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ドラゴン打倒への第一歩

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 この世界における魔術の定義は、術者が魔力を用いて起こした現象、あるいは干渉を受けた結果のことを指す。
 近年では身体強化も魔術の一つだとする風潮にあるが、未だ魔術師が特別な存在だと考える人間も多く、ある程度の経験と修練を積めば大抵の人間が使える身体強化は一段低く見られがちで、魔術とは認められないという声はまだまだ大きい。

 火水土風の四属性を基本に、そこから派生した様々な属性の魔術も存在し、未知のものから固有魔術まで含めると星の数だけ魔術の種類があると言ってもいい。

 基本の四属性の内、水属性から派生した魔術に氷や雪と言った属性の魔術がある。
 これらはまとめて氷雪系とも呼ばれるが、単純に水を操る魔術に比べ、氷を生み出す、あるいは物体を凍結させるといったものは、その工程の複雑さから高度な魔術として扱われていた。

 戦闘においては、氷で作った刃を自在に動かして敵を斬り、また氷塊を生み出してはそれを盾とするなど、攻守共に優れた魔術という印象だ。
 日常においても使い道は幅広く、特に亜熱帯に属するスワラッドにおいて、強力な冷房能力を期待できる氷雪系の魔術師は、積極的に国が抱えこむほどに重宝されている。

 単純な破壊力や派手さでは火魔術に軍配が上がるが、氷雪魔術は柔軟な運用方法と、現象として見た際の美しさなどでは他を圧倒しており、時の権力者が評した『全属性の中で最も優美な魔術』という言葉は有名なのだとか。

 そんな氷雪魔術を、俺はここビシュマで初めて目にしたわけだが、率直な感想を言わせてもらえば、恐ろしいの一言に尽きる。

 広場に漂う亜熱帯にそぐわない冷気に、ステージ上で根を張っている氷の大樹という、個人がたった一度の魔術を発動させた光景としては実に幻想的で不気味なものだ。
 あらゆる生命を停滞させる冷気は、人間など容易く死に至らしめることができるのだろう。

 仮にあの魔術が俺に向けられたとしたら、土魔術なら防御出来る可能性は高いが、結局強力な冷気に晒されて土ごと俺も凍らされて終わりだ。
 強力な火魔術でもない限り対抗できるイメージがわかない氷雪魔術は、防御不可の広範囲攻撃を可能とする凶悪なもののように思える。

 この背筋を震わせているのは、物理的な寒さだけではないはずだ。

 そんな氷魔術だけに、ステージ上で存在感を放つ氷塊の中にいる者は、普通ならもう死んでいると判断するところだが、生憎普通じゃない者が氷漬けになっていた。

 退避していた役人がステージに上がり、恐る恐ると言った様子で氷の樹を観察し始める。
 ディースラという規格外の存在を知っているはずなのだが、それでも若干焦った様子だ。
 試練は彼女の縄張りの通行を許されるためのものなので、死なれては元も子もない。

 広場にいる誰もが、ディースラがどうなったのかという興味の視線を向けている中、氷の樹からピキリという甲高い音が聞こえた。
 音の正体は誰の目にも明らかで、氷の樹を縦に割るような亀裂が走っていたのだ。

 氷の状態はまだ溶ける気配が見えないのに亀裂が入ったということは、融解以外で氷に変化が起きたということになる。
 最初は一本だった亀裂が、徐々に枝分かれするように数を増やしていき、瞬く間に氷塊全体が蜘蛛の巣に覆われたと見紛う姿に変わり、そして遂には内側から弾けるようにして氷が飛び散ってしまう。

