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巨人、立つ

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 通信技術が未発達と言っていいこの世界だが、リアルタイムで遠くまで情報を届けられる魔道具を冒険者と商人の両ギルドだけが保有している。
 こう聞くと電話を想像するだろうが、実際はFAXに近いもののようで、伝えたいことを特殊な紙に書き、それを使って対となる魔道具同士で文字だけのやり取りをするそうだ。
 ギルドカードの一部の情報が各地のギルドでも照会できるのはこの仕組みのおかげだ。

 元となった魔道具が作られたのは今からずっと昔で、正確な年代は分かっていないが、古代魔導文明期に生み出されたと推測されている。
 これまでは使い道が限定的だった魔道具だが、今から何百年も前に発見された革新的な応用技術により、現在の運用方法が確立されたとのこと。

 使われている技術があまりにも高度で、今の魔道具技師ではコピーするのがせいぜいのこの品、使われる素材が希少なこともあり、量産は難しいということで民間に普及するほどに数は存在しない。

 ギルドが支部を作る際も、この魔道具を置くかどうかでその土地の重要度が分かると言われているほどだ。
 便利な道具ではあるが、使用には制約もあるらしく、スマホのように気軽に使えるものではないとも聞く。

 とはいえ、便利な道具であることには変わりなく、特定の国家が使うと色々と面倒なことになりそうなので、運用はギルドが行うという条約が、過去に国家間で結ばれている。
 一国の手に負えないレベルの災害等が発生した際は、この魔道具で他国への救援を出すというのも条約に含まれており、今回、アシャドル王国で起きた異変にも、ソーマルガ皇国を始めとした周辺国家への救援が要請されていた。




 ソーマルガの王城には、王族の生活するスペースがそれなりの広さで確保されているのだが、その中には国王が仕事をする執務室も当然含まれており、そこに付随する形で大会議室と呼べるものも置かれていた。
 普段から行われる政策会議などでは使うことは無いが、国家の命運がかかる大きな決め事や緊急時にはここでグバトリアとハリムら高位の貴族達が集まって話し合いが行われる。

 そこに俺はハリムに連れられて入ったわけだが、中を見た感じでは実に絢爛豪華だという印象だ。
 白一色の室内は壁から天井まで金銀はじめ、カラフルな細工や飾りが施されており、会議室と言うよりは晩餐会に使われる部屋に通されたのではないかと思うほどだ。

 調度品も中々の品を揃えているようで、部屋の中央に置かれた巨大なテーブルは、艶のある黒一色の石材という初めて見るタイプの素材を使った高級そうなものと、そのサイズも相まって強い存在感を放っている。

 正方形のテーブルでは窓側を背にグバトリアが着いており、その左右の辺に当たる部分には向かい合って二人の老人がいた。
 ここに来る間にハリムから聞いた話だと、今城内で招集をかけてすぐに集まる高位貴族は、軍務方のブロビート伯爵と通商担当のバーダ伯爵の二人のみだ。

 俺から見て右手側に座る筋骨隆々のスキンヘッドの男性が恐らくブロビート伯爵で、深い皺の刻まれた顔からのぞく目には、こちらを射抜くような鋭さがある。
 あの居住まいと体格で、軍務方でなくばなんなのか。

 そうなると左手側に座るのがバーダ伯爵で、対照的に細身で総白髪の壮年の男性、表情こそ穏やかなものだが、纏う雰囲気は老成された重厚感があり、体格以上にその存在を大きく見せていた。
 外見から非力さをうかがわせながら、その内にうねる様な思考力が籠められた静かな迫力は、ハリムなどに代表されるやり手の文官が良く見せるものだ。

「お待たせいたしました、陛下。お二方も、急な招集に応じて頂いたようで」

 部屋に入ってまずハリムがグバトリアへ礼を示し、次いで二人の老人へと慇懃な言葉をかける。
 爵位で言えばハリムも伯爵にあたるが、同格であるブロビート伯爵とバーダ伯爵には宰相の立場から上位者らしく接するようだ。

