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使者、襲来

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 料理対決はチェルシーとエリーの二人が勝者と言うことで幕を下ろす。
 観客も勝者が二人いることにはモヤっとしてはいるようだが、結果は結果として受け入れ、拍手喝采でチェルシー達を称えていた。

 今回の対決で披露された調理技術は、観客達に広く知られたため、早速試してみたいと言う声があちこちで聞こえてくる。
 パーラ達にとっては真剣勝負だが、観客達にはエンターテイメントと目新しい調理法を知る機会だったと言えた。

 ところで、この料理対決の本来の目的はなんだったか思い出してみよう。
 大本はパーラとエリーの争いだが、ここにアミズが変に手を加えてチェルシーが参加したわけだが、勝ってしまった以上、景品を手にする資格が彼女にはある。

 エリー達は俺との婚約を景品としていたが、チェルシーはそうではない。
 アミズがチェルシーに何かしらで代替するようだが、それが何かというのが少し気になる。

 そこで、料理対決の片付けが進む中、思い切って本人に景品は何を欲するのか尋ねてみた。

「景品?決まってますわ。この学園に、女だけを集めた私専用のハーレムを作ること!これ以外ありえませんことよ!」

「どうかしてるぜ」

 拳を握りながらそう叫ぶチェルシーに、率直な感想が口を突いて出た。

 前々からそんな気はしていたが、どうもチェルシーは同性が好きな傾向にあるようで、まさか学園内にハーレムを作ろうとするとは、やることがデカいというかアホというか…。

「流石にハーレムは無理ね。あなたが個人的に他の子と仲良くなるのはいいけど、それを学園側が推奨することはないでしょうよ」

「そんなぁ~…アミズ教授は勝ったら色々と便宜を図ると言いましたのに」

「確かに言ったわよ?でも、これでも私は学園側の人間なの。学生の本分を超えるような、それもそんな大掛かりな話は聞けないわ」

 アミズもチェルシーの要望は今初めて聞いたのか、驚きに呆れが混じった顔をしている。
 同性同士でどうのと言う部分には寛容なようだが、ハーレムとなると学生に許すにはあまりにも派手過ぎるのだろう。
 加えて、勉学とは完全に関係ないことには、学園側のアミズも力を貸せないと見える。

 その後、しょぼんとするチェルシーに、アミズは別の何かを褒美として与えようとしたが、『欲しいのはハーレムのみ!ハーレムが手に入らないなら、愛などいらぬ!』と叫んでいた。
 どんだけハーレムが欲しかったんだよ。

 チェルシーバカの方はもういいとして、問題は残る二人、パーラとエリーだ。
 先程対決の終了をアミズが告げてから、ずっと睨みあったまま動こうとしておらず、舞台の片付けの邪魔になっている。
 一言も発さずにただそうしているため、遠巻きに見ている人間も何人かいて、その中にはシペアとスーリアの姿があった。

 十日ほど前にアミズの研究室裏でも見た光景に、俺は堪えきれずに一度大きく息を吐いてから声をかける。

「お前ら、いつまでそうしてんだ。もう対決は終わったんだから早く舞台から降りろよ。片付けの人が困ってるだろ」

「…分かってる。ちょっと待たせておいて」

 こちらを見ずにそう言うパーラの声は、緊張感とも違う硬さがあった。
 何やら俺が口を挟めない空気を纏っており、それはエリーからも感じられ、今は二人だけで言葉を交わす必要があると、そう思わせる何かがあった。

「パーラ、料理対決は私の勝ちってことでいいわよね」

「いや、勝者にはチェル―」

『アンディは黙ってて』

「はい」

 エリーの言葉を訂正しようとした俺だったが、揃って射殺せそうな視線でそう言われては引き下がるしかなかった。
 怖いので。

「まぁね。これでアンディはエリーとの婚約の話を進めることになるわけだけど…その顔、納得いってないってところね?」

「ええ、その通りよ。私はね、確かにアンディとの婚約を狙ってた。けどね、それと同じくらいにパーラ、あなたにも勝ちたかった」

 吐き出すようなエリーの言葉には、勝者であるはずの彼女から到底出るとは思えない悔しさが籠められている。

「勝ってるじゃん。チェルシーとだけど」

「そうね、勝負では。でも結局アンディは、私が作ったものよりもパーラの料理を選んだ。それって勝ったって言える?」

 そう言って歯を食いしばるエリーの顔は、見たことがないほどに険しいものだ。

 この二人は逆に仲がいいと思えるぐらいによくケンカをしていた。
 エリーから突っかかることは多かったが、パーラもそれには本気で向き合っていたし、そこには確かに友情があったと思える。

 だからこそ、料理対決には本気で臨んで、俺に自分を選んで欲しかったという思いはあったのかもしれない。
 しかし結果として、勝負には勝っても肝心の俺は票を入れなかったとなれば、モヤっとした思いもあるのだろう。

