世の中は意外と魔術で何とかなる

ものまねの実

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巨人大戦、その転換となる一戦

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 イアソー迷宮探索が活況だった頃、麓と山頂には合わせて三千人ほどの人間がいたとされている。
 ほぼ全員が遺跡攻略に何らかの形で携わっており、食と住のサービスを供給する人間や、遺跡から見つかったものを査定するギルド出張所などを筆頭に、戦闘能力を持たない人間もそれなりに多くいた。

 しかし遺跡で巨人が見つかってからは戦闘要員以外の人間は後方へ退避が行われ、麓町に残ったのは実際に戦えると判断された千人を少し超える程度の数だけだったという。

 千人とはかなりの数に思えるが、巨人を相手にしては個の力で圧倒され、また指揮官の命令を聞かない・理解しない一部の兵の突出によってあっという間に数を減らし、開戦から五日も経つと数が半減してしまって、五百人ほどの兵しか残らなかった。

 周辺の領地からの援軍も少しづつではあるが駆けつけ、兵数の回復が見込めるかと思われたが、それ以上に巨人との戦いで失われる人員も多かった。
 そういう意味では、現在丘合いの陣地に残っている七百名余の兵士は過酷な戦いを生き残った精鋭、対巨人に限って言えば、誰よりも経験を蓄積した猛者とも言える。

 それでも七百名程度では巨人を相手にして勝つこともできず、グロウズやイーリスといった戦闘に特化した人間がいなければ、足止め状態の現状維持すらできなかっただろう。
 アシャドル王国の内外から援軍はまだ来るとは言うが、限られた移動速度を考えれば、大軍が揃うのにはまだまだ時間がかかる。

 そのため、ソーマルガから飛空艇でやって来た先遣隊二百名、それに遅れて十日ほどで来ると予想されるソーマルガ皇国からの援軍二千名は、巨人との戦いに臨む人間達を元気づける材料にはなった。

 現在、この対巨人の戦いでは、兵力を二分してそれぞれにグロウズとイーリスを分けて編入し、二部隊を日替わりで交互に攻撃させることで、巨人をこの地へと釘付けにできている。
 これはつまりグロウズかイーリス、どちらかが欠けるとたちまち巨人は移動を開始して、破壊の限りを尽くすということでもあった。

 たった二人の人間が巨人の対抗手段の中核となっているのはよくないと思われそうだが、二人の戦いを一度でも見れば不安より頼もしさの方が勝るのだろう。




 ズンという音と共に、巨人の足が前へと振り上げられ、それに引っ張られるようにしてでかい図体が後ろへ傾いていく。
 そして、地震と見まがうほどの揺れを生み出しながら、地面へ巨体が倒れ込むと、辺りに積もっていた雪が舞い上がり、曇天から漏れた陽光を受けてキラキラとした幻想的な光景を生み出した。

「…ユノツァルの壊し屋の噂は聞いていたが、こうして目にすると、噂以上にすさまじいな」

 隣からボソリと呟かれたアルベルトの言葉に、俺とパーラはただ頷きを返す。

 人間と比べれば何十倍もの大きさを誇る巨人を相手に、拳一つで挑んで、しかもたった一発殴るだけでひっくり返してしまうとは、聞き及んでいた逸話以上の膂力を彼女は有しているようだ。

 ただ、あの状態でも巨人には大したダメージにはならないらしく、周りにいる兵士達も巨人へ攻撃を仕掛けることはせず、とことんまで足止めに徹するのみだ。
 勿論、兵士達もただ見ているだけではなく、先程までは矢と石投げで巨人の注意を引くなどして、イーリスの接近を支援していた。

 己が身の危険を知りながら巨人の意識を引き続け、ただただイーリスを巨人の足元へ送り届ける役割を全うしようとする彼らは、集団として見ればこの上なく優秀な軍隊だと評価していいだろう。

