世の中は意外と魔術で何とかなる

ものまねの実

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84号遺跡

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冒険者が依頼の途中で行方不明になるということは意外と少なく無い。
大抵は無謀な討伐依頼に出かけてやられるか、不慮の事故で命を落としてそのままというケースが多いのだが、俺の場合のように大勢が依頼に参加している中での行方不明であれば、同じ証言が集まって行方不明と判断されることがある。
通常は行方不明者本人の生存が確認されない限り、およそ一カ月ほどで死亡を認定されるのだが、仮にパーティメンバーなどが捜索を継続している場合などはこの認定が下るのを先延ばしに出来るそうだ。

死亡した人間は当然ながらギルドから登録情報が削除され、仮にその後に生存が確認されていたとしてもギルド側は以前の登録情報が無くなっているため、また一から新人冒険者として登録しなければならず、そのため死亡認定は慎重に行われる。
一応俺が生存しているという情報はギルド側に記録されたので、後でフィンディのギルドが死亡認定を出したとしても決定の差し止めは行われるそうだ。

これらを説明してくれたギルドの受付嬢曰く、俺が行方不明となった依頼を受けたのがフィンディの街でだったため、生存報告も本来であればフィンディで行わなければならないらしい。
皇都でも生存報告の処理は出来るが、手間と時間と金はかなりかかると言われた。
なるべく早いうちにフィンディのギルドに直接赴くか、金を払ってギルド側が作った生存を証明する書類を代理で届けてもらうかの二択が今の俺に提示されている。

とりあえずフィンディの街に俺が直接報告に行くのはいいとして、パーラには生きていることを知らせるための手紙を届けたい。
知らせることは無事なことと今いる場所、それとフィンディに戻る予定日ぐらいで、あとは心配させたことを詫びる旨が書かれた手紙を今朝用意したところだ。

フィンディに向かう予定の冒険者か商人を何とか見つけ、手紙を託したのだが当然ながらタダというわけではない。
遠くに向かう人間に善意で手紙を託しても、確実に届けてくれるとは限らないのが世知辛いこの世界なのだ。
ちょっとした手間賃程度の額ではあるが、金を払うことで手紙を大事に扱ってくれる。

ちなみに俺が飛空艇で一っ飛びしてパーラに会いに行くという選択肢もあったのだが、現在飛空艇は俺が勝手に動かすことが出来ない状況にある。
というのも、今飛空艇には84号遺跡に向かう調査団のための物資を積み込む作業が行われており、流石に物資搬入を途中で止めてフィンディに向かうのはまずいし、物資が積み込み終わるのを待って飛ぶとしても、調査団の物資を持ち逃げを疑われてはたまったものではないので、手紙を出すぐらいしか俺にはできなかった。

飛空艇の物資搬入は俺も立ち会うことになっているのだが、流石に一日で全ての作業が終わるわけではないので、今日運び込まれた荷物のリストを作ると、俺は飛空艇から離れて街へと足を向けた。
人員の招集と物資の手配に積み込みにと、出発までは十日はかかると言われたびで、その間に俺も装備を整えるために動き回る。
差し当たってまずは武器を手に入れなければならないが、残念ながら今の俺はパーラが一緒にいないので共有口座は使えず、個人口座の僅かな金で買い物をしなくてはならない。

ハリムは依頼料を先払いしてもいいと言ってくれたが、俺は仕事を完遂して初めて報酬を手に出来るというのを信条としているので、気持ちの面でその提案はお断りさせてもらった。
自分でも意地を張ったとはわかっているが、切羽詰まったわけでもないのだからこういう気持ちは大事にしたい。

ともかく、今は金がない。
間に合わせでも構わないので、適当に武器を調達すべく武器屋へと顔を出す。
皇都でもそこそこ大きな部類に入る武器屋には客もそれなりに多く、取り扱っている武器も多岐にわたっていた。
別に奇抜な物や至高の逸品なんかは求めてもいないので、量産品の適当な剣を一本購入した。

