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決闘場への道

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「私がいないちょっとの間に、どうしてこんな事態にできるんですか…」

「かっかっかっか!よいではないか!我も暇をしておったし、それに丞相との面談も明日になったのであろう?結果としてはよい暇つぶしになるわ」

 頭痛を堪える様子のシャスティナを見て、少しも申し訳なさそうにすることなく笑うディースラという構図は、そのままこの国におけるドラゴンの立ち位置を表している。
 強大な力を持ちながら利益も与える存在は、迷惑を被るが無碍にもできない厄介な相手だということだろう。

 ゴードンから決闘を吹っかけられてすぐ、俺達は彼らに促されて城の外にある練兵場へと向かう。
 なお、ゴードン達はさっさと先に言ってしまったので、俺達は三人で移動していた。
 せめて案内人を残して行けと言いたかったが、どうもそこまで着の回る人間ではなさそうだったので、そこは諦めている。

 決闘などと言う面倒くさいことは、俺の本心では断りたかったのだが、ウキウキと歩いていくディースラにそれを告げるのが何となく躊躇われ、仕方なく一緒に歩いていたところに、シャスティナが合流してきた。
 その際、俺達と一緒にいるゴードン達を見て、眩暈を起こしたようによろける姿には同情を禁じ得ない。

 聞けば、丞相とディースラの面談の予定を取り付け、急いで俺が横になっていた部屋に戻ってみれば誰もおらず、軽く混乱したという。
 これはメッセージを残さなかった俺達が悪かった。

 巡回していた衛兵に行き先を聞いて俺達に追いついみれば、これから決闘だというのだから頭を抱えてしまうのも無理はない。

「すみません、俺は決闘なんてやるつもりはなかったんですが…」

「ディースラ様が面白い!乗った!なんていうもんだから、私らもこうしてついてくことになってさ」

「ええ、そうでしょうね。そういう方です。かき氷のことで色々と溜まってもいたとは思いますが」

 傍で見ていたからわかるが、暇つぶし感覚で俺の決闘を決めたディースラは、やはりひどいやつだ。
 かき氷作りの計画を丞相に突っぱねられ、その意趣返しというわけではないが、鬱憤もあってのことというシャスティナの見立ては頷けるものがある。

「なんだ、我が決めたことが迷惑だとでも言わんばかりに」

『迷惑です』

「ぬ…」

 心外だと言わんばかりのディースラに、残る三人でバッサリと切って捨ててやると、流石に彼女も黙り込んだ。

 思うに、こういうところがドラゴンらしいと言えばそうなのだが、一方で猫のようでもあるというのが俺の感想だ。
 残忍そうに見えて優しさも持ち合わせ、勝手気ままに振舞うかと思えば人の機微にも気を遣うという、まさに奔放な猫の生き方と似ているようにも思える。

 ここで一つ、ドラゴンと猫は同種の生物だったという説を唱えることで、生物学の研究に一石を投じられないものだろうか。
 誰かやってくれ。

「はぁ…もう決定したことは仕方ないとして、あのゴードンがどういう人間かは教えてもらえますか?シャスティナさん」

「ええ、構いませんよ。…普通は相手のことを知らないで決闘を受けたのを叱るところですが、事情が事情ですからね」

 一瞬ディースラを見て、深い溜息を吐くシャスティナにつられて俺とパーラも溜息が漏れる。

 シャスティナが語るところによれば、ゴードンはプレモロ伯爵家の嫡男として、今は城内の警備を一部預かる部署で役目についているそうだ。

 プレモロ伯爵家は代々優れた文官を輩出した名門であるが、ゴードンはこのプレモロ伯爵家で久しぶりに表れた、武官として並外れた才能を持った男だった。
 スワラッド商国史上、最年少で正騎士に叙任されたというのだから、よほどのものだろう。

 さらには、初めての立ち会いで勝ちを得てから今日まで、ただの一度も負け知らずと、まさにスワラッドにて無敗の剣士という肩書をただ一人持ち続けているという。

 スワラッド商国はその国の性質上、文治の気風が強い政治形態であるため、文官としては活躍する場が多い。
 しかし、武官の働く場が全くないわけもなく、ゴードンはスワラッド商国の軍において若くしてその力を示し、あの歳ではかなりの出世頭として知られている。
 いずれは騎士団長に任命される日も遠くないと思われていたが、残念ながらその時は訪れることはないだろうと、シャスティナは言う。

