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決着は士気がある内に

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 軍隊において、兵数というのはそのまま全てが戦闘に参加する数という訳ではない。
 当然ながら戦闘訓練を積んでいる兵士が大半であるが、その中には武器の整備や食料の提供などをする人間も軍隊の一部として組み込まれている。

 今回、ソーマルガ号で運ばれて来た援軍の本隊にいる二千人の中で、戦闘に参加しない人間はおよそ三百人。
 これにソーマルガ号の保守と運用にかかる人員がさらに百人と、計四百人が戦力から除外される。
 勿論、この四百人は全く戦えないという訳ではなく、いざとなれば武器を取ることもあるが、基本的に裏方となるため、平時の戦力としては数えない。

 よってソーマルガ皇国が現状で動かせる兵は、先遣隊を吸収した千八百人となるのだが、この兵数はこの陣地で元々戦っていた兵士の数を大きく上回るため、部隊の再編が提案された。
 と言っても、指揮官はそのままで、その下に配属される兵士にソーマルガの援軍が加わることになり、これに合わせて、アルベルトがソーマルガ号の投石器と艦載機を運用する部隊の指揮官を任され、俺もここに所属となった。

 何せ俺は今、噴射装置が使えないため、貴重なパイロットとしての仕事も期待されている。
 投石機と弾としての石でソーマルガ号の容積がそれなりに使われているため、搭載されている飛空艇は小型が十機、中型が四機と意外に少ない。
 とはいえ、現在でもソーマルガ本国では飛空艇が任務に着いているので、この数を国外に出したのは結構な決断だとも言える。

 一応全艦載機に割り当てるパイロットは足りているため、形式上、俺は予備パイロットという扱いになる。

 ちなみにパーラとイーリスとグロウズは相変わらず対巨人のメインアタッカーという位置付けで、どこの部隊に所属とは決まっていない。
 強いて言えば、セイン直属と見ることもできるが、独立遊撃部隊と呼ぶのが相応しいだろう。

 そんな具合に部隊の再編成が完了したのは、ソーマルガ号がやってきた日の夜遅くになってしまい、決定事項は翌日の朝に発表され、編成が適用された部隊を運用して巨人との新たな戦いが始まった。




 日が昇ると巨人への攻撃が開始され、イーリスとグロウズのコンビネーションの利いた攻撃に、パーラの噴射装置を使った攪乱と、もうすっかり定番となった戦いが繰り広げられていく。
 だが今日、その定番の光景の中に新しく加わったものがある。

 それはこの地の誰よりも高い空を飛びまわり、眼下の巨人を監視するようにその周辺をグルグルと旋回して飛ぶ小型飛空艇三機で構成された小隊だ。
 その中の一つ、一番機のパイロットとして小隊を指揮するのは何を隠そう、この俺である。

 噴射装置が使えなくなった俺だが、飛空艇のパイロットとしての経験と腕は並ぶ者なしと認められており、そのためかアルベルトから直々に巨人との空中戦を他のパイロットに体験させてほしいと、この仕事を任されてしまった。

 何せこの世界では、対巨人における空中機動戦の経験があるのは俺とパーラだけで、他に適任などいるはずもなく、手隙の俺が手本となろうというわけだ。

 俺をトップにして、左右斜め後ろについて飛ぶ二機の飛空艇に乗るパイロットも、最初こそ巨人の立ち姿に気圧されていたが、縦横無尽に飛び回るパーラの姿に、飛空艇乗りとしてのプライドが刺激されてか、今では一端の機動を取る程度には気を取り直してはいる。

「よし、巨人はパーラの陽動に引っかかった。俺達は頭上を通過した後、急降下で巨人の眼前を突っ切る。全機、俺に続け」

『了解!』

「…そこはコピーと言って欲しかったな」

『は?今なんと?』

「なんでもない」

 ボソリと呟いた俺の言葉に、二番機のパイロットが尋ねて来たが誤魔化しておく。
 地球の軍隊のノリをこの世界で期待してはいけないし、強制もしにくい。
 雰囲気作りは大事だが、時と場合を考えることぐらいは俺にもできる。

