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沈黙の装置

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「もらったーっ!」

 好戦的な笑みを浮かべ、上空から巨人へと襲い掛かる少女。
 その正体は言うまでもなくパーラだが、可変籠手を砲撃形態にしつつ、ゼロ距離での射撃を行おうとしたその瞬間、横合いから壁が猛烈な勢いで突っ込んでくる。

「よけろナッ…パーラ!」

 その近くに滞空していたため、巨人の動きがよく見えていた俺は、パーラに迫る壁のごとき手の軌跡を見逃していなかった。
 すぐに回避の指示を叫んだが、噴射装置の操作より先に巨人の手がパーラを叩くことになるだろう。

 だが実際はそうはならず、パーラに攻撃が当たる直前で巨人の体が大きくぶれ、ギリギリ掠めるようにしてパーラの体から遠ざかっていく。

 どうやらあの瞬間、イーリスが巨人の足を思いっきり叩いたようで、それによって態勢が崩れた巨人はパーラを狙った一撃を外してしまったようだ。

「イーリスさん流石!」

 相棒の窮地を救ってくれた人物へ賛辞の言葉を贈ると、しっかりと耳に届いたようでこちらへと大きく手を振ってきた。
 実戦の最中でも余裕ある態度だが、それだけ巨人にかました一撃は効果的だったということだ。

「パーラ!今のうちに一発かませ!そんですぐ後退!」

「合点でい!」

 せっかくできた機会だ。
 これを活かさずしてなんとする。
 しかしパーラよ、その返しはどこで覚えて来たんだい?

 パーラが流星のように巨人へ突っ込み、みぞおちあたりへと取り付くと、爆音と共にゼロ距離で砲撃を放つ。
 当初は頭を狙った攻撃が、態勢を崩したせいでターゲットが変わってしまったものの、とりあえず当たることには成功したようだ。

 相変わらず巨人に対して砲撃は有効なようで、仰け反り気味だった巨体がさらに押されて大地に倒れ込み、辺りに雪と土の混じったものが煙る。
 それに合わせて俺とパーラは、噴射装置の空気残量を使い切る勢いでその場を離れた。

 後退する俺達を支援するべく、眼下ではグロウズの振るう鞭が巨人の体を強かに打ち付け、その行動を阻害して追撃の手を許さない。
 そうして俺達は後退を終え、次の攻撃に備えて休息へと移る。

 ここまでは巨人との戦いでよく見る光景だったが、ここ数日の間に変わった点として、グロウズとイーリス、俺とパーラが日替わりで攻撃に参加していたのが、今では四人で挑むスタイルが常となっていた。
 なぜそうなったのかというと、簡単に言えば巨人が俺達との戦闘に順応し、やり方を変えて来たからだ。

 これまでこの地で行われていた戦闘は、突出した戦闘力を持った個人が巨人へと攻撃を加え、足止めに専念するものだったが、それでどうにかなっていたのは巨人の動きがワンパターンだったからだ。
 しかし俺とパーラが空中からの攻撃を何度か繰り返し行うと、それを警戒して優先的に空を飛ぶものを狙うようになった。

 やはり学習能力は意外と高いようで、今ではイーリスを差し置いて噴射装置で飛び回る俺とパーラを真っ先に叩き落そうとするほどだ。
 おかげで空中機動時も陽動と攻撃の二人体制で行わなければならなくなり、組んでいた日替わりのローテーションは完全に瓦解してしまっていた。

「だー…危なかったー。あ、イーリスさん、さっきはありがとね」

 小休止の際の合流地点と定めていた場所へ戻ってくると、俺達とほぼ同じタイミングでイーリスも駈け込んで来た。
 グロウズは殿なので、一番最後になるだろう。

「お互い様よ。私らだってパーラ達の攪乱で助けられてるんだから。けど、ここしばらくの巨人はかなり頭上への警戒が厳しいみたいね。やっぱりミルリッグ卿の見立ては合ってたってことかしら」

