世の中は意外と魔術で何とかなる

ものまねの実

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討伐ですか?いいえ、追い払いです

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成り行きでコンウェルの実家である酒場兼食事処を手伝い、そのお礼にと知り合いの宿屋を安く紹介してもらった俺達は、フィンディの街に滞在してもう4日目となっている。
例のドレイクモドキの対策について、大まかながら街としての方針がようやく定まって来た。

数日様子を見たが、ドレイクモドキは時々岩場を離れることもあるが、暫く経つとまた戻ってきて岩場に頭を突っ込んで何かをしているというのが偵察してきた冒険者から齎された情報だ。
これを受けて、お偉いさん方が出した結論は追い払うか討伐するかの2択で、どちらにするか未だ話し合いが続いているという。

今のままではドレイクモドキがどこかに立ち去るのを期待できない以上、討伐も止む無しという意見と、ドレイクモドキを街から離れるように誘導して、適当な所に追い払うという意見が真っ向から対立している。
討伐をするとして、街から抽出できる戦力をほぼすりつぶすつもりでなければ討伐はまず難しいというのがあるため、少数精鋭の機動力を活かした囮による誘導が対案として成り立っていた。

現在フィンディにいる戦闘可能な人間の数はおよそ2000人を少し超えるぐらいで、その内街の防衛と近隣への伝達などを除いて自由に動かせるのは500人ほどらしい。
更にその500人のうち、街の外へ長時間出しても問題ない人数となればさらに半分以下となる。
つまりドレイクモドキを討伐するのに戦力を派遣するなら、約200人までが限界ということだ。
この200人には冒険者や傭兵も含まれているため、俺達もここに数えられることになる。

お偉方の話し合いがいつ終わるかわからないまま、ひたすら暇な時間を過ごしていた俺達だったが、遂に今日、動きがあった。
パーラの風魔術でギンギンに冷えた部屋でダラダラと過ごしていた時、宿に役人がやってきた。
フィンディに滞在している冒険者と傭兵はすぐにそれぞれのギルドへと集合しろということだけを告げてさっさと立ち去っていった。
恐らく他の宿にも同じことを告げて回っているのだろう。

ようやく暇な時間から解放されることに安堵感を覚え、簡単に身支度を整えるとフィンディの冒険者ギルドへと向かう。
道中も俺達と同様に集合をかけられた冒険者たちがギルドへと向かう姿がちらほらと見られた。
ギルドに入ってすぐの受付前のスペースには既に100名を超える人間がひしめき合っていた。
ここにいるのが全員冒険者というわけではなく、行政関連の人間もいれば一般市民や鍛冶職人なども混じっているようだ。

「暑っ…。なんでこんなに人いるの?冒険者じゃない人も混じってるじゃん」
そこそこの広さはあるとはいえ、一つの建物に大勢の人間が集まっているせいで室内の温度はかなり上がっている。
「多分、ドレイクモドキのことでなんか聞けるかもって集まったんだろ。ほら、あそこにいるのって風紋船の船員じゃないか?」
「ほんとだ」
俺の指さす先には船乗りの格好をした人間の姿もあった。

ドレイクモドキのことは今や街中の人間には一番の関心事であり、こうしてギルドに集まって情報を得ようとするのは自然な動きだろう。
役人が街の中にいる冒険者や傭兵の招集に動き回っていたのだから、ようやく事態の進展があったかとギルドに人も集まるというものだ。

そこへフィンディの冒険者ギルドの長と思われる人物が職員数名を引き連れながら現れると、ざわめいていた場が波が引くようにして静かになっていく。
用意されていた一段高い壇に上って集まっている人達を見下ろすその姿は、なんと女性だった。
歳は恐らく40代半ば、もしかしたらもう少し若いかもしれない。

