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異世界サンドボード

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 空気が肌を焦がすような暑さの気候は、多くの生物にとっては生きていくのが困難な環境だ。

 強烈な熱に晒されることで被る身体的な不調、ほとんどの植物が生存を拒絶される砂の大地、そしてそこで繰り広げられる生存競争によって淘汰された末に残った凶悪な魔物が跋扈する大地。
 言葉にするだけで劣悪な要素が詰まっている砂漠という環境だが、しかしソーマルガ皇国はそんな場所にあってもなお、繁栄の真っ只中を歩んでいた。

 人間が安全に暮らせる場所の少なさがネックだが、国内に埋もれる古代遺跡からもたらされる技術の活用と、各地に眠る豊富な資源によって抜きんでた国力を今も示し続けている。
 特に近年発掘した飛空艇を国内で運用する光景は、発掘した古代文明の技術を自国に吸収・活用する正しい姿であり、他国より何年も先を行く技術大国として誇れるものだ。

 フィンディをはじめとして、ソーマルガ国内の主要な都市には頻繁に飛空艇が訪れ、また巡察のために砂漠の空を飛び回る姿も珍しいものではなくなり、ソーマルガに暮らす人にはもうすっかりと見慣れた光景となっている。
 そんな飛空艇だが、多数の姿を見ようとするなら皇都へと向かうのが確実だ。

 首都であることに加え、飛空艇の修理や改造を行う設備が皇都周辺に存在するため、日々多くの飛空艇が皇都周辺を離発着するところを見ることができる。

 今も皇都からやってきた飛空艇と、これから皇都へ向かう飛空艇が、風紋船の甲板から空を見上げる俺の頭上ですれ違っていった。

「おー…やっぱり皇都も近くなると、飛空艇がビュンビュン飛んでるね。風紋船も悪くないけど、やっぱり飛空艇は早くて便利でいいよねぇ」

 見上げる目に飛び込んでくる太陽の光を眩し気に手で遮りつつ、たった今通り過ぎていった飛空艇二機を見送り、羨ましそうな声でパーラが呟く。

 フィンディを離れて今日で十日余り、途中で航路の変更があって予定よりも時間はかかったが、無事に皇都近辺までやってこれたのは実に喜ばしい。

 俺達はソーマルガの生まれじゃないが、皇都で過ごした時間はそれなりに長い。
 飛空艇が遠景の城をバックに飛び交う光景も見慣れており、それを見ると帰って来たという感覚を覚えるのだから不思議なものだ。

「その便利な飛空艇も、もうすぐ乗れるさ。皇都に着いたら、ダリアさんあたりに面会の約束を取り付けよう。飛空艇関連ならあの人が頼れる」

 皇都での飛空艇開発を実質的に取り仕切っていたダリアなら、アルベルトによって持ち帰られた俺達の飛空艇も預かっているか、最悪でも行方は知っているはずだ。

 それから暫くして、風紋船は皇都最寄りの船着き場へと到着する。
 ここからは徒歩で皇都近くまで向かうが、船着き場から皇都の外門までは少しばかり距離が遠く、しかも昼間の時間だけあって暑さは今がピークという、歩くのになかなか不向きな状況だ。

 風紋船を降りた他の人達は、馬車なども一緒に積んでいたためそれで皇都まで行くが、俺とパーラにはそんなものはない。
 馬車への相乗りを頼むのも一つの手だが、今回はそれよりももっといい物を用意していた。

「パーラ、準備はいいか?」

「うん、大丈夫。充填は済んだから、いつでも行けるよ」

「よし、じゃあ後ろに乗れ」

「はいよっと」

 砂地に横たわる木の板の上に乗った俺の背後に、パーラが背中を預けるようにして立つ。
 丁度俺が皇都の門のある方を、そしてパーラがたった今下りてきた風紋船の方を向く形だ。