 実は巨人の空への警戒が強まったというのをまずアルベルトが予想し、それを実際に俺達が肌で確かめた結果が、こうしたやり方となったわけだった。

「ええ、まぁ俺もパーラも派手に飛び回りましたから、それで脅威度が上がったようです」

「一人で飛んでたら腕二本で狙われちゃうからね。なんかあの巨人、段々賢くなってる気がするよ。さっきだって、あえて手数を減らしてこっちが攻撃に移る瞬間を狙ったんじゃないかな」

 さっきのピンチの時も、頭の周りを飛び回る俺達を叩き落とす仕草は見せていながら、直接手を伸ばした回数はかなり少なかった。
 俺達が近付いて攻撃してくるというのを分かっていて、それを待ち構えていたというパーラの予想も完全に間違いとは言い切れない。

「それはあるでしょうね。私の時も五・六度近接戦で殴ったあたりで標的をこっちに絞ってきたもの」

 このあたり、俺達より先に巨人との交戦経験があり、しかも高い脅威度認定をされているイーリスだから言えることなのだろう。
 巨人がアホだとは言わないが、それでも何度か戦った様子から動きも思考も鈍いような印象は強かった。

 しかし今回、空中を動き回る俺達の脅威度を改めるのにかかった時間はおよそ五日ほどと、対応力の早さには驚くべきものがある。

 思うに、巨人にとっての脅威度には何らかの基準があるのではないだろうか。
 これまでも地上で動き回る騎兵などに反応はするが、執拗に追いかけたりしないのは、自分に致命的な攻撃を加えることはないと分かっているからかもしれない。

 それに対し、イーリスは単体として攻城兵器並みの攻撃力があると判断され、脅威度を高く設定されたがために優先的に攻撃対象とされている。
 これは巨人の動きから見えるグロウズの脅威度が低いことでも、基準の一つは一撃の攻撃力にあるという仮説を立てられる。

 残念ながら、グロウズは手数と射程は誰よりも優れているが、単発の打撃力で言えばさほどではない。
 一般人にしてみれば十分恐ろしい攻撃も、巨人にとっては大した脅威にはならないということだ。
 もっとも、ダメージは与えられずとも打撃の勢いだけで足止め出来ているのだから、積極的に巨人のターゲットにされない点でも、グロウズの鞭が一番効率がいいと言えるのだが。

「ただ、空へ意識が向くようになった分、地上の方は少し楽になった気はするわね」

「まぁあんだけ執拗に私達を狙ってくればね。でもさっきはイーリスさんが態勢崩してくれなかったら、結構やばかったよ。てっきりアンディの陽動に引っかかったと思ったら、まさかあそこで手が伸びて来るなんてね」

「あぁ、あれは俺も焦ったな。顔の動きで俺を追ってたから、パーラには気付いてないと思ってたよ」

 巨人の顔には目はなくとも、顔全体の向きで誰を狙っているのかを俺達はおおよその判断していた。
 だがさっきのパーラの方を見ないで手を伸ばしたあの動きは、正直予想外のものだった。

「そうなの?下から見てたぶんには、結構腕の振りなんかが分かりやすかったけど」

「イーリスさん達から見たらそうかもしれませんが、俺達は空を飛び回ってますからね。どうしても見えにくい角度というのはでてきますよ」

 俺とパーラの仕事は、とにかく動きまくって巨人の注意を引き、隙が出来たらやれる方が攻撃を仕掛けるというのが基本だ。
 常に一か所に滞空していてはいい的だし、噴射装置はその性質上、定期的に着地して空気の補充を行う必要があるため、色んなタイミング次第では巨人の動きで見過ごしたものはそれなりにあった。
 そのせいで先程のパーラのピンチがあったわけだが、ここ数日の働きづめで集中力が欠けたというのも要因としては決して小さくない。