「それはまたどうして?それだけ強いのであれば、騎士団長としては十分でしょうに」

 ここまで語られた人物評を考えれば、ゴードンが騎士団長へと就く可能性はかなり高い。
 一国の騎士の長に求められるのはまず強さだ。
 ちょっとした小競り合いであっても、トップがいきなり死んでしまってはその集団は士気を失って使い物にならなくなる。
 必ずしも強さだけで計りはしないが、必要な条件の一つとしては決して小さいものではない。

「確かに剣の腕だけを見ればそうでしょう。ですが、ゴードンは些かどころか、致命的なまでに素行の悪さが際立っているのですよ。名が知られるとともにその為人も広まると、彼を騎士団長にという声は全く上がらなくなりました」

「あぁ、そりゃまぁ、あの性格ならねぇ…」

 先程の邂逅を思い出してか、パーラが遠い目で言う言葉に俺も同意してしまう。

 初対面から見下した接し方をしてきたのは貴族らしいと言えなくもないが、それにしてはあれだけ尊大な口を利くのは、己の強さに圧倒的な自信を持つが故のものだろう。
 第一印象は決して良くないが、しかし一方でディースラを相手に態度を変える程度には分別もあるあたり、ただのバカというわけでもない。

「素行が悪いというのは主にはどのような?」

「喧嘩ですね。何かあるとすぐに暴力に訴えて、しかも本人の腕っぷしが尋常ではないので、喧嘩した相手に大怪我をさせることも珍しくありません。そういった騒動をよく起こすのですが、よほど入念に揉み消しているのか、被害を訴え出る人間は意外に少ないのです。また、咎なく殺された人間もいたという噂もあります。あくまでも噂ですが」

 喧嘩っ早く、しかも被害者が奇妙に思えるほど少ないというのは、脅迫や証拠隠滅にも抜かりはなく、半グレ集団やヤクザに勝るとも劣らない危険さだな。

「そんなヤバいのが、なんで普通に城内を歩けてるんですか?」

「それはプレモロ伯爵家が王家の信も篤く、どの貴族家よりも重用されているからです。嫡男があれでも、その親や祖父、さらには下の兄弟までもがその働きで大きく貢献をしています。他の血縁者が築いた功績に守られ、ゴードンはその振る舞いを咎められない立場を手にしているということです」

 貴族の嫡男というのは爵位を持たずとも、生まれた家の権威を纏うことができると言われているため、多くの場合は権力を笠に着た横暴なドラ息子というのが生まれやすい。
 ゴードンはまさにその典型で、なまじ本人が武力に才能を示しているだけに、家の権威と腕力で勝手気ままが出来てしまっていたわけだ。

「正直、そんなのを野放しにしているスワラッドの将来が不安になりますね」

 国への批判をシャスティナに言うのは少し躊躇われたが、しかし俺の本心ではあるのでここは口に出さずにはいられない。
 迷惑を被っているのは俺なのだから、文句の一つも言う権利はあるはずだ。

「辛辣ですね。しかし、強く否定もできないのがこの国の現状でしょうか。それにしても、まさか決闘とは…」

「なにか気になることでも?」

 苦笑いから一転して考え込むような仕草を見せたシャスティナに、何か存念でもあるのかそう声をかける。

「ええ、この決闘ですが、ゴードンとしては何が狙いなのかと。単に暴れたいと言うだけなら、なにもこんな回りくどいことをせずともいいでしょうに。理由について彼らは何か言っていましたか?」

「まぁそれっぽいことは言ってましたけど、ディースラ様との試練を突破した俺の力を見るとかそういった感じの」

「そうですか……やはりアンディの功績を妬んでのことでしょうか」

「妬み、ですか。人間なら避けえない感情でしょうが、さしずめ、自分以外がドラゴンの試練に勝って称賛を受けるのが気に入らないとか、そういった感じですかね」

 シャスティナが言う功績とは、まず間違いなくドラゴンの試練に打ち勝ったことを指す。
 この国の人間にとってはそれが名誉であることは分かるが、よその人間がドラゴンに試練で勝ったというのが気に食わないと決闘を挑んでくるのは納得はともかくとして、一応理解はできる。

