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異世界捜査

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『すべての道はローマに通ず』

 どのような道をたどっても、その先ではローマにたどり着くというのになぞらえ、様々な手段と経路を採ったとしても、同じ目的を目指せば道を違えても必ず同じゴールにたどり着けるという意味だ。

 かつて広大な版図を誇ったローマ帝国を、この世の中心であるかのように表したことわざではあるが、まだ人類が地面にへばりついている時代にも、目的地とは反対方向へと進むと地球をぐるっと一周して目的地へと到着するのを表現したものにも聞こえる。
 中々ウィットに富んでいるとは思えないだろうか。

 俺達が目指すサッチ村へと続くこの街道も、その先に世界の中心となるどこかへ通じていると想像すると、なんだか壮大なものの端に立っている気がして震えそうだ。




 街道というのはなるべく平坦な地面を選んで作られるもので、直線上に山や丘、窪地などがあったらそこを迂回する形で延伸される。
 そのため、かならずしも直線で作られることはない。
 多くの町村同士が直線距離のわりに移動時間がかかるのはこのせいだ。

 しかし、俺とパーラは噴射装置を使えるので、丘や川を飛びこした直線距離での大幅なショートカットが可能となり、馬車で二日はかかる道のりも半日で踏破できる。
 フットワークの軽さなら飛空艇よりも噴射装置の方が優れていると言っていい。

「細工が施された馬車に、貴族の子息が乗ってた…それってさ、やっぱり暗殺なんじゃないの?」

 マークレー達と共に事故現場の近くで一夜を明かし、明け方に俺とパーラはサッチ村を目指して移動を開始した。
 噴射装置でサッチ村のある方角へ飛びつつ、途中で圧縮空気を充填しながらの移動となり、今はその充填作業も兼ねて小高い丘の上で一休み中だ。

 そんな中、パーラが昨日俺達から聞いた話についての所感を改めて口にする。

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。暗殺をするならあの馬車の細工は不確定要素が大きいし、なにより雑だ。俺が貴族を狙うなら、もっと手の込んだ分かりにくい手を使う」

 馬車の車軸にあった傷は、馬車がどんなに壊れても判別不可能になるようなものではなく、少し調べれば誰でもそういう痕があったと分かってしまう。
 暗殺が目的だとしたら、あまりにもお粗末だ。

「じゃあ…馭者を狙った!」

「なんのために?」

「誰かに恨まれてたとか」

「なるほど、馬車に細工をしたのも、仕事中に事故でも起こさせようって狙いか。あり得るな」

「でしょー?」

「ただ、それも推測だ。実際に誰を狙ったのか、馬車に細工をした人間に聞くしかないな」

 パーラの推理は順当なものだが、証拠もなく動機もどこか曖昧で今一つ説得力に欠ける。
 こっちの世界では科学捜査が期待できない以上、犯人を捜すのが一番手っ取り早く確実だ。

「サッチ村にいる誰かが犯人ってこと?やっぱり村の住人とかかな」

「それも調べてみないとなんともな。あの車軸だと、そう遠くまではいけない。あそこまでディケットに近付けたのも奇跡だ。となると、最後に立ち寄った村で細工が施されたってわけで、少なくともそれをやった人間はいそうだ」

 馭者か乗客か、または両方か。
 果たしてどちらを狙ったかは分からないが、意図して事故を起こした以上、これは殺人事件だ。
 マークレーからは彼の名前を出していいというお許しも得ているので、犯人捜しには障害はないはずだ。

 それと、クレインからはハインツの捜索も頼まれている。
 馬車に乗っていたと仮定すれば、最後に降りたのもサッチ村だろうと推測できるが、今もそこににいるかは分からないため、手掛かりでもあれば御の字といったところだ。

 犯人探しとハインツの捜索という、前者は冒険者らしからぬ任務ではあるが、知り合いの身内が関わっている可能性が高い以上、手を抜くわけにはいかない。




 俺達がサッチ村に着いたのは、昼を大分過ぎた頃となった。
 街道の途中でわき道を少し入ったところにあるサッチ村だが、旅人が宿を求めるであろう村にしてはあまり大きくはない。