 氷の粒が薄綿のように舞い散り、煙る霧が一瞬濃くなった後にそれが晴れると、ディースラが氷漬けにされる直前と寸分違わない状態で立っていた。

「…やはり通じませんでしたか。私の百年の研鑽は、未だディースラ様まで爪の先すら届かぬほど、遠いようです」

 魔術を放った本人が一番分かっていたのか、ディースラの変わらぬ姿にシャスティナは特に驚いた様子もなく、むしろ安堵したようにそう零す。

「そう卑下するな、シャスティナよ。お主の魔術、確かに常人の域を超越したものだったぞ。なにせたったの一撃で、十三枚あった我が対魔術の障壁が全て抜かれたのだからな」

 自分の予想以上の魔術に感心した様子のディースラだが、よもやこいつ、障壁とやらを常時展開しているのか?
 対魔術というぐらいなのだから、それによって魔術は効果を減じるか無効化されると推測する。
 それが十三枚もあったとすれば、初めて俺が遭遇した時に放った雷魔術も、その障壁が防いだということになるのだろうか。

 しかし、十三枚あった対魔術障壁をたったの一撃で突破したというシャスティナの魔術は、間違いなく一級品の破壊力を持っていたと言っていい。
 長い詠唱相応の威力だと言われればそれまでだが、個人で叩き出した威力としてみれば破格だという事実は変わらない。

「はっ…されど、ディースラ様の試練に適う結果とはなりませんでしたか」

「であるな。痛みなど微塵も感じず、涼しさを感じた程度よ」

 どうやらディースラにはあのレベルの魔術であっても通じなかったようだ。
 考えてみれば、氷雪魔術は水属性であり、ディースラは海に棲むドラゴン。
 この世界における属性の相克関係から、水系統の魔術への耐性はかなり高いのかもしれない。

「分かっていたことでした。私の魔術は水に属する系統、海に生きるディースラ様には通じえぬと」

「しかしこの国にはお主以上の魔術師はいない、系統に目を瞑りでもせねば、試練を突破できる可能性はなかった…という所か」

「はっ、お察しの通りでございます」

 シャスティナほどの術者が属性による減衰に気付いていないわけがなく、単純に優れた魔術師というこで今回の役目を任されたのだろう。
 あれほどの魔術であれば、多少の属性の相克なら力尽くで突破できなくもないしな。
 ディースラが相手でなければ結果も違ったかもしれないと思うと、シャスティナにとっては試練の内容が悪かったと言う外ない。

「役目を与えらえれると逆らえんのは、宮仕えの悲しいところよなぁ。どうだ?日を改めてまた挑むか?今のところ、挑戦者で一番見込みがあるのはお主だけだしの」

 試練に挑むのは何も一度だけとは決まっていない。
 流石にその日の内にとはいかずとも、日を改めて再戦に臨むことは可能ではある。
 ただ、大抵は最初から全力で挑むもので、短期間で再戦をしたところで結果が変わるとは限らないため、普通は二度挑もうとしないものだ。

 それでもこうして誘うということは、それだけ他の挑戦者が不甲斐ないと暗に訴えかけているようだ。

「いえ、先の魔術が私の持てる全てでした。あれが通じぬ身で二度も挑むなど恐れ多きこと」

「ふむ…そういうものか。おぉそうだ、シャスティナよ。お主、この後暇なら、ともに祭りを巡らぬか?久しぶりに会ったのだし、美味いものでも食いながらくだらん話でもしようぞ」

「はっ、ディースラ様のお誘いとあらば、喜んでお供いたします」

 試練が終わってすぐに祭り見物に誘うという、これまで見た試練では一度もなかった光景に、他の観客達も驚いたような反応を見せている。
 普段からディースラは人間など気にも留めない態度だが、シャスティナに対しては幾分か気を許しているような接し方だ。
 過去にも面識はあったようだが、この試練で改めて彼女を気に入ったが故の態度だろう。

 しかし、ディースラもこのタイミングでシャスティナを祭りに誘うとは、今日のこの後の試練など眼中にないと言っているも同然だ。
 進行役の役人はもちろん、次に控える挑戦者まで空気扱いで、いたたまれない様子でいるのが見ちゃいられん。

