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商隊発つ
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商人の仕事というのを極端に表すなら、品物を右から左へ動かして利鞘を得ることになるだろう。
自分の店を持っている者、行商人として村と村を結ぶ者、商船を駆って遠地を行き来する者など、そのやり方は様々だが、商人と名乗るのなら基本的に誰もが商人ギルドへ所属している。
一応、ギルドに属さず活動する商人もいなくはないが、フリーで活動するメリットとデメリットを秤にかけると、よっぽどの理由がない限りはギルドへ身を置くのが一番理に適っているものだ。
店舗なり行商なりで品物を売るのが商人と呼ばれるのに対し、同じく商人ギルドに所属し、武力を売りにしているのが傭兵と呼ばれる者達だ。
それらの仕事としては、商人の護衛や揉め事の仲裁、少し変わったものだと武具のモニター紛いといったものなんかもあるらしい。
他にも採取や討伐も依頼を受ければ行うため、基本的にやっていることは冒険者と大差がない。
冒険者ギルドに所属すれば冒険者、商人ギルドに所属すれば傭兵と呼ばれるだけで、明確な線引きは呼称以外では特になかったりする。
とはいえ、傭兵の仕事の多くは商人に寄り沿ったものであり、主な活動は商隊の護衛が多いことは確かだ。
この世界での街道の往来は、魔物や盗賊が存在するせいで決して安全とは言えず、儲けを増やそうと自らの足で各地へ出向く商人にとっては、傭兵とは切ることなどあり得ない関係性だ。
しかし傭兵も決して無限に存在するわけではなく、人手が足りない時などは冒険者を護衛に雇うこともある。
近場なら逃げ足も考えて速度重視の少人数での移動がベストだが、遠くへ行くとなれば多くの商人同士で纏まり、馬車と護衛を束ねた集団での旅が安全だ。
こういった即席の集団を作るのも、商人ギルドが率先して仲介を請け負うため、商人達にとっては使いやすい制度として定着していた。
そうしてなるべく同じ方向、同じ目的地、同じ速度の移動手段を基準に集められた商人達によって組まれた商隊が今、夜も明けきらないうちにフルージの街門外で出発の時を待っていた。
馬車の数は八台、人員は護衛と商人を合わせて四十九名、ここに俺とパーラが加わった五十一名という、商隊としては標準的な規模の一団は、そのほとんどがメアリ商会に縁のある人間で構成されている。
街で少し尋ねてすぐに分かったことだが、あのメアリは街の人間なら誰でも知っているほど、フルージを拠点に活動するメアリ商会を率いる大物商人だそうだ。
亡くなった親の商売を引き継いだことからスタートし、堅実ではありつつも時として果断をも厭わない挑戦的な姿勢で、あっという間にフルージでも有数の大商会と言われるまでになったのは、若くから発揮されたメアリの才覚の賜だろう。
ここにいる商隊は遠隔地へ定期的に送り出される行商のために、メアリ商会が音頭を取って集められたものだ。
商会で扱う商品を満載した馬車とそれを任された商人、そして一団を守るために用意された傭兵達と、行商としてはかなりの規模だが、そうするに十分なだけの利益をメアリ商会は見込んでいるのだろう。
「…よし、アンディとパーラ、二人分の依頼票を確認した」
冒険者ギルドから預かった依頼票を確認してもらい、商隊の代表の男に俺とパーラの同行を認めてもらう。
壮年と言っていい歳のこの代表の男はアッジといい、メアリ商会ではかなりの古株だそうで、遠隔地へ向かわせる商隊を任せるに足る人物としてメアリが最初に名を挙げるほどには信頼されているらしい。
「会長から急に新しく護衛を入れ替えるって聞いたときは焦ったが、魔術師なら心強い。よろしく頼むぞ、二人とも」
「ええ、お任せください。それと俺達は魔術師なので、戦闘以外でも力が必要な時は遠慮なく言ってください」
「そうそう、なんかあったら私らに任せちゃってよ」
旅の間、移動の足はアッジ達の馬車に頼ることになるが、それ以外の部分で俺の魔術が出番があれば積極的に協力したい。
なにせ、それだけの報酬をメアリから約束されているからな。
先日の騒動の詫びを込めてとはいえ、前金だけで並の白級の依頼五回分を優に超える額を貰っており、無事に完遂すれば大金を手に出来る。
拘束時間の長い護衛依頼だとしても、やる気が出ないわけがない。
「それは頼もしいな。これから向かう先は安全とは言い難い場所で、まず間違いなく襲撃はある。その時は働きに期待させてもらう」
商売のための旅とあって、ちんたら遠回りするよりも多少の危険を覚悟してでも最短距離を行くという判断は間違いではない。
商人達の考えとして、利益とは物を売った際に出るものだけではなく、時間をいかに有効に使うかでも計算が行われている。
なぜなら時間はタダではなく、例え過ぎ去った時間はどんなに金を積んでも取り戻せないからだ。
いかに時間を有効に使うかは、単純に貨幣を手にするよりもずっと難しく、意義もある。
護衛の数と質は十分なものを揃えていると聞くが、危険な道程に臨むのなら、魔術師が二人加わることの頼もしさは大きいはずだ。
期待と安堵が混ざった顔のアッジに、部下と思しき若者が声をかけてきた。
「団長、荷物の積み込みが終わりました。いつでも出発できます」
「おう、ご苦労さん。じゃあ出発するか。アンディにパーラ、お前達は一番前の馬車だ。前方監視の傭兵が先にいるはずだから、そっちと顔合わせもしておいてくれ」
「わかりました」
アッジの指さす先にある一際頑丈そうな馬車を目指し、俺とパーラは歩き出す。
列の最後尾から先頭の馬車へと移動するため、自然と早歩きになる。
「先頭に配置ってなると、私らにも進行方向の警戒を任せるってことかな?」
隣に並んだパーラが、アッジの指示の意図を口にする。
「そんなとこだろ。お前の探知能力は知らなくとも、魔術師ってだけで普通の人間よりもやれることは多いと思われるもんだからな」
