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決着!熱砂の戦い!

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討伐目標を倒したと思ったら別の魔物に襲われるというケースは意外と多い。
冒険者が依頼で討伐を請け負った場合、依頼主側から提供される情報は討伐対象に関するものだけで、向かった先にどんな魔物や危険があるのかはギルド側からの注意喚起で初めて知ることとなる。

なので冒険者が討伐依頼を受ける際には受付で討伐対象以外の危険に関することを聞くのは常識となっていて、これを怠った冒険者は大抵痛い目を見て学習するか、命を勉強代として天に支払うことになる。

さて、今回の俺達のケースだが、依頼はフィンディ行政区とギルドの連名となっているため、こちらに提供される情報は特に密度の濃いものとなっており、ドレイクモドキ以外の危険に関しても当然ながら通達されていた。
ドレイクモドキ以外に脅威となる魔物の痕跡はなく、岩場の周囲に存在する危険地帯も明らかにされている。
これを聞いた限りでは気を付けるのはドレイクモドキだけだと考えるのは自然なことだ。

ギルド側が用意した情報に間違いや欺瞞は無かった。
周辺にドレイクモドキ以外の魔物はいないが、肝心のドレイクモドキの数が違っていただけだ。
ドレイクモドキは二体存在しており、内一体は討伐寸前ではあるがもう一体は戦闘を終えた冒険者たちに襲い掛からんとしている。

「チコニアさん!右手からドレイクモドキが接近中!このままだとコンウェルさん達とかち合います!」
パーラから知らされた情報をすぐに先頭を走るチコニアへと伝える。
それを受けてチコニアも近付きつつあるドレイクモドキへと視線を飛ばし、大きく舌打ちを鳴らして指示を飛ばす。
「全員左へと進路を変更!距離を稼ぎ次第、接近中のドレイクモドキに攻撃開始!マシュー!あなたが指揮を執りなさい!私はコンウェル達の方へ向かう!」
「了解です!」
マシューと呼ばれた男性がチコニアから指揮を引き継ぎ、後ろに続く冒険者たちにハンドサインで方向変換を伝える。
それに従って駆けていた他の冒険者達もマシューに続く形で進路を大きく左へと逸らした。

ともすれば新手のドレイクモドキの存在に混乱が起きそうなところだが、流石は黄1級の冒険者だけあって、的確な矢継ぎ早の指示で余計な思考を生む隙を挟ませずに部隊を動かす。

部隊を離れたチコニアは単身でコンウェル達の元へと向かう。
恐らくコンウェル達も近付いてくるドレイクモドキには気付いているだろうが、前衛部隊が集まっている場所には怪我人も多くいる。
素早い情報の伝達と部隊の建て直し、戦力の増強も鑑みてチコニアが駆けつけるのは最善だと言えるだろう。

ただし、そこに向かうのに一人では流石に心許ない。
なので俺とパーラもチコニアに続くことにした。
自分の後ろに付いてくる影に気付いたチコニアが振り向くと大きく目を見開いて驚いたのち、眦を上げて声を張り上げた。

「ちょっとあなた達!何してるのよ!私は今からコンウェル達の所に行くって言ったでしょう。マシューの方へ行きなさい!これは命令よ!」
「流石にチコニアさん一人を行かせるわけにはいかんでしょう。それに俺とパーラはコンウェルさんの隊の人間なんで、チコニアさんの命令は聞けませんね。先程まではあくまでも一時的にそちらの隊に加わっただけなので、これから原隊に復帰します」
「それに私とアンディは近接戦型の魔術師だし、前衛の方が役に立つよ」

このタイミングで原隊復帰というのも些か非常識な気もするが、今のコンウェル達は完全に疲弊している状態で迫りくるドレイクモドキと対峙することになるため、一人でも多くの魔術師が駆けつけるというのは精神的な支えとなるはずだ。