身に纏う雰囲気と周りから向けられる敬意の籠った視線を一身に集めるその姿は、ギルドの長としての立場にあってもおかしくはない堂々としたものだ。
女性のギルドマスターというのも珍しい気もするが、力強い目を見てしまうと女性だてらにと侮る気は微塵も起きない。

「皆集まっているな。知らない者もいるだろうから名乗っておく。フィンディ冒険者ギルドの長を務めるウルカティーだ。今からドレイクモドキの対処の説明を行う。静かに聞け」
決して大声ではないが、よく通る女性としては低い声がホールに響くと自然と背筋がピンと伸びた気がする。
それは他の面々も同様で、誰一人余計な口を開くことなくギルドマスターへと視線を向け、次の言葉を待っていた。

「知っているだろうが、現在フィンディの街から少し離れた岩場にドレイクモドキが居座っている。こいつがいるせいで風紋船は南側へと向かう航路が取れず、おまけに戦力となりうる冒険者や傭兵はこの街に留め置かれる処置が代官達から通達されて今に至っている。このままドレイクモドキに居座られると街の運営にも困ることが出てくる。今までどういう対処を取るかを行政側の人間達が連日の話し合いを行ってきた。そこで出した結論を今から言う」

長く話し続けて一旦息を置いたギルドマスターが一度軽く天を仰ぐ仕草を見せた。
このギルドマスターがどういう人間かは分からないが、それでも組織の頭に据えられている以上、色々と考えることが多いはず。
どうも今の仕草には濃い疲労の色が感じられた。

「…フィンディ行政府はドレイクモドキを遠方へ追い払うための作戦を正式に発令した。冒険者ギルドと商人ギルドへ協力要請が昨夜のうちに書面での通達で来ている。フィンディに駐在する騎士団は防衛のため本作戦への参加は出来ない。よって両ギルドから可能な限りの戦力を抽出し、実行部隊を編成せよとのことだ。なお、黄級以上の者は強制参加とし、白級は参加努力の推奨、黒級は志願者のみを実行部隊に組み込むこととする」
ざわりと周囲から湧き上がった安堵混じりの溜息が密度を増して空間を満たす。

ドレイクモドキの討伐が難しいことは冒険者はもちろん、砂漠に暮らす人間なら誰でも知っていることだ。
お偉方の話し合いが討伐と追っ払いで揉めていることも周知の事実だったため、こうしてギルドマスターの口から討伐ではなく追い払う方向で話がついたことを聞けたことで、この場にいる人間から安堵のため息が自然と漏れ出た。

「作戦を指揮するのは赤級の冒険者と傭兵が一人ずつ、それぞれのギルドの人間が彼らの下につく。冒険者ギルドから出る赤級の冒険者を紹介する。コンウェル、前へ」
ギルドマスターの口からよく知る名前が飛び出し、人の群れの中からやはりよく知る人物である、コンウェルその人がギルドマスターの立つ壇の脇に移動し、こちらを向いた。

「…アンディ、コンウェルさんて赤だったっけ?」
俺と同じ疑問を抱いていたであろうパーラがボソリと声を潜めて聞いて来た。
「いや、最後に会った時は黄1級だった。でもあれから結構時間経ってるし、もうすぐ赤に届くって噂されてたぐらいだから、昇級したってことだろ」
同じように声を潜めて質問に答えていると、再びギルドマスターが語りだした。

「このコンウェルは最近赤へと昇級した人間だ。実力を知る人間は多いと思うが、彼が部隊を率いることに不満があるものはいるか?いたら名乗り出てくれ。……いないようだな。よし、ではコンウェルを実行部隊の隊長へと正式に任命する」
ギルドマスターの言葉を受けて軽く頷いて応諾したコンウェルに、周りから注がれる視線も信頼と期待が混じった物に変わった。

コンウェルをよく知る冒険者たちは自分達の命を預ける相手が彼であることに安心し、それが周りの人間に伝達されていくことで期待が寄せられる。
これはコンウェルにはプレッシャーとなるだろうが、赤級に上がるということはそれだけ大勢の人間からこういった思いを寄せられることになるのだから、これもそのうち慣れるしかないことだろう。