普通、馬車の列の一番前は探知能力に優れた種族やその手の技能持ちを配置するものだ。
一見すると普人種にしか見えない俺達をそこに置くということは、やはりそういうのに向いた魔術を使えると期待されてのことだろう。
それほど時間もかからず、先頭の馬車まで着くと、既にスタンバイしていた馭者を兼ねる商人に挨拶をし、荷台へと上がり込む。
垂れている幌の一部をかき上げて中に入ると、そこには三人の人間が思い思いの姿勢でくつろいでいた。
といっても、荷物も詰め込まれた狭い馬車では、床に座り込んだり横になったりするしかないので、この三人もそうしているだけだ。
男が二人に女が一人、いずれも普人種だ。
「やあ、君達がアンディとパーラだね?」
どうやら誰かが俺達のことを伝えていたようで、三人の内で一番年上と思われる男がこちらへ確認をするように声をかけてきた。
ボリュームのあるクリーム色のローブという恰好から魔術師かと思ったが、杖が見当たらないので確信は持てない。
年齢は恐らく三十から四十、少しやつれたような顔に、白く薄くなった頭髪は年齢以上にくたびれたものを感じるが、しかし体から立ち上る魔力の量は未だ衰えのない魔術師のそれを思わせる。
「へぇ、随分若いじゃない。これぐらいが可愛い盛りだけど、これで魔術師なんでしょ?丁度ここには魔術師が三人揃ったんだから、大分心強いわね」
続いてこちらに声をかけてきたのは若い女で、こちらは鎧と剣を持っていることから、前衛を固める剣士だと分かる。
茶色のソバージュに整った顔立ち、そこに気の強そうな気配が混ざり、アマゾネスを彷彿とさせる獰猛さがまた妙な色気を放つ。
俺とパーラを見て若いというが、この女も見た目では若い方だ。
恐らくいっても二十代か、ひょっとすればまだ十代かもしれない。
「魔術師ったってそれぞれだ。どいつも戦いで使えるとは限らねぇ。こいつらぐらい若いのは経験も浅い。いざ戦いになったら、どんだけ使いもんになるか…」
残る一人がそれまで横たえていた体を起こし、俺達へ射抜くような視線を向けてくる。
こちらは最初の魔術師風の男と歳が近い見た目だ。
灰色の帽子とケープを纏い、細身ながら筋肉も十分についている体格とそばに立てかけた弓矢から、弓使いと見て間違いないだろう。
どこか皮肉めいた口調なのは、傭兵稼業が長いからこその俺達への不信か。
帽子のつばから覗く目が俺達を見つめていたが、しかしすぐに興味を失ったように帽子を目深に被りなおして眠る体勢へと戻った。
初対面でいきなり俺達の実力を否定され、面食らってしまった俺達に、魔術師風の男が申し訳なさそうな顔をする。
「悪いね、あいつは初対面の者に対しては誰にでもああなんだ。あまり気にしないほうがいい。あんなでも腕は確かだし、仕事もきっちりこなすからそっちの方では心配しないでくれ」
「いえ、心配などは…それより、皆さんのことを教えてもらっていいですか?そちらは俺達を知ってるようですが、俺達はお三方の名前も知らないもので」
「おぉ、そうだった。君達のことはメアリ会長から通達があって、名前だけは知っていたものでね。僕はエランド、黄一級の傭兵で魔術師だ」
予想した通り、やはりエランドは魔術師のようだ。
しかしこれまで見てきた魔術師はどいつも杖を持っていたのに、このエランドにはその影すら見えず、普通の魔術師とは違う何かがありそうだ。
まぁ俺とパーラも杖は使わないので、それほど妙に思うことではないのだが。
「クプルよ。エランドと同じ黄一級の傭兵、見ての通りの剣士ね。歳は二十一、好きな食べ物はカリカリに焼いたイノシシの耳」
自慢するように剣を掲げたクプルは、聞いてもいないのに好物を明かしてきた。
随分俺達に好印象を抱いているようで、三人の中では一番若いせいか、俺達とも仲良くなろうとしている雰囲気が伝わってくる。
「イノシシの耳?前は鳥の手羽を甘く煮込んだやつって言ってたような?」
「あれはもう飽きたわ。時代はイノシシの耳よ」
「またか」
エランドがクプルの好物に疑問を持ったが、あっさりと切り捨てられる。
どうやら彼女の好物は定期的に変わるようで、今はイノシシの耳とやらがブームのようだ。
ここまで二人が名乗ったが、残る一人は未だ眠る体制のままで一向に名乗る気配がなく、エランド達へ俺とパーラは視線で彼の名前の開示を求める。
「はあー…ちょっとリーオス!あんたも名乗んなさい!これから旅の仲間になるのに、そんな態度でどうすんの!」
俺達の意図を正確に汲んだクプルが大きく息を吐くと、リーオスと呼ばれた男を眠りから引き戻すほどの大声を上げた。
すると帽子をどかした下から不機嫌そうな目がこちらを見てきた。
「うるせぇな…別に名前を知ってようがいまいがどうでもいいだろ。俺はそいつらに関わらない、そいつらも俺には関わらない、これで名前を知る必要があるか?」
「あるに決まってんでしょ!まず初めて顔を合わせたら名乗りあう。それが旅に同道する者の礼儀!」
狭い馬車に乗り合わせる以上、お互いを何も知らずにいることほど居心地の悪いものはない。
クプルの言い分は全く正しいものだが、しかしそれでリーオスが態度を改めるかと言われれば疑問ではある。
「ちっ、めんどくせぇな。名前なら今お前が言ったんだから、もういいだろ」
「それはそれ。こういうのは本人の口からするもんでしょうが。ほら、さっさと名乗る!」
リーオスが一向に名乗らないことに段々イライラしてきたのか、まるで母親のような口調で促すクプルに、リーオスは観念したように名乗った。
「まったく、やかましい女だ。…リーオスだ」
やっと名乗ったかと思ったら、それだけを言ってまた先程と同じ眠るような姿勢へと戻っていった。
もうとっくに名前は知っていたが、本人が明かしたということは、今後はそう呼んでもいいと許可を得たも同然だ。
「名前だけじゃないでしょ!何級かと好きな食べ物も言う!」
「いや好きな食べ物はクプルが勝手に言っただけだろう。リーオス、好物はいいから、せめてランクだけは明かしてやりなよ」
いつの間にか自己紹介に好物の項目が増えていたが、それはあくまでもクプルが勝手に明かしただけで、強制されるいわれはない。