「意外というかなんというか、兵の士気が高いのは幸いだな」

「ええ、巨人という脅威に対し、誰一人として臆することなく戦場に立てている時点で、全員が勇士と呼んで差し支えないでしょう」

 前線と呼べるこの場所には現在、総勢五百名ほどが戦闘状態でいるが、その内の三百名は前から巨人と戦っていただけあって、巨人が倒れても平然としている。
 彼らにとって、喜ぶことでも慌てることでもないようだ。

「それに比べて、ソーマルガの兵士の方は腰が引けちゃってまぁ…っと、アルベルトさんの前で言うことじゃなかったね」

 対して、戦場の空気を肌で感じさせるためと連れて来た先遣隊の面々二百名はと言えば、倒れる巨人の姿に歓声を上げはするが、それ以上に間近で見るデカさにビビっているのはよくわかる。
 パーラもそれを感じていたから、つい口に出してしまったが、傍にいるのがそのビビってる集団のトップだと気付いて口を手で押さえた。

「構わん。パーラ殿の言うことは間違っていないからな。しかし敢えて言い訳をさせてもらうなら、あの巨人を初めて間近で目にして、平然としていられる人間はそういない。実際、私も最初は膝が震えたものだ」

「それを言ったら俺もですよ。パーラ、お前だってアホみたいに口開けてたもんな」

「アホみたいには余計だよ。けどま、確かにね。あんなの見るのも聞くのも初めてだからそうもなるって。んー…そういう意味じゃ、私も他の人を笑えないか」

「いや、それでも我ら三人とも呑まれたのは最初だけで、今はもう落ち着いているじゃあないか。恐怖や驚きを恥じるつもりはないが、今は平穏な心の内を戦場でのたのみとしよう」

 中々含蓄のあることをいうアルベルトの器の大きさに感心していると、また轟音が聞こえて来た。
 音の感じから、イーリスがまた巨人を殴ったのだろう。
 見ると、倒れたままの巨人の体が僅かに跳ねたのが分かる。

 流石に撃ち上げるとまではいかないようだが、それでも落下の音から察せられる大質量を多少とは言え浮かばせるほどの衝撃を与えたイーリスに、本当に同じ人間なのかという疑問を覚えてしまう。
 実は人間サイズのモビ〇スーツなんじゃないかと密かに疑っているほどだ。

 そのまま殴り続けるかと思われたイーリスだったが、二撃目を当てた時点で後退を始め、俺達のいる方へと戻る動きを見せた。
 しかし、後退に転じたイーリスに触発されたか、巨人の手も彼女を追うように伸ばされる。

 馬などは使わず、自らの足のみで接近と離脱を行ったイーリスは、二足歩行にしてはかなりのスピードで走ってはいるが、見たところ逃げ切れそうにはない。
 もう捕まると思われた次の瞬間。俺達から少し離れた所にいる部隊の指揮官が大声を上げた。

「後退支援!放て!」

 即座に反応し、静観していた兵士達が手にした小袋を巨人目掛けて次々に投げつけていく。
 誰もがスリングのような投擲の道具を使い、遠距離から発射された小袋は巨人に当たるとその中身を辺りにぶちまけ、粉状のなにかが巨人の周りを舞う。

 雪とは違う何か細かい粉末のそれは、小麦粉あたりだろうか。
 こんな開けた場所で粉塵爆発など起こりえないので、狙いは恐らく攪乱。
 イーリスが逃げやすいように、巨人の視界を妨害したいのだろう。

 甲斐あってか巨人の意識が散らされ、イーリスへ伸ばされていた手は空を切る。
 そして、部隊の中から騎馬の集団が飛び出し、そのまま駆けていくと倒れている巨人の体へ剣や槍を振るっていく。
 騎馬は立ち止まらず、ひと当てのみをして通り過ぎていくため、巨人も攻撃されたことには気付くが狙いを絞れず、右往左往しているように見える。

 あの騎馬での突撃も、致命的なダメージを狙ったものではなく、イーリスの撤退を支援する一環だというのは、全体の流れを見ればわかる。
 たった一人が巨人と戦うために、この数の兵士が支援に回るというのも凄い話だが、それだけ巨人とまともにやり合える人間が少ないということでもあるのだろう。

