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異世界トライク

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 ソーマルガで散々に打ちのめされた俺は、重い足を引きずってハリムの所を後にし、ダリアの家へと帰って来た。
 俺のガッツが足りない状態なので、預かってもらっていた荷物の回収にはパーラを行かせた。
 食料は壊滅だとしても、衣服や諸々の道具などは残っているそうなので、陸路での旅に使えるものも多いだろう。

「あら、お帰りなさい。…うん、出かけた時よりは大分ましでも、まだ落ち込んでるようですね」

 扉を開けて家の中に入ると俺を出迎えたのはメイエルだった。
 彼女とは昨夜に再会の乾杯をし合ったが、翌日が休みだそうでそのままダリアの家に泊まっていた。
 今朝方、ハリムの所に向かう俺達を見送ったのも彼女だ。

「ええまぁ。ちょっとありまして」

 流石にこうも短期間に連続してショックを受ければ慣れるもので、飛空艇の惨状を最初に知った時よりは幾分かましではある。

「その様子だと、あまりいい話は聞けなかったんでしょうね」

 ソファに座り込んだ俺と目線を合わせるように、対面に座ったメイエルから気遣わし気な声が掛けられる。
 出掛ける際に、飛空艇を借りる交渉とは伝えていたので、俺のこの態度からそれが不発に終わったことは見抜かれたようだ。

「今のソーマルガには、よその国に出せる飛空艇は無いんですよ。国内のどこかに行くだけなら、巡察隊のに相乗りさせてもらえるかもしれませんが、アシャドルまでとなると難しいでしょう」

「ええ、ハリム様にもそう言われましたよ。一応聞きますけど、メイエルさんとかダリアさんの伝手でどうにかなったりとかは…」

「無理ですね。今は飛空艇も綿密な運用がされてますから。たった一機でも予定から外れるのにも、申請と報告の手間がとんでもないと聞きますし。ダリアさんぐらいなら、緊急点検とかの名目でどうにか飛空艇を一日手元に置けるかどうか…。アンディさん、アシャドルまで行って戻ってくるのに一日で済みます?」

「いやぁ、流石にそんな短時間ではちょっと」

 目的はアシャドルの王都にあるギルドでの報告だが、巨人との戦いの跡地となったイアソー山の麓にいるであろうイーリスにも会いに行きたい。
 そうなると、とても一日では足りない。
 なにせイアソー山はアシャドル王国の最北に位置しているのだから、最低でも八日は欲しいところだ。

「ですよねぇ。新製の飛空艇があんなことにならなければ、もっと事情は違ったんですけど。問題の解決を飛空艇に反映させるのにかかる時間を考えると、余裕ができるのはまだ先のことになるでしょう」

 そう言ってこちらを見るメイエルの目に同情と申し訳なさが籠っているのは、例の量産型飛空艇の不具合について色々と彼女も参っているからか。
 メイエルも研究施設じゃ偉い側の人間だしな。

「俺達の飛空艇も復元されるのはまだ当分先になりそうだし、しばらくは空の旅はお預けになりそうですよ。それでも、バイクがこっちに残ってればまだよかったんですが」

「確かアシャドルから来てた人達が持って帰ったんですよね?下手に残してって技術を暴かれるのがいやだったんですかねぇ。それも正解と言えば正解だったと思いますけど。あぁ、そうそう、そのアシャドルから来た人達と一緒に試作したバイクってもう見ました?」

「いえ、見てませんが…そんなのがもうあるんですか?」

 そう言えば、以前クレイルズが出来かけのバイクを教材にしているのを見たことがあったな。
 順調に教導をしていけば、あれがそのまま組み上げられていてもおかしくはない。

「ありますよ~。元々技術交流でこっちはバイクを作りたかったので、第五研究所がアシャドル側の人達と共同で一つ作ったそうです。ただ、動力に関してはアシャドル王国が開示を渋ってまして、そこだけはこちらで用意したものを組み込んだらしいですよ。ほら、例の遺物の船から見つかった重機類のやつです」

 昨日見た格納庫には大量の重機が揃っていた。
 あの数を考えると、いくらかはパーツを抜き出して他への活用方法を模索していても不思議ではない。
 その一つが、ソーマルガが独自に作ったバイクの動力なのだろう。

