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精霊核晶

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 SIDE:王都で働くとある男




 なに?巨人の話?
 なんで俺にそんなことを…いや、確かに俺はあの巨人との戦いには参加してたがよ、誰から聞いた?
 あぁ、あいつか…ちっ、仕方ねーな。
 分かったよ、けどタダで話してやるわけにはいかねぇな。

 いや金じゃねぇよ?ちぃっとばかし喉の渇きを癒してくれりゃ、舌の回りもよくなるって話さ。
 例えば、あっちの酒場なんかでよ。



 っかぁー!この一杯!
 んで、なんだっけ?あぁ、巨人な。

 何から話したもんか…もう一年は前になるか、俺は元々イアソー山で荷運びの仕事をしてたんだ。
 あの日も、次の仕事に備えて麓街で準備をしててな、そんな時にあの巨人が現れたのさ。
 土と岩をまき散らしながら現れたのを見た時は、恥ずかしい話、俺もいい歳してちびっちまったよ。

 そういやこんな噂知ってるか?
 今でこそあの巨人については色々と知られてるが、一時はかなり厳重に情報が止められててな、アシャドル王国のお偉いさん方は自分達だけで倒して、その素材やら技術やらを独占しようとしてたらしい。
 ま、あくまでも噂だ、噂。

 けど、結局自分達の手には負えねぇってんで他国に支援を要請してんだから、かっこわりいよな。
 要請した先?
 んなもん、ペルケティアにソーマルガ、マクイルーパにチャスリウスにと、とにかく頼れるところを手当たり次第さ。

 当時あそこには何百人、下手したら何千人って数の人間がいたおかげで、戦える人間もそれなりにいた。
 そういう戦闘員をかき集めた部隊で巨人に戦いを挑んだんだが、結果は一回の接触でとんでもない被害が出てビビった兵士達が混乱して戦いどころじゃなくなって撤退した。

 俺?俺はその部隊には混ざらなかったよ。
 逃げる非戦闘員の護衛に回されてたんだ。
 正直、あの時の俺は巨人相手に戦えなくて腐ってたが、俺程度が巨人に突撃かましててたら、死んだ連中の仲間入りだっただろうな。
 あいつらにゃ悪いが、運が良かったと今なら言えるぜ。

 その後は、巨人から離れた場所に陣地を構えて、残った戦力で虚勢を張るような対峙をするのみさ。
 巨人が腕と足を一振りするたびに、馬鹿げた被害を出しながらのギリギリの戦いだった。

 何せ魔術が効かねぇもんだから、高威力の攻撃手段に欠けてたんだ。
 いや、そのままの意味だよ。
 俺も詳しくは知らねぇが、なんでもあの巨人は魔術を散らす能力があったらしくて、魔術師は使い処がなくなっちまった。

 途中から、ペルケティア皇国の聖鈴騎士が二人と、ユノツァルの壊し屋が加わったおかげでなんとかやれてたって感じさ。

 あの壊し屋の戦いを直にこの目で見るのはあれが初めてだったが、ありゃあ化け物だな。
 拳一つで巨人を圧倒してたんだぜ?もっとも、その後すぐに巨人は壊し屋を集中して狙うようになったから、近付くのも難しくなってたみてぇだが。

 聖鈴騎士の方?あぁ、なんか女の方は後方に回るとかでいなくなったが、男の方が残ってな。
 最初見た時はどこの優男だと思ったが、あの書庫番だってんだからびっくりしたもんさ。
 あいつも壊し屋同様、化け物だ。
 鞭をビュンビュン振り回して、巨人の手足が動く隙を作らせないってのは人間に出来るもんかよ?

