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料理へ敬意を払わない奴は万死に値する

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 旅の醍醐味と言えば、風光明媚な景勝地に美味い食事、そして疲れを癒す温泉…と、これは土地によるか。
 ともかく、旅をする者が楽しめるかどうかは目的によって変わってくるが、それでも宿というのは非常に大きいウェイトを占めているものだ。

 景色が期待外れだったとしても、美味い飯と暖かな寝床を提供する宿に満足さえすれば、それはいい旅だったとなることはままある。

 宿というものがいかに安らぎを与えてくれることか、それを思うと良識ある旅人は宿屋で暴れようなどと微塵も考えないものだ。
 それこそ、冒険者や傭兵などの血の気の多い人間ですら、世話になる寝床には敬意を払ってお行儀良くしているほどだ。

 だが実際に今、目の前では三人のむくつけき男共とパーラが宿の食堂で睨みあっている光景を見てしまうと、建物に入る前に感じたものよりもさらにひどい頭痛を覚える。
 遠巻きに眺める宿の従業員と他の宿泊客だが、その顔には怯えが見てとれ、かなりの迷惑を被っていることに申し訳なく思う。

 気持ちを切り替えるように深く息を吐き、こちら側に背中を向けているパーラに声をかける。

「おいパーラ、お前何してんだ。俺は宿を探せとは言ったが、そこでもめろとは一言も言ってないぞ」

 状況のせいか、少し棘が混ざった声になってしまったが、その効果で肩がビクリと一度大きく跳ねてからこちらを向いたパーラの顔は、不機嫌さを丸出しにしたひどいものだった。

「…アンディ来たんだ。よくわかったね、私がここにいるって」

「そりゃあんだけでかい声で啖呵切ってればな。んで、なにがあった?」

 説教をするかどうかは一先ずおいておき、今は何が起きているのかを聞き出すのが優先される。

 そのままチラリとパーラの体面にいる者達を見てみると、こちらを睨みつける目と視線が合う。
 突然現れてパーラと親しげに話す俺は、彼らに敵対の対象と捉えられたようで、今にも斬りかかってきそうな気配が俺達に向けられていた。

 そういう態度はやめてくれ。
 俺はむしろ、目の前にいる女の姿をした猛獣から、あんたらを守ろうとしてるんだから。

「話すとちょっと長くなるんだけど」

「かいつまんで話せ」

「こいつらがこの宿で横暴を働いたから、以上」

 俺の思いを正しく汲んだパーラによる、実に簡潔な説明だ。
 恐らく大半の経緯を省いたものだろうが、それを加味しても、あっちの男達がした何かを見過ごせなかったパーラによって、この状況が作り出されたようだ。

 俺に対してはそうでもないが、こんなのでもパーラは他人様に迷惑をかけるようなことはしない程度の良識と忍耐はある。
 勿論、必要があれば先手必勝、問答無用で暴力を使うが、それでもこうしてただ睨みあっているだけで済ましているのはまだパーラが冷静だからだ。
 本当に怒りに我を忘れていたら、目の前の男達など今頃床でおねんねしていたことだろう。

「何が横暴だ!このアマぁ!俺達はただ酒飲んでたってぇのに、てめぇがつっかかってきたんだろうが!」

 パーラの言葉に反応した男の一人が、拳を突き出しながら喚いている。
 身なりと人相からあまりまともな人間とは思っていなかったが、そのチンピラ同然の口調が俺の印象を裏切らない。

 まぁ冒険者や傭兵も堅気の仕事とは言いにくいし、ある意味では俺達と同類とも…いや、流石にああまでではないか。
 俺は品行方正、心優しき奇麗な方のアンディで通ってるしな。