 ただ、以前俺のバイクを直す際にクレイルズは、件の重機類の動力はバイクに向かないと確かに言っていた。
 だが実際に試作バイクに載せたのは、多少強引にでも動かしてみようというソーマルガの研究者の情熱と妥協の結果だろう。

 このあたりは、クレイルズ達も流石にバイクの動力をそのままソーマルガには開示できなかったせいだと推測する。
 アシャドル王国からすれば、バイクにおける技術的優位の保持を考え、フレームやブレーキといった部分はともかく、モーターの技術を全て伝えるのは避けたかったと思われる。

「どんな感じに仕上がったんですか?もう動かしたんでしょう?」

「私も人から聞いただけですけど、問題なく走ることは出来たみたいですよ。でも、性能的にはアシャドルのバイクと比較しても大分劣ってるらしくて。速度はそれなりでも、航続距離はかなり短いとか」

 ソーマルガ製のバイクは一先ず完成はしたものの、巡航性能は大分抑えられたものらしい。
 魔道具の技術では最先端を走るソーマルガだが、バイクの製造に関してはクレイルズ達に一日の長があり、動力部分だけは独自に製作することは難しいのだろう。
 遺物の動力を流用したようだが、元々重機クラスの大型でパワーのあるものに使われていたためか、バイクのような比較的小型の乗り物にはあまり向いていないのかもしれない。

 とはいえ、バイクであることには変わりなく、この世界の基準で言えば破格の移動手段だ。
 航続距離の短さはネックだが、そこは魔力で駆動する以上、俺とパーラがいれば魔力の供給に不足はない。
 これはいい話を聞けた。

「なるほど。それで、そのバイクは今どこに?」

 技術習得を目的に組み上げたのなら、今頃はデータ収集などの目的で元気に走り回っているかもしれない。
 この国の技術で作られたバイクとは、一目拝みたいものだ。

「さあ?作ったはいいけど、運用に難があるってダリアさんが言ってどこかに持っていったらしいですけど…。そのあたりは本人に聞いてみたらどうです?」

 バイク関連にはメイエルがあまり関わってないようで、バイクのありかはダリアに聞くのがよさそうだ。
 今頃はダリアも仕事中なので、夜帰って来た時にでも話すか。




「ただいま。あー疲れたー…」

 メイエルと共に遅めの昼食の準備をしていると、ドタドタと騒がしい足音と共にパーラが帰って来た。
 疲れたという言葉の通り、背負っていた荷物を床に投げるように降ろすと、ソファへとその身を投げ出す。

「はーい、お帰りなさい。あらま、すごい大荷物」

 ソファの傍に転がる巨大なリュックを見て、メイエルが驚きの声を上げた。
 パンパンではちきれる寸前といったリュックの中には、ハリムの所から回収してきたものが詰まっている。
 これからの旅に必要になりそうなものを、パーラの判断で見繕ってもらった。

「それでも結構減らしたんだけどねぇ。色々考えたらキリがないから、背嚢に入り切るって条件を決めて選んだの」

 リュックの中身のチョイスについてを言及するパーラは、よっぽど選ぶのに頭を悩ませたのか、ソファに埋めたままの顔を上げることをしない。
 疲れているのならそっとしておくとして、俺はこの後の旅で世話になるリュックの中を確認することにした。

 俺達の飛空艇に積んでいた物資は、基本的に衣食住の内、衣と食を重視したものがメインで、それに次いで武具と換金可能な交易品も多い。
 ただ、今は食材の方は全て破棄されているため、パーラが選んできたのは主に服や武器、多少の医薬品といったものがほとんどだ。

「お、ダンガ勲章も持ってきてくれたのか」

 リュックの中には俺が大事なものを入れるのに使っている小箱も入っていて、その中にはダンガ勲章も保管してあった。
 ソーマルガにいる間は、こいつの力が一番発揮されるので、手元にあるだけで幾分か心強い。

「あったらいいかと思ってさ。他のと違ってかさばるもんでもないし。それよりも、食料品はやっぱり何にも残ってなかったよ。まぁミソとかはともかくとして、干果とかぐらいは残っててもよくない?」

