世の中は意外と魔術で何とかなる

ものまねの実

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異世界饅頭

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 リズルド、あるいは有隣族と呼ばれる彼らは、あえて分類すると獣人種となる。
 見た目は二足歩行するトカゲと言った感じで、成人の平均身長は二メートルを優に超えるため、全体的には大柄な者が多い。
 全身を覆う鱗は環境によって色が変わるとされ、その違いでおおよそどういった土地で暮らしているのかを推測できる。

 エルフに次いで寿命が長く、また生まれながらにして持つ強靭な肉体と優れた身体能力により、生粋の戦士の種族としても知られている。

 顔付きから誤解されがちだが、性格は頑固ながら温厚で友愛に満ち、多くの種族に対しても友好的だ。
 過去には森の中で怪我をして動けなくなってた普人種の親子を、たまたま通りがかったリズルドが近くの自分達の集落へと招いて保護し、怪我が治ると親子の暮らす村までわざわざ護衛付きで送り届けたという逸話があるほど情が深い。

 同時に、戦士の種族としての逸話にも事欠かず、かつてリズルドをはじめとした獣人族を弾圧しようとしたとある国と戦い、圧倒的な数的不利をものともせずに勇敢に戦い抜き、その武威を示して周辺の国々を震え上がらせたこともあった。

 また、独特な発声器官を有しており、リズルド独自の発声方法で歌う吟遊詩人も有名だ。
 今よりもずっと昔、その歌声にほれ込んだとある国の王子が、リズルドの歌い手に領地と爵位を与えて囲い込もうとしたという話はそこそこ有名らしい。

 総じて友好的で多才なリズルドは、多くの種族に一目置かれる一方、種族全体の数はエルフよりもずっと少なく、普通に暮らしていて出会うことは滅多にない。
 少し大きい街などに行けば姿を見ることもあるが、一度も出会うことなく一生を終える人の方が多いほどだ。

 そんな遭遇することも稀なリズルドが二十人ほど集まって普人種と揉めているという光景は、見ている側には相当なインパクトを与えることだろう。

 しかしそれ以上に、今まで荒ぶっていた集団が、突然現れた美少女を見て膝をついて首を垂れる光景もまた、かなりのインパクトではなかろうか。





「…なるほどのぅ。お主らの言いたいことは分かった」

 まるで王を前にした平民のように膝をつくリズルド達を前に、腕を組んで仁王立ちをするディースラ。
 無駄に重々しく放った言葉に、リーダーと思われる一際体の大きいリズルドが顔を上げた。

「…では?」

「まぁ待て。今聞いたのはお主らの言い分よ。次はそちらの者達から聞かねばの。その上でどうするのか、共に考えればよかろう」

 そう言って、ディースラがリズルド達から離れて立つ普人種の集団を見る。
 彼らはディースラが何者かを知り、リズルドとの交渉を任せようと身を引いたのだが、そのディースラからジッと見つめられると、途端に背筋を伸ばす。
 この国に暮らしている以上、一番怒らせてはいけない存在というのを分かっているが故の反応だろう。

「そこの者ら、聞いていたな?今度はお主らの話を聞こう。もそっと近う寄れ」

「は、はぁ…」

 ディースラが手招きをすると、おずおずとした様子で近付いてくるのは、普人種のグループのリーダー格と思しき中年男性だ。
 先程まではリズルドから揉めた経緯を聞いていたので、今度は普人種側の事情を聞く番だ。

 そうしてリズルド、普人種双方の話を聞き、ここで起きていた騒動が大体どういったものだったのかが分かってきた。

 まず今俺達がいるこの街は名前をリビというのだが、首都から延びる運河の一つの途中にあって、川を下る船舶の休息や補給などで賑わっている。
 そんなリビから少し離れた場所に、リズルドが暮らす集落があった。