 そんな奴らがいても結局巨人を倒しきれなかったんだから、どんだけあれがやべぇかって話さ。
 あの戦いでソーマルガ皇国からの援軍がなかったら、終戦までに生き残れた奴はもっと少なかったかもしれん。

 おぉそうだ、そのソーマルガの援軍だがよ、その中に面白い奴らがいてな。
 あんたも飛空艇は知ってるだろ?
 空を飛ぶってなればあれが今は唯一だと思われてるが、あの時援軍でやって来たのに混じってた二人は、なんと生身で空を飛び回ってたんだよ。

 いや嘘じゃねぇよ!本当にそうだったんだって!
 自由自在に空を飛んでたのを俺以外にも何人も見てたんだ。

 そいつらは噴射装置ってやつを使ってたらしいんだが、詳しいことは知らねぇ。
 鳥とも飛空艇とも違う、なんか矢みたいな変な飛び方してたな。

 んで、それからはそいつらが巨人の陽動をするようになると、地上にいる騎兵や壊し屋なんかが攻撃する機会が増えていったってわけだ。
 と言っても、この時だとまだ決め手に欠けてて、巨人を倒しきるってところまではいかなかった。
 まぁ地面に倒すってだけなら何度もあったが。

 その後も、巨人をあの地に釘付けにしながら戦ってたんだが、巨人が俺達の行動に対応する速度が思ったより早くてな。
 日に日に戦いづらくなってきてたところに、ソーマルガ皇国からの援軍の本隊が来てくれたのさ。

 とんでもないデカさの飛空艇が陣地に留まってるのを、みんなバカ面晒して見上げてたっけなぁ。
 ソーマルガ号って言やぁ、今じゃそこそこ有名だが、あん時はまだ俺らみたいな末端には存在すらも知られてなかったからそりゃあもうえらい騒ぎだった。

 そのソーマルガ号に投石機を積んで、巨人に対して投石で戦うってのも大した作戦だと思ったが、実際には巨人に撃ち込まれた岩を逆にソーマルガ号へ投げ返されちまったって話だ。
 はっ、笑えねぇよ。
 自分達のやったことがそのまま返ってくるなんざ、まるで牧師の説法みてぇじゃあねぇか。

 結局その後、ソーマルガ号は一旦下がってよ、仕切り直しってことになったんだ。
 …あん?なんだよ、何が言いてぇんだ?……あぁ、そういうことか。
 つまり、手立てが尽きて諦めたのかってんだろ?
 んなわけあるかよ。

 あの時、あの場所にいた連中はどいつも腹が据わってた。
 なんでかって?それまでも上の連中が諦めなかったからだ。
 連日続く巨人との戦いで、一つがダメでもまた別の手、それがダメならまた次の手をって具合に戦い続けて来た俺達が、たった一回の失敗で萎えたりはしねぇ。
 実際、すぐに作戦の変更が全体に通達されて、飛空艇を使った別の攻撃方法が実行に移された。

 あんたも名前ぐらいは知ってるだろ?『巨人堕とし』の部隊ってのをさ。

 つっても別に最初からそういう名前がついてたわけじゃない。
 その部隊の連中が巨人を倒すのに一番貢献したから、後々そう呼ばれるようになったらしい。

 そいつらが巨人に取りついて戦ったのが、戦局を大きく動かしたってのはあの戦いに参加してた誰もが思ってるよ。

 知ってるか?
 優秀な戦士ってのは三つに分けられる。

 生き汚い奴、戦況を読める奴、ひたすらに強い奴、この三つだ。

 あいつらは、どいつも真の戦士だったよ……おっと、酒が無くなっちまった。
 どうするよ?続きが聞きたきゃ、器に口が軽くなる水を満たさなきゃならんぜ?

 へへっ、そうこなくちゃな。
 おーい!こっちにお代わりだ!




 SIDE:END





 作戦開始の合図は、俺が飛空艇のハッチから外へ身を乗り出し、空中に向けて放った電撃によって全部隊に通達された。
 すぐさまコックピットに戻り、代わってもらっていた操縦をこちらに戻す。

「地上部隊より発光信号」

 巨人の周囲を監視するように援旋回させていると、隣にいるパイロットから報告がされる。
 別方向で発生した発光信号を俺は見逃したが、こういう時は二人体制の操縦ってのは有難い。

