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月下諸氏族連合

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 月下諸氏族連合は、いくつもの部族が集まって出来た国だ。
 スワラッドも元は小国が集まって出来た国であるため、二つの国はその成り立ちだけならば似ている。

『二つの月こそを我らが親とし、勇気と友愛を持つ者達よ、この旗に集おう』というのをスローガンにし、当初は国ではなく、共同体と呼ぶのが正しかったそうだ。

 この共同体に最初に加わったのは三つの部族だけだったが、それまで保たれていた部族間の戦力パランスはこれにより大きく動き、共同体へと恭順するか戦いを挑むかして多くの部族が消滅と吸収を繰り返し、最終的にいくつもの部族の上に立つ九大部族が、トップとして共同体の意思決定を司る形へと落ち着く。

 そして、一つの旗の下に統一されたことによって、共同体は名を改め、月下諸氏族連合と名乗るようになる。
 連合は王を頂かず、それぞれの部族の代表による合議制という、当時では珍しい体制だったことでも話題となったらしい。

 こうなると当然、新しい国を認めない者も出てくるもので、すぐさま何の通告もなく連合へ一方的な戦いを吹っかけてきた国は一つや二つではなく、連合は自分達を国として認めない他国との長い争いの時代へ突入する。
 多くの部族が集まっているという性質上、戦闘能力に秀でた戦士の部族が主力となっていくつもの国を相手取り、長い年月と多大な犠牲の果てに、ついには連合は一つの国として認められるようになった。

 こうして、連合と争って敗れた国々の一部が割譲され、それらの土地を統合した領土を治めているのが、今日の月下諸氏族連合である。




「―というのが、月下諸氏族連合という国だ」

 ディースラはそこまで長々と語り、溜息を一つ吐いてからお茶の入ったカップを煽る。
 湯気が失せてすっかり冷めたお茶でも、口に出来れば癒されるようで、少し表情が和らいでいた。

 あの後、練兵場に一人残された俺は魔術で片付けてしまうかどうか煩悶としていたが、タイミングよく戻ってきた兵士達から、軍団長が急いで城へ戻る事態が発生したと教えられ、罰のほうも有耶無耶になりそうなので、結局魔術を使って終わらせた。

 その際、地面をひっくり返す勢いで土魔術を使ったことを兵士達に驚かれたが、ちゃんと元通りには出来たと自負している。

 軍団長に何か言われたらその時は素直に謝ろうと思いながら城へ帰ると、城内はまるで戦争でも起きたかのような騒ぎようだった。
 実際、起きているのは戦争に似たようなものなので、この時に俺が抱いた印象は決して間違いではない。

 詳しい事情を聞こうにも暇な人間はおらず、仕方なく俺は自分の部屋へ戻って休んでいると、少し経ってからパーラも帰ってきた。
 どうもパーラの方でも、シャスティナが街中を疾走する騎馬に不審なものを覚えたらしく、観光案内はそれでお開きとなり、練兵場に俺の姿もなかったことから、こうして部屋に来たとのこと。

 俺もパーラも今城で何が起きているのか分からず、しかもシャスティナからは部屋を出ないようにも言伝られており、城内が落ち着くのをただただ待つことにした。

 それからどれほど時間が経ったか。
 外はすっかり日が落ちて暗くなっており、部屋に運ばれてきた夕食を食べ終えてくつろいでいたところにディースラがやってきて、今この国で起きていることを教えてくれた。

 なんだかんだで俺達のことを気にかけていたようで、城内がこんな状況なので俺達の様子を見に来たらしい。
 そして、先程まで居合わせていた会議でのやり取りと、今後の予想などを話してくれた。

 スワラッド商国の隣国が侵攻してきたことによる被害、その侵攻してきた月下諸氏族連合に関することなど、こちらから聞いたことには全て答えてくれた。

 なお、スワラッドの偉い人達が集まっている会議の方はディースラが途中で抜け出しただけで今も続いているそうで、明日の朝までには国として何らかの方針が決まって動き出すだろうとのこと。
 シャスティナもスワラッドでは地位が高い方なので、ディースラの世話役を一時解かれて、会議に加わっているらしい。

「…その連合についてはわかりましたけど、なんで急に攻めてきたんですか?国同士でなんかあったんですか?」

「ふぅむ……それに関しては我の推測も含まれるが、聞くか?」

「できれば」

「よかろう。では何から話すべきか…そうだな、広義では領土問題であるとしたうえで、連合側が欲したものが恐らく発端であろう」




 スワラッドと国境を接している月下諸氏族連合とは、これまでも何度か小競り合いは起きていた。
 ただし、大規模な衝突というわけではなく、基本的に戦争らしい戦争になど発展せず、極力武力を用いない話し合いで解決してきたことから、国としての関係はそう悪くないと、スワラッド側は思っていた。

