世の中は意外と魔術で何とかなる

ものまねの実

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めでたしめでたし…ではない

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「……マグロの塊?」
ハッとして目が覚めると、視界に飛び込んできたのは満天の星空で、一瞬今いる場所を忘れて混乱しかけたが、すぐに記憶がよみがえってきた俺は立ち上がろうとして自分の頭が何やら柔らかい物に乗せられていることに気付く。
硬くも無くかといって柔らかすぎず、まるでマグロの塊に頭を乗せているような、まさに丁度いい弾力だ。

「あら、目が覚めましたのね」
頭頂の方向から発せられた声の元へと視線を向けると、そこにはこちらを見下ろすオーゼルの顔があった。
どうやら俺はオーゼルの膝枕の上で目覚めたようだ。
首を動かさずに目だけで周囲を見まわすと、先程吹っ飛ばされた先であった庭の端っこの位置から、新たに篝火が焚かれた一角にある庭のベンチに移動しているのだけは分かる。

「オーゼルさん?どうしてここに?」
上体を起こしながらオーゼルが庭にいる理由を尋ねてみる。
「それはこちらの台詞ですわ。私はエリーを探すうちにアンディが庭で近衛騎士に拘束されたと聞いて駆け付けましたの」
聞くとミエリスタがいつの間にか部屋から姿を消していたことに気付いた侍女が近衛騎士に捜索を依頼し、その際に騒ぎを聞きつけたオーゼル達も捜索に加わったのだが、そのすぐ後に庭でミエリスタを発見し、しかも正体の定かではない者を二名捕縛したと聞き、急ぎ駆け付けたところ、近衛騎士に囲まれて気絶している一人と庭の端で気絶している一人、正体不明の人物計二名の内一人が俺であったという。

すぐにジャンジールが俺の身元を近衛騎士に明かし、こうしてオーゼルが俺が目覚めるまで傍にいてくれたというわけだった。
ちなみにオーゼルの言ったエリーというのはミエリスタの愛称で、家族と親しい友人はミエリスタをそう呼ぶらしく、オーゼルは公爵令嬢としてミエリスタが幼いころから付き合いも長く、年上であることからもミエリスタからは姉のように慕われているらしい。

そんな説明を受けている内に俺が目覚めたことに気付いた近衛騎士の一人が近付いてきた。
篝火がその姿を完全に照らしたことで、その姿が先程俺にタックルをかました騎士だといことが分かる。
「目が覚めたか。陛下がお招きになった客人とは知らず、ご無礼いたした。何分状況が状況であったため、頭に血が上っていたようだ。…いや、これは言い訳だな。アンディ殿、先ほどの非礼、アルベルト・ジャール・ミルリッグの名の下に正式な謝罪をさせていただきたい」
片膝を地面に付けて俺の目線に近付け、胸の前で左腕を水平にして握った左拳を軽く鎖骨の辺りに添える構えは騎士の礼ではなく、貴族がする謝罪の姿勢だ。

正直、近衛騎士という肩書でも社会的な信用としては十分なのだが、自分の家名まで持ち出したということはそれだけ心からの謝罪をしたいという思いが込められている。
俺としてもこのアルベルトの取った手段は十分理解できるし、誤解を与える動きをした俺にも問題はあった。
もちろん猪突猛進に俺へ攻撃した彼も悪いが、それは既に反省して謝罪をしているので今度は俺が彼に真摯な対応をするべきだろう。

口を開きかけてすぐに呼びかける際はどう呼ぶべきか一瞬迷ったが、オーゼルが俺にだけ聞こえるようにミルリッグ家が侯爵の地位であること、アルベルトはそこの三男で現在は近衛騎士団長の任を拝命した際に与えられた騎士爵の身分にあること、この場合は家名に卿を付けて呼ぶのが妥当だということも教えてもらった。
「ミルリッグ卿。どうかそのようなことはおやめください。私はただの平民です。畏まった謝罪をしていただくような存在ではありません」
「それでも私が君にこうしないという理由にはならない。アンディ殿がいなければミエリスタ殿下の身は行方知ゆくかたしれずとなっていただろう。本来であれば恩義に感じるところを私は君にあんなことをしてしまった。騎士として、貴族としてもけじめをつけさせてほしい」

