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砂漠の船

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砂漠の船という言葉を聞くと、思い浮かぶのはラクダだろう。
主にヒトコブラクダと呼ばれる背中にコブが一つあるラクダをそう呼ぶのだが、このラクダという生き物は砂漠地帯での移動手段としては断トツで優秀だ。

まずラクダは一度に大量の水を飲むことで長期間水無しでも生きていけるのが砂漠を旅する人間にとっては大きな利点だ。
よくラクダはコブに水を溜めているなどと言われるが、アレは間違いだ。
コブの中身は脂肪であり、実際に水を蓄えているのはその血中だと言われている。

長い脚は蹄の部分はクッション状に発達しており、砂の上を歩く際に圧力を分散してくれるおかげで歩行を助けてくれる。
一歩一歩の幅が大きいラクダにとってはこれが非常に大切なのだ。
人を乗せることはもちろん、多くの荷物を運ぶことができるラクダは砂漠で暮らす人にとって、無くてはならない存在だと言えるだろう。

風紋船という砂漠地帯で革命的な移動手段が用いられるようになる前まではこのラクダこそが唯一の砂漠を渡る手段だったが、今では風紋船の定期航路を外れる場所へと向かう移動手段として使われているぐらいだ。

とは言え、まだまだ完全に風紋船にとってかわられるわけもなく、今も普通にラクダで砂漠を横断する人もいるとか。
これまでの砂漠の船に代わって、新しく風紋船が砂漠を渡る船としてラクダと並走する姿を想像すると少し面白い。

そんな風紋船だが、定期的に走る航路はいくつか決まっている。
まずはこの砂漠の外縁付近をなぞるようにして進むルート。
これは主に物資を皇都と各町村に循環させるために走っているもので、風紋船が取るルートの中では最も移動距離が長い。

この国では基本的に砂漠の外側に街が点在しているため、人と物を運ぶのにはこれが一番よく利用される。
同時にゆっくりとした旅を楽しむのもまたこの航路が適しているため、人が多いときは複数の船を同時に走らせることもあるぐらいにポピュラーな航路だ。

次に砂漠を縦横斜めにと切り裂くようにして進むルート。
主に砂漠を渡るという意味ではこのルートがよく使われるのだが、前述のルートに比べて移動距離が短いにも関わらず、最も危険な航路だと言われている。
その理由は砂漠の中心部に向かうほどに強力な魔物と遭遇する危険が増えるためだ。

基本的にこの砂漠にいる魔物は縄張りからあまり動かない。
その分縄張りに近付く敵には容赦をしないという性質が強い。
そのため風紋船が砂漠を突っ切る際にこの縄張りに入ってしまうこともありうるので、あまりおすすめはされていない。
しかしそんな航路でも移動距離を短縮できる利点を取る商人や冒険者などは使いたがるので、その方面の人間は意外と利用率が高い。

最後に風紋船をチャーターしての自由な航行。
風紋船を好きに動かせることでどこに向かうも降りるも自由なため、砂漠を移動するならこれが一番いいと言えるだろう。
しかし、風紋船は元々その数が少ないため、チャーターすること自体に莫大な金がかかる。
本来は大勢の人と大量の物資を運ぶことを目的とした大型の船である風紋船を貸し切るだけの資金を用意できるのは大物貴族か王族ぐらいなものだ。
なのでこれは現実的ではない。

普通は砂漠を大きく回る環状ルートか、砂漠を突っ切る縦横断ルートの二つから選ぶことになる。
「―とまぁそんなわけで、今回は南西に向かう航路を選ぼうと思う」
「いいんじゃない?航路を調べてきたのはアンディだし、どういう道順でいくかは任せるよ」
ピラピラと手を振ってそう言うパーラだが、別に投げやりというわけではなく、この風紋船の発着場に着いてから分かったその航路の多さに、早々と判断を俺に丸投げして来ただけだ。
なにせこの発着場を起点にした航路だけなら大した数ではないが、そこから分岐するルートに料金の細分化まで加わると複雑極まる。