「読み上げてくれ」

「『イーリスによる打撃後、騎兵での突撃を敢行する』と」

 恐らく、この発光信号は俺達というより、主にソーマルガ号へ向けたものだろう。
 騎兵がうろちょろしてる時に、投石攻撃されないようにとの意図が込められている。
 地上の部隊にしてみれば、フレンドリーファイアでやられるのはたまったものではないというところか。
 味方殺しという不名誉は誰も負いたくないし、負わせたくもないものだ。

 暫くすると、雪煙の線が巨人の足元目指して近付いてくのが見えた。
 騎兵による突撃だ。
 すぐにそれに気付いた巨人が、足下へ手を伸ばしてくるが、それを騎兵の群れから飛び出してきたイーリスが殴ることで弾く。
 片腕が弾かれると、今度はもう片方の腕を伸ばしてくる巨人だったが、そちらは騎兵の中に紛れたままのグロウズが鞭で牽制し、捕まえようとするのを全て防いでいく。

 上手く注意が地上に向いている隙に、俺達は作戦を実行に移す。

「これより巨人への空挺降下を行う。総員、装備の確認は済んでるか?ビビってる奴はいないな?」

『サー!イエッサー!』

 後部へ投げかけた声に、全員が揃った返事が返ってきた。
 うむ…やり過ぎたか。
 訓練の時にそう仕込んだとはいえ、異世界でこの返しをされると違和感がすごい。
 とはいえ、やる気は十分なようで何よりだ。

「訓練通り、ワイヤーを使った懸垂降下だ。二人一組として、一人目は飛空艇で釣って降ろしたら、二人目が降りて事故確保ができしだい、ワイヤーを回収。次の組が効果という手順だ」

 空挺降下を想定して、いくつかのパターンで訓練を行った。
 その中でも安定して巨人に取りつく方法として、今回は飛空艇から垂らしたワイヤーを使った懸垂降下が採用されている。

 やり方としては難しいものではなく、まずは二人が互いにロープで体を結び、片方が降下する際のサポートをもう片方が行い、巨人に取りついたら飛空艇と繋がっているワイヤーを回収し、次の降下メンバーが動くというやり方だ。

 当然このやり方は100%安全なものとはいえず、ワイヤーが切れたり外れたりなどで落下の危険はゼロではない。
 なにより、巨人が自分の体に降下させるのを許さずに攻撃してくるという可能性もある。
 だが現状だと空挺降下はこのやり方が最適となっており、多少の危険は織り込み済みだ。

 なお、今飛空艇内ではパーラも既に合流して待機済みで、一応万が一誤って落下した場合は噴射装置で回収することは可能ではあるが、あくまでも保険であり、過信は出来ない。
 いくらなんでも、ボロボロと人が落下していくのを全部救い上げることなど、噴射装置一つでは難しいのだ。

 地上がいい囮となってくれたことで、飛空艇は巨人のターゲットになることなく安全に頭上へと差し掛かると、操縦を隣のパイロットに任せ、俺は貨物室へと移って降下のサポートへ移る。

「これより作戦開始となる。手順を守って二人ずつ降下していく。まずは―」

 一人一人名前を呼んでペアを決め、降下の順番を組んでいく。
 ラぺリング訓練で大体把握していた個人の能力に加え、性格的なものも加味してのペア決めとなるが、結構偏りのない編成が出来たと思う。

 開放されたハッチから下を覗くと、眼下には地上に気を取られて下を向いている巨人の頭が見え、その上に飛空艇は上手く滞空していた。
 時折吹く風にも船体は姿勢を大きく崩すこともなく、この位置をキープ出来ているこのパイロットはいい腕をしている。

「アンディ、私は先に外に出て降下の補助に付くよ。なんかあったら動くからね」

「おう、頼む」

 誰よりも先んじて飛空艇を飛び出すのはパーラで、噴射装置が使えるこいつは降下部隊のサポートに回るのと同時に、いざとなれば巨人の目を引き付ける陽動役も兼ねている。
 まるで我が家の階段を下りるかのような気軽さで外へ一歩踏み出し、僅かに落下しただけですぐに噴射装置を吹かして飛んで行った。

