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迷宮に眠る宝と危険

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 SIDE:ライオ



 迷宮の攻略に挑み、どれほどの日々を過ごしただろうか。
 当初見込んでいた規模を遥かに超える深さを見せたイアソー迷宮遺跡は、中層まで攻略された時点でアシャドル王国が大量の物資と人員を投入したのが功を奏し、最近になってようやく終わりが見えて来た。

 そんな中、攻略の最前線にいるパーティが80層を超えてしばらく潜ったあたりに、床から壁、天井に至るまで一部屋丸ごと阻導石が張り巡らされた広大な空間を見つける。
 アシャドル王国が特に高額で買い上げている阻導石がそれだけの量ともなれば、そこを押さえるパーティは一生遊んで暮らせるだけの金を手に出来るだろう。

 残念ながら負傷者を抱えていたことに加え、その部屋に続く通路に強力な魔物がいたために件のパーティは撤退したが、明らかにこれまでの階層とは違う様子から、そこが最下層かその手前ではなかろうかと推測していた。

 およそ地下へ80層を超えるこの迷宮は、それなりに進められた調査により、古代の魔導文明期に何かを隠すために作られたのではないかと、研究者の一部は推測しているそうだ。
 人伝に聞いたその研究者の見解には、俺も仲間も思わず鼻で笑ってしまった。

 分かりきっているだろうに、迷宮に隠すものと言えばお宝以外に何があるのか。
 大量に見つかった阻導石こそがお宝に違いないと、誰もが思った。

 実際、大量の阻導石発見の報を受け、アシャドル王国はギルドと協力して多くの人員を送り込み、その空間にはびこっていた魔物を一掃し、安全を確保したのちに阻導石を運び出している。
 発見した人間、魔物の掃討に参加した人間、運搬を行った人間と、それぞれに特別報酬が用意されるほど、この迷宮最大の財宝を発見したといっていい。

 俺達も迷宮攻略ではかなり深いところまで潜れるパーティだったため、腕を買われて阻導石のある部屋の掃討に参加を要請され、運搬係の護衛も合わせて任された。

 丸一日かけた掃討作戦により、目的の場所は完全に制圧され、さらにそこから四日がかりで阻導石が迷宮の外へと運ばれていく。
 迷宮の最下層付近ともなれば魔物もそれなりにいるため、俺達の他にも腕の立つ連中がパーティ単位でこの空間を守っている。

 攻略者として常に先をいっていたパーティは勿論、お宝よりも魔物素材を優先して狩りまくる変わった連中に、迷宮内で活動不能になった人間の救助を優先して行うという奇特なパーティまで、毛色は様々だが指折りの実力者がここまで揃っているのはなんとも心強い。

 無論、俺達だって腕に覚えはあるが、他と比べればまだまだだ。
 一パーティだけではこの空間を守ることの困難さは理解しているし、他の連中もきっと考えは同じはずだ。
 だからこそ、面識のあるなしに関わらず、一つどころにこれだけのパーティが争うことなく留まり、危険な魔物が多くいる最奥部でありながら、迷宮内では最も安全な場所となっているわけだ。




「はー、やっと運び出しが終わったわねぇ。にしても、防衛って言われたのに、私らほとんど周辺警戒しかやることなかったじゃん」

 最後の阻導石を背負った一団が遠ざかっていくのを見届け、ため息とともに言いながらムーランがその場に座り込んだ。
 本来なら警戒を怠るなと一喝すべきなのだろうが、ここにいる人間はどいつもこいつも腕が立つため、外の通路に繋がる二つの通路さえ見張っていれば問題はない。
 今いる部屋は多くの作業を行うために十分な明かりが用意されているが、通路側は最低限のものが設置されているのみで、警戒の目は自然と暗闇から現れるであろう魔物へと向けたものになる。

 ここには少ないながら魔術師も弓使いもいるため、通路側から魔物が入ってきても近づかれる前に始末できる。
 実際、何度かあった魔物の侵入もそうして危なげなく処理していた。
 最下層と目している場所だけに、未知で強力な魔物の存在も危惧していたが、ふたを開けてみれば現れるのは見知った種類ばかりで、その中でも手強いと思えるものもこれだけの戦力なら余裕で始末してしまう。