「それもあるでしょうが、実際の所はアンディを決闘で下して、間接的にでもディースラ様の試練を乗り越えたも同然と言い張るつもりかもしれません。」

「はあ?なんだ、そのゴードンは頭がおかしいのか?我の試練と今からやる決闘を同等に考えておるというのか?」

 決闘と試練が紐づけられたからか、それまでは先頭を歩いていたディースラがこちらへ向き直り、呆れたような口調でそう言い放った。

 今回の試練はディースラにダメージを与えればクリアというものだったが、この国でも最高峰に位置するシャスティナですらクリアできなかった試練に、多少腕が立つ程度の若造が挑んだところで結果はわかりきっていた。
 だというのに、決闘という形で功績の上書きをするかのようなゴードンが愚かに思えて仕方ないのだろう。

「決してディースラ様を軽視してはいないでしょうが、試練に対する認識は正しいものとは言い難いのかもしれません。そもそも、ゴードンは試練に挑むことも許されなかったようですし、その鬱憤もあるのでしょう」

「許されなかった?素行が悪いという理由でですか?」

 ディースラを宥めるように言ったシャスティナの言葉に、気になるものがあった。
 この国の基準でも強者に分類されるゴードンが、試練に参加を許されないというのは妙だ。
 国の利益を考えれば、試練を突破できる者は一人でも多くビシュマへ送り込むべきだろう。

「恐らくそうでしょう。何せ日頃から他と揉めてばかりいる者です。ビシュマでどんな騒ぎを起こして、ディースラ様の怒りを買うかもわかりません。下手をすれば、我が国は吹き飛びます。ならばいっそ、行かせない方がましでしょう」

「…何やら我は不当に危険物扱いされておるような気がするのだが?」

『……』

 ドラゴンを特大の爆弾かのように表現したシャスティナの言葉に、ディースラは眉をしかめて唇を尖らせるが、実際危険度で言えば核爆弾と同程度だというのが俺の感想だ。
 そのため、ディースラのその言葉に何かを言える者はこの場にはいない。
 下手なことを言って機嫌を損ねたくもないしな。

「そ、それでゴードンの動機はわかりましたけど、なんで功績をそこまで欲しがるんですかね?聞いた限りだと、そういうのは気にしないような人っぽかったんですが」

 何も言わない俺達をジッと見据えてくるディースラから視線をそらし、若干声が裏返りながらも話の方向を元に戻す。

「確かに、出世にあまり貪欲な人間ではありませんね。しかし同時に、必要なら他人の功績を横取りする性質も持ち合わせています。今回の決闘の狙いは、恐らく…嫁探しでしょう」

『嫁探し?』

 ディースラの口から飛び出した予想外の言葉に、俺とパーラは揃って首を傾げる。
 決闘の目的が嫁探しなど、予想したものとは違い過ぎて間の抜けた声が漏れてしまうのも無理はないだろう。

「実はゴードンは伯爵家の嫡男としては異例なことに、婚約者がいないのです。彼の素行の悪さは有名でしたから、婚約者も離れていったと聞いています。彼ももういい年だというのに、未だに結婚の話が出てこないため、焦りもあったのでしょう」

「それって、自分の行いが悪いから女が寄ってこないってことでしょ?まともになれば結婚相手ぐらいすぐ見つかるんじゃない?伯爵家の嫡男なんだし」

 今にも鼻をほじりそうなほどに興味の失せた顔をしたパーラの言葉に、シャスティナが首を横に振る。

「パーラの言うことも分かりますが、それができるほど殊勝な男ではありませんから。それに、伯爵家だからこそ、家格に合う相手を見つける義務もあります。生半可な家柄の女性では伯爵家としては婚約者と認められず、高位の貴族家の女性を迎えたいところですが、そういう方はゴードンの悪行を知っていますからね。今更いい子に戻ったと聞いても、信じないでしょう」