 俺達が乗っているこの木の板は、バイクも飛空艇もない今の俺達が砂漠を移動するためにと用意したもので、形としてはサーフィンなどで使われるロングボードに近い。
 先端を尖らせた流線形のそれに捉まるための長柄のバーを取り付け、噴射装置で前へと向かう推進力を利用して砂の上を滑る、所謂サンドボードというやつだ。
 パーラとの間でも名称はサンドボードで統一してある。

 フィンディで材料を買い揃え、風紋船の出航までにコンウェルを巻き込んで作った代物で、出来としては中々いい仕上がりだと自負している。
 既に試験走行も済ませており、五度ほどの改良と修理を経て、砂漠での移動に限っては問題がないと判断した。

 そこそこの大きさの荷物となったため、サンドボードの分だけ風紋船での割り増し運賃が発生してしまったが、そこは必要な経費だとして目を瞑った。

 はた目には奇妙なことをしていると認識されているようで、横を通り過ぎる人達から訝し気な目を向けられるが、それを無視して無心で発進に備える。

「しっかり捉まったら、合図で噴射装置を一気に噴かせよ」

「了解……こっちはいいよ」

 背中合わせのパーラがさらにこちらへ体重を預け、後方に設けたハンドルへ捕まったのを確認したところで、出発の合図を出す。

「行くぞ…噴射!」

「ヒーハーっ!」

「おいなんだそりゃ…うぉっ!」

 パーラが上げる奇妙な声と共に、後方で空気の弾ける音が聞こえた。
 噴射装置に慣れている俺には耳馴染みのある音で、すぐに音の通りに効果を発揮する力が俺の背中を押し、そしてさらに手に握るバーを通して砂の上を滑っていく力がボードに与えられる。

 一瞬感じたズズッという手応えの後、滑らかに進みだしたサンドボードは見る見るうちにスピードを上げていき、船着き場から飛び出した時点で向かい風に目を開けるのが難しい速さにまでなっていた。

 その性質上、サラサラの砂地でこそ性能を発揮するため、踏み固められた街道と並行するようにまだ誰の足も受け入れていない真っ新な砂の上を移動していく。

 空を飛ぶまでとは言わないが、砂を波乗りの要領で走る感覚は格別なものがあり、こっちの世界で経験したどの乗り物とも違う新しい爽快感が何ともたまらん。

 途中で先を行っていた商人達の馬車やラクダを追い抜き、呆気にとられた顔を眺めながら気分良く進んでいると、背後からパーラの声が上がった。

「噴射時間終了!充填作業に入るよ!」

「もう!?早くないか!?」

「こんなもんでしょ!」

 どうやらサンドボードでの至福の時間はここでいったん終了のようだ。

 人間を二人積んだ木の板を、砂の上という抵抗感のある場所で滑らせるための噴射だ。
 圧縮空気の出力は必然的に増大されるし、それに比例して噴射時間も短くなるのだろう。
 単独で跳躍するよりもずっと早い段階で圧縮空気が枯渇してしまった。

 しばらくは慣性で進んでいたが、やがて完全に止まってしまう。
 船着き場からここまでは三百メートルほど進めたようだが、まだまだ皇都までは距離がある。
 この頻度で移動と停止を繰り返していくと、夜までに皇都外門へ辿り着けるかどうかだ。

「…予想はしていたが、思ったよりも進めてないか。速さは十分なんだがな」

「確かにね。じゃあ次からは、装置を一つずつ使ってみる?片方を使ってる間、もう片方の圧縮空気を充填しておけば、交代での噴射時間も稼げそうだし」

「なるほど…悪くないな」

 パーラからいいアイディアが飛び出した。
 噴射装置は二本で一セットの扱いだが、それぞれ別々に噴かすことも可能だ。
 今のところサンドボードを押す力は十分で、スピードが過剰気味といったところか。
 こうなると、噴射装置の数を減らして交互に動かうことで回転率を上げるやり方というのはいい手だ。