なんというか、アルベルトはとことんまじめな男のようだ。
放って置けばこのままずっと礼の姿勢を解くことをしないのではないかと思わせる。
俺のような一平民に騎士が膝を付いている絵というのは落ち着かないもので、早々に止めてもらおう。
「わかりました。そこまで仰るのなら謝罪を受け取ります。ですからどうかそのような格好はおやめください。他の騎士の方が見ていますよ」
「かたじけない。謝罪を受け入れてくれて私も安心した」
そう言って立ち上がると、篝火に照らされたアルベルトの顔は安堵の表情が浮かんでおり、微かな笑みを称えた相貌は厳めしい騎士鎧姿には似つかわしくない貴公子然としたものだった。

とはいえ、身に纏う雰囲気は騎士としての力量を疑わせるものではなく、腰に差す無骨な刺突剣はよく使い込まれており、実力の高さは重心の運び方からも相当なものだと思わせる。
そうして密かにアルベルトを観察していると、庭の向こうから軽やかな足音を立てながらこちらへと近付いてくる人影に気付く。
灯りが届く範囲に入ったことでその人影が先程誘拐されかけたミエリスタだと分かった。
彼女は俺が上体を起こして座っているのに気付くと上機嫌な様子ですぐ傍まで小走りで駆けよって来た。
上からマントのようなものを羽織っているのは、恐らく冷え込む夜に寝間着姿だったのを見かねた誰かが用意したのだろう。

「目覚めたみたいね。アルベルト、あなたちゃんと謝った?」
俺に微笑みながらそう言い、アルベルトにはやや咎めるような口調でミエリスタが言う。
まあ一応恩人である俺を吹っ飛ばした張本人に対してはそういう態度になるのは仕方ない。
「はっ。アンディ殿には正式に謝罪を受け取っていただきました」
「エリー、アルベルト様はちゃんとアンディに謝ってらしたわよ。ですからアルベルト様にきつく当たってはいけませんわよ」
相手が王族であるために直立不動でそう言うアルベルトにオーゼルも申し添えることで、これ以上のミエリスタからの追及を終わらせた。

「お姉様がそう仰るのなら…」
姉と慕う相手からの言葉があったおかげか、ミエリスタがアルベルトに向ける目も和らいだものになる。
というかオーゼルのことをお姉様よ呼んでるのか。
そんなはずはないと思うが、一瞬百合百合しいものを想像してしまった俺がいる。

それにしても立ち去るタイミングを逃してしまったな。
目覚めた時にそのまま立ち去ればよかったが、それも出来なかった。
こうなったら相手に付き合って頃合いを計るしかない。

「それでは殿下、アイリーン様。アンディ殿が目覚めたのであれば我々に協力していただくという話になっていましたので…」
「協力?」
割り込むようについそう口にしてしまったが、俺が気絶している間にどんな話が着いていたのかを知らない以上、説明を求めるのは当然の権利だろう。

そんな疑問にはオーゼルが答えてくれた。
「あの賊と交戦したのはアンディだけでしょう?ですからどういう経緯で交戦に至ったのかを聞きたいと仰っていましたの。近衛騎士団の職務に賊の侵入経路の洗い出しがありますから、それも兼ねての聴取がしたいそうです」
「もちろんアンディ殿は賊と無関係とわかっている。あくまでも交戦した立場からのお話をお聞きしたい。どうか協力してもらえまいか?」

俺は急遽助けに入っただけなので賊の侵入経路の解明には期待できないと思うのだが、アルベルト達も近衛騎士としての役目もあるので、些細な情報でも欲しいということだろう。
一応善良な一般人である俺としては捜査への協力をする気持ちはある。
むしろとっとと協力して取り調べでもなんでもして話を進めた方が早く解放されるかもしれないな。