俺は前世で地下鉄の乗り換えなどで感覚が鍛えられていたため、これを理解するのはそれほど苦ではなかったが、パーラはそうではないようだ。
風紋船を利用する商人は慣れた様子で切符を買っているが、俺達と同様に初めて風紋船を利用する旅行者なんかは係員に質問を投げかけている姿をそこかしこで見ることが出来た。
俺は既に切符を買っていたので、パーラと一緒にバイクを手で押しながら船の元へと向かう。

この発着場は皇都から南へ馬車で一日ほどの距離にあるが、発着場としての機能がメインのため、人が住むための建物はあまり建っていない。
何軒か宿屋と雑貨屋らしき建物の他には民家は数えるほどしかなく、船から降ろされた荷物を保管する倉庫の方がずっと多い。

倉庫の建ち並ぶ道を進むと、のっぽの建物の隙間から停泊中の船の姿が見えてきた。
昼の強い日差しを背に負いながら佇むその姿は、これから挑む長旅への不安を一心に受け止めてなお揺るがないほどの頼もしさがある。

今のところは3隻の風紋船が並んで停泊中であるが、どれも同じ型なのは建造と管理が国に一括されているからだろう。
長さ50メートルほどの風紋船は見た目こそ木造の帆船といった姿だが、帆船を帆船足らしめている帆は意外なほど小さく、甲板から伸びる少し高いだけの帆柱が二本あるだけだ。
そんな帆で進めるのかと心配になるが、巨大な魔道具と言える風紋船には帆に頼らない推進機関があるのだろう。

船を横目に見ながら俺達は馬車が並ぶ列へと着く。
風紋船には商人が馬車ごと乗り込むため、船の一番下層には馬車や荷車といった大型のものを停める区画が設けられている。
普通の帆船なら舵がある後部に馬車が乗り込む入り口が開いており、その前で待つ係員にチケットを見せてバイクを手で押して中に入っていく。
元々が巨大な船の船倉であるので、次々と馬車が進入していっても意外と狭苦しさは感じられない。

船倉の右側を通路として馬車が通れるだけのスペースを開ける以外はどこに停めても問題はない。
ただそこはマナーとしてなるべく奥から停めていくというのが暗黙の了解としてあるようだ。
俺達のバイクは大体20メートルほど進んだ辺りに停めることにした。

「ねぇアンディ、これってこのまま置くだけでいいのかな?固定とかしたほうがいいんじゃない?」
「確かに。…よく見ると、周りの馬車とかはちゃんと固定してるな」
慣れた様子で荷台を固定している商人に注目すると、どうやら壁と床に鎖を繋ぐアタッチメントのようなものがあり、そこに荷台を鎖で繋いでいるようだ。
あの鎖はどこから持って来たのかと思っていると、パーラが壁際に置かれていた鎖を見つけてきたので、それでバイクを固定していく。

鎖の片方はフック状になっており、長さもそこそこあるそれをバイクのフレームに潜らせるようにしてまわしてアタッチメントへと括り付ける。
すると固定し終わったバイクから延びる鎖を軽く引っ張るパーラが懸念を口にした。
「なんか緩くない?もっとピンって張った方がいいと思うんだけど」
「いやいや、あんまり張っちまうと固定してる金具に負荷がかかりすぎる。適当に遊びはあった方がいいんだよ」
「ふーん…そんなもん?」
「そんなもんだ。さて、そろそろ上に行こうぜ」
「うん。あ、荷物はどうするの?」
「貴重品だけ持ってけばいいだろ。なんか必要になったらまた取りにくればいいさ」

船倉を後にして甲板へと上がる階段の方へと歩いて行く。
途中にある馬車から解放された馬にラクダ、ロバといった動物がまとめて繋がれている一角を通り、階段を上がると一等客室が並ぶエリアへと出る。
ここは乗船チケットにいくらか追加で料金を出すと泊ることができるのだが、いかんせんその追加の金額がなかなか高額で、大物商人か貴族ぐらいしか利用することがない。