「次に作戦の概要を説明する。今回の作戦において、特別に風紋船が一隻貸し出された。これに全員が乗り込み、ドレイクモドキがいる岩場から1キロほど離れた場所へとまず向かう。到着後は船を降り、同船に積み込んでおくラクダで岩場へと直行、商人ギルドの赤級の傭兵が率いる部隊がまず先行してドレイクモドキの動きを鈍らせる薬品を周囲に撒く。その後、動きの鈍ったドレイクモドキの視界をかすめるようにしてコンウェル指揮の部隊がラクダで駆け抜けていくことで、注意を引いてそのまま遠くへと誘導する」
ここまで理解できているかを確認するためか、ギルドマスター周囲へと視線を巡らすようにして様子を窺う。
特に誰からも疑問の声も上がらないことに満足したのか、一度大きく頷くと鋭い目をさらに鋭くさせて締めの言葉を口にした。

「諸君らも知っている通り、ドレイクモドキはこの砂漠に置いては最も危険な魔物だ。それ故に赤級の人間を二人も揃えての作戦となる。決して彼らがついているからと慢心して気を緩めることのないように臨んでほしい。最後に、出発は明朝、日の出とともに船が出る。遅れた者は置いていく。今日は体を十分に休めておけ。以上だ、解散!」
最後にこの場の人間の気を引き締めさせて去っていくギルドマスターの背中はなんだか張り詰めた空気を背負っているように感じられた。

ドレイクモドキを追い払うという大仕事に、送り出せる冒険者の数は思ったよりも少ない。
今この場にいる冒険者の数はざっと数えただけで100を超えない程度だ。
商人ギルドの傭兵はその性質上もう少し数は揃うだろうが、冒険者の殆どは黒と白のランク帯の者ばかりだ。
今回の作戦で送り出せる人数の少なさと質の低さが歯がゆい、ギルドマスターの胸の内はそんな感じだろう。

残された者達が思い思いに話をする場となったギルドのホールに、コンウェルの声が響く。
「よーし、皆聞いてくれ!これから作戦に参加する人間を班分けする。ここにいる冒険者で黄1級の者は前に来てくれ」
コンウェルの言葉に応えて男女半々の計4名が人の群れをかき分けて前に出てきた。
いずれも歴戦の猛者といった風格がある。
俺は彼らを知らないが、周りの冒険者たちが上げるどよめきを聞くに、そこそこ有名な冒険者らしい。

「どいつもこいつも知った顔だな。代わり映えしない面子で気が滅入るぜ」
突然、前に出てきた4人に向かって悪態をつくコンウェル。
「うるせー。コンウェル、あんたこそ先に赤になったからって調子乗んな。あたしもその内赤になるんだからね」
一際背の高い女性がコンウェルに悪態を返すが、お互いにそのやり取りを楽しんでいるようで、楽しげな雰囲気が伝わってくる。
やはり高ランクの冒険者というのは互いに交流もあるようで、今のやり取りだけで彼らの仲の良さは大体わかった。

簡単にあいさつを交わしたところで、コンウェルが話を再開させる。
「ここにいる5人を頭に、小隊を5つ編成する。前衛、後衛、支援、斥候それぞれ得意な分野に分かれてもらい、小隊毎にそれぞれの分野で纏める」
そこまで話して、4人の小隊長に向かって目で何かを合図すると、それだけで察したのか一人ずつ名乗りを上げた。

「あたしはユノー。黄1級だ。軽装備の前衛はあたしの所に集まんな」
ユノーと名乗ったのは、コンウェルと悪態をつき合っていた長身の女性で、赤い短髪に褐色の肌が健康的な、まさに雌豹と呼ぶに相応しい雰囲気の肉食系女子といった感じだ。
伝法な口調ではあるが、何となく面倒見のよさそうな印象も感じられ、意外と姐御とか呼ばれてそうだ。

