世の中は意外と魔術で何とかなる

ものまねの実

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間に合った援軍

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 魔力によって強化された脚力による高速の踏み込み、爆発するように土が弾けた地面を置き去りにしてただ前へと切っ先を突き込む。
 その先に佇む敵の鳩尾に鉄の塊が飲み込まれる光景を期待しつつ、しかし到底望めないと、諦観に納得が混ざった確信を覚える。

「チッ!」

 事実、俺の刺突は目の前に立つ大男が無造作に振るわれた剣によって天へと向かい、だがそれでも剣の軌道を無理矢理に曲げて敵の脳天目がけて振り下ろした一撃は、またしても下から跳ね上がるようにして防がれた。

 まだ勢いが残る体を捻るようにして地面へと足を付き、三撃目として蹴りを繰り出すも、同じく蹴りでいなされる。

 まるでこちらの攻撃を全て見透かしたように防がれ、相手の高い技量を全身で感じ取ってしまう。

 大男がどう防いだかは剣に伝わる手応えとそのあとの態勢で分かるが、それにしてもこいつ、一つ一つの動作が目で追いきれないほどに早い。
 いや、単純な速度の話ではなく、体の動き始めが見えないのだ。

 攻め手である俺の攻撃に対し、どう考えても後出しのはずのこの大男は的確に、そして完璧なタイミングで合わせてきた。
 高い身体能力、技術も優れているのだろうが、しかしそれ以上に理解できない何かが攻撃の端々から感じられるのは、果たして俺の気のせいなのか。

 相手の不気味さと脅威度の高さに、一度距離を離すべく大きく後ろへと飛び退る。
 その際に相手が肉薄してくることも警戒したが、向こうも仕切り直しがしたいのか、後退する俺をただ目で追うのみだった。

 改めて剣を構えなおし、敵を見据えて大きく息を吸ったところで、俺は一連の動きの中で呼吸を忘れていたことに気付く。

「おいおい、たった一回ぶつかっただけなのに随分辛そうだな。鍛え方が甘いんじゃないか?若いの」

 そんな俺の様子に気付いてか、大男の方から気遣う言葉を装った挑発が飛んでくる。
 さっきの一瞬のやり取りだけでこちらは相当な気力を消耗したというのに、向こうは汗ひとつかいておらず、薄く笑みを浮かべた顔はむしろ楽し気なものだ。

「…そうでもないさ。無駄にでかい図体が鬱陶しくて、ちょっと咽てただけだ」

「へっ、無駄にでかいとはまた、傷付くことを言ってくれる。辛くて辛くて、泣いちまいそうだよ、俺は」

「そりゃあいい。なら泣くだけ泣いて、どっか行ってくれるとこっちとしては嬉しいね」

 軽口の応酬をしながら息を整え、秘かに次の手の準備を行う。
 向こうも未だこちらに踏み込んでこないのは、警戒心からか戦闘を楽しむ質だからか。
 どちらにせよ、このわずかな時間は俺に魔術を使うのに十分な猶予をくれた。

 発射のタイミングを探っている中、男がこちらの手元から注意を逸らした一瞬、俺は剣を構えなおすと見せかけて、さながらガンマンの早撃ちのように左手を前へと突き出し、掌から電撃を発射する。

 生物に対しては絶大な威力を誇るその電撃は、確実に目の前の男を撃ち抜くことをイメージさせる勢いで襲い掛かる。

 彼我の距離は五メートルもない。
 瞬きの間よりもずっと短い時間の内に走る雷は、存在に気付いたところで到底防げる速度ではない。
 何より、雷は限られた正しい手段でしか防御できない。

 ―った!