そんな理由から要請を快諾し、俺は気絶している賊の元へとアルベルトと一緒に歩いて行く。
その際に何故かミエリスタが一緒に来ようとしたが、それはオーゼルが捕まえてくれた。
一応気絶しているとはいえミエリスタを誘拐しようとしたのだから、無暗に賊に近付ける真似はしないほうがいいという判断だ。

他の近衛騎士が囲む気絶している黒づくめの男は、顔の布が既に外されており、その正体が晒されていた。
近くに置かれた篝火に照らされて妙に肌の白さが際立つその男は、頬がこけているぐらいに細い面立ちをしており、何となくの印象だがこの国の人間ではないように思えた。
「驚いたことに彼は少し前から城に滞在している他国の大使の護衛についている者だとわかった。つまり、その大使がこの誘拐事件の黒幕である可能性が高い」
平坦な声でそういうアルベルトだが、自分が守るべき王族をさらった賊を目の前にして、より強く拳が握られたことからも何も思わないわけではないようだ。

そんなアルベルトの様子にあえて気付かないように振る舞い、聞かれたことに答えていく。
といっても俺も特段有益な情報を提供できたとは思えない。
この賊が庭をコソコソと移動しているのに気付いたのは偶然だし、さらに言えば俺でなければバルコニーから庭に飛び降りるという手段は取れないので、たとえ誰かが衛兵にこのことを告げたとしても庭に衛兵が辿り着く頃には賊も去っていたことだろう。
本当にミエリスタをは幸運だったとしか言えない。

「露台?…まさか、あそこからか?」
俺の話の途中でアルベルトがチラリと視線を上に向けると、それにつられて他の騎士達も視線を上に向ける。
「嘘だろ…。20メートルはあるぞ?」
「ロープも見当たらんな。本当に飛び降りたということか」
「じゃあさっき見た石畳が派手に割れてたのって…」
ザワザワと小声で話しながらバルコニーのすぐ下まで歩いて行く騎士達は、その途中にあるひび割れた石畳の存在に気付き、それによって俺の行動の裏付けがなされる。

今いる庭は王城に来た人であれば誰でも足を運べるようにと、比較的低層階に造られている。
ちょっとしたお茶会なども開ける庭だが、ある程度の身元が明らかな平民も招かれれば利用できるので、城の中でも王族の住むプライベートエリアからは離された造りだ。

王族や賓客が利用する庭はここよりも上層階で別の方角に面しているため、俺が泊っている部屋からはそちらの方が利用しやすい。
なので普通はこっちの庭はバルコニーから見下ろすことは出来るが、間違っても飛び降りようとするバカはいないわけだ。
改めて見上げてみると見下ろした時よりもさらに高さが増しているように見え、それだけの高さから単身飛び降りて無傷という俺の存在に、騎士達からは得体のしれない恐怖が混じったような目を向けられる。

「よく無事でいられたものだな。良くて骨折、最悪は死んでいたかもしれんぞ」
「俺は魔術が使えます。着地の際の衝撃だけはどうしようもありませんが、肉体を保護する技術はありますから」
「なるほど…。いや、だとしても…」
一応魔術のせいにすれば納得はするが、それでもまだ自分の内では整理しきれない感情があるのだろう。
腕を組んで唸る騎士達をそのままに、現場検証は進められていく。

その後も無手で相手を圧倒したことでさらに驚かれる場面もあったが、俺の事情聴取は滞りなく終了した。
案の定賊の侵入経路が分かることは無く、そのことで少し申し訳ない気持ちになったが、アルベルト達も特に俺からの情報に期待していたわけではないようで、落ち込んでいる様子は全くない。
こうなると残るは賊を目覚めさせて尋問だろうとなったその時、気絶していた賊の意識が覚醒したことを見張っていた騎士が知らせてきた。