エランドがリーオスにそう伝えると、一度は横たえられた体が再び起き上がり、気怠そうに口を開いた。
「リーオス、赤四級の傭兵、好きな物は干した魚と酒。これでいいか?」
意外とノリがいいのか、クプルのように好物まで教えてくれるとは、リーオスも素直ではないがそう付き合いにくい性格でもなさそうだ。
ただ、このリーオスが赤四級というのには少し驚きだ。
エランドとクプルも黄一級というのは十分に凄いのだが、赤級というのは次元が違う。
黄一級と赤四級ではたった一階級の差だが、その間にはとてつもなく遠い隔たりがある。
傭兵と冒険者はランク分けの基準にさほど大きな違いはなく、傭兵も赤級はベテラン以上の猛者として扱われる。
赤級へ足を踏み入れるには、本人の戦闘能力に加え、何か他に突出した能力が必要だという。
俺の知る中ではコンウェルが赤四級だが、あっちは個人の戦闘能力よりも集団の指揮能力を評価されての昇級だった。
このダルそうにしているリーオスも、コンウェルと同じように突出した能力があるとすれば、果たしてどのようなものなのか興味がわく。
その辺りを尋ねようと思ったその時、馬車が一度跳ねるように揺れ、その後ゴトゴトと音を立てて小刻みに揺れ始めた。
どうやら馬車が出発のために動き始めたらしい。
道が悪いのか馬車のサスペンションが弱いのか、かなり激しい振動に体の態勢を崩されながら、適当なところに掴まる。
荷物が多く詰め込まれた車内は狭く、積み上げられた荷物が崩れないようにと固定しているロープがつり革変わりだ。
「二人とも、立ったままだと危ないぞ。どこかそこらにでも座るといい」
劣悪な環境に戸惑っていた俺達に、エランドはそう言ってくるが、正直座るだけでのスペースを探すのも困るぐらいだ。
「どこかて言ったって、こんなごちゃごちゃしてたら…」
「パーラ、あなたはこっちに来たら?せっかく女の子同士なんだから、私とお話しでもしない?」
同性同士、退屈な馬車での話し相手に最適だと思ったようで、クプルが自分の隣の床を軽く叩き、パーラを誘う。
それを受けてパーラが一度俺の顔を見てきたが、せっかくの御誘いを断るのも悪いと思い、頷きを返してやるとクプルの傍へと腰を下ろした。
「じゃあお邪魔するよ、クプルさん。お話って、何を話すの?」
「なんでもよ、なんでも。女の会話にお題目なんていらないの。ねぇ、あなた達って冒険者やって長いの?魔術師二人だけのパーティってのも珍しいわよね」
「まぁ長いってほどでもないかな。ていうか、私は元々商人だったんだけど―」
クプルの誘導が上手いのか、早速パーラと楽し気に会話を始めたのを横目に、俺は固定されていない荷物を動かして座るスペースを作って腰を下ろす。
「あっちは女同士で会話を楽しむのなら、僕達は男同士で話すってのはどうだい?アンディ君」
丁度エランドの正面に腰を落ち着けた俺は、ふと目が合ったエランドから男同士の会話というやつを持ちかけられた。
特に断る理由もなく、また馬車に乗り合わせる者同士で退屈しのぎをするためにも、エランドとの会話へと応じる。
本当はリーオスとも話をしたかったが、あっちは馬車が動き出したのに合わせるようにして横になってしまったため、話しかけるタイミングを逃してしまった。
それに、自己紹介を済ませたことでこれ以上話すことはないと、全身で会話を拒絶するような空気を出している。
あの様子だと、声をかけても反応してくれそうにない。
仕方ないので、リーオスについては一旦脇に置いておこう。
「君も魔術師なんだろう?よければどんな魔術を使うのか教えてもらえるかな?あぁ、言いたくないのなら無理に言わなくてもいいが」
戦力の確認というよりは、単純に好奇心から尋ねているような感じだ。
人によっては自分の魔術を明かすことを好まないケースもあり、俺も魔術師ということを伏せたい場合はともかく、今はその時ではないので特に秘密にする必要はない。
ただ、雷魔術は説明が面倒なので、あえて省いても構わないだろう。
「いえ、特にそういうわけでは。俺の使う魔術は―」
魔術に関する情報交換から雑談に移るのにそう時間はかかることもなく、俺達は色々と話していく内にすぐに打ち解けていった。
フルージから延びる街道は主に三本ある。
東側に海があるフルージの街は北・西・南に門があり、そこから延びる三本の街道がさらに各地へと枝分かれしていく。
俺達が今進んでいるのはフルージから北へ延びる街道で、ここをしばらく進んだ後に今度は西へ向かい、いくつかの森と山を越えて、最終的にソーマルガ皇国の東端へ到着してゴールとなる。
「僕達はソーマルガ皇国まで行くけど、道中離れる商人に合わせて護衛の数も変動する。気を付けるのは、大体十四日目と二十日目だね。その頃に大きい街へ寄るから、街に残る商人もそれなりに出るんだ」
お互いの魔術の属性を明かしあったからか、エランドとは砕けた態度で話しをしており、その一環で俺達が旅をする先のことについて教えてもらっている。
エランド達はメアリ商会とも付き合いは深く、この商隊には随分長く雇われているらしい。
多くがそうであるように、一度縁を作れば傭兵は同じ商人に雇われることが増え、エランドたちもメアリ商会とはズブズブの関係にあるわけだ。
そのためこういうソーマルガまでの旅は何度も経験しており、今後の行程もよく分かっていた。
「なるほど、商人とその護衛が街に残る分、商隊の護衛は減るわけですか」
「そういうことだ。まぁその街から加わる商人と護衛もいるかもしれないが、それは行ってからでしか分からない。場合によっては、護衛のいない商人だけが増えることもあるから、あまり期待しないほうがいい」
ソーマルガ皇国に着くまでの日程は一ヵ月と少し。
途中でいくつかの街や村で離脱する商人もいるが、これだけの規模の商隊ともなれば、さながら寄らば大樹の陰と途中で同行を願い出る商人もいるため、商隊がソーマルガに着く頃には出発時よりも若干人数が増えるらしい。
それが護衛付きの商人なら戦力的にありがたいが、商人も護衛を雇うかどうかは個人の自由で、そして傭兵を雇うのタダではない。