「構わん。お前のことだ。どうせ移動しながら報告をうけていたのであろう」

「は、ご賢察のとおりにございます」

 グバトリアの言う通り、俺達がここに向かう途中も、兵士やら文官やらがハリムへの伝令で追いついてきて、その都度立ち止まり話を聞いていたため、距離のわりには結構時間がかかってしまったのだ。

「しかし、アンディも連れて来たのか?」

「は、私も伝聞に過ぎませんが、なにやら一方ならぬ事態と判断し、この者の融通無碍な頭が役立つやもと思った次第にございます」

「そうか、まぁ俺は構わんが、お前達はどうだ?こやつも今からの話に加わるのを許してやれるか?」

 この場では俺をよく知らないであろう二人の人物へ、薄笑みを浮かべて試すような口調でグバトリアが問いかける。
 両伯爵とも王であるグバトリアが許すといえば意を唱えることはしないはずだが、あえて許可を求めて俺を受け入れさせたいのだろう。
 会議の最初に、異分子が混ざることを良しとしない貴族は多いらしいし。

「某は構いませんぞ。あの者はダンガ勲章を持つがゆえに、この場に立ち会うに分が足りぬとは言えますまい」

 ブロビート伯爵が厳めしい声で好意的なことを口にしたのは、俺としても心強い。
 軍務方ということもあって、勲章保持者へは相応の敬意を払って接してくれるようだ。

「…宰相殿が言うのであれば、良いのでは?もっとも、私は彼を知らぬゆえ、妙案は期待しませぬ」

 バーダ伯爵もとりあえずは受け入れるが、中々に冷たい言葉と目を俺に向けてきた。
 勲章持ちとはいえ、俺は平民、しかもソーマルガの人間ではないので、ブロビート伯爵と違って好意的とはいかないのだろう。
 この辺り、身分の方で人を見るのがバーダ伯爵のスタンスなのだと考えれば、別におかしくはない。

「ならば、ここからの会議にはアンディも立ち会うがよい」

「は、ご高配、ありがたく存じます」

 今のグバトリアはやや砕けてはいるものの、王として会議の席についているので、俺もバカ丁寧に返す。
 普段のダラけた姿を知る仲ではあるが、他の目がある場所では過剰なほど謙っておいて間違いはない。

「してハリムよ、俺達をこうして集めるとは、なにやらただ事ではないようだな。何が起きているのだ?」

「は、私も仔細はここまでの道中で聞いた程度ですが、アシャドル王国で巨大な人型の何かが暴れまわっているとか。情報の伝達を考えれば、事の起こりは五日前にまで遡らねばなりませぬが、これ以上の情報は追ってこちらへ届く手筈としました」

 一度に送ることができる情報量の上限があるため、ギルドからの第一報は意外と淡泊なものだ。
 しかし、その後に続報としてやってくるものは、収集した情報から吟味された簡潔で分かりやすい詳報となるはず。

「巨大な人型…それは魔物か?」

「いや、魔物ならばそう添え伝えるだろう。巨大な人型と言う以上、向こうにとってもよく分からない脅威だと思うべきだな」

「失礼します!」

 ブロビート伯爵とバーダ伯爵がそれぞれの所感を口にし終わったタイミングで、待ち望んでいた続報が届けられる。
 ギルドからの情報がまとめられているのであろう紙束が、ハリムに手渡された。

 それに素早く目を通したハリムの口から、今伝わってきている情報の分析結果として、アシャドル王国で起きている事態の大まかなことが語られていく。




 事の起こりは今から五日前、アシャドル王国はイアソー山脈の一つの山頂に口を持つ地下迷宮にて、阻導石が大量に発見されたことだ。
 これまで行われてきた探索では最大級のお宝といっていいほどのそれを運び出すため、アシャドル王国はギルドと歩調を合わせて大量の人員を迷宮最下層(と目している)へと送り込んだらしい。

 阻導石は順調に迷宮の外へすべて運び出せたが、その後に残っていた冒険者達が古代魔導文明期の何かと思われる巨人のようなものを見つけ、起動させてしまったという。
 その結果、巨人の急な動きによって迷宮内の壁や天井に崩落が起き、居合わせた冒険者の内の八名が死亡、三名が重傷、十八名が軽傷という被害を出しつつ、生き残った冒険者達はなんとか迷宮を脱出し、その足でギルドの出張所へ重大事故の発生を報告した。