「まるで大人しく飲んでたみたいな言いようだね。私知ってんだからね!あんたら、出された食事にコッソリ虫を入れていちゃもんつけようとしてたって!」

 吠えるようなパーラの言葉に、男達は舌打ちをするが、その態度でどちらの言い分が正しいのか一瞬で理解できた。

 なるほど、男達による威力業務妨害をパーラが見咎めたわけか。
 この言いようだと、パーラが割って入ったことで未遂に済んだようだが、もし男達によるいちゃもんが発生していたら、果たしてこの宿に対してどのような要求をしていたかわかったものではない。

 宿の経営者と思われる老夫婦が、店の奥で心配そうに肩を寄せ合っている姿から、騒動によってかなりのストレスを受けているようにも見える。

「言いがかりだな!俺達がんなことしたって証拠はねぇだろうが!」

 そりゃ未遂に終わったら証拠もクソもないだろう。
 食事に混入しようとした虫をまだ持っていればそれが証拠になり得るが、そんなものを大事に持っているわけがない。
 パーラが見抜いた時点で、そこらに捨てたはずだ。
 俺ならそうする。

「ちっ、楽しく飲んでたのに、んなこと言われちゃあたまったもんじゃねぇ。おい、そっちの野郎!」

「…俺?」

 それまでパーラに向けられていた鋭い視線が、急に俺の方へと向けられる。
 仲間と見做されたせいで、次はこっちに噛みついてきたわけだ。

「この女の仲間だろ、お前。これ以上こいつの相手をするのも癪だ。さっさとどっかに連れていっちまえ!」

 どれだけの時間パーラと睨みあっていたのかは分からないが、このまま長引けばいずれ衛兵が騒ぎの鎮圧に駆け付け、男達にとっては面白くない展開が待っていることもあり、俺を利用してパーラを下がらせたいという狙いがあるようだ。

「なにさ!悪いことしようとしてたのはそっちでしょ!なんで私が追っ払われなきゃならないのよ!」

「待て待て、落ち着けパーラ。気持ちはわかるが、ここはグッと抑えろ。分かった、俺達も揉め事は嫌なんで立ち去るが、あんたらもそうしろ。こんだけ騒いで、衛兵がこないわけがないんだ。どうせ叩けば埃が出る身だろうが」

 向こうの言いようが気に食わないと、全身で表すパーラを宥めつつ、男達にもこの場を去ることを提案する。
 はっきり言って、腰に剣を提げた連中が、宿の食堂で歯を剥いて睨みあう光景は迷惑以外の何ものでもない。

 宿の主人の精神衛生の安定のために、衛兵の取り調べを出汁にしてでも連中を立ち去らせた方がよさそうだ。

「ふん!傭兵稼業なんざしてりゃあ、多少は裏の道にも踏み入るってもんだ。確かに衛兵とかち合うのも面倒だ。お前らがいなくなるなら、俺達も去ってやるよ」

 ここで男達が傭兵だということが初めて分かった。
 商人ギルドに所属する人間が犯罪を匂わせるのはいかがなものかとも思うが、これだけの騒ぎを起こせば流石にギルドが動く。
 たった今の発言にあった犯罪の可能性も含めて、処罰は確実だろう。

 とはいえ、パーラの話通りなら、明らかに悪いのは男達の方なのだが、このまま睨みあいを続けるのも嫌なので、ここはさっさと立ち去るというのがこの場の誰にとっても喜ばしいはずだ。
 どうせ衛兵が来れば、目撃者から得た情報で男達は捕まる。
 後のことはこの街の兵士の仕事に期待しよう。

 俺はパーラの肩を軽く叩き、一先ずはここを離れようと踵を返そうとした時、男達の一人が自分のテーブルにあった皿の一つを持った。

「ったく、こんなしみったれた料理に何を熱くなってんだ、こいつらはよぉ」

 野菜と肉の煮込み、白くないシチューと表現していいそれは、恐らくパーラが指摘した虫を入れられそうだった料理なのだろう。
 それを忌々し気に見つめたかと思うと、男はその皿をひっくり返してしまった。
 当然、自然の法則によって、食堂の床にその中身がぶちまけられる。

