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口語詠唱と意識発動の違い
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ガヤガヤと人が立てる音が入り混じって雑多な環境音を奏でるギルド内の雰囲気は、国が違えど慣れ親しんできたギルドとそう変わらないもので、そこに身を溶け込ませると不思議と落ち着く自分がいる。
もちろん、そこにいる人達の多くは砂漠地帯に適した格好をしているので、全く同じ光景ではないにしても、冒険者という人種が醸し出す空気はやはり似通ったものある。
皇都に着いてから今はもう二日目だが、俺達は相変わらずオーゼルの家に世話になっていた。
本当は一日泊ったら次の日には宿を探そうとおもっていたのだが、どうせなら暫くの逗留をオーゼル達母娘に勧められ、一応礼儀として断りはしたが、パーラがオーゼル達の側についてしまった為、まあいいかという流れに乗ってしまった。
俺のスタンスとしては権力者とはなるべく距離を取りたいのだが、考えてみるともうとっくに十分親しい間柄にあると言えるので今更かと自分を納得させる。
宿泊の延長が決まると、女三人できゃっきゃっと仲良く笑顔で喜ぶ姿は、いつの間にそこまでディーネを含めて仲良くなったのかと少しばかり疎外感を感じたのは仕方のないことだろう。
とはいえ、いつまでもここに滞在するというわけではないので、ギルドで依頼を見繕うのも怠ってはいけないと、こうして朝早くから足を運んているというわけだ。
ギルドには俺一人で来ており、パーラは別の用があるので屋敷の方にいる。
せっかく一人でいるのだからと、密かに他の冒険者から因縁を付けられるイベントを期待していたが、当然のことながら俺に構っていられるほど暇な人間が勤勉にも朝早くからギルドに来ているわけもなく、またしても俺の目論見が成ることは無かった。
この時間のギルドというのは一日の内でも多くの人でごった返すもので、駆け出しの冒険者らしじ者達が掲示板にかじりつくようにして依頼を選んでいるのもまたなじみ深さを演出してくれている。
俺も一応遠目に掲示板の依頼を眺めてみるが、その多くが皇都近郊で済む比較的簡単なものが多く、特に珍しいものは見られなかった。
ならば護衛依頼は無いのかと探してみるも、俺のランクで受けられるもので手頃なものがなかった。
いや、そもそも護衛依頼自体が少ないのだ。
この時期はソーマルガ各地から領主が皇都へと集まる時期らしく、皇都から出ていく商人や貴族はほとんどいないのだそうだ。
人が多く集まる皇都にはそれだけ多くの商売の機会が転がっているため、商人はこれを放って他所へ行くことが心情的にできない。
貴族も今この時期に皇都へ他の貴族が終結する中で、縁を繋ぐためにも皇都で色々と動き回るため、他へと出ていくことはあまりしない。
こうなると皇都から離れる人はほとんどおらず、護衛の仕事も今は必要とされないというわけだ。
機に敏い商人たちが護衛を雇わないことで、今皇都では冒険者の人口が飽和状態にある。
そんな中で需要に対する供給不足で依頼が取り合いとなっていることからも、俺達が受けることができる依頼自体もその数は少ない。
早々に見切りをつけてギルドを後にする。
まだ陽の光もそれほど強烈さを発揮していないこの時間帯の第二市街は、通りを歩くとそこかしこに買い物客が商品を吟味している姿が見受けられ、中々の賑わいがこの街の朝を彩っていた。
このまま屋敷に帰る道すがら、道の途中にある店舗の品物を流し見していると、あっというまに第三市街へと続く門の前へと辿り付いてしまった。
門を守る兵士にギルドカードとマルステル公爵家発行の身分証を見せる。
この身分証は俺とパーラが第三市街へと出入りするのに必要だということでディーネが用意してくれたもので、ギルドカードと同じ大きさの金属の板に発行した日付とマルステル公爵家の家紋、身分証が与えられた者の名前が書かれている。
これは恒久的に身分を保証するものではなく、最大で二ヵ月間が有効期限であるため、期間を過ぎると効力が無くなるので注意するようにとは言われたが、二ヵ月も皇都にいるとは限らないし、いる可能性の方が低い以上は余り気にしないでもいいだろう。
これを第三市街を守る門番に見せることで他の一般の通行人と比べて圧倒的に簡略された通行が可能となった。
屋敷へと向かう道を歩いている俺だが、その道のりもバイクであればあっという間だと考える瞬間が度々訪れる。
本当なら俺はバイクでギルドへと向かうつもりだったのだが、今朝方食事をしている席に現れたオーゼルの父親であり、マルステル公爵家当主のジャンジール・ベオ・マルステルが俺へと詰め寄ってきて、バイクを見たいと申し出てきたのだ。
このジャンジールは魔道具への関心が人一倍強い質らしく、城からの朝帰りに客人が持ち込んだバイクという存在を知ると一も二も無く俺の元へ吶喊し、バイクを調べるのを熱烈に願ってきた。
俺としては今日ギルドへ向かう以外は使う予定がないので別に構わないし、なによりも世話になっている家の主の願いを無碍にするのも心苦しかったこともあり、破損させないことを固く約束してもらってバイクを調べることを許した。
そのせいでこうして徒歩での移動をしているのだが、せめて馬ぐらいは借りておくべきだったかと今さながらに思っていたりする。
屋敷の前にある兵士詰め所兼監視所に軽く挨拶して門を潜り、そのまま屋敷へと入っていく。
出迎えた使用人にパーラの居場所を聞くと、庭にいるということなのでそちらへと足を向ける。
庭の少し開けた場所にはパーラとディーネが向かい合って立っており、ディーネがなにやら身振り手振りで説明しているのをパーラが真剣そうに聞いていた。
そこから少し離れた場所にある屋根付きの休憩所ではオーゼルがその光景を見ながらお茶を飲んでいる。