「はぁー…、それにしてもさ、流石にそろそろ休みたいよねぇ。私ら働きすぎじゃない?ほんの少し前までは日替わりで休めてたのに、今じゃ連日戦いっぱなしじゃん」

「気持ちは分かるが、仕方ないだろ。今俺らの誰かが休んだら、巨人に対応できなくなるぞ。意味なく俺達が全員戦闘に駆り出されてるわけじゃないんだ」

 ここ数日は巨人の行動パターンが変わったせいで、それに対応するために俺達は休みなく戦闘を行っていた。
 流石に日が落ちたら巨人も活動は鈍るが、今のところ晴れの日が続いていて日中が休みとなることはない。
 それに加え、俺達は例の飛空艇を使った攻撃部隊の訓練も受け持っていたため、忙しさで言えば周辺一だと叫びたいぐらいだ。

 幸い、その訓練は昨日で一旦終え、作戦の実施までは完熟訓練がアルベルト達の監修のもとで行われることとなっている。
 今は俺の手を離れたことで幾分楽にはなったが、それでも連日戦闘続きというのはきついのに変わりはない。
 パーラにはああ言ったが、俺も休みが欲しいというのには実は賛成だったりする。

「ま、パーラの言うことには私も同意だわね。一日休みとは言わないまでも、せめてもうちょっと太陽が隠れてくれれば少しは休めるんだけど。この後の天候はどうなのかしら?」

「今日は雲一つない青空ですし、ここから下り坂になる可能性は低いかと」

 顔を上へ向けるイーリスにつられ、俺も空を見てみると憎らしいほどの晴天が広がっている。
 今のところ曇りの気配は感じられず、巨人の活動が鈍ることを期待できそうにない。

「天気だけは人間じゃどうにもできないか。とりあえず今は、私達にやれることをやるしかないわね。疲れてるだろうけど、少し休んだらまた前に出るわよ。今のうちに何かお腹に入れときなさい」

『うぃーっす』

 時間的には今は昼少し前といったところだが、戦闘が続行されるのなら食える時に食わなくてはならない。
 イーリスの言葉に素直に従い、味気ない携帯食を齧りながら再び飛び立つ準備を進める。

 それにしても、本来であれば体力と気持ちの回復を兼ねるのが食事という行為だが、この携帯食は相変わらずこちらの精神力を削ってくる。
 もう少し時間をかければ多少ましなものを食えただろうに、まったくもって忙しいというのは度し難い。
 とはいえ、あのパーラですら文句を言わずに口に運んでいるのだから、俺も大人しく腹を満たすことを優先するとしよう。

 ちなみにグロウズはまだこっちへ来ていないが、別にどうでもいいので勝手になんか食ったらいい。




 再び巨人との戦闘を開始し、どれくらいの時間が経っただろうか。

 午前午後と戦い続け、やはり巨人のターゲットは噴射装置で飛び回る俺とパーラへと向けられており、イーリスに対しては接近させないように足で牽制する程度。
 グロウズに至っては、攻撃をしてもほとんど無視されている状態で、完全に空への警戒が最優先とされているようだ。

「アンディ!新しい弾だよ!」

 空中で交差する瞬間、パーラから新しい弾倉が投げ渡される。
 それを受け取り、銃にはまったままの空になった弾倉と入れ替えると元気百倍。
 大雑把な狙いのまま巨人目掛けて連射した。

 こうした銃撃は、魔術が効果的ではない中で使える貴重な遠距離攻撃であるため、俺とパーラはどちらが銃を持つか限定せず、先程の弾倉のように空中で持ち主を交代しながら弾丸をばらまいていく。
 カカカという音を響かせて巨体を叩く銃弾だが、やはり威力が足りていないようで、損傷を与えることなく弾かれていく。

 銃弾の効果は薄いが、それでも肌を叩く攻撃には対処すべく、巨人の手は俺目掛けて伸ばされてくる。
 もう何度も経験したこの動きに、余裕をもって回避しようとした次の瞬間、左側の噴射装置が急激に出力を落としていく。