 世の中には、勝手に国境を越えて侵攻しておきながら、原因は相手にあったのだから賠償しろという頭のおかしい国もあるが、そんなのでもない限り、話が通じるのであれば戦争にまで発展することはそうそうない。

 だが現実として連合は国境を越えて侵攻して二つの村を襲い、しかも内一つの村は生存者なしの虐殺だ。
 完全にスワラッドへ対する敵対行動だろう。

 ではなぜ連合がそんな行動に出たのかだが、これに関してはスワラッド商国の上層部は心当たりはなく、一報を受けてからは戸惑うばかりだ。

 相手のことで分かっているのは、およそ百人の騎馬のみで構成された部隊ということと、特徴のある服装と馬の扱いに長けた部族ということで、九大部族の内の一つであるラーノ族というのが主体になっているようだ。
 ディースラがこれに対し、一つの仮説を口にした。

 曰く、『聖地を失ったラーノ族による、新しい聖地を求めての侵略である』とのこと。

「…聖地?」

 ディースラの口から飛び出した、連合が求めているというものについて、思わず聞き返してしまう。
 確かに今、彼女は連合が聖地を求めてスワラッド商国へ侵攻してきたと言ったが、そんなくだらない理由で?

「それってあれでしょ?神とかその使途が降臨したり、祝福を与えた土地ってやつ」

 こっちの生まれではない俺はともかく、パーラの方は聖地についての認識も一般的なものは持ち得ているようだ。
 俺に向けた言葉ではないが、今の説明で今一つピンとこなかった部分を補ってくれて助かる。

「うむ、そういうやつだ。連合は複数の部族で成り立っておるが、それぞれに心棒するものは異なる。多くは自然現象を神と見立てたり、精霊を崇めたりと様々だ。中にはヤゼス教を信仰している部族もおるぐらいよ」

「まぁ部族ごとに宗教が違えば、そういうこともあるでしょうね」

「であるな。聖地と言っても、そうだと思われているだけで、実際にはなんのことはない、ただの土地であるものが多い。だが、信仰においては聖地というだけで、その価値は計り知れぬ」

 地球でもそうだったが、惑星単位で見れば爪の先程もない面積の土地でも、そこに特別な価値を見出した人間は狂ったようにそれを求めてしまう。
 そこに理があろうとなかろうと、自分のものにしなければ気が済まず、戦ってでも手に入れる、あるいは独占しようとするのが戦争の始まりとなる。

 ここに宗教がセットで絡むと話は複雑になるため、聖域・聖地を巡る争いはとにかく解決に莫大な手間と時間がかかる、非常に面倒な問題だろう。
 おまけに解決しても、残るのは大抵焼け野原だというのだから救いようがない。

「その聖地を失ったっていうのは、何者かに奪われたとかですか?…もしかして、スワラッド商国が?」

「聖地は奪われてもおらぬし、スワラッドが何かしたわけでもない。ラーノ族の聖地というのは『清き水の湧きいずる丘』というそうなのだが、少し前にその泉が枯れただけだ。これは人の力でどうするものでもない、ただの自然の一部に他ならん」

「へぇ、泉が枯れた……ん?なんでディースラ様が連合の、しかも一部族が大事にしてる聖地のことを詳しく知ってるんですか?」

 その泉が枯れたのが最近として、今日までディースラは俺達とずっと一緒にいた。
 誰かから聞いたにしても、ラーノ族の動向によほど注意を払っていない限り気にも留めない情報だろう。
 今は連合が攻めてきたから繋げることはできるが、たかが一部族が大事にする聖地の現在の事情に詳しいディースラには違和感を覚える。

 まさか、こうなることを予見していたとでも?
 あるいは、俺が知らないだけでラーノ族は多くの人間に加えてドラゴンすらも注目する程の部族だったりするのか?