とりあえず邪魔をすることのないオーゼルの方へと向かい、断りを入れてその対面に座る。
「パーラの方はどんな感じですか?」
「さっきまでお母様の手本に沿って魔術の使い方を実践してましたわよ」
そう言ってパーラ達とは少し離れた所に置かれた岩を指さす。
岩の表面は何か強い力で擦られたような擦過痕が見られ、その周りの芝生も不規則に荒らされたような跡があった。
どうやらあの岩を的にした魔術の実演が先程まで行われていたようだ。
ディーネはパーラと同じ風魔術の使い手で、かつて冒険者として活動していた経験もあって魔術師としての知名度は公爵家夫人としてのものよりも上なのだそうだ。
おまけに今城にいる魔術師の殆どが彼女の薫陶を受けているため、ある意味ではこの国の魔術師のトップといえるのかもしれない。
そんなディーネに魔術が使えるようになったとオーゼルが明かすと、その喜びようは凄まじいもので、パーティを開くやら最高級の杖をオーダーメイドで作るなどとはしゃぐディーネだったが、オーゼルが使う魔術の属性を火だと知ると一転してテンションが急降下する。
どうも自分の娘なのだから風の属性だろうと思い込んでいたらしく、先の喜びようも娘とお揃いのものが増えたということが多分に含まれていたようだった。
その落ち込み様にあたふたとしたオーゼルとパーラがなんとか元気付けようとし、それならとパーラが風魔術の指南を願い出た所、機嫌を直したディーネによる魔術口座が朝から開かれるという運びとなった。
なんとも忙しい性格をしているなとその時は思ったが、魔術の指南役としてはソーマルガ随一というお墨付きを宮廷付の魔術師達から貰っているとのことなので、パーラの成長にも繋がるだろうと俺も反対はしなかった。
火属性であるオーゼルの指南役は魔術師で適当な人間を後日紹介するということで、俺が朝ギルドに出かけてから今までパーラに向けた風魔術の青空教室が開かれていたわけだ。
そうしたことを考えているうちにパーラ達の話も終わったようで、こちらへと近付いてきた。
「はー疲れたー。アンディ、なんか飲むものない?」
「それならお茶がありますわよ」
俺の隣にドカッと乱暴に腰かけたパーラがそう言うと、オーゼルがテーブルの隅に置かれたお茶セットに手を伸ばし、テーブルにいる全員の前に置いたカップへと手ずから注いでいく。
「それでどうだ?なんか掴めるものはあったか?」
よほど喉が渇いていたのか、煽るようにしてカップを空にしたパーラがお替わりを要求しつつ、考えをまとめながら成果を口にする。
「うーん…どうだろ?ディーネ様に教えてもらった詠唱文で使った感じだと確かに便利そうだけど、自由度があんまりない感じかな。そういうものだって思って使えば不満はないだろうけど、今まで使ってこなかった方法での魔術だとちょっと物足りないかもね」
「あら、そうはいっても詠唱を使った方が魔力の消費も威力も一定だし、一度覚えると便利なものよ?」
パーラの言葉に返すディーネの言葉は、どこか呆れが含まれているように思えた。
俺が教えてきたということもあって、パーラもオーゼルも詠唱を使わずにイメージで現象を描き、それに沿って魔力を使った分だけ発動の規模を決める方式でここまでやって来たのだ。
詠唱を使って魔術を発動させるというのは、全く新しいやり方のような物で、馴染みがないうちは違和感もあるだろう。
とはいえ、一辺倒なやり方だけでは発展性も失われることになるだろうし、こうやって別の方式を知ることは考え方の幅も広がることから、決してマイナスにはならないはず。
「あなた達のやり方は今の世の中の主流とは大分かけ離れてるの。確かに口語詠唱型と比べて意識発動型はその自由度が段違いよ。でも意識発動を自在に使いこなすには集中力もいるし、習得までの時間も随分かかるらしいから、自然と口語詠唱の方を使う人間が増えていったせいで今では意識発動型を使える人間はほとんどいないわね。それこそ魔術を研究している人か、よほど意識発動型に向いた才能とそれを極めた師が揃った環境で育った魔術師ぐらいかしら」
ディーネが言うには俺達の使う魔術はかなり珍しいものらしい。
そもそも口語詠唱型と意識発動型という呼び分けも今知ったぐらいだ。
これほどにはっきりと別物だとは思っていなかっただけに、結構驚いている。
意識発動型は魔術の発動手順から使用する魔力量の調節までを自分の頭の中で組み立てなければならない。
だが口語詠唱型は文言に魔力量と属性、発動規模に威力と、魔術の発動に必要なもの全てが組み込まれているため、画一的に魔術を使い続けるのに向いている。
難易度も明らかに後者の方が低い為、口語詠唱型へと魔術師人口が偏るのも仕方のないことか。
自由度の高い意識発動型か、習得の容易な口語詠唱型か悩ましい所だ。
俺達は既に意識発動で慣れているので詠唱を覚えるだけで両方を使えるようになるらしく、その点だけは恵まれていると言える。
「ならオーゼルさんも火魔術の詠唱を先に覚えればいいのでは?それなら師を待つ間にも練習は出来ると思うのですが」
「それは無理よ。私が風魔術の使い手だから火魔術の詠唱を知らないし、そもそも一般的に詠唱文というのは学園で教えてもらうものだから、まず教本を用意するのも手間がかかるの。だから火魔術の使い手に直接教えを乞うのが今のところとれる手なのよね」
教本の手配に手間がかかるということに何かしら教育機関と製本業者の間に癒着でもあるのかと思ったが、よくよく考えるとこの世界では本も貴重だし、魔術の手解きに使う本ともなればおいそれと外部に流出させるのも躊躇われる。
一国の公爵クラスの権力でも教本の調達に手間がかかる位に、この世界では魔術の習得というのは秘匿性の高い技術なのだろう。
学園というとペルケティアにあるもののことだろうが、この話を聞くに、今頃シペアも苦労しているのだろうか。