更に俺とパーラは遠距離よりも近・中距離の方が得意なタイプの魔術師なので、ドレイクモドキが近付いている今の状況では前衛に出た方が活躍は期待できる。
怪我人が多くいることもあり、俺とパーラが前衛に加わるのは戦力的にも必要なことだ。
せめて怪我人を退避させる時間ぐらいは稼いで見せる。

まだ何か言いたげなチコニアだったが、その時間も惜しいとばかりに口を噤んで前へと向き直り、ラクダへと鞭をくれてその足を急がせる。
俺とパーラは一緒のラクダに乗っているせいで、どうしてもチコニアよりも速度では劣るが、ラクダには無理をしてもらって速度を上げて着いて行く。

コンウェル達の元へと到着した頃には部隊の再編も粗方済んでおり、怪我人を除いた動ける者は全員武器を持ってドレイクモドキを待ち受ける態勢が出来上がっていた。
周囲へ指示を飛ばしているコンウェルの姿を見つけ、そちらへと向かう。
チコニアはユノー達の方へと向かうといって既に分かれている。

「コンウェルさん、援護に来ました」
「おう、助かる。正直怪我人が多くてな。お前らのような手練れの魔術師なら大歓迎だ」
「倒したドレイクモドキはどうしたんですか?」
「さっきサザが止めを刺した」
コンウェルが指さした方を見ると、そこではパックリと首が裂かれているドレイクモドキの姿があり、それをやったサザは死体の首に巻かれている暴勇の鎖を外す作業を行っている。

「今向かって来てるドレイクモドキもあいつと同じ方法で倒せませんか?」
「無理だろうな。怪我人が思ったよりも多くて、戦力が全く足りん。それに見ろ。あっちのドレイクモドキは今倒したのよりも体が大きい。恐らくあっちが親で、俺達が倒したのは子供の方だ。そのせいで怒り狂ってるんだろうよ」
確かに二体のドレイクモドキの体格差から親子と見て間違いないだろう。
大きさを見るに昨日今日生まれたというわけでもなさそうだ。

「ひとつ考えがあります。パーラの風魔術で俺が高く飛び上がって、ドレイクモドキの首に暴勇の鎖を巻き付けて、そのまま岩場の適当な岩に括り付けてしまって逃げるってのはどうでしょう」
幸い近くにある岩場は高さだけはそこそこある。
そこに上がって身体強化と風魔術の補助があればあの長い首に飛び移るぐらいは出来そうだ。
鎖はあとで回収すればいいし、とにかく今は体勢を立て直すのを優先したい。

「それも無理だ。暴勇の鎖は一度使うと暫くは魔力が自然に回復するのを待たなきゃならん。今あれはただの鎖と変わらん」
「魔力が回復するまでの時間は?」
「早くて1日。長いと3日はかかるらしい」
それでは到底間に合わない。

「魔術師が暴勇の鎖に魔力の補充をするのはどうです?」
「あれは遺跡からの発掘物だからな。どういう仕組みか魔術師が魔力を注ぎこんでも意味がないらしい。自然に回復するのを待つ、それ以外に再利用の方法はない」
これが遺跡発掘物の融通の利かないところだな。

古代文明の遺跡から発掘された魔道具は強力な能力を持つ反面、運用に面倒な制約を抱えているパターンが多い。
大抵は使い捨ての魔道具であることが多く、暴勇の鎖のような再使用までの時間が長くとも再使用出来るのは珍しいケースだが、連続で使えない不便さは古代の遺物ならではのものだ。

怪我人だらけで戦力不足、切り札足りえる魔道具は使用不能、目と鼻の先まで迫ってきている怒り狂った怪獣を相手取るには足りないものだらけで泣けてくる。
「パーラ、魔力はどれくらい残ってる?」
「魔術はほとんど使ってないから十分にあるよ。なんで?」
「んー…まぁ今からやることにお前の助けがいるんでな。コンウェルさん、とりあえずあのドレイクモドキは俺に任せてもらえませんか?」
「任せるって…、大丈夫なのか?」
「まぁ何とかなりますよ。機を見て援護なり攻撃なりを行ってください。時間がないのでこれで。パーラ、行くぞ」

