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巨人大戦、終結

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『精霊核晶に魔力を注ぐと、それが呼び水となって内側にある光の精霊の魔力が暴走、結果として破壊されるって寸法さ。それを防ぐために、巨人の体に魔力が浸透しないよう、特殊な素材で表皮を保護して、物理的な攻撃と魔術を弾く処置が施されていたんだ。だから、表皮さえ何とかはぎ取れれば、精霊核晶への接触は容易になって、魔力を注ぐ作業も捗る。後は壊れるのを待つだけ。ね?簡単だろ?』

 とか言っていたあの精霊を、俺は今全力でぶん殴りたい気持ちでいっぱいだ。
 何が簡単だぁ?
 さっきから魔力を注入する作業を続けて、六割方が精霊核晶に吸い取られてるってのに何の反応もない。
 右手で触れているこの物質は、不気味な沈黙を保っている。

 バイクの動力しかり、古代遺跡の動力しかり、これでも色んなものへ外から魔力を供給してきた経験のある俺から言わせてもらうなら、この精霊核晶はカラカラに乾いた特大のスポンジといった印象だ。
 俺の魔力量からみれば満たすには恐らく足りないが、大地の精霊の言葉を信じるならあくまでも呼び水であるそうだし、光の精霊からの反応があるまで注ぎ続けてみるしかない。

「ちょっとアンディ!なにやってんの!?」

 そうしていると、噴射装置を吹かしながらパーラが俺の所へやってくる。
 恐らくこいつがここに来たのは、救助した人間を地上部隊に送り届け、合流しようとしたら飛空艇が離脱していて、俺が巨人の体に取りついているのを見つけたからだろう。

「パーラか、何ってこいつに魔力を注いでんだよ」

「魔力を?…ってかなにこれ?」

「精霊核晶ってんだ。この中に光の精霊が閉じ込められてるらしい」

「…ほんとに?どこ情報よ?」

「大地の精霊だ。作戦前にソーマルガ号で会った」

「え、あの人来てたの?」

 基本的にソーマルガでしか姿を見てこなかったため、アシャドルにまで来たというのは多少なりとも驚くようだ。
 俺もそうだったし。

「ああ、直接巨人を見にってのと、俺達になんか伝えることがあったんだと」

「伝えることって…まさかこれのこと?」

 そう言って、若干の嫌悪感混じりの顔で精霊核晶を見るパーラ。
 俺は内心で肉の花と呼称しているが、パーラから見たら巨人の体に発生した謎の器官といった感じに見えるのだろう。
 お世辞にも奇麗とは言い難い見た目だけに、その反応は妥当なものだ。

「そうだ。話によれば、こいつを壊すことで巨人を倒せるらしい。…丁度いい。パーラ、お前も手伝え。さっきから魔力をつぎ込んでるが、全然底が見えん」

「へぇ、これを壊せば巨人を倒せるっての?だったら…」

 これまで煮え湯を飲まされてきた巨人との戦いに終止符を打てると悟ったからか、纏う空気に真剣さが増していくパーラは、素早い動きで背負っていた銃を精霊核晶へと向けた。

「銃でやった方が手っ取り早いね!」

「あ、ちょ―」

「一点集中!狙い打つ!」

 俺の制止する声が届くより一瞬早く、銃口から弾丸が連続して吐き出される。
 カシャカシャという軽い音を立てながら、音に見合わない威力を持った弾丸は精霊核晶へと殺到し、そして跳ね返された。

「うひゃぁああ!?」

「あぶねっ!?」

 弾丸は精霊晶核を一切傷をつけることなく、予想通りに跳弾して俺とパーラへと返ってくる。
 咄嗟にパーラを含めた広範囲へ可変籠手を広げて盾とし、何とか体重が弾丸分だけ増える悲劇からは回避できた。

「っバカ野郎!跳弾も考えないで銃を撃つな!こいつは普通の攻撃じゃ壊れないんだ!」

 可変籠手越しに受けた銃撃で少し痺れを覚える腕を振りながら、軽率な行動に出たパーラを怒鳴りつけた。
 説明が足りなかった俺もよくはなかったが、それにしたっていきなり銃をぶっ放すとは、なんとも危険な真似をする。