「干果もか?あれは結構保存が効くと思ってたんだがな。まぁ仕方ない」

 俺達が秘蔵していたドライフルーツは、ジューシーさを残すために一般的なものよりも水分を抜かないで作っていた。
 味はよくなるが、保存性を重視する普通のドライフルーツに比べれば、足が早いのは覚悟の上だ。

 しかしこれで完全に食料は全滅と分かり、心残りは無くなる。
 まぁチーズは許されて味噌は許されないという、この世界の無常さに思う所がないわけではないが。

「他の荷物はどうした?ハリム様の所に預けたままか?」

「ううん、言われた通りマルステルの屋敷に持っていったよ。ちゃんと責任もって預かるって」

「そらよかった」

 徒歩で持ち歩くにはつらい荷物に関しては、アイリーンの所を頼らせてもらった。
 別にハリムに預けたままでもいいのだが、今後一々城まで行って荷物を引き取るという手間が面倒だったので、マルステル家の屋敷が協力してくれて助かる。
 今後は必要なものがあれば、その都度屋敷で受け取れるのも楽でいい。

 ひとまず今必要な旅の準備はこんなところか。
 後は移動手段だな。
 馬車はハリムに言えば手配してくれるだろうが、それよりも今は新しい可能性についてパーラと情報を共有するべきだ。

「ところでパーラ、旅の足についてなんだが…」

「馬車をハリム様に用意してもらうんでしょ。分かってるって。旅の計画を立てて、明後日ぐらいに頼みに行ったら?」

 相変わらずソファに全身を預けているパーラだが、当初俺が考えていた予定はしっかりと覚えており、それに対して異存はないと態度で示している。

「いや、それよりもいい手を思いついたんだよ」

「いい手ぇ?なに、飛空艇でもコッソリと盗み出す気?」

 何ということを言うんだこいつは。
 メイエルが台所に戻っていなかったら、叱られかねないぞ。

 だがその発想、悪くない。
 悪くないが、それをすると本格的にハリムの怒りを買いそうなのでやめておくとして、次善の手をパーラに明かすとしよう。
 伸るか反るかはパーラ次第だが、こいつの性格的に乗ってくるに違いない。

「実はな、ソーマルガが作ったバイクがどっかにあるらしくてな―」





 SIDE:ハリム

 ペラリとめくった書類に目を走らせ、そこに書いてある内容をよく吟味して追加事項をいくつか書き足していく。
 飛空艇の問題が起きてから、国内の貴族から流通に関する申請が随分と増えた。
 情報と物資を網の目のようにソーマルガ中へと行きわたらせていた飛空艇が稼働数を減らし、あちこちから恫喝に近い嘆願が日々寄せられている。

 本当なら今頃は量産した飛空艇が国内を飛び回り、空の流通網が活発に動いていたはずなのだ。
 しかしその量産型飛空艇の不具合により、予定は大幅に変更され、恩恵を受けるはずだった各地の貴族らを失望させてしまった。

 今はまだ発掘した飛空艇が動き回っているからいいが、このまま量産型飛空艇の投入の遅れが続けば、さらなる不利益が出てくるだろう。
 技術者達は解決に向けて頑張ってくれているとは思うが、はたして好転するのはいつになるのやら、胃の痛い日が続いている。

 そう言えば、アンディの奴はいつになったら馬車の手配をわしの所に頼みに来るのだろうな。
 久しぶりに会ってから、もう四日も経つというのに何の連絡もない。
 わしが命じればそう時間はかからぬとはいえ、なるべく余裕をもって馬車の用意をしてやりたいところだが。

「…ん?これは」

 次の書類を処理しようと手を伸ばした時、一枚の紙きれが書類同士の隙間からはみ出しているのに気付く。
 城で扱う書類はほとんどが上等な紙を使っているのだが、その中にあって素材からして粗末な安物の紙が紛れ込んだことの違和感に惹かれ、思わずそれを手に取ってしまった。

「『二つの月が半身となる夜、大事な宝を頂戴する。ラパン三世』…なんだこれは?」

 思わず書かれていた文字を読み上げてしまったが、ラパン三世とは聞かぬ名だな。
 少なくとも、政治の場で聞いた名の中にそんな人物はいないはず。
 であれば、わし個人の交友関係かとも思うが、勿論聞いたことはない。