その後は雑貨に野営用の道具なども一応揃えていく。
飛空艇の設備があればそんなものは必要ないのだが、あくまでも備えとして用意だけしておくのに越したことは無い。
ただ食器類は全然足りていないので、木製と金属製の食器をそれなりの数買い揃えた。
飛空艇に積む分には持ち運びを考える必要はないため、安くて丈夫であればそれでいい。

なんやかんやと結構な量の買い物になってしまったが、荷車を借りて湖の傍まで運ぶと、未だ飛空艇を見物する人達の群れに分け入るようにして岸辺へと近付いた。
湖を見張る兵士達と挨拶を交わして小舟を借りて荷物を移し替えると停泊中の飛空艇目掛けて船を漕いでいく。

今日もまた研究者達でにぎわう船内に荷物を運びこみ、中にいた兵士の手を借りて荷物を貨物室へと運び込む。
ハリムが手配した荷物も同じ貨物室へと運び込まれるので、なるべく隅の方へと荷物を積み上げる。
食料はキッチンの冷蔵庫に詰め込んだし、食器類は同じキッチンに作ってもらった食器棚に収納済みだ。
水は湖からタンクに引き込んだ分があるので俺がやることはこれで大体終わった。

座席も今職人達が急ピッチで増設しているし、準備は着々と進んでいる。
あとは物資と人が集まれば出発だ。
ここ何日かは怒涛の展開で時間が動いていたので、ここらで少し一息入れたい。
何か用があれば俺の部屋に人が呼びに来るはずなので、それまではダラダラとさせてもらおう。









84号遺跡に調査団を再び派遣することが正式に発令され、出発の日を迎えた朝、前日に積み込みが終わった物資の最終確認と、調査団に随行する人員を含めた70人の人間が次々と飛空艇へと乗り込んでいく。
流石に湖のど真ん中に浮かんでいては乗り降りに不便なので、この日ばかりは城に併設されている兵士の訓練場に飛空艇が降りることを特別に許してもらい、そこに待機していた。

続々と乗り込んでくる人の中に、どうも飛空艇に乗る予定ではない人物も混じっていたらしく、それを見つけた兵士が身柄を押さえにかかって騒ぎとなる一幕も何度かあった。
これは遺跡の調査に興味があるというよりも、飛空艇が空を飛ぶということが知れ渡った貴族連中が身分を偽って乗り込もうとしているせいで、中には随行する使用人に成りすましてまで乗り込もうとしている者もいるぐらいだ。

当然飛空艇に乗る人間は事前にチェック済みで、顔を覚えている兵士達が知らない人間が混じっているとなるとすぐさま排除されることになる。
これが悪意のある人間なら問答無用で叩き出すところだが、彼らはただ単に空を飛ぶということに憧れて潜り込もうとしているだけなので、あまり荒っぽい手は取りたくないとは兵士の一人がこぼした愚痴だ。

この世界ではまず体験することのない飛行への興味はやはり相当深いらしく、その気持ちは俺も分かるため、彼らにもいつか飛空艇に乗る機会が訪れることを密かに願うことにした。
遺跡の調査が万事うまくいけば多分その機会はそう遠くない内に来るはずなので、大人しく待って居て欲しい。

調査団の代表がハリムからの委任状を受け取るというイベントもあり、それらが終わると儀仗兵たちによる見送りも加わり、一調査団の出立としては異例なほどに盛り上がった中での出発となった。
飛空艇は無事に発進準備を終え、大勢の人が見守る中、大空へと飛び発っていく。

これだけ巨大なものが浮かび上がるというのはやはり一般市民には驚きの様で、ゆっくり浮かび上がる時に見たこちらを見上げる顔はどれもポカンとしたものだった。
呆けていた顔はすぐに歓喜の色を取り戻し、湧きあがった歓声を受けて飛空艇は目的地へと目掛けて進みだした。