コバンザメのように商隊の戦力をあてにして、旅の安全にあやかろうという商人も少なからずいる。
そういう商人は本来守る必要はないが、そうはいっても一たび襲撃があればまさか見捨てるわけにもいかず、半ば無理やりに近い状態で護衛の範囲は拡大されることになる。
とはいえ、そんな手口がまかり通れば、傭兵の斡旋でも利益を得る商人ギルドとしてはたまったものではないので、いつまでも同じ手を使い続ける商人はいずれ何かで代償を払うことになるだろう。
「利益を追求する商人なら、安上がりに越したことはないんでしょうが、やり方に誠意がないとやっぱりギルドも黙ってないということですね」
「そうだね、大体の商人は真っ当な商いを心掛けるが、正道を外れる人間は必ずいるものだよ」
人間、商いをするならその領分にあるでかい組織にはみかじめ料と仁義を通せということか。
「清廉潔白な人間だけが世の中にいるわけじゃありませんしね。…ところで、随分移動してますが、前方の警戒はどうしてるんですか?アッジさんから聞いた感じだと、俺達のいるこの馬車がその役割を担ってると思ってたんですが」
出発前にアッジから言われた前方監視の馬車というのがそのままの意味なら、この馬車は後続の馬車の安全のために、いち早く危険を察知するべく前方の広範囲への監視に努めなければならない。
ところが先程から俺とエランド、そしてパーラとクプルはそれぞれ話し込んでおり、リーオスに至っては横になったまま寝息を立てている。
とても勤勉に前方を監視しているとは言えない。
よもや馭者が馬を操りながら監視しているわけでもあるまい。
先程見た感じだと、馭者はそれなりに歳のいった商人で、操縦と監視を高いレベルで両立出来るようには思えない。
「あぁ、警戒ならしているよ、リーオスがね。出発してから今もずっとだ」
「リーオスさんが?…どう見ても眠ってるようにしか見えませんが」
言われてリーオスを見るが、その姿は横になっているだけで、監視しているとは到底思えない。
仮にエランドかクプルが常人を超越した探知能力を有していて、それで監視をしているというのならまだ理解はする。
だが眠っているようにしか見えないリーオスが、正に今監視をしているというは一体どういうことか。
「実際眠ってるのよ。エランド、そんな説明じゃダメよ。アンディ達はリーオスのことは何も知らないんだから」
会話を聞いていたのか、クプルがエランドへと嗜めるような口調でそう言う。
「私が代わりに教えてあげるわ。心配してるようだけど、今もリーオスがああして前方の監視をしてるのよ」
エランドの言葉では不足とし、引き継ぐようにクプルが説明をしてくれるが、しかしその内容はまだリーオスの監視方法については語ってはいない。
「眠りながら一体どうやって…魔術ですか?」
「魔術じゃあないわね。私が聞いた話だと、魔力を使ってないらしいし、かといって普通の手段でもない。本人が言うには体質らしいけど、感覚的な―」
「クプル、そこまでだ。それ以上はリーオスの許可を得てからにしたほうがいい」
まだ話し続けようとするクプルに、エランドが初めて見せるような鋭い声でその口の動きを中断させる。
「え、そう?」
「僕らがもうとっくに知っているとしても、リーオス個人の能力に関わることなら自身の口から言わせないとまずい。こういうのは、明かすか秘匿するかの判断は当人にあるんだからね」
「…まぁそうね、そうかも。…ごめんなさいね、これ以上はちょっと説明できないわ。けど、今のところ警戒に関しては心配しなくていいから。安心して」
説明が中途半場になってしまったことをクプルに謝られてしまったが、元々その筋合いはないのだ。
この世界では、個人の能力を第三者が勝手に話すことはマナー違反とされている。
エランドの言った通り、この手の特殊能力的なものは本人の口から聞くべきなのだ。
眠りながらする監視というのが気にならないことはないが、エランドの言うことはもっともなので、この話は一旦ここまでとするか。
「なんだかよくわかりませんが、監視がいらないのならそれに越したことはないですよ。アッジさんからああ言われたもんだから、俺達も監視役に含まれるのかと思っただけですから。しかし、リーオスさんが監視しているのなら、その必要はないんですよね?」
魔術ではないが体質で監視するという、少し謎が多い方法ではあるがリーオスが監視をしてくれているのなら、俺達も楽でいい。
一応、監視にはパーラの探知能力も役立てるが、慣れた人間が受け持っているのなら全部任せたほうがいいだろう。
「いやいや、そうでもないわよ。リーオスだってずっと監視を続けられるわけじゃないもの。今は任せてるからいいけど、しばらくしたら監視は交代よ。とりあえず、初日は私とエランドがやるから、明日からはあなた達も交ざってね」
「あ、はい」
楽が出来るかと思ったがそんなことはなかった。
普通に考えれば、長時間監視を任せっきりにして疲れない人間などいないのだから、交代するのは当たり前か。
とはいえ、今日の所は監視役は免れるのだから、明日からが本番になる。
この辺りはフルージの治安維持が行き届いているため、今のところはまだ襲撃の心配はいらないらしいので、当分はエランド達と情報交換をして過ごそう。
しかしこの三人、こうまで互いのことを理解する程に付き合いが長いのに、パーティを組んでいるわけじゃないのが何とも不思議だ。
普段はそれぞれが別の商人と組んで仕事をしているが、年に一度か二度、メアリ商会がこの商隊を組む時には必ず三人セットで呼ばれるらしい。
それだけ信頼と実績があるということだが、だとすれば猶更パーティを組むべきだろうに。
とはいえ、人には人の事情がある。
この三人も、パーティを組まずともうまくやれているのなら、俺がどうこう言う筋合いはないか。
そう言えば出発してしばらく経つが、もう少しすれば昼時だ。
この商隊では昼食はどうするのだろうか。
昼飯時は昼飯なんだ。
ホワイトな世界ならブティックだって本屋だって休む。
