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決着は膝枕の温もり

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『十人を相手できる兵士と戦うなら、二十人で挑め。百人を殺せる戦士と戦うなら、三百人で圧し潰せ。千人と互角の英雄と戦うなら一万人で当たれ。それでようやく対等の戦いだ』

 某米の国のとある退役将校が、士官学校に招かれて講義を行った際、士官候補生達へ言って聞かせた、戦場の流儀を端的に表した言葉だ。

 千人がどうこうというのはあくまでも言葉のあやであり、実際にそういう人間がいるという訳ではなく、戦場においては常に相手よりも上回る戦力で当たれと言う意味だ。
 戦いを有利に運ぶのはいつだって数こそが重要だと、剣から銃、銃からミサイルへと武器が進化していってもそれは変わらないことを退役将校は教えたかったらしい。

 何故俺が今この話を思い出しているかというと、現在俺自身が晒されている攻撃によって、まさに物量こそが戦いで重要だと身をもって体験しているからだ。




 手合わせが開始される合図とともに、キャシーの魔術によって操作された木の根が、俺を目掛けて地面から突き出してきた。
 予想していた奇襲に、最初の一撃は余裕をもって交わすことはできたが、その後に木の根が次々と数を増やして弾幕のように俺を狙うため、必死に躱しているうちに昔の記憶が呼び覚まされたのだった。

「あはははははは!上手い上手い!ここまで躱されるなんて、いつ以来かしらね!」

「楽しんでもらえてるようで!くそったれ!」

 何が楽しいのか、笑い声をあげながら攻撃を繰り出してくるキャシーに、どうにか俺からも攻撃を加えようとするが、間隙があまりにも少なすぎてよけるだけで精いっぱい。
 物量での攻め方とはかくあるべきだという手本にしてもいいぐらいだ。

 時折剣で木の根を斬ってみるも、キャシーの奴はどれだけ魔力をつぎ込んでいるのか、硬さと弾力が尋常ではない。
 振動剣の切れ味をもってしても一撃で両断することが出来ず、今回は武器のチョイスを間違ったと臍を噛む。

 ならばと防御のために土壁を作ってみたら、一方向しか防げない壁では回り込んでくる木の根は防ぎきれず、落とし穴をキャシーの足元にあけようとすると、土中の木の根が動き回っているせいで土を動かすのがかなりつらいしで、完全に向こうに有利なフィールドでの戦いを強いられていた。
 なるほど、キャシーもいい場所を選んだものだと、感心と悔しさを同時に覚える。

 それでも、何とかして隙を見つけて、土の弾丸をいくつかキャシーの方へと発射する。
 五発ほど放った礫弾も全部当たるとは思っていなかったが、せめて一発ぐらいはという希望の弾丸は、キャシーの大分手前で、下から現れた木の根によって防がれてしまった。

 手合わせということで礫弾の圧縮を若干抑え気味にしていたせいで、ある程度の硬さを持つものに対しては効果は薄い。
 破裂したような音と共に、礫弾は元の土へと戻る。

 攻め手のみならず、防御にも効果を発揮している植物は、冬場だというのに随分活発に動き回っているように見え、グロウズから聞いていた話で抱いていたイメージはもう当てにならない。
 これで夏場だったら、どれほど変態的な動きを見せていたというのか。

「…石?いえ、土の礫ね。一瞬でこの硬度と発射数は大したものだわ」

 木の根を手元へ動かし、一部が食い込むようにして形を残していた礫弾にキャシーが感心したようにそう言うが、あっさりと防がれた以上、彼女の魔術に俺の土魔術は劣っていると認めざるを得ない。

 しかし、今のやりとりで出来たほんの一瞬に、俺は次の行動に移れた。
 一旦距離を取るべく、キャシーから視線を逸らさずにその場から大きく後ろへと飛び退る。

 この隙にキャシーへ肉薄しての近接戦を仕掛けるというのも悪くはないが、地面から生える根の攻撃を考えると、うかつに近づくのまずい。
 まずはキャシーの魔術の射程距離を見極めておきたい。