初めはゆっくりと、皇都から十分に距離を置いたら徐々に速度を上げていくと、船内からも驚きの声が上がるのが聞こえた。
「ひゃぁー!これは凄いわね。皇都があっという間に後ろに置いてかれたわよ」
操縦席に響く声は俺のものではなく、ソーマルガの王女であるミエリスタのものだ。
なんと今回の調査には、クヌテミアとエリーの親子が同行していたのだ。

「おい、エリー。あんまりチョロチョロするんじゃない。クヌテミア様と一緒に個室にいろよ」
「なによ、いいじゃない。せっかく空を飛んでるんだから、外をちゃんと見たいのよ」
「外を見るなら部屋にも窓はあるだろ」
「あんな小さい丸窓じゃ見辛くてしょうがないわ。それに窓はお母様が占領しているのよ。仕方ないからここで見ようと思ったの」
エリーは船が発進してすぐに操縦席にずかずかと踏み込んできており、操縦にかかりっきりの俺は口頭で退出を告げるだけだったが、エリーは聞く耳持たず、操縦室内にある椅子に勝手に座り込み、全周囲モニターの画面を見てうるさいぐらいに騒いでいた。

84号遺跡の再調査になぜ王族二人が同行しているのか。
それは偏にクヌテミアの我儘からだった。
飛空艇の発掘・調査というものをグバトリアから聞いたクヌテミアは、何故か自身も同行することを強く希望し、さらに何故かエリーも一緒に付いてくると言い出す始末。

これだけでもハリムは頭が痛くなるところだが、なんとそこにさらにグバトリアも加わろうと動き出した。
流石に一国の王をたかが遺跡の調査程度に送り出すことはしなかったが、クヌテミアとエリーはどういう手を使ったのか、ハリムに遺跡への同行を認めさせた。
そのことを頼みに来たハリムが言うには、恐らくクヌテミアは飛空艇の発見というソーマルガ皇国でも歴史に残るであろう場面に王族がいた方が箔が着くという計算をしたのと、飛空艇に乗りたいという興味を一挙に満たすためにこの行動を起こしたらしい。

それを考えるとクヌテミアの同行は全く不要とは言えず、護衛を十分に付けたうえでという条件を加えて渋々ながら許可したわけだ。
エリーの方はそんな深い思惑は存在せず、単にクヌテミアが乗るなら自分もという興味本位でのことだとわかる。
あいつはそういうやつだ。

一方のグバトリアは折角の飛空艇に乗る機会を奪われ、ここ何日かは駄々をこねる子供の様に騒いでいたという。
何故かその光景は目に浮かぶようだ。

当初予定されていた調査団の人員に加え、王族二人の身の回りの世話をする使用人と護衛役の騎士達が合わさり、飛空艇に乗り込む人数は倍近い人数へと膨れ上がっていた。
急遽増えた人数分の座席を追加するという作業はあったが、それでも職人達はいい仕事をしてくれた。
無事に出発できるだけの座席を突貫工事で作ってくれた彼らには感謝したい。

「エリー、もうあとは面白い光景はないんだから部屋に戻ったらどうだ」
「ううん、面白いわよこれ。城から見下ろすよりもずっと高い目線で見ることなんて初めて。砂漠ってこんなに遠くまで続いてるのね」
座席から身を乗り出してモニターに映る外の景色を眺めているエリーは恐らく飽きることなく見続けることだろう。
高速で流れる景色、しかも高度もかなりあるそれはこの世界でもそう見ることのできない光景のはずだ。

「それにここって全然暑くないわね。これだけ高いとやっぱり地面からの暑さも遠のくのかしら?」
「いや、それは…そういう魔道具が効いてるんだよ」
空調がしっかりと効いているからだと言いたいところだが、エリーの言う高度が上がると涼しくなるというのも間違っていないので、どう説明するか悩んだが面倒になったので、空調のせいだということにした。

現在飛空艇は84号遺跡を目指して飛んでいるわけだが、実は直線距離をそのまま進んでいるわけではない。
なにせこの世界でもそう経験者のいない空の旅だ。
クヌテミアを始めとして乗り込んだ人達全員がなるべく長い時間飛行を楽しみたいと申し出て、ハリムからも許可を得たこともあって少しばかり遠回りで目的地へと向けて飛んでいた。