 ドラゴンに人の心の機微を説いてどうなるかはわからないが、言い出しっぺが試練を軽視するような態度を見せるのは流石にどうかと思う。
 そういうところだぞ、ドラゴン。





「うーん、この品だともうちょっと高くても売れると思うよ?銅貨二・三枚上乗せでも買われるね、きっと」

「そうかい?うちのカミさんはこれぐらいだって言ってたんだが…まぁ高く売れるに越したことはないしな。ありがとよ」

 午後の見回りをしながら、時折見かける露店で気になったところへ声をかけていく。
 俺達の仕事は何も悪徳商人の摘発だけじゃなく、今パーラがしていたように、割安で売られていた品物を値上げするようなアドバイスもしている。

 いわゆるお祭り価格というのも取り締まる対象だが、安すぎる値付けで商売をしている人がいると、それを転売して利益を上げようとする輩もあらわれるため、こうして物価のバランスを保つアドバイスをしながらの見回りも依頼の一環だ。
 悪の転売屋、死すべし。

 若干儲けが増えることで笑顔になった商人の下を離れ、雑踏の中でまた周囲に目を光らせながら歩く。
 真面目に仕事をしている風を装いながら、俺は先程までの広場での光景を思い出し、思わず小さく唸ってしまった。

「なに?どうしたの、アンディ。広場を離れてからずっと静かだけど、なんか悩みでもできたの?」

 そんな俺の様子に気付いたパーラが、気遣わし気に声をかけてくる。
 確かにこいつの言う通り、俺は広場からほとんど口を開いていない。
 しかしそれは別に悩み事のせいではなく、ちょっと考え事をしていたからだ。

「いや、そういうのじゃねぇよ。ほれ、さっき広場でディースラ様が、シャスティナって人に氷漬けにされたろ。あれを見てちょっとな」

「あぁ、あれ。すごかったよねぇ。こんなとこでも急に寒くなるんだもん。氷雪魔術ってあんなに周囲の環境に影響を与えるもんなんだね」

「氷雪魔術って言うか、シャスティナって人が凄いんだろ。人一人分を氷漬けにしただけで、他に被害を広めてなかったんだ。少なくとも、あの威力を完璧に制御できる腕の魔術師ってことさ」

 魔術師の実力を使う魔術の威力で測るのはありがちだが、優れた魔術師ほど狭い範囲に高威力の魔術をとどめる使い方を好む傾向にある。
 これは才能だけではなく、積み重ねた経験と修練がなせる業であるため、若い魔術師ほど制御が甘くなるらしい。

 そういう観点から見れば、シャスティナはステージ上のディースラ一人の周囲に限定してあれだけの氷を作り出したのだから、並外れて優秀な魔術師だという証拠だ。
 流石はエルフだけあって、伊達に長く生きていないということか。

「そんな凄い人が使う魔術でも、ディースラ様には通じなかったんだね。やっぱりさ、今年の試練は駄目なんじゃない?少なくともあと一年、こっちで暮らすことも考えようか?」

 俺達のギルドカードはこちらの大陸では情報照合が不完全ではあっても、冒険者として生活するのに不足があるわけではない。
 今年の試練は諦めて、来年の試練達成に望みを賭けるのも確かに一つの手だ。

「それも悪くないが、一つ考えがある」

「お!その顔は自信がある時のだね。どんな悪だくみ?」

「悪は余計だ。今日のを見てて改めて思ったが、人の形をしていてもドラゴンはドラゴン。魔術や武器での外的な攻撃はまず効かないってのは分かるだろ。そこでだ、外からはダメでも、内からならいけるんじゃないかと俺は考えた」

「内から…あえて飲み込まれてお腹の中から攻撃するってこと!?そんなの無茶だってば!」

「ばか、勘違いするな。そんな危ない方法、俺だって嫌だよ」

 少し言い方が悪かったのか、パーラには俺が一寸法師方式での戦いを挑むかのように思われてしまった。
 確かに外皮が堅い相手には体内からの破壊が有効だが、相手がドラゴンともなれば胃に入った瞬間に溶かされそうなイメージしかないため、好んでやりたい方法ではない。