 今のやり取りから分かるように、この小型飛空艇には音声によるやり取りを可能とした短距離通信機能が既に実装されている。
 有効範囲はまだそれほど広くなく、目で見える距離程度までしか音声は届かないそうだが、それでも発光信号でのやり取りのために操縦桿から手を放す必要がないのは大した進歩だ。

 形としてはコンソールから延びたコードでつながる、耳から片頬のほとんどを覆うタイプの通信機だが、以前俺が見た時はまだソーマルガでは初期の試験段階だったこの通信機も、短距離とは言え明瞭なやり取りができるレベルで実用化されていることには賞賛を送りたい。


 元々ソーマルガ号に搭載されていた機能を復活させて、他の飛空艇にも使えるように落とし込んだ技術だが、これがもしも今後通信距離を増大させることが出来れば、この世界ではソーマルガが情報戦では一歩どころか十歩は先を行くことになりそうだ。

「三で行くぞ。いち、に……さん!」

 そんなことを考えつつ巨人の動きに注意を払い、降下のタイミングを僚機へと告げる。
 機首を九十度真下へと向けつつスロットルを開けると、一瞬の浮遊感に襲われた直後、俺の背中はシートへと押し付けられ、視界は地面へと近付いていく。

 この機体も小型なだけあって、小回りと体感速度は噴射装置とも中型飛空艇ともやはり大分違う。
 噴射装置が生身での解放感を与えるのに対し、こちらは細いチューブの中を高速で滑り降りるような、窮屈なスリルとでも言おうか。
 何とも言えない怖さと共に、身の回りを囲う装置やシートに守られているという安ど感が同居した奇妙な心地よさに包まれながら、巨人の顔の前を高速で通り過ぎていく。

 一瞬、僚機はどうなのかという不安を覚えたが、チラリと後ろを見る俺の目には、先程のフォーメーションとほぼ変わらない位置取りで二番機と三番機も追従していた。
 流石、ソーマルガでも数少ない飛空艇のパイロットを務めるだけはある。
 いい腕だ。

 搭乗前に見たパイロット達の顔を思い出すと、俺より年上だがまだ若いと言っていい人間が、こうも正確かつ大胆な機動を見せているところに、ソーマルガという国の人材の厚みを感じられる。

 眼前を通り過ぎた影三つに、巨人も一瞬遅れて反応を見せると、捕まえようとその手を伸ばしてくるが、俺達は地面ギリギリで機首を起こすと、それぞれ別々の方向へと散開して飛び去って行く。
 巨人はどれを追うか躊躇い、その出来た隙にイーリスが攻撃を加えて体勢を崩す。

『すげぇ!なんだあいつ!』

『ただ殴っただけで!?巨人の足が跳ね上げられたぞ!』

 もうすっかり鉄板戦術となったこの流れに、俺は特に思うところはないが、始めてみる人間には驚きの光景のようで、無線越しに興奮気味な声が聞こえてくる。
 見た目は少女のイーリスが、その小さな拳一つで巨人を転ばせるというのは、絵面としてもあまりにも意外で、そして痛快なのだろう

 まぁ俺も慣れはしたが、こうして離れたところから見てみると、イーリスの拳が巨人を翻弄している事実には改めて舌を巻く。
 初見の人間なら、リアクションも大きくなろうというもの。

 さらに、倒れ込んだ巨人に対してグロウズの鞭が襲い掛かると、それにもいい反応を見せる二人に軽く注意を促しつつ、それぞれにイーリスを拾っての一時後退を指示しておく。

 巨人から高速で離れた二番機と三番機は、同時に機体下部に取り付けていた装置から縄梯子を垂らしながらイーリスへ近付くと、彼女は通り過ぎざまの二番機の縄梯子へと見事に取りついた。
 そしてそのまま後方へと飛び去って行く。

