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航続距離を疎かにする奴は説教してやる
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SIDE:ダリア
夜の明けきらぬ中、城内にある宰相の執務室では、この国で国王陛下に次ぐ地位にある男が、その地位に見合う立派な椅子に腰かけていた。
室内にともされた灯りの下、その顔に浮かぶのは憔悴と諦観だ。
先程、私の報告を聞いてから、目を閉じて微動だにしていないハリム様のその姿には、突然知らされた情報により生まれた苦悩の深さが見てとれる。
「……それは確かか?」
たっぷりと時間をかけてから、ようやく開いたハリム様の口から出てきたのは、苦悩が十分に籠った重い声だった。
「はい。確認したところ、保管してあったバイクが消えていました。格納庫の扉には、高熱で切断された痕跡もあります。可能性は色々とありますが、これらに手を出す動機と手際から、まず間違いなくアンディ達でしょう」
実はついさっきまで私自身、私を偽物と思い込んだ兵士達によって身柄を拘束されていた。
なんでも、私の正体がラパン三世なる怪盗の変装だと、本物のダリアを名乗る何者かによって伝えられた見張りの兵士達が勇んで私を捕えたというわけだ。
当然、本物のダリアは私の方なので、騙されたのは兵士達の方だとどうにか説得して解放されたが、しかし同時に嫌な予感も覚え、急いでバイクの置かれていた格納庫へと向かった。
するとそこには、見事に鍵の破壊された扉と、バイクの消失というとんでもない光景が私を待ち受けていたのだった。
その後城へ報告に来てみれば、城内はラパン三世の予告でちょっとした騒ぎになっていて、どうにか連絡をつけたハリム様に事情を説明して、ようやく本命がバイクの方だったと知った時は、顎が外れそうなほどに驚いていた。
さらに、ラパンの正体がアンディ達かもしれないと知ったハリム様は、腰を抜かしてしまったほどだ。
「破壊されていた錠ですが、あれは並の魔術師でどうにか出来る代物ではありません。閂の位置を把握した上で、超高熱の魔術で焼き切るとなれば、アンディ君の仕業と考えるのが妥当です。彼ならそれぐらいの芸当は出来そうですし」
メイエルがうっかりバイクのことをアンディに教えてしまったため、それから強請られてバイクのことを言える範囲で教えてしまった。
これは、彼の飛空艇を勝手に分解してしまった後ろめたさもあったため、機密に触れない程度ならという妥協もあってのことだ。
そして、旅にどうしても必要だから貸してほしいと懇願してきたのを、流石にそれは出来ないと断ったわけだが、アンディもそれで引き下がる男じゃない。
わかっていたつもりだったが、彼は頭がよく、そして行動力もありすぎた。
バイクの保管場所とそこを封じる扉の鍵の特徴までを独自に調べ上げ、見張りの排除と追跡の遅延を目的に私の偽物を用意した上で、まんまとバイクを手に入れたわけだ。
このあたりは、飛空艇に比べて優先度を低く設定してた私達の危機意識にも問題はあったともいえる。
「盗んだバイクで走り出したか。行き先は…」
「ま、アシャドルでしょうね。元々飛空艇を欲していたのも、そのためでしたから」
盗まれたと判断してすぐにバイクの捜索をさせたところ、エーオシャン方面へと向かったと思われる痕跡が見つかった。
バイクを必要としていて、夜中にエーオシャン方面を目指す人間ということで、バイクを盗んだのがアンディ達で確定した瞬間だ。
「毎度何かしでかす奴だとは思っていたが、此度はとんでもないものを盗んでいきおったな」
「怪盗を名乗っていましたしね。とはいえ、心までは盗んでいけなかったようですが」
「ミエリスタ王女殿下は既に盗まれておるようだがな」
「アンディ君もあれでなかなかいい男ですから。仕方ないかと」
見た目は少々地味だが、しかし今日までの功績を考えると王女殿下を虜にするだけの資質はあったと言える。
私がもう十年若ければ、アンディに惚れていたかもしれない。
「だがダリアよ、お前はアンディがバイクを狙っていたのは気付いていたのだろう?止められなかったのか?」
「確信があったわけではありません。ただ、バイクのことを知ってからの行動が気になったものですから、可能性はあると考えていただけです」
「ほう?なぜだ?」
「彼が一度、バイクの保管場所を私に聞いてきたのですが、機密だから教えられないと言うと、それ以上は食い下がりませんでした。ですが、その後第五研究室の近くで何度か姿を見たり、格納庫の扉の保全をする整備員と熱心に何かを話し込んでいるのを見かけました」
あそこには保管庫がいくつもあり、その中からバイクの置かれている場所を短期間で探し当てるのは容易ではない。
とはいえ、管理しているのが人間である以上、何人もと会話をしてその端々から断片を組み合わせ、理論的な頭と妄想ギリギリの想像力を働かせれば、凡そのあたりをつけるのはアンディならやってのけそうでもある。
あれも普段は大っぴらに見せびらかしはしないが、頭の回転と突飛な発想はそこらの人間より図抜けているしな。
「なるほど、バイクを盗みだすために、保管場所とそこの扉の突破のために構造を調べていたのだろうな」
「はい。実際、扉の閂を焼き切ったのは破壊の痕跡が最小限に抑えられた、実に見事な手口だと言えます。実物を全く知らない人間に出来るものではありません」
以前、飛空艇が大量に発見された遺跡に行ったとき、アンディが入り口の扉を魔術で開けたのを見たことがある。
雷魔術で発生させた熱で、封鎖されていた扉を溶かして開けた手際を思えば、格納庫の扉を最小限の破壊で開けられたのも納得できてしまう。
