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死と雨
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世の中、何事にも作法というものはある。
目上の人に自宅へ招かれた際の立ち居振る舞いや、コーラを飲んだらゲップが出るなどといった、ケースごとに存在する作法によって、人の世界は成り立っていると言っても過言ではない。
生きる者のために作法があるように、一方で死する者のための作法も当然ながら存在する。
この世界で罪を犯した者に対する罰として最もポピュラーな死刑に関しては、その国ごとにも色々と細かく決まりごとがあった。
スワラッド商国の場合、まず処刑される者は拘束された状態で執行人の前に引き出され、罪状と執行日が伝えられる。
多くはその場で刑の執行が行われるが、場合によって公開処刑ともなれば、後日の執行へと回され、観客の前で首を刎ねるという流れだ。
ここまでは俺が知る限りの他の国と大体同じだが、スワラッド商国には一つだけ、決して外せない独自のルールが存在していた。
それが処刑に使う刃物についてだ。
多くの国が首を刎ねるという機能を求め、重量のある刃物である大剣や長柄の斧などが使われる。
無論、スワラッドもそこは同じなのだが、唯一その武具の素材に関しては厳密に定められていた。
それは『鋳造してから一度も市場に出回らなかった銀貨を、改めて鋳溶かした銀で作られた武具』であること。
銀貨を武器にするとはずいぶん剛毅なことだが、そうする理由が国にあるのだろう。
普通なら製造したらすぐに流通に乗るはずの銀貨も、この処刑用にと常に一定量だけはどこかで保管されているらしい。
銀製の武器となると強度の点で不安はあるものの、よっぽど身体強化に長けてでもいない限り、人間の首程度なら銀の武器でも十分に両断できる。
とはいえ、鉄に比べれば柔らかい金属であることには変わりないので、消耗具合による入れ替えは鉄製の武具より頻度は高いと思われる。
商業で成り立っているスワラッド商国は、貨幣に対する思いも特別なものがあり、あくまでも俺の解釈だが、銭の力で罪を裁くとしたいのではないだろうか。
自分達が振るう力として信頼する銭だからこそ、罪人を裁く刃に変えたかったのかもしれない。
ただ、人の手に渡っていない銀貨を使うのはどうしてなのか、その辺りをニリバワに聞いてみても、昔からそうだったからという答えが返ってきた。
昔の人が未使用の貨幣に意味を見出したとは思うが、一番身近なスワラッドの人間であるニリバワが知らないのなら、俺もそれ以上興味を抱くこともなく話は終わった。
そういった事情のあるスワラッド式の処刑だが、しかしいざ執行するとなれば、あれこれと細かい障害が立ちはだかろうとも、命を刈り取るという結果へ向けて事態は転がり落ちていくだけになる。
殺す者と殺される者、壇上に立つ二つの命の内、確実に片方が消えうせるその瞬間を見ようと、今、多くの目が首切り場となっている広場へと向けられていた。
俺達がジブワ達と一線を交え、対峙した敵のほとんどを捕縛したあの日から、今は十日が経っていた。
あの時の衝突により、ジブワ達と俺達、双方の兵に少なくない被害が発生し、最終的に生きて捕縛できた敵の数は七十人弱。
頑迷に抵抗していた集団にしてはかなりの数を捕虜に出来たわけだが、それもエスティアンのおかげであることは間違いない。
ただ、エスティアンのことは世間に広めるには少し刺激的すぎるため、あの場に居合わせた兵士達には緘口が徹底されている。
これでエスティアンを歓待していれば国の成果として発表出来ていたのだが、神と対話をした実績を欠いたのも隠したいスワラッドとしては、神など最初から来なかったという体で伏せておこうという話になったようだ。
その鬱憤を晴らすということでもないだろうが、ワイディワ侯爵はジブワとその仲間達の公開処刑を速やかに決定し、現場の部隊全てにヤブー砦まで至急での捕虜移送の命令が出された。
想定よりもずっと多い捕虜をスムーズに移送するため、敵味方双方の馬から荷車を曳けるレベルの体格のいいのを抽出し、突貫作業で移送用の馬車を数だけは仕立てることができた。
そうして怪我や体調を加味して分けられた七十名弱の老人達を荷台に詰め込むと、それはさながらデイサービスの送り迎えのように思えたのは俺だけだろう。
高齢の捕虜という、難易度がそこはかとなく高まった任務を何とかこなし、普通に馬車で進むよりもずっと多い日数をかけて、無事にヤブー砦まで捕虜移送を完遂することができた。
砦の門をくぐった俺達…正確には馬車にいるラーノ族の捕虜に対してだが、それらに対しては住人の鋭い視線が注がれる。
既に捕虜のことは周知されていたのか、住人達にとっては同胞を殺した憎むべき存在を迎える姿としては納得できるもので、投石の一つでも飛んでこないのがむしろ不思議なくらいだ。
憎悪や悲哀といった、明るい感情など一切無い視線に、同行しているだけのはずの俺達ですら恐怖を覚える。
これまで生きてきた中で、これほどまでに濃密で大量の憎悪を向けられたことなどなかった俺には、この中で気を楽にするなどまず無理だった。
馬車が停泊を誘導された場所へと着き、捕虜の処遇をニリバワと砦側の指揮官クラスの兵士とで話し合いを始めてすぐに、身なりのいい集団が人垣を割って現れた。
先頭を歩く老人の雰囲気からして貴人に違いはないが、周りの兵士達の態度とニリバワがその名を呼んだことで、あれがワイディワ侯爵本人だと分かった。
引き連れているのは年齢に幅はあるが、周囲を見下すような特有の顔付きから、侯爵に仕える役人か下級貴族といったところか。
―ワイディワ侯爵閣下である!ジブワなる者はいずこか!