 ふざけた手紙だと捨て置くのは簡単だが、しかし大事な宝というものに心当たりがありすぎる。
 ソーマルガは長い歴史と高い国力のおかげで、城内に宝と呼べるものはいくつもある。
 果たしてラパンなる者がどれを狙っているのか、はっきりと判断はできん。

 そもそもこの程度の質の紙がわしの執務室にあること自体がおかしい。
 何人もいる祐筆には、陳情として上げられてくる書類にも簡単にだが目を通させ、急ぎの裁決が必要でないものは弾かせている。

 当然、安紙が混ざっていればすぐに見つかるため、取り除くかわしに見せてくるはず。
 それ故、この紙が書類の中に偶然にも混ざることはありえないのだ。
 となれば、このラパンは普通ではない方法でこの紙を書類に紛れ込ませたわけだ。
 わしに見つかる様に。

 ラパンが普通の人物ではないという危機を覚え、また宝をまるで盗むかのような文言で伝えてきたことの奇妙さに、思わず唸ってしまう。
 妙なことに、このラパンという名前は今初めて目にしたはずなのだが、なぜか予告したことを必ず実行するという何かを感じたわしの勘が騒ぐ。

 ここにある二つの月が半身になる夜とは、あの空に浮かぶ二つの月が揃って半月となる日ということだろう。
 ふと思い、夜の空気が漂う露台へと出てみれば、まさにわしのこの目に今見える月が二つ、半月となっているではないか。

 つまり、ラパンが伝えた日付はまさに今日!
 そして、その言い回しからして、奴の正体は城内の宝を狙っている盗賊と考えていい。

「誰かある!」

 焦燥感を覚え、部屋に戻ると廊下へ向かって大声を上げる。
 すると、巡回か警護と思われる兵が二人、執務室へと駆け込んできた。

「ここに!いかがなさいましたか!」

「賊が侵入した!」

「は?」

 厳密には進入したかどうかは分からない。
 だが、その可能性が大きいと判断し、既にそうなっているという過程で話を進める。

「呆けるな!二水にすいの間と一花ひとつばなの間へただちに兵を送れ!そのどちらかの宝物が狙われている!」

 今ある品の中で、価値が高く外の人間にも知られているという条件で考えると、あの二つのうちどちらかが狙われると予想した。
 それぞれの部屋に置かれている像はいずれも高名な芸術家が遺した品で、その価値は城一つと同じとまで言われている。

 像自体はかなりの大きさであるので盗めるかどうかは別として、価値を知っているならその二つを狙っても不思議ではない。

「は、ははっ!ただちに!」

 わしの一喝に兵は一瞬身を強張らせたが、夜の城にいる兵の優秀さは確かであり、すぐに正気に戻ると来た時と同じぐらいの素早さで廊下へと駆けていく。
 それを見送り、わしはすぐさま陛下の所へ急ぐ。

 賊が侵入している以上、陛下と殿下方も安全とは断言できない。
 以前、ミエリスタ殿下が誘拐されかかった前例があるのだ。
 あの時よりも近衛の数も質も増しているとはいえ、わしが行かぬ理由にはならない。

 例の紙きれも見せて、陛下へ説明もせねばなるまい。
 先程までいつも通りの日だと思っていたら、まさか賊が城の宝を狙っていたとは。
 それもついさっき気付くなど、まったく、何という日だ。

 このラパン三世なる者、実に面倒なことをしてくれる。
 捕まえたらタダでは済まさぬぞ。





 SIDE:END







 砂漠の夜は寒い。
 これはソーマルガに暮らす者にとっては当たり前のことであり、灼熱の昼とどちらが過ごしやすいかと言われれば、どちらも嫌だと答えるはずだ。

 そんな砂漠の夜にあって、常に寝ずの番が置かれている場所と言えばやはり王が暮らす城だが、もう一つ、飛空艇を研究する施設にも夜通し見張りの兵が立つ場所がある。
 普段なら整備中の飛空艇が保管される格納庫がまさにそうだ。

 だが昨今の事情により、飛空艇は朝も夜もなく飛び回っているか、あるいは整備や調査で巨大な方の格納庫に置かれているかで、中が空っぽとなっている格納庫と言うのも今は珍しくない。