 運河から枝分かれした小さな川によって作られる湿地帯に居を構えるそのリズルド達は、稀にリビへとやってくることもあるため、街の人間とも友好的な交わりを持っていた。
 生まれながらにして優れた戦士であり、また穏やかで高潔なリズルドとは良き隣人として今日まで付き合ってきた。

 だがそんなリズルドが数日前、戦いへと赴くかのような張り詰めた空気を纏いながらリビへとやってくると、そこに住まう人々へ向けてこんなことを言った。

『この街の船着き場を借りたい。そして今日より三日の間、一切の船が寄り付かぬよう、協力してほしい』と。

 それを聞いて住民達は一瞬首を傾げ、そして笑った。
 リズルドがリビの街にとってどういう存在かは誰もが知っていたので、船着き場を借りたいというのなら何の問題もなく貸せる。
 何に使うのかはわからないが、三日の間、桟橋の一つを彼らに占有されようが構わない。
 そう思える程度には信頼関係も築いていたからだ。

 だがその認識は誤りで、リズルド達が言ったのは、船着き場の一角を借りるということでははなく、船着き場があるエリアを丸ごとすべてということだったのだ。
 それを知ると住民達は驚き、流石にそれは承服できないと反発し、リズルドとの対立がそこから始まり、今日のあの揉めていた光景へと至ったという。

「つまり、リズルドが船着き場の占有を求めたのに反発して、街側と対立したという話になるわけだな?」

「は、はい。我々としても、船着き場を借りたいと言われれば吝かでもありませんが、他の船が来るのも寄るのも禁じろと言われて頷くわけにはいきません。それに、今日は首都から王命を手にした船も来ると聞いておりましたから、尚更…」

 ディースラの言葉に、普人種の男は委縮しながらもそう返し、次いでチラリとリズルド達を見る目には困惑が含まれていた。
 揉めてはいるが悪感情とまではいかず、リズルドとのやり取りにも困り果てているといった感じか。

「それが桟橋でのあれか。まぁ問題が起きているのを隠したいのだろうが、それにしては説明もなくというのは随分と乱暴よな」

「それに関しては申し訳なく思っています。ですが…」

「わかっておる。幸い、我らの船に載せるものは順調に積み込まれておるし、今はもうよい」

 そう言って、ディースラが船着き場の方を見たのに合わせて、俺もそちらの方へと視線を向けると、俺達が乗ってきた船に物資が続々と積み込まれていくのが見える。
 近くではここで合流する予定だった人員も待機していることから、もうしばらくしたら出航の準備も済むはずだ。

 先程、桟橋で下船を阻止しようとしていた人は、今はニリバワを相手に疲れた顔で話をしていた。
 この街で起きているリズルドとの揉め事を隠したかったようだったが、こうして俺達が船から飛び出してしまったため、もう隠すことが難しいと判断したのだろう。

「してお主ら、なぜそうまでして船着き場の占有にこだわったのだ?見たところ、船を必要としているようにも思えんが」

 ディースラがリズルド達へ視線を移すと、尋ねたのはそもそもの揉め事の原因についてだ。
 船着き場の占有が原因だと言うのはここまでの話で分かった。
 だが肝心の、なぜそれを望むのかについて、リズルド達は言っていない。

「…は、それハ、儀式のための場所にここが相応しかったからデス」

「それは何度も聞いた。船着き場を丸ごと使うなど、どんな儀式を行うのかを言ってくれなければ貸せんと、こちらも言ったはずだ」

 リズルドの言った言葉に、普人種の男は若干苛立ったように口を挟み、さっきの揉めていた時の空気が再び出来上がっていく。

「儀式の内容は、同族以外にはそうそう言えぬト、何度も言ってイル」

「だからっ!」

「落ち着け、二人とも!」

 ヒートアップしそうになったのが、ディースラの強い口調で何とか収まる。

「その儀式とやらについてだが、しきたりか何かがあって同族にしか言えぬのであろう?ならば、我には明かせよう?同じ祖を持つ者同士、もはや同族との認識と違いはない。その上で、我からこの者達へ説明する。それならばよかろう?」