すぐにその賊の元に集まる騎士達と俺。
別についてこいとは言われていないが、何となく一緒に動いた。
上体を起こされた姿勢で左右に立つ騎士にその両肩を押さえられ、閉じていた目が薄らと開き始めた。
ボウっとした目で周囲を見渡し、そして自分の体が動かないことに気付いた賊の目が悲壮感の籠ったものに変わった瞬間、口をもごもごとさせ始めた。
普通なら何か言おうとしているか、あるいは口を怪我しているのかと思う程度だろうが、俺はすぐにそれは違うと判断し、一気にその場から飛び出すようにして賊に近付き、真横から顎を蹴り抜く。
返って来た手応え、いや足応えから顎の骨を綺麗に外すことが出来たと分かる。

「アンディ殿!なにを!」
突然の俺の行動に慌てる騎士達だが、それに答えることなく近くにいた騎士の腰にあったナイフを抜き取り、そのナイフを鞘が着いたまま賊の口に突っ込む。
水平に入れたナイフを口の中で90度向きを変え、強引に口を開かせその中を覗き込む。
すると左の親知らずの辺りに白い歯とは違う黒ずんだ丸い玉が張り付いていた。
明らかに健康な人体で存在する物質とは思えず、まず間違いなく毒物の類だと推測する。

「誰か明かりを。口内に自決用の毒があります。すぐに除去しましょう」
「自決用だと!?そこまでするのか…。おい、魔道具のランプを調達してこい」
振り向くことも無くそう言う俺の言葉を受け、騎士の一人が別の騎士にランプを取りに走らせる。
顎を外されて言葉を話せず、賊はただ俺を睨むしかできない。
すぐにランプの明かりが賊の口内を照らし、毒物の除去を行う。

ピンセットのような気の利いたものはないため、直接口の中に指を突っ込んでそれを取り出した。
どうやらこれは毒が封入されているカプセルの様で、自決の際には舌で奥歯にまで導いた後に噛み砕くことで毒が口内に染み出してくるらしい。
咄嗟のこととはいえ、顎を蹴り抜いた際にこのカプセルが割れなかったことに内心で安堵したのは俺だけの秘密だ。

とりあえずこれで自決の恐れは無くなったので、賊の外されていた顎はしっかりとはめておく。
コツは顎を支えて下からやや斜めに顔の中心向けで押し込むこと。
ガチという音と共に外されていた顎が淹れられると、その痛みで賊が大きく息を吐き出した。
「悪いね。火急のことだったから荒っぽくなった。でもまあ死ななかったんだからよかったよな」
ニッコリとほほ笑みながらそう言うと、視線で射殺さんばかりの睨み方をされてしまった。
心外な。俺は命の恩人だよ?

まあ恐らく捕まったら自決しろとでも黒幕あたりに言われていたのだろう。
それを周りにいた騎士ではなく、イレギュラー的にこの場にいた俺があっさりと阻止したものだから恨みに思うのもわからんでもない。
死んで口を噤むことが出来なかった以上、苛烈な尋問が待っている。
王族を狙ったのだから自白に使われる手段に配慮や自重といったものは存在しない。
死んだほうがましだという目にあうことも十分考えられる。
背後にいると思われる黒幕が判明するまで死ぬことすら許されない責め苦に晒されることだろう。

恨み言の一つでもあろうかと思ったのだが、今は顎が痛くて話すことが出来ないようで、そのまま騎士に引っ立てられるようにして庭から去っていった。
残されたのは数人の騎士とアルベルト、俺と少し離れた所にいるオーゼルとミエリスタお付きの侍女数人だけ。

