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久しぶりの絡まれ方

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皇都ソーマルガ。
ソーマルガ皇国の中心となる首都であり、緑地地帯と砂漠地帯の境目にあるこの街は、国の中心に相応しい威容を誇る巨大都市だ。
西に巨大な湖を抱え、その水によって生活を支えられているこの都市は、周囲にまばらにある草原と砂漠が丁度入り混じった、まさに聞きしに違わない境目の街といった姿は、どこか寂寞の砂漠と生命溢れる草原の双方の印象が融合した不思議な魅力を感じる。

小高い丘から見下ろしてようやく皇都全体を見渡せるぐらいに広いその街並みは、白壁を使った家々がほとんどを占めているおかげで、遠目には太陽の光の反射も相まって眩しさを覚えてしまうほどに明るい。
所々にソーマルガの様式ではない建物もあるが、それらは他国の大使の居館だったり、あるいは宗教関係の建物だったりするもので、それ以外はすべて白壁で作られたソーマルガ独自の様式の建物ばかりだ。
ドーナツ状に広がる第一から第三までの市街をまるで防壁に見立てて配置したその中心に一際巨大な建物が建っており、あれこそがソーマルガの王が住まう城だという。

街を囲う壁も長大に伸びているが、外壁の厚さと高さは決して不足はないぐらいに堅固なものだ。
城を中心に放射状に広がる街並みの中で、一番外側にあたる第一市街は一般市民の多く住む地区にあたり、皇都で最も人口密度の高い場所となる。
第二市街は第一市街からさらに城側に近く、こちらは商業活動が活発に行われている地区で、同時に職人たちの工房も多く犇めいていた。
第三市街は貴族や有力商人の住む屋敷が多く建っており、人口密度は市街の中で最も少ないが、皇都の中では最も警備が厳しい地区だ。

第三市街だけは他の地区とは壁で区切られており、これは貴族の多く住むこの場所へ無暗に関係ない人間が立ちいるのを制限するのと共に、有事の際はこの壁を境に封鎖することで城の最終防衛ラインとして機能させるための物だという。
未だかつて戦火に巻き込まれた歴史を持たない皇都にこれだけの防御を布かれているのは何かに備えるためか、はたまた広がっていく市街の様相から自然とこうなっていったのか。
それを考えると皇都の成り立ちの歴史は非常に興味深い。

ところで俺がこんなことを考えているのには訳がある。
エーオシャンを発って皇都までは予定通りに辿り着いたが、これがよくなかった。
なにせ南に向かう度に気温は加速度的に上昇していき、皇都を目にする頃には真夏のビル街もかくやという暑さに見舞われていたのだ。
これが普通に馬車で移動していたら、進むたびに少しずつ暑くなっていく環境に時間をかけて慣れていけたのだろうが、俺達はバイクで時間を掛けずに移動して来たため、極短時間に気温が急激に上昇したあおりを受けていた。
つまるところ、こんなことを考えて気を紛らわせていないと参ってしまうぐらいに暑い。

皇都への門を目指してバイクを走らせている俺達だが、サイドカーに座るオーゼルはこの暑さも慣れたものといった様子でさほど辛そうな様子は見えない。
俺とパーラはあまりの暑さに着ている服をエーオシャンで買ったものに変えて、その上に日差し対策でマントを羽織っているが、気休め程度にしかならない。

リアシートに座りながら俺の背中に身を預けるパーラはぐったりとしており、時折水を欲しがる以外は口を開くことが無くなっていた。
「…オーゼルさん…水…」
「またですの?あまり一気に飲んではなりませんよ」
「わかってる。お腹壊すってんでしょ…」
サイドカーにいるオーゼルから水の入った革袋を手渡され、気だるそうにそれを受け取ると喉を鳴らして飲みだすパーラは、今日の朝から既に結構な量の水を飲んでいる。

オーゼルの言葉を聞いて一応水分の多量摂取は控えようという気はあるのだが、それでも喉が渇くのはどうしようもなく、結果的に回数を分けることで頻繁に水を要求しているようだ。
水だけを飲んでいては体内のイオンバランスが崩れることも考慮して、今朝の内に飲料用の水袋にはごく少量の塩を入れているので、幾分かスポーツ飲料代わりにはなっていると思いたい。
バイクに乗って移動することで感じる風も熱風と言って差し支えなく、とっとと皇都へと入って日陰で休みたいところだ。