 冒険者達の惨状から、ギルドは直ちに巨人の高い敵性を認め、アシャドル王国と共同で討伐に当たることを決める。
 騎士や冒険者といった各地に散らばる戦力を集め、イアソー山脈の迷宮へと討伐隊を送るには少し時間はかかるが、巨人もその大きさゆえに迷宮を上ってくるのは当分先だと、誰もが思っていた。

 だが、実際の巨人の動きは予想を上回る早さだった。




「一日と経たずに迷宮を抜け出てきたと?」

「正しくは、迷宮を上にではなく、横に抜けたらしい。中腹の山肌を割るようにして、地中から現れたそうだ」

 不快そうに言うバーダ伯爵に、ハリムもまた不快そうな声で答える。
 現地を知らずとも、ギルドや国が立てた予想を超えた動きを見せる巨人に、文官肌の二人はやり辛さを覚えているのかもしれない。

「イアソー山脈と言えば、峻険で知られている。当然、岩盤もかなりの厚みを誇っておろう。そこを抜くとはその巨人、相当な力を持つと見るが…」

 一方でブロビート伯爵が感心した風なのは、巨人を脅威と見ながらも戦闘能力の高さに軍人として思うところがあるのだろう。

「ハリムよ、ギルドからの報では、事が起きたのは五日前だそうだな?」

「は、件の巨人を冒険者達が見つけ、動いたのをイアソー山麓のギルド出張所に伝えたのが五日前と、それは確かです」

「ではその間に何かがあって、現地の手には負えないと判断し、他国へ救援を求めたのが件の連絡、というわけか。たったの五日でなにがあったのやら…」

 グバトリアが言うように、たったの五日でギルドが周辺国へ救援要請を出すとは、よっぽど事態に変化があったとしか思えない。

 そもそもイアソー山脈の辺りから最寄りの大きな町となれば、馬で急いでも二日はかかる距離になる。
 今回使われたギルド保有の通信用の魔道具は、小さな町や村程度にはあるわけがなく、ましてイアソー山麓に作られた出張所程度など、置かれていたら逆に怪しいぐらいだ。

 他国への救援要請を出したのが遅くても昨日だったとして、通信用の魔道具を使うために街へ伝令が着く移動時間を考えれば、巨人が出現してからの一日で、事態は急変をしたのかもしれない。
 アシャドル王国だけでは手に負えない、ひょっとしたら王国存続の危機レベルの何かがあったからこそ、ギルドも救援要請に踏み切ったのだろう。

「ふぅむ、そうなると少々時期が悪ぅございましたな、陛下」

「ダーバ伯爵の言う通りですな。せめてもう三日、早く知っていれば、ここにはもっと多くの貴族が参じていたものを…」

 両伯爵が悔やんでいるのは、これだけの重大な話し合いに、他の高位貴族がいないことについてだ。

 今この城には、高位貴族と呼べるのは目の前にいる二人のみだと聞いている。
 税収の報告などで貴族達が自分の領地を出て城へやってくる時期なので、三日前まではこの城にも侯爵が数人いたのだが、彼らはもう自分の領地へ帰っていった。

 高位貴族ほど風紋船などの移動手段は優先されるため、伯爵より下の爵位、子爵や男爵といった貴族はまだ城にいるのだが、今行われている話し合いにはそういった身分では少し足りない。

 下位の貴族であっても、何か実績があったり優れた能力を持つなどであれば話は別だが、ここにいない以上はそういうことだ。

 そういう意味では俺がいるのはかなりイレギュラーなことなのだが、こっちは宰相に請われて国王が同席を認めたのだから文句は出ないはず。

「それはこちらの事情だ。向こうとて狙って要請を出したわけではなかろう。しかし救援とは言うが、一体何をすればいいのだ?まさか、俺が遺憾の意を持たせた使者を出して終わりとはいくまい。食料でも送ればいいのか?」