詠唱文を覚えることから始めるだろうから他の人間とそれほどスタートラインは違わないとは思うが、それでもシペア自身の原点が意識発動型ではあるので、成長していくとその地力の差で他よりも優位に立てるのかもしれない。
元々ディーネ自身も学園で魔術を鍛え上げた口ではあるので、できれば魔術師を目指すなら学園に通ってもらいたいところだが、学園の入学適齢期が12歳までとなっている以上、オーゼルは少々入学は難しく、せめて俺とパーラだけでもと思ったそうだが、その気のない俺とパーラでは無理に勧めることは出来ない。
仕方なくパーラだけでも自分が教えれることは仕込もうという気持ちになったディーネだが、今のパーラも中々高い次元で魔術を使いこなしているので、詠唱文を幾つかと風魔術の応用を教えるだけで終わってしまった。
パーラ自身も以前はヘスニルのギルド職員であり、エルフにして風魔術の使い手でもあるメルクスラにも師事していたこともあって、その教えは余すことなく己の血肉とするだろう。
ちなみに、その時にはメルクスラから詠唱文は教わらず、風魔術の使い方と応用を教えてもらっただけだったので、今日パーラが初めて詠唱文を知ったと聞いた時は、個人に魔術の秘匿をおいそれと明かさない公平性は流石ギルド所属の人間だと素直に感心させられた。
これが早々の金を払った依頼としての形だったらまた別だっただろうが。
魔術の青空教室が終わり、四人で談笑しているところにジャンジールが現れた。
見た目は20歳そこそこといったものだが、これでも今年で45歳になるらしく、その見た目は完全に年齢詐称をナチュラルに行っているものだ。
「やあ、皆楽しそうだね。よければ私も混ぜてくれるかな?」
一応公爵でもあるジャンジールの登場に席を立って挨拶をしようとしたが、軽く手で制されて俺の隣にジャンジールが腰かける。
なぜ俺の隣に?と思ったが、どうもバイクのことで話をしたいらしい。
どうも先程までバイクを調べるのに夢中だったらしく、顔には埃らしき汚れが目立ち、薄い青色の髪の毛も所々が汚れていることからも、汚れるのを厭わないほどバイクにご執心のようだ。。
女性陣は俺とジャンジールを残して既に自分たちだけで会話に花を咲かせている。
まあ俺も女同士の会話に割り込めるほど器用ではないので別に構わない。
俺達は俺達でバイク談義といこうじゃないの。
「あのバイクはすごいな。未だ動力付きの馬車が研究段階を抜けていない今の我が国からしたら画期的すぎて技術の応用に時間がかかりそうだよ。あれを考えた人はとんでもない天才だ。どうにかして製作者と合いたいのだが…。アンディ、どうにかならないかな?」
「制作者はクレイルズという魔道具職人です。彼はアシャドルの王都にいますから、呼び寄せるなり会いに行くなりにせよそちらに人をやってはどうでしょう?クレイルズさんも中々忙しい人ですから、ソーマルガに来させるのは恐らく難しいかと」
「うーん…。私は気軽に他国へ訪れることができる身分には無いから、出来ればこちらへ招きたいところだが。彼とは是非ともじっくりと話がしたいものだ」
ジャンジールが言う話とは恐らく今ソーマルガで行われている魔道具開発に関することで、クレイルズから何かしらの技術の一端でも齎されることを期待してのことだと思う。
確かにバイクを作り上げたのはクレイルズだが、そもそもの発想と最初の設計図は俺がいなくては生まれなかったものだ。
今クレイルズをソーマルガに招聘したとして全くの無駄というわけではないが、それでもバイクがこの世界に誕生したときほどの魔道具技術のブレイクスルーはあまり期待できないだろう。
ただ、俺の私見ではクレイルズも紛れもなく天才の部類に入る人間だとは思うので、何かしらの新しい風は吹かせられる可能性は十分にある。
ジャンジールは俺にバイクの制作者が誰かとしか聞いていないので、あくまでもバイクの制作者であるクレイルズの名前を明かし、実際に着想を与えた俺という存在は伝える必要はない。
いつかクレイルズがジャンジールと会った時には俺という存在が明かされるとは思うが、それはそれで今の俺が負う必要のない責任だと思いたい。
そんな話をしている俺達に、オーゼルから声がかかる。
「お父様。私が城へ呼ばれている日ですが、事前に聞いていた通りに四日後でよろしいのでしょうか?」
「うん、昨夜その日程で調整してきたところだ。陛下をはじめ、登城する諸侯が揃う中での謁見になるから、公爵家の人間として恥じることのないよう振る舞いには気を付けなさい」
「もちろん、心得ておりますわ」
公爵だけあって厳格な雰囲気でオーゼルに釘をさすジャンジールにオーゼルも神妙に答え、来るべき日に備える心境を親子で共有している姿は貴族らしさが強く感じられた。
「ところであの話ですけど、やはり難しいのでしょうか?」
「アイリーン、お前の希望はなるべく叶えて上げたいけど、世の中には簡単にはいかないこともある。貴族でもない人間を王直々に設けた謁見の機会に立ち会わせるのはそう簡単ではないんだ。ただ根回しは終わっているからあとは陛下のご裁可を待つしかない」
そう言って親子揃った目が俺の方へと向けられる。
一瞬何事かと思ったが、さきほどジャンジールが言った『貴族ではない人間を謁見に立ち会わせられない』という言葉を思い出し、俺は嫌な予感を覚えた。
正直聞きたくはないが聞かずにいられないほど俺自身が当事者らしき気配も感じられ、思い切って二人に尋ねてみた。
「あの、お二方。俺の勘違いだったらそれでいいんですが、今の話と向けられた視線から、どうも俺を謁見の場へと連れ出す目論見があるように感じられましたけど」
「…まあその内知られることだし、教えてもいいんじゃないか?」
「そうですわね。アンディ、確かに私たちはあなたを謁見の場へと立たせたいと思っていますの。もちろん簡単ではないでしょうけど、お父様ならきっと何とかしてくれますから安心なさいな」
なんてことを…!