 魔術の多くは、発動先が術者から距離が離れるほど威力と精度が落ちるもので、キャシーのように何かを操る系統の魔術は特にその特徴が顕著に出る。

 体外へ放出するタイプの魔術の場合は、掌等から発射した時点で術者の制御をある程度離れたと言え、威力と精度は極端に減衰することは無い。
 しかし、キャシーのように対象を操作するタイプの場合、動かし続けるためには魔力を繋げておく必要があり、それは距離が離れれば離れるほど精度は落ちていき、最後には強制解除となるわけだ。

 その法則に従えば、キャシーから離れることで、槍衾のような土の根の猛攻からは解放されるはずだ。

 俺の一歩が一メートル強という計算から、彼我の距離がざっと十五メートル、しかし未だ襲い掛かってくる木の根は精密な攻撃を繰り出してきている。

 二十メートル、心なしか根の速度が遅くなったが、キャシーが詠唱をし直すと、また新しく足元から伸びてくる木の根は勢いを取り戻す。

 三十メートル、丘の端っこの方へとたどり着き、キャシーを見上げるような形になったことで、ようやく襲ってくる木の根が数を減らした。
 四本に減った木の根は動きも大分鈍っているが、それでもまだまだ脅威度は高いままだ。

 どうやらキャシーが通常で操れる木の根は同時に十本までで、距離を取って制御が甘くなるのを、操る本数を減らしてカバーしたようだ。
 それにしても、三十メートル離れてようやくこれとは、キャシーの魔術は強力すぎるだろ。

 固有魔術自体、当たり外れが大きいものだと知ってはいるが、キャシーに限っては当たりも当たり、SSR級だと太鼓判を押してもいい。

 手数が四本に減ったことで、ようやく俺の方からも攻撃できる隙が見えてきたのだが、今度は距離という問題が出てきた。
 俺が使う魔術には三十メートルを有効射程とする攻撃手段はあるが、先程礫弾を防がれていることから、キャシーに対しては未だ十分防御が間に合う距離だと言える。

 俺が使える魔術で、キャシーに防がれることなく三十メートル先へ攻撃できるものとなると、やはり雷魔術しかない。
 礫弾は既に一度防がれているし、水魔術は植物相手だと吸収されそうな気がして使うのが躊躇われる。
 消去法的にも雷魔術となったわけだが、流石にキャシーにレールガンを使うのはまずい。

 植物の根で作るバリアーでも貫通は出来るだろうが、下手をすればキャシーの体に特大の風穴を作ってしまいそうだ。
 俺達がしているのは手合わせであって、殺し合いではないのだ。
 しかし、キャシー相手なら強い魔術でないとあの防御は抜けない。

 そこまで考え、俺は両手を手刀の形にして魔力を纏わせ、雷魔術による放電を短い周期で発生させていく。
 チッチッチという音が鳴る手を近付けると、放電した電気同士が互いを食い合うようにもつれあう。

『あら、変わった技ね。雷魔術だったかしら?』

 かなりの距離が離れているにもかかわらず、キャシーの声がすぐそばから聞こえてくる不思議に驚いたが、声の発生源を探してみれば、俺のすぐ目の前でウネウネとしている植物の根から発せられているようだ。
 そういう魔術があるのか、まるで伝声管のような使い方に改めて舌を巻く。

 パーラの風魔術以外で、離れた人間へ魔術で声を伝えてきたのはキャシーが初めてだ。
 魔術師としてのキャリアを考えれば、この植物の伝声管の方がパーラよりも先に使われていたのかもしれない。
 攻撃に捕縛、情報伝達までこなせるとは、キャシーの魔術師としての価値は俺の想像よりもずっと高いと断言できる。

「ええ、俺が最も信頼している攻撃性の魔術です」

 向こうに届くか分からないが、この木の根が伝声管の役割をしていると仮定して、俺の方からもキャシーへと返事を返しておく。
 今俺が掌を覆っている電撃は、もう少しだけ時間をかけて安定させたいので、僅かでいいので時間を稼ぎたかった。