「…ドラゴンの試練を突破した者がいて、それを決闘で倒すことで自分は同等、あるいはそれ以上に価値のある人間だと知らしめて、女性の方から寄ってくるのを期待しよう、と。そんな浅はかな考えを?」

「そんなところではないでしょうか。あくまでも私の予想ですが」

 普通なら無理がある話の持っていき方だが、ゴードン自身があまり賢くなく、これまでも腕力でどうにかしてきたタイプであれば、希望的観測と自分本位の考え方だけで俺へ決闘を挑んだというのも、筋は通らずとも頷ける。

 しかし、この決闘の目的が非モテからの脱出だったとは…。
 性格はクソだが、その動機には一定の共感を持てる。
 俺も男だからな。

「実際の所、俺としてはこの決闘にあまり乗り気ではないんで、できればどうにか回避できませんかね?不当な決闘とか言って、シャスティナさんが止めてくれるのが一番ありがたいんですが」

 ここまで話を聞いて、元々俺にとっては薄かった決闘の意義がさらに薄まり、どうにか回避できないか、シャスティナに頼み込んでみる。
 国随一の魔術師なのだから、ゴードンも彼女の言葉には耳を傾けるはずだ。

「こらこらこら!何を弱気なことを言っておるか!面と向かって挑まれた以上、男なら戦って意思を示さんか!」

 しかしそんな俺の思いも、鼻息を荒くしたディースラの言葉で押しのけられる形となる。

「意思を示すも何も、俺は断ろうとしたのにディースラ様が勝手に承諾したんでしょう。大体なんでそんなに俺を戦わせようとするんですか。言っては何ですが、俺は午前にあなたに気絶させれた、病み上がり同然なんですよ?嫌がらせですか?」

「…その件については、もう謝ったであろう。それに我の見たところ、もう完全に復調しているのではないか?」

「それはまぁ…。奇麗に脳を揺らされただけですし」

「ならば問題なかろう。よいか、アンディよ。我はな、この決闘を通して、お主が実際に戦う所を見たいのだ」

「俺の戦う所?そりゃまたなぜ?」

「試練だ!今年の我の試練は、人の研鑽や積み重ねによって鍛えられた力を見るつもりだった!途中まではその目論見通りだったが、結局お主のかき氷によって締めくくられた終わり方を、我の胸の内ではまだ消化しきれておらぬ!」

 そうは言うが、結局かき氷をうまいうまいと食っていた姿は、実に楽し気だったと思うのだが。
 まぁこれを今言うとまた話が長くなりそうなので、一先ず黙っておこう。

「はぁ、でも何を使ってもいいって」

「そうではあるが!…そうではあるが、我はまだお主の力を見ておらぬのでな」

「力なら最初に会った時に魔術を使って見せましたが?」

「うむ、あれも人間にしては中々の魔術ではあったが、お主の全てでは無かろう?我が見たいのは、お主が実際に戦う姿だ。それを見て、試練のありえた未来を想像したいのだ。アンディよ、ここはひとつ頼まれてくれぬか」

 何となく彼女が言いたいことを理解できた。
 要するに、ディースラは今回の試練では人が鍛えた力で挑んでくるのを楽しみにしていたのに、まさかのスイーツ一つで突破されたのが不完全燃焼だったのだろう。
 それで胸に抱えたモヤモヤを晴らすために、俺がもし仮に正攻法で挑んでいた場合の戦闘能力を、この機会に多少でも図りたいのかもしれない。

 ここまで聞いて、完全にディースラの都合で決闘を受けさせられていると自覚すると、益々もって決闘を回避したくなる。
 しかし一方で、正攻法ではない、不完全燃焼に終わらせた試練への後ろめたさというのも若干だが覚えた。
 実際はドラゴンの我が儘と理不尽が多分に散りばめられた話であり、それでも強く拒むのが面倒な相手なのがまた質が悪い。

「…アンディ、私からもお願いします。ディースラ様がこう望まれているのなら、それを叶えて差し上げるのがこの国の意思なのです。この決闘へ乗り気になれないあなたの気持ちも分かりますが、どうか…」