国王との謁見、それも他の貴族質の揃う場などと面倒くさいことこの上ない。
それにそんな場所に俺なんかがのこのこと出て行ったらどんな目にあわされるか。
いい所たかが平民と蔑まれて終わるだろうが、最悪は公爵家とのつながりのある人間として難癖をつけられてしまうかもしれない。
ここは何としても俺の謁見への参加を阻止するべきだ。
「いやいや、俺なんかが国王陛下の前へなんて畏れ多いですよ。謁見にはどうか俺を捨て置いてオーゼルさんが臨んでください」
「いいえ、そうはいきませんわ。あなたには遺跡の発見者として同席してもらいます」
「いやだなーオーゼルさん。遺跡を見つけたのはあなたじゃないですか。俺は無関係ですってHAHAHAHA」
表向きはオーゼルと数人の調査団員が遺跡の発掘を行ったとされており、俺とシペアとオーゼルが先に遺跡に入ったことは公にはなっていない。
なんとかそれを盾にして謁見を断りたい俺と、それを許さないオーゼルとの間ではお互いの目から飛び散るスパークが幻視出来るはずだ。
「そんなことは問題ではありませんわ。あなたにはどうあっても謁見の場に出てきてもらいますわよ」
「……なんでそこまで俺を謁見の場へと引きずり出したがるんですか?俺は善良な、ごくごく平凡な一般人に過ぎないんですよ?」
俺の言葉を聞いていたのか、パーラが何故かお茶を吹き出して笑いを堪えている姿が目に入った。
何か俺の今の発言に思うことがあるのか問い詰めたいところではあるが、今はオーゼルと話をするのが優先されるので無視しておく。
あくまでも今は、ということだが。
「ただ遺跡発見時に同行していたというだけなら問題はないのだが、アイリーンが持ち帰ったこれに関しての説明はアンディが一番適任だと言われたからね。これを見たおかげで、どうしても君を謁見の場に同席させたいというアイリーンの言葉も飲み込めたのだよ」
ジャンジールがそう言ってどこからか取り出したのは、あの遺跡探検で見つけたタブレット風端末だった。
それを見た瞬間にビシリと体が硬直するのを覚え、そして同時に落ち着きを無くしていく自分に気付く。
まさかこいつのせいで面倒な状況へと追いやられることになろうとは…。
「このタブレットというものは凄いな。パルセア語の辞書としては破格の情報量が秘められている。一時期各国に出回ったパルセア語の新しい解読手順の大本がこれだと聞いたら、アイリーンの手柄は遺跡発掘だけにとどまらなくなったよ。解読困難だったパルセア語に大きな進展をもたらしたとして、これもまた陛下に進言しておいたから、褒美ももう一つほど上乗せされるかもしれないね」
「そんなわけで、タブレットの使い方と見つかった経緯を陛下に説明することもありますから、アンディを謁見に同席させたい、とお父様にお願いしていましたの。もちろん断りませんわよね?」
ニッコリと笑みを湛えてそう言い放つオーゼルからは、妙な迫力が発せられている。
これは断ったらまずいことになりそうだと俺の本能が告げていた。
今の俺には頷くことしかできない。
確かに俺がタブレットという呼称も勝手に付けたし、前世で使ったことのあるものと互換性があったおかげである程度は問題なく使えていた。
それで遺跡の探索が捗ったこともあって、恐らく別の遺跡の探索でも使えると思われているのかもしれない。
ソーマルガというお国柄ならばタブレットの価値はかなり高く見積もられることだろう。
それを俺が国王陛下の御前で話すと思うと胃に来るものがある。
「では、無いとは思いますが、俺が国王陛下の御前に召喚されることがあればご期待に沿えるように力を尽くさせていただきましょう」
とはいえ、確実に俺が呼ばれるとは限らないので、出来れば一平民を呼ぶことはまかりならん!とか力強く言ってくれる貴族の発言が通ることを祈っておこう。
「ところでパーラはどうしましょうか?一応あなたもアンディと一緒に登城できるように手配できますわよ?流石に謁見の場は遠慮してもらいますけど」
それまでディーネと会話をしていたパーラは突然自分に振られた言葉に一瞬驚くが、すぐに質問の意図と自分がいかに答えた方がいいかを理解して最適な回答をする。
「え!あー…私はいいや。ほら、私はオーゼルさん達と一緒に遺跡を見つけたわけじゃないし、なによりも身分が違い過ぎてお城に行くのなんて無理だよ」
残念そうな装飾がさりげなくされているパーラの言葉だが、その顔からは面倒ごとからは遠ざかれるという喜びがありありと伝わってくる。
いいなぁ…パーラは俺と違って断れる口実があって…。
こうなれば何とかしてパーラにも俺と同じ目にあってもらいたい。
その後も何とかパーラを巻き込めないか試みるが、説得力のある材料の乏しい俺の言葉が通ることは無く、むしろ途中から余計なことを言う俺に、パーラによる風の塊を使った不可視のボディーブローがさく裂し、テーブルやら茶器が散乱したその場を片付ける流れのまま解散となった。
あぁ…俺はやっぱり面倒ごとを回避するのが下手な人間なんだなぁ…。
もちろん、そこにいる人達の多くは砂漠地帯に適した格好をしているので、全く同じ光景ではないにしても、冒険者という人種が醸し出す空気はやはり似通ったものある。
皇都に着いてから今はもう二日目だが、俺達は相変わらずオーゼルの家に世話になっていた。
本当は一日泊ったら次の日には宿を探そうとおもっていたのだが、どうせなら暫くの逗留をオーゼル達母娘に勧められ、一応礼儀として断りはしたが、パーラがオーゼル達の側についてしまった為、まあいいかという流れに乗ってしまった。