 空から見た限りでは家屋の数も百は超えないはずで、主要な産業は見ただけではわからないが、恐らくは農業がそうだろうと思えるごくごく普通の村だ。
 これであともう少しディケットから離れていれば、流通の中継地点としてそこそこ発展していたかもしれないが、これも街道の途中にある村の姿としては珍しくはないものだったりする。

 上空から村の入り口付近へ舞い降りると、門の近くで番をしていたと思われる男性に驚かれたが、後からくる巡察隊から先行して来たと告げると、とりあえず不審者を見る目からは解放された。

 この規模の村にしてはしっかり門番を置いているのには感心したが、よくみればこの門番の男性、手にしているのは武器ではなく農具であるため、ポーズに近いものかもしれない。
 身元の確認ぐらいはするが、本気で攻めてこられたら太刀打ちできないといったところか。

 ギルドカードを見せて俺とパーラが村に入る許可をもらうと、まずはこの門番から聞き取りを行うことにする。
 門番なら必ず出入りする人を見ていたはずだ。
 もっとも、この男性がずっと門番として立っていたらの話だが。

「馬車…おぉ、そういえばいたな。二・三日前だったか?村から出たのは俺も見たが、それがどうした?」

「ここから二日ほど行った辺りで事故を起こしたんですよ。それで、巡察隊が現場を調べて、最後に発ったこの村で俺達が聞き込みをすることになりました」

 馬車の特徴や人記証から分かっている馭者の名前を告げると、門番に心当たりがあった。
 しかし、何故それを聞くのか訝しむ様子を見せたため、ディケットに近いところで事故を起こして乗客と馭者が無くなったことを教えてやる。
 犯人に話が伝わることを危惧し、細工が施されたことはまだ告げず、あくまでも事故だということを印象付けておく。

「聞き込みったって、馭者も乗客もこの村の人間じゃないぞ。宿を借りに立ち寄ったってだけだ」

「そうですか。ちなみに、ここで馬車を降りた人はいませんでしたか?」

 事故に関することと並行して、俺達はハインツのことも調べる任務を帯びている。
 村人以外の何者かがサッチ村で下車したのなら、村を去るまでの行動を全く知らないということもないだろう。
 村というのはそういうものだ。

「あぁ、ハインツさんだろ?あの人なら村で療養中だ」

「…療養?なにかあったんですか?」

 あっさりとハインツの所在が分かって肩透かしを食らった気分だったが、同時に療養という言葉に緊張感を覚える。
 馬車を降りる必要があるほどの怪我でも負ったのか、今はどうなのかと気になることは色々とある。

「いやぁ、大したことじゃあねぇよ。どうもここに来る途中で食ったキノコが悪かったらしくてな。上と下の穴から色んなものを吐き出しながら担ぎ込まれてきた。食ったのも毒キノコってわけでもなかったし、暫くはうちの村で休ませてやってんだ」

 なるほど、腹を下したせいでハインツはサッチ村にとどまることになったわけだが、もしもあの馬車に同乗していたら、今頃はもう一つの死体としてあそこに加わっていたと思えば、キノコに当たって逆に運が良かったと言える。

 そして同時に、馬車になぜハインツのギルドカードだけがあったのかも少しだけわかった。
 恐らく移動中にハインツが体調を崩し、嘔吐と下痢で服も汚れたはずだ。
 となると、馬車内で応急処置をするだろうから、身に着けていたものもある程度は馬車内で脱がせ、ギルドカードが服などから零れ落ち、どこかの隙間にでも滑り込んだのかもしれない。

 そして、事故があって馬車が壊れ、ギルドカードが飛び出してきたと想像する。
 あくまでも俺の想像なので実際はどうなのかは分からないが、一つの可能性として考えられないこともない。

「その馬車に乗ってたハインツさん以外の乗客が何者かは知ってますか?」

「ああ、指輪を見せられて…確かシュトー男爵だっけか?そこの血縁だってな」

 貴族であるということは知っていても、それ以外は聞くことはしなかったようで、唯一名前だけは知っているが、馬車でどこへ何をしに行くのかは分からないそうだ。
 相手が貴族の血縁ともなれば、色々と聞くのも失礼になるので、こんなもんだろう。

 これ以上の情報をこの男性には期待できないと思い、ハインツのいる場所を聞いて村へと入っていく。
 サッチ村は宿屋がなく、やってきた旅人には物置や空き家なんかを貸すのだが、ハインツも空き家の一つで休んでいるという。