「でもさ、アンディって時々頭おかしいやり方とかでも普通にやるじゃん?」

「いや、必要とあらばやるけど、別にやりたくてやってるわけじゃない。とにかく、ドラゴンの口に飛び込んでってのだけはないから安心しろ。ただ、ちょっと特殊なやり方になるから、ある人の協力が欲しいんだ」

「ある人って?」

「おいおい話す。まぁお前も知ってる人だよ」





 祭りも四日目を迎えたビシュマの街中は、初日程の混雑にはならないが、有志によるちょっとしたイベントなんかはまだまだ行われているため、行き交う人達は出店巡りをしながら催し物も楽しんでいる。

 そんな人混みの中、周りの人があえて避けるようにして距離を取って歩くせいで、一際目立っている女性達がいた。
 どちらも美女と言っていい容姿の二人、ディースラとシャスティナだ。

 仲良く祭り飯を頬張る姿は、種族と正体に目を瞑れば仲のいい姉妹に見えないこともない。

「どうだ、シャスティナよ!ここのビリスカは絶品であろう!」

「ええ、香草をあまり使わない肉料理というのは初めて食しましたが、中々の美味でございます」

「お主らエルフはなんにでも香草を使うからな。魚や肉にも、そのままで野趣溢れる味わいというのを楽しむものもあるということだ」

 ビリスカという、芋のような野菜を薄切り肉で覆って串に刺して焼いたものを食べている彼女達は、この街にいる人間はもちろん、午前に広場での試練を見た人間からすれば近寄りがたい存在であるため、自然と遠巻きに見る人の輪で道のいくらかで人の流れの滞りが出来てしまっていた。
 普通ならこういう時は衛兵が通行の整理を行うのだが、原因が原因だけに出動はかかっていないようだ。

「…ぬ?おうお主ら、見回りご苦労。しかしよう会うな」

「まぁ見回りをしている以上、誰かしらと遭遇する機会はありますよ」

 俺達に気付いたディースラが朗らかに声をかけてくるが、一緒にいるラトゥ達は恐れ多いと言った様子で一歩下がってしまったため、仕方なく俺が答えた。

「うむ、尤もだな。どうだ、お主らも食うか?ここのビリスカは―」

「絶品なんでしょう?さっき言ってましたね」

「なんだ、聞き耳を立てていたとは趣味が悪い」

 あんたの声がでかかっただけだ、とは思っても口には出さない。
 不興を買うのはもちろん、ここにいる他の人間から不敬だと注意されるのも面倒だしな。

「それはともかくとして、今日の試練も拝見しました。そちらのシャスティナさんは残念でしたが、あの魔術は見るだけでも大変勉強になりました」

 話ながら視線をチラリと、ディースラからシャスティナに移す。
 矛先を向けられたことで、それまで控えるように無表情でいたシャスティナが口を開く。

「私の魔術で勉強、ということはあなたも魔術師ですか」

 ディースラとの対話の時は多少柔和だったが、初対面の俺に対してはまるで氷のような冷めた態度だ。
 この温度差は氷雪系の魔術師だからだろうか。

「はい。氷雪魔術の使い手ではありませんが」

「…なるほど、対面して伝わるだけでも分かる、内にある膨大な魔力量。荒れ狂うような勢いはありつつ、しかし外へ無暗に放出していないのは修練の賜かしら?いい魔術師のようです。あなたも、そちらの子も」

 距離にもよるが、魔術師は大なり小なり相手の魔力を感じ取る能力があるため、シャスティナもこの場で俺とパーラの実力を読み取ったようだ。
 シャスティナの魔力感知能力は中々高いと言っていいだろう。

 優秀な魔術師は相手に実力を悟られないよう、日常的に体外に漏れ出る魔力をも制御しようというのを癖としているらしい。
 その点を持ってシャスティナは俺達をいい魔術師と評したのだろうが、実際は少し勘違いをしている。