『雷なんて空でピカピカやってるだけだとおもってたけど、魔術として人間が扱えるものなのねぇ。実際にこの目で見ても、ちょっと信じられないわ』

 ちゃんと俺の言葉は届いているようで、興味深そうなキャシーの声が返ってきた。

「正確には、俺の雷は人間でも扱える程度の力しかないんですよ。本物の自然現象である雷は、俺の魔術なんかより何十倍も凄い威力を秘めてますから」

 自然現象の雷と、俺の魔術の雷ではエネルギーの総量は雲泥の差があり、チクワと象ぐらい離れていると思っていい。
 もしくはマッチとミサイルぐらいの差とも。

『へぇ、雷って言ってもそんなに違うのね。興味深いわ。…そろそろ時間稼ぎはいい?次はアンディ君自慢の雷魔術、私に見せてくれるかしら?』

 年季の差か、俺が会話で時間稼ぎをしていたのはしっかり見抜かれていたようだが、それでもあえて乗ってくれていたのは、この手合わせで俺の実力を測るという目的をキャシーが忘れていないからだ。
 手札があるのなら見せてみろという、強者特有の戦いを楽しむような気配を感じる。

 徴発されているような気分になるが、そうしている間にこちらの準備はできた。
 掌では力強く安定した電撃が、放出の瞬間を待ちわびているかのような荒々しさがある。
 改めてキャシーの方へ向き直ると、彼女も俺の様子から察したのか、手にしていた杖を一度クルリと振り回した。

 ここまでの戦いで、詠唱に加えて独特な杖の動きも見えたことから、キャシーの魔術には杖の動きも関係しているらしく、そういう動きを見せたということは、向こうも戦闘を続行する気になったというわけだ。

「やっぱり分かってて会話してたんですね。ええ、お待たせしたようで。準備は出来ました」

『結構。じゃあ私の方も手を変えようかしらね。アンディ君、あなた、お酒には強い方かしら?』

 木の根での攻撃でも多彩な動きを見せていたのに、ここからさらに攻撃手段を変えてくるようなことを言い出されると焦りを覚えてしまう。
 しかし、なぜ急に酒の話をしてきたのか、この場で尋ねるには聊か不気味な言葉だ。

「…ま、弱くはないですね。なぜ?」

『そう、ならこういうのはいかが?』

 妖艶な笑みを浮かべながら吐かれたキャシーの言葉で、背筋に走るものを覚えた俺は、瞬時にその場から離れる。
 また足元からかと思ったが、今度は予想外の方向から攻撃が繰り出される。

 ほんの一瞬前まで俺がっていた場所を、何か小型の物体が構想で通り過ぎていくのが辛うじて見えた。
 あのまま動かずにいたら、丁度俺の背中に直撃したであろうそれは、もうどこへ行ったかは確認できないが、それでもこのタイミングでのことというのを考えると、間違いなくキャシーによる攻撃だろう。

 おおよその射線を辿って発射元を探してみると、地面から少しだけ顔をのぞかせている木の根に蕾状の膨らみが見て取れ、それがパックリと割れていることから、恐らくここから飛び出した粒が先程の正体だと予想する。

『…驚いたわ。あれを初見で躱すのなんて、聖鈴騎士でもそういないわよ。もしかして背中に目でもついてるの?』

「生憎、人間やめてないんで背中に目はないですね。ただ、何か嫌な予感がしたもので。結果として正解だったわけですが」

『何となくで避けたってこと?どういう勘してるのかしら…』

 よけられたことが信じられないのか、聞こえてくる声は若干引いたものだ。
 俺だってまさかあんな攻撃が来るとは思っていなかったが、今日まで培ってきた戦闘の勘は伊達ではない。
 対峙している相手が何かをしかけてくるというのには、常にアンテナを張っているつもりだ。

「一応聞いておきますけど、今のっていったい何だったんですか?」

 手合わせの最中に手の内を尋ねるのはどうかと思うが、余裕を見せているキャシーの様子から、案外あっさり答えてくれるかもしれないという期待を覚えていた。

『んー、できれば全部終わるまで内緒にしたいんだけど……まぁいいか。さっき飛ばしたのは種よ。勿論ただの種じゃないわ。生物を酩酊状態にさせる毒を含んでて、当たると皮膚から吸収されて生き物は酔っ払うってわけなの」