 男の目には何かが光ったという認識と同時に、何が起きたかを知ることなくその体が焼かれる結末になると、そう思っていた。
 ところがそうはならなかった。

「しゃうっ!」

 ガリガリという音とともに迸った雷は、男に当たるかと思われたその直前で何かによってかき消された。
 いや、何かによってなど言うまでもない。
 俺の雷を退けたのは、間違いなく男の剣だ。
 独特の掛け声の後に剣を掲げるような姿勢へと変わっていれば、何をしたかなど一目瞭然。

 俺の攻撃に対し、男はただ剣を一振りして電撃を防いだわけだが、普通はそれをすると剣から感電して今頃香ばしい死体が出来上がっていたはず。
 それだけの威力を込めた魔術だった。

 しかしこの男は電気よりも早く動き、奇妙にも傷一つ負うことなくああして立っている。
 そもそも電撃を剣一本でどう防いだのかもそうだが、それ以上に目で見てから動いたのでは間に合わない攻撃に、果たしてどうやって反応したというのか。

 ただ、この結末に驚愕する一方で、心の隅には予想通りだという思いもある。
 確実に倒したというビジョンと、こうなることもあり得たというビジョン、その両方が俺の脳裏には存在していた。

 男と遭遇して最初に感じた不気味な存在感は正しく強者のそれであり、大抵の魔術には対応してのけるだろうという嫌な信頼も感じていた。
 出の速い雷撃ですらこうなのだから、溜めが必要になるレールガンもどきなどの大技は、確実に潰されるに違いない。

「っっぶふぅー……あー、ビリっときたぁ。魔術師だとは分かってたが、あんなもんがあるとはな。まったく、油断ならん」

 電撃が消えて少しの間をおいてから、男は堪えていた息を一気に吐きだした。
 完璧に防がれたと思っていたが、多少は剣の方に電気が流れていたようで、剣から離した手を痛そうに振るっている。

 だがまともなダメージを与えたとは言えないようで、すぐに剣を持ち直してその切っ先が再びこちらに向けられた。
 痺れたとは言うが、剣からは震えなども見られないことから、腹立たしくも戦いに影響はないと見ていい。

「腰抜けの偵察兵だと思っていたが、若い割にはいい腕だ。剣はいっぱし、魔術も使えるとくればもしやお前さん、ワイディワ侯爵のとっておきか?」

 一度の衝突と一発の魔術で随分と俺の実力を高く見積もったようだが、ワイディワ侯爵の秘密兵器だと勘違いをした男はより一層観察するような目で見てくる。
 しかしこの言いようだと、俺達がこいつらを秘かに見張っていたのをかなり前から気付かれていたようだ。

「さて、とっておきというのが何を指すのかはともかく、俺が侯爵側の人間だということは確かだ。そっちは俺の強さを買ってくれているようだが、生憎俺は侯爵の軍でも一番強いってわけじゃない。むしろ下から数えた方が早いかもな」

 なにせ、俺は侯爵の軍になど所属していない、ただの冒険者だからな。
 強い順に数えるならパーラと俺、二人でカウントすることになる。
 というわけで、嘘は言っていない。

「嘘は言っていないようだが、信じられんな。ここの兵の弱さは俺でも知ってるぞ…しかしまぁいい。今は、目の前の敵とどう斬り結ぶかだよなぁ!」

 何かを疑って怪訝な顔をしていた男だったが、しかしすぐにその身に纏う雰囲気を変えて、携えていた剣を肩に担ぎながら俺との距離を詰めてきた。
 ほんのひと時だけの休憩は終わり、戦いの続きが始まる。

 たったの二歩、それだけで間にあった距離が潰れ、同時に男が上段に構えた剣が俺の頭めがけて落とされる。
 当然ただ黙って喰らうわけにはいかない俺は、迎撃のために剣を振り上げつつ、同時に地面を蹴って前へと飛び出す。

 剣と剣がぶつかり、重い金属音と激しい火花をまき散らしながら、男の剣は軌道を逸らされて俺の右肩を掠めるようにして地面へと突き刺さる。
 対して、男の剣撃の威力に弾かれた俺の方の剣は、撓むような振動を纏いながらどこかへと飛んでいく。

 体格からくる威力もそうだが、そういう技術でも使ったのか、剣を巻き上げるように力の方向が変化したせいで、俺の握力を無視して剣だけが天へと没収されてしまった。

 相手はまだ剣を持ち、こちらは武器を失った完全な無手となった時点で普通は詰みだが、俺の魔術師としての本懐はここからだ。
 剣での交差は男に軍配が上がったようだが、その対価として俺と男は体が密着する程に接近できたと思えばお釣りがくる。