今はまだ珍しい飛空艇が人目につかないように高度はとってあるが、遊覧飛行も兼ねていることから速度は大分抑え気味だ。
砂漠の景色を高高度から眺めるというのは普通に生きていたらまず経験できない事なので、乗客達はきっと喜んでくれているに違いない。

見栄えのしそうな岩山や時折現れる鳥の群れなど、乗客達が楽しめるようなものに近付きながら飛び続けたため、目的地に到着した頃にはすっかり夕暮れ時となってしまった。
地図だけだと84号遺跡の大まかな場所しか分からないが、エリーに頼んで操縦室へと呼んでもらった研究者が正確な場所を教えてくれた。

夕暮れに赤く染まる岩場に埋もれるようにして、明らかに人の手が入ったと分かる整列している縦に延びた岩が続く先に、84号遺跡の特徴である巨大な壁画が姿を見せた。
上から見ただけでもかなりの大きさがあるその壁画は、なんでも古代人達の生活が描かれているそうなのだが、正直飛空艇を作るぐらいの技術がある文明が、壁画なんかで歴史を残すだろうか。
いや、そう言えばなんかのテレビ番組で見たが、データディスクや磁気媒体なんかは意外と劣化する時間は短いが、石を使った壁画は数千年数万年と残り続けるらしい。

タブレットや飛空艇に残されたデータとは並行して壁画に情報が残されたのか、あるいは単純に壁画の方がもっと古い時代のものなのか。
その辺りは少し調べてみると面白いかもしれない。
研究者達が飛空艇を探している間、俺はあの壁画を見てみよう。

とりあえず今から調査するには時間が遅い為、飛空艇を開けた場所へと降ろし、ここにキャンプ地を作ることにした。
周辺に魔物や動物の影がないことを確認し、船体後部の貨物室のハッチを開けて荷物を降ろす準備をする。
船体を固定する作業を終え、操縦室を出て乗客達のいるスペースへと向かう。
エリーは途中で通りがかったクヌテミアの部屋へと押しこんでおいた。

そこでは既に下船の準備をしている人達がおり、彼らに向けて言葉をかける。
「皆さん、本船は84号遺跡へと到着しました。窓をご覧になった方はお気づきかと思いますが、外は既に夕方になっています。当初の予定通り飛空艇の周囲に野営地を作ることになると思いますが、貨物室は既に開放してありますので、外から周りこんで道具を運び出してください」
そこまで話したところで、一人の男が代表して俺の方へと歩み寄ってくる。

無造作に後ろへと撫でつけた金髪と、学者とは明らかに違う鍛え上げられた肉体を誇るその若者は、この調査団の団長を務めるセドリック・カロ・サルモワと言い、遺跡発掘の支援者として名の知られたサルモワ子爵家の四男坊で、本人も遺跡研究者としてこの手のフィールドワークも経験豊富な人物だ。

「アンディ殿、ここまで運んでいただき感謝する。あとは我々が野営地の設営を行うので、君は王族の方々が寝泊まりする部屋を用意してくれるか。…たしかそういう話だったな?」
セドリックの言う通り、ハリムからはクヌテミアとエリーの寝床は飛空艇内の個室を割り当てるようにと言われており、エリーなんかは野営を楽しみにしていたようだが、王族に必要のない野営をさせることもない。
俺が使っている部屋の他にもいくつか個室はあるので、それを割り当てることにしている。

「ええ、宰相閣下から殿下方の寝泊まりには飛空艇の施設を使うようにと言われています。…セドリック殿はよろしいのですか?貴族の方であれば個室をご用意することも可能ですが」
「いや、私は結構だ。この手の調査で野営は慣れている。むしろ王族方に野営を強いることがない方がありがたい」
一応子爵家の人間であるセドリックに個室を用意するのも礼儀としてはするべきなのだが、本人が野営を望む以上は俺からこれ以上は勧めることはしない。