 ディースラが同族という言葉を口にしたのは、リズルドという種族が大昔にドラゴンから枝分かれした種族だからだ。
 元々はドラゴンの亜種として生まれたリズルドだが、ルーツを辿ると確かにディースラとは同族とも言えなくはない。
 ただ、今となってはあまりにも生物としての格が違いすぎるため、出会ってしまうと先程のように膝を折ってしまうのがドラゴンとの関係性でもある。

「それハ……仰る通りで。わかりまシタ。ディースラ様にならバ、お話ししまショウ」

 はたから聞いていて強引な理論のように思えるが、諭すように言うディースラに、リズルドの方も一瞬困惑した様子を見せはしたが、少し間をおいて頷いた。
 どうやらそのやり方で問題はないらしい。

 そして、ディ―スラに耳打ちをするようにして儀式の話をし、それを今度は俺達に話すという、なんとも面倒くさいやり取りの結果、リズルドの儀式について分かってきた。

 今ここにいるリズルドは近くの集落に住む中でも若い者達らしく、彼らがわざわざここで儀式をしたいと言っているのは、集落に流れ込む川に起きた異変を鎮めるためだという。

「異変と言うと、川の水が減ったことでしょうか?」

 ここまで話を聞いていて、リビの街で暮らす者には何か心当たりがあったのか、ディ―スラへとそう問いかける声は悩ましさが籠っている。

「そのようだな。知っての通り、卵生のリズルド達は産んだ卵を水中に安置する」

「知っての通りと言われましても…」

 さも常識のように言われたが、俺は勿論、他の普人種も知らない者の方が多いのか、それを聞いても困惑の表情を浮かべるしかない。
 種族が違えばそういうこともあるとは思うが、知ろうとしなければこんなものだ。

「む?知らぬか。まぁそういうものなのだよ。彼らの集落にそそぐ川の水が減ったということは、産んだ卵を守る水も循環されないということになる。なにせ常に新鮮な水に晒さなければ、卵は育たんらしい」

「…確かに、今年は川の水位が大分低い。俺もここで暮らして随分経つが、今まで見たこともないほどです。本流でそうなのだから、支流も当然影響を受けているのでしょうね」

 俺達にはわからないが、川のすぐ傍で暮らしているリビの住民からすれば、明らかに分かるほど、川の水位は低いようだ。

「そういうことだ。一個体のリズルドで卵を一つ産むのが三・四十年周期ごと。産卵期は大体まとまるらしく、今年が丁度その時に当たるのだが、産まれた卵が育たなければ、また三十年待たねば子が生まれない。それを防ぐために、同族の命を捧げてでも川の水位を戻そうというわけだ」

 集落につながる川の水位が減ったたことで、リズルド達が生んだ卵が安全に孵るために必要な水が足りなくなり、このままだと今ある卵は孵らず、次の世代の登場まで最低三十年の空白が生まれてしまう。

 卵を産む間隔の長さもあるが、種としての数も多くないリズルドにとって、子供の誕生の機会が減るというのは種全体の衰退にもつながりかねないのだろう。

「そんなことが起きていたのか…。言ってくれれば、可能な限り協力したのに」

「儀式はリズルドとその係累のみで行わねばならナイ。そういうしきたりなノダ」

「それは今聞いたが、あんたらが困っているのなら俺達だって助けたいと思うさ。それだけの友情はあると思っていたぞ」

「それは我々もダ。だが焦っていたノダ。説明が足りなかったのは…今ではすまないと思ってイル」

 結局、今回の揉め事の原因は、リズルド側の説明不足に尽きる。
 儀式について語ることは出来ないにしても、自分達の村で起きた異変についてなら多少迂遠にでもすれば話すことは出来たはずで、そうすればリビの街からの協力も得やすかったかもしれない。
 今俺達の目の前でリズルドとリビの街の住人が交わしている言葉からも分かる通り、それだけの関係性を築いていたのだから。