 その突然の行動を誰もが訝しんでいる中、男はさらに足を振り上げ、たった今床を汚した料理を踏みつけた。
 全く意味が分からない行動をしながらも、何が男に愉悦を与えているのか、ニヤついた顔でこちらを見ている。

 実に愚かで無意味な行為だと思いつつ、俺の頭の中では何かが切れたような音が響いた。
 たった今目の前で起きた光景が、俺の体を無意識に素早く動かす。

 呼吸するよりも簡単に、魔力を纏った足は床を激しく蹴り、周りの景色が流れていくほどの速さで踏み込むと同時に、嫌らしく笑う男の顔目がけて、俺の右腕が吸い込まれるようにしてぶつけられる。

 ドンという激しい音が鳴るのとほぼ同時に、たった今まで笑っていた男は顔面を陥没させて後方へと吹っ飛んでいき、板張りの壁にその身をめり込ませてしまった。

「……え?」

 他の男達は、一瞬前までに隣にいた仲間が突然消え、激しい音の後に突如壁のオブジェと化した妙を認識したようだ。
 間抜けな顔と声を出すのが精いっぱいなのか、人がめり込んだ壁と俺とを何度も往復させた目は、ようやく驚愕と怒り、恐怖が混ざった複雑な色を持ち始めた。

「て、てめぇ!よくも!」

 状況を理解した男の一人が、腰にある剣に手を伸ばしたので、それが抜かれるよりも早く、足で柄に添えられた手を俺は蹴り抜く。
 人が剣を鞘から抜く瞬間、柄を握る手が最も無防備で脆くなるものだ。

 こういった時は普通なら剣を取りこぼす程度だが、魔力で強化した蹴りは人体を容易に破壊してしまう。

「ぎぃッッ…」

 カボリという鈍い音と共に、手首の骨が抜けたか折れたかした男は、剣を抜くことも出来ずにその場にうずくまる。
 片手をやられただけでこうなるとは、図体の割に根性のない奴だ。

 うめき声をあげて床に額をこすりつけた仲間の姿に、残りの男は俺に対する警戒を最大限にしつつ、しかし剣に伸ばす手を寸前で止める程度には、まだ周りがよく見えているらしい。
 もしもこいつが剣を握っていれば、今頃床にうずくまる人間がもう一人増えていたことだろう。

「何しやがるこの野郎!」

「何をするもなにも、この場で最も愚かなことをした人間に裁きを下しただけだが?」

 男の方へ体を向き直ると、その肩がびくりと震えるのが見えた。
 その表情には疑問と不安が見てとれ、俺のしたことが彼らにとって、得体のしれない恐怖となっているようだ。

「気でも違ったか!?あいつが何したってんだ!」

「そっちこそ、何を言っている。たった今見たところだろう。あの壁にめり込んでる奴が何をしたか」

 そう言って、床に散らばった料理の残骸へと視線を向けると、男もそちらへと顔を向けた。
 それで俺が何を言わんとしているのかを理解したのか、こちらを得体のしれないものでも見るような目で見てきた。

「まさか……料理を足蹴にしたから、か?そんなことで!?」

 男のその言葉に、俺の蟀谷が引きつる。
 人同士、価値観が違うのは仕方ないものだが、それでもこいつらは何をしたのかまるで理解していないことに怒りがわいてくる。

「そんなこと?人が心を込めて作った料理を踏みにじった、それをそんなこととは。軽く殴ってやれば俺の気も済むと思ったが、それを聞いたら一層腹が立ってくる」

「何言ってやがる!お前が作った料理でもねぇのに、なんでお前が怒るんだ!」

「俺が作ったかどうかは関係ない。料理というのはどうやって出来上がるかを考えてみろ。食材を作る農民、または獲ってくる漁師、それらから手に入れた素材を吟味し、手間と時間をかけて作られる料理。決して容易いものではない」