 三番機は二番機がイーリスを拾えなかった時の保険と、万が一の時の巨人の攪乱役だったが、今回は役目無しでの後退となる。

 俺の方は、空中を移動しているパーラに飛空艇で近付き、ハンドサインでこちらへの合流を伝える。

 すると噴射装置を巧みに操り、こちらの飛空艇に取りついたパーラがキャノピーを開けて、猫のようにその身を中へ滑り込ませてきた。
 元々小型飛空艇は二人乗りを想定したつくりであるため、後部座席は標準仕様で付いていたが、だとしても飛行中のキャノピーを開けて乗り込んでくるとは、こいつは本当に無茶をする。

「ふぅー、いいとこに来てくれたよ、アンディ。丁度圧縮空気が残り少なかったんだ。あー、やっぱりこん中は温かいねぇ」

 後部座席へ体を収めると、安堵の息とともにそんな言葉を吐く。
 外は相応に冬の寒さが厳しく、飛空艇は簡易とは言え空調が整っているため、さっきまで飛び回っていたパーラにとっては天国のように思えるのかもしれない。

「そうかい。だがな、普通飛んでる飛空艇の操縦席に直接飛び込んでくるか?危ないだろ」

「いやぁ、とにかく寒くってさ。メンゴメンゴ」

 メンゴて。
 古い上に異なる世界の言葉を何故こいつは知っているのだろうか。
 俺か?俺が知らずに口にしてたか?

「それでさ、小型飛空艇の方はどう?噴射装置と同等とまでは言わなくても、外から見てたらかなり動きはよかったけど。この後も使えそう?」

「ああ、意外といけるな。運動性こそ噴射装置に劣るが、飛行時間と直進速度はやっぱりこっちが上だ。巨人の動きにも余裕をもって対処できるのは楽でいい。これならこの後の作戦も問題はないだろう」

「ほうほう、んじゃ作戦は予定通りに実行されるってわけか。腕が鳴るね、こりゃ」

 後部座席を見るまでもなく、ブンブンと腕を上下させているパーラの様子が伝わってくる。
 腕が鳴るをそうして表現するとは。

「そうだな、その時は存分に腕を振るってくれ」

 鼻息の荒いパーラにそう言い、午後からの作戦へ意識を向ける。
 そして同時に、その作戦が提案された昨夜のことも思い出された。




「明日、巨人に対して総攻撃を仕掛けます。倒しきれなければ明後日、そしてまた次の日と総力で臨み、この戦の決着としましょう」

 テーブルにいる人間の顔を見回し、硬い表情のセインが告げたその言葉に、テントの中がざわめき立つ。
 唯一、そのざわめきに加わらなかったのは俺とパーラぐらいだ。

 噴射装置の修理を試みて諦めたあの後、俺達はイーリスと合流して食事をとっていたのだが、そこにセインからの呼び出しがあり、俺達三人はこのテントへとやって来た。
 俺もパーラもここでの仕事ぶりからイーリスと同格と見られているが、一応イーリスの後ろに椅子を用意して座るという、部下のような振る舞いをしている。

 少し離れた所ではアルベルトが目を細めて俺達を見ているが、あっちは部下の女性が席に揃っているのだからそんな目で見ないで欲しい。
 ソーマルガ皇国所属のはずの俺とパーラがこっちにいることに思うところはあろうが、些細な問題として流す度量が肝要ではなかろうか。

「ちょっと待ってくれ、セイン殿。それはあまりにも急すぎるぞ。確かにいずれは巨人との決着はつけねばならぬが、何をそんなに急がれる?ソーマルガ皇国からの援軍も今日来たばかりではないか」

 ざわめきの原因となっているうちの一人が、代表するように席を立ってそう尋ねる。
 周りにいる人間もその言葉に同意するように頷きつつ、答えを求めてセインへと視線が集まっていく。

 ソーマルガからの援軍の本隊が来たことで、戦力が補強された陣地の雰囲気は余裕があるものになっていた。
 これまで通りに巨人との戦いを続けるなら、当分は均衡を保つことができ、なにも決着を急ぐ必要はないと考えるのも不思議ではない。