 俺達は色々あって、短期間で急激に増えた魔力が暴走する恐れにあるため、なるべく普段から魔力を抑えるようにしているに過ぎない。
 決して実力を読み取らせないようにという意図はないのだが、結果としてそうなっているのなら否定はしないでおこう。

「恐れ入ります。時にディースラ様、明日からの試練についてなんですが、実は俺も参加しようかと思っています」

 シャスティナに自分を覚えてもらったところで、仕込みは出来たと判断し、本題をディースラへ伝える。
 するとそれを聞いて、肉に齧りついていた少女の目が鋭くなった。

「ぁぐん……ほう?それは面白い。シャスティナ程ではないが、お主も中々大した魔術師だ。今日までの有象無象の挑戦者よりは見込みもあろう。して、それをあえて我に告げるということは、宣戦布告のつもりであるか?」

 楽し気に口を歪ませたディースラの目の中で、瞳孔が細く縦に延びるものへと変わる。
 人間の姿をしていながら、目には獰猛なドラゴンの特徴が出たのは、それだけ俺の言葉に対して反応した証だろう。

 獲物を見るようなその眼に射すくめられ、背中に走るものを覚えたが、それをおくびにも出さずに俺も不敵に笑っておく。
 こういう時、ビビっているよりも余裕そうにしている方がかっこいい。

「宣戦布告などと、そのような大それたものではありませんよ。しかし、ディースラ様ほどの相手となれば、俺もあらゆる備えを持って挑まねばなりません」

「うむ、多少魔術が上手く扱えようとも、それだけではな」

「はい。そこで一つ、そちらのシャスティナさんの力をお借りできないかと思いまして」

「私の?しかし…」

 ここで名前が出たことで、シャスティナも訝しそうな顔でディースラと俺を交互に見てくる。
 試練に一度挑み、失敗している身としては、彼女も再びステージに上がることなど考えはしていないだろう。

「…知っていると思うが、我との試練は必ず一人で挑むことになっておる。お主だけではなく、シャスティナも加わって我が前に立つことは認められぬぞ?」

「勘違いなされませぬように。あくまでも彼女の氷雪魔術である仕掛けを手伝ってもらいたいだけです。実際に彼女の魔術がディースラ様にぶつけられることは絶対にありません」

「ふむ?なんだかよくわからんが、そういうことならばよい…のか?どうだ?シャスティナよ。お主、この者に協力する気はあるか?」

 ディースラに声を掛けられ、シャスティナは目を瞑って何か考えだしたがそれも一瞬だった。
 再び目が開くと、力の籠った視線がディースラへと向けられる。

「私は王より、試練の達成を何よりも優先せよとの命を受けております。既に一度敗れた身なれど、この力、試練突破のために使うことは吝かではありません。…君、私はその話に是非もありません。喜んで協力しましょう」

「おぉ!ありがとうございます!これで試練の突破の目が見えてきました」

 思わず声も大きくなるが、それも仕方ない。
 このシャスティナの助力を得られたことは、俺にとっては何よりも喜ばしいことなのだ。

 俺が考えている方法で試練を突破するには、シャスティナの氷雪魔術が何としても必要だった。
 スワラッド商国としては試練の突破が何よりも優先されるようなので、普通に頼んでもOKを貰えたかもしれない。
 しかし何の面識もコネもない俺がいきなりシャスティナに頼み込むよりも、ディースラを介してシャスティナの協力を得るという方が筋としては整うので、そういう流れを作ることにした。

 結果は成功も成功、試練を突破するための最大の鍵が手に入ったことで、俺達の未来も明るいものとなった。
 人の目がなければ、今頃俺は小躍りしていたことだろう。

「ではシャスティナさん、こちらも色々と用意することがありますので、後日、俺の方から連絡させていただきます。連絡先はどちらに?」

「城の方に。私の名前を出せば話は通るようにしておきましょう。…そういえば、あなたの名前を知りませんね」

「これは失礼を。俺はアンディといいます。ついでにこっちのはパーラ、同じパーティの仲間です」

「ども」

 言われてここまで俺は名乗っていなかったことに気付き、パーラと合わせて名前を伝えておく。
 それまで会話に加わっていなかったパーラも、紹介されたことで軽く会釈をする。