「ひぃぃい…ご、ごめん。だって壊せばいいって言われたから」

「お前はもうちょっと、考えてから行動するようにしろよ…。こいつはいわば、光の精霊を閉じ込めてる牢獄だ。外からの物理的な攻撃で壊せるなら、もっと前の、投石機とかの衝撃で罅ぐらいは入ってたさ。それがないってことは、物理的な攻撃じゃ傷もつかないってわけだ」

 巨人の表皮が魔術を防ぎ、精霊核晶は物理攻撃を防ぐというこの仕組みはよく出来ている。
 単体で見た時の巨人がもつタフネス、高威力の魔術は体内には届かず、精霊晶核はあらゆる外圧にも耐えうる頑強さを備えているとなれば、まさに鉄壁と言っても過言ではない。

 この精霊核晶、至近距離の銃弾でも傷一つつけられないのだから、やはり魔力で光の精霊を刺激して、内側からの破壊を狙うしかないのだろう。
 奇妙なことに、こうして巨人にとっての弱点とも言える部分に直接触れているというのに、俺達を狙った攻撃というのを何故か巨人は一切してこないため、理由は分からなくともこれが安全なやり方だとも言える。
 しばらくしたら気付かれるという可能性はあるが、その時はその時だ。

「とにかく、お前も魔力を込めろ。俺だけじゃ足りる気がしない」

「うん、それはいいんだけど、そもそもこれ、二人でやっていいやつなの?ここまでアンディが魔力を込めて来たんなら、最後までアンディがやんなきゃダメだったりしない?」

「……多分大丈夫だ。精霊にも、そういうのは言われてないしな。ダメだったらその時に考えよう」

 とにかく魔力を込めろとしか言われておらず、二人掛かりはダメだとは聞いていない。
 本当にダメだったら、流石に念を押すだろうから、問題はないはず。
 …いや、精霊は大分適当なところがあるし、あるいはという怖さはあるが。

「出た、アンディの場当たり的ないつものやつ。さっき私には考えて行動しろって言ったけど、それってアンディもだからね」

「それについては今度話そう。とにかく今はこっちだ」

 じっとりとした目を向けられ、俺も自分の行いを振り返りそうになるが、優先すべきことを思い出す。
 パーラも俺の言葉に頷きを返すと、精霊核晶へ触れ、魔力を注ぎ始める。

「うっわ、なにこれ…。全然底がないじゃん。こんなのを魔力でいっぱいにするなら、私らカラカラになっちゃうよ」

 魔術師としての感覚で、必要魔力量の膨大さに気付いたパーラが渋面で唸りだす。
 俺もその気持ちは分かる。

「アンディ、これって他の人にも手伝った貰った方がよくない?」

「いや、ダメだ。あんまり人数がいたら、巨人が手を出してくることになる。さっきの降下部隊の連中も、集まっていたから一気にやられたんだ。だから少人数でやらなきゃならん。それに、普通の人間が十人よりも、俺達二人の方が総魔力量は多い」

 正直、俺とパーラの保有魔力量は一般人は勿論、そこらの魔術師よりもよっぽど多く、巨人の体という危険な場所に人を集めるよりも、俺達二人でやった方が効率はいい。
 パーラもそこは分かるようで、それ以上文句を言うことは無く没頭していく。

「…ん?」

 すると、巨人の頭上を三機の小型飛空艇が通り過ぎていった。
 俺達が何かしているのを見て、陽動を行っているようだが、巨人の注意を引き受けてくれるのはこっちとしても助かる。

「飛空艇が来たか。こっちは手が離せないから、有難いな」

「あれってアンディが呼んだの?」

「いや、違うな。多分、さっきソーマルガ号に戻した中型飛空艇の操縦士が機転を利かせたんだろう」

 単身巨人の体に乗り込んだ俺を案じてか、あのパイロットが陽動の小型飛空艇を寄こしてくれたのかもしれない。

 降下部隊の半数以上がやられたということはもう伝わっているはずだし、俺達がいなければ今すぐにでも投石を実行したいという思いは理解できる。
 恐らく陽動をしかけ、巨人の意思をそらしている間に俺が離脱することを期待しているのだろう。