 そう言った格納庫は単純に施錠だけして、見張りは置かないという措置がとられるのだが、中には飛空艇以外の重要なものを置いている格納庫もあるため、今も寝ずの見張りが立つ格納庫があった。

 夜の暗がりと厳しい寒さの中、三人の見張りの兵士が立っている格納庫の扉の前に、一つの人影がやってくる。

「やあ、ご苦労様。今日も寒いね」

 篝火に照らされて露になったその人物は、この施設ではセドリックに次いで偉いダリアだ。

「これはダリア殿。こんな夜更けに、何か御用でしょうか?」

 寒さ対策に厚着をしている若い兵士達は、一瞬マントの前を開いて腰の剣に手を伸ばすが、かけられた声の主の正体を知って警戒を解く。

「なぁに、久しぶりの泊まり込みなもんで、少し気分転換がしたくなってね。ちょっとだけ散歩をしているのさ。ここは異常はないか?」

「ええ、何もありませんよ。日暮れ後すぐに交代の要員が来た以外、誰も近付いてもいませんし」

「そうか、ならいい。一応、警戒だけは緩めないように頼むよ」

「それは勿論、役目ですから見張りの手を抜くことはしませんが…何かあったんですか?」

 念を押すようなことを口にするダリアに何かを感じたのか、訝しさの中に若干の緊張を混ぜた調子で兵士が問いかける。

「いや、何もないさ。今は」

「今は、ですか。まるで賊が侵入する予定があるかのようなもの言いですね」

「賊だったらまだいいんだがね。…仮にの話だが、手練れの魔術師が二人、強引にここへ押し入るとしたら、君達は撃退できるかい?」

 遠くを見るようにしながら、悩まし気なダリアのその言葉に、見張りの兵士は目に見えて体を強張らせてしまった。

「それは……いえ、出来るだけのことはしますが、まず何もできずに私達は突破されるでしょう」

 重要な設備の見張りを任されている兵士、弱いわけがないとはいえ、三人だけで魔術師を相手にするにはあまりにも不利だとは分かっているのだろう。
 虚勢を張らないだけ、この兵士はまともだ。

「ああ、私もそう思う。…短絡的ではないはずだがね、あれらも」

「え?」

「なんでもない。引き続き警戒は続けてくれ。あぁ、もしも手に負えない敵が来たら、下手な抵抗はせずに中のものを盗らせてやって構わないから」

「それはどういう…?」

「そのままの意味さ。じゃあね」

 警告のようなことを口にしたダリアは、踵を返すとその場を去って行ってしまった。
 後に残る兵士達は首を傾げるが、しかしすぐに気を取り直して見張りの仕事へと戻っていく。
 妙なことを言われたと理解はしているが、とはいえ与えられた役目をおろそかには出来ぬとするその姿勢は兵士として立派なものだ。

 そんな光景を、俺は木箱の隙間から眺めている。
 今日の夕暮れ前から、格納庫より少し離れた所に置かれている木箱の中に身を潜め、長いこと窺っていた好機がようやくやってきたようだ。

「よし、そろそろ行くぞ」

「ねぇ、本当にやるの?」

 一緒に木箱の中に入っているパーラに決起の言葉を告げたが、返ってきたのはテンションの低い声だった。

「なんだよ、ここまできてビビってんのか?お前だって乗り気だったろ」

「そうだけどさ、でもダリアさんとかあの見張りの人とかの今のやり取り聞いてたら、なんか悪い気がしてきて」

 出掛けには鼻息を荒くしていたほどだったパーラが、木箱に潜んでからは段々と大人しくなっていき、今では当初の計画に反対の意を示すまでになっている。
 これから俺達がやろうとしていることが、いかに悪い企みかは俺だって分かっていても、やめるという選択肢はない。

「気持ちはわかるが、俺達にはバイクが必要だろ。何も見張りを傷つけようってんじゃあないんだ。ちょっとあそこからいなくなってもらって、その隙にバイクを頂戴するってだけだって」

 この先の旅にバイクは欠かせないと判断し、ソーマルガが試作したバイクを俺達が使うだけの話だ。
 聞けば、試作バイクは制作のノウハウを蓄積する教材としては用済みとなっており、モノがモノだけに厳重に保管してはいても、盗まれたからとてソーマルガが引っ繰り返る様な騒ぎにはならない程度の品となっているらしい。
 とはいえ、魔道具単体として見れば、そこらにあるものよりもずっと価値は高いので、国としては盗まれないに越したことはない。