 巨人への攻撃を終え、引き返してきた騎馬がイーリスを拾い、そのままこちらと合流すると、全部隊の一時後退が指揮官から発せられた。
 現時点から約五十メートルほど後退せよとのこと。

 騎馬による突撃とイーリスの合流と、ここまでが彼らにとっては既に何度も行ったワンセットの戦術なのか、粛々としたその動きには慣れたものが感じられる。

「いやー参った参った。今日のあいつ、動きがいいわね。結局二回しか拳は入れられなかったわ。三回はいけると思ったんだけどなぁ」

 戻ってきたイーリスが俺達の方へ来て、はにかみながらそんなことを言う。
 遠目に見ていて、二度殴れたのは上出来に思えたが、本人してみればもっとやれたという残念さを覚えているようだ。

「で、どうだった?実際に巨人と対峙してみて。まぁ結構距離はあったけど、肌に感じるもんはあったでしょ」

 なるほど、今回初めて巨人との戦いを見た俺達の反応を探りに来たわけか。

「圧倒された、というのが本音だ。巨人の脅威もそうだが、イーリス殿の強さにもな」

「へえ、にしては落ち着いてるみたいじゃない。アンディとパーラも。…まぁそれ以外はちょっとアレだけど」

 チラリと俺達の背後にいる先遣隊を見て、苦笑いを浮かべるイーリスに、俺達は何も言うことはできない。
 先遣隊の面々が巨人にビビってるというのを、彼女にはすっかり見透かされていた。
 まぁ彼らの顔を見ればわかりやすすぎるので、当然と言えば当然だが。

「我が隊には実戦経験の少ない者もいる。巨人などというものを初めて見ればこうもなる。どうか大目に見てやってくれ」

「いやいや、大目に見るも何も、恐怖で逃げ出さないだけでも上出来でしょ。セインさんから聞いた話だと、最初に迎撃部隊が巨人に蹴散らされたときなんか、部隊も恐慌状態で脱走兵が結構出たらしいし」

 これは俺もセインから聞いていた。
 巨人との最初の戦闘では、所詮デカブツと侮っていた指揮官も多かったらしいが、一瞬で蹴散らされるとそういう考えの人間から逃げ出し、指揮系統が混乱して大変だったらしい。

 なんとか上手く収拾して部隊を立て直したのはセインの手腕によるところが大きいが、同時に現在の対巨人の陣地に正規の指揮官が少なかった理由もここにあった。

「致し方なかろう。突然巨人との戦闘に放り込まれれば、誰もが心を強く持てるとは限らん。ところでイーリス殿、貴公が戻ってきたのは、やはり日差しが弱まってきたからか?」

「ええ、太陽の光が弱まると、あれは動かなくなるからね。あの時が後退する頃合いってやつだったのよ。おまけに気温も下がって来たし、雲もかなり厚くなってきてる。多分、しばらくしたら吹雪になると思う」

 確かに今、空にある雲は厚みを増し、少し前と比べれば降り注ぐはずの太陽光をかなり減らしている。
 完全に太陽光がなくなるわけではないが、それでもあれだけの巨体を維持するエネルギーを考えれば、それぐらいの太陽光の減少でも活動に大きく影響が出るのかもしれない。

 そうなると巨人も動きを止め、防御を重視した行動パターンへ変わるそうだし、イーリスが後退したのもあれでいいタイミングだったのかもしれない。

「てわけだから、やるなら今だよ?二人とも」

 イーリスが俺とパーラへ視線を移し、何か悪だくみをするような顔でそんなことを言う。
 それに対し、何がと問うことはしない。
 この後に俺が何をするかは、イーリスには相談済みで、そのことに対しての言葉となる。

「…そうですね。じゃあ予定通り、俺とパーラが巨人に仕掛けるんで、イーリスさんは周りの人達が前に出ないように抑えてください」

「それさ、本当にいいの?支援なしで接近するのって結構危ないわよ?」

「大丈夫、私もアンディも足には自信はあるから」

 陽動はあった方が安心感はあるが、連携がまだ取れていない人間にはあまり期待してはいけないので、むしろ今はない方がいいだろう。
 それにパーラの言う通り、俺達二人の噴射装置を使った移動は馬よりも早いと自負しており、接近も逃げるも思うがままだ。