 それに応えられないことは申し訳ないが、今はここを離れるわけにはいかない。
 とはいえ、小型飛空艇が頑張ってくれていることも考えると、精霊核晶への魔力注入を急いだほうが良さそうだ。

 ちょっとした焦燥を覚えながら、ゆっくりとだが確実に魔力を注いでいた俺達だったが、突如、体内の魔力量が急激に減っていく感覚に襲われた。
 意識してのことではなく、勝手に減っていっているという感じだ。

「…アンディ、なんか変だよ。これって、私らの魔力が無理矢理引き出されてない?」

「ああ、お前も気付いたか。さっきまではこんなことは無かったんだが…。注入するのが二人に増えたから、精霊核晶の方から吸い上げてんのか?…仕方ない。ちょっと不安だし、一旦手を放そう」

 突如挙動を変えた精霊核晶に不気味なものを覚えた俺は、とりあえず一旦仕切りなおそうと思ったが、すぐにパーラが悲痛な声を上げる。

「待ってアンディ!これっ、手が離れないよ!?くっついたまま!」

「っまじかよ…!」

 言われて精霊核晶から手を離そうとしたが、右手は張り付いたままでどれだけ力を込めても引きはがせない。
 さっき跳弾から守るために可変籠手を変形させた際には、問題なく手を離せていたのに、今は超強力な磁石に引き寄せられているかのように掌を動かすことが出来ずにいる。

 パーラの方も、右手を俺と同じ様に精霊核晶に捕らえられているようなもので、しかもこの状態で俺達は魔力を吸い上げられてもいるわけだ。

「まずいよ、これ。手が離れないから魔力がどんどん吸われてく。なんとかしないと!」

「分かってる!だがどうすれば。最悪、右手を切断するってのも…」

「ちょっと!怖いこと言わないでよ!こんなことで右手とさよならなんて私嫌だからね!」

 本当の最悪の手として、右手を切り捨てて逃げるというのも選択肢としてはなくもないのだが、パーラはお気に召さないようだ。
 まぁ俺もなるべくなら取りたくない手段ではある。

 一応、俺一人なら雷化で逃げるという選択肢もあるが、雷化した肉体は魔力の塊のようなものなので、そのまま体ごと精霊核晶に吸いこまれる可能性を考えると怖くてやれない。

「そうなると、さっさとこいつを自壊させちまうのが一番いいと俺は思うが!?」

「賛成!私もそれしかないと思うね!」

 やられる前にやれではないが、今俺達の手を捕まえている原因を解消するには、精霊核晶の方を壊してしまうのが一番手っ取り早い。

「決まりだな!残りの魔力、全部つぎ込んじまえ!」

「はいよ!」

 俺の声にパーラも威勢よく答え、二人揃ってその掌から魔力を送り出すべく体全体の魔力を巡らせ始める。

 魔術師に限らず、この世界で生きる者は体内の魔力が完全に無くなれば死ぬと言われている。
 魔術などを使って極端に体内の魔力が減ると気絶するのは、安全装置が働いて省エネモードで魔力の回復を促すようなものだ。

 だが今の俺達は、無理矢理精霊核晶に魔力を吸い上げられている状態のため、この状態で気絶すると回復する暇もなく生命維持に必要な分も含めた全ての魔力を失って死ぬかもしれない。
 俺もパーラも当然そのことは考えていないわけがなく、これは魔力がすっからかんになって死ぬか、精霊核晶が壊れるかのチキンレースだ。
 一刻も早く精霊核晶を壊し、この場所を離れたいという一心で、さらに魔力を注ぎ込んでいく。

「くぅ……この精霊核晶ってやつ、本当に底なしだね。私、もう残りの魔力は半分切ったよ?」

「それを言ったら俺なんてもう三割切ってるぞ」

 そんなことを言っている間も魔力は減り続けており、あとどれぐらいで完全に魔力が底をつくか不安を覚えたその時、ピシリという小さな音が精霊核晶から聞こえて来た。

「アンディ!今の聞いた!?」

「ああ、こりゃあそろそろか?」

 硬いものに罅が走るような音を俺もパーラも耳にし、ゴールは間近かと期待してしまう。
 さらに魔力を送り込むべく掌の感覚に意識を集中させる。
 精霊核晶を器として、未だ魔力が満ちる手ごたえはないが、変化があったのはいいことだ。