 見張りがいる以上、盗むのは容易ではないが、やりようによっては平和的にバイクを手に入れることは出来るだろう。

「いいのかなぁ…これバレたら、私らハリム様に滅茶苦茶叱られるんじゃない?あとダリアさんにも凄い迷惑かけるよね?」

「叱られるだけで済めばいいけどな。けど、さっきダリアさんが言ってたろ。盗まれるにしても、下手に抵抗して危険な目に合うまででもないって」

 先程ダリアが零していたが、どうも俺達がバイクを狙っているということはバレているようで、盗まれるにしても俺達にならいいという感じにも受け取れる。
 俺達がここに潜んでいることを知って口にしたとは思わないが、しかしああして口に出した以上、これはもう、盗んでもいいという許可を得たも同然だ。
 きっとそうだ、そうに違いない。

「多分、バイクが盗まれてもソーマルガには大した痛手じゃないんだ。国にも体面ってもんがあるし、盗まれたと大々的に発表するよりも、それを隠そうとする可能性の方が高いと俺は見てる」

「だから盗んじゃおうって?滅茶苦茶だよ、もう…。アンディって、普通じゃないことを時々思いつくけど、今回のは特にそうだね」

「よせよ、照れる」

「褒めてない。はぁ…仕方ないなぁ。まぁ私だってバイクがあったほうがいいとは思ってるからさ。それで、私がダリさんのフリをして、あそこの人達に例の台詞を言えばいいんだよね?」

 ようやく決心がついたのか、深い溜息を一つ吐いたパーラは、自分に与えられた仕事を改めて確認してくる。

「ああ。一言一句揃えなくてもいいから、なるべく焦った感じで見張りに言うんだぞ」

「はいはい、分かったよ。ま、私の華麗な演技、刮目して見てなさい」

 妙にフラグ臭いことを言って、パーラが木箱から出ていく。
 それを俺は木箱の隙間から見て、いざという時は飛び出して見張りを昏倒させるべく体に魔力を巡らせる。

 パーラは見張りに気付かれないよう暗がりを選んで移動し、先程ダリアが来たのとは別の方向から格納庫へと向かって駆ける。
 見張りに着いていた兵士達が、近付いてくる足音に気付いて警戒態勢に移った。

「何者…っと、ダリア殿?どうされましたか?」

 篝火に照らされて暗がりから姿を現したパーラを見て、兵士が安堵したようにそう言った。
 ここで奇妙なことに、何故パーラを見てダリアと彼は口にしたのだろうか。

 その理由は、パーラの顔がダリアとそっくりに特殊メイクを施されていたからだ。
 荒く息を吐くその顔は、明るい中で見れば違和感に気付いただろうが、篝火しかない暗がりの中では偽物と見抜くのは難しい。
 服装も身長もよく見ればさっきのダリアとは違うのだが、魔術によってそっくりな声を発し、さらに顔がほぼ同じなら人はそこを気にしない生き物なのだ。

 ではなぜパーラがダリアの変装をしているかというと、この見張りを格納庫の前から移動するための作戦の一環だからだ。

「はぁっ、はぁっ…君達!今ここにこんな顔の者は来なかったか!?」

 軽く息を整えた風を装い、ダリアの変装をしているパーラが自分の顔を指さして兵士達に尋ねる。
 乏しい明りの中でも、こいつはなにを言っているんだという兵士達の顔がありありと分かる。

「はい?こんな顔も何も、ダリア殿はついさっきここに―」

「バッカモーン!そいつは私の偽物…ラパン三世だ!奴は変装の名人!私と同じ顔をしてまんまとここに現れたんだ!…その様子だと、もう逃げたようだな。一足遅かったか」

「ら、ラパン?なんですか、そいつは」

「盗賊だ。先程、宰相閣下の下に予告状が届けられた。ここのバイクを盗む、とな。以前からラパン三世の噂はあったんだよ。特殊な技で宝の持ち主に成りすまして、まんまと盗み出すという」