仮に昼食を摂らずに先を急ぐとしても、流石に休憩はあるはずだし、その辺りのこともエランドに聞いてみるとしよう。
自分の店を持っている者、行商人として村と村を結ぶ者、商船を駆って遠地を行き来する者など、そのやり方は様々だが、商人と名乗るのなら基本的に誰もが商人ギルドへ所属している。
一応、ギルドに属さず活動する商人もいなくはないが、フリーで活動するメリットとデメリットを秤にかけると、よっぽどの理由がない限りはギルドへ身を置くのが一番理に適っているものだ。
店舗なり行商なりで品物を売るのが商人と呼ばれるのに対し、同じく商人ギルドに所属し、武力を売りにしているのが傭兵と呼ばれる者達だ。
それらの仕事としては、商人の護衛や揉め事の仲裁、少し変わったものだと武具のモニター紛いといったものなんかもあるらしい。
他にも採取や討伐も依頼を受ければ行うため、基本的にやっていることは冒険者と大差がない。
冒険者ギルドに所属すれば冒険者、商人ギルドに所属すれば傭兵と呼ばれるだけで、明確な線引きは呼称以外では特になかったりする。
とはいえ、傭兵の仕事の多くは商人に寄り沿ったものであり、主な活動は商隊の護衛が多いことは確かだ。
この世界での街道の往来は、魔物や盗賊が存在するせいで決して安全とは言えず、儲けを増やそうと自らの足で各地へ出向く商人にとっては、傭兵とは切ることなどあり得ない関係性だ。
しかし傭兵も決して無限に存在するわけではなく、人手が足りない時などは冒険者を護衛に雇うこともある。
近場なら逃げ足も考えて速度重視の少人数での移動がベストだが、遠くへ行くとなれば多くの商人同士で纏まり、馬車と護衛を束ねた集団での旅が安全だ。
こういった即席の集団を作るのも、商人ギルドが率先して仲介を請け負うため、商人達にとっては使いやすい制度として定着していた。
そうしてなるべく同じ方向、同じ目的地、同じ速度の移動手段を基準に集められた商人達によって組まれた商隊が今、夜も明けきらないうちにフルージの街門外で出発の時を待っていた。
馬車の数は八台、人員は護衛と商人を合わせて四十九名、ここに俺とパーラが加わった五十一名という、商隊としては標準的な規模の一団は、そのほとんどがメアリ商会に縁のある人間で構成されている。
街で少し尋ねてすぐに分かったことだが、あのメアリは街の人間なら誰でも知っているほど、フルージを拠点に活動するメアリ商会を率いる大物商人だそうだ。
亡くなった親の商売を引き継いだことからスタートし、堅実ではありつつも時として果断をも厭わない挑戦的な姿勢で、あっという間にフルージでも有数の大商会と言われるまでになったのは、若くから発揮されたメアリの才覚の賜だろう。
ここにいる商隊は遠隔地へ定期的に送り出される行商のために、メアリ商会が音頭を取って集められたものだ。
商会で扱う商品を満載した馬車とそれを任された商人、そして一団を守るために用意された傭兵達と、行商としてはかなりの規模だが、そうするに十分なだけの利益をメアリ商会は見込んでいるのだろう。
「…よし、アンディとパーラ、二人分の依頼票を確認した」
冒険者ギルドから預かった依頼票を確認してもらい、商隊の代表の男に俺とパーラの同行を認めてもらう。
壮年と言っていい歳のこの代表の男はアッジといい、メアリ商会ではかなりの古株だそうで、遠隔地へ向かわせる商隊を任せるに足る人物としてメアリが最初に名を挙げるほどには信頼されているらしい。
「会長から急に新しく護衛を入れ替えるって聞いたときは焦ったが、魔術師なら心強い。よろしく頼むぞ、二人とも」
「ええ、お任せください。それと俺達は魔術師なので、戦闘以外でも力が必要な時は遠慮なく言ってください」
「そうそう、なんかあったら私らに任せちゃってよ」
旅の間、移動の足はアッジ達の馬車に頼ることになるが、それ以外の部分で俺の魔術が出番があれば積極的に協力したい。
なにせ、それだけの報酬をメアリから約束されているからな。
先日の騒動の詫びを込めてとはいえ、前金だけで並の白級の依頼五回分を優に超える額を貰っており、無事に完遂すれば大金を手に出来る。
拘束時間の長い護衛依頼だとしても、やる気が出ないわけがない。
「それは頼もしいな。これから向かう先は安全とは言い難い場所で、まず間違いなく襲撃はある。その時は働きに期待させてもらう」
商売のための旅とあって、ちんたら遠回りするよりも多少の危険を覚悟してでも最短距離を行くという判断は間違いではない。
商人達の考えとして、利益とは物を売った際に出るものだけではなく、時間をいかに有効に使うかでも計算が行われている。
なぜなら時間はタダではなく、例え過ぎ去った時間はどんなに金を積んでも取り戻せないからだ。
いかに時間を有効に使うかは、単純に貨幣を手にするよりもずっと難しく、意義もある。
護衛の数と質は十分なものを揃えていると聞くが、危険な道程に臨むのなら、魔術師が二人加わることの頼もしさは大きいはずだ。
期待と安堵が混ざった顔のアッジに、部下と思しき若者が声をかけてきた。
「団長、荷物の積み込みが終わりました。いつでも出発できます」
「おう、ご苦労さん。じゃあ出発するか。アンディにパーラ、お前達は一番前の馬車だ。前方監視の傭兵が先にいるはずだから、そっちと顔合わせもしておいてくれ」
「わかりました」
アッジの指さす先にある一際頑丈そうな馬車を目指し、俺とパーラは歩き出す。
列の最後尾から先頭の馬車へと移動するため、自然と早歩きになる。
「先頭に配置ってなると、私らにも進行方向の警戒を任せるってことかな?」
隣に並んだパーラが、アッジの指示の意図を口にする。
「そんなとこだろ。お前の探知能力は知らなくとも、魔術師ってだけで普通の人間よりもやれることは多いと思われるもんだからな」
普通、馬車の列の一番前は探知能力に優れた種族やその手の技能持ちを配置するものだ。
一見すると普人種にしか見えない俺達をそこに置くということは、やはりそういうのに向いた魔術を使えると期待されてのことだろう。