ラクダを降りた俺とパーラは、向かってくるドレイクモドキを横目に見ながら岩場の方へと駆けていく。
まずは高い所へと移動しなくてはならない。
おあつらえ向きに目の前にある岩場の中でも一本高い棒状の岩が目につく。
「ここのてっぺんに行く。パーラ、一番強い風で上に吹き上げてくれ。それに乗って飛ぶ」
「わかった。でも飛ぶってどうやって?アンディの体を完全に浮かせられるぐらいに風を集中させるのは無理だよ?」
「マントで風を受けて飛ぶんだ。丁度船の帆みたいな感じだな」

暑さ対策で身に着けていたマントは軽くて丈夫、これでムササビのように風を掴んで飛ぶわけだ。
もちろんそれだけでは不十分だと分かっているので、最初のジャンプは脚力を強化して勢いを足す。
頭の中でシミュレートしながら、そびえ立つ岩の前へと立つ。
目測でざっと25メートル程の高さだが、途中に張り出している岩の枝を足場にすれば頂上までは届くだろう。

その時に、足元に散らばる石の欠片ともいえる小さな礫が目につく。
陽の光を微かに反射しているその小石を手に持ち、反射源である石にこびりついている結晶片に触れてみると、簡単にさらさらと崩れてきた。

若干褐色がかったその粉末をほんの少しだけ、爪の先に着くぐらい取ったそれを舐めてみた。
すると予想通り、酷くしょっぱい。
岩塩だ。
これでドレイクモドキがこの岩場を離れなかった理由が分かった。

砂漠で塩分を手に入れるのは意外と難しい。
大抵は獲物とする他の生き物を捕食することで摂取するか、人間が運ぶ塩を奪う幸運に期待するしかない。
なのでこうして岩塩が見つかれば、そこに張り付くのも当然だといえるだろう。
この岩場にどれだけの塩が埋蔵されているのかわからないが、ドレイクモドキが食い散らかすようにしてもまだ尽きない程度の量がありそうだ。
これは後で調査したらフィンディの街へのいい塩の供給源になるかもしれない。

生きるためにこの岩場で塩を得ていたドレイクモドキを俺達人間の事情で排除することに思うところもあるが、これも生存圏争いだと思って割り切ろう。
「アンディ、準備はいい?」
「おう、やってくれ」

パーラの言葉を受けて、マントの四隅をそれぞれ手首と足首に結いつけ、むささびの術の準備完了だ。
目でパーラに合図をし、足を大きく曲げて勢いをつけてから真上へとジャンプする。
それに合わせて下から暴風が俺の体を突き上げ、背中のマントが大きく膨らんで上へと飛ぎあがった。

強化魔術によって大幅に引き上げられた脚力と風魔術による突き上げる突風は人一人の体を容易に空へと押し上げ、徐々に岩場の頂上へと近付いていく。
やはり途中で風の勢いが届きづらくなったため、途中に張り出した岩の枝に一度着地し、再びジャンプで勢いを足す。

下からも追加で風が吹き上げられてきたが、頂上に届く直前で上昇する力は失われてしまった。
重力に引かれ始めた体を何とか捻り、伸ばした右手がギリギリ岩を掴むことが出来た。
普通ならそれだけでは体を支えることは出来ても、持ち上げることは出来ないが、そこは魔術頼み。
土魔術で手で掴んだ岩に干渉し、階段を作るように俺の方へと岩を生やす。
それによって足場を得ることが出来、何とか踏みとどまることが出来た。

代償としてかなりの魔力を消費したが、目的地へと無事に到着できたことを喜ぶとしよう。
岩場の頂上で下を見下ろし、ドレイクモドキの姿を確認する。
もうドレイクモドキはコンウェル達をその咢で食らわんとするまでに迫っていた。