「よし!降下開始だ!行け行け行け!」

 パーラを見送ったあと、部隊を降下させる手順に移る。
 ハッチの側に設けられたワイヤーを手繰り寄せ、最初に降下する人間のハーネスへと通すと外へ送り出す。
 初の実践での空挺降下ということで、引きつった声を上げながら降下していくのを目で追うと、十メートルほど降りると巨人のうなじの少し横あたりへと無事に着地したのを確認できた。

 巨人が自分の体に何かが取りついたことで何かリアクションを取るかと少し身構えたが、イーリス達が上手く陽動してくれているようで、相変わらず地上の方にご執心のようだ。
 降下が安全だと判断し、ペアの片割れの方も送り出す。

 地上に降りた二人がワイヤーから離れ、それに続けと次々に隊員が降下していく。
 十四名が巨人の体へ降りたところで、一旦飛空艇は高度を上げて退避する。
 飛空艇は彼らの回収もしなくてはならないので、うかつに巨人の近くに居続けるわけにはいかないのだ。

 旋回をしながら、降下した連中の動きを見ていると、早速彼らは巨人のうなじを目指して移動を開始していた。
 それぞれが有機的に仲間をカバーしながら動いている様は、訓練の賜物だと感心できる。

 作戦の説明をした際、巨人の体で狙う場所として頭か首を候補として伝えていたが、どうやらうなじ、すなわち脊髄への攻撃を選択したらしい。
 前衛を務める八人が振動剣を起動させ、一気に走り出す。

「アンディ殿!巨人が!」

「ちっ、やっぱり気付くか。パーラに…流石、もう動いてたな」

 八人が体の上を駆けていくと巨人も気付くもので、それまで下を向いていた顔が自分の肩を渡る人影を捉えるようにして動いていく。
 これはまずいと発光信号でパーラに援護を要請しようとしたが、既に陽動に動いていて、巨人の顔の前を高速で横切ったことで注意もそちらへと一瞬引きつけられた。

 その隙に降下部隊の面々は、手にした振動剣を巨人のうなじへと一斉に突き立てていく。
 都合八本が巨人の皮膚を貫き、その剣身の半分以上が肉体へと埋め込まれた途端、巨人はこれまでになかった反応を見せる。

 これまで剣や弓矢でつけた傷もすぐに塞がっていたため、ダメージに対するリアクションがほとんどなかった巨人だったが、今に限っては体に突き立つ振動剣が与える痛みに悶えるように体を揺すっていた。
 恐らく口があれば絶叫が吐き出されたと思わせるほどの様相だ。

「効果は抜群だってか!だがこれはっ…」

「まずいですよ、アンディ殿!何人か振り落とされてます!」

 初めて見せる姿に、今の攻撃が有効性の高さを示したが、同時に今の動きで降下部隊の何人かが空中へ放り出されたのも見えた。
 上手く耐えた者もいるが、それも半分ほどだ。

 さながらロデオ中の暴れ牛から放り出されたような勢いで、それぞれ別々の方向へと飛び出してしまったたのがまたまずい。

「急速降下で捕まえる!回収用の網を展開!」

 今回の作戦のために、飛空艇の後方下部には突貫で幅三メートル、高さ四メートルの網を取り付けてある。
 降下部隊が巨人の体から撤退する際、いちいち一人ずつ飛空艇に乗るのを待つ時間が惜しいため、そこに全員を一旦捕まらせて飛び去るという目的のためだ。

「了解です!しかし全員はっ…」

「別方向のはパーラに任せるしかない!」

 こういう事態も想定はしていたため、ここはパーラの働きに賭けるしかない。
 噴射装置とパーラが風魔術を併用すれば、二人程度なら追加でぶら下げて地上までなんとか降りれるはずだ。

 現に今、落下中の人間へ流星のように迫る小さな影が視界の端に見え、それなら俺達は別方向の人間を助けるべく動こう。

 機首を下へ向けての急速降下で、密集して落ちている人影を追っていくと、こちらに気付いた四人は飛空艇が通り過ぎる軌道上へと手を伸ばしてくる。
 彼らの手が届くことを祈り、ギリギリ掠めるようにして機体が通り過ぎると同時に、微かな振動が機体に走ったのを感じた。
 振動があったということは、網に掴まったか、もしくはぶつかったか。