 ゴクリと誰かの喉が鳴る音が聞こえる。
 それは決して料理の味を想像して鳴らされたものではなく、俺の言葉から発される迫力によって引き起こされたものだろう。
 それだけの凄味を込めて、俺は目の前の男に話しかけているからだ。

「俺らは金を払って―」

「そう、金を払っている以上、出された料理をどうするかは客の自由だ。不味いと言って料理を残す、あるいは料理人を罵るのも自由。金を払っているのだから、それは一つの権利と主張してもいい。だが……供されたものを床にぶちまけ!そして踏みにじる行為!これは一皿に携わった人間に対する大いなる侮辱だッッ!」

「ひぃっ…」

 自然と語気が強くなってしまったが、偽らざる俺の本心だけに、それを真正面から叩きつけられた男は思わずその場から一歩後ずさる。
 キレちまったね、あぁキレちまったよ。

 これで俺が何に対して怒っているのか、男達にも伝わったはずだ。
 確かに人によってはたかが料理一つ、という感覚だろう。
 だが食の大切さを知っている者にとっては、こいつらがしたことは絶対に許してはいけないものなのだ。

 今こいつらが足蹴にしたのは、生産者と料理人の誇りそのものと言っていい。
 出された料理を不味いと言ってもいい、残すのもいい。
 だが侮辱すること、それだけはだめだ。

 たった一皿を作るのに、どれだけの人間がどれだけの情熱と思いを込めているのか、それを理解せずに捨てるなど許しがたい行為だ。
 万死に値する。
 よし殺そう。

「食い物の恨みは恐ろしいと言うが、料理への侮辱もまた同じ程だと思い知れ。すぐにお前らの舌を引っこ抜―」

「ちょいちょいちょい!それ以上はやめときなよ、アンディ!さっき私に言ったじゃん。もめるなってさ」

 恐怖に震える男達に更なる制裁を加えようと、指先に魔力を集中しかけたその時、パーラが俺を羽交い絞めにしてきた。

「止めるな、パーラ。こいつらは料理をする全ての人間を侮辱した。舌を引っこ抜いてやらねぇと俺の気が済まん」

「もぉー、そんなことしたら、アンディが衛兵に捕まっちゃうって。気持ちはわかるけど、とりあえずその辺にしとこうよ」

 顔は見えずとも声の調子から、俺の行き過ぎた怒りを宥めようと、少し慌てた様子が分かる。
 言われて改めて見てみると、男達の内一人は壁にめり込んで意識を失い、一人は手首を抱えるようにして蹲り半べそをかいているとなれば、俺の気持ちはともかく、罰とするならこれでいいのかもしれない。

「…そうだな、お前がそう言うならここまでとするか。確かにやりすぎると、牢屋行きだ」

 パーラの言葉で少し頭が冷えたので、これ以上はやめておこうと体から力を抜いたその時、徐に俺達の背後から声が上がった。

「おいおい、なんだいこりゃ。うちの連中が宿で面倒起こしたってかっ飛んできたってのに、二人のされちまってるじゃあないのさ」

 呆れたような声は、食堂の惨状に対するもののようで、どうやら男達の仲間と思われる者が駆けつけたらしい。
 振り返ってその姿を見てみると、声から予想できていた通りの若い女だった。

 年齢は恐らく二十代、いっても三十前半といったところか。
 背丈は俺と同じぐらいとやや高めだが、女性の体だとしても少し痩せすぎと思えるほどに線が細い。
 釣り目気味の目つきは鋭く、整った顔立ちもあってか怜悧な印象を強く感じる。
 背中まである長さの薄茶色の髪を無造作にかき上げる仕草は、まるでモデルのようなカッコよさがある。

 白地に黄色の布をアクセントとして散りばめた拳法着のようなその装いは、フルージで見かけた商人達と雰囲気はよく似ていた。
 このことから、この女は商人であろうと推測する。