しばし走ると皇都の外壁に設けられた門が遠目に見え、パーラもわずかだが元気を取り戻していく。
大勢の人間が門という一点の穴に吸い込まれるようにして集まってくる光景は大都市ならではだ。
一般用の門の前には人が列を作っているが、俺達はオーゼルが貴族ということもあって、貴族用の門を利用できる。
バイクを走らせるとやはり物珍しさから注目を集めてしまうが、それでも俺達が一般用の門を使わないと分かるとその視線も減っていった。
誰も貴族だと思われる相手を凝視して不興を買いたくはないものだからな。

門番も接近するバイクに若干の警戒が滲む顔で迎えるが、オーゼルが見せた指輪ですぐさま姿勢を正し、最敬礼で通過を見守られてしまった。
やはり権威というのは凄まじいものがあると改めて思い知らされる。

門を通過すると目の前には城まで一直線に続く大通りが伸びており、多くの人と馬車にラクダまでが行き交っていた。
驚いたことに、この街の大通りは余裕のある4車線で構成されており、左側通行で馬車が進み、道の端には歩行者用の道路が用意されているという、随分と俺になじみのある光景がそこにはあった。
大通りを行く馬車は、道の中央に埋め込まれている黒い石が並べられた中央線と思しきものに沿って移動していることから、ますますもって近代的な道路の様相を呈している。

サンドベージュ色の道もてっきり土剥き出しなのかと思ったが、地面に土魔術での干渉を行って返って来た感触は、石畳のような固さの中に微かな弾力が混じったような手応えで、何かしら魔術的な手が加えられているような気がする。
どこかアスファルトを敷いた路面が想起されたこの道のおかげで、ソーマルガという国の建築技術に対する先進的なイメージが強まってきた。

「驚きましたでしょう?皇都では歩行者とそれ以外の通行ははっきりと区分されていますのよ。このおかげで馬車の通行は滞ることなく進み、歩行者が馬に撥ねられる事故もほとんど起きませんの」
「へぇ~。なんか変な感じ。でも人の流れが綺麗に整ってる感じがして私は好きだな」
自慢げに話すオーゼルの言葉に、パーラは好奇心が刺激されたようにリアシートから体を左右に揺らすようにしてあっちこっちを物珍し気に見回している。

「それで、オーゼルさん。これからどこに行けばいいんですか?出来れば宿を先に見つけてバイクを預けたいんですけど」
大通りを走るバイクにやはり人の目は多く集まるもので、今も多くの人が俺達を指さしており、目立ちすぎている今の状況からとっとと解放されたいところだ。
「まあ確かにバイクは目立っているようですしね。ですが、宿に行く必要はありません。皇都にはマルステル家の邸宅もありますから、そちらを使います。今頃は家族も領地にまだいるはずですから、好きに使わせてもらいましょう」

公爵ともなれば皇都に邸宅があってもおかしくはない。
オーゼルの案内でバイクを走らせ、第一市街と第二市街を走り抜けると、周りの建物と比べて頭一つ高い壁が見えてくる。
あれが第三市街を囲う壁か。

皇都を囲う壁の高さは20メートル程だったが、ここのは大体7・8メートルほど。
外壁と比べると些か小さいと思うかもしれないが、この壁は第三市街への侵入を防ぐのが普段の役目のため、この程度のものでも十分なのだ。
壁に近付いて行くと、第三市街へと続く門となっている場所には武装した兵士が門番として立っており、貴族だと明らかに分かる馬車などはそのまま素通りされていたが、その貴族でも時々馬車を止められて身分を明らかにしている様子から、どうやら適当に役目をこなしているわけではないようだ。
何かしらの用事で通る一般人は門の横にある建物へと入っていく姿が見受けられ、入り口とは別の出口から出てくる人間もいることからも、その中では入国審査ばりのチェックが行われているのだろう。

前をいく馬車に続いて俺達も門へと向かうと、当然のことながら止められてしまった。
明らかに普通の乗り物ではないバイクを見て、そのまま通過させるようでは門番の意味がない。
「止まれ!」
詰め所から応援を呼んでいたのか、それまで門の前にいた3人の兵士に加え、もう3人が加わった6人の完全武装した人間が俺達を半包囲で待ち受けていた。