 これだけ懐に入ってしまえば、先程雷魔術が防がれたような剣での防御は出来まい。
 なにせ、男の剣は未だ地面と仲良くしているのだから。

 こうなると、剣がなくなったのは逆によかったと言える。
 自由になった両手を、目の前で無防備に晒されている男の体へと押し当てると同時に電撃を作り出す。

(腹―がら空きっ―電―さっき防…―もっと魔力―いける!もらった!)

 一瞬の間に様々なことが頭の中を駆け巡り、その結果として必勝がイメージされる。

 閃光と轟音を伴い、生み出された電撃は先程の比ではない。
 威力だけで言えばさっきの電撃の三倍ほどと、正直、人一人を消し炭にするつもりで魔力を込めた。
 むしろ、腹部を貫通してもいいという、それだけの威力はある。

 だが発射された電撃は狙ったところには当たらず、目標を逸れて離れた所にあった木々の間へと飛び込んでいった。

「足…っ!?」

 確かに体の中心を捉えていた俺の腕は、横合いから払うようにして振るわれた男の足によって狙いが外されていたのだ。

「大したものだ、若いの。そして惜しかった!」

「ぐぅっ!」

 攻撃が外れたことで一瞬だけ動きが止まった俺に、男は剣から離した腕で強く殴りつけてくる。
 地面に一度食い込んだ剣を抜いて振るうより、柄から手を放して拳撃へと切り替えたのは経験のなせる業だ。

 重量物を持たないがために最速となる拳での一撃は、正確に俺の蟀谷を捉える。
 その威力は意識を刈り取るのに十分なものだったが、寸前に俺は地面を蹴って体を宙へと投げ出していたおかげで、その威力が体を横へ吹っ飛ばして男から離れることができた。

 地面を擦りながら転がり、何とか体勢を立て直すべく地面に手を付くが、視界がグニャリと歪むせいで膝を突く以外は体を起こせない。
 先程の一撃で脳が揺らされたせいだ。

 今にも体が傾いでいきそうだが、敵はこちらの事情など汲んではくれない。
 男が追撃のためにこちらへ一歩を踏み込もうとしたのを見た瞬間、俺は土魔術を発動させる。

 周囲の土から十数本にも及ぶ土の触手を生み出すと、それを男へと殺到させる。
 一本が大人の腕程もある太さで、土を圧縮したおかげで強度が岩に大分近くなったそれは、直撃すれば素の人間など一発で穴空きにできるほどの威力を持っていた。

 だが男の無造作に振るった剣によって、そのほとんどがあっさりと土塊へ還っていく。

 ―神速…っ!

 その一言に尽きるほど、男の剣は恐ろしく短い時間で土魔術を無力化した。
 どういう理屈か、縦に振ったはずなのに横一直線に土の触手が切断され、明らかに振った回数とは釣り合わない剣閃が走っていた。

 俺自身の回復のための時間稼ぎのつもりだったが、そんな暇すらなく魔術は防がれ、さらに男の剣は俺の頭を目がけて振り下ろされようとしている。
 脳天を割るコースを描いた剣だったが、寸前で俺の迎撃が間に合う。

 後転をするようにして後ろへと倒れると同時に、両足を上へと蹴り上げて迫る剣の鍔を叩く。
 人間の脚力は腕力の三倍と言われているが、それでも相手はその差をものともしない膂力を持っているようで、俺の蹴り上げでは剣を一瞬押し留めるのが精いっぱいだ。

 だが俺にとってはその一瞬で十分。
 すぐさま両手で地面を叩いてその勢いで体の位置をずらし、ギリギリ体の横を剣が通るように避ける。
 豆腐のように土を斬るその剣は、当たっていればどう幸運が作用しようと命を奪う結果だけを孕んでいたことだろう。