「あ、姐御!なんでここに!?いや、とにかく助けてくれ!こいつらが!」

 やはり男達は女とは仲間のようで、露骨に安どした様子でそう声をかけたのは、それだけ女に対する信頼が大きいからか。
 しかし姐御とは、まるで任侠だな。

「お黙り!あたしはお前らの面倒ごとの始末に来たんだよ!」

 ところが女の方は男達に対して怒りを露にしており、その剣幕から仲間として助けに来たのではなく、むしろ叱責のためにやってきたようだ。
 女のさらに背後には、息を切らせている少年の姿があり、恐らく彼がこの事態を知らせに走ったのだろう。

「まったく、他所の街じゃ行儀よくしろって、あたしは何度言ったと思うんだい!来て早々宿に迷惑かけてんじゃないよ!この馬鹿たれが!」

 ずんずんと俺の横を通り抜けていった女が、ゴッという鈍い音と共に男の頭に拳骨を落とす。
 拳骨を食らった男は床に転がり、頭を押さえてうめき声を上げる。

 ただの拳骨ではあるまい。
 音からしてかなりの威力があったそれは、男の口から言語を奪うほどのダメージを与えたと見え、そしてそれを繰り出した女の腕力も並外れていると思える。

「…ご主人、大体の事情はあんたんとこの子から聞いたよ。うちのもんが迷惑をかけたね。商会の代表として、この不始末は正式に謝罪と賠償をさせとくれ」

 男をダウンさせたことで女の鋭い視線が和らぎ、宿の主人に対して心底申し訳なさそうな顔で謝罪を口にした。
 そしてこの女商人、その口ぶりから一商会のトップ立つ人物のようで、部下の不始末に自ら足を運ぶフットワークの軽さと責任感は立派なものだ。

「い、いや、とんでもねぇ。こっちは大した被害もないんで。強いて言えば床が汚れたくらいだ。あんたにそこまで畏まって謝られるなんざ…それにメアリさんにはいつも贔屓にしてもらってるのに」

 この女商人はメアリという名前らしく、宿の主人はどこか恐縮したような態度なのは、それなりに付き合いのある相手だけに配慮しているからだろう。
 勿論、実際の被害は床にぶちまけられた料理だけだからでもあるが。

「迷惑をかけたのに贔屓もなにもないさね。それと、今食堂にいる人らの食事代はあたしが払うよ。迷惑料だ」

 周囲を見渡しながら太っ腹なことを言うメアリに、食堂にいるに人達は感嘆の声を上げてその提案を喜んだ。
 見たところ、二十人には届かないがそれに近い数の人間が食堂にはおり、それだけの食事代を受け持つというのは、身内のしでかしたことに対する商人ならではの誠意の見せ方というやつか。

「さて、そっちの二人。どうやらあんたらがうちのもんを止めてくれてたみたいだね。まぁちょいとやりすぎの感はあるが…」

 こちらへと向き直ったメアリは、観察するような目で見てくる。

「大ごとになる前に収めてくれたと思えば、礼を言うべきなんだろうけど…おっと、そういや名乗ってなかったね。宿の主人が言ってたのを聞いたと思うけど、あたしはメアリってんだ。メアリ商会の会長やってる。あんたらも名前を教えてくれるかい?」

「…俺はアンディ、こっちのはパーラ。どっちも冒険者やってる」

 男達への対応は真っ当なものだが、それでもメアリがあれらの身内だするなら油断して接していい相手ではない。
 俺もパーラも、若干の警戒を抱いたまま対峙している。

「へぇ、冒険者ね。身なりからしてそうかとは思っていたけど…ひょっとして、あんたら魔術師かい?」

 身に着けている装備ではそうとは分からないはずだが、彼女は何かを感じ取ったのか、俺達が魔術師だろうという予想を持って尋ねているようだ。

「ああ、まぁな」

「へぇ、そいつはまた…なるほどねぇ」

「なんだ?俺達が魔術師だと何かあるのか?」

「いやなに、こっちのことさね」

 俺達を見て一瞬口元に笑みをたたえたメアリの様子を訝るが、しかしはぐらかすようにしてそれ以上の追及を躱される。
 突っ込んで尋ねても答えが返ってこないと思い、今はそれは脇に置いて彼女に言っておきたいことを口にする。