停止の命令に従いゆっくりとバイクを止め、目線をオーゼルに向ける。
それを受けてオーゼルはサイドカーから身を翻すようにして飛び出し、兵士の前へと歩み寄っていく。
若干派手な降り方をしたせいで、兵士達は警戒感を強め、剣の柄に手を添える者もいた。
先程停止の命令を口にした兵士が代表する形でオーゼルに声をかける。

「この先は第三市街だ。ソーマルガの貴族以外は通行を制限している。そちらの身分を示すものを用意し、あちらの建物で通行の妥当性を証明されよ」
淀みなく告げられた言葉は特に居丈高というわけでもないのだが、妙に緊張感を掻き立てられるのはそれだけこの兵士が自分の職務に真剣に取り組んでいる証なのかもしれない。

「門衛の役、誠にご苦労様です。私はマルステル公爵家が一子、アイリーン・オーゼル・マルステルです。こちらを」
そう言って指輪を差し出すとそれを受け取った兵士が家紋を確認し、すぐさま周りの兵士にも声をかけると姿勢を正してオーゼルに敬礼を返す。
「公爵家の方とは知らず数々の無礼、誠に失礼いたしました!ですが、我らも門を守る任を賜る身。どうかご寛恕頂きたくお願いいたします」
「ええ。もちろん職責の程は存じております故、謝罪は不要にございます。こちらもいらぬ誤解を抱かせたことは理解していますので」

オーゼルの言う通り、怪しい乗り物に乗った人間が貴族家の人間だと直結して考えるのは無理があるので、この兵士たちの行動は至極真っ当なものだろう。
非があるとしたら貴族と分からない姿で門に近付き、兵士に取り囲まれてから指輪を見せたこちらの方だ。
なのでオーゼルもこの対応に不満を抱くことなく兵士の忠勤を褒め称え、身分を明らかにしたことで門の通過を許された。

第三市街へ続く門を潜ると、先ほどまでの街並みとは少々雰囲気が変わったことに気付く。
第一市街と第二市街では人々の生活の息吹が喧騒と共に伝わって来たのだが、この第三市街は高級住宅地のような静けさに包まれている。
まあ貴族の邸宅が建ち並ぶ地区なのだから高級住宅地といえばそうなのだが。

時折見かける人の姿も、明らかに貴族と分かる身形のいい人達がほとんどで、すれ違う馬車も貴族家の家紋が刻まれた上等なものばかりだ。
俺達が向かうマルステル公爵家の邸宅は第三市街でも一番城に近い場所、つまりは一番門から遠い場所にあるということだ。
この街では城に近いほど権力の強さを示す、一つのバロメーターとなっているらしい。

目的地へと向けてバイクを走らせていると、突然対向車線を走っていた馬車が中央線を跨いで俺達の進路を塞いでできたため、慌ててドリフト気味にバイクの車体を横にしつつ、ブレーキを掛けることで何とか衝突を避けることには成功した。
馬車には貴族家の紋章が刻まれているため、もしぶつかっていたらトラブルに発展していた可能性も考えられ、ブレーキが間に合ったのは幸いだった。

とはいえ、どう見ても向こうの過失であることは明らかで、道を塞がれてしまった俺達は向こうの馬車からのアクションを待つしかなかった。
幸い馭者の様子を見ると怪我を追っている様子もないので、恐らく馬車に乗っている人間も怪我はしていないだろうとは思うが。

「二人とも怪我は?」
向こうの馬車から目を離さないまま、同乗者に怪我の有無を尋ねる。
「大丈夫、平気」
「こちらも問題ありませんわ」
両名とも怪我も無く、ひとまず安心する。

「オーゼルさん、向こうの馬車って貴族のですよね。どこの家のかわかりますか?」
「……見たことありませんわね。大物貴族の家紋なら粗方記憶していますから、知らないということは下級貴族か、この一年に貴族となった新興の家かもしれません。どちらにしろ大物貴族ではないでしょう」
確かに新興貴族がいきなり伯爵クラスになるのはとんでもない勲功が必要だ。
それこそ他国との戦争で敵国の王の首をとるぐらいの。
オーゼルが旅に出ている間に貴族になったということは、元々そうなる予定になっていた騎士爵か、商取引で国に貢献した大商人あたりだろうか。