 早速その方法を採用し、まずは噴射装置を一本で噴かしてみる。
 すると出だしはゆっくりだったが、次第にスピードが上がっていくと馬車よりは多少速いスピードに落ち着いた。

「いい感じだな!これなら止まらずに行けるんじゃないか!?」

「だといいけど!…一つ目噴射終了!次行くよ!」

 順調な滑り出しに、パーラのアイディアを褒めるが、噴射時間の終わりは先程よりも体感的に早く思えた。
 だがすぐさま次の噴射装置を使うことで、サンドボードは止まることなく走り続ける。

 速度は抑え気味で、しかも噴射時間も最初より短いが、すぐに次の噴射に継続して移行できるため、充填のために停止する時間は節約できる。
 時折体重移動でサンドボードの向きを変え、噴射装置の切れ目を補うために砂丘の下りを利用したりしつつ移動を繰り返していくと、あっという間に皇都外門をしっかりと目で見えるところまでやって来た。

 ここまで来るともう道は知ったものなので、目的の進路を東へと向ける。
 俺達が目指していたのは皇都ではあるのだが、厳密には皇都近郊に作られた飛空艇の研究施設の方に用があるのだ。

 皇都にやってくる飛空艇は、基本的にこの研究施設の方に着陸するのだが、あそこは空港としての役割に加えて飛空艇の保管場所も兼ねているため、俺達の飛空艇があるとすればそちらの方になるはず。

 ひたすらに進んで四つほど砂丘を超えると、遠くに飛空艇が垂直に上昇していくのが見えた。
 丁度件の施設から飛び立ったもののようで、あの真下が俺達の目指す場所となる。
 さらにサンドボードを走らせ続けること体感で三十分ほど、ようやく飛空艇研究施設の最大の特徴である巨大なドーム屋根が見える距離までやってきた。

「パーラ、停止だ!こっからは歩いていく!」

 背後へとそう声をかけると、サンドボードを動かしていた力が一気に弱まり、数メートルほどを進んで止まった。
 ここまで近づけば、後は徒歩で向かったほうがいい。
 あそこはソーマルガが保有する施設だし、下手に見慣れない乗り物で乗り付けるよりは、分かりやすく姿を見せながらの方が見張りに警戒もされずに済む。

「よし、じゃ行くか」

 荷物を背負いなおして歩き出す俺の背中に、パーラが声をかけてきた。

「行くのはいいけど、これはどうするの?」

 サンドボードの傍に立ち、それを指さす様子は、このまま置いていくことを不安視しているのだと分かる。

「どうって、ここに置いてくしかないだろ。背負って歩くにはかさばりすぎる。こんなところじゃ、別に誰も取りゃあしないって」

「えー?そう?…そうかなぁ」

 この研究施設は別に厳重な秘密基地というわけではなく、普通に街道が繋がっていることからも、来ようと思えば誰でも来れる場所だ。
 そんな場所の近くにサンドボードを放置すると、心無い誰かに持ち去られることを危惧するパーラの感覚は間違いではない。

 だが俺達が今立つここは、街道から完全に外れている上に砂丘で死角となっている場所だ。
 ふらりと迷い込むならともかく、意図をもってやってくる可能性はかなり低い。
 まぁ可能性はゼロではないのだが、仮にサンドボードを盗まれたとしても、飛空艇が手に入れば問題はない。

 基本的に間に合わせで作ったただの木の板であるわけだし、価値もほとんどない品など特に惜しくはない。
 なんだったら、欲しいという人間にはくれてやってもいいぐらいだ。
 もしもダリアの所に行って戻ってきて無くなっていたらそれで諦めるし、残っていたなら飛空艇に積めばいい。
 今後使うかどうかは分からないが、倉庫に死蔵しておこう。