 他の民家に比べてくたびれた感はあるが、雨風をしのぐには全く問題のない建物の前にくると、丁度中年の女性が扉を開けて出てきたところだった。
 俺とパーラを見て、一瞬首を傾げてから声をかけてくる。

「…おや?村の人じゃないね。ここにきたってことは、ハインツさんの客かい?まさか、お子さん?」

「いえ、そういうのじゃないですよ。俺達はハインツさんを探してまして、その言いようだと中にいるんですよね?」

「そうよ。今あの人ちょっと悪いものを食べちゃってね」

「聞いてます。なんだか悪いキノコを食べてしまったとか」

「ええ、一時は凄かったのよ~。もう吐いて吐いて」

 この女性は恐らく、ハインツが担ぎ込まれてから世話をしていたのだろう。
 そう言って眉をひそめる様子には、ハインツへの同情が見て取れる。

「そう言うってことは、今はもう大丈夫なんですよね?」

「大分よくはなってるわね。お見舞いなら中にどうぞ。あ、一応外からハインツさんに声はかけてあげて。じゃあ私はこれで」

 用事でもあるのか、さっさといなくなった女性を見送り、俺は目の前にある扉を強めにノックする。

『…誰だ?』

 中から返ってきた声は、激しい嘔吐を繰り返したせいか大分しゃがれている。
 こうして聞く声だけでは男性ということ以外、あまり大したことは分かりそうにない。

「療養中のところ失礼します。クレインさんの使いで来ました」

『兄者の?…入ってくれ』

 クレインの名前を出したことで、ハインツの声が少しだけ力を増したように感じた。
 弱っているところに肉親の名前を聞いて、安心を覚えたのかもしれない。

 室内に入ってみると、まず感じたのは酸っぱい臭いだ。
 さっきの女性の話だと嘔吐が凄かったらしいし、この臭いもそういうことなのだろう。

 奥の方では、藁にシーツを掛けただけの簡素なベッドに寝そべっている男性の姿がある。
 あれがハインツで間違いない。

 体調の影響か目の下には隈があり、病人らしさはかなり強いが、顔立ちは流石兄弟だけあってクレインによく似ている。

「どうも、初めまして。俺はアンディと言います。こっちのは」

「パーラです。よろしく」

「そうか。知ってるようだが、俺はハインツだ。今は少し体の調子が悪くてな。この状態で話させてもらう」

 俺達が名乗るとハインツも身を起こして応じてきた。
 聞いていた話と顔つきからまだ弱っているとは思ったが、こちらを見る目には十分に力が籠っており、快方に向かっていると感じられる。

「兄者の使いで来たといったな。もしや、俺がこうなっていることがディケットに伝わったか?」

「いえ、ハインツさんの現状は村の人から聞きました。俺達はハインツさんを探すのと、馬車の事故の原因を探る目的で来ています」

「馬車の事故?なんだそれは」

「ええ、実は…」

 弱っているハインツに伝えるかは一瞬迷ったが、いずれは知るのだ。
 遅いか早いかの問題なら、このタイミングで切り出しても構わないだろうと判断した。




「そんなことが…」

 馬車が事故を起こして、乗っていた全員が死んだというのを聞くと、元々悪かったハインツの顔色がもっと悪くなってしまった。
 やはり自分が乗ってきた馬車だけに、そういうことになったのにはショックを覚えているようだ。

「ハインツさんはあの馬車でここまで来たんですよね?」

「ああ、二度ほど乗り換えたが、サッチ村に来たのはその馬車でだな」

「乗客の方とは何か話をしたりなどは?」

「うむ、まぁ馬車の旅だ。客は俺ともう一人だけだったが、乗り合わせた以上、暇をつぶすのにも話ぐらいはする」

 早ければ半日ほどで乗り降りはするが、村々を渡り歩くようなルートをとる馬車だと、野営を挟んで数日は乗客同士が一緒にいることもある。
 移動中は他にやることのない乗客同士、自然とコミュニケーションもとるようになり、一期一会の縁ぐらいには仲を深めるものだ。