「仕方ねぇだろ。俺達はここにいる奴らの中じゃ一番下っ端なんだし、遠くに手を出せるのがいないんだから」

 警戒と防衛が厳重に行われているここにおいて、遠距離攻撃の手がほぼない俺達は、やることがなかった。
 ならば他で役に立とうと警戒役を買って出たが、それも二か所に気を配ればいいだけとあれば、暇を覚えるくらいには楽なものだ。

「ライオの言う通り。私達は今の場所だと役立たずよ。なら黙って仕事するのみでしょ」

 窘めるようなアイーダの言葉に、ムーランも口を尖らせるが反論せず、再び警戒のために目線を通路の方へと向ける。
 部屋の中央を挟んで反対側では、ミッチとラッチ、ラスの三人が同じように警戒監視を行っているが、ムーランの様子を見るに、きっとラッチも同じような文句を言ってラスにチクリとされているに違いない。
 あいつはそういう男だ。

「…あんなにあった阻導石も、全部なくなってみれば随分と室内は寂しくなるものね」

 チラリと背後を見やるアイーダが、不安そうな声でつぶやく。
 言われて改めて周りを見回してみれば、確かにアイーダの言う通り、奇妙な寂しさとでもいうべきか、本来あるべきものが無くなった様には空虚さを覚える。

「阻導石ってものを宝として見ていたからかもな。それがバカみたいにあったから、この場所も特別に見えていたんじゃないか?」

「確かに、私、最初にここを見た時、一瞬壁も床も天井も全部お金に見えたわね」

「私もー」

 アイーダとムーランの反応は、きっとここに初めて足を踏み入れた誰もが覚えたものに違いない。
 阻導石はとんでもない金額で買い取られるため、それを目当てに迷宮にもぐるといっても過言ではなく、一抱えでも持ち帰ればしばらくは遊んで暮らせてしまう代物だ。
 そんなものが大量にある光景を見てしまえば、誰だって目が眩んだことだろう。

 今感じているその寂しさも、もしかしたらその反動というのも考えすぎではないはずだ。
 宝物が無くなった宝物庫というのも、もしかしたらこんな感じなのかもしれないな。

「…ん?」

 そんなことを考えながらふと部屋の中央に視線を向けると、そこでは人が集まって何やら話している光景があった。

「ライオ?どうしたの?」

「いや、あそこ。あいつら、何やってんだ?」

 尋ねて来たムーランにもわかりやすいよう、俺の見ている物を指さしてやる。

「…なんだろ。あそこって、なんかポコって盛り上がってる場所だよね。なんか見つけたのかな?」

 これまでこの迷宮で見てきたどの部屋よりも広大な広さを誇る空間は、天井の高さもそれなりにあり、噂に聞くソーマルガの超巨大飛空艇とやらもスッポリと収まるのではないかと思えるほどだ。

 正確な形は分からないが、見た感じだと壁から天井にかけて楕円形を描く室内は、その中央にちょっとした丘のようなものがある。
 阻導石がはがされたことによって見えた真の床も、そのふくらみに沿って存在していることから、もともとこの部屋の構造として存在している瘤のようなものだと推測する。

 何のためにあるのかは分からないが、阻導石の運び出しの際に同行していた学者が少し見たところ、恐らく巨大な球体上のものがこの下にあって、今見えているのはそのちょっとした上部分ではないかという。
 仮に綺麗な球状だったとしたら、全体の大きさは幅にして50メートルを優に超えるかもしれないそうで、ますますもって何故そんなものが一部だけをのぞかせる状態で存在しているのか、居合わせた誰もが首をかしげてしまった。

 頭のいい学者がわからないのだから、俺がいくら考えても仕方ないと頭から外していたが、あそこに集まっている連中はなにやらしでかそうとする雰囲気がある。
 気になった俺は警戒をアイーダ達に任せ、部屋の中央へと足を向けた。

「よう、あんたらさっきから何してる?」

 集まっている男女七人はそれぞれ別のパーティの人間で、リーダーか頭脳担当といった、考える立場の者が揃っているようだった。

「ん?確かお前は…ライオ、だったか。いやな、ここの盛り上がってるところに変わったのを見つけたもんでよ、何だろうなって話してたのさ」

 俺の質問に答えたのは、ここにいる中では一番腕が立つであろう男で、この迷宮の攻略でも常に最前線を突き進んでいたパーティのリーダーだ。
 名前はガット。
 共闘をする際に名乗り合ったため、向こうも俺の名前は憶えていたようだ。
 見た目は40代そこいらってところだが、面構えには流石の貫禄がある。