「よし、ここはもういい。お前達は殿下方がお部屋へ戻るのを護衛するのだ」
『はっ!』
アルベルトの指示を受けた騎士達はミエリスタ達の元へと走っていった。
こちらにまで声は届かないが、何やらミエリスタが駄々をこねるように首を振って、それを宥める侍女と困っている騎士という光景を見つめることしばらく。
オーゼルが何やらミエリスタに耳打ちをしてようやくといった感じで他の面々を引き連れた騎士たちの先導によって庭を後にしていった。
チラチラとこちらを振り返るミエリスタと何度か目が合ったが、その視線から何かを推し量ることが出来ない俺は軽く頭を下げて見送るのみだ。

「アンディ殿。今夜は本当に助かった。王女殿下をお助けしていただいたばかりか、賊の自決を未然に防いでもらって…。全く、己の未熟さを思い知らされる」
軽くため息交じりにそう言うアルベルトは、未然に自決を見抜けなかったことを気にしているようだが、これは仕方のないことだ。
「殿下の御身が無事に戻られたことは素直に喜ばしいことでしょう。賊の自決に関しては仕方のないことかと。ミルリッグ卿のような正統な騎士の方々ではあれを見抜くには時間と場所が悪すぎました」
夜の庭という明かりに乏しい場所で口の中の動きに気付くことは難しいし、よしんば気付けたとしてすぐに自決しようとしていると見抜くことはできないだろう。

俺が気付けたのは既に一度交戦していたことで賊が暗殺者っぽいという先入観があったおかげで、追い詰められた暗殺者の行動というものを創作の中で知っていたことが大きい。
勿論アルベルトも自決という手段を全く知らないというわけではない。
しかし根っからの騎士であるアルベルト達からしたら、賊の正体が判明した時点で、他国の大使の護衛という、まさにエリート武官の立場にある人間が服毒という手段を取るはずがないという先入観から、自決と言えば自分の剣か仲間の剣で首を刎ねるという思い込みがあったようだ。
こればかりは騎士とそれ以外の人間の考え方の差からくるものなので、一概にアルベルトの浅慮だとは言えない。
むしろ賊に武官の立場を与えて城に伴った向こうの手筈が巧妙すぎた。

とりあえず夜も遅いことだし、誘拐騒ぎも無事に終息したということで、俺も部屋に戻ることにした。
「アンディ殿、よければ部屋まで送ろう。この騒ぎで城の中も殺気立っている。私が一緒なら要らぬ呼び止めもないだろう」
「ありがとうございます」
アルベルトの申し出に素直に乗っかり、前を歩く彼に続いて俺も庭を後にした。

部屋に戻る途中で何度も走り回る兵士がすれ違うのを見て、やはり王族が姿を消したというのは大騒ぎになるものだと改めて思い知った。
当然のことながらアルベルトが先導する俺を呼び止める者はおらず、賓客用の客室へ通じる通路を守る衛兵にも誰何で足止めされることなく部屋へと戻ることが出来た。

扉の前で再度アルベルトから礼を言われ、去っていく姿を見送ってから俺は部屋へと入った。
ベッドに腰かけると知らず溜息が漏れた。
国王との謁見だけでも疲れるのに、その日のうちに王女を誘拐犯から救うというイベントにまで遭遇してしまい、一息ついた途端に精神的な疲労がドッと来た。
庭で気絶していた時間がどれくらいかわからないが、恐らく夜明けはそう遠くないだろう。
願わくば次の目覚めが爽やかなものになることを祈りつつ、ベッドにもぐりこんで強引に眠くもない目を瞑った。








SIDE:グバトリア3世


「では調査団の編成はジャンに任せる。調査団を率いるのに相応しい奴は誰かいるか?」
「それでしたらサルモワ子爵家のセドリック殿がよろしいかと。彼の御仁は遺跡の発掘調査に慣れていますので」
サルモワ子爵か。
あそこの家は遺跡の支援者としては中堅だが、血縁者で遺跡研究に従事している人間が多いからな。
遺跡の再調査を任せるのに不足はないだろう。