「は、支援には様々な形がありますが、此度に限っては恐らく、兵を寄こして欲しいのだろうと思われます」

「ほう、それほどに状況はまずいのか?」

 他国の軍をあてにするほど、アシャドル王国では巨人が暴れまわっているのかと、グバトリアの言葉にこの場の誰もがそう考える。

「いえ、情報によれば巨人の被害はまだイアソー山麓で抑え込めているのこと。アシャドル王国が集めた混合戦力は存外によくやっているようです。詳しいことはわかりませぬが、兵が離散しておらぬあたり、よほど現場の指揮官が優秀なのでしょう。それゆえ、一先ずは膠着状態と見てもよろしいかと」

 ハリムの言う混合戦力というのは、アシャドル王国が抱える正規の兵士に加え、冒険者や傭兵といった、とにかく戦える人間をかき集めて戦力としているのだろう。
 イアソー山麓には迷宮攻略に挑む人間がそれなりに常駐していたはずだが、そういった者も徴兵したに違いない。

 そういった連中で膠着状態に持ち込めているとは、巨人の脅威を軽く見るべきか、もしくはそれだけの戦力でようやく抑え込んでいると言うべきか。

「手持ちの兵で何とかなっているのなら、我らの方から兵を送ることもあるまい。なぜ宰相殿は兵を送ろうと考える?」

 事務方であるダーバ伯爵は、他国へ軍を派遣することのデメリットを気にしているのか、兵力の支援には否定的なようだ。
 軍隊において、通常の予定にない動員にかかる予算の捻出は、通商担当にも影響がないとはいいきれない。

「抑え込めているというのは、つまりそれ以上の対処に手間取っているということだ。ここで兵力を送らずに、巨人の侵攻がアシャドルを超えて我が国に届く脅威、貴公にも想像できぬとは言わせん」

「某も軍の派遣には大いに賛成だ。ハリム殿の言うとおり、アシャドル王国内で押し込めているうちに、その巨人を処理するべきだ。であれば、戦場があちらの国にある間に兵を送りたい」

「軍人は簡単に言う……が、言わんとしていることは分かる。その巨人がまことに脅威だとしたら、確かに我が国へ近づけるわけにはいかんか」

 戦争をするなら敵の土地でとはよく言うが、巨人が自国へ来る前に何とかしたいという彼らの言い分は真っ当なものだ。

 話し合いの方向としては、これでアシャドル王国へ兵士を送ることに決まったようなものだが、あくまでもここでの決定は緊急的な措置であり、正式な裁定はこの後、他の貴族達の追認を受ける必要がある。
 もしこれで反対意見が多く出た場合、両伯爵とハリムの責任問題ともなり得るが、今回の決定は国王であるグバトリアも認めるようなスタンスではあるため、よっぽどのことがない限りは反対意見も出ないはずだ。

 そうして会議は進み、アシャドル王国に送る軍の規模に移送手段、物資の調達先や指揮官の選任など、決めることは多岐にわたる中、巨人に対抗する手段についてブロビート伯爵に意見が求められる。

「わしとダーバ伯爵は文官肌ゆえ、巨人に抗する手はやはりブロビート伯爵の意見が欲しい。どう臨むか、また何を用意すればいいのかを忌憚なく言ってくれ」

「…確かに軍事となれば某の領分ではあるが、巨人の相手など経験がないゆえにな。どう臨むかなど……ハリム殿、ここはひとつ、アンディ殿にも聞いてみたらどうであろう?せっかくいるのだ、ただ捨て置くのも忍びない」

 巨人という未知の敵に、戦うイメージに乏しいのか、唸るように悩んでいたブロビート伯爵が突然俺を指名して来た。

 これまで会議の内容に口を挟む余地もタイミングもなかったため、置物のように突っ立っていたのが災いしたようだ。
 ブロビート伯爵の言葉に、ハリムやグバトリアからも鋭い視線を向けられた。
 何かいい案があるのなら出してみろと、挑発されているようでもある。

「…浅学なるこの身です。お話しできるようなことなどとても…」

「くっくっくっ、殊勝な口を叩くでないわ。お前なら巨人とどう戦うのか、俺も興味がある。思いつくことがあるのなら詳らかにせよ」

 威厳のある声だが目の奥には笑いを湛えており、面白そうだというノリで俺にそう言ったと分かる。
 俺としては謙虚に退こうと思ったが、この場で最も偉い人物にそう言われては答えないわけにはいかない。