俺のスタンスとしては権力者とはなるべく距離を取りたいのだが、考えてみるともうとっくに十分親しい間柄にあると言えるので今更かと自分を納得させる。
宿泊の延長が決まると、女三人できゃっきゃっと仲良く笑顔で喜ぶ姿は、いつの間にそこまでディーネを含めて仲良くなったのかと少しばかり疎外感を感じたのは仕方のないことだろう。
とはいえ、いつまでもここに滞在するというわけではないので、ギルドで依頼を見繕うのも怠ってはいけないと、こうして朝早くから足を運んているというわけだ。
ギルドには俺一人で来ており、パーラは別の用があるので屋敷の方にいる。
せっかく一人でいるのだからと、密かに他の冒険者から因縁を付けられるイベントを期待していたが、当然のことながら俺に構っていられるほど暇な人間が勤勉にも朝早くからギルドに来ているわけもなく、またしても俺の目論見が成ることは無かった。
この時間のギルドというのは一日の内でも多くの人でごった返すもので、駆け出しの冒険者らしじ者達が掲示板にかじりつくようにして依頼を選んでいるのもまたなじみ深さを演出してくれている。
俺も一応遠目に掲示板の依頼を眺めてみるが、その多くが皇都近郊で済む比較的簡単なものが多く、特に珍しいものは見られなかった。
ならば護衛依頼は無いのかと探してみるも、俺のランクで受けられるもので手頃なものがなかった。
いや、そもそも護衛依頼自体が少ないのだ。
この時期はソーマルガ各地から領主が皇都へと集まる時期らしく、皇都から出ていく商人や貴族はほとんどいないのだそうだ。
人が多く集まる皇都にはそれだけ多くの商売の機会が転がっているため、商人はこれを放って他所へ行くことが心情的にできない。
貴族も今この時期に皇都へ他の貴族が終結する中で、縁を繋ぐためにも皇都で色々と動き回るため、他へと出ていくことはあまりしない。
こうなると皇都から離れる人はほとんどおらず、護衛の仕事も今は必要とされないというわけだ。
機に敏い商人たちが護衛を雇わないことで、今皇都では冒険者の人口が飽和状態にある。
そんな中で需要に対する供給不足で依頼が取り合いとなっていることからも、俺達が受けることができる依頼自体もその数は少ない。
早々に見切りをつけてギルドを後にする。
まだ陽の光もそれほど強烈さを発揮していないこの時間帯の第二市街は、通りを歩くとそこかしこに買い物客が商品を吟味している姿が見受けられ、中々の賑わいがこの街の朝を彩っていた。
このまま屋敷に帰る道すがら、道の途中にある店舗の品物を流し見していると、あっというまに第三市街へと続く門の前へと辿り付いてしまった。
門を守る兵士にギルドカードとマルステル公爵家発行の身分証を見せる。
この身分証は俺とパーラが第三市街へと出入りするのに必要だということでディーネが用意してくれたもので、ギルドカードと同じ大きさの金属の板に発行した日付とマルステル公爵家の家紋、身分証が与えられた者の名前が書かれている。
これは恒久的に身分を保証するものではなく、最大で二ヵ月間が有効期限であるため、期間を過ぎると効力が無くなるので注意するようにとは言われたが、二ヵ月も皇都にいるとは限らないし、いる可能性の方が低い以上は余り気にしないでもいいだろう。
これを第三市街を守る門番に見せることで他の一般の通行人と比べて圧倒的に簡略された通行が可能となった。
屋敷へと向かう道を歩いている俺だが、その道のりもバイクであればあっという間だと考える瞬間が度々訪れる。
本当なら俺はバイクでギルドへと向かうつもりだったのだが、今朝方食事をしている席に現れたオーゼルの父親であり、マルステル公爵家当主のジャンジール・ベオ・マルステルが俺へと詰め寄ってきて、バイクを見たいと申し出てきたのだ。
このジャンジールは魔道具への関心が人一倍強い質らしく、城からの朝帰りに客人が持ち込んだバイクという存在を知ると一も二も無く俺の元へ吶喊し、バイクを調べるのを熱烈に願ってきた。
俺としては今日ギルドへ向かう以外は使う予定がないので別に構わないし、なによりも世話になっている家の主の願いを無碍にするのも心苦しかったこともあり、破損させないことを固く約束してもらってバイクを調べることを許した。
そのせいでこうして徒歩での移動をしているのだが、せめて馬ぐらいは借りておくべきだったかと今さながらに思っていたりする。
屋敷の前にある兵士詰め所兼監視所に軽く挨拶して門を潜り、そのまま屋敷へと入っていく。
出迎えた使用人にパーラの居場所を聞くと、庭にいるということなのでそちらへと足を向ける。
庭の少し開けた場所にはパーラとディーネが向かい合って立っており、ディーネがなにやら身振り手振りで説明しているのをパーラが真剣そうに聞いていた。
そこから少し離れた場所にある屋根付きの休憩所ではオーゼルがその光景を見ながらお茶を飲んでいる。
とりあえず邪魔をすることのないオーゼルの方へと向かい、断りを入れてその対面に座る。
「パーラの方はどんな感じですか?」
「さっきまでお母様の手本に沿って魔術の使い方を実践してましたわよ」
そう言ってパーラ達とは少し離れた所に置かれた岩を指さす。
岩の表面は何か強い力で擦られたような擦過痕が見られ、その周りの芝生も不規則に荒らされたような跡があった。
どうやらあの岩を的にした魔術の実演が先程まで行われていたようだ。
ディーネはパーラと同じ風魔術の使い手で、かつて冒険者として活動していた経験もあって魔術師としての知名度は公爵家夫人としてのものよりも上なのだそうだ。