 今にも歯ぎしりをしそうなほど悔しがる姿は、その正体を知らなければ疑う気が一ミリも起きない、真に迫った演技だと太鼓判を押したい。

 ここで朗報。
 ラパン三世なる怪盗は、俺達がここからバイクを頂戴する計画のために生み出した、架空の人物だ。
 この世界にそんな奴はもとから存在しない。

 しかしいるように見せかけるための仕込みとして、わざわざハリムの執務机に俺のお手製予告状を忍び込ませたのだが、この兵士達の様子だと予告状はまだ情報としては広まっていないようだ。
 まだ予告状がハリムに見つかっていないのか、それとも情報が伏せられているのかは分からないが、とりあえず今のところは計画に支障はないと思う。

「そんな奴がいるとは、聞いたことがありませんが…」

「最近名が知られだしたのだ。とにかく、そんなのが目の前にいて正体を看破すらできなかったのか!まったく、この国の兵士の目も大したものではないな。それで、奴はどっちに行った?私に変装したラパンは!?」

 兵としての質を疑われる言葉に、この兵士達も明らかに気を悪くするが、しかし盗賊を目の前にしながら見逃したという事実があるだけに、反論を飲み込むしかなかったようだ。

「それならばあちらの方に。しかし、あれが変装だとは…」

「よーし、あっちだな!……何をしている?ボーっと突っ立っている場合か!早くあの偽物を追って捕まえてくるんだよ!」

「わ、我々がですか!?ですが、ここの見張りを―」

「それならば私が引き継ぐ!じきに要請した追加の兵も来るから心配するな!今はとにかく、ラパン三世を追うんだ!勇壮なるソーマルガ兵の威信にかけて、あの盗賊めを捕まえて見せろ!」

「は、はっ!」

 目の前にいる者こそが本物のダリアと信じている兵士達は、相当な剣幕で叩きつけられた命令とも言える言葉に尻を叩かれ駆け出し、あっという間に姿が見えなくなった。

 これが熟練の兵士ならもう少し疑っただろうが、今ソーマルガは飛空艇のリコールでどこも人手が足りておらず、それは見張りも同じだった。
 既に制作が終わったバイクという優先度の低さゆえに、若手を見張りに立てたのは決して悪いことではないが、今回に限っては若さゆえの判断能力の弱さが俺達に有利に働いただけのこと。

 遠ざかっていく足音が完全に聞こえなくなった頃、ようやく俺も木箱から出てパーラの下へと向かう。

「んっ…ぷぅ、上手くいったね。我ながら、表彰ものの演技だったと感服しちゃうよ」

 近付いた俺を見て、自分の顔を手で覆ったパーラは、特殊メイクで作られていた偽の皮膚をペリペリと剥がし終えると軽く息をついてこちらに悪そうな笑みを向けてきた。
 人を騙した以上、まともなことではないとは分かっているだけに、企みが上手くいったことの達成感がその表情を形成しているとすれば、こいつもなかなか楽しんだようだ。
 悪い女だ、誰がこうした?

 しかしこれでダリアにはとんでもなく迷惑をかけることが完全に決まったな。
 何せ偽物とはいえ、ここの責任者が兵を遠ざけるのにその地位を利用されたとなると、ダリアの地位を妬む人間には格好の攻撃材料になる。
 とはいえ、飛空艇関連で既に確固たる地位を築いているダリアなら、その立場が多少の失態で揺らぐことはなく、逆にうまく利用できる強かさを持ち合わせているのがあの女だ。

 一応、偽物の仕業と明らかに分かるよう、変装に使った特殊メイクの顔パーツは残していくが、それでも彼女にかかる疑いを払拭するのにかかる手間を想像すると、心苦しさを覚える。
 やると決めたからには退かず・媚びず・顧みずの三拍子の精神でいたが、それでも無実の知り合いを利用したことに対する罪悪感は小さくはない。
 必要だったとはいえ、犠牲になったダリアには今度会ったら土下座で謝るとしよう。

「ご苦労さん。あとはこの扉か。…やっぱり鍵がかかってるな」

「そりゃそうでしょ」

 二メートルは優に超える高さのある扉を開こうとするも、明らかに鍵がかかっているというのが分かる。
 まぁこれも想定内だ。
 飛空艇に比べてそれほどではないにしろ、中のものが貴重であることには変わりないため、見張りを立てつつ、鍵もかけるぐらいはするだろう。