そうなると向こうは男爵か最高でも子爵の家ということになるが、こちらには公爵家の人間がいる。
何かしらの言いがかりをつけられてもオーゼルの身分を知れば引き下がるだろう。
そんなことを考えていると、馬車の扉が開かれ、中から護衛と思しき武装した人間4名と、明らかに肥満体だと思われる男が出てきた。

身形から察するに、肥満体の男があの連中の中では最上位者ということになるのだろう。
周りにいる人間と比べて頭一つ小さいその男は、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべたまま俺達へと近付いて口を開いた。
「何ということをしてくれたんだ。僕達の進路をその妙な乗り物で邪魔してくれたせいで、馬が驚いてしまっているじゃないか。これでは馬車を走らせるのに手間取ってしまう。僕はこれから人と会う予定なんだが、これでは…ねぇ。いやぁ困った、困ったなぁ」
大袈裟に両手を広げて天を仰ぐようにしてそう言うが、顔は相変わらずニヤついたままで、それも相まって明らかに言いがかりを吹っ掛けられていると分かる。

貴族とのトラブルは避けたいところだが、こうも見事に言いがかりをつけられては反論しないわけにはいかない。
「一体何を言っているんです?進路を急に変えたのはそちらの方でしょう。俺達はちゃんと車線を守って走っていました。むしろそちらが俺達の進路を妨害した形ですよ」
「何を言う!貴様らが我らの邪魔をしたのだ!こちらのメンル様がそう言うのだからそうに決まっている!」
なるべく感情を込めず、淡々と事実だけを告げたが、それが気に入らなかったのか、護衛の一人が俺の言葉に食って掛かる。
典型的な貴族の悪い部分を抽出したようなその応対に、自然と相手に対する感情は凍てついてく。

「メンル様?それはそちらの方の名前で?」
「そうだ。こちらにおられるのはレベレス・ダウラ・カンロス男爵様が嫡子、メンル様だ!」
護衛の男の紹介を受けて、仰け反るほどに胸を張るメンルは、親の威を借りた小物そのものといった感じか。

「だそうですけど、知ってます?」
一応オーゼルに尋ねてみるが、答えは首を横に振られることで返される。
「初耳ですわね。カンロス男爵なんて聞いたことありませんわ。流石に家紋はともかく、爵位ある貴族家の名前ぐらいは聞き覚えがありますから」
「ということは新興の貴族家の線ですか」

「なにをコソコソと話している!メンル様がお話をされるのだ。有り難く拝聴せよ」
オーゼルと話しているのを聞かれなかったのは幸いなのか、護衛の男が声を張り上げて俺達の注意を集め、メンルが気分良さげに口を開く。
「馬車の損壊に加え、僕に対する非礼はカンロス男爵家への非礼だ。すぐさまその首を刎ねることも出来るが、僕は慈悲深い。その奇妙な乗り物をこちらに寄越せば全ては不問にしてやろう」

なるほど、それが目的か。
遠目にも馬が曳いてもいないのに動く乗り物となれば、この世界の人間なら誰でも興味を抱く。
どうもこのメンルとやらは傲慢がそのまま服を着ているような性格のようだし、バイクを欲してこの一連の騒ぎをわざと起こして取り上げようと企んだというとこだろう。

見たところ甘やかされて育てられたバカといった感じだが、親が貴族になったせいでさらに増長して今に至ると予想を立ててもそう外れてはいないだろうな。
この手のバカはヘスニルでも何度か遭遇しているので、パーラはまたかという顔を浮かべ、オーゼルは相手の狙いを看破したことで視線は冷たい物へと変わっていた。

「アンディ、もう面倒だからあいつ撃っていい?」
メンルの言葉に最早語る間すら惜しいとばかりのそう結論を出したのはパーラで、声はかなり底冷えのする冷たいものになっており、このままだとほんとうに天下の往来で銃をぶっ放す事態になりかねない。
俺もとっととこいつらを電撃で気絶させてしまいたいところだが、そうするとこいつらはまた懲りずに同じようなことを繰り返すかもしれない。