「下調べは入念、見張りの排除にダリアの偽物を用いる妙案、おまけにどうやってか、ワシのところに予告状まで紛れ込ませて攪乱してくる手の込みようだ」
そう言ってハリム様は机の上に置かれた紙片を一瞥する。
書かれているのが今ならばアンディの文字だと分かるが、あれが正式な書類の中に紛れ込んでいるのを見つけた時のハリム様の混乱はいかほどだったのだろうか。
おまけに宝を頂戴すると書かれていたせいで、バイクのことなど一欠けらも警戒する気にさせなかったのは上手いやり方だ。
「あれでソーマルガの転覆をはかっていたら、今頃この国は大混乱となっていたかもしれんな。はっはっはっは」
「笑ってる場合ですか?」
「笑うしかあるまいよ。あれほど大騒ぎをして、よもや盗まれたのが貴重とは言え捨て置いたも同然の魔道具だぞ?陛下に報告してみろ。あの方こそ盛大に笑ってくれような」
確かに、国王陛下ならこの度の顛末を知れば、アンディ達のしでかしたことを目を輝かせて褒めそうな気もする。
バイクを盗まれたことで被る影響などは当然理解されていようが、それ以上にアンディ達を気に入っている陛下のことだ。
きっとハリム様が言うような反応を見せるのは想像に難くない。
王として表向きに見せる姿は荘厳さと力強さのあるものだがその実、年齢に不相応なほどに悪ガキ染みた性根を未だに持ち合わせてもいる困った方だからな。
恐らく、アンディ達がバイクを盗んだことも不問にしそうなぐらい、この件を楽しまれるに違いない。
実際、私も騙されたというのに、怒りよりも感心を覚えているぐらいだ。
正直、悪事にこの身を利用されたとなれば怒りも沸こうが、やったのがアンディ達とわかるとこれが不思議と腹が立たない。
しでかしたことを正当化する理由は本来はないはずだが、とはいえ我が国が彼らに対してしたことを考えると、ある点ではバイクの強奪も納得できもする。
また現場には私の偽物の仕業と分かりやすいよう、あからさまな痕跡も残している。
アンディ達の性格を考えると、これは疑われた人間への配慮といったところか。
他の人間では例の保管庫の見張りを動かすのには身分も足りないと判断して私の偽物を仕立て上げ、一人として死人どころか怪我人を出さずにバイクを盗み出した手際は、いっそ盗難対策の教材にしてもいいぐらいだ。
妙な話だが、次に会うことがあれば、きっと私はアンディ達をこのことで褒めてしまいそうな気がしている。
「ダリアよ、件のバイクだが、盗まれたことで発生する損害はいかほどだ?」
それまで困った顔で力なく笑っていたハリム様は、その顔を一変して今回の事件の影響を尋ねてきた。
「さて、今の時点でどれほど影響があるかと言われれば、答えるのが難しいでしょう。なにせ、あのバイクは試作こそしたものの、あくまでも作れるから作ったというだけの代物。資料として保管はしていましたが、あれ単体で見ると役目はとうに終えています」
アシャドルの技術者と共に組み立てては見たが、肝心の動力部分は向こうが秘匿したため、こちらで用意した間に合わせの品で対応したせいか、完成品は色々と不満があったと聞く。
第五の連中は、今後の技術発展によって大規模な改造で性能の向上を見込めるとしたが、それなら試作バイクをいじるよりは一から作るという手法を取るに違いない。
私も実際に見て分かったが、試作バイクはソーマルガが最初に作ったバイクだけあって、要求仕様に答えるために発展性が犠牲となっていた。
バイクに使える新技術が生み出されたとしても、改造バイクに使うよりはその技術でバイクを新しく作る方がずっとましだ。
ソーマルガ初の国産バイクとして、いくつもの試験を終えているため、統計情報も計測は終えていた。
試作バイクがなくなったとしても、今後ソーマルガで作られるバイクへの影響はまずないと思える。
「盗み出されたからと言って、技術流出を気にする必要もないでしょう。より優れたバイクが、既にアシャドルにはありますから。バイク関連への影響となると、せいぜい製作費分の損失と考えるのみですか」
あのバイクに使われている技術は、一部を除いて我が国ではもうとっくに熟れたものだ。
他国へ流出したとして、技術的優位を奪われることはまずないだろう。
飛空艇を盗まれるよりずっとましだ。
「…よかろう。ならば今回の件は我らの間だけで留め置く」
「よろしいので?バイクの盗難を大々的に発表すれば、今ならばまだアンディ達を追跡することも出来ますが」
バイクの移動速度はかなりのものだが、航続距離の関係上、今から足の速い騎乗動物などで追手を差し向ければ、ソーマルガの国境ギリギリで彼らに追いつけるかもしれない。
また多少無理をすれば、国内に限って飛空艇で追いかけるのも不可能でもない。
「相手は手練れの魔術師だぞ?追手など、返り討ちにあうのが目に見えている。それに、今回の件はワシらにも非がある。アンディ達から飛空艇を取り上げた結果がバイクの盗難だとすれば、せめて目を瞑ってやるべきだろう」
あの飛空艇のことを持ち出されると、私も何も言えなくなる。
彼らに所有権のある飛空艇をああまでしてしまった手前、本来なら代わりの飛空艇を手配してやるべきところを、今のソーマルガの状況がそれを許せなかったのが心苦しい。
ならば、せめてバイクぐらいは与えてやるべきだったと、今こうして手元を離れてからようやく思えた。
「なるほど、ではバイクはアンディ達に盗まれたのではなく、極秘で他の部署に移管していたという体で話を作っておいた方がよろしいでしょう」
「そうだな、そのように処理しておいてくれ。バイクはあくまでもソーマルガの財産であるし、そういった形の方がこちらも体面は傷つかん。それに、後々あれらも飛空艇が手元に戻れば、今回盗んだバイクも返還するだろう」
アンディ達がバイクを必要としていたのは、純粋に旅の足としてだ。