おまけに今城にいる魔術師の殆どが彼女の薫陶を受けているため、ある意味ではこの国の魔術師のトップといえるのかもしれない。
そんなディーネに魔術が使えるようになったとオーゼルが明かすと、その喜びようは凄まじいもので、パーティを開くやら最高級の杖をオーダーメイドで作るなどとはしゃぐディーネだったが、オーゼルが使う魔術の属性を火だと知ると一転してテンションが急降下する。
どうも自分の娘なのだから風の属性だろうと思い込んでいたらしく、先の喜びようも娘とお揃いのものが増えたということが多分に含まれていたようだった。
その落ち込み様にあたふたとしたオーゼルとパーラがなんとか元気付けようとし、それならとパーラが風魔術の指南を願い出た所、機嫌を直したディーネによる魔術口座が朝から開かれるという運びとなった。
なんとも忙しい性格をしているなとその時は思ったが、魔術の指南役としてはソーマルガ随一というお墨付きを宮廷付の魔術師達から貰っているとのことなので、パーラの成長にも繋がるだろうと俺も反対はしなかった。
火属性であるオーゼルの指南役は魔術師で適当な人間を後日紹介するということで、俺が朝ギルドに出かけてから今までパーラに向けた風魔術の青空教室が開かれていたわけだ。
そうしたことを考えているうちにパーラ達の話も終わったようで、こちらへと近付いてきた。
「はー疲れたー。アンディ、なんか飲むものない?」
「それならお茶がありますわよ」
俺の隣にドカッと乱暴に腰かけたパーラがそう言うと、オーゼルがテーブルの隅に置かれたお茶セットに手を伸ばし、テーブルにいる全員の前に置いたカップへと手ずから注いでいく。
「それでどうだ?なんか掴めるものはあったか?」
よほど喉が渇いていたのか、煽るようにしてカップを空にしたパーラがお替わりを要求しつつ、考えをまとめながら成果を口にする。
「うーん…どうだろ?ディーネ様に教えてもらった詠唱文で使った感じだと確かに便利そうだけど、自由度があんまりない感じかな。そういうものだって思って使えば不満はないだろうけど、今まで使ってこなかった方法での魔術だとちょっと物足りないかもね」
「あら、そうはいっても詠唱を使った方が魔力の消費も威力も一定だし、一度覚えると便利なものよ?」
パーラの言葉に返すディーネの言葉は、どこか呆れが含まれているように思えた。
俺が教えてきたということもあって、パーラもオーゼルも詠唱を使わずにイメージで現象を描き、それに沿って魔力を使った分だけ発動の規模を決める方式でここまでやって来たのだ。
詠唱を使って魔術を発動させるというのは、全く新しいやり方のような物で、馴染みがないうちは違和感もあるだろう。
とはいえ、一辺倒なやり方だけでは発展性も失われることになるだろうし、こうやって別の方式を知ることは考え方の幅も広がることから、決してマイナスにはならないはず。
「あなた達のやり方は今の世の中の主流とは大分かけ離れてるの。確かに口語詠唱型と比べて意識発動型はその自由度が段違いよ。でも意識発動を自在に使いこなすには集中力もいるし、習得までの時間も随分かかるらしいから、自然と口語詠唱の方を使う人間が増えていったせいで今では意識発動型を使える人間はほとんどいないわね。それこそ魔術を研究している人か、よほど意識発動型に向いた才能とそれを極めた師が揃った環境で育った魔術師ぐらいかしら」
ディーネが言うには俺達の使う魔術はかなり珍しいものらしい。
そもそも口語詠唱型と意識発動型という呼び分けも今知ったぐらいだ。
これほどにはっきりと別物だとは思っていなかっただけに、結構驚いている。
意識発動型は魔術の発動手順から使用する魔力量の調節までを自分の頭の中で組み立てなければならない。
だが口語詠唱型は文言に魔力量と属性、発動規模に威力と、魔術の発動に必要なもの全てが組み込まれているため、画一的に魔術を使い続けるのに向いている。
難易度も明らかに後者の方が低い為、口語詠唱型へと魔術師人口が偏るのも仕方のないことか。
自由度の高い意識発動型か、習得の容易な口語詠唱型か悩ましい所だ。
俺達は既に意識発動で慣れているので詠唱を覚えるだけで両方を使えるようになるらしく、その点だけは恵まれていると言える。
「ならオーゼルさんも火魔術の詠唱を先に覚えればいいのでは?それなら師を待つ間にも練習は出来ると思うのですが」
「それは無理よ。私が風魔術の使い手だから火魔術の詠唱を知らないし、そもそも一般的に詠唱文というのは学園で教えてもらうものだから、まず教本を用意するのも手間がかかるの。だから火魔術の使い手に直接教えを乞うのが今のところとれる手なのよね」
教本の手配に手間がかかるということに何かしら教育機関と製本業者の間に癒着でもあるのかと思ったが、よくよく考えるとこの世界では本も貴重だし、魔術の手解きに使う本ともなればおいそれと外部に流出させるのも躊躇われる。
一国の公爵クラスの権力でも教本の調達に手間がかかる位に、この世界では魔術の習得というのは秘匿性の高い技術なのだろう。
学園というとペルケティアにあるもののことだろうが、この話を聞くに、今頃シペアも苦労しているのだろうか。
詠唱文を覚えることから始めるだろうから他の人間とそれほどスタートラインは違わないとは思うが、それでもシペア自身の原点が意識発動型ではあるので、成長していくとその地力の差で他よりも優位に立てるのかもしれない。