「全員捕まえたか!?」

「恐らくは!地上まで十五メートル!」

 元々高度がそれほどなかったこともあって、迫る地面はもう目の前だ。

「機首上げ!機体を持ち上げる!」

 全員が網に捕まっていると信じ、推力を一度カット。
 そして即座に船首を上へ向けてスロットルを全開に。
 落下から上昇へベクトルが急激に変わり、殺人的なGに体が悲鳴を上げるが、構わず飛空艇を天へと向かわせた。
 高度が残り五メートルのところで船体は上昇に転じ、巨人の体を這うようにして再び高空へと戻ったところで、パーラの方がどうなったのか気になり、その姿を探してみる。

 すると、遠くの方で人二人を抱えて軟着陸しているパーラを見つけた。
 どうやらちゃんと救助できたようで、降りた位置に地上部隊とも合流できる近さのため、一先ずは安心していいだろう。

「あっちは大丈夫そうだな。俺はさっき回収した連中を見て来る。少し操縦を頼む」

「わかりました」

 パイロットに操縦を任せ、俺はハッチから身を乗り出して船体下部を覗きこむ。
 しっかり四人を助けたとは思うが、万が一取りこぼしていたらと、少しだけ怖い。

 果たしてそこにいたのは…

「ひーふーみーよ…うん、四人いるな。おい、大丈夫か?怪我は?」

「きょ、教官-…」

「はぁ…はぁ…怪我人はいませんが、いつまでもこのままというのはちょっと」

 誰もが落下の恐怖から立ち直っていないなか、比較的気を持ち直していた者が答えてくれた。
 飛空艇の網に引っかけるのも結構強引にやったので、怪我人がいても不思議ではなかったが、見た限りでは問題なさそうだ。

 いつまでも網に手と足だけで取りついている状態というのには彼らも不安を覚えているため、急いで船の中に入れてやるとしよう。

「あぁ、そうだな。少し待ってろ。今網をこっちに引っ張る。一人ずつ順番に上がってこい」

 手を伸ばして網の一部を掴み、ハッチに寄せて飛空艇内へのアクセスを確保しようとした時、網に掴まっていた一人の女性が悲鳴に似た声を上げた。

「嘘!?まずっ!逃げて!」

 その声が向けられた先を見てみると、巨人の体に残っていた降下部隊の片割れに、巨人が手を伸ばしているところだった。
 自分の体に剣を突き立てた彼らを、まるで肩に留まる蚊でも叩き潰さんとしているかのような気軽さだ。

 地上と違い、巨人の体になんとか立っている彼らは逃げることも難しく、ただ迫る巨大な手を待ち受けるしかできないでいる。
 あのままだと、巨人の手に潰されるか空中へ身を投げ出して落下するかのどちらかしか選択肢はない。
 どちらにせよ、今の飛空艇の距離からは彼らのもとへ駆けつけるには遠すぎた。

 注意を引こうにも、この飛空艇には遠距離攻撃ができる武器はなく、可変籠手の衝撃砲は射程外とくれば手立てもない。

 ただ見ているしかない俺達の目の前で、ついに巨人の手はその肩を強く叩いた。
 そんなはずはないのだが、俺の耳にはトマトが潰れたようなブチョリという音が聞こえた気がして、巨人がその手を持ち上げると、その下には人体が重量物に潰されたのを象徴するように血の花が咲いていた。

 血液の外にも色々な肉片が見え、ひしゃげた手足や散乱した内臓といったものが、あそこで死んだ人間の最後の痕跡となって俺達に衝撃を与える。

「いやぁああああ!っぁああああ!」

「うそだろ!?」

 仲間の死、それもひどくあっさりとしたものを見たせいで、狂ったように叫ぶ降下部隊の面々は、ともすれば今自分達が網に掴まっている状況を忘れてしまいかねないほどの動揺の仕方だ。