侯爵の取り巻きの一人が、ニリバワ達へと向けて居丈高にそう言い放つ。
どうやら捕虜の到着に合わせ、侯爵自ら主犯格であるジブワの顔を拝もうとわざわざ足を運んできたようだ。
急な登場に、ニリバワをはじめとして、その場にいる兵士達も慌てたように動くが、当の侯爵本人の腕の一振りですぐに落ち着く。
「皆、大儀であった。危険を顧みずに任を果たしたその方らは、我が誉れである。…さて、ニリバワよ。捕虜の件は今一時、ワシのために留め置き、ジブワをここへ引っ立てよ。我が領地を荒らした大罪人が、いかなる顔をしているのか見ておきたい」
「…恐れながら閣下、彼の者は拘束しているとはいえ、危険な戦士であることは変わりありません。御身の安全を思えば、そのような者と面と向かうのは些か…」
「構わん。この期に及んで暴れようなどと、ここにいる時点で既に好機は失せている。なにより、五究剣に選ばれるほどの優れた戦士ならば、最後に生き恥を晒すことはせぬよ。なにより、お前達がいるのだ。何かあった時はわしを守ってみせぃ」
一度捕縛したのなら、いざ何かあればまた捕まえればいいと、そんな考えでいるのだろう。
偉い人はいつだって簡単に言ってくれる。
「はっ…」
拘束しているとはいえ、侯爵を危険な人物と直接会わせることにニリバワも難色を示しつつ、意志は固いと悟って渋々とだが頷いてしまう。
未だ納得はしていないという顔を隠すこともなく、すぐさまニリバワが部下へ指示を出し、ジブワを侯爵の前へと引っ張ってきた。
手を縛られながらも、歩くのに支障がないジブワは自らの足で侯爵へと近付いていき、一言も発することをせずに目の前の貴人を睨むように見つめている。
そのままいつまでも時間が経つのかと思えたが、ジブワがおもむろに口を開いた。
「侯爵様がわざわざ俺をご指名とは、光栄なことだ。顔が見たいってことらしいが、もう用は済んだな?戻っていいか?」
「無礼者!罪人風情が侯爵閣下へ何という口の利き方か!」
太々しい口調のジブワに、真っ先に反応したのは侯爵の傍にいた役人だった。
捕虜となった者が、この場では最上級者とも言える侯爵に対しての物言いとしては気に入らないものがあったのだろう。
「よい。もはや死ぬ定めにある者の強がりだ。好きにさせよ」
だが当の侯爵本人がそれを許してしまうと、取り巻きの連中も何とも言えない顔で黙ってしまう。
そして、そう言われた以上、侯爵自身が望んだジブワとの対話に口を挟める者はいなくなった。
「あれだけの民を殺した男が、このような者とはな。思ったよりもつまらん顔だ」
本来なら憎悪を向けてしかるべき相手だというのに、侯爵はむしろ落胆したような顔を見せる。
行方をくらましていた間は血眼に探していたが、こうして捕まえてしまうと取るに足らない相手だと見做しでもしたか、すっかりと冷めた態度と言ってもいいだろう。
「へっ、つまらん顔で悪かったな。生憎あんたと違って、俺は高貴な生まれでもなくてね」
「生まれがどうであれ、男の顔と言うのは歩んできた道のりで決まる。見たところ、貴様のは随分つまらん人生だったと思えよう」
皮肉気に笑ったジブワに対し、侯爵は淡々と自らが受けた印象を口にすると、それを聞いたジブワの表情が変わる。
それまで纏っていた不貞腐れたような空気が、鋭さを増して侯爵に向けられた。
流石に貴族階級の中でも高位にいるだけあり、侯爵の人を見る目は確かなようだ。
ジブワが俺達に語った動機にもあった、儀式をただ次の世代に伝えるだけのつまらない人生と自嘲した部分を、侯爵の言葉は見事に突いたと思える。
「…侯爵家に生まれたあんたに、俺の苦しみなんざ分からんさ」
「下らん。人として生きている以上、苦しみなどそれぞれだ。ワシに貴様のそれが分からんように、貴様にもワシの苦しみなど分かるまい。ここにいる者達、そして此度死んだ領民の恨み、その命一つで贖えるものではないぞ」
「へえ!あんた、随分お奇麗な考え方してんだな。賊やら魔物やらで、一体年に何人の領民が死んでる?今回だって、そんなよくある悲劇の一つだろ」
ジブワの言う通り、この世界では魔物ばかりか同じ人間によって村が一つ襲われるというのは珍しいことではない。
肯定するのは癪だが、領民を数字として見るなら、侯爵にとってはあり触れた悲劇の一つだとするのも一定の理解はできる。
「確かに、不幸にも領民が犠牲になることはワシの領地でも少なくはない。だが今回の件をよくある悲劇などとするのは許さん。かの村の者達の命は、貴様らが無為に刈り取ったのだぞ。これを悪意ある事件と言わず、何と言うか」
真っ当な為政者である侯爵にとって、ジブワ達の所業は決して小さなものではなく、それ故にこうして直接捕虜となったその顔を拝んでやろうというわけだ。
そのあたり、冷めた態度のように見えて、侯爵もその胸の内には煮えたぎるものを秘めている感じだ。
「無為とは言ってくれる。そいつらの死は、俺達の目的のために必要だったんだ。すべては儀式のため…」
「だがその儀式は失敗に終わったのだろう?ワシは既にディースラ様から聞き及んでおったが、元より成功する見込みのない儀式だったそうではないか。であれば、やはり無為に殺されたと言う外あるまい。貴様らは目的を果たせず、そしてワシの領民は何の意味もなく死んだ。さて、この先も平穏に生きられたであろう命を奪った気分はどうだ?」
段々と苛立っていたジブワだったが、侯爵がピシャリと言い放った言葉に顔を歪めて口を閉ざしてしまう。