他国へ技術を売り払って金にしようとか、どこかの国での立身出世をといった考えはまずありえないだろう。
遺跡から発掘した船をソーマルガに売った報酬金で、かなりの額が年間で彼らには支払われているし、出世欲に至っては、以前爵位すらも不要と言ってのけた男だ。
実際、彼らがその気なら今頃盗まれていたのは稼働している飛空艇だったはずだ。
厳重な警備があろうと、今回の手際を考えればそう難しいことではない。
だがあえて放置されていたバイクを旅の供に選んだのは、こちらに多少は気を使ったからだと思える。
勿論盗みは盗みであり、その罪は追及するべきなのだが、なにせ私達はアンディ達に負い目があるため、内々に収めたいというハリム様の気持ちは私も理解できる。
それに、今回の件を他に広めることでこちらが被る影響も決して小さなものではない。
ソーマルガの保有する財産が盗まれたとなれば、その調査と原因究明、さらには奪還までを視野に入れた諸々が動き始める。
そうなると、今ソーマルガ抱えている量産型飛空艇の問題に割かれる人材に不足が出る可能性もある。
何を優先すべきかを考えれば、今回のバイク盗難も大々的な事件とするよりは、宰相預かりの一案件として処理する方が建設的だ。
よって、バイクは盗まれてなどおらず、少し前に他所へ移っていたとするのが問題の収まりもいい。
一応アンディ達がソーマルガに戻って来た時のために、バイクは貸与していたという話をでっちあげておくのもいいだろう。
まぁ昨夜の宰相による急な兵の動員に始まった、ラパン三世やら格納庫扉の損壊やらについては色々考える必要はあるが、一先ずどう騒ぎを纏めるかはハリム様と詰めていくとしよう。
ふと窓の外を見てみれば、遠くの空に光が混ざり始めていた。
もうじき日が昇る。
あの航続距離が短いバイクでの移動となれば、一日で並の馬車が進む距離の半分も行ければいい方だ。
少し走っただけでタンクは空になるが、魔術師としてはずば抜けて保有魔力量の多い二人なら、魔力を充填しながら進めるため、実際の移動距離は今一つ読み切れない。
朝が来るまでにアンディ達はどこまでいけるものやら。
惜しむらくは、国を跨ぐ長距離移動にあのバイクがどう運用されたかの統計情報を得られないことか。
まぁそのあたりの欠点やら長所やらは、実際に乗ってみた彼らと次に会った時にでも尋ねてみるとしよう。
SIDE:END
エンジン付きの乗り物というのは実に便利なものだ。
モーターを備えているバイクは、駆動するエネルギーさえあればどこまでも疲れ知らずに走り続けることができる。
俺達が手に入れたこのバイクは、トライクスタイルの強みを生かした安定性と、大口径のタイヤによる優れた走破性を見せている。
そして、大型化した車体の恩恵の一つである優れた積載量が、旅の供としてはこの上なく頼もしい。
急遽用意したパニアバッグや背嚢を、車体のあちこちに分散して括りつけることで、持ち出した物資のほとんど全てを搭載しての旅を可能としていた。
飛空艇には劣るものの、馬車どころか単騎の馬すらも超える速度で街道をひた走る俺達は、夜の内に皇都から離れたせいもあってか、特に追手がかけられることもなく穏やかなツーリングと洒落込んでいる。
どうやらハリム達はバイクのことで俺達を追求する気はないようで、この分だとアシャドルまで問題なく行けそうだ。
正直、追手がかけられるかどうかは五分五分だった。
ラパン三世という怪盗を目くらましに、ソーマルガが面子を守るために俺達を見逃すという可能性は決して低いものではなかったが、バイク奪還のために面子をかなぐり捨ててソーマルガが動く可能性も十分にあった。
一応、追手がかけられた場合の対処も考えてはいたが、使わないにこしたことはない手段であり、こうして平和的にバイクを頂戴できたのだから結果としては上々だろう。
そうしてバイクを走らせていると、遠くの空に少し白い光が混ざり始める。
研究施設を離れた時間、街道近くに隠してあった荷物を回収してバイクに搭載した時間、そしてここまで走って来た移動時間の諸々から、そろそろ夜明けかとは思っていた。
この世界での数ある自然の光景の中で、この砂漠の夜明けと言うのは五指に入るぐらいに美しいと俺は思っている。
徐々に暗空へ白さが増していくのを清々しい気分で眺めていると、バイクの速度が急激に落ちるのを感じた。
アクセルは緩めておらず、しかし景色の流れが緩やかになっていくこの状況は、実は今日二度目の現象だ。
「あらら、また魔力切れ?やっぱり、私らのバイクと比べたらすぐタンクが空になるんだね」
背後に乗るパーラにより、このバイクの燃費の悪さを嘆く声が上がった。
燃料計など気の利いたものが付いていないこのバイクは、ガス欠を知るのはその挙動からでしかなく、たった今起きたような、アクセルワークを無視したスピードの低下がサインだ。
「まぁ、航続距離が短いってのは聞いてたからな。こんなものかもしれないが、意外と減りは早いような…いったん止まるぞ」
街道の脇にバイクを止め、すぐに魔力の充填を行う。
クレイルズ達が制作に携わったおかげか、魔力をためるタンクの位置は普通のバイクと同じようになっており、そこへ手を触れて魔力を送り込めばどんどんと吸収されていくのが手応えとして分かる。
動力が重機と同じのを使ったせいか、パワーはあるが燃費性能がいまいちという欠点はどうしようもなく、こうして実際に旅に出てみればかなりのデメリットを抱えた乗り物だと言えるだろう。
「魔力の方はどう?足りなくなったりしない?」
「いや、大丈夫そうだ。かなり魔力を吸われているのは分かるが、元々のタンクの容量自体もそう多くはないみたいだしな」
以前俺達が使っていたバイクは、その優れた性能と引き換えに大量の魔力を要求していたが、今回のバイクに関してはタンクの容量の小ささもあってか、致命的なほどに魔力を吸い取られるということはない。