「既に私の名は知っているようですが、改めて。シャスティナ・ヤムゥ、この国の従級魔術師です」

「…従級?」

「あぁ、知らないのですね。従級というのは国が抱える魔術師に着ける称号です。他の国で言う、宮廷魔術師や国定魔術師なんかと同じものと考えていいでしょう」

 土地が違えば呼び名も変わる。
 宮廷魔術師というのは分かりやすいが、従級魔術師というのがこの国での形になるわけか。

「…おいアンディ、そろそろ仕事に戻るぞ」

 流石にいつまでも仕事を離れているのはまずかったのか、ディースラ達と話をしていて蚊帳の外だったラトゥから控えめな声が掛けられる。
 試練のことが絡んでいたとはいえ、思いのほか長い立ち話をしてしまったようだ。

「すいません、すぐに。…俺達は仕事に戻りますので、これで失礼します。お二人は祭りを楽しんでください。シャスティナさん、改めて連絡をします」

「ええ」

「なんだ、もう行くか?せっかくなら食べてから行けばよかろうに。ここのは―」

「絶品なんでしょう。何回言うんですか。仕事なんですから仕方ないでしょう。それよりも、ディースラ様。恐らく三日後になると思いますが、俺は試練に挑みます。こう言うのは正しいのかはわかりませんが…」

「ぬ?」

 ラトゥ達が歩き出したのに合わせ、俺もその場を離れようとしたが、何となくディースラに向けて一言言いたくなってしまった。
 一度長く息を吸い、自分を奮い立たせるように奥歯を一度噛みしめてから口を開く。

「首を洗って待ってろ、ドラゴン。人間の力も捨てたもんじゃないぞ」

 それだけを言って、足早に去る。
 少し強い口調になってしまったが、これは今日まで俺がため込んでいた感情が十分に籠った言葉だ。

 ドラゴンにとって人間は虫けら、あるいは塵以下の存在かもしれないが、小さい存在ながらも意地というものがある。
 試練というものを勝手に課しておきながら、人間の力を未だ矮小なものとして舐め切っているドラゴンに、人間だってちょっとはやるんだぜと、見せつけてやるという思いが今日まで俺の中にはあった。

 ひょっとしたらこれでディースラの機嫌を損なうかもしれないが、言わずにはいられない何かが、この時の俺の口を支配していたのかもしれない。

「くくっ!ははははははははは!いかにも!人間も大したものよ!よくぞ吐いたな、小僧!試練の時に会うのを楽しみにしておこう!はっはっはっはっはっは!あ、ビリスカのおかわりくれぃ。そっちの大きいのをな」

 振り返らないでいた俺の背中に、ディースラのなんとも愉快そうな笑い声が叩きつけられた。
 彼女も人間を過度に侮ってはいないが、それでも弱いものだと思っているはずだ。
 そんな人間が、でかい口を叩いたことがたまらなく面白いのだろう。

 ただ、最後の方はビリスカのお代わりに意識が行ったあたり、まだまだ俺のことは脅威と捉えられてはいないのがよくわかる。
 まぁ彼女にとって、今の俺の印象などそんなもんか。

 俺が試練に挑むのにはもう少し準備がいるので、いざ本番となった時にディースラの驚く姿を想像して、今日の所はクールに去ろう。

 ついでだし、この後も見回りをしながら必要なものを買い揃えていくか。
 ちょっと普通の手段とは違う手を考えているので、色々と用意しなくてはならない。
 差し当たってまずは…果物からだな。

 今進んでいる先に果物を扱う商人がいたかを考えながら、仕事にも励むべく歩いていく。
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