「あぁ、それはな、水の亜精霊から聞いたのだ。このサーティカに来る途中に川のぼりをしただろう?あの時に、川の水に触れた我に亜精霊が教えてくれてな。人間が聖地と呼ぶだけあって、水の亜精霊もその泉のことは気にしていたようだ」

「亜精霊?…アンディ、そんなのいたっけ?」

「いや、俺は見てないが」

 ディースラが言っているのは運河を使って移動したときのことだろうが、その時にそんなことをしていたようには思えない。
 流石に俺もパーラも、水の亜精霊とやらの出現に気付かないほど暢気してない。

「それはそうだろう。水の亜精霊は姿を見せてはおらぬ。水を伝って我にのみ言葉を届けたのだからな」

 水を伝って言葉を届けたというのは、その亜精霊が水に属するが故の芸当なのだろう。
 精霊がそうであるように、亜精霊もどこにでも、誰にも悟られることなく存在できるため、連合の領土にある泉が枯れたというのを知っていてもおかしくはない。

 同じ水系統の超常生物ということで、亜精霊とディースラが情報を共有できたから遠く離れた土地の異変まで知ることができ、ラーノ族が侵攻してきた理由へと繋げられてしまったわけか。

「しかし、聖地が失われたから、スワラッドにそれを求めて動いたっていうのはなんだか変な感じですね。言っては何ですが、自分達の領土で新しい聖地を探すべきでしょうに」

「そう簡単な話ではないわ。聖地というのはそうそう替えが効かぬ。だからこそ、よく似た土地をもとめてラーノ族はやってきたのだろう。幸いと言うべきか災いしてと言うべきか、件の枯れた泉とよく似た、清水の湧く丘というのはこちらの国にもあってな、それを探して回るついでに村を襲ったのかもしれぬ。ラーノ族は騎馬民族として知られる一方で、冷酷な戦士としても知られておる」

「なにそれ、完全に自分達の都合じゃない。そんなことのために、スワラッドの人は殺されたの?」

 パーラもあまり信心深いタイプではないため、聖地というもののにあまり価値を見出せず、それによって人が殺されたというのを不快に思っているのが顔によく出ている。
 完全に一方的な都合で殺されるというところに、かつての自分の兄の死を思い出しているのかもしれない。

「うむ、実に愚かしい。人が人を殺す理由としては最もつまらんものだろう。それとこれは丞相から聞いた話だが、ラーノ族は少し前に族長が変わったらしい。そのせいで聖地の泉が枯れたという部族内での風評も恐れて、侵攻を急いだというのが丞相の見立てだ」

 九大部族の一つだけあって、恐らくラーノ族は多くの民を抱えている。
 そのトップに立つ族長が交代したとなれば、そこには期待と不安が必ず付きまとう。
 普通なら何らかの力を示して族長の地位を確固たるものにするが、それが今回の侵攻だとすれば、聖地の喪失の埋め合わせと新族長の足場固めの二つの意味があるのではなかろうか。
 だからこそ、強さを示すために虐殺を働いた、というシナリオは十分にあり得る。

 聖地である泉の喪失はディースラが、族長の交代は丞相がそれぞれ出した情報であり、それらを統合するとそれまで謎だった連合の侵攻理由が朧気だが見えてきた気がする。

「つまり、ラーノ族が新しい聖地を求めるのと部族内での足場固めの二つを兼ねた一部族による単独侵攻だった?」

「恐らくは、というのを頭につけてだが、スワラッドの上層部はそう考えておるの」

 今回の侵攻が連合の総意ではなく、ラーノ族だけが聖地を求めてのものだとすれば、それは完全に一部族の事情であり、スワラッド商国と月下諸氏族連合の全面対決に即突入という事態はひとまず避けられるはずだ。
 とはいえ、九大部族の一つがしでかしたことなら、その責任をどこに求めるかは決まっている。

「とすれば、スワラッドとしては連合に対して強い抗議をして、ラーノ族の責任を追及することになりますね」

 ラーノ族が本当にそういう理由で侵攻してきたとしたら、連合に対して抗議をして賠償請求をするのが国として正しい対応だ。
 一応、ラーノ族を騙ったどこかの勢力による謀略という可能性もなくはないが、それでもまずはやることは変わらない。

「であろうな。まぁ国同士ではそうでいいが、スワラッドとしてはもう一つ、村を攻めるだけして姿をくらましたラーノ族の部隊が気になっているようだ」

「くらましたって…普通に村を襲った後に連合の領土へ戻ったのでは?」

「であればいいが、どうもそうではないようだ。もしまだスワラッド側に残っているならば、またどこぞを襲う可能性もあろう?なにより、こちら側にラーノ族の占領地が生まれるのをスワラッドは嫌っておる」

「そりゃあそうでしょうね」

 スワラッド側にある土地を狙っている思われるラーノ族は、そこを聖地とするためにはまず占領を目論んでいるはずだ。
 それを理解しているスワラッドとしては、自国内に他国の領地を抱える厄介さは当然理解しているため、行方の分からなくなったラーノ族の部隊がまだ自国内にいるのなら、一刻も早く捕捉したいのだろう。