儀式のためとはいえ、百人弱の非戦闘員を殺しきったことは、戦士としてのジブワ達のプライドに決して小さくない傷を残したはずだ。
そうして何も言い返せずただ睨むだけのジブワに、侯爵は一層冷たい目を向けた後、背後にいる領民達へ声をかけた。
「この者達の所業は諸君らも知っての通りだ!たった今交わした言葉にも、何ら悪びれるものがなかった!もはや一切の慈悲もない!明日、広場にてこの者達の首を刎ねる!友や親類、愛しい者が殺された恨みがあるのなら、明日の処刑を見届けるがよかろう!」
高らかに宣言された言葉に、居合わせた者達が狂気すら感じさせる勢いの歓声を上げた。
ジブワ達の処刑は決まっていたことだが、改めて領民達の前で公開処刑の日が告げられると、殺された村人達の知り合いや血縁であろう者の怨嗟の声が、辺りに木霊していく。
ともすれば暴動の一歩手前かと誤解しそうなほどの熱意が渦巻く中、ジブワは変わらず落ち着いた様子で侯爵を睨みつけながら口を開いた。
「俺は今更命を惜しむつもりはないが、あんたらは本当にそれでいいのか?国を捨てたとはいえ、連合にとって五究剣の俺は安い人間じゃあねえ。見たところ、連合には俺の捕縛は伝えていないんだろう?勝手に処刑なんてしたら、国同士の問題になりそうだが」
ラーノ族の五究剣というのは、一部族の中での地位でありながら、連合全体からも決して無視できるほどに影響力は小さくない。
出奔した身ではあるが、五究剣の人間を連合に何の通達もなく処刑すれば、スワラッドとの関係に罅が入るのもあり得る。
「なるほど、多少政治的な方へ知恵を回せば、それぐらいは想像できるか。だが、あえて言おう。知ったことか。貴様らをむざむざとこちらへ逃した連合にも、ワシは腹を立てているのだ。たとえ貴様らの助命嘆願があろうと、聞く義理はない」
本来、為政者として冷静であるべき公爵の言葉にしては些か私情が含まれすぎているようにも思えるが、今回の事件はそれほどの怒りを彼にもたらしたとも言える。
隣国との関係がこじれようとも、領地を治めるものとして領民の恨みを晴らさねばという思いは、決して間違ったものではない。
もしかしたら、隣国の顔色を窺わない強い指導者という顔を見せ、求心力を保とうという狙いもありそうだ。
スワラッドと連合、双方の関係に罅が入りかねない決断を、侯爵が国に伺いを立てず行うというのも問題はありそうだが、同時にそれだけの覚悟と怒りが侯爵にはあるのだと分かる。
東方のほぼすべての国境を守っているワイディワ侯爵領は、危機に対する即応を考え、スワラッドからはかなりの裁量権も与えられた、いわばスワラッド国と連合の間にある独立した国とも言える存在だ.
今回のジブワ達の件で、侯爵の下した決断がスワラッド商国の不利益になろうとも、ある程度は容認させることができるほど、その発言力も大きい。
勿論、勝手に何もかも話を進めたことへ対する国内からの反発はゼロではないため、侯爵の今後の立場にも変化はあるが、それでも連合への通告をせずにジブワ達の処刑を行うと決めた以上、誰にもそれを止めることはできない。
なにより、ここには連合から派遣されてきた人間であるグルジェがいるのだ。
そのグルジェが侯爵の決定に異を唱えずにいるということは、現場レベルでの判断になるが、ジブワの処刑は連合も止めるつもりがないということになる。
命惜しさではないだろうが、苦し紛れに政治的な観点から侯爵をチクリと刺したつもりだったジブワも、侯爵の覚悟を感じてかそれ以上口を開くことはなかった。
翌日、ヤブー砦の広場にてジブワ達十八名の処刑が執り行われた。
広場は街中の人どころか、他からも駆け付けたのではないかという人であふれており、それら全ての意識が一か所へと集まっている。
事件の罪人の数が多いため、処刑は何度かかに分けて行うこととなり、その最初が主犯格であるジブワとそれに近しい地位にいた者達だ。
いずれも老人と言っていい歳の者が拘束されたまま連れてこられると、広場にいた領民達から罵声と怨嗟の声が彼らにぶつけられる。
それだけの罪を犯したのだと、百では効かない規模の非難の中、並みの人間なら悔恨で膝を突きそうなものを、ジブワ達は平然と処刑人の前へと歩き着く。
自分達の所業を憚ることもしないようなその態度に、領民達の上げる声がさらに膨れ上がるが、それでもジブワ達の態度は変わることはなく、その姿からは死を受け入れた戦士としての誇り高さも感じ取れた。
処刑人の前で跪き、首を差し出す姿勢を取ったジブワ達に、侯爵が声をかける。
「これより刑を執行する。最期に何か言うことはあるか?」
辞世の句でもあるまいが、言い残したことを尋ねるのは処刑される者へのせめてもの慈悲だろう。
見苦しく命乞いでもすれば、恐怖が罰の足しにでもなるところだが、ジブワ達は揃って何も言わず、ただ侯爵を見つめるばかりだ。
恐れも後悔もないその目が癪だったのか、一瞬、侯爵は不機嫌そうな顔を見せ、刑の執行を指示した。
スワラッドのやり方に則り、処刑は銀貨を鋳つぶして作られた大剣が使われる。
処刑人が剣を手にした途端、広場は水を打ったような静けさとなった。
これから行われる処刑を見逃すまいと、誰もが集中している静寂の中、鈍く光った刃が天へと掲げられ、そして大地へと振り下ろされた。
肉を叩くような鈍い音と共に鮮血が舞う中、最初に首が落ちたのはジブワだった。