 なおも魔力を送り続けると、またピシリ、ピシリと小さな音が立て続けに聞こえてくるとともに、精霊核晶の表面に髪の毛よりも細い線が走り出す。
 それは辛うじて目に見える程度の極細の罅だが、今の俺達にとっては何よりも大きな一歩だ。

「罅が入ってきたね」

「だが小さい。こいつを完全に壊すって段には、まだ全然足りてねぇよ」

 音に続いて見た目の変化もあったということは、崩壊の時は近付いてはいるが、罅の入り方のペースを見るに、破壊までにはもう少し時間はかかりそうだ。

 祈るように魔力を送り続けていると、いよいよ俺の魔力量に底が見え始め、気絶手前の頭がクラクラとする感覚に襲われだしたころ、精霊核晶にひと際大きな罅が走った。
 するとそれを合図にしてか、罅割れが次々と広がっていき、ついには精霊核晶の表面が弾け飛んだ。

「壊れた!?これ壊れたよね!?」

「そうだと思いたいが…よし!手が離れる!」

 破片が舞う中、希望を込めて精霊核晶から手を引きはがそうと試みると、これまでの頑固さが嘘のようにあっさりと解放された。
 横を見るとパーラも同じようで、精霊核晶から離れた自分の手に感動したような目を向けている。

「やった!これで巨人も―…え?」

「…あ?」

 喜びの声を上げるパーラだったが、そのすぐ後に呆けたような声を上げ、俺もまた同じような声を漏らしていた。
 俺達がこんなリアクションとなった原因、それは今、俺達の手首に巻き付いている光の帯のせいだ。

 いや、帯というよりは光輝く腕と言った方が正しいか。
 光の中には指の様なパーツも見える。
 熱くもなく冷たくもなく、硬いようで柔らかいようでもある少し不思議な物質というのが、触れている部分から分かる俺の感想だ。

 まるで俺とパーラを逃がさんとするかのように、精霊核晶から伸びているその光の腕はかなりの強い力で右手首を握り込んでいる。
 この感じだと、ちょっとやそっとの力じゃ振りほどけそうにない。

「なんなのこれ!?ねえアンディ!」

「俺にもわからん!だがもしかしたら、光の精霊の仕業かも!」

「光の精霊がなんで!」

 精霊核晶が精霊を封じ込めているのなら、それを壊したら出てくるのは光の精霊で間違いないだろう。

「それこそわからん!だが俺らを離すつもりがないってのは確かだ!」

 俺とパーラは光の精霊とは何の関係もないはずだが、今こうして俺の手を握る光の腕はどんな執着心からか熱烈な拘束だ。
 流石にもう今は魔力を吸い上げられてはいないが、だからといってこのままでいいとは言えない。

 雷化で逃げようにも、気絶ギリギリの魔力量ではそれも厳しい。
 となると、やるしかないか。
 そう覚悟を決めて、自由に動かせる左手の可変籠手を刃状に変形させる。

「アンディ?何して…まさか!早まっちゃだめ!」

 何を勘違いしたのか、急に悲痛な顔で制止の声を上げるパーラ。

「違うって。それは最後の手段つったろ。この光ってるのを斬るんだよ」

「え、あ、そうなの?自分の手を切断しようとかじゃないのね?」

「しねぇよ。まだ自分の右手で飯を食いたいんだ、俺は」

 どうやら俺が右手を切断するとでも思ったようだ。
 まぁさっきそういうのを匂わせた発言もしたし、気持ちは分かるが。
 一応可能性としては排除しないが、その前にやれることはやっておかねば。

 とにかくこの光る腕に対して攻撃を仕掛けるとしよう。
 自分の腕を傷つけないように注意して狙いを定め、ストロークの小さい突きをお見舞いしようとした次の瞬間、件の腕のぼんやりとしていた光が強さを増して俺とパーラを照らし出す。