「まだ正式には決まっておらぬが、我がいた辺りまでの会議の流れを考えると、スワラッドとしては国境警備軍の増援と被害にあった村の救援のために、早晩兵を派遣することになるであろうな」

 増援とはいうが、恐らく国境警備軍にとっては今回の件に関しての査察の側面が大きいのかもしれない。
 国境を守る立場にありながら、易々と他国の兵の侵入を許した上に村二つに被害が出た以上、国としては警備軍の怠慢や失態を追求するはず。

 加えて、未だ国内にいるかもしれないラーノ軍の追跡するための人手も増派しようというわけだ。
 追跡と遭遇戦を想定した編成になると思うが、どうも城内に漂う空気から急いでいるような気がしてならない。
 恐らく、迅速な派遣を優先して、打撃力を期待した少数精鋭が揃えられるはず。
 そこには魔術師の随伴も考えられることだろう。

「…ディースラ様、その派遣する部隊ですが、俺が同行することはできますかね?」

「なんだと?」

「アンディ、本気?」

 少し考え、頼むような形でそう尋ねると、眉を顰めて怪訝な顔をするディースラと、対照的に眉を跳ね上げて驚いているパーラから、揃って視線が向けられた。
 日頃、国が絡む騒動には関わりたくないスタンスを明らかにしている俺が、ここで意欲を見せたのが意外なようだ。

「ふぅむ…できるかできないかで言えば、できる。さっきの会議でも、スワラッドの抱える魔術師をどれだけ派遣するかが議題に上がっていた。戦闘を想定すれば、魔術師は一人でも多く遣わせたいが、かといって、貴重な戦力となる魔術師を今は城の守りから外すのも躊躇うらしくてな。お主ほどの魔術師なら、歓迎されよう」

 敵が騎馬を主体とした部隊だとして、遭遇すれば必ず機動戦を仕掛けてくる。
 距離がある内なら魔術で損害を与えるのが戦術の基本となれば、魔術師は何人いてもいい、といったところか。

「では丞相閣下に派遣部隊への随伴を志願すれば、まず問題なく受け入れられるんですね?」

「ああ、恐らくはの。一応、我の方からも推薦する旨を伝えておこう。我が認めた魔術師となれば、向こうも人品と腕を疑いはすまい」

 ゴードンとの決闘で俺の魔術を見たからか、ディースラの俺への評価は意外と高まっている。
 ドラゴンが腕を保証する魔術師だ、少しでも戦力が欲しいスワラッドは同行を受け入れるはずだ。

「はい、お手数をおかけしますが、よろしくお願いします」

「うむ。…しかし意外だな、パーラの言ではないが、お主はこういう争いには加わらない質だと思っていたぞ」

「ほんと、ディースラ様の言う通りだよ。珍しいね、アンディ」

 出会ってから今日までのも短い時間ながら、俺の為人をそれなりに知るディースラの言葉に、パーラも乗っかるようにして尋ねてきた。

「まぁ、俺もなるべくなら、こういう面倒くさい騒動とは距離を置いて生きてきたいんですがね、知ってしまったら目を逸らすわけにはいきませんよ。なにより、単純にムカつきますから、今回のラーノ族のやり口は」

「…そうだね。私、ジカロ村のことを思い出ちゃったよ」

「ああ。あれもマクイルーパの野心に巻き込まれた悲劇だったし、今回の事件とやっぱり似ているよ。あの時のことが、頭をよぎっちまってな」

 以前、アシャドルのとある小さな村を襲ったマクイルーパの策謀には、俺もパーラも嫌な思いをした。
 今回も突然の侵攻と村一つの虐殺という、ジカロ村の時と共通しているところもあるだけに、あの時に感じた怒りや悲しみといったものが想起された。
 そして今、この腹の内に蠢いているのは、いっそ烈火の怒りと呼んでもいいぐらいだ。

 こちらの世界で生き、人の命を奪うこともある俺だが、それでも平穏に暮らしている人間を殺すことに対する忌避感だけは失くしていないつもりだ。
 俺はこの国の人間ではないが、そこそこの時間を過ごしているだけに多少の愛着も覚え始めているため、今回の事件にはそれなりの憤りを覚える。

 村人の無念を晴らすとまでに高潔な思いではないが、不条理に対して立ち向かうぐらいの気概で戦うつもりではある。
 しかし自分で首を突っ込んでおいてなんだが、よくよく派遣部隊に縁がある男だよ、俺は。