 サンドボードを後に残し、炎天下の中を徒歩で研究施設へと向かっていると、俺達の頭上を小さな影が覆った。
 見上げればその正体は明らかで、俺達を見張る様にこちらの動きに合わせて追従するその影は、小型の飛空艇だ。
 恐らくここいらの見回りをしているもののようで、コックピットから眼下の俺達をジッと見つめる目と視線が合う。

「あらら、見つかっちゃったね」

「いや、見つかっていいんだよ。俺達はダリアさんに用があるんだから、そっちの方が話が通りやすい」

 発見されたことを残念そうに言うパーラだが、そもそもコッソリと潜入するつもりも意味もないのだから、こうして発見された方がダリアのところまで話は通りやすい。

 加えてダンガ勲章があればもっと楽に話は進むのだが、生憎今は手元にはない。
 せめて俺達の顔を知っている兵士が応対してくれれば、多少は手間が省けるのだが、出来ればこの飛空艇のパイロットにそれを期待したいものだ。

 そう思って立ち止まると、俺達の進路を塞ぐように目の前に飛空艇が降りてきて、複座のコックピットから一人の男性兵士が飛び出してきた。

「貴様ら、こんなところで何をしている!街道から来たのではないな!?」

 剣に手を添えて警戒する兵士は、俺達が街道を使わずに建物へと近付いていくのが不審に思えたらしい。
 皇都と施設を繋ぐ街道はここからはそこそこ遠く、こんなところを徒歩で歩いている人間など、スパイだと疑われてもおかしくはない。

 残念ながら、この反応を見るにこの兵士は俺達の顔を知らないようだ。
 これではダリアとの面会までの手順はショートカットできそうにないので、真っ当に話を進めるとしよう。

「確かに街道からは来てませんが、やましいことがあるわけではないんですよ。ちょっと砂の上を滑ってきたものですから」

「砂をすべっ…?わけの分からんことを言うな!」

 もっともな言葉だ。
 まぁ普通なら徒歩かラクダや馬なんかに乗って来たと言うべきところを、サンドボードで来ましたなどとは説明が面倒なのだが。

「まぁまぁ、気持ちはわかるけど、本当にそうなんだってば。それより、私らダリアさんに用があって来たんだけど、あの人今ここにいる?」

 ちょっと迂闊なことを口走った俺は警戒されてしまったようで、それを察したパーラがダリアへの繋ぎをを引き継いでくれた。
 怪しい人間二人組だが、男の俺よりは女のパーラの方が心象はましなようで、兵士の緊張が若干だが緩んだのが分かる。

「ダリア殿に?…面会の約束は?」

「…約束、あったっけ?」

 心配そうにこちらを見てくるパーラだが、約束を取り付ける暇なんぞあったと思うか?
 手紙の配達よりも、俺達は早い移動だったんだぞ。

「いや、ない。けど、パーラとアンディが来たって伝えてくれれば通じるはずだ」

 アポなしでの訪問は不躾だが、ダリアとはそれで縁が切れるほど薄い縁を結んではいない。
 俺達の名前を聞けば、きっと面会まで持っていけるはず。

 ダリアの名前はここでは決して小さいものではなく、兵士の方もいったんコックピットの方へと近付き、パイロットの兵士と相談を始めた。
 こちらには聞こえない声での相談はそう長くはないもので、チラチラとこちらを見る目は相変わらず胡乱気だったが、二人の間で何かが決まったもか、表情を引き締めた兵士の一人がこちらへ再び近付いてきた。

「…仮にお前達の言葉が本当だとするなら、我々だけでは判断できん。よって、ダリア殿にこのことを確認する」

「ええ、是非そうしてください」

 ダリアへ話がストレートに行くのなら、歓迎すべきことだ。

「では我々と共に詰め所まで来てもらおう。拘束はしないでおくが、妙な真似はするなよ?」

「勿論」

 自信満々に言ったのが功を奏したか、怪しみながらも一蹴はされず、この兵士と共に施設の方へと向かうことになった。
 流石に小型飛空艇では俺達を加えた四人で乗るのは難しいため、飛空艇が先に行って兵士の一人が徒歩で俺達に同行する。