このあたりに航続距離の短さの理由もありそうだが、そこを差し引いてもやはり燃費性能は悪いと言わざるを得ない。
まぁこのあたり、俺達の魔力量が増大してはいるため、今のところ旅の間はガス欠で立ち往生という心配はしなくてもよさそうだ。
「…よし、満杯だな。んじゃ出発するぞ」
燃料計はなくとも、魔力の注入の手応えで満タンとなったのは分かるため、体感十分ほどで給油…給魔?の作業を終えて出発する。
「はいよー…っと、もう夜が明けてきたね。あと半刻もすれば日が昇るんじゃない?」
あらためてシートへ座り直したパーラが、東の空を見て夜明けの近さを教えてくる。
つられてみて見ると、確かに空の半分以上はもう朝焼けに染まり始めており、大体パーラの見立て通りの時間で朝となるだろう。
「そうかもな。日が昇ってからはすぐに暑くなるから、日差しには特に気を付けろよ」
今は刺さる様な寒さが漂っているが、これも日が昇ればあっという間に灼熱の空気へと変わる。
日差し対策としてフード付きのマントは身に着けるが、それでも厳しい旅となるのが砂漠を進む者の宿命だ。
少なくともエーオシャンを通り過ぎるまでは、暑さ対策をしっかりとしておかねば。
アクセルをゆっくり回すと、活力を取り戻したように力強い走り出しを見せるバイクで再び街道を行く。
皇都からここまでの凡その距離と、タンクの持ちからして、一先ずの目的地としているエーオシャンまでは三日ほどといったところか。
普通の馬車なら五日以上かかるのを考えれば意外と悪くはないのだが、とはいえ前に使っていたバイクに比べればやはり物足りなさはある。
贅沢な悩みだとは分かっているが、やはり早急にアシャドルの王都でクレイルズと会って、本来の俺達のバイクを返してもらいたいものだ。
そうなったら、今乗っているバイクはどうするべきか。
誰か信用できる人間に託してソーマルガへ返還するのがいいんだろうが、正直、バイク二台での旅というのに魅力を感じてならない。
今まではバイク一台に二人、サイドカーも付けば三人ということもあったが、これが二台での旅となれば持ち運べる荷物も増えるし、分かれて行動する分だけ活動の自由度も増える。
なにより、複数台で走るとツーリング感が増して気持ちがいいじゃあないか。
飛空艇の代わりにソーマルガからパクっ…借りてきたが、バイクなりの楽しさを思うと、当分はバイクだけでの旅というのも悪くないのかもしれない。
とはいえ、この燃費の悪さだけはどうにかしたいものだな。
バイク二台体制での旅となれば、このバイクの航続距離が足枷になり得る。
クレイルズに会ったら、このことを相談してみるのもいいかもしれない。
というか、このバイクを見たら驚くだろうな。
なにせ、ソーマルガで自分が手掛けたバイクに、俺達が乗って目の前に現れれば、きっと面白い顔を見せてくれるに違いない。
「あ、ねぇアンディ。アシャドルに行くならさ、ミルタ達の所にも寄ってくんでしょ?結構久しぶりじゃない?」
「あぁ、そういやもう随分会ってないな。最後に手紙でやり取りしたのっていつだったっけ」
アシャドル王国のヘスニルには俺達の知り合いも多い。
その中でもローキスとミルタは、俺達と一時期一緒に店をやっていたこともあって思い入れは大きい。
目的地はヘスニルではないが、王都へ行く道の途中ならば寄らない理由はない。
「さあ?一年…二年ぐらい?あんまりこまめには出してなかったけど、そもそもここ半年ぐらいはあっちの大陸にいたからね」
「最後の手紙だと、店の方は順調だってのは知ってたな。それと、なんか俺達に報告があるってのも書いてたな」
「私のとこにきたミルタの手紙にも書いてたね、それ。直接会って話したいから、その内来てくれって」
手紙がくる以前から、ハンバーグ専門店として十分に繁盛していたが、最後に読んだ手紙だと特にトラブルもなく店はやっているようだった。
ただ、何か含むように書かれていた、俺達に直接会ってしたい報告というのだけが気にはなっていた。
「なんだろうな?」
「なんだろうねぇ?」
悪い報告ではないとは思うが、とはいえ何もわからないのも気持ち悪い。
ローキス達の報告とやらに首を傾げていると、ふとあることを思い出した。
そう言えば、以前ローキスには醤油と味噌の作り方を教えていて、しかも樽で作っているところまで見届けていたな。
ハリム達によって完全に失われた醤油達だったが、ヘスニルにはその芽は残っていたのだ。
何度かあった手紙でのやり取りでは、醤油はともかく味噌の方はかなりいい出来になっていたそうだし、今もきっと作り続けているに違いない。
頼んだら分けてもらえないだろうか…いや、きっと分けてくれる。
ローキスはいい奴だからな。
こうなると、急いでアシャドルへ行かねば。
ハンドルを握る手に力が籠り、開けられたアクセルはバイクの速度を一気に上げる。
「おっとと…どうしたの?アンディ。急に速くなったけど」
「ちょっとヘスニルまで急ごうと思ってな。お前だってミルタと早く会いたいだろ」
「そりゃそうだけど、安全運転で頼むよ?」
「分かってるよ」
急に上がったスピードに訝るパーラへそう返し、安全に走れるギリギリの速度で街道を進む。
法定速度などないこの世界で、逸る俺の気持ちを抑えるものもない。
自由なスピードに身を晒していると、不意に俺の横顔を温かい光が撫でる。
地平線の向こうから太陽が顔をのぞかせた光だ。
今日も暑くなりそうだという思いと共に、この光が着実に時間の経過を表すものであり、その分だけ前へと進んでいる証でもある。
ヘスニルで俺を待つ醤油達のために、一刻も早く駆け抜けるべきだろう。
正に今新しく生まれた希望は、俺の目を眩ませる朝日の中でもなお、輝くものだと感じられてやまない。
俺達の旅はここからだ!