「よし、ならそのように手配してくれ。ハリム、タブレットの使い方を学ぶにはやはりアンディの助けが必要だな」
「はい。あの者の他にタブレットの使い方を十分に説明できる人間はおりますまい。丁度アンディ殿は冒険者でありますから、ギルドを通した依頼の形で協力をお願いしましょう」
「うむ。そうしてやれ」
一通り話が煮詰まった所で大きく息を吐き出す。

執務室でジャンとハリムを入れた3人での話し合いも深夜までかかり、途中で食事の休憩を取った時以外はテーブルの前から離れることはなかったことあって、流石にこの場の誰もが疲労の色が濃い。
アイリーンのもたらしたタブレットのおかげで急遽持ち上がった遺跡の再調査だが、このことを諸侯に向けた発表をする前にある程度形にしたいというハリムの申し出に乗ったのがまずかった。

なにせ国内にある遺跡はかなりの数に上る。
その中から数の限られたタブレットを用いて再調査する遺跡を拾い上げるのにまず時間がかかり、そこから調査団の組織にかかる時間と費用の算出にさらに時間がかかりと、ようやくある程度形になったのがついさっきというわけだ。
こんなことなら他の貴族連中も巻き込んだ話し合いにするべきだったと今さらながらに後悔していたが、それも人心地ついたことで済んだこととして心の整理は出来ていた。

三者三様に疲労の解消に動いていると、扉が激しく叩かれた。
話の邪魔をしないようによほどのことがない限りは入室を遠慮させるのを通達していたが、たった今話し合いが終わったことはまだ知られていないため、つまりそのよほどのことが起きたということになる。
こちらに視線を向けてきたハリムに頷いてやると、入室の許可を扉の向こうへと伝えた。

入って来たのは近衛騎士の鎧を身に纏った者で、慌てた様子で騎士の礼を取ってから口を開いた。
「申し上げます!ミエリスタ王女殿下が行方知れずにございます!」
一瞬この者が何を言っているのか理解するのに間が空いたが、頭にその事実が沁み込んでくると弾けるように言葉が口を突いて出た。
「行方知れずとはどういうことだ!誰ぞかどわかした者がいたか!」
「陛下!お静まり下さい!この者を怯えさせては聞けるものも聞き出せませぬ!」

立ち上がりかけた腰にハリムが抱き着くような形で制され、一度大きく息を吐き出してからゆっくりと座り直す。
冷静さを欠いた俺に代わってジャンが騎士に話かけた。
「それで、殿下が行方知れずとはどういうことか。分かっていることで構わない。順を追って話すのだ」
「はっ!殿下の姿が無いことに気付いたのはお付きの侍女でした。まず―」

それから聞き出した話では確かにミエリスタが自分の意思で部屋を抜け出した可能性は低いことが分かり、城の兵士総出でミエリスタを探していることまで報告を聞いた。
それ以上知っていることは無いので、この騎士も捜索に向かわせた。
今は一刻も早くミエリスタを見つけるためには人手もあるだけあった方がいい。

焦燥感が募る中ではジャンやハリムのかけてくる言葉も頭にまで入って来ず、ただただ部屋の中をウロウロするだけの時間が過ぎていく。
いっそ自分も捜索に加わろうかと思ったが、この二人に止められた。
仮に賊がミエリスタをさらったのならば、絶対の安全が確認されていない城内を歩かせるわけにはいかないという。
確かにその通りだと頭では分かっているが、心ではその賊に遭遇したら締め上げてミエリスタの居所を吐かせたいという思いもある。
こういう時に王とは窮屈なものだと一層感じた。

そうしているうちに再び扉が強く叩かれ、今度は入室の許可を待つことなく開かれ、待望の知らせが飛び込んできた。
「ご報告申し上げます!ミエリスタ王女殿下を一般用の庭にて無事保護致しました!」
「真か!よし、よくやった!詳しい話を聞かせよ。誰ぞ分かる者をここに」
「はっ!ただちに!」
ガシャガシャと来た時同様に慌ただしく鎧の音を打ち鳴らしながら退室していく騎士を見送り、力が抜けていくままにその場へ膝を付いた。