主犯格と目され、またその目的の邪悪さゆえに最初の一刀が相応しいという侯爵の指示通り、ジブワの体から切り離された首が一度地面を跳ねて転がると、遅れて観客から低くどよめくような歓声が上がる。
次いで他の面々にも刃が落とされていき、あっという間に全ての処刑が終わる。
広場には首のない胴体と、それと同じ数だけの孤独な首が地面に転がっており、さぞや苦痛や恐怖に歪んだ顔をしていることかと思いきや、その死に顔は全員が穏やかなものだ。
ジブワが聖地などはなから目的になかったのは、グルジェからの頼みで他の捕まった者達には伏せられていたため、そのことで心を乱すことはなかったらしい。
最期の姿も無念さはあれど見苦しくなく、戦士らしく終えたと言えよう。
辺りに広がる血の匂いと共に、観客達の中からすすり泣く声が上がった。
声の主は恐らくジブワ達に知り合い縁者を殺された人で、その恨みが処刑によって晴れたことにで感極まって泣いているのだろう。
侯爵もその泣き声に合わせてか、黙とうするように暫く目を閉じていた。
不意に、俺の顔に冷たい何かが当たる。
雨だ。
小雨などとちゃちなものではなく、すぐにバケツをひっくり返したような強い降り方に変わる。
今日までなかったレベルの本降りの雨が、まるで処刑の終わりに合わせたかのように広場と居合わせた人間を濡らしていく。
「…我が亜精霊から効いた予想より、多少遅れたが確かに雨は降ったか」
侯爵と共に処刑を見届けるべく、貴賓席のようなところにいたディースラが天へと顔を向け、傍にいた俺とパーラだけに聞こえる程度の声でそう言う。
ディースラが水の亜精霊から聞いていた情報だと、もうとっくに雨が降っていて、干ばつ気味だったこの辺りも潤していたはずだった。
水の亜精霊が読み間違ったのか、あるいは他の要因で天候にズレが出たかして、今日ようやく雨が降ったのかもしれない。
既に広場にいる人達は雨を避けようと動き出しており、俺達が今いる貴賓席も屋根があるわけではないため、急いで屋内へと移動しないとずぶ濡れになってしまう。
「罪人共の涙雨でございましょう。さあ、屋根の下へ行きましょう。お召し物が濡れてしまいます」
俺達と同様、ディースラの近くに侍っていたニリバワが、ディースラの言葉に応えるようにして、場所の移動を口にした。
辺りを見ると、侯爵とその周辺の人間も移動を始めており、処刑も終わったことでこの場は解散となる流れのようだ。
ディースラはこの後、侯爵との会食があり、それに俺達も同席することになっている。
名目としては、ジブワ達を捕えたことへの褒美なのだが、そこにはニリバワとグルジェも当然参加するため、実質は今後のことについての話し合いがメインとなることだろう。
スワラッド側への対処はともかく、連合に対してジブワの処刑をどう伝えるかが問題となるのだが、ここにはジブワを追ってきて、しかも捕縛までしたグルジェという勲一等の功労者がいる。
そのグルジェもジブワの処刑に関しては形ばかりの反対をするだけだったので、連合のリアクションはある程度予想しやすいが、それでも認識と意見のすり合わせをしておくのは大事なことだ。
ここにディースラの存在を噛ませることで、スワラッドと連合、双方の忖度を期待して動きが鈍る狙いが透けて見える辺り、侯爵も為政者として抜け目がない。
直情的に決断しておきながら、その実事後の収拾も考えているのは、伊達に歳を食っていないと呆れと感心を覚えてしまう。
とはいえ、後は政治の上の方での話になるため、俺がどうこうできる問題ではない。
これにてスワラッドと月下諸氏族連合との国境地帯を騒がせた事件は幕が降りる。
多くの悲しみと憎しみを生み出すだけで、何の収穫も齎さなかった悲しくもくだらない事件がようやく終わり、義憤に駆られて動いた俺もこれにてお役御免となる。
最善の結果とはならなかったが、現地の人間の遺恨は幾分か晴らせ、次に起きる悲劇への警戒の種をこの国に植え付けることは出来たと言っていいだろう。
望外の収穫としては、天界から俺達の装備が戻ってきたというのはあるが、これは返却が約束されていたものだったため、本当に余禄だ。
しかしこれで、俺とパーラの方は装備が元の通りに充実したと言える。
まぁ俺の噴射装置は相変わらず壊れたままなのだが、どうせ天界で散々バラして解析したのなら、直してくれよと思わなくもないが、そこは今はいい。
あっちの大陸に戻ってから製作者に修理してもらえばいい話だ。
こうしてディースラを巻き込んだこの旅も、一件落着したことだし、次の目的へ向けて思いを巡らせるとしよう。
次に俺達が挑むのは、荒れた海とそこに棲む凶暴な生物が待ち構える航海の旅だ。
どの旅もそうだが、今度のは特に備えを怠っていいものではないため、気を引き締めてかかるとしよう。
ふと、去り際に処刑場の地面に雨が混ざり、血の痕が洗い流されていくのが見えた。
今回の事件がこの地の人間に残した傷跡は大きく深いことは明らかだ。
しかし人間は慣れ、忘れる生き物でもある。
この雨に薄められる血のように、この悲劇もいつかは人々からなんてことのない歴史の一部となってしまうのかもしれない。
必ずしもそれが悪いとは言わないが、せめて死んだ者の無念と残された者の悲しみが後世まで長く伝えられる世界の姿を期待するしかない。