「…また魔力切れだね。こりゃあヘスニルに着くのはもっと先かな?」
日が昇り切り、鋭さを増した暑さの中でゆっくりと街道の脇で止まるバイクに、パーラが呆れた声を零す。
ちょっと走ってこれである。
よくもまぁこんな状態で完成としたものだな、ソーマルガの技術者は。
その内会ったら説教してやりたい気分だ。
夜の明けきらぬ中、城内にある宰相の執務室では、この国で国王陛下に次ぐ地位にある男が、その地位に見合う立派な椅子に腰かけていた。
室内にともされた灯りの下、その顔に浮かぶのは憔悴と諦観だ。
先程、私の報告を聞いてから、目を閉じて微動だにしていないハリム様のその姿には、突然知らされた情報により生まれた苦悩の深さが見てとれる。
「……それは確かか?」
たっぷりと時間をかけてから、ようやく開いたハリム様の口から出てきたのは、苦悩が十分に籠った重い声だった。
「はい。確認したところ、保管してあったバイクが消えていました。格納庫の扉には、高熱で切断された痕跡もあります。可能性は色々とありますが、これらに手を出す動機と手際から、まず間違いなくアンディ達でしょう」
実はついさっきまで私自身、私を偽物と思い込んだ兵士達によって身柄を拘束されていた。
なんでも、私の正体がラパン三世なる怪盗の変装だと、本物のダリアを名乗る何者かによって伝えられた見張りの兵士達が勇んで私を捕えたというわけだ。
当然、本物のダリアは私の方なので、騙されたのは兵士達の方だとどうにか説得して解放されたが、しかし同時に嫌な予感も覚え、急いでバイクの置かれていた格納庫へと向かった。
するとそこには、見事に鍵の破壊された扉と、バイクの消失というとんでもない光景が私を待ち受けていたのだった。
その後城へ報告に来てみれば、城内はラパン三世の予告でちょっとした騒ぎになっていて、どうにか連絡をつけたハリム様に事情を説明して、ようやく本命がバイクの方だったと知った時は、顎が外れそうなほどに驚いていた。
さらに、ラパンの正体がアンディ達かもしれないと知ったハリム様は、腰を抜かしてしまったほどだ。
「破壊されていた錠ですが、あれは並の魔術師でどうにか出来る代物ではありません。閂の位置を把握した上で、超高熱の魔術で焼き切るとなれば、アンディ君の仕業と考えるのが妥当です。彼ならそれぐらいの芸当は出来そうですし」
メイエルがうっかりバイクのことをアンディに教えてしまったため、それから強請られてバイクのことを言える範囲で教えてしまった。
これは、彼の飛空艇を勝手に分解してしまった後ろめたさもあったため、機密に触れない程度ならという妥協もあってのことだ。
そして、旅にどうしても必要だから貸してほしいと懇願してきたのを、流石にそれは出来ないと断ったわけだが、アンディもそれで引き下がる男じゃない。
わかっていたつもりだったが、彼は頭がよく、そして行動力もありすぎた。
バイクの保管場所とそこを封じる扉の鍵の特徴までを独自に調べ上げ、見張りの排除と追跡の遅延を目的に私の偽物を用意した上で、まんまとバイクを手に入れたわけだ。
このあたりは、飛空艇に比べて優先度を低く設定してた私達の危機意識にも問題はあったともいえる。
「盗んだバイクで走り出したか。行き先は…」
「ま、アシャドルでしょうね。元々飛空艇を欲していたのも、そのためでしたから」
盗まれたと判断してすぐにバイクの捜索をさせたところ、エーオシャン方面へと向かったと思われる痕跡が見つかった。
バイクを必要としていて、夜中にエーオシャン方面を目指す人間ということで、バイクを盗んだのがアンディ達で確定した瞬間だ。
「毎度何かしでかす奴だとは思っていたが、此度はとんでもないものを盗んでいきおったな」
「怪盗を名乗っていましたしね。とはいえ、心までは盗んでいけなかったようですが」
「ミエリスタ王女殿下は既に盗まれておるようだがな」
「アンディ君もあれでなかなかいい男ですから。仕方ないかと」
見た目は少々地味だが、しかし今日までの功績を考えると王女殿下を虜にするだけの資質はあったと言える。
私がもう十年若ければ、アンディに惚れていたかもしれない。
「だがダリアよ、お前はアンディがバイクを狙っていたのは気付いていたのだろう?止められなかったのか?」
「確信があったわけではありません。ただ、バイクのことを知ってからの行動が気になったものですから、可能性はあると考えていただけです」
「ほう?なぜだ?」
「彼が一度、バイクの保管場所を私に聞いてきたのですが、機密だから教えられないと言うと、それ以上は食い下がりませんでした。ですが、その後第五研究室の近くで何度か姿を見たり、格納庫の扉の保全をする整備員と熱心に何かを話し込んでいるのを見かけました」
あそこには保管庫がいくつもあり、その中からバイクの置かれている場所を短期間で探し当てるのは容易ではない。
とはいえ、管理しているのが人間である以上、何人もと会話をしてその端々から断片を組み合わせ、理論的な頭と妄想ギリギリの想像力を働かせれば、凡そのあたりをつけるのはアンディならやってのけそうでもある。
あれも普段は大っぴらに見せびらかしはしないが、頭の回転と突飛な発想はそこらの人間より図抜けているしな。
「なるほど、バイクを盗みだすために、保管場所とそこの扉の突破のために構造を調べていたのだろうな」
「はい。実際、扉の閂を焼き切ったのは破壊の痕跡が最小限に抑えられた、実に見事な手口だと言えます。実物を全く知らない人間に出来るものではありません」
以前、飛空艇が大量に発見された遺跡に行ったとき、アンディが入り口の扉を魔術で開けたのを見たことがある。
雷魔術で発生させた熱で、封鎖されていた扉を溶かして開けた手際を思えば、格納庫の扉を最小限の破壊で開けられたのも納得できてしまう。
「下調べは入念、見張りの排除にダリアの偽物を用いる妙案、おまけにどうやってか、ワシのところに予告状まで紛れ込ませて攪乱してくる手の込みようだ」