 完全に視界を奪うほどの眩しさではないが、それでも目を細めずにはいられない中、俺とパーラの体に異変が起きる。

「やだ!なにこれ!?私の腕っ…どうなってるの!?」

「パーラ!ぐぅっ、俺のもかよ!」

 光る腕に掴まれたままとなっていた俺とパーラの右腕が、突如、指の先から砂が崩れるようにして細かい粒子となって辺りへと散っていく。
 個人差があるのか、若干俺よりパーラの方が粒子化は早いようだが、その速度は決してゆっくりとは言い難い。

「なにが起きてるの!?アンディ!」

「知らねぇよ!俺だって何が起きてんのかっ…いや、吸い込まれてるのか!?」

 痛みはないが、消えていく肉体の喪失感だけはしっかりと感じられ、その恐怖に俺もパーラも冷静ではいられない。
 粒子となって消えていく俺達の体は、もう右肩から先が完全に無くなっている状態だ。

 この時点でようやく気付いたが、粒子状になった俺達の体の一部は、精霊核晶へと吸い込まれているのが見える。
 しかも、身に着けている服や装備も一緒にだ。

 さながら強力な掃除機に吸引される埃の気分だ。

「吸い込まれてる!?どうしてさ!?」

「さあな!光の精霊が魔力だけじゃなく、肉体も欲してるからって言われたら納得するか!?」

「できない!もしそれが本当だとしたら、精霊って質が悪いわ!…アンディ、もうこうなったら無くなった部分はもうあきらめて、今すぐにここを離れ―」

「…いや、それを決断するのがちょっとばかし遅かったみたいだぞ、パーラ」

「え?……あ」

 無くなったものよりも残っている部分に希望を託して、すぐにこの場を去ろうというパーラの提案には俺も賛成だが、今俺達が置かれている状況はそれすらも許そうとしないようだ。

 その決断をパーラが口にするよりほんの僅かに早く、俺達のつま先部分も粒子状へと変わって精霊核晶へと吸い込まれだした。
 もう既にこの時点で足に力を込めてもほとんど動かず、走ったり跳ねたりは勿論、ゆっくりと歩くことすらできそうにない。

「なんでよ、これ…精霊核晶ってのを壊せば、巨人は死ぬんでしょ?そしたら光の精霊も死ぬって……大地の精霊は嘘をついたっての?」

 今にも泣きそうな声でそう吐き出すパーラとは対照的に、俺の心はひどく落ち着いていた。

 確かにパーラが言うように、大地の精霊が俺達を騙して、あたかも生贄のようにして光の精霊に吸収させようという考えがあったと言われても不思議には思わない。
 所詮精霊にとって、俺達は矮小な人間だ。
 同胞である光の精霊にその命を捧げさせ、それをもって何か目的を果たそうとしてたとしても、納得は出来なくとも理解はできる。

「…もしそうだとしたら、俺達は精霊が騙してでも利用したかった人間ってことになるな」

 かつて人間の子供を生贄に捧げられるのを迷惑だと言っていた大地の精霊だが、一方で理由があれば肯定するようなことも言っていたのを思い出す。
 そういう点から、俺達にはわからない理由で、生贄にされたという可能性はゼロではない。

「光栄にでも思えって?冗談じゃないわよ」

「ああ、そうだな。精霊とはいえ、利用されて、使い捨てにされるってのはたまったもんじゃない。…どのみち、もうじき俺達は肉体の全てを精霊核晶に吸収される。その後どうなるのかは分からないが…いい未来が待っているなんてのは楽観的か?」

 普通に考えれば、肉体がこうなったらその先はもう死が待っていると考えるのが普通だ。
 死が目前に迫っているとなると、怖くないわけじゃないが今更騒ぐ気にもならない。
 それはパーラも同じようで、恐怖に錯乱することもなく、意外と冷静だ。

「ま、私達の冒険が終わり、ってことなんじゃないの?不満も心残りも山ほどあるけど、アンディと一緒ならここを終着点にするのもいいかもね」

「殊勝なこと言いやがって。けど、俺も同じ気持ちだな。全てが終わる時、お前が隣にいるってのは悪くないもんだ」

 いつか年老いて冒険に疲れた時、俺の隣にはパーラがいて、残りの穏やかな人生を一緒に過ごすという夢想をしなかったわけじゃない。
 そういう意味では、人生の終わりに血ではなく絆で繋がった相手と共に死ねるのは割といい終わり方だと言えそうだ。