「ディースラ様、ひとつよろしいですか?」

「ぬ?どうした?アンディ」

 ここまで黙って話を聞いていたが、俺はあることが気になって小声でディースラへと話しかける。
 今から言うのは、リズルド達のアイデンティティに関わりそうなので、なるべくなら他に聞こえないようにしたい。

「リズルド達が儀式を行うのは、生贄を捧げて川の水位を元に戻すためですよね?」

「うむ、そう言っておるな」

「意味あるんですかね、それ。どうも聞いた限りだと、求められてのものではなく、リズルドが勝手に生贄を捧げようとしてるだけに思えるんですが」

 かつて一つの村が精霊へ生贄を捧げようとしたのを未遂に終わらせた時のことだ。
 後程精霊本人から、生贄など望んでいないという言葉を聞かされたことがある。
 今回のがそれと同じかはわからないが、生贄を捧げる動機がどことなく似ていることから、あの時のことを思い出してしまった。

 ディースラはこの運河を使った際、亜精霊とやり取りをしたことがあるので、精霊が生贄を望んでいるかどうかも分かるのかもしれないと、そう思っての質問だ。

「意味などなかろうよ。そも、この川の水位をいじれるほどの力を持った存在はおらぬ。真っ当な水の精霊の一つでもおれば話は違ったが、それもいないのではな。そんなところに生贄を捧げたところで、リズルドが欲する結果とはならんだろう」

 やはりか。
 前にも精霊から聞いたが、生贄云々は大抵人間側が勝手にやってるだけで、そこに結果が伴うことはない。
 今回も、無駄に命が失われることに対し、俺も思う所はある。

「…まぁ、どのみち時間が経てば解決する問題だしの。生贄を捧げることで、リズルド側の心が満たされるのなら意味はあるとも言えるが」

 ボソリと呟いたその言葉に、俺の耳は敏感に反応する。

「どういう意味ですか?」

「川の水位だがな、恐らくあと十日かそこらも過ぎれば、例年のあたりまで戻るぞ」

「十日とはまた具体的な数字ですが、何故と聞いても?」

「ここの川は首都のさらに北にある山が源流となるが、少し前にその山の辺りに大雨が降ったのを水の亜精霊から聞いておる。その雨の影響がこちらにまで及ぶのが大体十日ほどとして、ここらの水位へ変化が出るのもその辺りだろう」

 現状、ディ―スラだけが使える水の亜精霊ネットワークによる情報なら、それの裏どりが今すぐにできない以上、ここは信じるしかない。
 精霊が嘘をつかないというのも、信ぴょう性の底上げになる。

「なるほど。だったらディースラ様がそれをリズルド達に教えれば、儀式も意味がないと分かって、生贄にされる命も助かるわけですね」

 俺としては、生贄として無駄に命が消費されるのが納得できないので、儀式の意義が失われて生贄から助かる命ができるというのは歓迎だ。

「そうだな……そうなのだが…果たしてこのままでいいのかと」

「それはどういう…?」

「いやなに、今回のような騒動が川の水位に変化があるたびに起こると思うと、リズルド達が不憫でな。今回は我がたまたま居合わせたからよいものの、次に同じようなことが起きれば、今度は儀式で同族の命が失われるのも忍びない」

 確かに、川の水位の変化は自然の摂理である以上、いずれまた起こり得ることだ。
 その時に儀式を行おうと、リビの街とリズルドが揉めるのを危惧するディースラの気持ちはよくわかる。
 まぁ今回のことで儀式の存在を知ったリビの街も、似たようなことが起きれば配慮してくれるかもしれないが。

「ふむ、そういうことでしたら…いっそ儀式自体を変えるというのはどうでしょう?」

 本来なら他所の儀式に首を突っ込むべきではないというのが俺のスタンスなのだが、こうして居合わせたのも何かの縁だし、ディースラの危惧するところを少し和らげてやるとしよう。
 ちょっと思いついたこともあるしな。