 しかしセインはそれに対し首を横に振り、変わることのない硬い顔で口を開いた。

「確かに援軍によって兵の数は充実しました。戦力の分配にも余裕が出来たことでしょう。しかし、同時に決着を急ぐ必要にも迫られています。皆さんはご存じかと思いますが、今巨人との戦いは特定の者達を中心として組み立てられた戦術にのっとって行われています」

「イーリス、グロウズ卿、アンディ、パーラの四名だな」

「はい。これまでは一日おきにその内の二名が巨人への攻撃を行っていました。皆さんはもうご存じでしょうが、噴射装置と呼ばれる魔道具を使って一人が空中で陽動をし、その隙にもう一人が攻撃といった役割です。しかしここ数日の巨人の行動が変化したことで、今は四名が同時に前線へ出る日が続いています。そして今日、アンディさんの噴射装置が壊れました」

 セインの言葉によって再びどよめきが湧き上がり、視線が俺へと集まる。
 驚愕に同情、あからさまではないが察せる程度の非難といった色んな感情がぶつけられてくるのには参りそうになるが、恥じることは無いので俺自身は堂々としておく。

「空を飛ぶことがいかに巨人の注意を引くか、この場にいる方で分からない者はいないと思います。その上で、二人いた陽動の片方が欠けることの影響を想像していただきたい」

 ここに集まっているのは、どいつも指揮官として巨人との戦闘を知る者ばかりだ。
 俺とパーラの二人がかりの攪乱で巨人を翻弄出来ていたものが、突然一人減るとなれば陽動の効果は単純に半減する。
 そうなると、攻撃役のイーリスとグロウズへ及ぶ危険も増し、有効とされている戦術の瓦解の時はそう遠くない。

「攪乱役が足りていない状態での戦いとなれば、一度や二度はどうにかなりましょう。しかし、残る一人への負担は大きくなり、いずれ潰れてしまいかねません。それに、残る噴射装置も壊れないという保証もない以上、今のうちに決着をつけるべきでしょう」

 噴射装置の故障の原因は未だ分かっていない。
 セインの危惧する通り、パーラの方の噴射装置も俺と同様に突然使えなくなるという可能性は当然ある。
 だからこそ、巨人との決着を急ぎたいというのは理解できる。

「セイン殿の言いたいことは分かる。だがそれなら、地上でも兵を陽動役として動かしてはどうだ?馬であれば多少は逃げ足も生きよう」

「空を飛べる者と地上を走るだけの者、あの巨人を敵に回してどちらが生き残る可能性が高いかは考えるまでもありません。陽動を行う度に兵を失うことは避けたいところですね」

 そもそも俺もパーラも、上空で飛び回りながら時折衝撃砲で襲い掛かるということを繰り返したため、今では陽動が成り立っているが、一般兵が地上で走り回るだけで俺達と同じ役割が果たせるかは疑問である。
 そこのところ、偉い人は分かっとらんのですよ。
 セインは分かってるみたいだが。

「いいですか。陽動というのは誰でも成しえるものではないのですよ。敵を引き付けながら逃げ続ける強靭な精神力、あらゆる行動の意味を活かせる優れた判断能力、これらを備えた人間というのは実に少ない。アンディさんとパーラさんはそう言う意味では稀有な人材でしょうね」

 暗に俺達以外は役立たずと言っているようにも聞こえるが、こと空中戦と陽動でという点ではあながち間違いではないと、秘かに同意しておこう。

「せめてアシャドル王国からの援軍が来るのを待てんのか?物資は何度か送られてきているのだ。兵もそう遠くないうちに…」

「いえ、兵が送られてくるのはまだしばらく先でしょう。どうも、兵の供出を要請した先の貴族が渋っているそうです。巨人の脅威を肌で知らない一部の人間の危機感がまだ弱いようで、送られてくる物資が潤沢なのは、その埋め合わせでしょう」

「なんと…」

「なまじ巨人を抑え込めている弊害かもしれんのぅ」

 いつの世、どこの世界も現場を正しく理解できるお偉いさんというのは稀だ。
 いかに脅威を声高に叫ぼうとも、実際に目で見ないことには腰が重いのも権力者の特徴だろう。
 その点、グバトリアは即座に決断を下した辺り、為政者としては優れていると評価したい。