元々ディーネ自身も学園で魔術を鍛え上げた口ではあるので、できれば魔術師を目指すなら学園に通ってもらいたいところだが、学園の入学適齢期が12歳までとなっている以上、オーゼルは少々入学は難しく、せめて俺とパーラだけでもと思ったそうだが、その気のない俺とパーラでは無理に勧めることは出来ない。
仕方なくパーラだけでも自分が教えれることは仕込もうという気持ちになったディーネだが、今のパーラも中々高い次元で魔術を使いこなしているので、詠唱文を幾つかと風魔術の応用を教えるだけで終わってしまった。
パーラ自身も以前はヘスニルのギルド職員であり、エルフにして風魔術の使い手でもあるメルクスラにも師事していたこともあって、その教えは余すことなく己の血肉とするだろう。
ちなみに、その時にはメルクスラから詠唱文は教わらず、風魔術の使い方と応用を教えてもらっただけだったので、今日パーラが初めて詠唱文を知ったと聞いた時は、個人に魔術の秘匿をおいそれと明かさない公平性は流石ギルド所属の人間だと素直に感心させられた。
これが早々の金を払った依頼としての形だったらまた別だっただろうが。
魔術の青空教室が終わり、四人で談笑しているところにジャンジールが現れた。
見た目は20歳そこそこといったものだが、これでも今年で45歳になるらしく、その見た目は完全に年齢詐称をナチュラルに行っているものだ。
「やあ、皆楽しそうだね。よければ私も混ぜてくれるかな?」
一応公爵でもあるジャンジールの登場に席を立って挨拶をしようとしたが、軽く手で制されて俺の隣にジャンジールが腰かける。
なぜ俺の隣に?と思ったが、どうもバイクのことで話をしたいらしい。
どうも先程までバイクを調べるのに夢中だったらしく、顔には埃らしき汚れが目立ち、薄い青色の髪の毛も所々が汚れていることからも、汚れるのを厭わないほどバイクにご執心のようだ。。
女性陣は俺とジャンジールを残して既に自分たちだけで会話に花を咲かせている。
まあ俺も女同士の会話に割り込めるほど器用ではないので別に構わない。
俺達は俺達でバイク談義といこうじゃないの。
「あのバイクはすごいな。未だ動力付きの馬車が研究段階を抜けていない今の我が国からしたら画期的すぎて技術の応用に時間がかかりそうだよ。あれを考えた人はとんでもない天才だ。どうにかして製作者と合いたいのだが…。アンディ、どうにかならないかな?」
「制作者はクレイルズという魔道具職人です。彼はアシャドルの王都にいますから、呼び寄せるなり会いに行くなりにせよそちらに人をやってはどうでしょう?クレイルズさんも中々忙しい人ですから、ソーマルガに来させるのは恐らく難しいかと」
「うーん…。私は気軽に他国へ訪れることができる身分には無いから、出来ればこちらへ招きたいところだが。彼とは是非ともじっくりと話がしたいものだ」
ジャンジールが言う話とは恐らく今ソーマルガで行われている魔道具開発に関することで、クレイルズから何かしらの技術の一端でも齎されることを期待してのことだと思う。
確かにバイクを作り上げたのはクレイルズだが、そもそもの発想と最初の設計図は俺がいなくては生まれなかったものだ。
今クレイルズをソーマルガに招聘したとして全くの無駄というわけではないが、それでもバイクがこの世界に誕生したときほどの魔道具技術のブレイクスルーはあまり期待できないだろう。
ただ、俺の私見ではクレイルズも紛れもなく天才の部類に入る人間だとは思うので、何かしらの新しい風は吹かせられる可能性は十分にある。
ジャンジールは俺にバイクの制作者が誰かとしか聞いていないので、あくまでもバイクの制作者であるクレイルズの名前を明かし、実際に着想を与えた俺という存在は伝える必要はない。
いつかクレイルズがジャンジールと会った時には俺という存在が明かされるとは思うが、それはそれで今の俺が負う必要のない責任だと思いたい。
そんな話をしている俺達に、オーゼルから声がかかる。
「お父様。私が城へ呼ばれている日ですが、事前に聞いていた通りに四日後でよろしいのでしょうか?」
「うん、昨夜その日程で調整してきたところだ。陛下をはじめ、登城する諸侯が揃う中での謁見になるから、公爵家の人間として恥じることのないよう振る舞いには気を付けなさい」
「もちろん、心得ておりますわ」
公爵だけあって厳格な雰囲気でオーゼルに釘をさすジャンジールにオーゼルも神妙に答え、来るべき日に備える心境を親子で共有している姿は貴族らしさが強く感じられた。
「ところであの話ですけど、やはり難しいのでしょうか?」
「アイリーン、お前の希望はなるべく叶えて上げたいけど、世の中には簡単にはいかないこともある。貴族でもない人間を王直々に設けた謁見の機会に立ち会わせるのはそう簡単ではないんだ。ただ根回しは終わっているからあとは陛下のご裁可を待つしかない」
そう言って親子揃った目が俺の方へと向けられる。
一瞬何事かと思ったが、さきほどジャンジールが言った『貴族ではない人間を謁見に立ち会わせられない』という言葉を思い出し、俺は嫌な予感を覚えた。
正直聞きたくはないが聞かずにいられないほど俺自身が当事者らしき気配も感じられ、思い切って二人に尋ねてみた。
「あの、お二方。俺の勘違いだったらそれでいいんですが、今の話と向けられた視線から、どうも俺を謁見の場へと連れ出す目論見があるように感じられましたけど」
「…まあその内知られることだし、教えてもいいんじゃないか?」
「そうですわね。アンディ、確かに私たちはあなたを謁見の場へと立たせたいと思っていますの。もちろん簡単ではないでしょうけど、お父様ならきっと何とかしてくれますから安心なさいな」
なんてことを…!