王族の使用人として残る以外の全員が船から降りていくのを見送り、俺はクヌテミア達のいる部屋へと向かう。
今クヌテミア親子が使っているのは元々二つだった部屋を一つにした部屋で、船の中とは思えない広さがあり、さらにハリムの命令で大工と家具職人が王族が過ごすのに問題ないように整えられたおかげで、寝起きする以外にもちょっとした調理が出来る機能もある。
入室の許可をもらって中に入ると、メイドがお茶を淹れている最中で、扉を開いた瞬間に茶葉の蒸されるいい匂いが俺を包んだ。

「失礼します。船が目的地へと到着したことと、この後の予定をお知らせに参りました。…出直した方がよろしいでしょうか?」
「あら、構いませんよ。せっかくですからアンディ殿も一緒にいかがかしら?」
今まさにお茶を飲もうとしている王族に説明をするのは流石にまずいかと思ったが、クヌテミアは特に気にもせずにお茶の席へと誘ってきた。

「いえ、お誘いは有難く思いますが、この後の予定もございますので、差し支えなければ殿下方への御伝達の用を先に済まさせていただきたく思います」
「え~?アンディまだ忙しいの?折角この船のこと教えてもらおうと思ったのに」
「だめよ、エリー。アンディ殿は忙しいんだから。…それじゃあその予定を教えてもらえるかしら?」

優雅にお茶を飲みながら話を聞くクヌテミアとは対照的に、若干不機嫌そうなエリーは放って置いたら面倒なことになりそうなので、後でフォローを入れるとしよう。
クヌテミア達王族には今いる部屋をそのまま寝泊まりに使ってもらうことと、メイド達にも一つ隣の部屋を待機場所として与える。
食事などもメイドが作るそうなのでキッチンの場所を教えておいた。

この船にはシャワーが存在するが、これも手を加えて湯船と排水周りが整えてあるので、使えることを教えておく。
「え、うそ。この船って湯浴み所ついてんの?」
風呂の存在に最初に反応したのはエリーで、風呂なんか期待していなかったのか、驚きから徐々に喜びへと変わっていく顔が面白い。
「それは嬉しいわね。エリー、後で一緒に入りましょうか」
「はい、お母様!…でも、この船って本当凄いわね。これ一隻で生活できるし、どこにだって行けるんじゃない?」

エリーの言う通り、色々と手を加えた結果、この船の居住環境は発見当初よりも格段に向上しており、最早そこいらの高級宿などよりもよっぽど暮らしやすい家となっていた。
ここまで完成した家ともいえる飛空艇となると、何が何でも俺のものにしたいという思いがより強まっている。

「ねぇ~アンディ~。私お願いがあるんだけどぉ~」
急に猫なで声を上げながら俺にすり寄ってくるエリー。
女がこういう仕草をする時は決まって何かを強請る時だ。
パーラもそうだったからな。

「だめだ」
「…まだ何も言ってないけど?」
「この飛空艇を頂戴ってか?ダメに決まってんだろ」
話の流れからエリーの狙いは明らかだった。
当然ながら俺の答えも決まっている。
そもそも飛空艇を完全に自分の物とするために動いているのだから、人にくれてやるわけがない。

「そりゃそうだよねぇ……あっ!そうだ!じゃあ私がアンディと結婚したらこの船も私のものになるんじゃない?」
いや、その理屈はおかしい。
いくらなんでも飛空艇一隻のために王族の結婚を認めるバカな親が―
「あら、それはいいわね。そうなったらアンディ殿もソーマルガに取り込めるし、飛空艇でいつでも旅行に行ける、いいことづくめね」
ここにいたか…。

「クヌテミア様、私のような一介の冒険者などにそのようなことを…」
「アンディは私のこと嫌い…?結婚するの嫌なの…?」
目を潤ませて俺を見上げながらそう言うエリーに、流石に俺も罪悪感を覚えてそんなことはないと言おうとして、エリーの目を見て踏みとどまる。