「うおっ、なん…故障!?」

 右側の噴射装置に引っ張られるようにしてその場で回転を始めた体を、何とか制御すべく左側の噴射装置を吹かそうと試みるが、レバーを引いても空気が出ず、ならば圧縮空気残量の不足かと吸引操作を行うも反応がない。
 これはもう、明らかに動作不良だ。
 咄嗟に右側の噴射装置の向きを調整して落下速度をかなり殺せたが、この手応えだと片肺不調で持ち直すのはかなり難しい。

「アンディ!?何やってんの!」

 突然動きが変わった俺に、離れた所でパーラが焦りの声を上げたのが分かる。
 巨人の手が迫っている中、回避行動をとらずにゆっくりと降下しているのは流石に変だと気付いたようだだ。

「噴射装置がイカれた!」

「えぇっ!?待ってて!今そっちに―」

「こっちはどうとでもなる!お前は攪乱を続けろ!持ってけ!」

 こちらへ来ようとしたパーラを止め、肩から下げていた銃をパーラの方へと放り投げる。
 それをパーラはお手玉のようにしてわたわたとキャッチしつつ、俺を案じる目を向けてくるが、それも一瞬だ。
 すぐさま銃を撃ちながら巨人の注意を引きつけ、俺から引き離そうと動く。

 俺のやって欲しいことを理解して行動に移せるのは流石相棒と言いたいところだが、残念ながら巨人の注意を引くには銃撃では弱く、俺に迫る巨人の腕が軌道を変えることは無い。
 噴射装置を使った鋭角な機動が行えない現状、仮に残っている方の噴射を止め、自由落下に移ったとしてもあの腕を躱すことは難しい。

 何か手はないかと思考を巡らせているうちに、壁のような掌が視界を埋め尽くすほどの距離まで近付いていた。
 その時、久々に訪れた死の危険に触発され、この場を切り抜けるための手段を俺の頭が叩きだす。

 一秒にも満たない時間の中で、両手の可変籠手を砲形態に変化させて目の前に突き出すと、溜めや照準などを考えずに衝撃砲をぶっ放す。
 瞬時に放たれた都合二発の衝撃砲は、その反動で俺の体を後方へと勢いよく押しやり、おかげで掴まれる寸前に巨人の手から逃れることができた。

 目下の危機である巨人からは逃れることに成功したが、俺の体は衝撃砲の威力によって斜め下方へと向けて高速で吹き飛んでしまった。
 噴射装置が不調な今、この勢いで地面に向かえばいいところ両足が骨折、悪くすれば死亡という結果が待っていることだろう。

 そうなる前に、何とか落下の勢いを削いで着地しなくてはならない。
 無事な噴射装置の方の圧縮空気の残量では長時間の噴射は無理なため、地面スレスレでの全開噴射を一度行うのがせいぜい。

 雷化で身の安全だけは守るのも可能だが、それは本当に最後の手だ。
 今この戦いで噴射装置を失うのは避けたい。

 自分の背中が地面へと高速で近付いていく中、噴射と受け身のタイミングを考えていた俺の体に、不意に何かが絡みついて落下の勢いを大きく和らげた。

「ったく!何をやってるんだ君は!」

 その正体はグロウズが放った鞭で、巨人への攻撃をやめてまで落下する俺をキャッチしたらしい。
 鞭に巻き取られるようにして、自然と俺自身もグロウズの側に着地させられた。

「っとぉ!助かった!噴射装置が故障したっぽい!」

「故障!?チッ、こんな時に…。仕方ない、君は後退しろ。後は僕らでやる!」

「そりゃ有難い申し出だが、あいつは俺を逃がさないつもりらしいぞ」

 今だけは素直にグロウズの指示に従いたいところだが、巨人は依然俺を捕まえようと動いており、なおもその手を伸ばしてくる。
 現在も周囲を飛び回るパーラではなく、俺にターゲットを絞っているのは、ひょっとしたら飛べなくなった俺をこの機会に倒そうとでも考えているのだろうか。