 そういう植物が存在するのか、いわゆる状態異常を引き起こしていたかもしれないという種を弾丸のように発射したのは、恐らく植物の習性ではなく固有魔術によるものだろう。
 毒という表現を使った以上、他にも色んな効果を引き起こす種を使えるかもしれない。

『あぁ、毒って言ったけど後遺症とか残るのじゃないわ。半日ぐらい酔っぱらったら、体内で分解される程度の毒だから』

 俺が不安そうな顔をしていたからか、付け足すように言われたキャシーの言葉で、もしも食らったとしても一生付き合う後遺症に怯えることはなさそうだ。

『ま、そんなわけだから、安心して…食らいなさい!』

「だが断る!」

 親切な時間はもう終わりだと言わんばかりに、キャシーが鋭い声を上げたのに合わせて再び俺のいた場所へ弾丸が飛んできた。
 先程とは異なる方向からの一撃で察するに、どうやら発射位置は自由に設定できるようだ。

 死角を着いたつもりか、俺の背中側からまたしても飛んできた弾丸を、まぁ来るだろうなと予想はしていたので普通に躱す。
 大まかな軌道を読んでいた俺の目の前を、回避済みの弾丸が通り過ぎたところで、キャシーの方へ駈け出そうとした次の瞬間、強い衝撃が俺の左足を襲った。

 何事かと視線を落とすと、ふくらはぎのあたりに何かが食い込んでいるのが見えた。
 不思議と痛みはないが、ズボン一部が虫食いのようになっていることから、例の種の弾丸が当たった痕だとすぐに分かった。
 こんな日に限って、鎧を身に着けていなかったことをいまさらになって悔いている。

 そして、すぐに視界がグラリと揺れるのを覚えた。
 酔っぱらった時特有の感覚に、先程キャシーの説明にあった酩酊の毒がこれかと実感する。

 急激に現れた体調の変化に、俺の両手が纏っていた電撃も制御が甘くなり、その場で空へ溶けるようにして散ってしまった。

「なんで…避けたはずっ」

『驚いたでしょ?言ってなかったけど、あの種って三発までなら連続で撃ちだせるのよ。二発は躱されたけど、三発目だけはうまく当たったようね』

 思わず漏れた俺の言葉に、キャシーの無邪気な声が答える。

 さっきの種の弾丸は一発だけだったせいで、今回の三発の弾丸を予想しなかったのは俺のミスだ。
 キャシーの魔術が手数で押すタイプだと分かっていながら、弾丸だけは単発だとどうして思い込んだのか、自分の危機感の薄さに泣けてくる。

 膝をついて酔いに耐えていると、ゆっくりとした動きで土の下から現れた木の根が、俺の手足へと絡みついてきた。
 酩酊で動きを鈍らせ、木の根で拘束するというコンボは、恐らくキャシーの常とう手段なのだろう。

 距離が離れていることによる制御の甘さも、動きが鈍った相手にならスピードはいらず、じわじわと拘束できるため、実に効果は高いと認めるしかない。

『んー、もしかしたらアンディ君ならこの攻撃も読み切って、反撃してくるかと思ったけど…流石に無理だったようねぇ』

 俺は手足に続いて首元まで締め付けるようにして拘束され、落胆したようなキャシーの声をただ聞くしかできないでいる。

「少しあっけないけど、これでアンディ君は行動不能になったし、負けということでいいかしら?」

 植物を伝声管にする必要もないほどに近づき、キャシーがこちらを覗き込むようにしてそう言ったのは、これで勝負はついたと思ったからか。
 確かに今の俺の状態だと、普通ならこれ以上の戦闘は続行不可能だと判断していいだろう。

 だが残念ながら、まだ勝負ありとはならない。
 この状態でも俺にはキャシーを攻撃できるのだ。

 まだ警戒しているようで、多少離れて立ってはいるが十分に俺の射程圏内だ。
 見えない位置でキャシーの足元にある土を遠隔で固めて弾丸に成型し、彼女の背中目掛けて二発ほど発射してやる。

 手合わせということで当たっても死にはしないが、当たれば悶絶は約束しよう。

(殺ったっ)