一度きっちりと痛い目にあわせて、自分たちのしたことがどういう結末を迎えるのか、骨身に染みるほど後悔させてやったほうがいいだろう。
「まあ落ち着けって。そんなことをするよりもいい方法がある。悪いけど少し付き合ってくれ。二人とも、耳を」
パーラとオーゼルにこれから行うことの概要を伝え、それぞれの動きを指南して俺はバイクを降りてメンルへと向き直る。

「相談は済んだかな?」
相変わらず自分がしでかしたことの重大さに気付いていないメンルは、未だ己が優位に立っていると思い込んでいるようだ。
「察するに、これを断ると後ろにいるお仲間が俺達を攻撃する、さらに男爵家の力を使って罪人にでも仕立て上げて結局これを没収するように手配する。そんなところかな?」
「よくわかってるじゃないか。そう、最早君たちの取れる手は他にないんだよ。さあ、その乗り物をこちらに寄越すんだ」
どう転んでも自分の物になる算段をつけているだけに、俺達はそうするしかないと思い込んでいるメンルに言うことは一つだけだ。

「だが断る」
俺の言葉に一瞬理解できないといった様子でポカンとした様子だったメンルは、次の瞬間には顔を真っ赤にして、しかしわずかに残った理性で何とか落ち着いた声を絞り出した。
「……は?断る…おかしいな、今断るといったのかな?僕の言ったことは理解できているかい?男爵家を敵に回すことの意味とあそこにいる連中が君たちを痛めつけることも?いや、もしかして子供の君にはまだ難しかったかな?」
「ちゃんと理解している。…そうだな。分かりやすく言おう。欲しいものを奪うために恫喝と愚策を弄する貴族らしからぬ人間に施す餌は持っていない、ということだ」
なるべく小ばかにしたように口調を整え、メンルを見る目も蔑みを込めることで相手の感情を掻き乱す。
メンルとは違って、護衛の男たちは俺の言葉を聞いて殺気を強め、腰に吊り下げられた剣にはとっくの昔に手が伸ばされており、いつでも抜けるといった体勢でこちらを睨んでいた。

「施し、だと…この僕に…男爵家の人間に施しっ…もういい、その薄汚い口を閉じろ」
怒り心頭といった様子で口元を震わせ、先程よりもさらに顔を赤くしているメンルに、俺から更なる追い打ちをかける。
「何度でも言おう。貴様のような輩にくれてやる施しなどない」
はっきりとそう言うと、もう頭の血管が切れるんじゃないかというぐらいに怒り狂った様子のメンルが護衛の男達に指示を出す。

「殺せ!」
その一言でメンルが下がるのと入れ替えに、完全武装した男たちが俺に斬りかかってくる。
相手からすると子供にしか見えない俺に負けるとは微塵も考えられないようで、抜きざまの剣をそのまま俺の首へと叩き込もうとしてきた。

護衛という任務についているのだから多少は腕が立つかと思っていたのだが、迫りくる剣筋を見るだけで男達の技量の低さに逆に驚いてしまった。
俺が今まで出会った剣士と比べて圧倒的に実力が低いその腕で、よくもまあ男爵の子供を守ることが出来たものだと思ったが、恐らく男爵の権力をかさに着た脅しでほとんどの一般人は敵にならなかったおかげで、この護衛達の質の低さが目立たなかったのかもしれない。

半歩後ろに下がりつつ、上半身をわずかに仰け反らせるようにして首元に迫る剣を躱し、風切り音と共に引き戻されようとする剣目掛け、お返しにと俺の方から一発かます。
横に寝かされていた刃を、強化魔術を使った拳でアッパー気味に叩くと、よほど質の悪い剣を使っていたようで、拳が当たった部分を境に相手の剣を真っ二つに折ってしまった。

実際手応えとしては煎餅程度の硬さにしか感じられなかったので、もしかしたら剣の手入れなども怠っていたのかもしれない。
護衛対象を最後に守る盾となる自分が使う武器にすら気を遣わない愚かしさに呆れるしかない。
護衛としての心構えは三流以下だ。

「ってめぇ!」
武器を破壊された男はすぐさま剣を手放すとその場から飛び退り、太腿に巻き付けていたナイフを抜くとそれを構えて俺を睨みつける。
下がった男とは違い、未だ手に剣を持つ他の男たちは俺への脅威度を引き上げたようで、正面から突っ込むことはせず、左右に回り込んで突きと袈裟掛けでそれぞれ斬りかかって来た。