「そのもう一人の方が貴族だというのはご存じでしたか?」

「勿論だ。本人からもそう聞いたし、身分証がわりに指輪を見せていたからな。そんなのは貴族ぐらいしかせんだろう」

 基本的に馬車は村や町の中にある決められた場所で客を乗り降りさせるため、その際に門番や役人が身分を確認しているところを乗客は見てしまうこともある。
 その時に、ギルドカードではなく指輪を使ったことで相手の身分が分かったのだろう。

「パーシーが亡くなったとなれば、シャトー男爵も騒ぐだろうな」

「パーシー?それがその同乗者の名前ですか」

「そうだが…あぁ、そうか。ギルドカードの類を持っていないから名前が分からなかったんだな?」

 一瞬訝しそうにするハインツだったが、俺達がここに来てから、そのパーシーなる人物の名前を一言も口にしていなかったことから、名前の分かるものを遺体が持っていないことに気が付いたようだ。

「そういうことです。たった今、ようやく名前が分かりました」

 ここまで謎の一つであった、あの貴族の遺体の名前が分かったことはとりあえずの一歩前進ともいえる。

「そのパーシーさんですが、何者かに命を狙われてるとか、恨まれていたとかそんなことは言っていませんでしたか?」

 とりあえず聞いてはみたが、流石にそういうことは行きずりの人間には話さないだろうから、念のためだ。

「いや?そういうことはなにも……待て、馬車の事故じゃないのか?まさか、パーシーは殺されたのか!?」

 俺の言葉で急に興奮しだしたハインツの様子に、馬車の事故に人の手による細工があったことを俺は言っていなかったことを自覚した。

 その辺りのことを教えてやると、ショックからかハインツがベッドに倒れ込みそうになる。
 瞬時にパーラが背中を支えたが、ハインツの顔色はさらに悪いものに変わっていて、よほどの衝撃を覚えたようだ。

 短いとはいえ一緒に旅をした仲間、それも貴族の一員が暗殺まがいの死を遂げたこと。
 しかも、ハインツが体調を崩して村にとどまっていなければ、自分も死んでいたという可能性などにも思い至り、さぞ色々な感情がごちゃ混ぜになっていることだろう。

「では、その馬車に仕掛けを施した犯人を捜してもいるわけか?この村で?」

 少し落ち着いたハインツだが、村の人間に貴族暗殺の嫌疑がかけられていることへ不快そうな顔をする。
 急に来た俺達が頭から村人を疑っているというのは、世話になっているハインツからしたらいい気分はしないだろうが、状況証拠を考えるとこの村が怪しいのは事実で、そのために俺達は来たのだ。

「お気持ちは分かります。俺だってこんな平和そうな村で暗殺を企んだ人間がいるとは思いたくありません。しかし、馬車の細工は最後に立ち寄った村で施されたというのが、現場を検めた騎士の見立てです。俺達はその方の指示で、こうして来たわけでして」

 サッチ村はどこにでもある村といった感じで、今のところ、とても貴族の暗殺を企むような人間が育つ場所とは思えない。
 外から工作員が潜り込んだというのであれば話は違うが、村社会の閉鎖性を考えればむしろそっちの方が犯人は見つけやすい。

「なるほどな。巡察隊の後押しがあれば、村での調査もしやすかろう。で、俺は何をすればいい?こうしている身だ。正直、あまり手伝えることは無いと思うが」

「いえ、ハインツさんは回復に専念してください。調査の方は俺達でやります。しばらくしたらクレインさんもこっちに来ますから、そうしたら兄弟水入らずで話でも。ハインツさんが死んだって聞いてからのクレインさんは動揺が凄かったもんですから」

「む、そうなのか。まぁそういうことなら……あぁ、村長には話を通しているんだろうな?こういうのは、村の偉い人間に伝達を忘れると大変なことになるぞ」

 おっと、そういうことがすっかりと頭から抜けていたな。
 確かに、外から来た人間が村の中を勝手に嗅ぎまわるのは、村人達によくない感情を抱かせる材料にしかならないので、最低限村長には伝えることを伝えておかなくてはならない。

 流石、時期族長の弟だけあって、ハインツはそういうのに気配りができる人間だったようだ。




 早速村長宅に向かい、馬車の事故で調査する旨を伝えると、やはり村人を疑われていると感づいたのか難色を示した。
 だが、死んだのが貴族であることと巡察隊の隊長から捜査の許可を貰っていることで何とか押し切り、最終的な報告を村長にも上げることを約束して一応の許可を貰えた。