 なぁに、鍵ぐらい、このラパン三世にとってはないも同然だ。
 あっさりと解錠して見せよう。

 鍵穴の位置から、かんぬきのような金属の棒、所謂デッドボルトに相当するものがあるあたりを探る。
 昨日の昼、何となくを装ってここに来た時に、たまたま居合わせた研究者から扉の頑丈さを聞き出した流れで閂の位置も凡そ把握できている。

 この扉は閉じ合わされる中心部分に、二本の閂がそれぞれに差し込まれて鍵をかける仕組みだ。
 つまり、その部分だけをどうにかできれば、扉は簡単に開けることができる。

 そこで俺が取る方法は一つ、たった一つでいい。
 すなわち、閂部分を雷魔術で焼き切るだけ。

 指先に細く長く線状に発生させたプラズマを、扉が閉じ合う部分へ沿うようにしてゆっくりと差し込んでいく。
 金属が焼き切れる独特の音が鳴り響き、すぐに閂が切断され出す手応えを感じる。
 プラズマ部分の大きさを途中で調整しながら動かしていき、さほど時間をかけずに閂と扉が溶接されることなく切り離すことに成功した。

 熱で若干歪みは出たが、ほとんど損傷のない扉をパーラと共にやや力を込めて開けると、その奥にようやく求めるものの姿が見ることができた。
 特に布などで覆われることもなくむき出しでそこに佇むのは、俺達が乗っているものよりも若干大型で、そして車輪が三つという特徴のあるバイクだ。
 随所にカラーリングとして赤が散りばめられているのは、制作者の好みだろうか。

「ありゃ?車輪が三つだね」

 自分が知るバイクとの最大の違いとして、車輪の数に気付いたパーラが真っ先にそれを口にする。

「安定性を優先したんだろう。アシャドルだと、三輪のも普通に走ってるかし。大した練習もなく乗れるから、慣れてない人間でも運転しやすいと採用されたのかもしれん」

「私らはサイドカー付きのなら乗ったことはあるけど、これはどうなんだろ?運転の感じとか変わるのかな?」

「この手のは体を傾けて曲がるってのが効かないらしい。だから、ハンドルを使って曲がるのが主になると覚えておけば混乱しないはずだ」

 日本ではトライクとして走っているものと形が近い。
 前輪が二つに後輪が一つと、確かに普通のバイクの感覚とは違いもあるだろうが、所謂リーンがほとんど効かないことさえ頭に入れておけば、特に問題はないと思われる。

 早速バイクに跨り、起動を試みる。
 クレイルズらアシャドルの魔道具職人が携わっただけあって、使われている技術は見知ったものが多く、動かし方に不安はない。

 元々試作であるせいか、速度計などのメーター類はなく、アクセルやブレーキの効きは少し触った感じだとかなり大味だ。
 とはいえ、走ることに何ら問題はなさそうなので、早速タンクへ魔力を充填して起動してみる。

 かなり大量の魔力を注ぎ込んで、独特の重い空気が抜けるような音と共にバイクが動き出した。

「よーし、いい子だ……パーラ、行くぞ」

「はーい。ちゃんと後部座席が用意してあるのは嬉しいね」

 手際よくパーラが荷物を積み終えると、飛び乗るようにして後部シートへと跨ってきた。
 トライクとして大型に作ったのには複数での乗車も想定していたのか、シートは長めに作られているおかげで俺の背後に乗るパーラもゆったりと座ることができている。

 シートベルトなどないので、適当な所をパーラが掴んだたのを確認して、アクセルをゆっくりと開けていく。
 重機類の動力を流用したせいか、走り出しは重いような感じはあるが、徐々に速度が出始めたのでそのまま格納庫から離れて街道を目指す。

 俺達が使っていたバイクよりも太く大きい車輪の恩恵で、多少砂が多い地形でも走破性は悪くない。
 ソーマルガの街道は普通のバイクでも問題なかったが、このバイクなら風などで砂が堆積した場所を通る際の不安もなくなる。

 随分いいものを作ってくれたものだ、ソーマルガの技術者たちは。
 この性能でお蔵入りとは、なんと勿体ない。
 ここは有効に使える人間が手にするのが、このバイクの天命だったのだろう。

 これはもう、盗んだも同然です!
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