遠くから魔術や弓矢がドレイクモドキに浴びせかけられているが、先程倒された個体よりも体が大きい分、防御力も高いらしく、どれもダメージらしいダメージは与えられていない。
最早一刻の猶予もないだろう。

懐から1つの指輪を取り出す。
これはアシャドルの王都で見つけたもので、高い強度と魔力の伝導性に秀でたコッズ鋼と呼ばれる金属で出来ている指輪だ。

もともと魔道具の材料として有用な金属なのだが、強度がありすぎるせいで精密な部品への加工が難しく、近年では似たような性質で加工もしやすい金属が多く見つかったせいで、指輪やピアスといった装飾品に使われるぐらいだという。

値段はそこそこするが、とにかく数があまり出回らないので入手自体が難しいこの金属は、俺の雷魔術によるレールガンもどきの弾体とするにはうってつけの素材だ。
以前使用していた鉄釘を弾としたレールガンもどきだと威力は十分だが射程がとにかく短かったため、色々と素材を探していたところにこの金属と出会った。

実は2つあったこの指輪も既に一発を試射で使ったのだが、射程距離は大幅に伸びたし、威力も十分保っていたので切り札的に温存してあったものを今回使い切るつもりだ。
掌に載せた指輪を弾として雷魔術を発動、徐々に光を発し始めた弾体にさらに魔力を送り込む。
すると弾体が振動し始め、一部がプラズマ化し始めたそれを撃ちだすと膨張した空気が弾け、轟音を残して閃光を纏った弾丸がドレイクモドキへと向かっていく。

下手をすれば鼓膜を破りそうな爆音に、人も魔物もすべての目が俺の方へと向けられる。
一切の手加減なく発射したレールガンの初速は当然ながら目に負えるものではなく、弾丸はこちらを見上げたドレイクモドキの左肩を貫いた勢いもそのままに砂の地面へと巨大なクレーターを刻んだ。
打ち下ろしの軌道で出来上がったクレーターは斜めに突き刺さったせいでやや楕円を描いているが、その深さはそれほどでもない。
これは弾丸が地面に直撃してすぐに蒸発してしまったせいだ。

普通の鉄に比べて強度があるとはいえ、レールガンもどきは弾体をプラズマ化してしまうため、すぐに蒸発してしまう。
だが100メートル以上の距離を蒸発せずに直進しただけコッズ鋼はレールガンの弾体としては優秀な金属だ。
これだけの破壊の痕跡を残したのだから倒しただろうとドレイクモドキを見ると、確かに左肩は抉れて血を吹き出しているが、痛みで体をのたうたせている激しさからもまだまだ死にそうにはない。

やはり真っ直ぐ撃ち出すのと違って地面に向けて撃った分だけ点としての軌道が命中精度を著しく損なっており、狙ったはずの胴体からズレて当たったようだ。
痛みから持ち直したドレイクモドキが攻撃の主である俺を見つけ、雄たけびを上げながら威嚇してくる。
とはいえ、今いる場所まであの巨体が昇って来れるとは思えず、その威嚇も大して恐怖を覚えない。

先程の一撃で勝負を決めるつもりだったが、外してしまったのなら仕方ない。
予備として考えていた作戦に移るとしよう。
強烈な攻撃を食らったことで矛先を変え、俺が今いる岩場目掛けて進路を変えてドレイクモドキが突っ込んでくる。

迎え撃つべく俺は体全体に魔力を巡らせ、肉体を雷そのものへと変える雷化魔術を発動させた。
パチパチと火花が散るような甲高い音と共に俺の肉体は光を放ち始め、完全に体が雷へと変わると同時にその場から一気に飛び出して眼下の巨体目掛けて躍り出た。