 つい物騒な言葉になってしまったが、それぐらいの気持ちというだけだ。
 この距離で外すことなどありえず、直撃を確信して放った礫弾だったが、結果として無意味なものとなってしまう。

「―ざぁ~んねん、気付いていないと思った?」

 呆れたようにそう呟くや否や、キャシーの周りに突き立つようにして木の根が現れると、それが盾となって礫弾は防がれていく。
 防がれること自体はともかく、見えない背後からの攻撃にも対処できてしまうとは。

 魔術での探知とかなんてちゃちなもんじゃあ断じて無ぇ。
 恐らくあれは、実戦経験のなせる業だ。

 俺の視線と土が動く微かな音、魔力の流れも多少は読んだかもしれない。
 そういった複合的な判断のもと、防御行動に出たと推測する。
 キャシーが練達の魔術師だとはもう疑いようのない事実なので、それぐらいのことはできても不思議には思わない。

 しかし、よくさっきは俺に背中に目でもついてるかと言ってみせたものだ。
 今の動きを見るに、キャシーにこそあの疑いは相応しいだろうに。

「…よもや気付かれるとは。いけると思ったんですが」

「これでもあなたより経験は積んでるもの。何か仕掛けてくるってのは、目を見ればわかるわ」

 やはり、経験の差でこちらの意図を見抜かれていたか。
 俺自身、相手に悟られないように攻撃を組み立てるのは得意な方だと思っていたが、キャシー相手ではそうでもないと思い知らされた。

「参りましたねぇ。本当、やり辛い相手ですよ、キャシーさんは」

「お、そう言うってことは、降参かしら?」

 ため息交じりでつぶやいた俺の言葉に、キャシーが嬉しそうに食いついてきたが、参ったとは言ってもそういう意味ではない。

「まさか。打てる手があるうちは降参しませんよ」

「打てる手…あるの?私の魔術に捕まって、意識もグラグラ。攻撃も粗方防がれて。それでもまだやれる?」

「やれますね。ところでキャシーさん、俺から一ついいですか?」

「…何かしら?」

 聞き分けのない子供に言い聞かせるようなキャシーに、俺の方からも一つ言わせてもらいたい。
 普通ならもう勝負が決まっている状態の俺が、不敵な笑みでそう問いかけると、キャシーも警戒するような表情を見せた。

「あんた、うかつに近付きすぎだ」

「どういう―ギャンッ!?」

 俺がそういうのと同時に、自分の体を守ろうと俺との間を遮ろうと木の根を生やしたキャシーだったが、それよりも一瞬早く、俺が全身から放出した電撃が誘導されるようにして彼女の体を襲う。
 人ひとりを気絶させる威力を込めた雷魔術は、木の根の壁を回り込むようにしてキャシーへと殺到し、彼女に濁った悲鳴を上げさせた。

 この手合わせで、俺が雷魔術でキャシーを攻撃しようとするなら、接近しての感電を狙っていたのだ。
 だがキャシーを殺さないという前提条件があるため、威力を抑えるせいで電撃の射程距離がどうしても短くなる。
 開始からここまで、距離を取っての戦闘が続いていたため、本当なら俺から突っ込んで近距離からの放電で感電させるつもりだったが、手間が省けた。

 バタリと倒れ込んだキャシーは電撃で目を回しており、完全に意識を失ったおかげで俺を拘束していた木の根も力を失い、一応体の自由は取り戻せはした。
 ただ、キャシーからうけた種の弾丸がもたらした酩酊は続いており、立ち上がるのはまだ少し辛い状態だ。

 結果として、手合わせはキャシーの負けとなるが、気絶したキャシーと寝転がったままの俺という、見ただけだと相打ちのような状態なのは少し極まりが悪い。

 しかし敢えて言わせて貰えば、決着は聊か地味だが、戦いというのはこういうものなのだ。
 派手な必殺技の応酬や英雄的な行動など、幼児がクレヨンで描くカラフルで大雑把な妄想と変わらん。
 長々と戦闘が続くこともあり得ないし、終わりもあっけなく粗末なものこそが現実と言える。