「なんだかよくわからんが、そいつらがあんたの部下だってんなら、しっかりと責任ある後始末ってのを期待してもいいんだよな?」

「勿論、こいつらの始末はあたしがしっかりとするさ。このまま衛兵に突き出してもいいが、こっちも商会の体面ってもんがあるんでね。あたしらの流儀での重い処罰を約束しよう」

 商人には商人のやり方というものがあるのか、凄味のある顔で言うメアリの言葉には、男達の今後は決して明るいとは思えない怖さを感じた。
 冒険者も商人も、一般人とは言い難い職業だけに、ヤクザ染みた落とし前の付け方なんかもありそうだ。

 俺としては別に衛兵だろうが商会だろうが、男達がしっかりと裁かれるのならどちらでもいいので、メアリがそう約束するのなら何も言うまい。

「それでだ、こいつらの罰を決めるのに、あんたらの口から事の次第を詳しく聞かせてもらえるかい?こっちは大雑把にしか知ってないんでね」

「詳しくってんなら、こっちのパーラに聞いたほうがいい。俺は途中から来ただけだし」

「え、私が?こいつらをノしたのはアンディなのに…まぁいいけど。えー、じゃあまず私がこの宿に入ってきた時のことから話すけど―」

 かくかくしかじかと、男達の悪事を察知したところから、メアリが来るまでの間を語ったパーラの言葉に、それまで腕を組みながら眉間にしわを寄せて聞いていたメアリが深く大きく息を吐いた。

「はあー…なるほど、よくわかった。ますますもってあたしのとこの責任は重いか。一団で末端を御せない長の無能ってのはこういうことなのかね」

 まだ出会ってほんの少ししか経っていないが、その口ぶりからは随分と苦労しているような印象を受ける。
 商会の長ともなれば得られる恩恵も大きいが、それに伴う責任や面倒ごとも増えるものだ。
 まだ若いと言えるメアリのその苦悩する姿に、偉くなることの悲哀を感じてしまう。

 苦労人への同情心からか、抱いていた警戒はいつの間にか薄れてしまっていた。

「そうは言っても、メアリ…さんはこうして現場に直接足を運んだんだから、責任感は立派なもんだと思うよ、私は」

 暗に人の管理は甘いと言っているも同然のパーラだが、こいつはそこまで考えて言ってはいないのだろう。
 メアリの方はその言葉の裏を読み取り、苦笑いだ。

「そいつはどうも。けど、偶々報せを聞いたのがあたしだったから、その足で急いで来ただけさね。それに荒事に向いた奴もその時はいなかったしね」

 部下の騒動のために駆け付けるとは、商会のトップにしては妙にフットワークが軽いと思っていたが、他に適任がおらずということで動くのは、商人らしい機敏さとも言える。
 無論、本人の責任感の強さもあってのことだろうが。

「失礼、遅くなりました、メアリ会長。懲罰対象の回収です」

 そうしていると、メアリの所に商会の人間がやってきた。
 商人というよりは傭兵といった装いで、向こうでノびている男達の捕縛にきたようだ。
 意外というべきか、全員が女性なのは何かの意図があってか。

「ああ、ご苦労さん。そっちにいる三人がそうだ。会所の方に引っ張っていきな。それと、衛兵の詰め所にも一応報告はしておきなよ。根回しはしてるが、念のためにね」

「ええ、分かってます。では…おら立て薄汚い男共が!」

 メアリに対しては礼儀正しい態度だったのが一転、男に対しては鬼のような形相で引っ立てていく様に、男に対する差別のようなものを感じてやまない。
 フラフラとした足取りの男達を蹴るようにして外へ連れ出すのを見て、なぜか俺まで攻められている気分になる。