 これで大手を振って捜査ができると、まずは村の中で馬車の乗り降りをするスペースへと一人で向かう。
 村に滞在する間、馬車は必ずここに置かれるそうなので、細工をするとしたらここだろうと目星をつけてのことだ。

 事故を起こした馬車は車軸を削られていたそうだし、この辺りに削った際に出た金属片でも落ちていないか探してみる。
 しかし、そう言ったものは見当たらず、土の地面がただあるだけだ。
 見立てを間違ったかと思いかけた時、俺と別れて村人へ聞き取りに行っていたパーラが合流した。

「どう?なんか見つかった?」

「いや、金属の削りカスでもあるかとおもったが、当てが外れた」

「そっか。こっちは色々聞いてきたよ。ここの近くに粉ひきの水車があるんだけど、そこの人が二・三日前にここで留まってた馬車を見たって」

 パーラの視線が向く方へ俺も目を向けると、すぐそこに小さな水車小屋があり、そこで作業をしている数人の村人の姿があった。
 このぐらいの距離だと、馬車に何かしようとする人がいれば、目には付きやすいはずだ。

「車体の下にもぐって何かしてる人はいたか聞いたんだろうな?」

「当然。けど、そんなのは見なかったって。まぁ、ずっと見てたわけじゃないそうだから、見逃したってのはあるかもね」

 村人もそれぞれに生活があるし、特に怪しくもない幌馬車をずっと監視するわけもない。
 そんな中での目撃証言などこんなものだ。

「馬車以外で外から村に来た人間はいたか?」

「いないね。ここしばらくは旅人も寄ってなくて、あの馬車が久しぶりだったみたい」

「確かか?」

「聞いた五人が五人ともそう言ってたからね。間違いないよ」

 これで暗殺目的で外部からの人間が村にいたという線は薄れたか。
 まぁこっそり村に忍び込んでという線もなくはないが、だったら馬車じゃなくて直接パーシーの寝首を掻くだろう。
 この村で借りれる空き家は、どれもセキュリティなんてないようなものだしな。

 もし仮に、どうしても事故死に見せかけたいのなら、殺した後に遺体と馬車を別のところにもっていき、事故を起こしたように偽装すればいい。
 そっちの方が確実だし、手間も少ない。

「そうなると、犯人は村人ってことになるか。……ん?」

 何気なく周囲を見渡した時、水車小屋の近くに立てかけてあった金属製の器具がふと目に着く。
 何に使うのか、つるはしとハンマーが合体したような見慣れない道具だ。
 長さも二メートル弱とかなりのものになる。

「なぁパーラ、あれって何だと思う?」

「あの壁に立てかけられてるやつ?さあ、なんだろ。あそこにあるってことは、水車小屋で使うんだろうね。ちょっと聞いてこよっか?」

「いや、俺も一緒に行くよ」

 丁度水車小屋には人もいるし、どうせならと俺もパーラと共に話を聞きに行った。
 村長からの許可は出ているとはいえ、村を嗅ぎまわる俺達を村人達は怪しんでいるだろうから、ここらで俺も言葉を交わして印象を良くしておきたい。

 水車小屋の前には屈強な男達が立っており、季節を考えると製粉はしていないと思われるので、水車小屋の整備とかで集まったと推測する。
 その中でリーダーと思われる一番年かさの男に、あの謎の道具について尋ねてみた。

「ありゃあ水車の歯車を直す道具だ。俺達は大殴りって呼んでる」

「直す?見たところ、かなり重いもののようですが、どういう風に使うもので?」

「あぁ、ここの水車は随分古いものでな、使ってると中の歯車が少しずつズレて外れそうになるんだ。それを、あれでぶっ叩いて戻すのさ」

 中々大雑把な直し方だが、そういうので直せるということは単純な仕組みなのだろう。

「あの形状にも何か意味が?」

「いや?大事なのは頑丈で重いってところだし、元々なんかの道具だったのをいじって作ったからあんな形になっただけだ。あっちの嘴みてぇなとこに使い道はねぇよ」

 手作りの道具にはよくある、機能を満たしていれば形はこだわらないという表れだな。

「なるほど……ここの傷はどういう経緯で?」

 断りを入れて大殴りに近付いてよく観察してみると、嘴状になっている尖った部分の表面が深く広範囲に削れているのが見えた。
 まるで何か硬いものと激しくぶつかったような傷に、俺はある可能性を覚える。