「でしょう?私っていい女だもんね」

「自分で言うか」

 これが死出の別れという感覚を俺とパーラは持っているせいか、軽口を叩き合うのにも小気味いいものを覚える。
 穏やかに死を迎える人間というのは、きっとこんな気持ちなのかと感動しそうだ。
 まだまだやりたいことはあるし心残りは決して少なくないのだが、不思議と落ち着いている。

「どうせなら、最後にソーマルガ号に投石開始の合図を出しとくか」

「…そうだね。もしかしたら、精霊核晶が壊れたら巨人が死ぬってのも今じゃ疑わしくなったしね。私らがいなくなるのはどうしようもないけど、投石でいくらか巨人が弱れば上出来でしょ。後はイーリスさん達がどうにかしてくれるのを祈りましょ」

 パーラはこう言うが、精霊核晶が壊れてからの巨人は正しく死んだように大人しく、機能不全を起こして電源の落ちた機会のような雰囲気がある。
 なんとなくだがこの巨人はもう死んでいると、俺にはそう思えた。

 それに、俺達が消えた後のことを考えると、精霊核晶が壊れたからどうのという話よりも、ソーマルガ号からの投石が巨人へのとどめとなったというシナリオの方がいいこともある。

 突然現れ、多くの犠牲を生み出した巨人という存在に、立ち向かった多くの人間が英雄となることで、後の世に巨人の脅威と人間の可能性を示した教訓が残せるはずだ。

「んじゃ、発光信号を出すぞ」

 遠くにいるソーマルガ号にも見えるよう、最後に残った魔力を絞り出して、掌に発生させた電撃を瞬かせる。
『投石を開始せよ』という内容を伝えると、向こうからも了解の返信が来た。

「『退避せよ』だって。私らのこの状況を知ったらどうするのかな?」

「たった二人の犠牲と見て敢行するのが普通の指揮官だが、今指揮を執ってるのはミルリッグ卿だからな。どうにか助けようと、自ら乗り込んできそうだ」

「あー、それはありそうだね。やっぱあれかな、私らがエリーと友達だから?」

「まぁそれもあるんだろうな。頼まれたか、それともエリーの感情を慮ってかは分からんが、大分気を使われてたし」

 近衛騎士という立場にあって、エリーと俺達の交流を知っているアルベルトは、今日までも色々と配慮をしてくれていた。
 そんな彼が、もし今俺達が肉体を失いかけていることを知れば、きっとどうにかしようと動くはず。

 大勢が乗るソーマルガ号を危険にさらす判断をするかはわからないが、何もしないというのは考えにくい。
 それだけに、このことは知らせずに俺達は離脱したと思い込んでくれるよう祈っておこう。

「…陽動してくれてた小型飛空艇が離れてくね。私がアンディと一緒なら、回収しなくていいって判断…―」

「…パーラ?」

 不意にパーラが言葉を途切れさせたのが気になり、小型飛空艇を見送っていた視線を隣へと戻すと、ついさっきまであったパーラの姿が消えていた。
 存在の残滓と言える微量な粒子が精霊核晶の割れ目へと吸い込まれていくのを見て、完全に吸収されたのだと分かった。

 ふと俺も自分の体を見ると、もう残っているのは左半身が僅かと首から上だけという有様だ。
 この状態でも体は体勢を崩すことなく空中へ縫い付けられるようにいられるのは、何か特別な力で肉体の座標あたりでも固定されているからだろうか。

 しかし、今も粒子化している肉体の変遷を見るに、後十数秒といったところで俺もパーラの後を追って精霊核晶へと肉体の全てが吸収されそうだ。
 先に行ったパーラのことを思うも、奇妙なことに悲しみや寂しさといった者を覚えることは無く、むしろこれから後へ続くことに対する期待のような感情すら湧き出していた。