「儀式自体を?…ふむ、何やら考えがあるようだの。よし、お主の考えを聞かせてくれ」

 ディースラもいい感じに食いついてきたので、俺の考えを彼女に明かす。
 そしてそれがディースラからリズルドへと伝えられる。
 一瞬、戸惑う様子を見せたが、ディースラから強く勧められたことで彼らも提案を受け入れてくれた。




 今回、リズルドが行おうとした儀式は三つの工程に分けられる。

 まず最初に、川が見える場所で複数人のリズルドが全員で踊る。

 そして次に、代表者が生贄となるリズルドの姿を周りに示すようにして、名前とその献身ぶりを高らかに謳いあげる。

 最後に、その生贄の首を切り落とし、川に投げ込んで終了、という流れだ。

 リズルドの集落に伝わる言い伝えによれば、それで川の異変は収まるということだが、最後にその儀式が行われたのはもう千年以上昔で、実際にどうなるのかはリズルドとしても曖昧なのだとか。

 ここまで聞いて、俺は儀式の中で手を加えるのなら、やはり生贄の首を切り落とすという所だと考える。
 街の人間も生贄の死をどうにかしたいという思いがあり、そこをどうにか出来るのなら是非もないという感じだ。

 そこで考えたのだが、小麦粉の皮で味付けしたひき肉を包んだ、頭の大きさはある饅頭を首の代わりにしてはどうだろうか。

 かつて三国志の時代に、諸葛孔明が似たような手口で、饅頭を生贄の代用品として解決したという逸話がある。
 それにあやかろうというわけだ。

 その逸話で実際にどういう饅頭が作られたかはもう覚えていないが、出典元が中国なのだから肉まんのようなものでいいはず。

 というわけで、早速リビの街で材料を用意してもらい、巨大肉まんの制作に取り掛かった。
 皮となる小麦粉に、餡となるひき肉も野菜も簡単に手に入ったが、問題はせいろの方だ。
 肉まんは基本的に蒸すものなので、巨大な饅頭を作るなら相応に蒸篭もでかいのが必要になる。

 だがそもそも、この世界では蒸篭自体が普通では手に入らないので、今回は焼きまんじゅうのような形になってしまった。
 皮と餡を作って、それを饅頭の形にして焼くと、完成までそれなりの時間はかかったが、なかなか旨そうなのが出来上がった。

 ダメ押しに表面に人の目と口と鼻を刻むと、薄眼で見れば人の頭に…見えたらいいなぁ。

 それをリズルド達に渡し、生贄の首の代わりにしろと伝えた時は怪訝な顔をされたが、ディースラからも言ってもらってなんとかこちらの意図は理解してもらえた。
 彼らにしても、仲間の命を奪わないで済むには越したことはなく、疑念と期待の混じった反応を見せてくれたのには手ごたえを感じる。

 なにせざっと十日後には結局川の水位は戻るのだから、新たな手法が加わった儀式の有効性は約束されたようなものだ。
 今後リズルドには、肉まんを使った平和な儀式を伝えていってほしい。

 なお結果が出るまでは、人海戦術で川の水をリズルドの集落へ運ぶなりして間に合わせるのがいいだろう。

 儀式から血生臭さが消えたことで、リビの街側もリズルドの儀式を許容できる空気に変わり、どうにか空白の時間を作って船着き場を使わせるといった感じに話をしだしたのだが、残念ながらここで俺達はタイムアップを迎える。

 ここに来た本来の目的である、船に人と物資の積み込みが終わってしまったのだ。
 リズルドとリビの街の揉め事は一応収めたと言えるが、出来れば儀式を最後まで見届けたかった。
 まぁリズルド以外には儀式の様子を見せられないそうだから、この目で見ることは難しいかもしれないが。

 とにかく、俺達は先を急ぐ旅の身であるため、やや足早にではあるがリビの街に別れを告げることとなった。
 新しく船に乗った人員をニリバワが直接確認している横で、俺とパーラとディースラは和やかさを取り戻した船着き場を眺めながら、出航の時を待つばかりだ。