なら普通の客はどこに泊まるのかというと、さらに一つ上の階層にある大部屋に雑魚寝という感じだ。
普通なら俺達もそこに入ることになるのだが、今回は別の所に行く。
一等客室と大部屋のある階層を超え、俺達は船の甲板へと出た。

「なんかみんな忙しそうだね」
パーラの言う通り、出航間近の今は甲板上を船員が忙しく動いており、二本の帆柱に何人もの人が群がって帆を下ろす作業に取り掛かっている。
「もうじき出航だからだろ。俺もこの手の船に乗るのは初めてだが、帆船ってのは多くの人の手で動いてるって聞くしな」

甲板で呑気にそんなことを話していると、俺達に気付いた船員が声をかけて来た。
「君たち乗客かい?今上はこんな状況だから、出航までは部屋にいてもらいたいんだがね」
一応客である俺達に丁重に部屋に戻ってもらおうとそう言うが、顔には邪魔だという思いが浮かび上がっている。

「それはお忙しい所を失礼しました。しかし、俺達はこの先の方に用があるんです」
「この先に?…どう見てもうちの船員ってわけじゃなさそうだが、どこに行く気だ?」
おっと、口調が荒っぽくなるぐらいには行動を不審がられているようだ。

「舳先の方です。あそこの場所を寝泊まりに使うつもりなので」
「お前ら…甲板で寝泊まりするのか!?おいおい、今回はまだ大部屋に人が溢れてるって聞いてないぞ…。ちょっと待ってろ。船長に言って何か手を―」

どうやらこの船員は俺達が大部屋に入りきらないで甲板に来たと思われたようだが、元々甲板で寝泊まりするつもりでいただけなので、その辺りを正しておく。
「あぁ、違いますよ。俺達は単に自らの意思で甲板の一角を借りただけですから、大部屋が一杯になって追いやられたわけではないんです」
「自らぁ~?本当か?」
「ええ、まぁ」
彼は恐らく俺達のような若造が他の乗客に場所を奪われた上に口止めされているのを疑い、そんなことを聞いて来たのだろう。
だが本当に俺達は強制されたわけではなく、自分達の意思で行動しているので心配はしないで貰いたい。

「……まぁそういうことなら、止めはしないが、考え直した方がいいんじゃないか?正直甲板上は長いこといられる状況じゃないぞ。昼は日差しがきついし、夜は冷え込む。悪いことは言わん、大部屋に戻れって」
「その辺はちゃんと対策してあるので大丈夫です。むしろ、他に人がいない場所の方が気が楽なんですよ」
この船員は俺達のことを心配して考えを改めさせようとしてくるが、大部屋よりも人のいない場所の方が俺的には気が楽なのだ。
まだ渋る船員に舳先へと向かうことを一方的に告げ、俺とパーラは荷物を背負い直してそそくさとその場を後にする。

この船には時折大部屋に入りきらない人が乗ることもあり、一等客室に余裕があればそちらに回すが、それでも入りきらない場合は甲板上に置かれることもある。
そのため甲板上には日よけや天幕を設置するためのアタッチメントがそこかしこに存在するのだが、これはあくまでも非常用の措置なので、普段は使われることは無い。

なにせこの砂漠では日差しと熱風が一番の敵と言われているぐらいで、長時間日差しに晒される甲板は環境としては最悪だ。
船員達でさえも見張り以外の人間は船内へと避難するぐらいで、強制されたわけでもないのに甲板に寝泊まりしようとする俺達はかなりの変わり者に思われていることだろう。

舳先からやや右寄りの一角に日除けのための布を張り、荷物を置くスペースを確保すると次は暑さ対策に移る。
日差しはとりあえず防げるが、吹き付ける熱風はこのままだと俺達に直撃してしまう。
そこで今回は俺達の周りに張り巡らす布に仕掛けを施す。

上と四方に薄手の布を張り、それらに水をしみこませる。
水魔術を使って水を吸い込ませた布に船が移動する際に発生する風が当たることで水分が気化し、それによって周囲の温度を下げ、布を張った内側が涼しくなるというわけだ。
さしずめ納涼テントとでも名付けようか。