 男と俺、攻撃を繰り出した者と躱した者という互いの今の状況が、一瞬だけ交差した視線で奇妙な連帯感を生み出す。
 俺がそうだったように、向こうもこちらを殺すつもりではあったが、一方で殺せないだろうという予感も又あったに違いない。

 相対してわかったが、この男は強い。
 強すぎると言っても過言ではない。
 この世界で今日まで出会ってきた強者の中でも、余裕で上位に食い込んでくる強さだ。

 俺としてはさっさと倒して撤退したかったのだが、これだけ強いとそれも難しい。
 こうなると倒すのは諦めて、どうにかして動きを止めて逃げることへ集中すべきかもしれない。

 そんな風に思った瞬きの間の後、男が地面に埋まっているままの剣を横へ動かし、剣身で俺の体を叩こうと動く。
 ガガッという音で土ごと抉って迫る剣に、俺は自分から肘を叩きつけて雷魔術を発動させる。

 使うのは剣を伝う電撃と閃光による目くらましを兼ねた一撃だ。
 二つの効果を両立させると消費魔力は劇的に増えるが、そんなことを気にしている暇はない。

 直後の弾けるような音と辺りを染め上げる閃光。
 感電の方はあまり期待しないが、人間である以上、閃光で目を焼かれて動揺しない奴はいない。

 男が剣を手放すか、攻撃の手を緩めるかを期待した俺だったが、俺の肘を押す剣は電撃の後もその勢いを弱めず、むしろさらに加速するようにして振りぬかれた。
 地面から姿を現した剣は掬うようにして土塊をまき散らしながら、俺の体を空中へと飛ばす。

 今日はよく吹っ飛ばされる日だなと、骨の芯まで響く衝撃と共にそんなことを思いつつ、なんとか姿勢を調整しながら地面に落ちる。
 今度は両足でうまく地に着くことができ、歪んで見えていた視界が多少回復したことで、俺をこうした元凶を睨む。

 すると向こうはそれを受けて軽薄な笑みを浮かべて見返してきた。
 どうやら先程の一撃で俺を倒せなかったことは、男にとって何の意外性もなかったようで、戦闘続行を意識したまま、その立ち姿に油断は見られない。

「骨ごといったつもりだったが、やはり仕留めきれないか。こうまで近接戦闘に長けて、しかも複数属性を扱う魔術師とはな。世の中は広い…いや、俺が狭く縮こまってただけか」

「はぁ…はぁ…、そりゃあこっちの台詞だよ。あんた、俺が出会った中でも大分強い部類に入るぞ」

 荒く息を吐きながら、呼吸を整える隙を稼ぐために会話を繋ぐ。
 男の強さに関しては、実際は上から数えた方が早いくらいの強さなのだが、馬鹿正直にそれを伝えるのはなんだか負けたような気がするので躊躇われた。

「そりゃあこれでも国元じゃ腕っぷしで鳴らしてたからな。…いや、国か」

 そう言って自信にあふれていた表情が、一転して寂し気なものに変わる。
 男の属する一団は連合から出奔したため、もう戻れない故郷へ憧憬の念でも抱いているのだろうか。

 思うに、これほどの強さを持つ人間が国を捨てるとは、よっぽどのことだったのかもしれない。
 何か事情があってか、あるいは信念に基づいてのものか俺にはわからないが、しかし一方でこうして目にする男の顔からは暗い何かを感じてしまう。
 まるで世界などどうでもいいと、世捨て人のような冷めた表情には、なにか言い知れぬ恐ろしさが潜んでいるようにも思える。

 そうしていると、俺達の元へ近付いてくる馬蹄の音に気付く。
 どうやら男よりも前に閃光で動きを止めた兵達のいくらかが回復したようで、やや手古摺りながらも馬をどうにかといった様子で走らせ、男の援護へと駆け付けたようだ。

 その数は一騎だけと、普段なら脅威に感じることはないのだが、目の前の男とセットになると非常に面倒だと、警戒度は一気に跳ね上がる。

「無事か!ジブワ!」

 馬体を横に向けて急停止した馬上の老人から、思ってもいなかった名前が挙がる。
 それはたった今俺と対峙している男へ向けたものである以上、どうやら俺はジブワと剣を交えていたということになる。