「俺はスペストス。黄1級。盾持ちと重装の前衛は俺の所へ」
スペストスは縦にも横にもがっしりとした巌のような男で、全身重装備に身を固めていても、その内にある筋肉の迫力が滲みだしてくるようだ。
糸のように細い目と口数が少ないのもあいまって、大人しそうな印象を受ける。

「メツラじゃ。黄1級の斥候職だ。追跡術を習得している者はわしのところにおいで」
総白髪のおじいさんといったメツラは、相貌からして好々爺といった感じで、口調も落ち着いたものだ。
年齢から考えると、かなりの経験を積んだ斥候だと思われるが、メツラの指揮の下で情報収集がどれだけ精度を上げられるかが重要になる。

「私はチコニアよ。黄1級の魔術師、後衛担当ね。弓か魔術が使える子は私の所にいらっしゃい」
ローブをはだけると同時にフードも下ろし、薄紫色の長髪を翻してウィンクと共にそう言うチコニアは、妖艶な美女という言葉がまさにぴったりの女性で、魔術師という職業もあってか、身に纏っているのは薄い布を主体にした衣服だ。
そのせいで、豊かな胸元とくびれたウエストが強調され、エロさが主張された格好になっている。

チコニアの名乗りと同時に他の冒険者の男性から上がる興奮の混じった声のせいで場が一時的に乱れてしまった。
しかしそれも仕方ない。
なにせチコニアはエロい。
俺もついついそのエロさに中てられて、特にある一部へと視線が釘付けだ。

…デカい!説明不要!
その巨乳感たるや、今まで出会った女性など足元にも及ばんだろう。
…ムフッ。

「フンっ!」
「ごぶぁっっ!!……なに、を、するだ、パーラぁ……」
突然俺の肝臓目掛けて強烈なフックがねじ込まれた。
一撃の主はパーラだ。
「鼻の下伸ばしすぎ。だらしない」
く、なぜバレた。
ポーカーフェイスには自信があったのに。

意識を別の所に向けていたとはいえ、こうも完璧にいいのをもらってしまうとは、パーラも腕を上げたようだな。
肝臓に受けたダメージのせいで、暫く立ちあがることが出来ない俺は、仕方なくその場に座り込んでコンウェルの話を聞くしかなかった。
俺に注がれるパーラの蔑むような目が辛い。

「支援担当は俺、コンウェルがまとめる。黒級と白級で遠距離戦闘の手段が無い者は俺の所に来い。それじゃあ分かれてくれ」
その声を合図にそれぞれ冒険者たちが動き始めた。
それぞれ自分の役割が当てはまる四人の小隊長の下へぞろぞろと集まっていく。

「私達はどうしよっか?」
恐るべきは先程のレバーブローの件をあっさりと無かったことにできるパーラのこの図太い神経よ。
「…俺らは魔術師だから、後衛組だろ。チコニアさんのとこに行こうぜ」
「やらしっ」
「なんでだよ」
今のどこにいやらしい要素があった?

というわけで、俺達は魔術師としてチコニアの下へと集まる。
後衛職自体はそれなりの数いるのだが、魔術師となるとその数はかなり少ない。
チコニアの下に集まった者の中で見た目で明らかに魔術師と分かるのは5人もいないと思われる。
まぁ見た目で分からないだけで、弓を使う魔術師というのもいないことはないため、正確な人数は分からないが。

「集まったのはこれで全員?えーっと……22人か。意外といるのね。この中で魔術師は?はい、手を上げてぇ」
チコニアの声に応じて手が上がっていく。
当然俺とパーラも手を上げる。
やはり格好から分からない魔術師もいたようで、俺達を含めてこの場には9人の魔術師が集まっている。
「あら、9人も?いいじゃなぁい。これだけいれば割り振りに余裕が持てそうね。それじゃあ私を境に魔術師は右手側に、それ以外は左手側に別れ―」
「あぁこっちにいたのか。アンディ、パーラ。お前らは俺のとこだ。チコニア、こいつらは貰ってくぞ」
チコニアの言葉に割り込む形でコンウェルが現れ、俺とパーラを連れて行こうとする。