 こうしてダブルノックダウンのように倒れこんで勝負がつくというのも、決して珍しい物じゃない。
 とはいえ、戦いには明確に勝者と敗者がいるもので、決して楽勝とは言えないが、今回は俺が勝者となったわけだ。
 酔っぱらった状態で立ち上がれないというのもどうかと思うが、勝ちは勝ちだ。

 手合わせはこれでおしまいとなるわけだが、俺の体を襲う感覚だけはキャシーが気絶しても治まらないため、早いところ彼女になんとかしてもらうとしよう。




「あ~もう、一発で気絶させるなんて、電撃ってずるいわね。おまけに植物の盾も効かないときたら、どうすればよかったのよ?」

 しばらくしてキャシーが目覚め、何が起きたのかを俺が説明すると、予想通りそんなことを言い出した。

 気絶する寸前まで、勝利を目前にしていたキャシーにしてみれば、防ぎようもない魔術で一発逆転されたことには不満を覚えずにはいられないのだろう。
 なまじ、土魔術の弾丸は防ぎきれていただけに、電撃は蛇のように盾をすり抜けてくるのは、防御無視の魔術として衝撃的だったのかもしれない。

「そうは言いますけど、完全に無敵の魔術ってわけじゃありませんよ。防ぎようはあるんで、そこは自分で対策を考えてください。それより、この酩酊状態はまだ続くんですか?」

 キャシーの文句を聞きながら、俺は未だに抜けきらない酔いで立ち上がることが出来ず、横になりながらキャシーへの抗議が口を突いて出る。

「だからさっき言ったでしょ、半日程度で分解されるって。時間以外で、私がどうにかできるものじゃあないわ。もうしばらくはこのままよ。いいじゃない、私の膝枕で休めるんだから」

「…まぁ、寝心地はいいですけど」

 キャシーが目覚めてから、ずっと横になっている俺を見た彼女が膝枕を申し出てくれたのだが、恥ずかしさから断ったというのに、強引に俺の頭は膝で捕らえられてしまい、強制的に柔らかくていい匂いのする枕でなんだか落ち着きのない状態に置かれてしまった。

 枕としては悪くはないんだが、寒い時期の外でするにはあまりいいものというわけでもない。
 さっきから寒くてしょうがないんだが。

「それにしても、まさかこんなにあっさり負けるとはね。これでもペルケティアの魔術師の中じゃ上の方だと自負したんだけど、アンディ君はそれ以上だったっことかしら」

「そうは言いますけど、全然悔しそうに見えませんよ。実際のところ、本気じゃなかったんじゃないですか?」

「本気だったわよ。ただ、見せてない技もあるってだけ。命の取り合いならともかく、手合わせで使うのはまずい魔術の方が多いのよ、私のは」

 言われてなるほどと思わされる。

 確かに魔術の多くは実戦で使える威力を重視するため、手合わせに適さないものも多い。
 俺だって自主的に禁じた魔術は多く、さっきキャシーをノックダウンした電撃も、威力はともかく射程距離は実戦向きとは言えない。

「時期もよくなかったみたいですしね」

「ヒューイットから聞いたの?まぁそうね。私の固有魔術は植物を操る以上、周りに植物があればあるほど強力になるし、植物の生命力がそのまま威力に直結するともいえるわ。言い訳するわけじゃないけど、せめて今が春先だったらもうちょっと結果は違っていたかもしれないわよ?」

「かもしれませんね」

 正直、やりあってみた感想は、魔術師としてのキャシーは俺よりも格上だったと認めている。
 今回は時期が彼女に味方しなかったために勝てたようなもので、これが植物の活動が活発になる夏場での勝負だったら、もっと多彩で強力な魔術の前に俺が膝を屈していたことだろう。

 まぁ未だに立ち上がれていないわけだから、ある意味膝は屈しているようなものだが。

「それで、今回の手合わせの結果をキャシーさんから見て、俺をどう評価しますか?」

 俺との手合わせの目的が、実力を測ることだったというのはもう分かっているので、キャシーがどう評価したのを尋ねてみることにした。
 ペルケティアでもトップクラスの魔術師である彼女が俺をどう採点するのか興味はある。