 普人種ながら筋骨隆々の恵まれた体格は、鬼人族と見まがうほどだ。
 背中に負う大剣のデカさたるや、持ち主の身長を優に超える長さで、人体を金属鎧ごと叩き割るのを疑わせない威容を見せている。

 そのガットが指さす先を見てみれば、盛り上がっている地面と平坦なところの境目辺りに一片が30センチほどはあるガラス板が埋まっている。
 見たこともないほどに透明なガラス板は、その中に線が絡み合ったような模様があり、見ただけでは正体が分かりそうにない。

「…これは?」

「わからん。俺達もさっき見つけてから調べてはいるが、何のためのものなのか…」

 発見したものが何かわからないため、他のパーティの人間からも知恵を集めているというわけか。
 俺達に声がかからなかったのは、恐らく警戒に回す人間が減るのをためらったのだろう。

「これほどのガラスなら、装飾って線はないか?」

「ここは床から壁から天井まで、全部阻導石で覆われてたんだ。装飾なら隠すようにはしないだろう」

「となると、やっぱり仕掛けがあるわけか」

 今あのガラス板に対処しているのは、七人の中でも特に頭のいい人間のようで、あれこれ言い合う姿はさながら学者のようでもある。

「ニーラ、どうだ?」

 ガラス板の前に陣取っている中の一人、ニーラと呼ばれた普人種の女性が、ガットの声に反応して視線だけを寄こす。

「…この模様、やっぱりあれと関係があるとしか思えないわね。ガット、ちょっと持ってきて」

「おう、分かった」

 そう言ってガットが自分達の荷物の中から何やら取り出して、ニーラへと手渡す。
 チラリと見えたのは、床にあるのと似た透明な四角いガラス板のようだった。
 大きさはガットが持ってきたものの方が大分小さいが、何やら床のものと似た雰囲気を感じる。

「それは?」

 何となく気になった俺は、ガットの手の中の品の正体を尋ねてみた。

「ん?あぁ、こいつはここから三つ上の階層で見つけたもんでな、ガラスっぽかったが実際は違うみてぇだし、何なのかは分からなかったがとりあえずカバンにしまい込んでたんだ。ほら、この模様があそこと似てるだろ?」

 そういって差し出されたものと床のガラスとを見比べてみれば、確かにこの二つの模様は似ていた、というより同じに見える。
 ニーラはガットと同じパーティなので、彼女もこの模様を見た記憶があったため、こうして用意させたのだろう。

「ほれ、ニーラ。んで?こいつをどうすんだ?」

「さてね。どうするかは私にも分かんないわよ。ただ、これを使えば何かが起こるかもってだけ」

 そう言いながらガットから受け取ったガラス板をニーラは床に近づけていくが、当然何かが起こるわけもなく…。
 模様が重なるようにガラス同士を接触させたり、上下左右様々な方向へ並べてみたりと、色々試してみたが特に変化は訪れない。

「おいおい、本当に意味あんのか?これ」

「もしかしたら、こいつは関係ない?」

「そんなはずは……模様が似ている以上、全くの無関係とは考えにくいわよ」

「しかしなぁ」

 似たような物が二つあれば、何か関係があると思わずにはいられないのは人間の性だが、こうも反応がないと流石に見立てが間違っていたという結論にもなる。

「なぁ、ちょっと俺にも見せてくれよ」

「あん?…まぁいいが」

 先程から好奇心が刺激されていた俺は、床のガラス板部分をもう少し近くで見てみたくなったため、頼んで場所を変わってもらった。
 近くで実際に手を触れてみると、ガラスだと思っていた部分が実はそうではなく、もっと硬い何か別のものだと分かる。

 ガラスではなく水晶でもないという、初めて触れる素材が面白く、ベタベタ触っていると、ガラス板が微妙に上へ動くような手ごたえを感じとった。
 本当に微かなものだが、一度そうだと分かると手は俺の意思に沿って動き、手探りで色々と試した結果、少し押しながら上へと滑らせると、ガラスの真ん中に線が走り、上下に分かれながらその中をさらけ出した。