「ちょっとちょっとコンウェル。何なの?この子達は私の小隊に入ったのよ?」
コンウェルへと文句を言うチコニアの不満は、自分の言葉を遮られたことに対してか、それとも自分の部下になるはずの魔術師を二人も連れて行かれることに対してか、あるいは両方なのか。
いずれにしろいい気がしないと頬を膨らませて表現している。

「すまんな。だがこの二人は俺の知り合いでな。俺のやり方を知ってる奴が手元に欲しいんだ。代わりにこっちの隊に魔術師は回さなくていいからさ。な?頼む」
「…まぁそこまで言うなら…。けど本当にいいの?そっちの子らはまだ子供でしょ」
「子供でも魔術師だ。俺の隊は支援が主だし、こいつらの実力はよく知ってる。これでも意外とやるんだぜ?」
コンウェルのお墨付きが与えられた途端、チコニアが俺とパーラをしげしげと見始めた。
チコニアもコンウェルの実力は知っている人間なので、そのコンウェルが実力を保証する俺達に興味を抱いたのだろう。

「へぇ~、こんな若いのにコンウェルがそこまで言うのね。…それだけの腕の魔術師をあんたのところに渡すのは惜しいけど、まあいいわ。その代わり、今度食事に行きましょ?大人の男女、二人っきりで…」
コンウェルにしな垂れかかりながら色っぽい声でお誘いをかけるチコニアは、その仕草からして大人の女性の色気がムンムンと溢れ出てくるようで、その場にいる男性達はついつい生唾を飲み込んでしまう。

かくいう俺もその一人になりかけたが、横に立つパーラから向けられる感情の籠らない目線を瞬時に察知し、全精神力を総動員して全く興味ありませんという体を装うことが出来た。
にもかかわらず、パーラは俺の足を思いっきり踏んづけてきた。
解せぬ。

「ごらぁっ!チコニア!あんたコンウェルにちょっかい出してないで真面目にやんなさいよ!」
そこへユノーが怒鳴り声をあげながらコンウェルとチコニアの間にその体を割り込ませるようにして二人の距離を強引に空けた。
「あん。もう、ユノーったら強引なんだから。そんなに怒るぐらいないらあなたもやってみる?ほら、こうやって背中を押しあてながら斜め後ろを見上げる感じで―」
クイクイと体を蠢かせてユノーへ男にしな垂れかかる仕草を指南するチコニアに、ユノーの顔は不機嫌さを増していく。

「誰がやるか!いいから早く小隊の編成表を仕上げな!終わってないのはあんただけだよ」
今日組まれた小隊のメンバーと役割を表にまとめてコンウェルの下へと提出することになっている。
なので、それを未だまとめていないチコニアにユノーが怒鳴り込んできたのだと思うが、どうもそれ以外の感情でも動いたような気がした。

「コンウェルも!チコニアに色目使われて鼻の下伸ばしてんじゃないわよ!」
「いや、別に鼻の下伸ばしてなんか―」
「言い訳すんな!ほら、あんたもとっとと自分の隊のとこに戻んなさい!」
チコニアから離そうとユノーが必死にコンウェルの背中をグイグイと押していく。

「ふふふ、じゃあとっとと終わらせて来るわ。あ、食事の件忘れないでねぇ~」
「一人で行け!」
何故かコンウェルに向けられた言葉にユノーが断りの返事を返し、微笑ましそうに見送るチコニアを残して俺達はコンウェルの小隊の集まる場所へと向かった。