「いずれは援軍も来ましょう。ですが、巨人の対応力の早さがもしも私達の予想を上回った時、ここにいる人間は悉く命を落とすことになり得るかと。この私の予想、大袈裟だと思われますか?」

 静かに、しかし力がこもったセインの言葉を受けて、異議を唱える口は開かれることは無かった。
 これまでの戦闘でも分かっている通り、巨人の対応力は決して低くはない。
 多少適応のスピードは遅いものの、俺やパーラに対してそうだったように、確実にリアクションを起こしている以上、時間と共に戦闘が不利になる可能性は十分に考えられる。

「なにより、巨人と対峙してもう随分経ち、兵の間では精神的な疲労が見られます。今はまだいいでしょう。しかし、遠くないうちに厭戦気分が蔓延しだし、そんな中での戦いは厳しいものとなるでしょう。であれば、やがて来る援軍を待つより、今日加わったソーマルガ皇国二千の兵を頼みとし、巨人との決着を急ぎたいと思います。皆さん、いかがでしょうか?」

 自国より他国の兵を頼ることに何も思わない人間はいないだろうが、それでも決着を急ぎたいセインの考えを理解したようで、誰もがその決定を受け入れたようだ。
 特に反対の声も上がらず、巨人との最終決戦とも言える作戦がここから始まる。

「では全員の意思が一つになったとして、巨人との戦闘について具体的な話をしましょうか」

 巨人との決着をと決めた以上、具体的にどうやるかという話をせずに挑むことはできない。

 ソーマルガ号に搭載された投石器は、早速明日にでも実際に運用して有効性を確かめるとして、以前計画された飛空艇からの航空攻撃部隊も、この機会に実践投入してみることになった。

 元々対巨人での有効な戦術を模索する一環で編成された航空攻撃部隊だが、今では空挺降下を主軸とした戦術をメインとして訓練が完了しており、あとは有効な武器さえあればいつでも前線へ送り出せる仕上がりとなっている。
 この部隊は実際に戦闘へ投入するのは初となるため、その戦いぶりを見た上で今後の巨人との決戦での役どころも決まることになるだろう。

 そして、目下の懸念となる陽動役として不足している部分には、小型飛空艇で代用してはどうかという提案がアルベルトからなされた。
 しかも、艦載機の内の一機を、俺に貸与してもいいとまで言われてしまう。

「操縦士の質という点で見れば、アンディ殿はソーマルガ号にいる誰よりも上だ。陽動として小型飛空艇を使うのなら、彼に一機を預けるのも吝かではない」

 国許で俺の腕についての噂でも聞いていたのか、随分と買ってくれているようだ。
 確かに小型飛空艇なら、噴射装置ほどではないにしろ小回りも効くし、俺の飛空艇よりは使い勝手もいい。
 現場でのかなりの裁量権を与えられているとはいえ、一機を俺に貸し与えるとはアルベルトも太っ腹だ。

 しかしそうなると、航空攻撃部隊は誰が運ぶのかという話になるが、この部隊を運用する際には中型飛空艇をパイロット付きで部隊から独立して動かすそうで、俺が専任する必要はなくなった。

 まぁそれでも、訓練から携わってきた俺が部隊の運搬をするのが理には敵っているので、手が空けば運用に携わることにはりそうだ。

 その後も話し合いは続き、明日以降の大筋の流れが決まった。
 ソーマルガ号を使った巨人との戦い方を模索するため、明日はソーマルガ号とその艦載機を実際に運用してみて、巨人のリアクションを見つつ、必要があれば逐次作戦に変更を加えて臨む。

 とはいえ、基本的にこれまでの戦術を踏襲するはずで、攪乱と攻撃、後退と電撃的進出を繰り返すことになる。
 そこに投石機や航空攻撃などを織り交ぜることになるわけだが、果たしてどれほど効果があるのかは、明日にならないとわからない。