それほど時間もかからず、先頭の馬車まで着くと、既にスタンバイしていた馭者を兼ねる商人に挨拶をし、荷台へと上がり込む。
垂れている幌の一部をかき上げて中に入ると、そこには三人の人間が思い思いの姿勢でくつろいでいた。
といっても、荷物も詰め込まれた狭い馬車では、床に座り込んだり横になったりするしかないので、この三人もそうしているだけだ。
男が二人に女が一人、いずれも普人種だ。
「やあ、君達がアンディとパーラだね?」
どうやら誰かが俺達のことを伝えていたようで、三人の内で一番年上と思われる男がこちらへ確認をするように声をかけてきた。
ボリュームのあるクリーム色のローブという恰好から魔術師かと思ったが、杖が見当たらないので確信は持てない。
年齢は恐らく三十から四十、少しやつれたような顔に、白く薄くなった頭髪は年齢以上にくたびれたものを感じるが、しかし体から立ち上る魔力の量は未だ衰えのない魔術師のそれを思わせる。
「へぇ、随分若いじゃない。これぐらいが可愛い盛りだけど、これで魔術師なんでしょ?丁度ここには魔術師が三人揃ったんだから、大分心強いわね」
続いてこちらに声をかけてきたのは若い女で、こちらは鎧と剣を持っていることから、前衛を固める剣士だと分かる。
茶色のソバージュに整った顔立ち、そこに気の強そうな気配が混ざり、アマゾネスを彷彿とさせる獰猛さがまた妙な色気を放つ。
俺とパーラを見て若いというが、この女も見た目では若い方だ。
恐らくいっても二十代か、ひょっとすればまだ十代かもしれない。
「魔術師ったってそれぞれだ。どいつも戦いで使えるとは限らねぇ。こいつらぐらい若いのは経験も浅い。いざ戦いになったら、どんだけ使いもんになるか…」
残る一人がそれまで横たえていた体を起こし、俺達へ射抜くような視線を向けてくる。
こちらは最初の魔術師風の男と歳が近い見た目だ。
灰色の帽子とケープを纏い、細身ながら筋肉も十分についている体格とそばに立てかけた弓矢から、弓使いと見て間違いないだろう。
どこか皮肉めいた口調なのは、傭兵稼業が長いからこその俺達への不信か。
帽子のつばから覗く目が俺達を見つめていたが、しかしすぐに興味を失ったように帽子を目深に被りなおして眠る体勢へと戻った。
初対面でいきなり俺達の実力を否定され、面食らってしまった俺達に、魔術師風の男が申し訳なさそうな顔をする。
「悪いね、あいつは初対面の者に対しては誰にでもああなんだ。あまり気にしないほうがいい。あんなでも腕は確かだし、仕事もきっちりこなすからそっちの方では心配しないでくれ」
「いえ、心配などは…それより、皆さんのことを教えてもらっていいですか?そちらは俺達を知ってるようですが、俺達はお三方の名前も知らないもので」
「おぉ、そうだった。君達のことはメアリ会長から通達があって、名前だけは知っていたものでね。僕はエランド、黄一級の傭兵で魔術師だ」
予想した通り、やはりエランドは魔術師のようだ。
しかしこれまで見てきた魔術師はどいつも杖を持っていたのに、このエランドにはその影すら見えず、普通の魔術師とは違う何かがありそうだ。
まぁ俺とパーラも杖は使わないので、それほど妙に思うことではないのだが。
「クプルよ。エランドと同じ黄一級の傭兵、見ての通りの剣士ね。歳は二十一、好きな食べ物はカリカリに焼いたイノシシの耳」
自慢するように剣を掲げたクプルは、聞いてもいないのに好物を明かしてきた。
随分俺達に好印象を抱いているようで、三人の中では一番若いせいか、俺達とも仲良くなろうとしている雰囲気が伝わってくる。
「イノシシの耳?前は鳥の手羽を甘く煮込んだやつって言ってたような?」
「あれはもう飽きたわ。時代はイノシシの耳よ」
「またか」
エランドがクプルの好物に疑問を持ったが、あっさりと切り捨てられる。
どうやら彼女の好物は定期的に変わるようで、今はイノシシの耳とやらがブームのようだ。
ここまで二人が名乗ったが、残る一人は未だ眠る体制のままで一向に名乗る気配がなく、エランド達へ俺とパーラは視線で彼の名前の開示を求める。
「はあー…ちょっとリーオス!あんたも名乗んなさい!これから旅の仲間になるのに、そんな態度でどうすんの!」
俺達の意図を正確に汲んだクプルが大きく息を吐くと、リーオスと呼ばれた男を眠りから引き戻すほどの大声を上げた。
すると帽子をどかした下から不機嫌そうな目がこちらを見てきた。
「うるせぇな…別に名前を知ってようがいまいがどうでもいいだろ。俺はそいつらに関わらない、そいつらも俺には関わらない、これで名前を知る必要があるか?」
「あるに決まってんでしょ!まず初めて顔を合わせたら名乗りあう。それが旅に同道する者の礼儀!」
狭い馬車に乗り合わせる以上、お互いを何も知らずにいることほど居心地の悪いものはない。
クプルの言い分は全く正しいものだが、しかしそれでリーオスが態度を改めるかと言われれば疑問ではある。
「ちっ、めんどくせぇな。名前なら今お前が言ったんだから、もういいだろ」
「それはそれ。こういうのは本人の口からするもんでしょうが。ほら、さっさと名乗る!」
リーオスが一向に名乗らないことに段々イライラしてきたのか、まるで母親のような口調で促すクプルに、リーオスは観念したように名乗った。
「まったく、やかましい女だ。…リーオスだ」
やっと名乗ったかと思ったら、それだけを言ってまた先程と同じ眠るような姿勢へと戻っていった。
もうとっくに名前は知っていたが、本人が明かしたということは、今後はそう呼んでもいいと許可を得たも同然だ。
「名前だけじゃないでしょ!何級かと好きな食べ物も言う!」
「いや好きな食べ物はクプルが勝手に言っただけだろう。リーオス、好物はいいから、せめてランクだけは明かしてやりなよ」
いつの間にか自己紹介に好物の項目が増えていたが、それはあくまでもクプルが勝手に明かしただけで、強制されるいわれはない。
エランドがリーオスにそう伝えると、一度は横たえられた体が再び起き上がり、気怠そうに口を開いた。
「リーオス、赤四級の傭兵、好きな物は干した魚と酒。これでいいか?」