その途中でパーラが小声で話しかけてきた。
「…ねぇアンディ。さっきのユノーさんの反応ってさもしかして」
「それは俺も気付いた」
「やっぱり。てことはユノーさんって…」

「あぁ、ユノーさんは…相当短気な性格をしべふっ」
「違うでしょ」
的確に後頭部を叩くパーラのツッコミに俺の言葉は途中で潰された。

「冗談だよ。コンウェルさんに惚れてるってんだろ?」
幾らなんでも、ユノーがコンウェルに向ける感情に気付かない奴はいないだろう。
それほどにあからさまなものだった。
多分チコニアもそれを知っててからかうつもりでコンウェルを食事に誘ったのかもしれない。

「アンディでも気付くぐらいなんだから他の人も気付いてるんだろうね」
「俺でもってどういう意味だよ」
流石にあそこまではっきりした惚れた腫れたの感情の機微ぐらいは察せるわ。
サラッとバカにされた感じだが、パーラの俺に対するその辺の認識を問いただしたいところだ。

なんだかユノーがコンウェルを取られまいと奮闘しているのを知ると、途端に可愛らしい印象が強まってきてしまう。
自然とユノーを見る目も生暖かいものに変わる。

コンウェルが受け持つ小隊の前に着くと、ユノーはコンウェルと二言三言会話をしてから去っていった。
俺とパーラもそのまま小隊のメンバーが並ぶ列の最後尾につく。

支援役となるこの小隊は、黒級を主体とした人員で構成されている。
戦闘能力という点で見た時、どうしても黄級に比べると黒と白のランクは劣っているため、よほど有用な個人の能力がない限り、支援に回るのは不思議ではない。

直接戦闘に関わるわけではないが、この支援が十分に機能しているのといないのでは前線での戦闘の優位性は雲泥の差となる。
特に今回の作戦のような大型の魔物を大勢で相手する場合には、この支援の濃密さがそのまま生存確率に直結すると言っても過言ではない。

「今この隊にいるのは黒級と白級だけだ。基本的にお前らが直接戦闘に加わることは無いが、それでも不測の事態が起きれば自分の身は自分で守ってもらう。とはいえ、そう言った事態に陥った時点で作戦は継続不能なほどの破綻をきたしているだろうから、その時は全力で逃げろ」
身も蓋もないコンウェルの言葉だが、確かに戦力としては中途半端なランク帯である以上、無駄に戦って命を落とす危険を犯すことはない。
自分の命が危険だと判断したら潔く撤退するのも冒険者として長くやっていくのに必要な感覚だ。

細かいことを幾つか話し、各々適当に挨拶をしたら解散という流れになった所で、俺達は粗方の挨拶を受け終えたコンウェルに近付く。
「ちょっとコンウェルさん、強引に俺達を隊に入れたりして。何を考えてるんです?」
「何って、お前らの実力を知ってれば当然の判断だろ。特にアンディ、お前はアプロルダの討伐での実績もある。俺の参謀になってもらうぞ」

「参謀って…。今回はドレイクモドキを追い払うだけでしょう?作戦を聞く限りでは俺なんかがいても大して意味はないと思いますけど」
「かもしれん。でもな、こういう大掛かりな作戦の時ってのは大なり小なり不測の事態ってのは起こりやすいんだ。だからお前らには俺の傍にいてもらう。いざとなったら思いっきり働いてくれよ」
「コンウェルさーん、ギルドマスターがお呼びでーす。明日のことで話を詰めたいそーです」
受付窓からこちらに突き出すようにして首を伸ばした受付嬢から、コンウェルに声がかかる。

「わかった。すぐ行く。…この後飯でも思ったんだが、どうも忙しくなりそうだ。お前らも準備は怠るなよ。じゃあな」
ポンと俺とパーラの肩を叩くと、そのままギルドの奥へとコンウェルは足早に去っていってしまった。
忙しさと緊張感が漂う背中が、今のコンウェルが負う責任の大きさをうかがわせた。