 みっともなく恐怖に泣きわめかずに済んでいるのはいいことなのだが、この感情の平坦さは一体何故なのかという不気味さも覚える。
 まぁこの状況が異常なことである以上、普通じゃない精神状態へと変わることもあるだろう。

 いよいよ鼻から上が残るのみとなり、もう数秒もせずに肉体がすべて粒子へと変わる。

 恐怖や悲哀といった感情はなく、最後まで残っていた喪失感が俺の心を小さく揺さぶった瞬間、ついに、俺の体は完全に形を失った。





 肉体の感覚が失われ、精神だけが揺蕩うような中で、突如視界が様々な色で埋め尽くされた。
 前後左右上下、あらゆる方向から流れるようにしていくつもの虹が生まれては消えていくようなそれは、光の洪水と表現してもいい騒々しさだ。

 半分夢の中にいるような、曖昧な覚醒をしている俺の五感で通り過ぎていくものを感じていたら、ふと囁くような声が俺の耳を打つ。



 ―待っていた……―……私は……―ただ……―を……



 途切れ途切れの言葉は女性のようであり男性のようでもある不思議な声で、ただそれだけを言って去っていったようだ。
 その気配とも呼べぬ何かが遠ざかるにつれ、俺の意識も次第に薄れていき、やがて考えることも感じることもなくなり、黒に塗りつぶされるようにして意識が失われていった。





 SIDE:other



 後年、歴史学者によって巨人騒乱と名付けられた戦いがイアソー山麓にて起こった。
 巨人と呼称される古代文明期の遺物が迷宮の底から目覚め、その地に集まっていた多くの人間を虐殺した、アシャドル王国史上類を見ない大事件。

 人と物、多くの被害を出しながらも、奇妙なことに討伐にはアシャドル王国軍はほとんど投入されず、寄せ集めで作られた即席の軍が最後まで戦い抜いたという。
 これに関し、様々な憶測が行き交ったが、王国軍が巨人と戦わなかった確かな理由はあきらかとなることはなかった。

 この時、現地に残っていた戦力を再編成した有能な指揮官がいなければ、被害の桁は上がっていただろうと言われている。
 ペルケティア教国からは聖鈴騎士二名、それも序列上位の者と、ソーマル皇国から特例として派遣された飛空艇郡とそれによって運ばれた義勇兵の活躍で、騒乱は鎮静化したと見る歴史家は多い。

 多くの英雄も生み出したこの騒乱において、ある者はユノツァルの壊し屋の武勇を称え、またある者は聖鈴騎士序列二位の書庫番こそが戦場を支配していたと謳う。

 一方で、巨人にとどめを刺したのは巨大飛空艇による投石攻撃だったという声は最も多く、それによってソーマルガ皇国への声望は高まることとなる。

 戦いを終結に導いた多くの英雄達だったが、彼らは一様にしてとある二人の魔術師が絶望的だった戦いを変えたのだとも語る。
 詳細は定かではないが、なんでも生身で空を自在に飛び回り、巨人を翻弄するさまは風が人の形をとって降臨したようだったとのこと。

 そんな件の魔術師だが、戦いの最中、突如として姿を消し、その行方はようとして知れず。
 確かにあの戦いにいたと語る者は多く、しかしその最後を見た者はあまりにも少ない。

 巨人騒乱から間もなく十年、私はこの魔術師、アンディとパーラの二人を探すことにした。
 あの戦いに参加した者達の下へ何度も足を運び、話を聞いてわかったのは、常に最前線で戦い続けていたのはこの二人の魔術師だということだ。

 未だ多くの謎が残る巨人との戦いだが、もしかしたらこの二人は巨人に関することで、他が知りえない何かを手にしていたのではないかと、私の勘が囁く。
 ぜひ一度会って、話を聞きたいと、私はその足跡を辿って旅を続けている。

 アシャドル王国は巨人騒乱に関する情報を制限している節がある一方で、そこに隠された真実を求めて動き回る者も多い。
 かくいう私もそういった人間から支援を受けて、こうして情報をまとめて本を作っている最中だ。

 この本を完成させて世に出すかはまだ考えていないが、願わくば巨人騒乱の戦いの真実が明らかとなり、散っていった命へ報いるものとならんことを切に願う。


 SIDE:END
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