「では一つだけ、申し上げさせていただきます。その巨人の実際の大きさはわかりませんが、迷宮の壁を壊して出てきている以上、その膂力と重さはかなりのものだと推測します。その上で、果たして人の振るう剣や槍がそれだけの相手に、どれほど効果を発揮できましょうか」

「仮に全長を10メートルも超えていれば、地上で武器を振るって届くのは足か腰といったところだろうな」

 流石、ブロビート伯爵は答えが早く、その見立ては俺のものとそう違わない。

「仰る通りです。しかし、敵を倒すのに足だけを責めるのは聊か拙きことかと。であれば、やはり頭部や心臓のある胸など、上半身に攻撃できる手段を用意すべきでしょう」

「ならば投石器でも持っていくのかね?」

 弓矢で戦うと言わない辺り、バーダ伯爵も巨人との戦いは楽観視していないようだ。

「それも一つの手ではありますが、丁度ソーマルガ皇国には巨大な身長を誇る相手に通用しそうなものがあります」

「ほう、なにかな?」

「飛空艇です。船内に油などの可燃性のものを大量に搭載させ、発火の仕掛けを施して巨人目掛けて船ごと突貫させます。中型であればなおいいのですが、小型でも十分効果はありましょう。重量があるものが高速で突っ込み、さらには爆発炎上する…これ以上はない破壊力をお約束します」

 俺が提案するのは、かつて日本でも使われた悲しい戦法、航空機による特攻の再現だ。
 今ある技術で巨人の高さに対しての効果的な攻撃となれば、飛空艇はもってこいだ。
 しかしながら、ただ近付いては叩き落とされてしまいかねない。
 ならいっそ、近付くことと攻撃を同時に行ってしまえばいい。

 そこまで話し終えると、周りからの何とも言えない視線に気づく。
 四者四様の考えがあるのだろうが、体は硬直したように動きを止め、さらに俺を見る視線には共通して畏怖が籠っていた。

「バカな!飛空艇は今の我が国で欠かせないものだ!そんな矢を使い捨てるがごとき扱い、到底認められん!ましてや操縦士ごと突っ込ませるなど…貴様は操縦士を一人育てるのにどれだけの金と時間をかけているのか知らぬようだな!」

 そんな四人の中で、ダーバ伯爵がまず最初に吠え、俺の提案に食って掛かってきた。
 特攻の意味を正しくとらえたようで、貴重な飛空艇と人命を軽視するような使い方には、人として真っ当な怒りを抱いているといっていい。

「誤解なさらぬように。操縦士は飛空艇を確実に当てるための操作をさせるのみで、衝突の前に脱出させる算段は整えます」

 俺だって何も人間ミサイルを良しとしているわけではない。
 今のソーマルガにはパラシュートがあるわけだから、飛空艇の進行方向を定めてしまえばパイロットは脱出させるつもりだ。
 なんだったら、噴射装置を使える俺がパイロットをしてもいいぐらいだ。

「む、左様か…いやいや、飛空艇をその様に使うのはやはり認められん。人命もそうだが、稼働できる飛空艇は、それ自体が希少なのだぞ」

 とりあえず人命の浪費はないと分かって一安心したダーバ伯爵だったが、それでも飛空艇をそういう使い方をするのは飲み込めないようだ。

「承知しております。ですので、これはあくまでも腹案の一つとして明かしたまでにございます。採用されるかは閣下方がお決めください」

 案を出せと迫られたから言っただけで、別にこれが最良の策だとは俺も思っていない。
 飛空艇が貴重だということは分かっているし、そもそも巨人に通じるかも未知数であるため、最終的な判断は偉い人達が下してくれ。

「軍人としての某は一考に値すると思うが…」

「ならぬわ。小型とは言え飛空艇は飛空艇。使い潰すにはあまりにも惜しい」

「しかし友好国を助けるために飛空艇の一隻を潰したとなれば、後々にアシャドルへ売る恩も大きかろう?」

「それは…そうであるが」

 意外と政略染みたことを口にするブロビート伯爵に感心を覚えるが、ダーバ伯爵とてそういう考えには至らないわけがない。
 他国への恩と自国の航空網への影響を天秤にかけて悩むのが、ダーバ伯爵の職責としても妥当なところだ。