「評価ってそんな大げさな。でも、そうねぇ…一人の魔術師としての観点から言わせてもらえば、アンディ君の腕はかなりのものよ」

「それはまた、随分と高い評価のようで」

「私個人の意見だけどね。詠唱と発動体を必要としない優位性に、実戦経験に裏打ちされた魔術の運用、人並外れた危機察知能力と、個人としての戦闘能力は正直、私の知る強者の中でも上位に食い込んでくるわ。その点だけでも聖鈴騎士に誘いたいところだけど、流石にアンディ君は無理ね…」

 さりげなく勧誘されてしまったが、ため息交じりに締められたキャシーの最後の言葉には、俺も同意してしまう。
 元司教の屋敷を爆撃した人間を聖鈴騎士に迎えるほど、ペルケティアも暢気ではないだろう。

「まぁ俺も別に聖鈴騎士なんかにはなりたくないですけど」

「…聖鈴騎士候補の子が聞いたら泣いちゃうわよ、それ」

 悔しさでかな?

 俺としてはキャシーはともかく、グロウズが現役でいる間は少なくとも聖鈴騎士になろうという気持ちは一ミリも抱かないだろうな。

「そういえば、手合わせで負けたら何か言うことを聞くって約束していたわよね。アンディ君、何か私にして欲しいことある?いやらしいこと以外で」

「俺がいやらしいこと前提で命令すると思わないでください」

 確かに男は常にいやらしいことを考える生き物だが、全員がそうだとは思わないで欲しい。

「分かってるわよ。言ってみただけ。で?どんなことを?」

「できれば街に戻ってから説明したいんですが、とりあえず大まかに話します。キャシーさんの魔術を見込んで、植物の種をいくつか品種改良したいんですよ」

 俺からキャシーに頼むことは彼女の魔術を活用した品種改良だ。
 彼女の魔術でどれぐらいのことが出来るかは分からないが、現状、品種改良に必要な設備が用意できないこともあって、一番可能性が高い植物を操る固有魔術に頼ってみたい。

「品種改良?…ちょっとどういうのかは分からないけど、変なことじゃないなら協力してあげるわよ」

 馴染みのない言葉に首をかしげるキャシーだが、言質はもらえたのでとりあえずよしとする。

「…よし、とりあえず歩けるぐらいにはなったみたいなんで、そろそろ街へ戻りましょうか」

 酔いが大分覚めたおかげで、立ち上がるのに苦労がなくなったため、早速街へ戻って品種改良についての色々をキャシーとやるとしよう。
 キャシー達がディケットにいつまでもいるとは限らないので、時間は有効に使わなくてはな。

 歩き出すと同時に、遠くに見えるひと際背の高い木の方へと手を振る。
 ハンドサインで撤収と告げると、木のてっぺんから黒い影が飛び出し、街の方へと飛んでいくのが見えた。

「アンディ君?どうかしたの?」

「いえ、なんでもありません」

 今の俺の動きを見たキャシーが訝しむが、多少の後ろめたさがあるのでとりあえず誤魔化しておく。

 実はこの手合わせの前、あの木のところにはパーラに潜んでもらっていたのだ。
 なるべく使わないようにと思っていたが、キャシーが俺の想定よりもずっと強力な魔術師だった場合に備え、奥の手としてパーラの狙撃を仕込んでいたわけだ。
 勿論射殺ではなく、発動体を打ち抜いて魔術を封じるという目的があった。

 最後まで使うことは無かったため、パーラには無駄骨を折らせてしまったが、あいつにも珍しい魔術を見るいい機会になったと納得してもらうしかない。

 ただ、あの方角からして俺がキャシーの膝枕で寝ていたことはしっかり見られていると思うので、そのことについて後で何か言われるかもしれない。
 多分、膝枕をされている間の俺の緩んだ顔も見られているだろうから、その辺りをいじられそうではある。

 なんだか怖いなぁ怖いなぁ、やだなぁやだなぁ。
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感想 63

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物心ついたら、異世界に転生していた事を思い出した。 前世の分も幸せに暮らします! 平成30年3月26日完結しました。 番外編、書くかもです。 5月9日、番外編追加しました。 小説家になろう様でも公開してます。 エブリスタ様でも公開してます。

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