「うお!?なんだそりゃ!おい、何をしたんだ!?」

「蓋だったってわけ!?なによそれ!分かるわけないじゃない、こんなの!」

 突然現れた変化に、俺の前にここを調べていた奴らも驚きの声を上げるが、どうも彼らはこれがこういう形で開くとは思っていなかったようで、俺に先を越されたことが悔しそうでもあった。
 俺だってたまたま気付いて、適当にいじってみたらうまくいっただけなんだがな。

「ねぇ、これってもしかして、ここを開けてさっきのガラス板をはめ込むんじゃない?」

「…ああ、確かに中にはそれっぽい窪みがあるな」

 蓋が開いた中には、先ほど持ってこられた小さい方のガラス板が丁度嵌りそうな窪みが見え、中の模様もその窪みに合わせて奥に引っ込んだようで、さもここにはめ込めと言われているかのようだ。
 ガットが持ってきたあのガラス板を思い出すと、あれがさながら鍵だとするなら納得できる。

「どうする?」

「どうもこうも、物があるんだからやらない理由はねぇだろ」

 ニーラが警戒がにじむ声でガットに尋ねると、予想通りの答えが返される。
 俺達は迷宮と言う遺跡を探索するのが仕事だ。
 仕掛けが動いてその先を匂わせるのなら、やらずにはいられない。

「そう言うと思った。じゃあ貸して」

 要求にこたえ、ガットが手にしていたガラス板をニーラへ渡すと、彼女は模様を揃えるように向きを変え、窪みへソッと押し当てた。
 するとすぐにガラスは赤い光を淡く放ち始め、開いていた蓋がゆっくりと閉じていくのに合わせ、ガラス板がさらに奥へ引き込まれるようにして動きだした。

 仕掛けがさらに動いたと判断すると、全員がその場から大きく飛び退った。
 流石は迷宮をここまで踏破できる実力者達だけあって、その動きは素早い。
 俺も一拍遅れてだが距離を取り、全体の様子を見る。

 阻導石が運び出されてからは静寂の中にあったこの空間だが、仕掛けが動くことによる地鳴りに似た音を響かせていく。
 てっきり目の前でのみ変化があるかと思っていたら、部屋全体に何かが起きようとしている気配に、ガット達もそれぞれのパーティメンバーと合流し、各々ごとに警戒の姿勢を取り始めていく。

「ライオ!何が起きてるの!?」

 俺のところにもラスがミッチ達を引き連れて合流し、少し遅れてアイーダとムーランもこちらへと駆け寄ってきている。

「ラスか!なんかの仕掛けが動いてる!念のため密集して備えろ!」

「なんかってなんのよ!?」

「俺も分かんねぇんだよ!いいから早くしろ!アイーダ!ムーランを担いで走れ!」

 歩幅のせいで走る速度に劣るムーランを、アイーダに担がせることで合流を急がせる。
 全員が集まったところで、部屋の中央に動きが見え始めた。

 その変化は、先程のガラス板の仕掛けに寄るものには間違いない。
 瘤のようになっていた床部分が、まるで糸がほどけるような形で内側へとへこんでいく。
 あるいは沈んでいくといった表現の方が正しいか。

 どうやらあそこは扉のようなもので、ガラス板の仕掛けはそれを開けるためのものだったのかもしれない。
 学者の予想した、この階層の下には巨大な球状の空間があるという可能性から、もしかしたらあそこには下へ降りるための階段があり、それに蓋をしていたのを俺達が開放したのではないだろうか。

 しばらくすると、部屋の中央にあった膨らみは完全に姿を消し、代わりに下へと繋がる巨大な穴が現れた。
 鳴動するような音も完全になくなり、少しだけ警戒を緩める。

「…収まったか。しかしなんだ、この縦穴は?随分深いな」

 ガットが先陣を切るようにして穴を覗き込んで様子を窺うが、その言いようから部屋の光が届かないほどに深さがある穴のようだ。

「おい、誰か松明作ってくれ。下に投げ入れてみる」

 部屋にある明かりは魔道具のランプがほとんどで、松明はほとんど用意されていない。
 流石に魔道具を使い捨てにするようなことはできないので、ここは楽に作れ、失っても大して困らない松明の出番だ。