「…アンディ、お前が出したこの案は軽々に決められるものではないとは心得ているな?」

 両伯爵のやり取りを深刻そうな顔で見ていたグバトリアだったが、何かを決意したような顔で口を開く。

「承知しております」

 鷹揚に頷くグバトリアの姿から、俺の案は採用しないが、それを材料にして何かを狙っているのだけはなんとなく分かる。

「それをするという時は、恐らく他に手がないほどに追い詰められていることだろう。ならば、そうさせないためにも、一刻も早く援軍を送らねばなるまい。ブロビート伯爵、すぐに動かせる軍はいかほどだ」

「皇都の守備隊は動かせますまい。となれば、現在皇都にいる貴族の私兵と騎士団から集めることになりましょう。装備の統一を考えなければ…直ちに百四十ほどは」

 皇都に滞在する貴族は、領地から私兵と共にやって来る。
 領地に帰る時まではほとんどの兵が暇なため、こういう時には抽出するのに勝手がいい。
 勿論、私兵のトップが許せばの話だが、王が求めれば断りはしないはず。

 騎士団の方は、これは守備隊と近衛兵も含んでのものであるため、急に動かせる数はそう多くなく、しかも皇都から離れるとなればなおさらだ。
 自国の首都を手薄にはできないため、百四十という数字が出せるギリギリと思われる。

「少なすぎる。時間を掛ければどうだ?」

「…五日頂ければ、皇都周辺の領地から兵を吸い上げ、四千は確実かと」

「掛かりすぎだ。千の兵で一団を作るにはどれほど待てばいい」

「それならば…二日でご用意して見せましょう」

「よし。…王より告げる」

『はっ!』

 立ち上がり、威厳がたっぷりに込められた言葉に、ハリムと両伯爵は首を垂れながら続きを待つ。
 今のやり取りでグバトリアの中で方針が決まったようで、臣下たる者はそれに対して耳を傾けねばならない。
 本来、会議の決定は参加者の合意を揃えて成るものだが、ここには高位貴族が少なすぎるので、グバトリアが王として決めるというのが一番手っ取り早いのだろう。

 話の流れとしては、もう援軍を送るのは決まりそうだったし、俺の出した話を踏み台にして会議の結果を一気に出そうというのがグバトリアのやり方だったらしい。

「これより我がソーマルガ皇国は盟邦たるアシャドル王国へ対し、軍による支援行動を行う。余の決定に異議がある者は名乗り出よ」

 そう告げられるも、この決定に反対の人間はこの場にはおらず、口を開く者はいない。

「…兵二百を先遣隊とし、後に兵千を送る。速さを優先し、兵の輸送には飛空艇の使用を許可する。兵員の手配はブロビート伯爵」

「はっ、お任せを!」

 ちゃっかり先遣隊の数が四割ほど増えているが、これはできるはずという信頼からのもので、事実、ブロビート伯爵は普通に請け負ったのだから、可能だということだろう。

「物資はダーバ伯爵に任せる。ハリム、貴様もそちらに回れ。城内預かりの軍需品も使って構わん」

「はっ、心得ました」

「仰せのままに」

 ヘタレた人格から能力を疑ったこともあったが、やはりグバトリアは王の器だけあって、指示の出し方も堂々としている。
 思わず内心で唸ってしまうほどだ。

 グバトリアの決定と指示には、とりあえず今のところ問題もないのか、ハリム達も異論を言うことはない。
 これでもしも頭の鈍い貴族が会議にいたら、こうもスムーズにはいかないだろうから、この人数だけの会議というのも存外よかったとも思える。

「さてアンディ、お前にも一つ仕事をしてもらうぞ」

 おっと、暢気にソーマルガの上層部連中を評価していたら、矛先が俺にも来たか。
 会議に同席させられたのだから、何かしらの役割でも負わされるとは覚悟していたが、王直々に言われるとは、断る選択肢が潰されてしまった。