だがこれも補助的な装置に過ぎない。
実際はパーラの風魔術に頼ることになる。
なんと、風魔術には涼しい風を生み出すものが存在したのだ。
これはディーネからパーラが教わった魔術で、実際にディーネがこれを屋敷で使い、俺達の身をもってその効果を体験していた。
ただ、あくまでも涼しい空気というだけであって、エアコンの冷房のような強力な冷却能力はない。
しかし砂漠地帯ではこれぐらいのものでも実に重宝されるため、風魔術の使い手は貴族の家には引く手あまただそうだ。

この術自体は意外とポピュラーなもので、学園で教わるのはもちろん、少し金を出せばギルドや他の魔術師から教えてもらえる程度のものだ。
ヘスニルのギルド受付嬢であるメルクスラも、以前討伐したアプロルダの動きを鈍らせる際に使った魔術がこれである可能性が高い。
冷やすという一点において風魔術では非常に優れているが、反面殺傷能力には全く期待は出来ない。
なのであくまでも生活の補助的な意味合いでの習得が推奨されているらしい。

今回は気化冷却を利用したテントと、その内側でパーラによる風魔術の涼風のダブルでの効果を狙う。
「アンディ、これぐらいでいい?」
「もうちょっと引っ張ってくれ。…よし、そんな感じで十分だ」
それほど大掛かりなテントでもないので、二人でもすぐにテントの設営は完了できた。
遠巻きに俺達を見る船員たちの目は相変わらず胡乱気なものだ。
完成したテントの上四隅に水袋をそれぞれ一つづつ、計四つを設置する。
これは水魔術で染み出す水を調整するための物だ。
最初はこの水袋から水をいくらか垂らし、あとは布伝いに魔力を通して水を操るというわけだ。

テントの設置を終え、早速水を出そうとしたその時、船の帆柱のてっぺんあたりから、カーンカーンという鐘を叩く音が聞こえてきた。
「何の音だろ?」
「多分出航の合図とかじゃないか?ほら、さっきまでそこら中にいた船員達もほとんどいなくなってるし」
「ほんとだ。…あ!じゃあさ、船が動く瞬間を見に行こうよ!」

パーラに手を引かれるまま、船の縁へと近寄り、そのまま身を乗り出すようにして船体の下へと視線を向ける。
船を係留していた綱が外されて巻き上げられていくのと同時に、船の周囲の砂地に変化が訪れた。

砂が振動で震えるようにして船を避けるように動いている。
それまでただの地面だった砂がまるで水のように船の周囲を流れていき、それに乗るようにしてゆっくりと船が前に進み始めた。
始めは人が歩く程度の早さだったが、徐々に速度を上げていき、今はもうバイクの巡航速度と同じくらいの速さほどになっている。

「ほんとに砂の上を走ってる…。すごいねぇ~。私、船に乗るのも初めてだけど、砂の上を船が行くのなんて想像もできなかったよ」
ポカーンとした顔で先程まで留まっていた発着場を見送り、ボソリとパーラが呟く。
「そんなの俺もだよ。船は海を行くもんだっていう常識がどうしても頭に残ってる。話には聞いていても、こうして実際に見ると感動ものだな」

微かな揺れを感じながらも、砂漠を行く風紋船には大波や時化といったものはないので非常に快適だ。
船酔いの心配はしなくてもよさそうだ。
聞いた話だとこの微妙な揺れでもダメな人はとことんダメだというが、俺は一応前世で船に乗ったことはあったし、そこそこの揺れに長時間晒されていても平気だった記憶がある。
対してパーラはどうだろうか?
チラと横目で窺うと、船の縁から身を乗り出すようにして流れる風を楽しんでいる。
この様子なら大丈夫だろう。

暫く流れる景色を楽しむ。
バイクと違って船の上から見る景色は高さもある分遠くまで見通せて実に清々しい。
惜しむらくはこの暑さか。
「パーラ、そろそろテントに戻ろうぜ。あんまり長い事日差しの下にいたら参っちまうよ」
体を水の膜で覆っていても長時間日差しの下にいたら日射病にもなりかねない。