目上の人に自宅へ招かれた際の立ち居振る舞いや、コーラを飲んだらゲップが出るなどといった、ケースごとに存在する作法によって、人の世界は成り立っていると言っても過言ではない。
生きる者のために作法があるように、一方で死する者のための作法も当然ながら存在する。
この世界で罪を犯した者に対する罰として最もポピュラーな死刑に関しては、その国ごとにも色々と細かく決まりごとがあった。
スワラッド商国の場合、まず処刑される者は拘束された状態で執行人の前に引き出され、罪状と執行日が伝えられる。
多くはその場で刑の執行が行われるが、場合によって公開処刑ともなれば、後日の執行へと回され、観客の前で首を刎ねるという流れだ。
ここまでは俺が知る限りの他の国と大体同じだが、スワラッド商国には一つだけ、決して外せない独自のルールが存在していた。
それが処刑に使う刃物についてだ。
多くの国が首を刎ねるという機能を求め、重量のある刃物である大剣や長柄の斧などが使われる。
無論、スワラッドもそこは同じなのだが、唯一その武具の素材に関しては厳密に定められていた。
それは『鋳造してから一度も市場に出回らなかった銀貨を、改めて鋳溶かした銀で作られた武具』であること。
銀貨を武器にするとはずいぶん剛毅なことだが、そうする理由が国にあるのだろう。
普通なら製造したらすぐに流通に乗るはずの銀貨も、この処刑用にと常に一定量だけはどこかで保管されているらしい。
銀製の武器となると強度の点で不安はあるものの、よっぽど身体強化に長けてでもいない限り、人間の首程度なら銀の武器でも十分に両断できる。
とはいえ、鉄に比べれば柔らかい金属であることには変わりないので、消耗具合による入れ替えは鉄製の武具より頻度は高いと思われる。
商業で成り立っているスワラッド商国は、貨幣に対する思いも特別なものがあり、あくまでも俺の解釈だが、銭の力で罪を裁くとしたいのではないだろうか。
自分達が振るう力として信頼する銭だからこそ、罪人を裁く刃に変えたかったのかもしれない。
ただ、人の手に渡っていない銀貨を使うのはどうしてなのか、その辺りをニリバワに聞いてみても、昔からそうだったからという答えが返ってきた。
昔の人が未使用の貨幣に意味を見出したとは思うが、一番身近なスワラッドの人間であるニリバワが知らないのなら、俺もそれ以上興味を抱くこともなく話は終わった。
そういった事情のあるスワラッド式の処刑だが、しかしいざ執行するとなれば、あれこれと細かい障害が立ちはだかろうとも、命を刈り取るという結果へ向けて事態は転がり落ちていくだけになる。
殺す者と殺される者、壇上に立つ二つの命の内、確実に片方が消えうせるその瞬間を見ようと、今、多くの目が首切り場となっている広場へと向けられていた。
俺達がジブワ達と一線を交え、対峙した敵のほとんどを捕縛したあの日から、今は十日が経っていた。
あの時の衝突により、ジブワ達と俺達、双方の兵に少なくない被害が発生し、最終的に生きて捕縛できた敵の数は七十人弱。
頑迷に抵抗していた集団にしてはかなりの数を捕虜に出来たわけだが、それもエスティアンのおかげであることは間違いない。
ただ、エスティアンのことは世間に広めるには少し刺激的すぎるため、あの場に居合わせた兵士達には緘口が徹底されている。
これでエスティアンを歓待していれば国の成果として発表出来ていたのだが、神と対話をした実績を欠いたのも隠したいスワラッドとしては、神など最初から来なかったという体で伏せておこうという話になったようだ。
その鬱憤を晴らすということでもないだろうが、ワイディワ侯爵はジブワとその仲間達の公開処刑を速やかに決定し、現場の部隊全てにヤブー砦まで至急での捕虜移送の命令が出された。
想定よりもずっと多い捕虜をスムーズに移送するため、敵味方双方の馬から荷車を曳けるレベルの体格のいいのを抽出し、突貫作業で移送用の馬車を数だけは仕立てることができた。
そうして怪我や体調を加味して分けられた七十名弱の老人達を荷台に詰め込むと、それはさながらデイサービスの送り迎えのように思えたのは俺だけだろう。
高齢の捕虜という、難易度がそこはかとなく高まった任務を何とかこなし、普通に馬車で進むよりもずっと多い日数をかけて、無事にヤブー砦まで捕虜移送を完遂することができた。
砦の門をくぐった俺達…正確には馬車にいるラーノ族の捕虜に対してだが、それらに対しては住人の鋭い視線が注がれる。
既に捕虜のことは周知されていたのか、住人達にとっては同胞を殺した憎むべき存在を迎える姿としては納得できるもので、投石の一つでも飛んでこないのがむしろ不思議なくらいだ。
憎悪や悲哀といった、明るい感情など一切無い視線に、同行しているだけのはずの俺達ですら恐怖を覚える。
これまで生きてきた中で、これほどまでに濃密で大量の憎悪を向けられたことなどなかった俺には、この中で気を楽にするなどまず無理だった。
馬車が停泊を誘導された場所へと着き、捕虜の処遇をニリバワと砦側の指揮官クラスの兵士とで話し合いを始めてすぐに、身なりのいい集団が人垣を割って現れた。
先頭を歩く老人の雰囲気からして貴人に違いはないが、周りの兵士達の態度とニリバワがその名を呼んだことで、あれがワイディワ侯爵本人だと分かった。
引き連れているのは年齢に幅はあるが、周囲を見下すような特有の顔付きから、侯爵に仕える役人か下級貴族といったところか。
―ワイディワ侯爵閣下である!ジブワなる者はいずこか!