「どれだ?……なんだこりゃ、こんなの今気付いたぞ。おい、誰かこの傷を知ってるか?」

「さあ、俺も初めて見た。物置から引っ張り出してきた時か?」

「いや、ここまでの傷ってなるとよっぽどのもんとぶつかったんだ。流石に気づくだろ」

 他の人間もこの傷のことは知らず、いつ付いたのか全く分からないようだ。
 となると、これは彼ら以外の誰かが大殴りを使ったことで出来たものだと思われる。

「アンディ、これってもしかしてあの馬車の…」

「ああ、俺も同じことを考えてた」

 何によって作られた傷なのか、可能性として今俺達が探しているものへと繋がる手掛かりになり得る。
 断定はしないが、恐らくはこの大殴りで馬車の車軸を削ったのかもしれない。

 馬車が走行する際の負荷を一身に受ける車軸は、当然ながら頑丈さは折り紙付きで、それを削るなら同じくらいの硬さがある金属の塊を使うのがベストだ。
 見たところ、この大殴りはそれにうってつけだろう。

「この大殴りはずっとここにあったんですか?誰でも触れたりしましたか?」

「いや、今朝物置から出してきたばかりだ。物置は村長の管理だから、誰でも触れるってこたぁねぇな」

 となると、馬車があそこにあったのは大体二日前だと考えられ、今朝あそこに置かれた大殴りは細工に使われたわけじゃなさそうだ。
 あの傷も偶々で、どうやら俺達の見立て違いだったか。

「でもよ、確か三日前に物置を片付けた時に、あれも外に出したよな?そん時なら誰でも触れたんじゃねぇか?」

「お、そういやそうだな。けど、あん時は小屋の近くじゃなくて、あっちに置いてただろ」

 そう言って男が指さした先は、先程まで俺が調べていた、あの馬車が停泊する場所だった。

 馬車に細工をされたと思われるのが三日前、そしてその細工に使われたと思われる道具が停泊所に放置されたのも三日前。
 なんの偶然か、三日前という時間はこの場で俺とパーラにとっては非常に重要な数字だ。

「なぁ、確か馬車があそこに停泊した時、大殴りとぶつかったって誰か言ってなかったっけ?」

「あ!そうだ、それだよ!あの傷はその時のか」

 段々彼らの記憶も蘇ったてきたようで、大殴りに出来た傷の原因も判明したが、同時に事件への新しい視点もできた。

 俺達は誰かが馬車に細工をしたと思っていたが、たった今聞いた話だと、もしかしたら本当に不幸な事故であった可能性も出てくる。

「…その馬車との接触事故、と言いますか、大殴りとぶつかった瞬間を見たって人から話を聞けますか?」

 村人の話しようだと、目撃者がいるようなので、これは直接話を聞くべきだ。

「見た奴…誰だっけか?」

「ほれ、ミッグんとこの倅だろ。子供らが遊んでたら見たって話した」

「あぁ、そういやそうだったな」

 どうやらミッグという村人の息子が目撃者のようで、今時分だとどこらへんにいるかも教えてもらった。
 早速俺とパーラはその子供を探しに、その場を後にした。
 別にその子供が逃げるわけはないのだが、自然と歩く足は速くなっていく。

 暗殺だと思い込んでいたところに、事故の可能性が高まってきたことで、目撃者の証言の重要性は非常に大きくなってくる。
 真相はどうなのか現段階ではまだわからないが、新しい情報によって朧気ながら全容も見えてきた。

 少し気になるのは、これから聞き込みをする相手が子供という点だろう。
 子供は記憶力はともかく、想像力が豊かなもので、見たことを正確なものとして伝える際に余計な情報も多くなりがちだ。
 正しい情報を聞きだすのに手間と時間が相応にかかることは覚悟しなければならない。
 出来れば暗殺者などいない、不幸な事件で話が済めばいいが、一体どうなることやら。

 とはいえ、それによって捜査が進むことは間違いないので、しっかりと臨むことにしよう。
 この聞き込みがきっかけとなって、事件の早期解決がされることを切に願う。
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