「あ、じゃあ私が」

 真っ先に動いたのはムーランで、ハーフリングならではの手先の器用さを活かして一瞬のうちに松明を一本作り上げた。
 それに火をつけ、ガットに手渡す。

「おう、すまんな。…今から松明を下に落とす。ないとは思うが爆発に備えておけよ」

 周りにそう言い、ガットが松明を穴の方へと放り込む。
 一応身構えるが、特に爆発などは起こることもなく、カランという松明が地面に届く音が聞こえて来た。

 穴の方からは特に変わった匂いなどはないが、こういう穴の場合、底の方に可燃性の空気が溜まっていることが稀にある。
 爆発したり炎が消えるといったことがなければ、とりあえず穴の底は人が呼吸できると思っていい。

 改めて穴に近づいて覗き込んでみる。
 すると、ずっと下の方にチロチロとした炎の揺らめきが見えるのだが、その距離はかなりのものだ。
 ざっと見て深さは2・30メートルはあるか。
 松明の炎だけではすべてを照らしきれてはいないが、それでも部屋が球体の内側に作られたものだというのは周りの壁の様子から分かる。

 これほどのものが迷宮の奥にあることにも驚いたが、それよりも俺達の目を剥かせるものがそこにはあった。

「なんだありゃ…」

「でけぇ…」

「ねぇ、なんだか人の形に見えない?」

「ああ、うずくまってる人って感じだな」

 覗き込んだ誰もが目にしたのは、巨大な空間に膝を抱えて座る、これまた巨大な人の形をした何かだ。
 松明がうまいことその人型の足元に落ちたようで、揺らめく光のおかげで全身の陰影は分かる。

 広い空間の中にあるせいでなおその巨大さは際立ち、子供のように座っているからそこに収まっているだけであって、立ち上がれば俺達のいる階層どころか、さらにここの天井にも届くのを想像させるほどだ。
 顔は膝に埋められているせいでわからないが、頭髪の類はないようだ。

 体色は無機質さを感じさせる真っ白なもので、鉱物のように光を反射しているそれは人間の肌とは明らかに違う。
 見える範囲に限るが、胴体はかなり厚みがありながら、手足は不気味なほど細く、言ってしまえば衰え切った病人のような儚さもある。

 何故ここにこんなものがいるのかという疑問と不気味さを覚えるが、白い巨人は先程からピクリともしておらず、こう言っていいのかわからないが、どうやら死んでいると思われる。

「なんだか…不気味ね」

 俺の隣にいるアイーダがこぼした言葉こそ、この場の全員が抱いているものだろう。
 辺りに漂う雰囲気から、誰もがあれを快く見てはおらず、いっそ恐怖すら覚えている者がいてもおかしくはない。

「けど、変よね。あそこが迷宮の最下層だとして、これだけの広さの部屋にあるのはあの巨人だけなの?」

 心底不思議そうなムーランの言葉だが、それもまた俺達の気持ちを代弁している。
 目の前に広がる空間は、鍵をかけて閉じられ、その鍵も別の場所に置かれていた以上、過去に迷宮にいた何者かはここを隠しておきたかったという思いは十分に読み取れる。
 となると、そういう風に隠すならお宝こそが相応しいとは思うのだが、見つかったのはあの巨人のみ。

「多分、ここはあの巨人のための部屋なんじゃないか?」

「まぁこの感じだとそうとも言えそうね。…てことは、あの巨人がお宝そのものって考えられない?」

「そう言われてみれば確かにな」

 ラッチとアイーダに俺も同意する。
 下に降りて詳しく探せばもしかすると何かお宝の一つや二つぐらいはあるのかもしれないが、俺の直感は恐らくあれ以外は何もないと訴えかけてきている。
 あれこそが迷宮の奥底に眠る宝だとするなら、随分デカい発見だと言わざるを得ない。

「皆聞いてくれ!」

 俺達以外にも穴の中を覗き込んでいた連中は、それぞれ好き放題に予想を言い合い、ちょっとした喧騒が出来上がっていた中、ガットの声が辺りに響いた。

「穴の底のあれが何なのか気になってるだろうから、下に降りて詳しく調べようと思う。万一に備え、この手の経験が豊富な奴だけを選抜して調査に降りる。手先が器用な奴は縄梯子を作ってほしい。他はここを守っててくれ」