意外とノリがいいのか、クプルのように好物まで教えてくれるとは、リーオスも素直ではないがそう付き合いにくい性格でもなさそうだ。
ただ、このリーオスが赤四級というのには少し驚きだ。
エランドとクプルも黄一級というのは十分に凄いのだが、赤級というのは次元が違う。
黄一級と赤四級ではたった一階級の差だが、その間にはとてつもなく遠い隔たりがある。
傭兵と冒険者はランク分けの基準にさほど大きな違いはなく、傭兵も赤級はベテラン以上の猛者として扱われる。
赤級へ足を踏み入れるには、本人の戦闘能力に加え、何か他に突出した能力が必要だという。
俺の知る中ではコンウェルが赤四級だが、あっちは個人の戦闘能力よりも集団の指揮能力を評価されての昇級だった。
このダルそうにしているリーオスも、コンウェルと同じように突出した能力があるとすれば、果たしてどのようなものなのか興味がわく。
その辺りを尋ねようと思ったその時、馬車が一度跳ねるように揺れ、その後ゴトゴトと音を立てて小刻みに揺れ始めた。
どうやら馬車が出発のために動き始めたらしい。
道が悪いのか馬車のサスペンションが弱いのか、かなり激しい振動に体の態勢を崩されながら、適当なところに掴まる。
荷物が多く詰め込まれた車内は狭く、積み上げられた荷物が崩れないようにと固定しているロープがつり革変わりだ。
「二人とも、立ったままだと危ないぞ。どこかそこらにでも座るといい」
劣悪な環境に戸惑っていた俺達に、エランドはそう言ってくるが、正直座るだけでのスペースを探すのも困るぐらいだ。
「どこかて言ったって、こんなごちゃごちゃしてたら…」
「パーラ、あなたはこっちに来たら?せっかく女の子同士なんだから、私とお話しでもしない?」
同性同士、退屈な馬車での話し相手に最適だと思ったようで、クプルが自分の隣の床を軽く叩き、パーラを誘う。
それを受けてパーラが一度俺の顔を見てきたが、せっかくの御誘いを断るのも悪いと思い、頷きを返してやるとクプルの傍へと腰を下ろした。
「じゃあお邪魔するよ、クプルさん。お話って、何を話すの?」
「なんでもよ、なんでも。女の会話にお題目なんていらないの。ねぇ、あなた達って冒険者やって長いの?魔術師二人だけのパーティってのも珍しいわよね」
「まぁ長いってほどでもないかな。ていうか、私は元々商人だったんだけど―」
クプルの誘導が上手いのか、早速パーラと楽し気に会話を始めたのを横目に、俺は固定されていない荷物を動かして座るスペースを作って腰を下ろす。
「あっちは女同士で会話を楽しむのなら、僕達は男同士で話すってのはどうだい?アンディ君」
丁度エランドの正面に腰を落ち着けた俺は、ふと目が合ったエランドから男同士の会話というやつを持ちかけられた。
特に断る理由もなく、また馬車に乗り合わせる者同士で退屈しのぎをするためにも、エランドとの会話へと応じる。
本当はリーオスとも話をしたかったが、あっちは馬車が動き出したのに合わせるようにして横になってしまったため、話しかけるタイミングを逃してしまった。
それに、自己紹介を済ませたことでこれ以上話すことはないと、全身で会話を拒絶するような空気を出している。
あの様子だと、声をかけても反応してくれそうにない。
仕方ないので、リーオスについては一旦脇に置いておこう。
「君も魔術師なんだろう?よければどんな魔術を使うのか教えてもらえるかな?あぁ、言いたくないのなら無理に言わなくてもいいが」
戦力の確認というよりは、単純に好奇心から尋ねているような感じだ。
人によっては自分の魔術を明かすことを好まないケースもあり、俺も魔術師ということを伏せたい場合はともかく、今はその時ではないので特に秘密にする必要はない。
ただ、雷魔術は説明が面倒なので、あえて省いても構わないだろう。
「いえ、特にそういうわけでは。俺の使う魔術は―」
魔術に関する情報交換から雑談に移るのにそう時間はかかることもなく、俺達は色々と話していく内にすぐに打ち解けていった。
フルージから延びる街道は主に三本ある。
東側に海があるフルージの街は北・西・南に門があり、そこから延びる三本の街道がさらに各地へと枝分かれしていく。
俺達が今進んでいるのはフルージから北へ延びる街道で、ここをしばらく進んだ後に今度は西へ向かい、いくつかの森と山を越えて、最終的にソーマルガ皇国の東端へ到着してゴールとなる。
「僕達はソーマルガ皇国まで行くけど、道中離れる商人に合わせて護衛の数も変動する。気を付けるのは、大体十四日目と二十日目だね。その頃に大きい街へ寄るから、街に残る商人もそれなりに出るんだ」
お互いの魔術の属性を明かしあったからか、エランドとは砕けた態度で話しをしており、その一環で俺達が旅をする先のことについて教えてもらっている。
エランド達はメアリ商会とも付き合いは深く、この商隊には随分長く雇われているらしい。
多くがそうであるように、一度縁を作れば傭兵は同じ商人に雇われることが増え、エランドたちもメアリ商会とはズブズブの関係にあるわけだ。
そのためこういうソーマルガまでの旅は何度も経験しており、今後の行程もよく分かっていた。
「なるほど、商人とその護衛が街に残る分、商隊の護衛は減るわけですか」
「そういうことだ。まぁその街から加わる商人と護衛もいるかもしれないが、それは行ってからでしか分からない。場合によっては、護衛のいない商人だけが増えることもあるから、あまり期待しないほうがいい」
ソーマルガ皇国に着くまでの日程は一ヵ月と少し。
途中でいくつかの街や村で離脱する商人もいるが、これだけの規模の商隊ともなれば、さながら寄らば大樹の陰と途中で同行を願い出る商人もいるため、商隊がソーマルガに着く頃には出発時よりも若干人数が増えるらしい。
それが護衛付きの商人なら戦力的にありがたいが、商人も護衛を雇うかどうかは個人の自由で、そして傭兵を雇うのタダではない。
コバンザメのように商隊の戦力をあてにして、旅の安全にあやかろうという商人も少なからずいる。