 踏み出す足を止めようとイーリスが脛の辺りを殴るのが見えたが、当たりどころが悪かったのか多少態勢を崩せたものの、動きを止めるまではいかない。

「まだ来るか…モテモテだなアンディ君」

「俺はいい男なんでね。あんたは逃げてもいいんだぞ。あいつが追ってるのは俺だ」

「それもいいかもしれないが、そんな様の奴を置いて逃げるほど、僕は腰抜けじゃあない。君一人ぐらい、どうにか逃がしてやる…よっ!」

 そのまま倒れ込むようにこちらへ伸ばされる手に対し、グロウズが鞭で攻撃を加えるが威力が足りておらず、止めるには至らない。
 執拗に俺を狙う巨人の腕に、上空からはパーラが銃撃で、足下ではイーリスが攻撃を加えるが、どれも効果は薄い。

 先程砲撃を二発使ってしまったため、可変籠手は示談発射までのインターバルがまだ残っている。
 そうなると巨人に対する有効な攻撃手段が心許なく、土魔術で落とし穴を作ろうにも、生憎この辺りは地盤がしっかりしておりそれも難しいだろう。
 走って逃げようにも周りは雪が深く、噴射装置以外では結局追いつかれてしまう。

 迫る巨人の手にどう対処するべきか、少しどころではない焦りが抱き始めたその時、頭上を何かの影が高速で通り過ぎて行った。

 一瞬パーラかと思ったが、位置を考えればそれはなく、実際巨人の背後を回り込むようにして飛んでいるため、今現れた影はパーラではないのは確かだ。

「…飛空艇?」

 俺と同じものを見たグロウズが呟いた通り、天を切り裂くように鋭く飛ぶ飛空艇が一隻、空にはあった。
 その若干細長いシルエットはソーマルガで運用している小型飛空艇だと分かる。
 今このタイミングでやってくる飛空艇となれば、その正体は自ずと知れるというもの。

「ありゃあソーマルガからの援軍だ。やっと来てくれたか」

 恐らく先行偵察などの目的でソーマルガ号から出ていた小型飛空艇が、戦闘中の巨人を見つけて接近してきたのだろう。

 巨人を眺めようとしてか、かなりの低空でやって来た小型飛空艇は巨人の注意を引いたようで、俺に向かって伸ばされていた手が止まり、頭上を仰ぐような動きに変わった。
 ターゲットが俺から飛空艇に変わったのがわかり、ひとまず迫っていた危機からは一時解放されたと見ていい。

 小型飛空艇の方もうかつに巨人と接近する愚は犯さないようで、一定の距離をとって旋回しているため、巨人もそれを追うようにして首をめぐらしている。
 パーラも突然現れた飛空艇に一瞬戸惑った様子を見せたが、すぐに色々と察したように呼応してみせ、巨人との陽動を分担するような動きへと移った。

 噴射装置が使えない俺よりも、多少機動性は劣るが圧縮空気の充填作業もなく自由に飛び回れる小型飛空艇のほうが今は頼りになることだろう。

「ふむ、どういうわけか巨人はあの飛空艇にご執心のようだ。アンディ君、今のうちだ。あの飛空艇には囮になってもらって、君は後退するんだ」

「…仕方ないか。わかった、俺は一旦後ろに下がって噴射装置の修復を試みる。あんたはパーラと飛空艇の援護をしっかりやってくれ」

「言われるまでもないよ」

 それだけを言って俺はその場を離れ、後方で支援を行っている部隊へと合流するべく走りだす。
 巨人との戦闘中に俺が動きを悪くしていたのは後方の連中にも見えていたようで、迎えによこされた騎兵に拾われて素早く後退することができた。

 馬の背に揺られながら後ろを振り返ってみれば、飛空艇を捕まえようと手をのばす巨人に、弾丸のような勢いで突っ込むパーラが巨体を惑わせ、それに合わせてイーリスも攻撃を加えたことにより、倒れ込んだ衝撃で雪煙が舞い上がっていた。

 小型飛空艇の方も危険を知りながら協力しているのは、パーラあたりが説明でもしたのだろうか。
 即席にしては連携も良くできているようで、下手をすれば俺がいたときよりコンビネーションはいい。