侯爵の取り巻きの一人が、ニリバワ達へと向けて居丈高にそう言い放つ。
どうやら捕虜の到着に合わせ、侯爵自ら主犯格であるジブワの顔を拝もうとわざわざ足を運んできたようだ。
急な登場に、ニリバワをはじめとして、その場にいる兵士達も慌てたように動くが、当の侯爵本人の腕の一振りですぐに落ち着く。
「皆、大儀であった。危険を顧みずに任を果たしたその方らは、我が誉れである。…さて、ニリバワよ。捕虜の件は今一時、ワシのために留め置き、ジブワをここへ引っ立てよ。我が領地を荒らした大罪人が、いかなる顔をしているのか見ておきたい」
「…恐れながら閣下、彼の者は拘束しているとはいえ、危険な戦士であることは変わりありません。御身の安全を思えば、そのような者と面と向かうのは些か…」
「構わん。この期に及んで暴れようなどと、ここにいる時点で既に好機は失せている。なにより、五究剣に選ばれるほどの優れた戦士ならば、最後に生き恥を晒すことはせぬよ。なにより、お前達がいるのだ。何かあった時はわしを守ってみせぃ」
一度捕縛したのなら、いざ何かあればまた捕まえればいいと、そんな考えでいるのだろう。
偉い人はいつだって簡単に言ってくれる。
「はっ…」
拘束しているとはいえ、侯爵を危険な人物と直接会わせることにニリバワも難色を示しつつ、意志は固いと悟って渋々とだが頷いてしまう。
未だ納得はしていないという顔を隠すこともなく、すぐさまニリバワが部下へ指示を出し、ジブワを侯爵の前へと引っ張ってきた。
手を縛られながらも、歩くのに支障がないジブワは自らの足で侯爵へと近付いていき、一言も発することをせずに目の前の貴人を睨むように見つめている。
そのままいつまでも時間が経つのかと思えたが、ジブワがおもむろに口を開いた。
「侯爵様がわざわざ俺をご指名とは、光栄なことだ。顔が見たいってことらしいが、もう用は済んだな?戻っていいか?」
「無礼者!罪人風情が侯爵閣下へ何という口の利き方か!」
太々しい口調のジブワに、真っ先に反応したのは侯爵の傍にいた役人だった。
捕虜となった者が、この場では最上級者とも言える侯爵に対しての物言いとしては気に入らないものがあったのだろう。
「よい。もはや死ぬ定めにある者の強がりだ。好きにさせよ」
だが当の侯爵本人がそれを許してしまうと、取り巻きの連中も何とも言えない顔で黙ってしまう。
そして、そう言われた以上、侯爵自身が望んだジブワとの対話に口を挟める者はいなくなった。
「あれだけの民を殺した男が、このような者とはな。思ったよりもつまらん顔だ」
本来なら憎悪を向けてしかるべき相手だというのに、侯爵はむしろ落胆したような顔を見せる。
行方をくらましていた間は血眼に探していたが、こうして捕まえてしまうと取るに足らない相手だと見做しでもしたか、すっかりと冷めた態度と言ってもいいだろう。
「へっ、つまらん顔で悪かったな。生憎あんたと違って、俺は高貴な生まれでもなくてね」
「生まれがどうであれ、男の顔と言うのは歩んできた道のりで決まる。見たところ、貴様のは随分つまらん人生だったと思えよう」
皮肉気に笑ったジブワに対し、侯爵は淡々と自らが受けた印象を口にすると、それを聞いたジブワの表情が変わる。
それまで纏っていた不貞腐れたような空気が、鋭さを増して侯爵に向けられた。
流石に貴族階級の中でも高位にいるだけあり、侯爵の人を見る目は確かなようだ。
ジブワが俺達に語った動機にもあった、儀式をただ次の世代に伝えるだけのつまらない人生と自嘲した部分を、侯爵の言葉は見事に突いたと思える。
「…侯爵家に生まれたあんたに、俺の苦しみなんざ分からんさ」
「下らん。人として生きている以上、苦しみなどそれぞれだ。ワシに貴様のそれが分からんように、貴様にもワシの苦しみなど分かるまい。ここにいる者達、そして此度死んだ領民の恨み、その命一つで贖えるものではないぞ」
「へえ!あんた、随分お奇麗な考え方してんだな。賊やら魔物やらで、一体年に何人の領民が死んでる?今回だって、そんなよくある悲劇の一つだろ」
ジブワの言う通り、この世界では魔物ばかりか同じ人間によって村が一つ襲われるというのは珍しいことではない。
肯定するのは癪だが、領民を数字として見るなら、侯爵にとってはあり触れた悲劇の一つだとするのも一定の理解はできる。
「確かに、不幸にも領民が犠牲になることはワシの領地でも少なくはない。だが今回の件をよくある悲劇などとするのは許さん。かの村の者達の命は、貴様らが無為に刈り取ったのだぞ。これを悪意ある事件と言わず、何と言うか」
真っ当な為政者である侯爵にとって、ジブワ達の所業は決して小さなものではなく、それ故にこうして直接捕虜となったその顔を拝んでやろうというわけだ。
そのあたり、冷めた態度のように見えて、侯爵もその胸の内には煮えたぎるものを秘めている感じだ。
「無為とは言ってくれる。そいつらの死は、俺達の目的のために必要だったんだ。すべては儀式のため…」
「だがその儀式は失敗に終わったのだろう?ワシは既にディースラ様から聞き及んでおったが、元より成功する見込みのない儀式だったそうではないか。であれば、やはり無為に殺されたと言う外あるまい。貴様らは目的を果たせず、そしてワシの領民は何の意味もなく死んだ。さて、この先も平穏に生きられたであろう命を奪った気分はどうだ?」
段々と苛立っていたジブワだったが、侯爵がピシャリと言い放った言葉に顔を歪めて口を閉ざしてしまう。