 グルジェからはかなりの剣士だとは聞いていたが、なるほど、これほどとなればラーノ族の中でも随分知られていたのだろう。
 本人のカリスマ性はともかく、剣の腕一つで百人程度なら十分に従えられそうな力はある。

「無事も何も、俺がやられるかよ。それより、そっちの方はどうなんだ?もう全員動けるようになったか?」

「ああ、なんとかな。ただ、馬の方がいくつか驚いて逃げちまってる。走るだけなら相乗りでいいが、戦うとなれば戦力は三割減ったってとこか」

 俺の閃光は思ったよりもジブワ達に損害を与えたようで、騎馬の一族であるラーノ族の大事な馬を多少は削ぎ取ることができたらしい。
 とはいえ、戦力が三割減ったとしても七割はまだ戦えると考えれば、まだまだ安心はできない。
 なにせ、ここに残っているのは俺一人で、逃げるにも向こうの方が数も足の速さも上なのだ。

 仮に今ニリバワが俺の異変を知って助けに来るとしても、まだ数の不利は大きい。
 味方が駆けつけてくれるのを待つにしろ、それまで俺が戦い続けるのは難しいだろう。

「思ったよりも被害がでけぇな」

「まさか目を狙ってくるとは思ってもなかったからな。矢を射かけられるか斬り込んでくるかは警戒していたが、あんなのは不意打ちもいいところだ」

「それをやったのは今俺の前にいるこいつさ。俺の剣を受けても死んでねぇし、魔術の使い方もなかなかのもんだ。大したもんだと称賛してやれよ」

 何故か自慢するようにジブワがクイと顎で俺を指すと、馬に乗った男は憎しみの籠った視線を飛ばしてくる。
 どこか戦いを楽しんでいたジブワと違い、自分達にあれだけの被害を齎した存在ともなればそういう目にもなろう。
 こっちの方が態度としては正しいのだ。

「しかしそうなると、このまま留まるのはまずいか。こいつの他に逃げてった奴らが援軍つれて攻めてきたら面倒だ。儀式まではもう少し時間が欲しいが……おい、例のアレは動かせるか?」

 少し思案するような仕草をしたジブワが、幾分か焦りの混じった声でそう尋ねる。
 儀式というのはディ―スラから聞いていたもののようだが、何か時間の制約でもあるのか?
 それに、例のアレとは?

「なんとかな。幸いにして荷台とそれ用の馬は無事だ」

「よし、ならそいつを積んでここを離れるぞ。向かう先は…この際だ、新しい聖地の方にいくとしよう。向こうに着くころには、儀式をやるのにもいい月が出てることだろうよ」

 この言い分だと、どうも時間の制約は月の満ち欠けに関係があるようだ。
 儀式というからには、何か大掛かりな仕掛けやルールがあると見えるが、自然界にあるものの中で、天体が関わる儀式は最上級のレベルだと聞く。
 月を利用するとすればかなりの規模だと言えそうだ。

「分かった。…そいつはどうする?」

「俺が片づけるさ。あんたは支度の方を頼む」

「一人で大丈夫か、などと愚問だな。…おい小僧!そこにいるは五究剣最強の男だ!その剣の恐怖、死出の手向けにするがよいわ!」

 脅しをを兼ねた捨て台詞を吐いて馬が去ると、再びこの場には俺とジブワだけが残った。
 遠くの方では、先程去った老人が指揮を執っているようで、視力の回復した兵達の動きがにわかに慌ただしさを増している。

「死にゆく者に、もうちょっと気を使った言葉をかけてやれんもんかねぇ。…まぁそんなわけだ、お前との戦いは中々に面白かったが、そろそろ終いにしようや」

「俺は全く面白くなかったが、終わりにってのには賛成だ。できれば、あんたが死ぬか動けなくなるかでの終わりが理想だが」

 決着を急ぐジブワに対し、俺としてはなるべくなら話を引き延ばして、もう少し体力の回復に努めたい。
 最善はジブワを倒すことだが、相手との実力差を考えると逃げの一手が妙手に思えてならない。