「まぁそう言うなら…。まずいと思ったら何でもいいから、そういう合図を出しなよ。一応、騎馬隊は待機させておくから」

「その時は頼りにしますよ。パーラ、行くぞ」

「うん、じゃ行ってきまーす」

 簡単に装備を確認し、噴射装置を吹かして飛び上がると、一拍遅れてパーラも俺に続いて上がってきた。
 遠ざかっていく地上からは、イーリスが上げる驚愕の声が聞こえたが、特に振り返ることなくそのまま飛び続ける。
 事前に噴射装置のことは教えていたが、実際に人が生身で飛ぶのを見たイーリスは中々いいリアクションを見せてくれたものだ。

「ひゃー、近くで見るとほんと大きいねぇ」

「まったくだ。横になっててこれなんだから、立ち上がったらもっと威圧感あるんだろうな」

 未だ倒れた姿のままの巨人を眼下に見ながら、俺とパーラはホバリングに移るが、巨人から俺達に対する反応は見られない。
 今はもう太陽が完全に雲に隠れて、巨人の活動も鈍っているということだろう。

「さて、それじゃあ早速やってみっか」

 これから俺は、ある実験を行う。
 それは、巨人に対して俺達の魔術が本当に通用しないのかという確認を、この機会にやってしまおうという訳だ。

 別にセイン達の言葉を疑っているわけではない。
 ただ、俺も自分の魔術には多少の自信はある口なので、本気の魔術を使ってみて、実際に無効化されるのを見たいという、好奇心が強く混ざった実験でもあった。

 そのため、今動きが鈍い巨人に対し、初手から最大威力の魔術を放ってこそ実験の意義がある。
 噴射装置の向きと空気の噴出量を固定し、片手を使えるようにした状態で懐から鉄の釘を一つ取り出す。

「お、早速大技じゃん」

「魔術を無効化するってのを確認するなら、威力がデカいので試さないとな」

 俺の手札の中で信頼と実績がある最大威力のレールガンもどきでこそ、あの巨人の魔術無効化は本当の意味で確かめられる。

 狙いをつけると雷魔術を使い、釘の尻の部分でプラズマを作り、瞬間的に膨張した爆発力で押し出された弾体が巨人の体に突き立つ。
 激しい衝撃で轟音が響きわたる……かに思われたが、巨人の体に弾が触れるや否や、一瞬でその威力は大きく減衰され、先端の尖った部分だけになった釘の破片がポトリと落ちるだけとなった。

「あら~…アンディのあれでもダメなんだね。威力に関係なく、魔術は全部無効ってとこかな?」

「ああ、この感じだと、無条件に魔術がかき消されるみたいだ」

 苦笑交じりに、しかしどこか面白がっているパーラとは対照的に、自分としては手応えありと思って放った魔術がかき消され、少しだけ不機嫌になる。
 心のどこかで、これまで多くの敵を屠ってきたレールガンもどきならあるいはという期待もあったが、それが見事に打ち砕かれる結果となってしまった。

 やるまでもなく、水も土も無効化されると分かる。

「しかしこうも完璧に無効化されるとはな。こりゃあ俺達の出番はほとんどないぞ」

「まぁまぁ、それは銃を使ってみてからでしょ。これは魔術じゃないんだから、私はいけると思ってるよ」

 パーラはそう言って、俺と同じ様に噴射装置を固定し、背負っていた銃を巨人に向けて構える。

 魔術無効化の確認ついでに、銃での攻撃はどの程度の効果があるのかも調べようというわけだ。
 巨人に比べて弾丸のサイズが小さすぎるため、あまり過度な期待はしていないが、魔術とは別種の攻撃ということで、無効化されることはないはず。

 距離はそこそこ離れているが、パーラの腕がいいのと的が大きいのとで狙いを外す可能性は低く、スコープを使うことなく無造作に引き金が引かれる。
 発射された銃弾が巨人の体へと吸い込まれていくと、ゴンという鈍い音が聞こえた。