儀式のためとはいえ、百人弱の非戦闘員を殺しきったことは、戦士としてのジブワ達のプライドに決して小さくない傷を残したはずだ。
そうして何も言い返せずただ睨むだけのジブワに、侯爵は一層冷たい目を向けた後、背後にいる領民達へ声をかけた。
「この者達の所業は諸君らも知っての通りだ!たった今交わした言葉にも、何ら悪びれるものがなかった!もはや一切の慈悲もない!明日、広場にてこの者達の首を刎ねる!友や親類、愛しい者が殺された恨みがあるのなら、明日の処刑を見届けるがよかろう!」
高らかに宣言された言葉に、居合わせた者達が狂気すら感じさせる勢いの歓声を上げた。
ジブワ達の処刑は決まっていたことだが、改めて領民達の前で公開処刑の日が告げられると、殺された村人達の知り合いや血縁であろう者の怨嗟の声が、辺りに木霊していく。
ともすれば暴動の一歩手前かと誤解しそうなほどの熱意が渦巻く中、ジブワは変わらず落ち着いた様子で侯爵を睨みつけながら口を開いた。
「俺は今更命を惜しむつもりはないが、あんたらは本当にそれでいいのか?国を捨てたとはいえ、連合にとって五究剣の俺は安い人間じゃあねえ。見たところ、連合には俺の捕縛は伝えていないんだろう?勝手に処刑なんてしたら、国同士の問題になりそうだが」
ラーノ族の五究剣というのは、一部族の中での地位でありながら、連合全体からも決して無視できるほどに影響力は小さくない。
出奔した身ではあるが、五究剣の人間を連合に何の通達もなく処刑すれば、スワラッドとの関係に罅が入るのもあり得る。
「なるほど、多少政治的な方へ知恵を回せば、それぐらいは想像できるか。だが、あえて言おう。知ったことか。貴様らをむざむざとこちらへ逃した連合にも、ワシは腹を立てているのだ。たとえ貴様らの助命嘆願があろうと、聞く義理はない」
本来、為政者として冷静であるべき公爵の言葉にしては些か私情が含まれすぎているようにも思えるが、今回の事件はそれほどの怒りを彼にもたらしたとも言える。
隣国との関係がこじれようとも、領地を治めるものとして領民の恨みを晴らさねばという思いは、決して間違ったものではない。
もしかしたら、隣国の顔色を窺わない強い指導者という顔を見せ、求心力を保とうという狙いもありそうだ。
スワラッドと連合、双方の関係に罅が入りかねない決断を、侯爵が国に伺いを立てず行うというのも問題はありそうだが、同時にそれだけの覚悟と怒りが侯爵にはあるのだと分かる。
東方のほぼすべての国境を守っているワイディワ侯爵領は、危機に対する即応を考え、スワラッドからはかなりの裁量権も与えられた、いわばスワラッド国と連合の間にある独立した国とも言える存在だ.
今回のジブワ達の件で、侯爵の下した決断がスワラッド商国の不利益になろうとも、ある程度は容認させることができるほど、その発言力も大きい。
勿論、勝手に何もかも話を進めたことへ対する国内からの反発はゼロではないため、侯爵の今後の立場にも変化はあるが、それでも連合への通告をせずにジブワ達の処刑を行うと決めた以上、誰にもそれを止めることはできない。
なにより、ここには連合から派遣されてきた人間であるグルジェがいるのだ。
そのグルジェが侯爵の決定に異を唱えずにいるということは、現場レベルでの判断になるが、ジブワの処刑は連合も止めるつもりがないということになる。
命惜しさではないだろうが、苦し紛れに政治的な観点から侯爵をチクリと刺したつもりだったジブワも、侯爵の覚悟を感じてかそれ以上口を開くことはなかった。
翌日、ヤブー砦の広場にてジブワ達十八名の処刑が執り行われた。
広場は街中の人どころか、他からも駆け付けたのではないかという人であふれており、それら全ての意識が一か所へと集まっている。
事件の罪人の数が多いため、処刑は何度かかに分けて行うこととなり、その最初が主犯格であるジブワとそれに近しい地位にいた者達だ。
いずれも老人と言っていい歳の者が拘束されたまま連れてこられると、広場にいた領民達から罵声と怨嗟の声が彼らにぶつけられる。
それだけの罪を犯したのだと、百では効かない規模の非難の中、並みの人間なら悔恨で膝を突きそうなものを、ジブワ達は平然と処刑人の前へと歩き着く。
自分達の所業を憚ることもしないようなその態度に、領民達の上げる声がさらに膨れ上がるが、それでもジブワ達の態度は変わることはなく、その姿からは死を受け入れた戦士としての誇り高さも感じ取れた。
処刑人の前で跪き、首を差し出す姿勢を取ったジブワ達に、侯爵が声をかける。
「これより刑を執行する。最期に何か言うことはあるか?」
辞世の句でもあるまいが、言い残したことを尋ねるのは処刑される者へのせめてもの慈悲だろう。
見苦しく命乞いでもすれば、恐怖が罰の足しにでもなるところだが、ジブワ達は揃って何も言わず、ただ侯爵を見つめるばかりだ。
恐れも後悔もないその目が癪だったのか、一瞬、侯爵は不機嫌そうな顔を見せ、刑の執行を指示した。
スワラッドのやり方に則り、処刑は銀貨を鋳つぶして作られた大剣が使われる。
処刑人が剣を手にした途端、広場は水を打ったような静けさとなった。
これから行われる処刑を見逃すまいと、誰もが集中している静寂の中、鈍く光った刃が天へと掲げられ、そして大地へと振り下ろされた。
肉を叩くような鈍い音と共に鮮血が舞う中、最初に首が落ちたのはジブワだった。