 ガットが主導して役割を決めるが、それに異議を挟む奴はいない。
 ここにいる中でガットは一番迷宮探索の経験が豊富で、その判断と指示には俺達も納得して従える。

 集まっている人間は腕に自信はある奴らばかりだが、ガットがああ言う以上、調査に向かうのはガットを中心とした少人数になるだろう。
 俺はその中に含まれない。
 俺より適正な奴が周りに揃っているしな。
 ムーランは先程の松明作成の手際を買われ、縄梯子の用意に周った。

「下は明かりがないから、魔道具のランプを降ろすわよ。ただし、完全に下までじゃあないわ。ある程度の高さで宙づりにすること。その方が明かりは遠くまで届くからね。先にランプを、次に調査の人間が下りる順番でいくわよ」

 ニーラの指示の下、この部屋にあるランプをいくつかロープでくくり、なるべく広範囲に光が届くように注意しつつ、下へと降ろしていく。
 すると、光が下へ向かう過程で改めて巨人の姿が分かり、思わず息をのむ。

 古代魔導文明が迷宮を作ってその奥に隠したほどのものだ。
 恐らく動くことは無いと思うが、その巨体がもしも俺達に牙をむくとなれば、湧き上がる恐怖心に身震いしそうになる。
 現代の俺達が果たして太刀打ちできるのかと、つい弱気なことを考えてしまった。

 穴に沿ってランプを降ろしたせいで、巨人を囲むようにランプが吊られた下の景色は、何かの祭りのようにも思えるが、肝心の中心となっているものが不気味すぎるため、邪教の儀式と言われた方がしっくりきそうだ。

 明かりが確保できたことで、後は縄梯子が出来上がるのを待ってガット達が下へ降りるだけとなる。
 少し待つ時間があるため、誰もが自然と穴の底に目を向けていたのだが、その中の一人が不思議そうに呟いた。

「あれ?おい、なんか今動かなかったか?」

「なんかって…魔物でもいたか?」

「いや、そうじゃなくて。あのデカいやつ、あいつの手のところがなんかこう、ピクって…」

 聞くとはなしに耳へ入ってきていたやりとりに、俺も巨人の手を見てみたが、特に動いてはいない。
 全体を見渡しても身動ぎひとつないことから、見間違いだろうと思った次の瞬間、巨人の腕がゆっくりと持ち上がり、それが上へと向けて一気に伸びていった。

 目測で見ていた長さを超え、まるでロープのように伸びていった腕は、途轍もない速度で上層階の天井に突き刺さった。
 その衝撃はかなりのもので、頑丈さそこらの城なんかより保証できる迷宮の壁が、一気に罅を走らせて崩落を始めたほどだ。

「退避ー!後退、後退!早く下がれ!」

 一瞬あっけにとられていた俺達だったが、ガットの退避を促す叫びが体の硬直を取り払い、俺達は一斉に跳ねるようにして穴から離れる。

 あの巨人は死んでいたんじゃなく、眠っていただけだった。
 何がきっかけだったか知らないが目を覚まし、その腕を使って俺達を攻撃して来たのだ!

「間にあっがぅ!」

「助けっぐぇ」

 ほとんどは無事に後退したが、何人かは間に合わず、崩落に巻き込まれていく。
 場所が悪かったとか初動が遅かったなど色々あるが、何よりも運がなかったとしか言いようがない。
 巨大な岩に圧し潰され、絶叫と共に血が辺りに広がる。

「アイーダ、ラス、ミッチラッチ!無事か!?」

 少し前まで自分のすぐそばにいた仲間の名前を呼んで無事を確認する。
 逃げる寸前に姿は確認したが、どう逃げたかまでは見ていない。
 その中にムーランがいないのは、後ろの方で縄梯子を作っていたために、比較的安全な距離にいたからだ。

「私とラスは大丈夫!」

「俺は無事だ!兄貴も!」

 どうやら全員無事なようで、すぐに俺の側に集まった。
 不測の事態には仲間が傍にいるだけで心強く、今起きたことを冷静に見れるように気持ちを落ち着けようとするが、事態は一息つくことすら許してくれないようだ。

 先程天井を砕いた巨人の腕が、今度はその矛先をこちらに向けようとしているのか肘を曲げて俺達の方へと伸ばしてきた。
 人間と比べればあまりにも大きいその腕は、俺達の頭上から振り下ろすだけで先程の崩落に劣らない数の死人を生み出せるだろう。

 目の前に迫る恐怖に足が動かず、死を覚悟するべきかと思ったその時、横合いから何かが飛び出し、聞いたこともない轟音と共に巨人の腕を弾いた。
 音の正体は大剣を振りぬいた姿で地面を滑っていくガットだ。