「落ち着け!…四人とも、早く中に入れ」

 自分が育てた人間が目の前で殺されて何も思わないわけではないが、今は生き残った方を保護しなくては。
 取り乱しているところを、首根っこ掴む勢いで飛空艇内へと引きずり込み、四人を回収したところでハッチを閉じようとした俺だったが、ふと巨人へと向けた視線の先に妙なものを見つけた。

 巨人の首筋の辺り、丁度先程降下部隊が振動剣を刺した辺りがめくれるようにして皮膚の向こう側を露にしている。
 何かが内側から飛び出そうとでもしたような、さしずめ肉の花が咲いたとも表現できるその光景に、思わず俺は息をのんだ。
 その正体に思い至った俺は、すぐさまコックピットへ向けて指示を飛ばす。

「巨人の頭上へ飛空艇を向かわせろ!」

「正気ですか!?陽動がない状態では危険ですよ!」

 さっきまではパーラが陽動役を担ってくれていたが、今はそれもない。
 巨人の注意が空に向くか下に向くか、確率で言えば飛空艇を狙ってくる可能性の方が高いが、今ここにいる連中を危険にさらしてでも、俺はあそこを目指す必要がある。

「分かってる!通り過ぎるだけでいい!」

「しかし、この機の安全がっ!」

「頼む!」

「っっ…通り過ぎるだけですよ!」

 かなりの無茶に、葛藤しながらも受けてくれたこのパイロットには感謝しかない。

 一度巨人から離れながら速度を稼ぎ、飛行しながら高度を落としていく飛空艇は、あっというまに巨人の頭上をフライパスするコースへ乗った。
 巨人が飛空艇に反応する危険を恐れ、交差は一瞬となるだろう。

「唐突だが俺はここで降りる!お前達はソーマルガ号と合流し、向こうの指揮下に入れ!」

「ちょ教官!?」

「アンディ殿!?」

 タイミングを見計らって巨人の首元目指して降下を試みる。
 ワイヤーを使わず、噴射装置も身に着けずに飛び出した俺の背中に声が投げかけられたが、それを無視して着地点を睨む。

 高さは十メートル強といったところで、手足を広げて降下していく俺の体には飛空艇の速度分の勢いが乗せられており、斜めに突入する形で巨人のうなじに咲いた肉の花が目前まで迫っていた。
 パラシュートも噴射装置もないままこの勢いで突っ込むと流石に怪我は免れず、全身に魔力を巡らせて身体強化を施し、さらに可変籠手を砲形態にして真下へ向けて衝撃波を放つ。

 簡易的な噴射装置の役割を果たした可変籠手のおかげで落下スピードは大分弱まり、乱暴ではあるが比較的無事に着地を成功させた。
 衝撃砲が巨人の体に当たったことでこちらに気付くかとも思ったが、特にそんなことは無く、とりあえず今は攻撃に怯えることなく目の前の事象に集中できそうだ。

 俺が肉の花と呼んだように、巨人の脊髄に当たる一部分が捲れ上がっているその原因だが、どうやら突き立つ何本もの振動剣が互いに共振し、皮膚の組織を広範囲で破壊したことで、首周りの皮膚が伸縮した結果ではないかと推測する。

 現に、振動剣は共振の威力によってかもうかなりボロボロだ。
 しかし、使い手の手が離れても振動は続けているようで、損傷の度合いは現在も進行中だ。

 そんな未だ壊れずに稼働している振動剣の姿に感嘆を覚えるが、今はそれよりも目の前にある肉の花が気になる。
 パックリと口を開いた傷口と言っていいそれは、血液を吹き出すこともなくただその中身をさらけ出そうとしており、その奥にくすんだ緑色でツルリとした質感のなにかがあった。

 鈍く光を反射するそれは水晶のようでもあり、金属のようでもある不思議な物質なように俺の目には映る。
 初めて目にする一方で、この物質の正体については目星がついていた俺は、つい先ほどソーマルガ号で再会した精霊との会話を思い出していた。





