、とりあえず手紙で済ませとくとしよう。…さて、じゃあ部屋に荷物置いたらなんか食いに行くか」
この宿には食堂も勿論あるが、別に外に食べに行くことを制限されてもいないため、久しぶりの王都の夜は美味いものを求めて少し出かけてみるのも悪くない。
「賛成ー。私、さっき宿の人から美味しいの食べれるところ聞いたんだよ。今日はそこにしようよ」
「なんだ、抜け目ないな。じゃあそこいくか。どんなのが食えるんだ?」
「なんかね、ハフムシャっとしたものが食べれるんだって」
「ハフム…?なんだそりゃ、訳が分からん」
「私もそう言ったんだけど、食べて見ればわかるからそれまでのお楽しみにーだって」
擬音しかない情報ではどんな料理かは分からないが、これだけの高級宿の従業員が進めるならそうそう変なものではないだろう。
むしろこうも意味が分からないと逆に興味が湧く。
少し前までの俺達なら、そんな訳のわからない料理に金を出す気にはならなかったが、口座の凍結が解除された今なら好きなものを好きなだけ食える。
久しぶりの不安のない夜を迎えることができることの喜びを噛みしめつつ、未知の料理に挑むとしよう。
しかしハフムシャっとしたものか…言葉からは想像もつかないが、願わくばゲテモノ料理ではないことだけは祈ろう。
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