「あいつらはこれでいいとして、しかし参ったねぇ」

 そんな光景に特に何も感慨を抱かないメアリが少し怖いが、しかし心底困ったと声と態度で示すのが気になった。
 心なしか、あえてこちらへ聞こえるように言ったようにも思え、聞かないのも白々しいと言うのもある。

「参ったとは、何が?」

「いやなに、あいつらは次に出る商隊の護衛に使うつもりだったんだが、ああなっちまったらそれも無理だろう?商隊の出発を遅らせるのも損だし、どうしたものかと思ってねぇ」

 またしてもチラチラとこちらを見てくる。
 その口元も薄く笑みをたたえており、何を言わんとしているのか分かってきた。

「そんなの、商人ギルドで傭兵を雇ったらいいじゃん」

「その雇った傭兵があいつらだったのさ。今回の件はギルド側の不手際ってことで新しく傭兵を手配してもらうのもいいが、この件は貸しにしてまた別で使いたくてね」

 そう言えば、あの男達のことは最後まで部下とは呼んでいなかったな。
 俺がそう呼んでも否定しなかったからそうだと思っていたが、臨時雇いの傭兵の不始末でも会長本人が出向くとは、メアリはかなり真面目な性格なのかもしれない。

「あーどうしたものか、どっかに手の空いた傭兵、もしくは冒険者がいないものかねぇ」

 今度は露骨にこちらを見ながら言うメアリの棒読みの台詞に、俺もパーラも呆れを隠すこともできない。
 メアリが悪い人間じゃないとは分かっているが、こうした雑な誘い方をするとは、商人というより女衒を名乗ってはどうだろうか。

「…わかった、ここで会ったのも何かの縁。冒険者ギルドを通して俺達に商隊の護衛を依頼するのなら、引き受けさせてもらおう」

「ま、悪いことをしたのはあいつらだけど、私がきっかけでメアリさんが迷惑を被ったとも言えなくもないからね」

 パーラの方も一応は拒絶していないので、正式にギルドを通してメアリが依頼するのなら、護衛を請け負ってもいいだろう。
 さっき俺達を魔術師かと尋ねたのも、このやり取りへ至る材料だったと思えば、彼女の掌の上にいるようで気分はよくないが、かといって無碍に断るのも心がない。

「おや、そいつは助かるねぇ。ならギルドを通しての正式な依頼をさせてもらうよ。明日辺り、冒険者ギルドから呼び出しがあるだろうから、ちゃんと応じとくれよ」

 このメアリを面の皮の厚い商人の見本として、世に広めたいものだ。

「分かってる。だが、俺もパーラもソーマルガに行く必要がある。あんまり遠出するのは勘弁してほしい」

 護衛を引き受けるのはいいが、こちらも本来の目的があるので、できればそれにあまり影響しない日程と場所であることを望みたい。

「へえ、そいつはなんとも奇遇だ。あんたらに任せたい護衛は、そのソーマルガ行きの商隊さね。これは神様のお導きでもあるのかねぇ」

 メアリが楽しげに言ったその言葉で、俺はパーラを顔を見合わせて偶然というものの妙を共有することとなった。
 ただし、神の導きという部分には素直に頷けない。

 なにせ、俺達の知る神はどいつも酒をかっ食らって騒ぐどうしようもない奴らだ。
 そんなものに操作された運命に従うのは、なんか嫌。

 とはいえ、こちらに好都合な道行きであるのなら、断る理由はない。
 商会が動かす集団となれば、ひょっとしたら船に便乗するのも期待できる。
 それにただソーマルガを目指して旅をするよりも、銀行口座が使えない俺達にとっては、この依頼は大事な小金稼ぎにもなる。

 この幸運にあやかり、メアリからの依頼を従順に勤め上げるとするか。
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