 そこに加え、シャスティナの懇願も加わってはまずます断りづらい。
 本心では決闘などしたくないのだが、今現在、俺達にとってこの国で逆らっても徳のない相手のトップツーにこう言われてはケツを捲ることもできない。

 これで決闘は避けえないことが確実となり、こうなっては腹を括るしかない。
 練兵場へ向かう俺の足は決して軽くはならないが、そうと決まったのなら色々と考えを巡らすのが戦いに赴く者の流儀だ。

 どう戦うかを考えているうちに、俺達は城の門を通って外へ出ると、目的の場所へとたどり着いた。

 城に併設される形の練兵場は安全のためか高い壁に覆われており、首都の限られた土地にあるにもかかわらずかなりの広さを持ち、騎馬を使った大部隊の演習すらもできそうなほどだ。
 先に訓練でもしていたのか、練兵場には大勢の兵士の姿があり、それらが手を休めて見守る先には、武装したゴードンと、彼に何かを話している、恐らく部隊の指揮官と思われる男性兵士がいた。

「そのようなこと、自分では判断が…」

「ちょっと場所を借りるだけだ。どうせお前んとこの隊長は今いないんだろ?黙ってりゃあバレねぇよ」

 どうやら決闘の場所を借りるのに揉めているのか、指揮官にゴードンが無理を言って困らせているようだ。
 こいつ、決闘を申し込んだ割には場所の手配もしていなかったのか。
 急に場所を貸せと訓練中にでも割り込んだら、相手も困るだろうに。
 そういうところだぞ、ゴードン。

「しかし…」

「そろそろそいつらも休憩させたほうがいいぜ?そんでその間だけ俺がここを使う、問題はねぇよなぁ?…おら、とっとけ。後で部下に酒の一杯でもおごってやれや。それで口止めにもならぁ」

 渋る指揮官の右手に、ゴードンが小袋を握らせる。
 場所代のつもりか、中身はお金であろう小袋を無理矢理押し付けると、指揮官の肩を強く押して遠ざけた。
 多くの兵士が見てる前でも平気で賄賂を使う辺り、ゴードンのモラルの低さは相当なようだが、仮にも伯爵家の長男とあっては、それを突っぱねられない指揮官の悲哀もその背中から感じられる。

 部下達の下へ向かう指揮官を一瞥したゴードンは、練兵場へ現れた俺達を見て顔に深い笑みを刻んでいく。

「おう、来たな。…なんだ、シャスティナじゃあねぇか。なんであんたが、と言うのも野暮か。ディースラ様の世話を任されるんだもんだ。そりゃあいるか」

 シャスティナの姿を見つけ、一瞬眉を跳ね上げたゴードンだったが、すぐに納得した表情を浮かべて大きく頷く。

「何度も言っていますが、口の利き方に気を付けなさい。まだ爵位を持たないあなたと従級魔術師の私では、どちらの立場が上かお判りでしょう。…まぁ今はそれはいいとして、まずはこの決闘の経緯をあなたの口からもう一度、聞かせてもらえませんか?できればその理由も」

「ぁあん?理由なんざどうだっていいだろ。俺様はそこの…なんつったっけ?」

「アンディですってば、若。どうでもいい男の名前を覚えないその癖、直したほうがいいですよー」

「やかましいわ。俺様の頭は余計なことを記憶するほど暇じゃねぇ!」

 俺を指さしてフリーズしたゴードンに、横合いからフラッズが助け舟を出す。
 この男、ついさっき聞いたばかりの俺の名前を忘れるとは、なんとも適当な頭をしているな。
 もし俺が美女だったら名前を忘れなかったのか?
 …俺だったら忘れないな。
 となれば仕方ないか。

「とにかく!そいつがドラゴンの試練に打ち勝ったってのが本当なら、俺様が直々にその実力を確かめるために決闘をするのさ!おらぁ!ここを使える時間はあんましねぇんだ!さっさと準備しろ!」

 そう言い放ち、ゴードンは背中に背負っていた大剣を地面へ突き刺し、それきり口を閉じてしまった。
 もはや質問はここまでだと言わんばかりの態度に、俺達もそれ以上尋ねることはしない。

 あまり深く考えこまない質なのはこの発言からでもわかるが、こうして直接言葉を耳にすると、やはりゴードンの動機はどうにもそれだけではない気がする。
 やはり、シャスティナが言った嫁探しというのが本当の狙いなのだろうか?