 こうしてみると、空戦での飛空艇の有用性は疑いようがなく、特に小回りの効く小型飛空艇に限っては、かなり近づいても巨人を翻弄するのに危なげなく動けている。
 ソーマルガ号が何隻積んでいるかにもよるが、今後の戦闘では小型飛空艇を主軸にしたものを考えてもいいかもしれない。

 とはいえ、攪乱と高速での接近戦ではまだまだ噴射装置の役割は大きく、早いところ噴射装置を修理して戦線に復帰しなくては。
 しかしこの噴射装置、手掛けたのは現代最高の魔道具技師であるクレイルズだ。
 もしも俺の手に負えない故障だった場合のことも考えておこう。

 できれば噴射装置をバラして故障がわかる程度のものであればいいのだが。




 小型飛空艇を交えた巨人との戦闘は、日が落ちたことで終了となり、最後にイーリスとパーラのツープラトンで巨体が地面にめり込んだことで悠々と後退することができた。

 陣地の方ではすでにソーマルガ号が停泊しており、どうやら小型飛空艇は巨人への威力偵察の役割を兼ねて前線に派遣されたようだ。
 飛空艇というものが珍しいのに加え、巨大な物体が空を飛んでやってきたことで、陣地にいる誰もが度肝を抜かれたのか、ソーマルガ号を遠巻きにでも見ようと走り回る人間の動きが夜になっても収まらない。

 ソーマルガ号には二千人の兵士とそれを率いる士官もいるのだが、今回の派遣に際しては現地に先んじているアルベルトに船ごと指揮権が移るそうで、セインを含めた幹部連中にそのあたりのことを説明する場が設けられている。

 その場には俺も呼ばれたのだが、噴射装置の修理を名目に断らせてもらった。
 実際噴射装置の修理は、俺の中では最優先事項だしな。

「どう?直りそう?」

 広げた布の上に分解した噴射装置をパーツ毎に並べ、故障の原因を探っている俺の手元をパーラが覗き込む。
 自分自身もよく使う道具ということで、壊れても直せるのかというのはパーラも気にするところではあるのだろう。
 その顔は少し不安そうだ。

「分からん。作ったのはあのクレイルズさんだからな。作りが複雑過ぎて…」

「え、でもアンディ、時々噴射装置を分解して手入れしてたよね?」

「そりゃあ簡単なメンテナンスぐらいならやってたけどな、今ざっと見た限りだとどこも悪いところは見当たらないんだよ」

 わかりやすく焦げたり破損箇所などがあれば話は違うが、見たところそういったものもなく、こうなると目に見えない部分に不具合が出ていると考えるべきだろう。

「ざっとってことは、もっと詳しく見ればわかるかもしれない?」

「多分な。けどそれをするなら、クレイルズさんに頼むべきだろう。俺だとこれ以上進めるのがもう怖いわ」

 魔道具作りの天才と認めるクレイルズが作っただけあって、小さい噴射装置の内部には俺では手を出せないレベルの機構も見られる。
 下手にいじって取り返しのつかないことになるよりは、やはり製作者に預けるのが無難だと考える。

「じゃあ当分は噴射装置なしでどうにかするしかないね」

「一応片方だけは無事なんだが」

「噴射装置は二つ一組で使うもんでしょ」

「だよなぁ」

 圧縮空気の噴射量を増やせば、噴射装置は片方だけでも使えないことはないが、飛行時間と機動性が犠牲となるため、二つセットでの運用が望ましい。
 巨人との戦闘では陽動役も兼ねるとあればなおさらだ。

「ソーマルガ号にクレイルズさんが乗ってきてればよかったのにね。あ、そういえばさ、ソーマルガ号の甲板見た?」

「いや、俺はここに戻ってきてからずっとこれに取り掛かってたからな。チラっと見たぐらいだ。なんかあったのか?」

「うん、投石機がね。なんかすごい数が甲板に設置されてたんだよ。あれってさ、ミルリッグ卿が本国に連絡してからつけたんだよね?連絡が行ってから出発までってあんまり時間がなかったはずなのに、よくあの数を甲板に据え付けられたもんだよ」