地面を蹴った際の勢いと落下する重力に加え、雷化によって両足を槍のように鋭く尖らせてドレイクモドキへ足先を突き立たせる。
バシャンという音に合わせてドレイクモドキの背中に足先が食い込んだのをきっかけに、突き刺さっている足から放電することでその体内を焼く。
雷化によって俺の体そのものが巨大な電気の塊となっているおかげでこうして継続した放電が出来ていた。

俺の足先自体はドレイクモドキの肉体にそれほど深く突き刺さっていないのだが、それでも硬い鱗を砕いて肉に達した場所で起こる電撃によって、ドレイクモドキの肉体は着実にダメージを重ねていた。
だがこれで倒し切れるかと言われると正直わからない。

岩場に上る際に岩に干渉して変形させるレベルの土魔術を行使し、高出力のレールガンもどきによる一撃を放ち、体を雷に変える雷化と、この短時間に消費された魔力は膨大なものになる。
今の雷化を維持するのに必要な魔力が意外と大きく、秒単位で減り続けていく魔力を体感できるぐらいに俺の中にある魔力は底が見え始めていた。

最早俺の魔力が尽きるのが先か、ドレイクモドキが倒れるのが先かのチキンレースだ。
もうあと十数秒も放電を続ければ俺の魔力はすっからかんになる。
ジワジワと迫るタイムアップに焦りを覚え始めた時、ドレイクモドキ目掛けて再び魔術と弓矢が襲い掛かる。
飛来してきた方向に目をやると、マシューが大声を上げながら攻撃の指揮を執っているのが見えた。

どうやらドレイクモドキの背中にいる俺の援護をしているようで、攻撃も背中側には当たらないようにドレイクモドキの足と腹に集中していた。
おまけにコンウェル達も攻撃に加わり始め、遠距離攻撃の合間を縫って高速でドレイクモドキにすれ違いながらの攻撃を加えていく。

総攻撃の様相を呈して来た段になって、俺の魔力も限界を迎えた。
雷化が解けるのに合わせてダメ押しとばかりに一際強い電撃を足元の傷に叩き込み、その勢いも借りてドレイクモドキの背中から退避した。

転がるようにして尻尾側に抜け、なるべく柔らかい砂地を目掛けて落下していく。
身体強化も出来ないほどに消耗しきったこの体が自由落下するには少々危険な高さであったが、なるべく足から着地し、足首、膝、太腿、腰、腹の順に地面に付くように地面を転がることで何とか致命傷にならないで済んだ。

「アンディ!」
地面に横たわる俺に一騎のラクダが駆け寄ってくる。
声で分かる、パーラだ。
ラクダが止まるのを待たずに飛び降りたパーラが俺のすぐ傍に着地したのが分かった。

「アンディ、大丈夫!?あぁ…本当に無茶して…」
肩を抱かれて補助を受けながら立ち上がると、俺の顔のすぐ横にパーラの顔があった。
どうやらこのままラクダへと運んでくれるようだ。
魔力の欠乏で体がだるいので正直有り難い。

「本当、無茶したよなぁ。もう魔力がすっからかん、金玉の位置ずらすのもむりなぐらいだるいわ…」
「バカなこといってないで、ほら。早く上がりなよ」
パーラが乗って来たラクダの下へと連れて行かれ、鞍へと俺の体を押し上げる力に身を任せ、何とか乗ることが出来た。

「ドレイクモドキはどうなった?死んだか?」
「まだ生きてるよ。でもかなり弱ってた。コンウェルさん達がアンディが落ちてから突撃―」
「二人ともっ、逃げろーっ!!」
パーラの声に割り込む形で、メツラの叫ぶ声が耳をつんざく。
悲痛さが過分に含まれたその声は、俺達へと突っ込んでくるドレイクモドキの存在を警告するものだった。