「準備といっても、俺達は城に入る際に武器を預けたままで―」

「分かっている。装備はそちらのものを使え。体に合うものを自分で選ぶんだ」

 完全に口を閉ざしたゴードンの代わりに、俺達へと近付いてきたミラがある場所を指さす。
 そこには訓練用と思われる剣や盾、鎧などが置かれており、それで装備を整えて決闘に臨めということだろう。

「…待ってアンディ、これ訓練用じゃないよ。鎧はともかく、槍も剣も刃引きされてない」

 武器を最初に見たパーラが、硬い声を出す。
 言われて見てみれば、確かにどれも模擬用のものとは言い難く、刃物の類は全て殺傷能力が残されているものばかりだ。
 鎧や盾といった防具で、実戦を想定して本物を使うのはいい。
 だが、訓練用の武器で真剣を使うのはどうなのか。

「あぁ、他の国ではともかく、我が国では訓練でも本物の武器を使ってますよ。もちろん、必ず相手を殺すわけではなく、寸止めでの戦い方を兵士は身に着けての上です。それでもけが人や死人が出ることもありますが、緊張感のない訓練に意味はないというのが軍部の主張なので、もう随分長くこのやり方ですね」

 もしや、この決闘のためだけにゴードンが新剣を揃えたのかと思ったが、何気ない風にシャスティナが言ったものに、俺もパーラも顔が引きつってしまう。
 実戦に備えた訓練で兵士に怪我を、ましてや死人まで出すなど馬鹿げていると思うのだが、それがこの国のやり方だと言われてしまうと、それ以上何も言えなくなる。

 決闘には真剣を使うこともあるにはあるが、練兵場を場所に指定したのだからてっきり訓練用の模擬の武器で行われるとばかり思っていた。
 だがそもそもこの国では訓練すら真剣を使うのなら、騙されたと主張することも意味はないのだろう。

「真剣での決闘かよ…やだなやだなぁ。怖いな怖いなぁ」

「ブチブチ言うとる場合か。とっとと準備せい」

 少しでも周りに恐怖を与えるよう、口調を変えてアピールしてみたのだが、ディースラが一刀してしまい、目論見は雲散霧消してしまう。

「分かってますよ。…ま、剣でいいか。パーラ、鎧着けるの手伝ってくれ」

「あいよ」

 使い込まれてはいるが壊れる気配のまだないロングソードを選び、次に胸当てを一つ手に取るとパーラへ投げ渡して装着を手伝ってもらう。
 剣はともかくとして、命を預ける鎧はちゃんとしたものを選び、しっかり身につけなくては。

「少し気になったんですが、ゴードンとシャスティナさんだと、どっちが強いんですかね?ぐぇっパーラちょっと強すぎ」

「我慢して」

 鎧を身に着けている間、シャスティナとゴードンの強さについて尋ねてみる。
 これから戦う相手であるが、ゴードンの強さは間接的に聞いたのみで、シャスティナの魔術に関しては直接目で見ているので、彼女を物差しにすればもう少し強さを計りやすいかもしれない。

「そうですね…ある程度の距離を空け、向かい合って対峙して始まる場合、まず間違いなく私はゴードンを圧倒します。これは魔術師であるならば、剣士であるゴードンより圧倒的に有利だからです」

「ほうほう、なるほどなるほど」

 まぁ予想通りだな。
 俺の見立てだと、シャスティナの魔術師としての実力は人類種では最高峰と言っていい。
 剣士としてはネイが、魔術師としてはシャスティナがそれぞれの部門で人類最強ではないだろうか。
 あくまでも俺の知る範囲での話だが。

 そんなシャスティナが距離的優位を持って始めた戦いにおいて、優位を誇れないわけがなく、剣を使うゴードンが勝てる見込みはまずない。

「ただし、もし距離が近い状態で開始したとすれば、私はゴードンに勝てないでしょう。私が習得している魔術の中で最も発動時間が短いものであっても、確実に先手は取られます。そうなると、あのゴードン相手に対抗するのは不可能となるでしょうね」