 明日午前はいつも通りに、午後からはソーマルガ号と航空攻撃部隊を動員し、さらに地上でもこれまでは支援に回っていた騎兵や徒歩の兵士なども前線に投入しての総力戦が実行される。
 恐らく兵士達に出る被害はこれまでを上回るものとなり得る。

 だがそうした犠牲を飲み込んだ上で巨人を倒すことを決めたセイン達は止まることは無い。
 ここにいる人間には正規の軍人ではない人間も多く、それだけに自分達の背後に戦場を広げることの忌避間は一入だ。

 何より、ここに陣地を構えて巨人と対峙してから、もう随分長い時間が経っている。
 いい加減、平穏な日常に戻りたいという思いの人間も決して少なくない。
 それならば、巨人を倒してすべてを終わらせるべく、明日以降の戦いは激しいものとなるだろう。

 俺も光の精霊を解放するという目的がある以上、決着をつけるというのには異はないどころか大賛成だ。
 別に手を抜いていたという訳ではないが、セイン達がそう決めたというのなら、俺も本気で巨人とやりあうことを覚悟しよう。




「―…ィ、アンディってば!」

 パーラの呼び声が、それまで回想に埋もれていた俺の意識を引き戻した。

「っと、なんだ?どうした?」

 いかんいかん、操縦しながらああまで深く物思いにふけるとは、これでは危機意識の欠如を責められても文句は言えないな。

「どうしたじゃないって。ソーマルガ号がもうすぐそこだよ。着艦の準備に入らなくていいの?」

「あぁ、そうだな」

 いつの間にかソーマルガ号へ大分近付いていたようで、甲板上では俺の機体を確認した作業員が発行信号で着艦位置の誘導をしてくる。
 俺はこの後、飛空艇を降りてソーマルガ号で指揮を執るアルベルトの補佐に回ることになっているため、予定通りの着艦となる。

 また、同じ甲板上にある投石器の整備に取り掛かっている人影も多く見られ、ソーマルガ号は前線から遠い位置にありながら、戦場とそう変わらない緊張に満ちていた。
 午後からはソーマルガ号も前線に出るとあって、準備に余念がない。

「投石器が並んでるせいか、なんだか甲板が狭く感じるね」

「実際狭くはなってるぞ。まぁ元々アホみたいに広いから、着艦に問題はないがな」

 小型飛空艇は甲板上での駐機スペースも少なく済むし、投石器が据えられて三分の一ほどの狭さとなった今のソーマルガ号の甲板でも、誘導さえちゃんとされれば着艦に怖さを覚えることはない。

 実際、誘導された場所には危なげなく降りることができ、飛空艇はそのまま駐機スペースとされている甲板後部へと収まった。

「じゃあ私はイーリスさんのとこに戻るね」

 駐機するや否や、キャノピーを開放してパーラが外へ躍り出た。
 俺はソーマルガ号に、パーラはイーリス達と再び合流して午後からの戦闘に備えねばならない。

「おう。もし向こうに小型飛空艇がまだいたら、とっとと帰投するように言っといてくれ」

 さっきまで僚機だった二機は、イーリスを安全な場所まで退避させるるためにソーマルガ号にはまだ戻ってきていない。
 多分小型飛空艇に吊られて飛んだことで、イーリスあたりが興奮して引き留めているのだろう。

 この後はあの二機のパイロットが巨人との空中戦の経験者として、残りのパイロットへの教導染みた仕事が任される。
 短い時間となるが、本番までに多少は経験が共有されるといいのだが。

 一応形だけとはいえ引継ぎを行いたいので、パーラに伝言を頼んでおこう。

「わかった、いたら言っとくよ。じゃ」

 噴射装置を吹かし、一陣の風と共に空へ舞い上がった人影が、弧を描くようにしてソーマルガ号の周りを一周してから飛び去って行く。
 それに対し、甲板で作業していた人達も一瞬作業を止め、手を振って見送る。
 空へ発つものに対しては親近感や敬意に似た感情をあからさまにするのは、彼らが空母で働いているせいだろう。
 危険と憧れを孕んだ空へ送り出す側の人間としては、身一つで飛んでいくパーラに対して相応しい態度をとったわけだ。