全身から血を吹き出しながらも未だ力強い走りをするドレイクモドキに、すぐさまパーラが反応してラクダの首を巡らして駆けだす。
俺とパーラが乗るラクダを追いかけてくるドレイクモドキに、それを更に追うコンウェル達という構図から、どうやらドレイクモドキは俺を完全に敵とみなしたらしい。
途中の丘で攻撃を加えたマシュー達に見向きもせずに只管俺達を追うその姿は、何が何でも俺を殺したいという意思が分かりやすいぐらいに伝わってくる。

「あいつ、完全にアンディを狙ってる!」
「みたいだな。…歩幅も速度も向こうの方が上だ。じき追いつかれる」
「分かってる!でもあいつもかなりの怪我をしてるんだ。このまま走り続ければその内力尽きるかも」
「いんや、どう見てもあいつが追い付くのが先だ」
俺達の乗るラクダが追い付かれるまでにあと何分ほどだろうか。
このままだと俺だけではなくパーラも一緒にやられる。
何かないかと周囲に視線を巡らせると、左斜め前方にいいものを見つけた。

「パーラ、次を左に逸れろ。砂丘を下るんだ」
「なんかいい手を思い付いたんだね!了解だよ!」
「悪いな」
碌なやり取りも無い状態で俺の判断を信頼して動くパーラだが、この後の展開は少々彼女に酷なものになる。
口に出せばきっと止められるので、先に謝っておこう。

ラクダは滑り落ちるようにして砂丘を下り、俺が目的とする場所を通りがかった所でだるい体に鞭を打って鞍から体を放り投げるようにして砂へと飛び降りた。
当然、不格好な着地となったが怪我をしていないだけましだ。

「アンディ!今―」
「来るな!そのまま行け!」
鞍から落ちた俺を回収しようとするパーラを一喝する。
それでも尚も引き返そうとするパーラだったが、ラクダがその足を進めようとしない。
当然だ。
ラクダがそうするだけの理由がこの場所にはある。

「何でっ!動け、動いてよ!」
足を止めた理由が分からないパーラはラクダに鞭を打って進めようとするが、その場で足踏みをするだけで一向に前へと進まず、パーラの声に焦りが混ざり始めていた。

そうしているうちにドレイクモドキが姿を見せ、砂地に寝転ぶ俺を見つけると大きく吠えた後に突っ込んできた。
砂丘を下った巨体が俺の目の前へと辿り付く。
もうあと二・三歩前に出るだけで俺を踏み潰せる程に近付いたその時、突如ドレイクモドキが歩みを止めて叫び始めた。

もうあと一歩踏み出せば凶悪な牙が俺に食らいつくという状況で、ドレイクモドキがそれをせずにただ雄たけびを上げているだけというのは何ともおかしな光景に思えるだろう。
その光景を作り出している原因はドレイクモドキの脚元にある。

先程まで砂を蹴り上げて走っていたその脚は、今や砂にそのほとんどが飲み込まれていて、懸命に持ち上げようとしてはいるようだが、なおも沈んでいく脚が砂の上に現れることはない。
完全に身動きが取れなくなったことで焦りと怒りがないまぜになったような雄叫びがその口をついて出たわけだ。

ドレイクモドキが俺を目掛けて踏み込んだこの場所は、巨大な流砂が全ての物を飲み込む一等ものの危険地帯だ。
ここは地図にもはっきりと流砂として記されている場所で、他に存在する流砂と比べてあまりにも巨大なため、周りを囲む砂丘の上にすら足を踏み込むことが躊躇われるほどだ。

そんな場所だけに、野生生物や魔物も流砂を本能的に避けるものだが、このドレイクモドキは俺を追いかけることで頭に血が上り、おまけに体中に負った傷からかなりの血液を失っていたせいもあって冷静な判断が出来るだけの意識が残っていなかったようだ。
魔力が尽きた俺がドレイクモドキを倒すには、この流砂地帯へと誘き寄せるしかないと考えたわけだが、惜しむらくはついさっき思い付いたせいで流砂から脱出する手段を用意していなかったことか。