突きを躱すと袈裟掛けの軌道に巻き込まれるし、袈裟掛けの方を避けようとすれば突きから変化する切り払いが俺を襲うだろう。
非常に的確な攻撃だと言えるが、残念ながらこの攻撃は俺には通用しない。

俺は腰から抜いた剣に電気を通し、電磁石の効果を発生させた剣を振り上げると、左右から迫る剣は吸い込まれる様にして俺の掲げた剣へと軌道を変えてくっついてしまった。
突然見えない力で剣を無理やり持ち上げられた格好になった男たちは驚愕の顔を浮かべているが、その隙だらけの状態を放って置くわけがなく、俺はそれぞれの腹部目掛けて前蹴り、そこからの回し蹴りにつないでその体を大きく吹き飛ばす。
奇しくも、最初の時と同じ立ち位置に戻った所で、メンルが声を張り上げた。

「何をしている!相手はただの子供だぞ!取り囲んで一斉に斬りかかればそれで済むだろ!とっとと―「静まれぃ!」―ひっ!」
突如あたりに響き渡ったのは風魔術で拡声されたパーラの声で、腹の底に響く大音声はその場にいる全員を音が叩くようにして襲った。

俺はパーラとオーゼルが予定通りの配置についているのを確認したところで合流するべく声を張り上げながら二人の元へと駆け寄った。
「静まれ静まれ!静まれぃ!……この紋章が目に入らぬかーっ!」
オーゼルを中心に左手側にパーラが、右手側には俺が立ち、オーゼルから預かった指輪を正面に掲げるようにしてメンルたちに見せつける。
ちょっと小さいかとも思ったが、指輪の材質はわかるだろうし、指輪に刻まれている家紋は十分見えるぐらいの距離ではあった。

「こちらにおわす方をどなたと心得る!恐れ多くもマルステル公爵が末子、アイリーン・オーゼル・マルステル様にあらせられるぞ!」
指輪を見せるのは俺が、先の口上は風魔術で力強さをプラスして話せるパーラが担当し、オーゼルを威厳たっぷりに見せることで異世界水戸黄門が完成した。

「公爵家っ!?」
「うそだろ…」
「いやでもあの紋章は確かに…」
呆けているメンルとは違い、護衛の男たちはこちらの正体を知って明らかに動揺している。
王家を始めとして、公爵に侯爵や伯爵といった大物貴族の家紋というのは、貴族に仕えている人間であれば真っ先に対応を間違えてはならない相手として教え込まれるはずなので、家紋を見分ける程度のことはできるはずだ。

そんな連中もパーラからの圧力を伴った言葉を受けて、その身をさらに硬直させていくことになる。
「者ども、ご令嬢の御前である。頭が高い!控えおろうっ!」
それにしてもパーラ、ノリノリである。
事前に教えていたタイミングだと相手をまとめて後退させたあとに、打ち合わせておいた台詞を言い放つ予定となっていたが、パーラもオーゼルもこのベタな勧善懲悪の展開に、やや興奮状態に陥っているようだ。

娯楽の少ないこの世界では、この手の分かりやすい物語が非常に喜ばれるため、自分がその物語に登場しているかのような今の状態が、彼女達を一種のントランス状態へと押し上げているのかもしれない。
この本気具合が今回は威圧感となってこの場を支配しているので、悪い展開ではない。

メンル達はオーゼルが公爵家の人間だと知ってその場で膝を付き、それきり頭を上げることが出来なくなった。
それもそうだろう。
言いがかりをつけた相手は公爵家所縁の人間で、しかも自分は男爵の権力で恫喝を掛けたのだ。

これは下級貴族が上級貴族に喧嘩を吹っ掛けたも同然で、公爵家からしたら鼻息だけで吹き飛ばせるぐらいの相手になめられたままで終わるとは到底思えない。
それに思い至ったメンルは途端に体を震わせだした。
自分が今まで散々使ってきた権力による脅しを、今度は自分が味わうことになったその恐怖はどれほどだろうか。

「こっ公爵家の方とは知らず、大変ご無礼をいたしまして―」
自分がしたことを詫びるメンルは顔を上げることが出来ず、ただただ謝罪の言葉を口にするだけ。
その後ろに同じ体勢で控える護衛の面々も、メンル同様にオーゼルを直視できず、只管地面を見つめるだけの置物状態だ。