精霊核晶せいれいかくしょう?」

「うん。濁った草色をした球形で、水晶みたいな質感だったと思う。そういうのがあの巨人の中にはあってね。そこに精霊の力を封じ込めて、巨人が動く力の源としているそうだ。いわば精霊を囚える檻だね。それを壊せば、巨人は動きを止める。同時に、光の精霊も死ねるってわけさ」

「なるほど、なら俺達が狙うのはそれってことか。どこにあるんだ?その精霊核晶ってのは」

「さあ、確かなことは分からないね。ただ、予想は出来る。巨人の上半身、それも頭と心臓かその近くだろう。まぁ僕の見立てだと、首の辺りだろうと思うけど」

「おいおいおい、あの巨人のデカさを知ってるか?首の辺りだってかなり範囲が広い。そこから精霊核晶を探し出すのにどれだけ手間がかかるんだよ…。大体、その精霊核晶の大きさとかはどんぐらいなんだ?」

「大きさで言ったら、君の背より少し大きいぐらいかな」

「約二メートル弱の球体か。とにかくそれを破壊すれば、巨人は倒せる…ひいては光の精霊を殺せるってわけだな?」

「そういうことだね。君ぐらいの魔力量があれば、精霊核晶に接触して魔力を流し込んで壊せるはずだ」

「魔力を?直接斬ったりとかはダメなのか?もしくは雷魔術を撃ち込むとか」

「精霊核晶はちょっとやそっとの攻撃で壊れるほどやわじゃあない。雷魔術は…どうだろ?そっちは僕にも分からないね。ただ、確実に壊せる方法があるなら、それを選んだ方が賢明だと思わないかい?」

「まぁそりゃそうだが」

「そんなわけだから、なるべく魔力は温存して精霊核晶を見つけて欲しい。多分、かなりの量の魔力が必要になるからね。あと…」

「あと?」

「…いや、何でもない。多分これは心配ないと思うから、気にしないでくれ」

「なんだよ、そんな風に言われたら逆に気になるって」

「いいからいいから。まずありえないことだからさ」

「いや、だからそういう言い方が逆に―」

「まぁまぁまぁまぁ」




 精霊との会話を思い出しつつ、目の前にあるのが件の精霊核晶だとするならば、これを壊せばこの戦いは決着がつく。
 そう思った途端、少し離れた所にある血痕と肉片に視線が吸い寄せられる。

 降下部隊の目的は、巨人の体に降り立って攻撃をすることにあった。
 手にしていた振動剣は、巨人の皮膚に通じるかは未知数だったが、結果として皮膚を容易く切り裂き、こうして精霊核晶を見つけることすらも成し遂げた。

 狙ってやったことではなかったが、逆に考えれば、巨人打倒には精霊晶核の破壊が必須だったが故の必然で、一足飛びにこの結果を引っ張り込んだという、なんともご都合主義的な展開とも言える。

 しかし、散っていった彼らの命がこうして精霊核晶を掘り起こしたとするなら、その死は無駄ではなかったと、声高に言ってもバチは当たるまい。
 精霊晶核がむき出しになっても巨人が特に気にした様子もないのは少し不気味だが、目の前のこれを破壊すればそんなことにいちいち理由付けをする必要もなくなる。

 むしろ妨害がないのは好都合。
 後は直接触れて魔力を流し込むだけだ。
 降下部隊だけではない、これまでに失われた多くの命が報われる時がついに来たと、思わず身震いが走る。

 若干の興奮を覚えつつ、ソッと精霊核晶に触れる。
 想像通りの硬さはあるが、思ったよりも冷たくはなく、つけっぱなしだった白熱電球を消して、十秒後ぐらいに触れた時のような、微妙な温かさがある。
 やはり不思議な物体は触感にも感じるものはあるのだと思いつつ、ゆっくりと魔力を込めていく。

 ほどなくして、こちらが送り出す魔力が精霊核晶に吸い取られていくのを感じた。
 精霊が言うにはかなりの量の魔力が必要だそうだが、具体的にどれぐらいなのかは実際にやってみないと分からない。
 出来れば、巨人が俺に気付いて妨害が始まる前に終わってくれるといいのだが。
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