ジワジワと体が砂に沈んでいくことへの恐怖がドレイクモドキの雄たけびを更に激しくさせるが、同時に体を動かしているせいで流砂へと飲み込まれていく速度もどんどんと早まっている。
かくいう俺も徐々に流砂へと飲み込まれているが、ジッとしているおかげで目の前の魔物ほどではない。

流砂に踏み入れないようにと足を止めたラクダから降り、パーラがこちらへと近付いてくる。
「パーラ!そこで止まれ!そこから先は流砂だ。飲み込まれるぞ」
砂に沈んでいく俺の姿に冷静さを欠いたパーラが流砂に飲み込まれないように制止する。
それによって足元と俺を交互に何度も見るパーラが解決策を求めて口を開く。
「あぁ、どうしよう…。アンディ!どうすればいい!?なんか道具があれば助けられるの?」
「そうだな。ロープがあればいいんだが」

流砂にはまった場合の対処法は簡単だ。
とにかく慌てず、動かないこと。
動けば動くほど体は砂に沈んでいくため、まずは体を安定させることを考える。

次にまだ沈んでいない体の上半身を使って、砂の上へと体を預けるようにして倒れ込む。
こうすることで砂と触れる面積を増やし、沈み込むスピードが更に遅くなる。
そしてそのまま腕と腹筋を使って這うようにして砂の上を匍匐前進の要領で進むと脱出できる。

しかし今俺がはまっているこの流砂は残念ながらこの方法での脱出は使えない。
砂の粒子があまりに細かく、沈む速度が早い上に力を込めるために砂の上についた手が沈んでしまい、体を砂の上に持ち上げることが出来ないのだ。

こうなったら助かるには流砂の外から誰かに引っ張り上げてもらうしかない。
「ロープだね!?わかった、ちょっと待ってて!」
ロープを探しに先程まで乗っていたラクダの下へと向かい、括り付けられている袋からロープを探すパーラだが、あれは食料と衣服が入っているはずのものなので、見つかるわけがない。

そして、とうとう俺の方も時間切れになった。
ドレイクモドキはとっくの昔に砂に飲み込まれており、俺も十数秒後には後を追う形で砂に沈みきる。
道連れがあんな魔物とは、正直気が滅入るね。

不思議と恐怖心は無く、あぁ死ぬのかという程度の気持ちしか沸かない俺は心がどこか壊れてしまったのだろうか。
いや、恐らく単純に魔力欠乏で思考がマヒしているだけなのかもしれないが。

もう首まで埋まってしまっている俺に気付き、パーラが再びこちらへと駆け寄る。
「アンディ待って!もうちょっと頑張って!何か代わりになるものを探すから!」
悲痛な声で叫ぶパーラには酷だが、俺がどう頑張っても助かる未来は存在しない。
こちらに向かってきているコンウェル達がロープを持っているというパターンもあるが、それも恐らく間に合わないだろう。

パーラが思い付いた手段として風魔術で俺を引き上げようと試みるが、ここまで体が埋まってしまっている俺を持ち上げるだけの力がある風魔術をパーラは使えない。
俺の周りの砂が渦を巻いて引き上げられていくが、すぐにどいた砂を上回る量が流れ込んでくるため、無駄に終わる。

口が埋まり、鼻が埋まり始めると耳も埋まってしまい、先程まで聞こえていた嗚咽交じりのパーラが叫ぶ声も聞こえなくなっていた。
まだ残る目には涙と鼻水に濡れるパーラの顔が映る。
(まったく、女の子がグシャグシャに顔を濡らして…)

フッとこんな時でも笑いが零れる自分に少しだけ驚くが、そんな思いも一瞬で霞んでいく。
聞こえるはずのないパーラの泣き叫ぶ声が耳に届いた気がしたのと同時に、全身が完全に砂に埋もれた所で俺の意識も闇の渦へと押し込まれていった。
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