「んー…当たってはいるんだけどねぇ」

「表面が少しへこんだぐらいか?芯にまで衝撃はいってないみたいだな。あいつにしてみたら、蚊に刺された程度なんだろう」

 威力を保ったまま着弾はしたようだが、やはり致命傷を与えられるレベルの攻撃にはならないようだ。
 ひっかき傷のような小さい弾痕は作れたが、まるで熟練工が車のボディのへこみを直すように修復されていく。
 なるほど、剣や槍の傷なんかもあんな風に直るわけか。

 一発のみの発射だったが、あの様子だと銃の効果は薄いと思っていいだろう。
 チェーンソーのような攻撃で削り切るなら良さそうな気もするが、長い時間接触するのは流石に危険なので、やはり打撃による内部ダメージを狙うのが良さそうだ。

 圧縮空気の残量が心許なくなったこともあって、一旦下に降りようと噴射装置を操作した次の瞬間、上半身だけを起こした巨人の手が、おもむろにこちらへと伸ばされてきた。
 どうやら攻撃したことで俺とパーラは敵性認定されたようで、緩慢ではあるが確かな意思を持って動いている。

「おっと、流石にバレたか」

「当たり前でしょ。攻撃されて暢気にしてる奴はいないって」

「まぁ普通ならそうなんだが、太陽が隠れてる今なら上手いこと気付かないんじゃないかという期待もな。よし、降下するぞ」

 目の前まで迫った巨人の腕を掻い潜るように、俺とパーラは二手に分かれて地面へ降り立つ。
 標的を一つに絞らせないための散開だったが、この辺りを打ち合わせなしでやれるチームワークは俺とパーラだからだ。
 絆の力というやつだな。

 着地と同時に圧縮空気の充填を行いつつ、巨人の様子を窺ってみる。
 俺達を捕まえようと伸ばされた手は、空振りしたまま未だ宙を彷徨っており、俺かパーラかどちらを狙おうか決めかねているようにも見える。

 この隙に充填作業を終え、早々に後退しようかと思っていると、パーラのいる方へ巨人の手が向かいだす。
 ターゲットをあっちに絞ったようだ。

 当然ながら俺と同じタイミングで着地しているので、パーラの方も圧縮空気の充填はまだ飛ぶのには不十分だ。
 地面を走って逃げるよりも早く、巨人の腕に捕まると思えたため、こちらに注意を引こうと効きやしない魔術を放とうと思ったのとほぼ同時に、巨人の腕が破裂音と共に大きく上へ弾かれた。

 地面に足を踏ん張り、右手を前に突き出して構えるパーラは、可変籠手を砲身に変化させて衝撃砲を放った直後だと分かる。

 その光景は、巨人に対する有効な攻撃手段がまだ残っていたことを俺に教えてくれるものだった。
 あらゆる魔術が効かない相手に対し、しかし高威力なものを求めると魔術を欠かせないという矛盾を抱いている現状だったが、可変籠手による砲撃は問題を見事に解決してくれたと言っていい。

 魔力を使ってはいるが魔術ではなく、可変籠手の一形態による攻撃という括りのためか、巨人には無効化されることなく通用したのかもしれない。
 射程はいまいちながら、威力だけなら俺のレールガンもどきにも引けを取らない砲撃には、これから戦う場合の対巨人への手札として期待してしまう。

「アンディ!後退しよう!」

「先に行け!俺はもう一つ試してから下がる!」

 圧縮空気が十分溜まり、跳躍が可能となったタイミングで、パーラは後方へと下がっていき、俺もそれに続こうと噴射装置を握りながら、巨人へのけん制として土魔術を使う。
 距離があることであまり大規模なものは無理だが、少し地面をへこませるぐらいならなんとかなる。

 狙うは巨人の体ではなく、起こしている上半身を支えている左腕の周りの土だ。
 落とし穴を作る要領で狙った場所を約三メートルほど沈下させると、巨人の態勢が仰け反るようにして崩れる。