 俺とパーラはそうでもないが、一般的な魔術師はどいつも魔術の発動には詠唱が欠かせない。
 対魔術師での戦闘においてはこの詠唱中を狙うのが常とう手段であるため、ゴードンも当然そうするだろう、俺だってそうする。
 とはいえ、シャスティナならその程度は対策してそうな気もするが。

「それほどですか?シャスティナさんほどの魔術師なら、たとえ先制されてもうまく立ち回れば負けないと思うんですが」

「普通の剣士ならそうかもしれませんが、ゴードンは『一踏四足いっとうしそく』の使い手ですから。ある程度近付かれると、小手先の技術など意味もなくなります」

「…なんですか、その一踏四足というのは?」

「あぁ、普通は知りませんよね。一踏四足とは、我が国が独自に築き上げた、特殊な歩法の一つです。一歩で足四本分の踏み込む力を生み出すため、短距離で使われると消えるような素早い動きができるそうです。私は実際目にしたことはありませんが、ゴードンはこの歩法の数少ない習得者としても有名ですよ」

 チラリとゴードンの足へ視線を向ける。
 こうして見た限りでは、特段筋肉が発達した足というわけでもない。
 ただ、筋肉に依存しない、まさに特殊な歩法を修めているのであれば、こうした見た目では分からないか。

「なるほど、距離があれば対処はできるが、近いと一瞬で間合いを詰められる、と。詠唱ありきの魔術師には天敵のようですね」

 人間が移動する時、地面をどれだけ強く踏むかによってその速度は変わってくる。
 その一踏四足とやらが足四本で地面を蹴る時と同等の反発力をもたらすとすれば、詠唱を終えていない魔術師の目の前に瞬間移動したかのように現れて攻撃できる。
 距離を一瞬で詰められると弱い魔術師にとって、これほど厄介な相手はいない。

「魔術師だけではありません。一踏四足の使い手は、闘いに慣れた戦士にも強いですよ。目で追うことも困難な相手に、大抵の人間が初見では対処できませんから」

「そうでしょうが……そんなのと決闘するんですね、俺は」

 聞けば聞くほど、ゴードンの厄介な強さが分かってきて、どう戦ったらいいのか困る要素ばかりが積みあがっていく。

「普通なら勝ち目は薄いでしょうが、アンディは魔術師ですからね。私から助言を与えるとすれば、開始と同時に広範囲へ攻撃すれば、あるいはゴードンを捉えるかもしれません」

「あぁ、素早いと言っても攻撃は当たりますからね。範囲攻撃か…」

 相手は剣を使うようだし、遠距離攻撃の手段を持たないのなら、たとえどんなに素早く動こうとも必ず接近して攻撃してくる。
 ならば、それを迎え撃つ形で周囲全体をターゲットとした攻撃を使えば、とりあえず一発当てることはできるはずだ。

 ……いや、ちょっと待てよ。
 今俺は、魔術の暴発の危険性を抱えた状態だ。
 相手がドラゴンとかならいいが、生身の人間に向けて全力で撃ったらいったいどうなるのかわからない。
 まして相手はこの国の伯爵家の嫡男だ。

 決闘の果てに死んだというのは、貴族にとっては禍根を残すべきものでもないが、ここでゴードンを殺したら、表立っては見せなくともプレモロ伯爵家の恨みは残る。
 そうなると色々と面倒なので、なるべくなら殺さずに終わらせたいが、一踏四足へ対抗するなら魔術での範囲攻撃は欠かせないとなれば、いかんともしがたい。

 なんとも面倒な決闘だと、頭を抱えたくなったがそんな暇は許されず、俺の準備は整ってしまった。
 もっと考える時間が欲しかったのに、パーラの手際が良すぎた。

 とりあえず支度は整ったので、ゴードンが立つ所へ歩いていく。
 俺自身、この決闘での勝敗にこだわりはないので、とにかく怪我無く終わる様に努めるとしよう。
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