 パーラの姿が完全に見えなくなるまで見送り、俺は艦橋へと向かって歩きだす。
 まずは戻ってきたことをアルベルトに報告し、午後の作戦に備えなくてはならない。

 投石機に加えて艦載機も投入する大規模な作戦だ。
 事前に概要は聞いているが、それでも最上級指揮官の一人であるアルベルトとは認識の相違がないよう、最終の打ち合わせはしておこう。

 船内にある艦橋へ続くエレベーターに乗ろうとしたその時、突然背後から肩を叩かれた。
 知り合いかと思って振り返ってみるが、そこにあったのは初めて見る男の顔だ。
 恰好から、艦内の保守管理に従事していると思われる。

「…何か?」

 纏う雰囲気から敵対的ではないとわかるが、それにしてもこんなところで急に肩を叩かれては多少の警戒感を抱かずにはいられない。
 まさか潜り込んだテロリストではないとは思うが、前に一度ソーマルガ号はハイジャックされたことがあるため、万が一を考えてしまう。

「やあやあ、警戒させちゃって悪いね。君、今から上に上がるんだろ?その前にちょっと話をしないか?」

 ニコニコとした顔を崩さず、まるでナンパでもしているテンションで話しかけられるが、それが逆に何か不気味さを感じさせる。
 ここはひとつ、日本での子供時代に親からもらった言葉を盾にさせてもらおう。

「話ってあなたとですか?申し訳ないんですが、俺、知らない人には着いていくなって親に言われてるんで…」

「ちょっとちょっと、違うって。僕は別に不審者じゃないよ」

「不審者は大抵そう言いますがね」

「そうではあるが!…違うって。僕だよ僕、ソーマルガでもう二回も会っただろう?」

「いや、そうは言われても見覚えが…」

「だーかーら!僕だって。大地の精霊!」

 苛立った様子の男が口に出したのは、到底この場では耳にすることを予想していなかったものだ。
 一瞬、頭のおかしい人間という可能性も思い浮かんだが、そもそもここで大地の精霊を名乗るのはあまりにも奇妙で、しかし俺に対しては有効なキーワードである以上、無視もできない実に効果的な言葉だった。

 確かに俺と大地の精霊には多生の縁はあるが、それを知っているのは他にはパーラとソーマルガのトップ二人のみ。
 他に漏れる可能性は極めて低い以上、目の前の男が大地の精霊本人だという可能性の方が相対的に高くなる。

 改めて目の前の男性を観察してみると、どこからどう見ても普通の人間だが、精霊と触れ合った経験がある俺には、そうだと分かる何かが確かにある。
 何がと聞かれると困るが、なんとなくや第六感といった、曖昧だがしかし拭いきれない違和感に似た確信だ。

「マジすか。え、ほんとに?……いや、精霊はどこにでもいるって話だから、そりゃあここにいてもおかしくはないでしょうが」

「まぁ実際、僕はソーマルガをあまり離れないんだけど、今回だけはちょっと足を延ばしてここまで来たんだよ」

「ほう、そりゃまたどうして?」

「光の精霊のことを頼んだ身としては、一度ぐらいは直接見てみるのも悪くないと思っただけさ。あと、君と話もしたかったしね」

「俺と?話というのは一体?」

「うん、まぁ大したことじゃないんだけど、あの巨人を倒す上で、知らせておいた方がいいこともあってね。あ、言っておくけど伝え忘れてたってわけじゃないから」

 取り繕うように言う最後の言葉は、実際はそうなんだろうと思わせる慌てようだ。

 しかし同時に、わざわざここまで来て俺に知らせたいという点で、よっぽどのことなのではなかろうか。
 そもそも精霊が言う大したことじゃないは当てにならんし、巨人に関することならどんな小さなことでも貴重な情報だ。

 一体何を言いだすのか、少し怖くて少し好奇心をそそられながら、目の前に立つ精霊の言葉をただ待つのみだった。
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