そう言ってハリム様は机の上に置かれた紙片を一瞥する。
書かれているのが今ならばアンディの文字だと分かるが、あれが正式な書類の中に紛れ込んでいるのを見つけた時のハリム様の混乱はいかほどだったのだろうか。
おまけに宝を頂戴すると書かれていたせいで、バイクのことなど一欠けらも警戒する気にさせなかったのは上手いやり方だ。
「あれでソーマルガの転覆をはかっていたら、今頃この国は大混乱となっていたかもしれんな。はっはっはっは」
「笑ってる場合ですか?」
「笑うしかあるまいよ。あれほど大騒ぎをして、よもや盗まれたのが貴重とは言え捨て置いたも同然の魔道具だぞ?陛下に報告してみろ。あの方こそ盛大に笑ってくれような」
確かに、国王陛下ならこの度の顛末を知れば、アンディ達のしでかしたことを目を輝かせて褒めそうな気もする。
バイクを盗まれたことで被る影響などは当然理解されていようが、それ以上にアンディ達を気に入っている陛下のことだ。
きっとハリム様が言うような反応を見せるのは想像に難くない。
王として表向きに見せる姿は荘厳さと力強さのあるものだがその実、年齢に不相応なほどに悪ガキ染みた性根を未だに持ち合わせてもいる困った方だからな。
恐らく、アンディ達がバイクを盗んだことも不問にしそうなぐらい、この件を楽しまれるに違いない。
実際、私も騙されたというのに、怒りよりも感心を覚えているぐらいだ。
正直、悪事にこの身を利用されたとなれば怒りも沸こうが、やったのがアンディ達とわかるとこれが不思議と腹が立たない。
しでかしたことを正当化する理由は本来はないはずだが、とはいえ我が国が彼らに対してしたことを考えると、ある点ではバイクの強奪も納得できもする。
また現場には私の偽物の仕業と分かりやすいよう、あからさまな痕跡も残している。
アンディ達の性格を考えると、これは疑われた人間への配慮といったところか。
他の人間では例の保管庫の見張りを動かすのには身分も足りないと判断して私の偽物を仕立て上げ、一人として死人どころか怪我人を出さずにバイクを盗み出した手際は、いっそ盗難対策の教材にしてもいいぐらいだ。
妙な話だが、次に会うことがあれば、きっと私はアンディ達をこのことで褒めてしまいそうな気がしている。
「ダリアよ、件のバイクだが、盗まれたことで発生する損害はいかほどだ?」
それまで困った顔で力なく笑っていたハリム様は、その顔を一変して今回の事件の影響を尋ねてきた。
「さて、今の時点でどれほど影響があるかと言われれば、答えるのが難しいでしょう。なにせ、あのバイクは試作こそしたものの、あくまでも作れるから作ったというだけの代物。資料として保管はしていましたが、あれ単体で見ると役目はとうに終えています」
アシャドルの技術者と共に組み立てては見たが、肝心の動力部分は向こうが秘匿したため、こちらで用意した間に合わせの品で対応したせいか、完成品は色々と不満があったと聞く。
第五の連中は、今後の技術発展によって大規模な改造で性能の向上を見込めるとしたが、それなら試作バイクをいじるよりは一から作るという手法を取るに違いない。
私も実際に見て分かったが、試作バイクはソーマルガが最初に作ったバイクだけあって、要求仕様に答えるために発展性が犠牲となっていた。
バイクに使える新技術が生み出されたとしても、改造バイクに使うよりはその技術でバイクを新しく作る方がずっとましだ。
ソーマルガ初の国産バイクとして、いくつもの試験を終えているため、統計情報も計測は終えていた。
試作バイクがなくなったとしても、今後ソーマルガで作られるバイクへの影響はまずないと思える。
「盗み出されたからと言って、技術流出を気にする必要もないでしょう。より優れたバイクが、既にアシャドルにはありますから。バイク関連への影響となると、せいぜい製作費分の損失と考えるのみですか」
あのバイクに使われている技術は、一部を除いて我が国ではもうとっくに熟れたものだ。
他国へ流出したとして、技術的優位を奪われることはまずないだろう。
飛空艇を盗まれるよりずっとましだ。
「…よかろう。ならば今回の件は我らの間だけで留め置く」
「よろしいので?バイクの盗難を大々的に発表すれば、今ならばまだアンディ達を追跡することも出来ますが」
バイクの移動速度はかなりのものだが、航続距離の関係上、今から足の速い騎乗動物などで追手を差し向ければ、ソーマルガの国境ギリギリで彼らに追いつけるかもしれない。
また多少無理をすれば、国内に限って飛空艇で追いかけるのも不可能でもない。
「相手は手練れの魔術師だぞ?追手など、返り討ちにあうのが目に見えている。それに、今回の件はワシらにも非がある。アンディ達から飛空艇を取り上げた結果がバイクの盗難だとすれば、せめて目を瞑ってやるべきだろう」
あの飛空艇のことを持ち出されると、私も何も言えなくなる。
彼らに所有権のある飛空艇をああまでしてしまった手前、本来なら代わりの飛空艇を手配してやるべきところを、今のソーマルガの状況がそれを許せなかったのが心苦しい。
ならば、せめてバイクぐらいは与えてやるべきだったと、今こうして手元を離れてからようやく思えた。
「なるほど、ではバイクはアンディ達に盗まれたのではなく、極秘で他の部署に移管していたという体で話を作っておいた方がよろしいでしょう」
「そうだな、そのように処理しておいてくれ。バイクはあくまでもソーマルガの財産であるし、そういった形の方がこちらも体面は傷つかん。それに、後々あれらも飛空艇が手元に戻れば、今回盗んだバイクも返還するだろう」
アンディ達がバイクを必要としていたのは、純粋に旅の足としてだ。
他国へ技術を売り払って金にしようとか、どこかの国での立身出世をといった考えはまずありえないだろう。
遺跡から発掘した船をソーマルガに売った報酬金で、かなりの額が年間で彼らには支払われているし、出世欲に至っては、以前爵位すらも不要と言ってのけた男だ。