「陛下!」
「大事ない。安心して力が抜けただけだ」
そう言いながらジャンとハリムに両脇を支えられて椅子へと座った。
「陛下、まずは何かお飲みになられませ」
ハリムがテーブルに置かれていた茶器で手際よく茶を淹れ、目の前に置いたそれを一息に飲み干す。
冷茶が喉を通って腹に辿り着くのを感じる。
先程までの焦燥から安堵へと急に変化したおかげで、頭が少しボーっとしていたが、一杯のお茶でスッキリとした思考を取り戻していた。

暫くして部屋に入って来た近衛騎士から事の顛末を聞き、今度は怒りで頭が沸きあがりそうになる。
よもや城に滞在している他国の大使が賊を引き連れていたとは。
「親善を謳ってその国の王族をさらうとは不遜な輩が!」
俺以外の面々も怒りを覚えているようで、普段から微笑を湛えた顔をしているジャンも、この時ばかりは眼を鋭くさせて口を引き締めるという、久しく見なかった怒りの感情を表していた。
捕まえた賊の尋問に立ち会うことを決め、報告に来ていた騎士を戻すついでにハリムに護衛を手配させる。

「それにしても、アンディには大きな借りが出来ましたね」
室内に俺とジャンの二人だけが残ると、ボソリとつぶやいたジャンの言葉に俺も大きく頷く。
「うむ。そうだな。タブレットの件に加えてこのことも合わせた褒美を考えねばならんな」
王としてだけではなく、子を持つ一人の親としても感謝の意がある。
礼の言葉と幾何かの金を渡して終わりとすることなどありえない。

「爵位の一つでもくれてやりたいものだが」
「それは難しいでしょう。アイリーンとは違い、アンディは平民です。他の貴族が黙ってはいないでしょう」
ジャンの言う通り、古くからの家柄の貴族というのは新興の貴族の台頭をとにかく嫌う。
王国の礎となって来た祖先の血を引く自分達こそが真の貴族だと言ってはばからない者が実に多い。
その認識は取り立てて間違っているとは言えないが、だからと言って新しい貴族が生まれるのを頑として受け入れないのは将来的に先細りしていく貴族社会の姿を想像できないと言っているのと変わりないのではないか。

「なら爵位以外で王族を救った褒美を考えなければならないが、そんなものあるか?」
「…全く前例がない、と言える自信はありませんが、私達では知りようもありません。ここはハリム殿にお願いしてはいかがでしょう?」
なるほど、王室の仕来りから典範に至るまで理解の深いハリムならこの問題に最適な答えを出してくれるかもしれん。
すぐに戻って来たらこのことを頼むとしよう。
忙しくなるだろうが、今はあいつが頼りだ。
幾らか無理をしてもらって後日労うとしよう。



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ヒミヤデリュージョン
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帝国の辺境で、ただ静かに生き延びたいと願う少年、ヴァン。 彼に正義感はない。あるのは、前世の記憶と、母が遺した『物理法則を応用した高圧魔力』という危険な理論だけだ。 敵の大軍が迫る中、ヴァンは剣も振るわず、補給線と心理を切り裂く。 結果、敵軍は撤退。代償も、喝采も、彼には無意味だった。 だが、その「効率的すぎる勝利」は帝国の目に留まり、彼は最高峰の『帝国軍事学院』へと引きずり出される。 「英雄になりたいわけじゃない。生き残りたいだけだ」 謎の仮面メイド『シンカク』、命を取引に差し出した狼耳の少女『アイリ』。 少年は選択する。正義ではなく、最も費用対効果の高い道を。 これは、合理が英雄譚を侵食していく、学園ミリタリーファンタジー。 【※作者は日本語を勉強中の外国人です。翻訳ソフトと辞書を駆使して執筆しています。至らない点もあるかと思いますが、物語を楽しんでいただければ幸いです。】

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