 たった今の思いつきだったが、うまくいった。
 巨人の体に直接当てる魔術は無効化されるが、それ以外の、今やったような落とし穴に嵌めるようなやり方なら魔術は活かせる。

 このことをイーリス達は知っているのだろうか?
 俺よりも巨人との戦闘経験は豊富なんだし、知っていそうなものだが、だとしたら教えてくれたらよかったのに。
 まぁ知らないという可能性もまだあるし、念のため、情報を持ち帰って共有した方が良さそうだ。

 噴射装置を吹かし、体が浮かび上がったところで、可変籠手を砲形態へと変形させ、地面に対して衝撃砲を撃ちだす。
 魔力消費の観点からレールガンではなくこちらを選んだが、地面をえぐるほどの爆発によって雪や土が舞い上がり、煙幕替わりとなって俺の姿を巨人の視界から遮った。

 先程イーリスが撤退した時も、煙幕での援護があったため、俺もそれに倣うことにした。
 チラチラと吹雪いてきてもいるし、距離を十分に取ってしまえば巨人も俺を見失うだろう。
 案の定、巨人が俺を追撃してくる様子は無く、この様子だと無事にアルベルト達のいるところまで戻れそうだ。




「ただいま戻りましたー…っと、どうかしたんですか?」

 先遣隊の連中がいる場所へと降り立つと、パーラがイーリスに詰め寄られているのが見える。
 興奮気味に何かを尋ねるイーリスに苦笑いのパーラと、なんだか昨日の飛空艇前での出来事を思い出させる光景だ。

「おお、無事に戻ったようだな。まぁパーラ殿が無事だったのだから、貴公もそうだろうとはおもったがな」

 そう言って出迎えてくれたのはアルベルトで、女二人が騒いでいるのを遠巻きに見つめるだけだったのを、俺の登場が助け舟だと言わんばかりに安堵の顔に変わった。

「あくまでも実験でしたから。本格的な反撃をされる前に戻ってきましたよ。それより、パーラとイーリスさんは何してるんですか?」

「あぁ、先程貴公らの戦いを見ていた時に、巨人の腕が不自然に跳ね上げられたのを見て、パーラ殿に何をしたのかとイーリス殿が尋ねられてな。それに対してパーラ殿が可変籠手がどうのと言ってからは、ああして質問攻めだ」

 そういうことか。
 俺とパーラは魔術師だと名乗っていたため、巨人相手にあれだけの攻撃をしたからくりが気になったのだろう。

「じゃあその可変籠手ってのでやったってわけ?砲形態?ってやつで。魔術じゃないのよね?」

「う、うん。可変籠手は道具だからね。魔力で作動してはいるけど、衝撃波自体は砲形態の効果で生み出されてるみたい」

「ふーん…ならそれがあれば、魔術と似た攻撃が使えるってことになるってことか…欲しいわね。パーラ、この可変籠手だけど、数は揃えられるのかしら?」

 巨人に通じる高威力の攻撃ということで、やはり数を揃えたいという思考にはなるようだ。
 イーリスのその言葉は、予想できたものだった。

 だが今俺達が持っている可変籠手は十個程度なので、十分な数があるとは言えない。
 おまけに、魔力の操作に長けていなければ満足に扱えないのが可変籠手というものなのだ。
 俺達も使いこなすのに相応の訓練をしたものだけに、今から可変籠手を提供したとして、果たしてここにいる何人が戦力となるか疑問でもある。

「あー…どうだろ。結構貴重な遺物だから、簡単には見つからないかも」

 パーラもその辺の事情は分かるため、今俺達の保有する数を明らかにはせず、濁したような答えとなっている。

「むぅ、それもそうね。とりあえずここには二つあるってことをよしとするべきか。けど、何かに使えるかもしれないからもっと詳しい話を聞かせてちょうだい」

「いいけど、可変籠手に関することなら私よりアンディの方が…あ!ちょっと、帰ってたんなら言ってよアンディ!」

 グイグイと来るイーリスに、視線を彷徨わせて助けを求めたパーラが俺の姿に気付く。
 何故か怒り気味だが、それだけ質問攻めに辟易していたということか。

「今来たとこなんだよ。で、可変籠手についてか?んなもん、お前だってそこそこ詳しいんだから俺が代わることもないだろう。イーリスさん、質問は引き続きパーラにということで」