実際、彼らがその気なら今頃盗まれていたのは稼働している飛空艇だったはずだ。
厳重な警備があろうと、今回の手際を考えればそう難しいことではない。
だがあえて放置されていたバイクを旅の供に選んだのは、こちらに多少は気を使ったからだと思える。
勿論盗みは盗みであり、その罪は追及するべきなのだが、なにせ私達はアンディ達に負い目があるため、内々に収めたいというハリム様の気持ちは私も理解できる。
それに、今回の件を他に広めることでこちらが被る影響も決して小さなものではない。
ソーマルガの保有する財産が盗まれたとなれば、その調査と原因究明、さらには奪還までを視野に入れた諸々が動き始める。
そうなると、今ソーマルガ抱えている量産型飛空艇の問題に割かれる人材に不足が出る可能性もある。
何を優先すべきかを考えれば、今回のバイク盗難も大々的な事件とするよりは、宰相預かりの一案件として処理する方が建設的だ。
よって、バイクは盗まれてなどおらず、少し前に他所へ移っていたとするのが問題の収まりもいい。
一応アンディ達がソーマルガに戻って来た時のために、バイクは貸与していたという話をでっちあげておくのもいいだろう。
まぁ昨夜の宰相による急な兵の動員に始まった、ラパン三世やら格納庫扉の損壊やらについては色々考える必要はあるが、一先ずどう騒ぎを纏めるかはハリム様と詰めていくとしよう。
ふと窓の外を見てみれば、遠くの空に光が混ざり始めていた。
もうじき日が昇る。
あの航続距離が短いバイクでの移動となれば、一日で並の馬車が進む距離の半分も行ければいい方だ。
少し走っただけでタンクは空になるが、魔術師としてはずば抜けて保有魔力量の多い二人なら、魔力を充填しながら進めるため、実際の移動距離は今一つ読み切れない。
朝が来るまでにアンディ達はどこまでいけるものやら。
惜しむらくは、国を跨ぐ長距離移動にあのバイクがどう運用されたかの統計情報を得られないことか。
まぁそのあたりの欠点やら長所やらは、実際に乗ってみた彼らと次に会った時にでも尋ねてみるとしよう。
SIDE:END
エンジン付きの乗り物というのは実に便利なものだ。
モーターを備えているバイクは、駆動するエネルギーさえあればどこまでも疲れ知らずに走り続けることができる。
俺達が手に入れたこのバイクは、トライクスタイルの強みを生かした安定性と、大口径のタイヤによる優れた走破性を見せている。
そして、大型化した車体の恩恵の一つである優れた積載量が、旅の供としてはこの上なく頼もしい。
急遽用意したパニアバッグや背嚢を、車体のあちこちに分散して括りつけることで、持ち出した物資のほとんど全てを搭載しての旅を可能としていた。
飛空艇には劣るものの、馬車どころか単騎の馬すらも超える速度で街道をひた走る俺達は、夜の内に皇都から離れたせいもあってか、特に追手がかけられることもなく穏やかなツーリングと洒落込んでいる。
どうやらハリム達はバイクのことで俺達を追求する気はないようで、この分だとアシャドルまで問題なく行けそうだ。
正直、追手がかけられるかどうかは五分五分だった。
ラパン三世という怪盗を目くらましに、ソーマルガが面子を守るために俺達を見逃すという可能性は決して低いものではなかったが、バイク奪還のために面子をかなぐり捨ててソーマルガが動く可能性も十分にあった。
一応、追手がかけられた場合の対処も考えてはいたが、使わないにこしたことはない手段であり、こうして平和的にバイクを頂戴できたのだから結果としては上々だろう。
そうしてバイクを走らせていると、遠くの空に少し白い光が混ざり始める。
研究施設を離れた時間、街道近くに隠してあった荷物を回収してバイクに搭載した時間、そしてここまで走って来た移動時間の諸々から、そろそろ夜明けかとは思っていた。
この世界での数ある自然の光景の中で、この砂漠の夜明けと言うのは五指に入るぐらいに美しいと俺は思っている。
徐々に暗空へ白さが増していくのを清々しい気分で眺めていると、バイクの速度が急激に落ちるのを感じた。
アクセルは緩めておらず、しかし景色の流れが緩やかになっていくこの状況は、実は今日二度目の現象だ。
「あらら、また魔力切れ?やっぱり、私らのバイクと比べたらすぐタンクが空になるんだね」
背後に乗るパーラにより、このバイクの燃費の悪さを嘆く声が上がった。
燃料計など気の利いたものが付いていないこのバイクは、ガス欠を知るのはその挙動からでしかなく、たった今起きたような、アクセルワークを無視したスピードの低下がサインだ。
「まぁ、航続距離が短いってのは聞いてたからな。こんなものかもしれないが、意外と減りは早いような…いったん止まるぞ」
街道の脇にバイクを止め、すぐに魔力の充填を行う。
クレイルズ達が制作に携わったおかげか、魔力をためるタンクの位置は普通のバイクと同じようになっており、そこへ手を触れて魔力を送り込めばどんどんと吸収されていくのが手応えとして分かる。
動力が重機と同じのを使ったせいか、パワーはあるが燃費性能がいまいちという欠点はどうしようもなく、こうして実際に旅に出てみればかなりのデメリットを抱えた乗り物だと言えるだろう。
「魔力の方はどう?足りなくなったりしない?」
「いや、大丈夫そうだ。かなり魔力を吸われているのは分かるが、元々のタンクの容量自体もそう多くはないみたいだしな」
以前俺達が使っていたバイクは、その優れた性能と引き換えに大量の魔力を要求していたが、今回のバイクに関してはタンクの容量の小ささもあってか、致命的なほどに魔力を吸い取られるということはない。
このあたりに航続距離の短さの理由もありそうだが、そこを差し引いてもやはり燃費性能は悪いと言わざるを得ない。
まぁこのあたり、俺達の魔力量が増大してはいるため、今のところ旅の間はガス欠で立ち往生という心配はしなくてもよさそうだ。
「…よし、満杯だな。んじゃ出発するぞ」