「あ、コンウェルさん!…ったく」
「行っちゃったね。でもコンウェルさんも大変だね。赤に上がってすぐにこんなおっきな作戦を任されるなんてさ」
パーラの言う通りだ。
確かにランクが一番高い人間が全体の指揮を執るのは当然だが、昇格してすぐに任されるにしては大掛かり過ぎる作戦だ。
アプロルダ討伐の際にコンウェルの指揮能力の高さは知ることが出来たが、それでも今回はあの時よりもずっと部隊の規模が大きい。
不安を覚えないわけでもないだろう。

そういう点では参謀役を欲しがるのも理解できる。
しかしよりによって俺をそこに選ぶとは…。
さっきはアプロルダの時のことを引き合いに出したが、あれはあくまでも思い付きを作戦にうまく組み込めただけであり、今回もあの時のようにうまくいくとは限らない。

何事もなく無事に終わってくれればいいが、コンウェルが言った通り、多くの人と物が動くとなれば不測の事態が起こりやすいというのもなんとなく理解している。
それこそちょっとしたトラブルから人の何かしらの思惑が絡んだ陰謀染みた事件が起こる可能性もゼロではない。

流石に俺なんかがその全てへの対処が完璧に出来るとは思えないが、それでもコンウェルが寄せる信頼を無碍には出来ない。
自分のできる範囲で助けてやりたいという思いはある。
とりあえず、考えつく限りのトラブルへの対処法を一つ一つ用意しておこう。

「パーラ、俺達も行こう。明日まで色々用意しなきゃな」
「はーい。それじゃあ私たちはこれで」
他の冒険者への挨拶はパーラに任せてしまったが、上手く関係を繋ぐことは出来たようで、笑顔で手を振って別れることが出来た。
俺も軽く会釈を返してギルドを後にする。
まずは装備の点検と、2人分の非常食を買い揃えよう。
備えというのはし過ぎて困ることは無いからな。

「それでまずはどこに行くの?」
「鍛冶屋だ。装備を点検してもらおう。その後は保存食を買いに行く」
「保存食も?ギルド側が用意してくれるって言ってたじゃん」
「それとは別に持っておいた方がいいだろ。何があるか分からないんだし」
特に調味料類は充実させておきたい。

ギルド側が用意する食料となれば、保存優先の味気ないものと決まってる。
調味料ぐらいは自前で揃えておいた方が食事は充実するだろう。
人間、旨いものを食った方がやる気は出る。
大仕事にはモチベーションを高めて臨みたいからな。

「アンディ、保存食ならあれにしようよ」
そう言ってパーラが指さした先には、蜂蜜をたっぷり使ったヌガーのようなものを売る店があった。
前にパーラが風紋船でお駄賃代わりに貰って食べていたのを見たことがある。
味を占めて自分で食べたいがために保存食へと推薦してきたことは明白だ。
緊張する場面で甘いものは確かにありがたい。
しかし、あれはだめだ。

「ばか、高すぎるだろ。あれ一つで携帯食がいくつ買えると思ってんだ」
蜂蜜を使った菓子となれば嗜好品としてもなかなか高級品のようで、低ランクの冒険者が気軽に買えるような値段ではない。
「いいじゃん。あれは携帯食がいくつあっても代えられない価値があるよ。ねぇ~買おうよ~。ねぇったらねぇ~」
「だめ!わがまま言うんじゃありません!」
俺の腕を掴んで左右に振りながら駄々をこねるパーラに、自然と俺の対応もオカンっぽいものになってしまうのも仕方ないだろう。

物欲しげにお菓子を見つめるパーラの背中を見るに堪えず、仕方なく一つだけ買ってやることになったが、甘やかし過ぎか?
ただ、嬉しそうにお菓子に齧り付くパーラの笑顔を見ると、これぐらいは別にいいかという気持ちになる。
愛嬌のあるパーラは、こういうところで得だ。
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