「くははっ!そりゃあそうだ!だが、それは無理だろう。お前はここで俺に斬られて、それでおしまいに…―ぬぐっ!」

 剣を肩で担いで高笑いをするジブワだったが、次の瞬間、楽し気だった笑みを一転させ、ここまで一度も見せてこなかったほどの険しい顔で剣を横に振るう。
 何が、と思うよりも早く、金属が重く軋む音が鳴るのに合わせ、飛び込んできた何かの影が、あのジブワの重い剣とぶつかり、辺りに衝撃波が起こる。

 のけ反りそうになる体を支えながら、目の前で起きた何かの原因を探すと、丁度俺とジブワの間に舞い降りるようにして人影が現れた。
 俺からは背中しか見えないが、独特の意匠のマントと服、さらには見覚えのある槍を手にして立つ姿で、
 その正体はすぐに分かった。

 そして同時に、体の内から溢れる激情を抑えることもなくジブワと対峙している気配には、それが向けられているわけでもない俺にすら背中を寒くさせるものがある。
 一応味方とも言えなくもない人物に色々と聞きたいこともあり、声をかけようとした俺の口は、件の人物が発した声で上書きされた。

「ようやくだ…ようやく追いついたぞ…ジブワぁあっ!」

 俺が知るグルジェからは想像もつかないほど、怒りと歓喜が混ざった獰猛な声を上げ、ジブワに槍を突き立てんと襲い掛かった。
 その速さは目で追えないほどで、剣と槍がぶつかった音でようやく姿を捉えられた。

「よりにもよってお前が!グルジェっ!」

 防御が間に合う程度にはジブワは反応できていたようで、押し込んで来ようとする槍に対して剣で押し返すというやり取りをしながら、こちらも獰猛な笑みを見せる。
 ただ、その姿からは先程まで俺と戦っていた時のような、どこか余裕を感じさせるものとはかけ離れた緊迫感が感じられる。

 この時点で、グルジェには俺に対するよりも相当な脅威度を持って対処したと分かり、また先程までの戦いがジブワにとっては本気ではなかったというのも分かった。

 剣と槍による最初の交差は音で、しかし次の瞬間からは二人の姿は霞むほどの速さで動き、もはや次元の違う戦いが繰り広げられていく。
 辛うじて目で追えるのは、互いの武器がぶつかったときに訪れる一瞬の停止だけで、それ以外は手数と音が釣り合っているのかも疑問なほど、激しく高速で戦っていた。

「ぐらぁ!」

「しぅっ!はぁっ!」

 時折聞こえる絶叫染みた声と共に地面が爆ぜて抉れていくことから、このまま近くにいるのはまずいと、二人から少しでも離れようとふらつく足で距離を取る。

 すると、嘶きとともに誰も乗っていない馬が俺の背後へとやって来た。
 それは装具から見てグルジェが乗っていた馬であり、恐らく先程グルジェがジブワ目がけて飛びかかったことで、自ら進行方向を変えてこっちへ移動してきたのだろう。

 その馬もそれ以上前に進むことはせず、暴風のような戦いをただ黙って見詰めている。
 頭のいい馬だとは分かっていたが、近付くことの危険を知っていてか、あるいはグルジェへの信頼感からか、立ち姿は実に堂々としたものだ。

 それにしても、今日の予定にある通り、確かにグルジェ達はこの近くにいたのは間違いないが、だとしても駆け付けるのが随分早い。
 他の仲間の姿は見えないのは、速さを優先してグルジェだけが先行したからか。

 おかげで俺は助かったわけだが、感情をむき出しにして襲い掛かった様子からは、ジブワに対する執着のようなものを感じてしまう。
 同郷の者だけに、自分の手で始末するというグルジェの決意もまた、そこにはあるようだ。

 人の域を超えているとすら評していい戦いを繰り広げる二人に、割って入るだけの体力と実力を持たない俺は、魔力と体力の回復を待ちながら、グルジェの勝利を祈って今は大人しく見守るとしよう。
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