燃料計はなくとも、魔力の注入の手応えで満タンとなったのは分かるため、体感十分ほどで給油…給魔?の作業を終えて出発する。
「はいよー…っと、もう夜が明けてきたね。あと半刻もすれば日が昇るんじゃない?」
あらためてシートへ座り直したパーラが、東の空を見て夜明けの近さを教えてくる。
つられてみて見ると、確かに空の半分以上はもう朝焼けに染まり始めており、大体パーラの見立て通りの時間で朝となるだろう。
「そうかもな。日が昇ってからはすぐに暑くなるから、日差しには特に気を付けろよ」
今は刺さる様な寒さが漂っているが、これも日が昇ればあっという間に灼熱の空気へと変わる。
日差し対策としてフード付きのマントは身に着けるが、それでも厳しい旅となるのが砂漠を進む者の宿命だ。
少なくともエーオシャンを通り過ぎるまでは、暑さ対策をしっかりとしておかねば。
アクセルをゆっくり回すと、活力を取り戻したように力強い走り出しを見せるバイクで再び街道を行く。
皇都からここまでの凡その距離と、タンクの持ちからして、一先ずの目的地としているエーオシャンまでは三日ほどといったところか。
普通の馬車なら五日以上かかるのを考えれば意外と悪くはないのだが、とはいえ前に使っていたバイクに比べればやはり物足りなさはある。
贅沢な悩みだとは分かっているが、やはり早急にアシャドルの王都でクレイルズと会って、本来の俺達のバイクを返してもらいたいものだ。
そうなったら、今乗っているバイクはどうするべきか。
誰か信用できる人間に託してソーマルガへ返還するのがいいんだろうが、正直、バイク二台での旅というのに魅力を感じてならない。
今まではバイク一台に二人、サイドカーも付けば三人ということもあったが、これが二台での旅となれば持ち運べる荷物も増えるし、分かれて行動する分だけ活動の自由度も増える。
なにより、複数台で走るとツーリング感が増して気持ちがいいじゃあないか。
飛空艇の代わりにソーマルガからパクっ…借りてきたが、バイクなりの楽しさを思うと、当分はバイクだけでの旅というのも悪くないのかもしれない。
とはいえ、この燃費の悪さだけはどうにかしたいものだな。
バイク二台体制での旅となれば、このバイクの航続距離が足枷になり得る。
クレイルズに会ったら、このことを相談してみるのもいいかもしれない。
というか、このバイクを見たら驚くだろうな。
なにせ、ソーマルガで自分が手掛けたバイクに、俺達が乗って目の前に現れれば、きっと面白い顔を見せてくれるに違いない。
「あ、ねぇアンディ。アシャドルに行くならさ、ミルタ達の所にも寄ってくんでしょ?結構久しぶりじゃない?」
「あぁ、そういやもう随分会ってないな。最後に手紙でやり取りしたのっていつだったっけ」
アシャドル王国のヘスニルには俺達の知り合いも多い。
その中でもローキスとミルタは、俺達と一時期一緒に店をやっていたこともあって思い入れは大きい。
目的地はヘスニルではないが、王都へ行く道の途中ならば寄らない理由はない。
「さあ?一年…二年ぐらい?あんまりこまめには出してなかったけど、そもそもここ半年ぐらいはあっちの大陸にいたからね」
「最後の手紙だと、店の方は順調だってのは知ってたな。それと、なんか俺達に報告があるってのも書いてたな」
「私のとこにきたミルタの手紙にも書いてたね、それ。直接会って話したいから、その内来てくれって」
手紙がくる以前から、ハンバーグ専門店として十分に繁盛していたが、最後に読んだ手紙だと特にトラブルもなく店はやっているようだった。
ただ、何か含むように書かれていた、俺達に直接会ってしたい報告というのだけが気にはなっていた。
「なんだろうな?」
「なんだろうねぇ?」
悪い報告ではないとは思うが、とはいえ何もわからないのも気持ち悪い。
ローキス達の報告とやらに首を傾げていると、ふとあることを思い出した。
そう言えば、以前ローキスには醤油と味噌の作り方を教えていて、しかも樽で作っているところまで見届けていたな。
ハリム達によって完全に失われた醤油達だったが、ヘスニルにはその芽は残っていたのだ。
何度かあった手紙でのやり取りでは、醤油はともかく味噌の方はかなりいい出来になっていたそうだし、今もきっと作り続けているに違いない。
頼んだら分けてもらえないだろうか…いや、きっと分けてくれる。
ローキスはいい奴だからな。
こうなると、急いでアシャドルへ行かねば。
ハンドルを握る手に力が籠り、開けられたアクセルはバイクの速度を一気に上げる。
「おっとと…どうしたの?アンディ。急に速くなったけど」
「ちょっとヘスニルまで急ごうと思ってな。お前だってミルタと早く会いたいだろ」
「そりゃそうだけど、安全運転で頼むよ?」
「分かってるよ」
急に上がったスピードに訝るパーラへそう返し、安全に走れるギリギリの速度で街道を進む。
法定速度などないこの世界で、逸る俺の気持ちを抑えるものもない。
自由なスピードに身を晒していると、不意に俺の横顔を温かい光が撫でる。
地平線の向こうから太陽が顔をのぞかせた光だ。
今日も暑くなりそうだという思いと共に、この光が着実に時間の経過を表すものであり、その分だけ前へと進んでいる証でもある。
ヘスニルで俺を待つ醤油達のために、一刻も早く駆け抜けるべきだろう。
正に今新しく生まれた希望は、俺の目を眩ませる朝日の中でもなお、輝くものだと感じられてやまない。
俺達の旅はここからだ!
「…また魔力切れだね。こりゃあヘスニルに着くのはもっと先かな?」
日が昇り切り、鋭さを増した暑さの中でゆっくりと街道の脇で止まるバイクに、パーラが呆れた声を零す。
ちょっと走ってこれである。
よくもまぁこんな状態で完成としたものだな、ソーマルガの技術者は。
その内会ったら説教してやりたい気分だ。
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