「何やら我にはようわからんが、己の中で確たる理由があるのならばよかろう。パーラはどうするのだ?その気があるのなら、アンディと共に行けるように我の方から取り成すが?」

 そういえばパーラのことをすっかり忘れていたな。
 一緒に来るならそれでいいが、残るなら何か頼みごとの一つでもしておくべきか。
 こいつを暇にさせておいて、何か問題でも起こされたら困る。

「うーん…じゃあお願いしてもいいですか?どうせ一人で残っても暇なんで」

「よかろう。そのように言っておく」

 そうするだろうという予感はあったが、派遣される目的を考えると、こいつ以上に頼もしい奴はいない。
 こいつの追跡術はラーノ族の行方を捜すのには役にたつ。
 正直、一緒に来てくれるのはありがたい。

 しかしこうなると、もう一人、こちら側へ引き込みたいのがいる。

「ディースラ様はどうするんですか?こちらに残って何かやることでも?」

「いや、特にはないな。精々、かき氷のことで丞相と交渉を続けるぐらいよ」

「なるほど、でしたら俺達と一緒に来ませんか?ここで城に籠るのも退屈ですよ、きっと」

 今現在、スワラッド商国で自由に動ける戦力の中で、ディースラ以上の存在などいないだろう。
 それが共にいると言うだけで味方の士気は高まり、敵の士気は挫ける。
 実に効果の高い全なお守りだと言えよう。

「ほう、さも慮っているかのような口ぶりだが、その本心はどうだ?我を盾にでも使うか?いや、ともすれば槍か?」

 そんな俺の企みなど賢いドラゴンには丸っとお見通しのようで、迫力のある笑みを向けられてしまった。
 すっかり慣れたつもりだったが、やはりドラゴンの迫力というのは恐ろしい。

「…やはりわかりますか。まぁ言ってしまえばそういうことです。ドラゴンの力、威嚇にも抑止力にも使い勝手がいいので」

「であろうな。まぁお主の言うことも分かる。何もせずとも、同行するだけで効果はある。丞相らにも派遣部隊への同行を遠回しに頼まれたがな、断ったわ。人間同士の争いだ、人間同士でどうにかせねばな」

 予想していた通りか。
 ディースラは決して人間に友好的なのではなく、適度な距離を取った付き合いでここにいるに過ぎない。
 求めれば必ず助けてくれるような相手ではない。

「それは何か、ドラゴンの掟のようなものですか?」

「そんな大層なものではない。単に人の問題にあまり我らのような力ある者が軽々に介入するのがよくないと、昔からそういう考えがあるだけのことよ」

 スワラッド側からすれば、ドラゴンが一緒になって対処するというのを、ラーノ族をはじめとして連合側に示せれば、無駄な抵抗もなくスムーズに事が進むという狙いもあるのだろう。
 だがディースラにとっては、今回の人間同士のいざこざに介入することのメリットが薄い。

 今の言いようから察するに、仮にかき氷の件をチラつかせても考えを変えるのは難しい気がする。
 ひょっとしたらもう丞相はその手を試したがダメだったというのも十分考えられる。

 とはいえ、これから向かう先で仮に戦闘へ発展するとすれば、ディースラの生物としてのスペックがいい切り札にもなると考えられ、俺としては彼女にも一緒に来てもらいたいところだ。

 仕方ない、ここはひとつ、俺の手持ちの札を切るとするか。
 本当はもっと有効なタイミングを狙いたかったが、今がその時だと思うとしよう。

「仰ることはごもっとも。確かにディースラ様には理由がありませんね」

「左様。まぁ我はお主らが無事に帰ってくるのを待つのみだ。お主らほどの魔術師なら、悪くなったとて身一つで逃げ帰るぐらいはできよう」

「さて、どうでしょうねぇ……ところでディースラ様、あのことについてなのですが」

「あのこと?」

「覚えておいででしょうが、もう一度言わせていただくなら、祭りの後、ディースラ様に俺の頼みを一つ聞いてもらうというのを保留させていただいたことについてです」

「おお、あれか。うむ、覚えておるぞ。何でもと言ってしまったしな、我に出来ることなら―……まさか」

 鷹揚に頷くディースラだったが、何かに思い至ったのかその動きを止めた。
 そして、俺を見る目に動揺が浮かんでいるのもよくわかる。
 流石、頭の出来が違うドラゴンは察しもいい。

「ご賢察、流石です」

 俺が何を尋ねるのか完全に理解した風のディースラに、改めて言うのは野暮であろうが、あえて言わせてもらおう。

 俺達と一緒に、国境へ向かう部隊に同行していただく、と。
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