そういう商人は本来守る必要はないが、そうはいっても一たび襲撃があればまさか見捨てるわけにもいかず、半ば無理やりに近い状態で護衛の範囲は拡大されることになる。
とはいえ、そんな手口がまかり通れば、傭兵の斡旋でも利益を得る商人ギルドとしてはたまったものではないので、いつまでも同じ手を使い続ける商人はいずれ何かで代償を払うことになるだろう。
「利益を追求する商人なら、安上がりに越したことはないんでしょうが、やり方に誠意がないとやっぱりギルドも黙ってないということですね」
「そうだね、大体の商人は真っ当な商いを心掛けるが、正道を外れる人間は必ずいるものだよ」
人間、商いをするならその領分にあるでかい組織にはみかじめ料と仁義を通せということか。
「清廉潔白な人間だけが世の中にいるわけじゃありませんしね。…ところで、随分移動してますが、前方の警戒はどうしてるんですか?アッジさんから聞いた感じだと、俺達のいるこの馬車がその役割を担ってると思ってたんですが」
出発前にアッジから言われた前方監視の馬車というのがそのままの意味なら、この馬車は後続の馬車の安全のために、いち早く危険を察知するべく前方の広範囲への監視に努めなければならない。
ところが先程から俺とエランド、そしてパーラとクプルはそれぞれ話し込んでおり、リーオスに至っては横になったまま寝息を立てている。
とても勤勉に前方を監視しているとは言えない。
よもや馭者が馬を操りながら監視しているわけでもあるまい。
先程見た感じだと、馭者はそれなりに歳のいった商人で、操縦と監視を高いレベルで両立出来るようには思えない。
「あぁ、警戒ならしているよ、リーオスがね。出発してから今もずっとだ」
「リーオスさんが?…どう見ても眠ってるようにしか見えませんが」
言われてリーオスを見るが、その姿は横になっているだけで、監視しているとは到底思えない。
仮にエランドかクプルが常人を超越した探知能力を有していて、それで監視をしているというのならまだ理解はする。
だが眠っているようにしか見えないリーオスが、正に今監視をしているというは一体どういうことか。
「実際眠ってるのよ。エランド、そんな説明じゃダメよ。アンディ達はリーオスのことは何も知らないんだから」
会話を聞いていたのか、クプルがエランドへと嗜めるような口調でそう言う。
「私が代わりに教えてあげるわ。心配してるようだけど、今もリーオスがああして前方の監視をしてるのよ」
エランドの言葉では不足とし、引き継ぐようにクプルが説明をしてくれるが、しかしその内容はまだリーオスの監視方法については語ってはいない。
「眠りながら一体どうやって…魔術ですか?」
「魔術じゃあないわね。私が聞いた話だと、魔力を使ってないらしいし、かといって普通の手段でもない。本人が言うには体質らしいけど、感覚的な―」
「クプル、そこまでだ。それ以上はリーオスの許可を得てからにしたほうがいい」
まだ話し続けようとするクプルに、エランドが初めて見せるような鋭い声でその口の動きを中断させる。
「え、そう?」
「僕らがもうとっくに知っているとしても、リーオス個人の能力に関わることなら自身の口から言わせないとまずい。こういうのは、明かすか秘匿するかの判断は当人にあるんだからね」
「…まぁそうね、そうかも。…ごめんなさいね、これ以上はちょっと説明できないわ。けど、今のところ警戒に関しては心配しなくていいから。安心して」
説明が中途半場になってしまったことをクプルに謝られてしまったが、元々その筋合いはないのだ。
この世界では、個人の能力を第三者が勝手に話すことはマナー違反とされている。
エランドの言った通り、この手の特殊能力的なものは本人の口から聞くべきなのだ。
眠りながらする監視というのが気にならないことはないが、エランドの言うことはもっともなので、この話は一旦ここまでとするか。
「なんだかよくわかりませんが、監視がいらないのならそれに越したことはないですよ。アッジさんからああ言われたもんだから、俺達も監視役に含まれるのかと思っただけですから。しかし、リーオスさんが監視しているのなら、その必要はないんですよね?」
魔術ではないが体質で監視するという、少し謎が多い方法ではあるがリーオスが監視をしてくれているのなら、俺達も楽でいい。
一応、監視にはパーラの探知能力も役立てるが、慣れた人間が受け持っているのなら全部任せたほうがいいだろう。
「いやいや、そうでもないわよ。リーオスだってずっと監視を続けられるわけじゃないもの。今は任せてるからいいけど、しばらくしたら監視は交代よ。とりあえず、初日は私とエランドがやるから、明日からはあなた達も交ざってね」
「あ、はい」
楽が出来るかと思ったがそんなことはなかった。
普通に考えれば、長時間監視を任せっきりにして疲れない人間などいないのだから、交代するのは当たり前か。
とはいえ、今日の所は監視役は免れるのだから、明日からが本番になる。
この辺りはフルージの治安維持が行き届いているため、今のところはまだ襲撃の心配はいらないらしいので、当分はエランド達と情報交換をして過ごそう。
しかしこの三人、こうまで互いのことを理解する程に付き合いが長いのに、パーティを組んでいるわけじゃないのが何とも不思議だ。
普段はそれぞれが別の商人と組んで仕事をしているが、年に一度か二度、メアリ商会がこの商隊を組む時には必ず三人セットで呼ばれるらしい。
それだけ信頼と実績があるということだが、だとすれば猶更パーティを組むべきだろうに。
とはいえ、人には人の事情がある。
この三人も、パーティを組まずともうまくやれているのなら、俺がどうこう言う筋合いはないか。
そう言えば出発してしばらく経つが、もう少しすれば昼時だ。
この商隊では昼食はどうするのだろうか。
昼飯時は昼飯なんだ。
ホワイトな世界ならブティックだって本屋だって休む。
仮に昼食を摂らずに先を急ぐとしても、流石に休憩はあるはずだし、その辺りのこともエランドに聞いてみるとしよう。
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