 あの一瞬、巨人の腕を俺達の頭上からどかそうと、大剣を振るったのだろうが、あれだけのデカさのものを弾くとは、先程の音といい、いったいどれほどの力が一撃に込められていたというのか。
 しかし、巨人の腕に絶望を覚えていた俺達は、今のガットの攻撃に希望を感じ、もしかしたらこのままあの腕を、そして大本である巨人を倒してしまえるのではないかと色めきだつ。

「~~~ッッ!全員、今すぐ逃げろ!」

 苦悶の声を上げたガットが、鬼気迫る表情でそんなことを言った。
 巨人の腕を退けた人間が出すにしては悲壮感が籠っているのが不思議だったが、その答えは手にしていた大剣を見てわかった。

 鉄すらも両断できそうな大剣は、先程の一撃によってか、柄の部分から少し先で折れてしまっていたのだ。
 しかも、それを保持する不自然な角度に曲がったガットの両腕は、まず間違いなく骨が折れている。

 先程の一撃は人間が出せる最大のものだと確信できるほどだったが、その代償に剣と腕を折ったとなれば、同じ攻撃はもうできないだろう。
 さらに、巨人の腕は弾かれたとは言えまだ無傷も同然で、また持ち上がった様子からガットの攻撃に痛みすら感じていないようではないか。

「こいつは俺達の手に負えねぇ!とにかく逃げろ!迷宮の外を目指せ!」

 決死の思いが籠った叫びとはこうも響くのかと言うほどに、周りにいた人間は一斉に外へ続く通路目指して走りだす。
 情けない姿をさらしている者もいるが、ガットの姿にはそれだけの衝撃を覚えたということだ。

 俺達も、その情けない連中の一人だった。
 欠片として残っていた良心で、ガットが仲間の手を借りてその場を離れたのだけは見届けたが、すぐに走り出した俺の背中には、途轍もない恐怖が肩を組もうと迫っているのを感じている。

 今振り返ってしまえば、あの巨大な腕が俺をわしづかみにして引き戻すのではないかと、そんな恐怖心が俺の足をさらに速める。
 ラッチの肩に担がれているムーランの顔がこちらを向いているが、その顔は見たこともないほどに青ざめており、恐らく俺もそう変わらない顔をしているのだろう。

 地上を目指して走る中、ふと俺は考えてしまう。
 もしかしたら、この迷宮はあの巨人を奥深くに押し込めておくためのものなのではないかと、そんなことが頭をよぎる。

 直観とも言い難い、ただの思い付きのようなものだが、ガットほどの猛者が一撃で戦闘能力を喪失させられた危険性と、今も襲ってくる得体のしれない恐怖から、外に出しておいていい存在ではないというのだけは分かる。

 古代魔導文明が迷宮に閉じ込めた、というより閉じ込めざるを得なかったとするなら、あの巨人は俺の貧弱な想像を超える何か大きな脅威となるのではなかろうか。

 迷宮には夢と危険が眠るとは言うが、今回ばかりは特大の危険を引き当てたと後悔するのみだ。
 通路の狭さを考えれば、あの巨人が追っては来れないと思いたいが、未だ消えることのない恐怖心と焦燥が、それを材料にして安心させるのを拒んでいる。

 今はとにかく、一刻も早く外へ出てこの事態をギルド…いや、国の方にも伝えなくてはならないだろう。
 直接対峙したからこそ言える。
 ことは国の規模で対峙するべき事態だと、今なら貴族相手にすら強弁できる。
 それほどの危機感を、今俺達は共有しているのだ。



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異世界転生した時に心を失くした私は貧民生まれです

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ファンタジー
前世日本人の私は剣と魔法の世界に転生した。 転生した時に感情を欠落したのか、生まれた時から心が全く動かない。 前世の記憶を頼りに善悪等を判断。 貧民街の狭くて汚くて臭い家……家とはいえないほったて小屋に、生まれた時から住んでいる。 2人の兄と、私と、弟と母。 母親はいつも心ここにあらず、父親は所在不明。 ある日母親が死んで父親のへそくりを発見したことで、兄弟4人引っ越しを決意する。 前世の記憶と知識、魔法を駆使して少しずつでも確実にお金を貯めていく。

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