 縄こそかけられていないが、妙な真似をすればすぐにでも斬ると言わんばかりに警戒する兵士の視線を背中に感じながら、林立する研究施設を覆うべく作られた大屋根の下へと到着した。

 ここも頻繁に拡張や増築が行われているようで、こうして見てみると建物がかなり増えている。
 整備待ちなのか、いくつか飛空艇が駐機しているのも見えたが、その中に俺達の飛空艇はなかったので、どこぞの倉庫にでも保管されているのだろうか。

 そんな光景を横目に、俺達は急かされるように詰め所へと追い立てられていく。
 詰め所に入ってみると中は思いの外狭く、どこぞのカラオケルームと言った方が似合うぐらいにこじんまりとした造りだ。
 この時間だとほとんどの兵がパトロールに出ているのか、室内には数人しかいなかった。

 俺もパーラも不審者の疑いはまだ完全には晴れておらず、先に戻った飛空艇の兵士がダリアに確認をしている間、ここで待つこととなった。
 客でもないので茶など出るわけもなく、椅子すら用意されないので壁際に立っているが、日差しを避けられるだけで大分ましだ。

 しかしここに来るまでの間、見事に俺達を知る人間と遭遇しなかったな。
 施設の人間全員と顔見知りというわけではないが、少なくとも一人ぐらいと遭遇してもおかしくはない。

 ただ、俺がこの施設で顔を合わせたことのがある人間は大抵が研究員や整備員といった職種がほとんどだ。
 そういう人は中枢の区画で忙しく働いているはずなので、会うのならもっと施設の深奥へと近付かなければならない。
 ここはまだ施設外縁に設けられる警戒エリアの範囲なので、研究員なんかはまずいないからな。

 何とかうまいこと俺達の顔を知っている人間は通りがからないかと、淡い希望を抱きながら窓の外を眺めていると、詰め所の扉が力強く開かれて数人の兵士が駆け込んできた。

 何か事件でもあったのか刺々しい気配を纏う兵士達は、室内を軽く見まわして俺とパーラへ目を留める。

「いたぞ、あの二人だ」

 こちらを指さした隊長格と思しき兵士が、殊更険しい表情を浮かべて俺とパーラの目の前へとやってくる。
 そして、腰に提げていた剣を抜いてこちらへと向けながら口を開く。

「アンディとパーラの二人の名を騙り、ダリア殿と会おうとしたというのはお前達だな?」

 その口から飛び出したのは俺達の正体を疑っている言い様なのだが、何故そんな疑いをこの兵士は持っているのだろうか。

「…はい?いや、騙るも何も、俺達は本物―」

「黙れ!その二人は巨人との戦いで散った!死人の名を騙ってダリア殿に合い、何をするつもりか!死した戦士の名を汚すその行為に、ダリア殿もお怒りであるぞ!」

「いや、ですから俺達はこうして生きて―」

「貴様ら、さてはいずこかの国の間者だな!?飛空艇の秘密を探り、ダリア殿をその手にかけてソーマルガに損害を与えようというのであろう!その手には乗らんぞ!」

 いかんな、この兵士、目がバッキバキだ。
 こういう状態の人間は、こっちの言い分を聞いてくれそうにない。
 もう完全に俺達を間者と決めつけ、処分する気満々の兵士に、一体どう声をかければ話を聞いてくれるのかを考えると、頭が痛くなってくる。

「アンディアンディ。もしかしてだけど、ダリアさんは私達が死んだって思ってるんじゃない?」

 どう宥めるべきか悩んでいると、隣に立つパーラがコッソリと耳打ちをしてくる。

「そんなことあるか?そりゃあ死んだ人間が訪ねてきたら、偽物だってまず思うかもしれんが、ソーマルガにはミルリッグ卿が戻ってきてんだぞ?あの人は俺達が生きてるって信じて、イーリスさんと捜索を続けてたって言われたろ。それが帰国した途端に、俺達は死んでたと報告するか?」

 大地の精霊の話だと、アルベルトは俺達をあくまでも行方不明として扱い、死んだとは帰国のギリギリまで認めていなかったらしい。
 それが帰国した途端、ダリアの耳に届くレベルで俺達の死亡を吹聴するだろうか?