「そうだね。喉も乾いたし、そうしよっか」
今だけしか見れない景色というわけでもないのであっさりと踵を返せるのが船の旅ならではか。
舳先に向かいながら甲板上を見渡してみると、俺達と同じように景色を見に来たと思われる乗客の姿もちらほらと見える。
その誰もが先程の俺達と同じような顔で、流れていく景色を見ていた。

テントの場所に戻ると、まずは水分の補給を行う。
荷物として置いておいた樽からカップで水を掬い、パーラに手渡す。
俺も自分の分をカップに取り、一緒に一杯を飲み干した。
「―かぁ~っ!この一杯のために生きてるぅ~」
空になったカップから口を話して開口一番にそんなことを言うパーラ。
そんな風呂上がりのおっさんみたいな言い方どこで覚えてきた?

カップに新たに水を注ぎ、それを持ってテントの中に入る。
船が動くと同時にテントの布には水分がしみ込んでいたため、風が当たって水分が蒸発したことで発生した気化熱で外と比べて中はかなり涼しい。
と言ってもあくまでも外と比べての話なので、ここからさらにもう一手加える。

「じゃあパーラ、頼む」
「任せて」
大きく息を吸ってから静かな声で詠唱を始めるパーラ。
これから使うのはディーネから教わった『北風が撫でる手』と呼ばれる風魔術だ。
口語詠唱による魔術の発動となるその魔術は、とにかく唱える文字数が多い。
空気を冷やすというのは魔術でも科学でも高度な工程を必要とするのは同じの様で、非常に面倒な手順を詠唱で辿る手法を取らなくてはならない。

ディーネから聞いた話では、感覚としては空気の熱を細く捩っていった後に一気に膨張させて冷やすというなんとも意味の分からない説明だったが、感覚的な話なので人に伝えるのは難しいのかもしれない。
とはいえ、その感覚でもパーラには十分伝わったらしい。
現にこうしてテント内の温度はどんどん下がっていっている。
もはや冷気と言えるような空気の発生源は、座っているパーラの両太腿の上に置かれた彼女の手だ。
上に向けられた両の掌の上には陽炎のようなもやっとした揺らめきが強くなったり弱くなったりして立ち上っている。

既に詠唱は終えているが、パーラが魔術を維持し続ける間は掌の揺らめきは消えない。
まるで冷蔵庫の蓋を開けた時のようなその冷気は、明らかにディーネが使っていた術よりも冷房効果が高い。
「…パーラ?なんか冷えすぎじゃないか?」
吐く息が白く…とまでは言わないが、とても砂漠の直中とは思えないほどテントの中は寒い。
「しょうがないでしょ。まだ数えるぐらいしか使ったことないから慣れてないんだってば。こう…かな?」
ワキワキと手の指を動かしながらそう言ったパーラの声に応えるように、溢れ出てくる冷気はかなりマイルドなものに変わり、テント内は丁度いい温度となっていく。

「うん、これぐらいが丁度いいな。パーラ、この魔術はどれぐらい維持できそうなんだ?」
「今ぐらいの温度なら結構いけそう。でも集中しなきゃならないからあんまり長時間は勘弁して」
パーラの言う結構な時間というのはおよそ2時間ぐらいだというのはなんとなく把握している。
つまり2時間を超え無い範囲で使って、最低でも1時間は休憩を挟んだ方がいいだろう。

快適な空間となったテント内にいると外に出るのがばからしくなり、次の停泊地に着くまで引きこもることにした。
昼頃に出発したこの船は、その日の夕方には次の停泊地に着く。
意外と近い所に次の停泊地があると思われるが、実は俺達がこの船に乗った際に利用した発着場が特殊なものだったに過ぎない。