「うーん、結局解決でいいのかな、これ。はふっはふっ」

「特に深刻な対立というわけでもなかったし、儀式の犠牲者も減ってよかったと我は思うぞ。あぐっほふっほ」

 悔いがあるかのようなパーラの物言いだが、その手に持つ出来立ての肉まんを頬張りながらでは説得力が薄い。

 儀式用にと肉まんを作ったのだが、その時に余った材料で手慰みに作った通常サイズの肉まんを、目ざといパーラとディースラによって強奪されたそれが今、彼女達の腹に収まるところだ。
 リズルドとリビの街の行く末を案じているかのようでも、横から見るとその姿はなんとも締まらない。

「ディースラ様、出発の準備が整いましたので、船を出してもよろしいでしょうか?」

 まるで新大阪から浜松までの間の新幹線でよく見る姿のディースラに、ニリバワが出発の確認に声をかけてくる。
 色々と船を降りて動いていたディースラだけに、やり残したことはないかという意味でもあるのだろう。

「うむ、構わん。出航しろ」

「は、では…出航だ!配置につけ!」

 ニリバワが上げた声に、甲板のあちこちから答えが上がると同時に、船が桟橋を離れて動き出す。
 ここで合流した人員と物資の分だけ重くなった船は、その動きもどこかゆったりとしたものだが、川の流れに乗るとそれも忘れたようなスピードで走り出す。

 ちょっとしたトラブルがあったおかげで、予定よりもリビの街に滞在する時間が長引いたため、次の停泊地に着くのも少し遅れそうだ。
 その原因となったリビの街では、住人とリズルド達が桟橋で遠ざかる俺達を見送っている。

 正直、儀式のことは万事解決したと胸を張れるものではないが、時間が解決してくれる問題ではあるので、今は見送ってくれる彼らに手の一つでも振り返しておこう。

 しかし分かっていたつもりだが、この世界では儀式やら何やらで人の命が簡単に消費されるのだな。
 古くからあるものに手を加えることの難しさを考えれば、今回俺のしたことはかなりまずいことなのだが、それでも命が失われないのならやってみる価値はあるはずだ。

 後年、俺が捻じ曲げた儀式で更に別の問題が起きたとして、それに対する責任を俺は負いたくても負えない。
 下手をすれば、リズルドの集落の一つを壊滅させかねない可能性もゼロではない。
 だがそれでも、今救える命のために手を尽くしたという事実だけは、誇らせてもらいたいものだ。

 他所の儀式に首を突っ込むべきではないというスタンスを二度も破った俺だ。
 今後もしでかすとするなら、いっそ悲しい儀式を見過ごせないというのを掲げて生きるのも悪くないかもしれん。

「ディースラ様、私ちょっと思ったんだけど、この川の水位が下がった影響で、ラーノ族の聖地の泉も枯れたってことはない?はんむっ」

「ふむ、全くの無関係とは言えぬな。とはいえ、水の亜精霊の話では原因はよくわからんそうだし、川の水位以外にも原因があると考えた方がいいかもしれぬ。はんっちゃっんっちゃ、んっまんっま」

 中々鋭い考察をする二人だが、せめてそういう時ぐらいは肉まんを食う手を止めてはどうだろうか?

 パーラの言うことには少し考えさせられる。
 運河と件の泉の距離を考えても、同じ水のトラブルという括りでは無関係と言うのも早計だ。
 もし仮にその二つの件がリンクしているとすれば、ラーノ族の聖地の方も時間と共に解決できる可能性はある。

 そうなれば、今向かう先で探すラーノ族の騎馬部隊に対する交渉材料にもできるかもしれない。
 出会って即戦闘を覚悟していたが、それを回避できる余地が見えそうだ。

 ディースラに頼んで、水の亜精霊からその辺りの情報が手に入れられないか動いてもらおうか。
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