「ずるい!さっきから私が答えてたんだから、今度はアンディの番でしょ!」

「なんだよ、ずるいって。別に誰がやっても同じだろ」

「そう言うんならアンディがやってよ」

「やだよ、面倒くせぇ」

「私だって面倒くさいよ。けど、聞かれてるんだから答えないわけにはいかないじゃない」

「適当にあしらっとけばよかったろ」

「だって、帰って来たらすぐだったんだもん。大体、一戦やったあとで疲れてるのに、詰め寄ってくるなんてこの人頭がどうかして―」

「あっあー、二人とも。それ以上はちょっと…」

 弱冠非難染みて来たやり取りをしていたら、アルベルトが焦ったように静止を入れて来る。
 そして視線でイーリスを示したため、そちらを見てみると、プルプルと震えながら目を潤ませている少女の姿があった。

『あっ…』

「…そんなに邪険にしなくたっていいじゃない。私だって、巨人との戦いをどうにかしようと頑張ってるだけなのに」

 こりゃいかん。
 イーリスが傍にいながら、さも厄介者かのように、互いに押し付け合っていたのはまずかったな。
 何も泣くことは無いだろうと思わなくもないが、意外とメンタルは弱いのかもしれない。
 グイグイと来るわりに打たれ弱いという、意外と面倒くさいタイプだ。

 それにしても、見た目だけなら可憐な少女が流す涙は、見ている側に罪悪感を抱かせる強烈な威力がある。
 構図としては、俺達がいじめたようにも見えそうだ。
 心なしか、他から責めるような視線が注がれているような気もする。

「や、ちがっ…あのっ、いい意味で!いい意味で面倒だなぁってことだから!泣かないでイーリスさん!」

 慌てて弁明するパーラだが、いい意味で面倒というのはいったいなんなのか。
 ともかく、イーリスを泣かせるのは流石に忍びないので、俺も慰めに回る。

「そ、そうそう!ちょっと俺達、グイグイ来られて困ってただけなんで!」

「あっ…やっぱり困らせてたんだ。うぅ」

 なんとも、こういう時の言葉のチョイスというのは難しい。
 俺が口にした言葉で、イーリスの目に浮かんでいた涙の粒が大きくなってきた。
 パーラが俺の脇腹をどついてきたが、これは甘んじて受け入れよう。




 この後、イーリスを慰めるのにしばらく時間はかかったが、なんとか本泣き一歩手前で持ち直すことができた。
 可変籠手に関する質問は場所を改めてと約束させられたが、とりあえず今この場は切り抜けられたことに安堵している。

 それにしても、まだ出会って一日程度の間柄だが、少女の見た目にそぐわない怪力と、見た目通りの繊細な心根が同居するイーリスに、奇妙な魅力を感じてしまう。
 本人はこの地では頼られていることを自覚して、気丈に振舞っているのかもしれないな。

 暫くは巨人との戦いで付き合いも続くだろうが、今のように泣かせるようなことは無いように注意だけはしておくとしよう。

 ふと空を見上げると、暑い雲の隙間から太陽の光が差し込み始めた。
 とっくに吹雪はやんでいるし、もう少ししたら巨人の活動が再開されそうだ。

 またイーリスが一人突出して戦うことになるだろうが、なんとなくさっきのことで後ろめたさを覚えている俺としては、次の戦闘を手伝おうという気になっている。
 多分パーラも同じ気持ちだと思うし、俺達二人なら噴射装置と可変籠手を駆使すればそこそこいい働きは出来るはず。

 となれば、俺達はアルベルトの指揮下を離れて、イーリスの下に着くように編成してもらうべきだな。
 先遣隊の所属になっている身で、好き勝手に動くのはアルベルトに負担をかけそうだが、なんとかしてもらうとしよう。

 骨を折ってもらう礼に、後でなんか美味いものでも差し入れておくか。
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