「…は。どのような?」

「なに、簡単なことだ。先遣隊の兵二百をイアソー山麓まで送り届けてほしい。お前の飛空艇でな」

 なるほど、今動かせる飛空艇の中では、俺の飛空艇は運搬能力はかなりのものなので、兵員輸送機としてはかなり優秀だ。
 おまけに船足も速い。
 盟邦の危機とあって、稼働している飛空艇をかき集める時間を惜しみ、俺に頼むのは悪くない考えだ。

「先遣隊輸送の任、謹んで拝命いたします。ただ、一つ申し上げさせていただければ、私の飛空艇だけで二百人もの人間を運ぶことは難しいと思われますが…」

 俺の飛空艇は今ある中でも大型の部類に入るが、二百人は流石に乗る人数としては多すぎる。
 貨物室までフルに使って詰め込めばあるいはとも思うが、イアソー山までは飛空艇でもそれなりに時間はかかる距離だ。
 そんな乗り方をしたら、兵士は現地に到着する頃には疲労で戦えない状態になっているだろう。
 もしかしたら、異世界で初の航空機によるエコノミー症候群というのも発症するかもしれない。

「であろうな。それについては手がある。ハリム、例のものは使えるな?アンディの飛空艇に取り付けるのにどれほどかかる?」

 例のもの?
 人員を輸送するのに何かいい道具でもあるのか。

 ソーマルガの飛空艇技術は進歩が留まるところを知らないとはいえ、まさか兵士を運ぶものまで用意しているとは。
 いや、飛空艇があるからこそ考えたのだろう。

「は、一日頂ければ十分かと」

「半日だ。翌朝には飛び立てるようにせよ。作業の人員も好きに回せ」

「…手を尽くしましょう」

 かなり無茶なことを言うグバトリアだが、ハリムも苦し気にだが受け入れたので、どうにかするのだろう。
 兵の輸送に必要な何かが飛空艇に付けられるようで、ろくな説明もないことには抵抗を覚えなくもないが、必要なことだというのなら文句も飲み込んでおく。

「これで翌朝にはお前の飛空艇も準備が整う。兵もそれに合わせて動かすゆえ、準備が整い次第直ちに飛び立つのだ。よいな?」

「は、承知いたしました」

 もう少し説明が欲しいところだが、場の空気がそれをためらわせたため、とりあえず恭しく答えておく。
 どうせ飛空艇に関することなら、向こうに行って作業をしている誰かを捕まえて聞けばいいか。

 俺としても、イアソー山麓にいる知り合いの無事を確認したいところでもあるので、ある意味この件は渡りに船といってもいい。
 勝手に飛空艇で現地に乗り込んでもいいが、そうすると飛空艇は現地の指揮下に置かれ、自由に動けなくなる可能性もある。

 その点、グバトリアから任されて援軍を届けたとなれば、粗略な扱いはされないだろうし、便利な駒として使い潰されないはずだ……多分。

 さて、これで俺はイアソー山脈へ向けて急いで旅立つことになる。
 事後承諾になるが、パーラにも説明をして理解を得なくてはならない。
 まぁパーラもあっちがただ事ではないと知れば、反対はすまい。
 なにより、これで例の監獄から出してくれたソーマルガへの貸しが帳消しにできるかもしれないのだしな。

 バイクの部品を得るために来て、アシャドル王国の危機を知り、おまけにそこへ派遣される仕事も受けるとは、中々起伏に富んだ展開だったと言えよう。
 それに巨人の出現とは、それはそれで未知との遭遇と思えば好奇心をそそられもする。

 ある程度情報は届いているとはいえ、イアソー山の辺りの状況はまだ不鮮明なので、とにかくあらゆる状況の変化に対応できるよう、備えは万全にしておこう。
 物資の類は最低限、先遣隊と同じく俺が運ぶことになるが、後から追加の兵とともに本格的な物資輸送も行われるそうだし、俺自身が考えることではない。

 そう言えば、ダリアの家を出てくるときにはパーラはまだ寝ていたが、流石にもう起きているはずだ。
 先遣隊がいつ揃うのかはわからないが、とりあえず会議が終わったら俺はパーラのところにいくとしよう。
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