 単に運んできたのではなく、甲板に据え付けているということは、恐らく飛行しながらの投石を想定しているはずだ。
 投石を艦砲射撃として、巨人と戦おうというつもりなのだろう。

「へぇ、そういうってことはかなりの数を運んできたんだな。何台あったんだ?」

「暗かったから正確には数えられなかったけど、篝火でわかる範囲だけでも十台は超えるぐらいはあったかな」

「十台以上か。そりゃまた奮発したな」

 投石機というのは見た目は木製で簡素に見えるが、あれでなかなか値が張るもので、サイズにもよるがこの世界で標準的な高さ五メートルクラスのもので一台大金貨八枚ほどにもなる。
 アルベルトはエーオシャンから調達するとか言っていたが、一つの街から調達できる数はそう多くない。

 本来は砦や城に設置する投石機を、十数台もソーマルガ号に設置するとなれば、きっとあちこちから急いでかき集めたのだろう。

 そんなお高いものをアルベルトからの要請があったとはいえ、短時間で用意するあたり、ソーマルガ皇国の対巨人に対する危機感は、今現場で戦っている人間とかなり近いものを共有できているのかもしれない。

「魔術が通用しないって情報もちゃんと伝わってたみたいだね。でも投石器って巨人に有効だと思う?あいつ、私らが衝撃砲当ててもピンピンしてるんだよ?」

「さてな。巨人相手に投石機を使ったという実績はないらしいが、仮にも攻城兵器なら威力は期待していいと思うぞ。しかも数を揃えてるなら、一斉に投石した時の打撃力はイーリスさんを遥かに凌ぐんじゃないか?」

「イーリスさんを凌ぐは流石に言い過ぎでしょ。あの人、同じ人間とは思えないぐらいすごいんだから」

「…お前も言うね。まぁ俺もそう思うが、戦いは数だよ、パーラ」

 今のところ、単発ではイーリスの拳が一番巨人を翻弄する攻撃手段として挙げられるが、ここに投石機が加われば、個人の資質に依らない、質と量が高まった戦闘が繰り広げられることになる。
 二千人の兵士がそのまま巨人に殴りかかるのではなく、この投石器を活用して機動戦を挑むとするなら、まだ未知数ながらその結果には期待してしまう。

 俺達も既に飛空艇を使った巨人への降下攻撃を発案していたが、ソーマルガ号が到着した今となっては、投石機を使った砲撃戦や艦載機を利用した機動戦等、改めて作戦を練り直すことになるかもしれない。
 この辺りは偉い人達が考えることだし、今後の進展を待ってみよう。

「あ、そうだ。そのイーリスさんなんだけど、アンディのこと心配してたから、後で会っておいた方がいいよ」

「あぁ、あの後下がってから顔を合わせてなかったしな。そうか、心配させちまったか」

 流石に噴射装置の故障といことはパーラが伝えただろうが、それでも突然の戦線離脱でイーリスにかけた迷惑は小さくない。
 パーラの言う通り、後で直接会って安心させたいものだ。

「で、そのイーリスさんって今どこにいるか知ってるか?」

「多分、セインさんのところじゃない?イーリスさんもここじゃそこそこ偉いからね」

 巨人に対する有効なカードの一枚として数えられるイーリスは、その存在感と発言力は一兵卒などとは比較にならないほど大きい。
 ソーマルガ号の到着で開かれている会議にも、彼女が望めば普通に参加できる程度には偉いのだ。

 となれば、その会議が終わるのを待って、イーリスを探しに行くとしよう。
 どうせだし、そのまま一緒に飯でも食おうか。
 戻ってきてから噴射装置の修理にかかりっきりで、俺は今、猛烈に腹が減っている。

 どうせ噴射装置はこれ以上いじりようがないし、気分を変えるためにもまずは食事だ。
 さあて、何を食おうか。

 まぁここの食堂では決まったメニューしか出ないんだがな。
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