主犯格と目され、またその目的の邪悪さゆえに最初の一刀が相応しいという侯爵の指示通り、ジブワの体から切り離された首が一度地面を跳ねて転がると、遅れて観客から低くどよめくような歓声が上がる。
次いで他の面々にも刃が落とされていき、あっという間に全ての処刑が終わる。
広場には首のない胴体と、それと同じ数だけの孤独な首が地面に転がっており、さぞや苦痛や恐怖に歪んだ顔をしていることかと思いきや、その死に顔は全員が穏やかなものだ。
ジブワが聖地などはなから目的になかったのは、グルジェからの頼みで他の捕まった者達には伏せられていたため、そのことで心を乱すことはなかったらしい。
最期の姿も無念さはあれど見苦しくなく、戦士らしく終えたと言えよう。
辺りに広がる血の匂いと共に、観客達の中からすすり泣く声が上がった。
声の主は恐らくジブワ達に知り合い縁者を殺された人で、その恨みが処刑によって晴れたことにで感極まって泣いているのだろう。
侯爵もその泣き声に合わせてか、黙とうするように暫く目を閉じていた。
不意に、俺の顔に冷たい何かが当たる。
雨だ。
小雨などとちゃちなものではなく、すぐにバケツをひっくり返したような強い降り方に変わる。
今日までなかったレベルの本降りの雨が、まるで処刑の終わりに合わせたかのように広場と居合わせた人間を濡らしていく。
「…我が亜精霊から効いた予想より、多少遅れたが確かに雨は降ったか」
侯爵と共に処刑を見届けるべく、貴賓席のようなところにいたディースラが天へと顔を向け、傍にいた俺とパーラだけに聞こえる程度の声でそう言う。
ディースラが水の亜精霊から聞いていた情報だと、もうとっくに雨が降っていて、干ばつ気味だったこの辺りも潤していたはずだった。
水の亜精霊が読み間違ったのか、あるいは他の要因で天候にズレが出たかして、今日ようやく雨が降ったのかもしれない。
既に広場にいる人達は雨を避けようと動き出しており、俺達が今いる貴賓席も屋根があるわけではないため、急いで屋内へと移動しないとずぶ濡れになってしまう。
「罪人共の涙雨でございましょう。さあ、屋根の下へ行きましょう。お召し物が濡れてしまいます」
俺達と同様、ディースラの近くに侍っていたニリバワが、ディースラの言葉に応えるようにして、場所の移動を口にした。
辺りを見ると、侯爵とその周辺の人間も移動を始めており、処刑も終わったことでこの場は解散となる流れのようだ。
ディースラはこの後、侯爵との会食があり、それに俺達も同席することになっている。
名目としては、ジブワ達を捕えたことへの褒美なのだが、そこにはニリバワとグルジェも当然参加するため、実質は今後のことについての話し合いがメインとなることだろう。
スワラッド側への対処はともかく、連合に対してジブワの処刑をどう伝えるかが問題となるのだが、ここにはジブワを追ってきて、しかも捕縛までしたグルジェという勲一等の功労者がいる。
そのグルジェもジブワの処刑に関しては形ばかりの反対をするだけだったので、連合のリアクションはある程度予想しやすいが、それでも認識と意見のすり合わせをしておくのは大事なことだ。
ここにディースラの存在を噛ませることで、スワラッドと連合、双方の忖度を期待して動きが鈍る狙いが透けて見える辺り、侯爵も為政者として抜け目がない。
直情的に決断しておきながら、その実事後の収拾も考えているのは、伊達に歳を食っていないと呆れと感心を覚えてしまう。
とはいえ、後は政治の上の方での話になるため、俺がどうこうできる問題ではない。
これにてスワラッドと月下諸氏族連合との国境地帯を騒がせた事件は幕が降りる。
多くの悲しみと憎しみを生み出すだけで、何の収穫も齎さなかった悲しくもくだらない事件がようやく終わり、義憤に駆られて動いた俺もこれにてお役御免となる。
最善の結果とはならなかったが、現地の人間の遺恨は幾分か晴らせ、次に起きる悲劇への警戒の種をこの国に植え付けることは出来たと言っていいだろう。
望外の収穫としては、天界から俺達の装備が戻ってきたというのはあるが、これは返却が約束されていたものだったため、本当に余禄だ。
しかしこれで、俺とパーラの方は装備が元の通りに充実したと言える。
まぁ俺の噴射装置は相変わらず壊れたままなのだが、どうせ天界で散々バラして解析したのなら、直してくれよと思わなくもないが、そこは今はいい。
あっちの大陸に戻ってから製作者に修理してもらえばいい話だ。
こうしてディースラを巻き込んだこの旅も、一件落着したことだし、次の目的へ向けて思いを巡らせるとしよう。
次に俺達が挑むのは、荒れた海とそこに棲む凶暴な生物が待ち構える航海の旅だ。
どの旅もそうだが、今度のは特に備えを怠っていいものではないため、気を引き締めてかかるとしよう。
ふと、去り際に処刑場の地面に雨が混ざり、血の痕が洗い流されていくのが見えた。
今回の事件がこの地の人間に残した傷跡は大きく深いことは明らかだ。
しかし人間は慣れ、忘れる生き物でもある。
この雨に薄められる血のように、この悲劇もいつかは人々からなんてことのない歴史の一部となってしまうのかもしれない。
必ずしもそれが悪いとは言わないが、せめて死んだ者の無念と残された者の悲しみが後世まで長く伝えられる世界の姿を期待するしかない。
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