風紋船での荷物や人の運ぶのに、直接皇都に船で乗り付けるのは防衛の観点からあまりよろしくないらしく、皇都から離れた場所に発着場を設け、そこを中継するようなやり方が大都市には採用されている。
なので半日もせずに次の停泊地に着くのは今だけの話で、その停泊地を出ると次の停泊地までは船の上での生活となるそうだ。
ちなみに今向かっている停泊地はそこそこの大きさの町となっているため、着いた夜には船を降りて町の宿に泊る事も出来る。
乗客達も船の中に押し込まれるよりは…とそっちへ泊る人がほとんどだ。
どうせ次の日の朝まで船は出発しないし、俺達も宿の方に行こうと思っている。

そんな具合に船の上で過ごすことしばし。
一度だけテントから出てこない俺たちを心配して船員の一人が様子を見に来たが、むしろテントの中の異常なまでの涼しさに驚かせてしまった。

灼熱の太陽から淡い月の光へとその支配が譲り渡された頃、夕闇がまだ微かにその気配を匂わせる景色の向こう側に、朧気ながら町の姿が見え始めた。
どうやらあそこが今夜俺達が滞在する町のようだ。
近付く船にたいしてだろうか、大きく鐘を鳴らす音が聞こえると、それに応えるように船も大きく速度を落とし始める。

速度が十分に落ちたところで砂の上に設けられた桟橋へ船体の左側から横付けされていった。
完全に船の足が止まり、出発時同様甲板上を船員達が慌ただしく動き始める。
船の碇を下ろしたり、桟橋にもやいを結んだりと停泊のための作業は風紋船も帆船も手間はそう変わらないようだ。

船員達を横目に俺達乗客は船を降りるために左舷側に下ろされたタラップを使って地上へと降りて行った。
バイクはまた同じ船に乗るので預けたままだ。
そうやって預けたままにしておく客がほとんどだが、中にはここで一旦荷を下ろすのか船から馬車や荷車を出す人もいるので、船の周りは魔道具製の明かりや篝火が焚かれて意外と明るい。
空が夜へと染まっている中で、町の明かりだけが暗黒の海にポツリと取り残された孤島のような物悲しさを感じる一方、周りが暗いおかげで際立つ明るさが暖かな雰囲気を醸し出している気がする。

夜の砂漠はやはりとにかく冷える。
タラップを降りる人達も足早に町の方へと向かうのはこの寒さから逃れたいからだろう。
かくいう俺達も人の流れに逆らうことなく進み、そのまま今夜の宿へと入る。
この町の宿にはチケットを提示すれば一晩だけの宿泊料を割り引いてくれる所があり、俺達もその一つに世話になることにした。

中に入ってみると内部は若干カラフルさが多い感じではあるが、どこにでもあるありふれた宿といった感じだ。
今はまだそう遅くない時間でもあるため、入ってすぐの酒場兼食堂となっている場所では酒を酌み交わす人が意外と多い。
割り引かれた宿泊料を払い、部屋に荷物を置いたら早速食堂で夕食を頂く。

皇都から風紋船の最寄り町だけあって、料理のメニューは見知った物が多い。
「うーん…なんかあんまり変わり映えしないね」
「まぁこの町は皇都からそう離れていないからな。大きな違いが出てくるのはもうちょっと進んでからじゃないか?」
テーブルに着いて早々メニューを開いたパーラがため息交じりに零した言葉に俺も同意しつつ、この町だけで落胆しないように、まだまだ続く旅の楽しみを匂わせる。

適当に二人でつつく料理を何皿か頼み、皇都では見かけなかった品もいくつかあるのでそれもパーラが注文する。
その土地の料理を楽しむというのが旅の醍醐味の一つではあるが、まだまだそう大きな変化ないとはいえ、それでも僅かな変化を見つけることができるのまた楽しい。

砂漠の船旅という実に珍しい体験と共に、こういった旅の風情が感じられる瞬間に出会うと俺は旅をしていることが嬉しくなってきてしまう。
まだまだ旅は始まったばかりだが、それでもこの先にある出会いや発見を思うと胸が熱くなる。
明日から暫くは船の上だが、それもまた旅だ。
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