「―決してマルステル家に反意を抱いているわけではなく―「もう結構ですわ」―ははーっ!」
延々と言い訳染みた言葉を吐き続けるメンルに、オーゼルも流石に聞き飽きてきたようで、謝罪の言葉を止めさせるべく掛けられた声に過剰なまでに遜った反応をするメンルを見るに、もう完全に心は折れているようだ。

「同じソーマルガの貴族の一員として恥じ入るのみですわね。…それで、アンディ?この後はどうしますの?」
目の前で膝を付いて震える男達を冷徹な目で見下ろして、小声で話しかけて来たオーゼルはこの後の展開を知らないので、俺の指示を待っている。
「それが、実はここまでのことしか考えてないんですよ。俺はこいつらをどうにかできる立場に無いし、いっそオーゼルさんが決めるというのは?」
「大雑把な策でしたのね。…まあこの程度のことで時間を使うのも面倒ですし、巡回の兵士に引き渡して終わりにしましょうか」
オーゼルも面倒を嫌う性格なので、一々男爵家と事を構えてまでこいつらをどうこうしようとは考えない。

騒ぎを聞いてようやく駆けつけてきた憲兵に事情を話し、メンル達はそのまま引っ捕らえられていった。
これはオーゼルが公爵家の人間であるため、男爵家の人間よりも証言が優先されるし、なによりも目撃者の証言もあって俺達が被害者だと分かったがゆえの結果だ。
つまるところ、俺達が平民だったら泣き寝入りだったが、貴族家に繋がりがあればそもそもこの企みは成功しなかったということになる。

衝動的にバイクを手に入れようと企んだせいで、メンルは恐らく男爵家の跡継ぎから外されることになるだろう。
本来であれば公爵家からの申し添えがあれば男爵家の取潰しもあり得るが、俺達は特に被害らしい被害も無いし、オーゼルもメンル個人が罰せられるのなら家の方にまで類を及ぼす必要なしというスタンスをとるらしいので、この件は終わったと判断していい。

簡単な事情聴取をその場で受けて、俺達は再びマルステル公爵邸を目指してバイクを走らせる。
「それにしてもさっきのアレ、気持ちよかったね」
「そうですわねぇ。直前まで身分を隠して悪を懲らしめる…少し癖になりそうです」
パーラとオーゼルは先ほどの水戸黄門ごっこがいたくお気に召したようで、その話題で盛り上がっている。
俺としてはあれは創作の中だから面白いのであって、実際にやってみたら面倒くさいことこの上ない。

「ねぇ~アンディ~」
急に猫なで声で俺の名前を呼ぶパーラの魂胆は既に透けている。
「ダメ」
「まだ何も言ってない」
「どうせさっきのをまたやりたいってんだろ。ダメダメ。あれはオーゼルさんがいたから出来たんだからな。俺とお前だけでやっても意味ないって分かるだろ」
「そうだけどさー」
「パーラ、アンディの言う通りです。諦めましょう」
まだ渋るパーラを諭すオーゼルは、俺の言いたいことの芯の部分までちゃんと理解できているはずだ。

俺達は公爵家の権威を盾にさきほどの件を解決したが、これは下手をすると権力の乱用と取られかねない。
確かに悪事を働いているのであればあのやり方もありだろう。
だがそれを悪事だと判断するのは誰か?
他ならなぬ俺達だ。

同じような場面に出くわした時、果たしてそれを今回と同じようにして解決してしまっていものだろうか?
もしかしたら悪事に見えていても、その真の目的は善性に立ったものかもしれない。
悪と捉えている一面をはぎ取ると、そこには善が潜んでいる可能性もありうる。
それを権力でなぎ倒すようなやり方は毒にしかならない。
『権力は毒』とはよく言ったもので、僅かであれば薬になっても、使いすぎれば毒となって身を亡ぼす。
悪と断じ、後になってからそれが実は善だと分かった時、多くの人は己を責めずにいられないものだ。

長々と考えたが、ようは権力に頼り切らないようにしようというだけだ。
まだブーブー言っているパーラを宥め、俺達はようやく目的地にたどり着いた。




今日の川柳

気をつけろ 強い権力 アルコール

                     アンディ
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