情に訴えかけるような仕草と声を出してはいるが、俺には分かる。
このエリーの目はイタズラを仕掛けるときに浮かべるものだ。
「エリー、いえミエリスタ王女殿下にはもっと相応しい方が現れるはずです。どうか一時の気の迷いで決断を謝ることはなさいませぬよう。それでは用事も済みましたので失礼させていただきます。何かありましたらお声を。では」
一息に全て話し、答えを待つことなく部屋を後にする。

直後、扉の向こうでクヌテミアが上げた笑い声が俺の背中に張り付くような錯覚を覚える。
あの場にいたらクヌテミアも一緒になって俺を弄ってきたことだろう。
危ない所だった。

少しばかり手が空いたので、外で野営の準備をしている人達の様子を見に行くことにした。
貨物室から荷物は搬出済みの様で、飛空艇の周囲では松明や魔道具の明かりの下、大勢が協力し合ってテントや簡易の防壁の設営に動いており、なんだか祭りの準備を見ている気分だ。
そうして見ていると気付いたが、やはり松明やランプ程度の明かりでは不便そうにしていたため、飛空艇についているライトを設営中の人達の方へと向けて点灯させた。

「うわ!なんだ!?」
「魔物か!?」
「全員武器を取れ!」
「戦闘態勢!戦闘態勢!」
「待て!落ち着け!あれは飛空艇からの明かりだ!見ろ!」
突然強力な光源が現れたことに現場はパニックになりかけるが、冷静な人間が光の発生源を飛空艇からだと気付いたようで、その場は徐々に落ち着いていった。

良かれと思ってやったことだが、余計な混乱を起こしてしまったようだ。
あのまま混乱が続いていたらけが人も出ていたかもしれない。
反省しなくては。

すぐに外の出て謝ったが、俺を非難する声が無かったのは暗くなり始めた中での明かりとして飛空艇のライトは非常に助かるからだそうだ。
とはいえ、代表のセドリックには軽く口頭での注意を受け、次から何かやる時は一言いうことを約束させられた。
どう考えても向こうの言うことの方が筋が通っているので、特に反論することなく受け入れた。

着々と出来上がっていく野営地に、夕食の匂いが漂い始める。
初日は物資も豊富な中で食事となるため、明日への英気を養う意味でも夕食は少しばかり豪華になるようだ。
どんな料理を作るのか興味が湧いた俺は、調理を行っている一角へと足を向けようとして、後ろから掛けられた声に止められた。

「あ、いたいた。アンディ、お母様が夕食を一緒に摂ろうって」
声の主はエリーで、どうやらクヌテミアが俺を食事の席に誘うためにエリーをよこしたらしい。
自分の娘とはいえ、一国の王女を使い走りにするとは、この国の王妃は大胆なことをする。

「おう、了解だ。…すぐに行ったほうがいいか?」
「食事の準備はもう少しかかるらしいから急がなくてもいいわよ。なんか用事?」
「ほら、あそこ。調査団員の夕食を作ってるんだけど、何を作ってるのか気になってな」
「あぁ、あれ。じゃ見に行きましょ。私もこの匂いは気になってたのよね」
匂いに誘われてエリーが小走りで調理中の一団の元へと駆けていくのに少し遅れ、俺もそちらへと足を向ける。

あまり王族が護衛も無しに出回るのはよくないのだが、この気楽に動き回るのがエリーの魅力の一つだと言えないことも無い。
突然の王女の出現にどよめきが上がる中、一応この場での護衛役として俺もエリーへと追いつくために歩く速度を上げる。

夕食前のちょっとしたイベントとなるだろうが、あまり遅くなると今度はクヌテミアがへそを曲げそうなので、いい所で切り上げなくてはならない。
なんだかこの王族の母娘に振り回されている感じだが、これもハリムからの依頼の一環としてしっかりと役割は果たそう。
きっとこの先に自由への飛翔(物理的)が待っていると信じて。
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