国王との謁見、それも他の貴族質の揃う場などと面倒くさいことこの上ない。
それにそんな場所に俺なんかがのこのこと出て行ったらどんな目にあわされるか。
いい所たかが平民と蔑まれて終わるだろうが、最悪は公爵家とのつながりのある人間として難癖をつけられてしまうかもしれない。
ここは何としても俺の謁見への参加を阻止するべきだ。
「いやいや、俺なんかが国王陛下の前へなんて畏れ多いですよ。謁見にはどうか俺を捨て置いてオーゼルさんが臨んでください」
「いいえ、そうはいきませんわ。あなたには遺跡の発見者として同席してもらいます」
「いやだなーオーゼルさん。遺跡を見つけたのはあなたじゃないですか。俺は無関係ですってHAHAHAHA」
表向きはオーゼルと数人の調査団員が遺跡の発掘を行ったとされており、俺とシペアとオーゼルが先に遺跡に入ったことは公にはなっていない。
なんとかそれを盾にして謁見を断りたい俺と、それを許さないオーゼルとの間ではお互いの目から飛び散るスパークが幻視出来るはずだ。
「そんなことは問題ではありませんわ。あなたにはどうあっても謁見の場に出てきてもらいますわよ」
「……なんでそこまで俺を謁見の場へと引きずり出したがるんですか?俺は善良な、ごくごく平凡な一般人に過ぎないんですよ?」
俺の言葉を聞いていたのか、パーラが何故かお茶を吹き出して笑いを堪えている姿が目に入った。
何か俺の今の発言に思うことがあるのか問い詰めたいところではあるが、今はオーゼルと話をするのが優先されるので無視しておく。
あくまでも今は、ということだが。
「ただ遺跡発見時に同行していたというだけなら問題はないのだが、アイリーンが持ち帰ったこれに関しての説明はアンディが一番適任だと言われたからね。これを見たおかげで、どうしても君を謁見の場に同席させたいというアイリーンの言葉も飲み込めたのだよ」
ジャンジールがそう言ってどこからか取り出したのは、あの遺跡探検で見つけたタブレット風端末だった。
それを見た瞬間にビシリと体が硬直するのを覚え、そして同時に落ち着きを無くしていく自分に気付く。
まさかこいつのせいで面倒な状況へと追いやられることになろうとは…。
「このタブレットというものは凄いな。パルセア語の辞書としては破格の情報量が秘められている。一時期各国に出回ったパルセア語の新しい解読手順の大本がこれだと聞いたら、アイリーンの手柄は遺跡発掘だけにとどまらなくなったよ。解読困難だったパルセア語に大きな進展をもたらしたとして、これもまた陛下に進言しておいたから、褒美ももう一つほど上乗せされるかもしれないね」
「そんなわけで、タブレットの使い方と見つかった経緯を陛下に説明することもありますから、アンディを謁見に同席させたい、とお父様にお願いしていましたの。もちろん断りませんわよね?」
ニッコリと笑みを湛えてそう言い放つオーゼルからは、妙な迫力が発せられている。
これは断ったらまずいことになりそうだと俺の本能が告げていた。
今の俺には頷くことしかできない。
確かに俺がタブレットという呼称も勝手に付けたし、前世で使ったことのあるものと互換性があったおかげである程度は問題なく使えていた。
それで遺跡の探索が捗ったこともあって、恐らく別の遺跡の探索でも使えると思われているのかもしれない。
ソーマルガというお国柄ならばタブレットの価値はかなり高く見積もられることだろう。
それを俺が国王陛下の御前で話すと思うと胃に来るものがある。
「では、無いとは思いますが、俺が国王陛下の御前に召喚されることがあればご期待に沿えるように力を尽くさせていただきましょう」
とはいえ、確実に俺が呼ばれるとは限らないので、出来れば一平民を呼ぶことはまかりならん!とか力強く言ってくれる貴族の発言が通ることを祈っておこう。
「ところでパーラはどうしましょうか?一応あなたもアンディと一緒に登城できるように手配できますわよ?流石に謁見の場は遠慮してもらいますけど」
それまでディーネと会話をしていたパーラは突然自分に振られた言葉に一瞬驚くが、すぐに質問の意図と自分がいかに答えた方がいいかを理解して最適な回答をする。
「え!あー…私はいいや。ほら、私はオーゼルさん達と一緒に遺跡を見つけたわけじゃないし、なによりも身分が違い過ぎてお城に行くのなんて無理だよ」
残念そうな装飾がさりげなくされているパーラの言葉だが、その顔からは面倒ごとからは遠ざかれるという喜びがありありと伝わってくる。
いいなぁ…パーラは俺と違って断れる口実があって…。
こうなれば何とかしてパーラにも俺と同じ目にあってもらいたい。
その後も何とかパーラを巻き込めないか試みるが、説得力のある材料の乏しい俺の言葉が通ることは無く、むしろ途中から余計なことを言う俺に、パーラによる風の塊を使った不可視のボディーブローがさく裂し、テーブルやら茶器が散乱したその場を片付ける流れのまま解散となった。
あぁ…俺はやっぱり面倒ごとを回避するのが下手な人間なんだなぁ…。
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