「何をコソコソと!」

「あ、すいません。ちょっと二人で話したいんで黙っててもらえますか?」

「なん…だとっ」

 目の前で内緒話を始めた俺達を咎めた兵士に、パーラは冷たい声でそう言い放ち、再び会話へと戻って来た。
 こいつ、剣を向けてくる相手に対して、よくそんな口をきけたもんだな。
 俺なら怖くてチビっちゃうね。
 嘘だけど。

 幸い、この状況でのパーラの物言いが随分とショッキングだったのか、言われた側は絶句して硬直してしまったので、もう少し内緒話をする時間はありそうだ。

「実際なってるじゃん。それにミルリッグ卿がそう判断しなかったとしても、他の人は違うかもしれないよ。そっちから私達が死んだって情報が流れて、ダリアさんもそれを信じた。これ、無い話だと思う?」

「…無いとは言えないな」

 巨人との戦いには、とにかく多くの人間が関わっていた。
 おまけに戦闘の決着にも、現場では多少の混乱があったはず。
 そこからアルベルト以外の人間が持ち帰った情報が錯綜し、意図しない形でダリアへと届けられた結果が、今こうして俺達に剣を向けている兵士の姿だとしても全くおかしな話ではない。

「でしょ?こうなると、この人達に弁明しても意味ないよ。ここはひとつ、強引にでもダリアさんと直接会って、私らの無事を理解させるのがいいと思わない?」

「ぬぅ…かなり大雑把で危険な考え方だが、他に方法はないか」

 さっきのこの兵士のもの言いからして、ダリアはこの施設の中にいるのは確かだ。
 こちらから会いに行くというのは、一つの手段としてはあり得ないものではない。

 となれば、この兵士達には少しかわいそうなことになるかもしれないが、多少強引な突破の犠牲となってもらおう。
 こうして相対して分かる限りでは、目の前の兵士達はどいつも俺とパーラの敵になる強さは持っていない。
 一応、命だけは取らないことを保証しよう。

(とりあえず一番偉そうな奴を叩く。後は流れで)

(了解)

 パーラとアイコンタクトを取り、全身に魔力を巡らせて心の中でカウントダウンをはじめる。
 そうしてタイミングを計っていると、不意にまた詰所の扉が開かれ、そこから一人の男性が姿を見せた。

「お邪魔しますよー。ちょっと動かしたいのがあるんで、何人か手を貸して……あ?え!アンディさん!?え、本物!?でも死んだってっ―」

 人手を借りるために訪れたのか、恰好からして研究員だと分かるその男は、人が集まっているところ、つまり俺達を見ると一瞬硬直し、そして驚愕に溢れた声を発した。
 以前飛空艇でやってきた時にでも顔を合わせていたのか、俺を知っているようなのだが、残念ながら俺は見覚えがない。

 彼もここの研究員なので俺達の死亡の噂なんかは耳にしていたのか、こうして生きている姿を見て目を見開いている様は、なんだかこっちが申し訳なく思うくらいの驚きようだ。

 だがここで俺達の身元を保証できそうな人間が現れたのは僥倖だ。
 早速研究員の男を呼び寄せ、目の前の兵士への説明をお願いした。
 まず俺達は本物であること、ダリアに会いに来たことなど、目の前の兵士がこちらを疑う要素を潰すための情報を、彼の口から語ってもらった。

「そうでしたか。いえ、そういうことであれば、自分からこれ以上は。では後のことはお任せしても?」

「うん、アンディさん達は僕が引き受けるから、あなた方は仕事に戻ってください」

「はっ!では我々はこれで失礼します!」

 警戒心を漲らせていた兵士達はガラリと態度を変え、研究員と俺達に礼をしてそそくさと立ち去ってしまった。
 さっきまで俺達に剣を突きつけていたのと本当に同一人物かと疑ってしまうほどだ。

 基本的にこの施設では研究員の地位は兵士よりも高い。
 飛空艇という、ソーマルガにとって最も力を入れている分野に携わるそうそう替えの利かない人材となれば、それも当然だ。
 あの態度の変わりようを見るに、研究員に対する兵士の信頼の高さは確かなようだ。

 その研究員が身元を保証したことで、俺達はあの兵士から無事に解放されることができた。

「…これでいいんですか?」

 兵士達が去っていった扉を揃って見つめていると、研究員がこちらへ向き直って口を開いた。

「ええ、おかげで助かりました。まさか、俺達が死んだと思われているとは」

「偽物って疑われるなんて、予想もしてなかったよねぇ」

 この研究委が来てくれたおかげで、俺達は逮捕されるということは回避できたが、しかしそれも俺達が死んだと思われているのが問題なのだ。
 一体誰がそんな噂を流したのか、もしも漏洩元の人間を見つけたらこのアンディ、容赦はせん!

「はあ、それは大変でしたね。しかし、ギルドカードを見せても疑われたんですか?」

 ギルド…?カー…?

『……あ!』

 言われて、その手があったかと、二人揃って鋭い声が出てしまった。
 そうだ、ギルドカードで確認すればよかったんだ。
 この施設でギルドカードの正規の照会ができるかは分からないが、少なくとも俺とパーラが名を騙った偽物ではないということは判別できた。

 なんでそれをやらなかったんだ、さっきの俺達は。
 というか、あの兵士もギルドカードの提示ぐらい要求してくれればいいのに。

「なんか、無駄な時間だったね」

「言うな、分かってる」

 当然のことを思いつかなかったことに頭を抱えそうになるが、パーラの方も空しさから覇気のない声を発する程度に疲れを覚えているようだ。
 ズゥーンと沈む俺達に、研究員の男性はどう声をかけるべきか戸惑っているが、今はそうっとしておいてくれるのが優しさだ。

「まぁ、誰にでも失敗はありますから、あまり気を落とさないほうが…それで、お二人はダリアさんに会いに来たんですよね?どんな御用で?」

 もうこのまま貝にでもなりたいというオーラを出している俺達を見かねたようで、話題を切り替えようとしたその心配りに気付かないほど俺も鈍感じゃない。
 乗るしかない、このビッグウェーブ。

「…まぁちょっとダリアさんに頼みたいことがありましてね。、巨人との戦いで俺達の飛空艇がミルリッグ卿に回収されたらしいじゃないですか。それを返してもらおうとお願いを……どうしました?」

 立ち上がり、こちらの目的を言いながら男の顔を見ると、複雑な表情を浮かべているのに気付く。
 驚愕と困惑、申し訳なさといったいろんな感情が混ざった顔に、嫌な予感を覚えたがその口から出る言葉を俺は待つことにした。

「えー…っと、落ち着いて聞いてください。その飛空艇なんですが…」

 チラチラとこちらの様子を窺いながら、勿体ぶる様なその口ぶりがさらに俺の恐怖心をあおるようで、思わず耳を塞ぎそうになった俺の動きよりも早く、聞きたくなかった言葉が耳の奥を叩いた。



 ―もう、分解しちゃったんですよね、完璧に。は、ははっ…




 分解: 一つに結合しているものを、要素や部分に分けること。また、分かれること。 民明書房

 うん、聞き間違いでなければこの分解で間違いないな。
 なるほどなるほど、そうか分解したかぁ……なに笑っとんねん。
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