「ま、私が逆の立場だったらって思えば、言いたいことは分かるよ。それで、どうするの?もう一回料理対決をしろとか言うつもり?」

「まさか。この料理対決自体、アミズ教授に乗せられたところがあるからね。流石にこれっきりにしたいわ」

「まぁ、ね…」

 対決をした当人同士だからか、パーラもエリーの気持ちは分かるようで、真剣な目つきで挑発的なことを口にするが、エリーは疲れた声で否定する。
 エリー達も乗せられたと自覚しているだけに、言い出しっぺのアミズも終盤で飽きていたことには呆れているらしく、一瞬、揃ってアミズを白けた目で見つめた。

 そして当のアミズは、チェルシーとの話は終わったようだが、今度は油時計の持ち主である研究者達に詰め寄られていたりする。
 やはり強引に持ち出したことを言われているようで、初めて見る困った顔で弁明している様子には、巻き込まれた形の俺達も少しだけ胸がすく思いだ。

「…とにかく、私はこの対決の結果をそのまま受け取るわけにはいかないわ。だからパーラ、今回だけはアンディとの婚約はいったん白紙に戻してあげる」

 思いがけない言葉がエリーの口から飛び出たことに、驚きとともに安堵も覚える。
 どうやって婚約のことを切り出そうかと思っていたが、まさか向こうから白紙にしようと言い出すとは。

「へぇー…、いいの?別に勝ちは勝ちだって言い張れば、そのまま婚約の話は進められるかもよ?」

「はンっ!そうしたらあなた、アンディをふん縛ってでもして逃げ出す気でしょ。その目はそうする目よ」

「さぁ~ねぇ、どうかなぁ~」

 決して付き合いは長いわけではないが、良くも悪くもパーラとエリーは相性がぴったりで、お互いのことをよく理解している。
 そのエリーが見抜いたパーラの考えは、恐らく俺もそうだろうと思えるものだ。

 勝負事には真剣に望むが、その決着に納得がいかなかったら、そもそもゲームのテーブルをひっくり返す発想がパーラにはある。
 俺がそう育てた。

「白々しい。私はね、パーラ。この料理対決が決まった時から、アンディに選んでもらって堂々と婚約を進めるつもりだったの。勝ち負けは関係なく、ね」

 そこに俺の意思はどれだけ介在できるのか。
 どうもエリーは、俺が婚約を受け入れる前提で話を進めているし、パーラもそれを恐れている節はある。
 俺だって一人の意志ある人間だということを思い出してほしい。

「でも、結局選ばれたのはパーラ。ずるいわよ、あんなの。私がただ貴重な食材を揃えたのに対して、パーラのは心遣いが溢れてた。敵わないわ」

 自嘲気味に言うエリーの顔は、今にも泣きだしそうなものに見える。
 勝敗よりも、俺が選ばなかったことでそうまで揺さぶられる感情があったとは、改めてエリーの想いというものを知った。

 俺は驕っていたのかもしれない。
 今日までエリーの気持ちに向き合わず、どうにか婚約を回避しようということばかり考えていた自分が恥ずかしい。

「なぁ、エリー」

 何かを伝えなければならないと思いつつ、しかし口から出せる言葉を持たないまま、とりあえず声だけはかけてみるが、すぐに俺は何も言えなくなる。
 エリーが何も言うなと、そう目で伝えてきたものに、俺の唇は縫い付けられたからだ。

「今はアンディのことはパーラに預けてあげる。でも、私はこの学園で色んな経験を積んで、もっといい女になるわ。だからパーラ、私がアンディを奪いに行くまで、他の女にとられないようにしなさい」

 パーラへの挑発染みたその言葉は、ともすれば強がりにも聞こえるが、一旦身を引くがまた戻ってくるという、エリーの強さが十分に込められている。

「言われるまでもないね。言っておくけど、私だって成長してるんだから。その内もっとエロくなって、アンディもエリーのことなんか目に入らないぐらい私に夢中になってるかもよ」

 なんちゅうことを言ってんだ、こいつは。
 確かにパーラの成長は著しいが、そう言う奴に限ってエロをはき違えて成長するため、望んだ結末が得られるかはわからないものだ。

「…上等。今回は前哨戦ってことにしてあげる。ここから、どっちがアンディをものにするか勝負よ」

「望むところ。私だって、負けるつもりはないから覚悟してよね」

 何やら展開が急な気もするが、今回の対決での落としどころは二人の間で決まったようで、しかしどうやら俺を巡っての争いはまだ続きそうだ。

 ともすれば殴り合いも考えられた二人の間の空気も、今のやり取りでなにやらいい具合にい落ち着いたようで、ライバル同士が不敵に笑うような絵が出来ていた。

「殿下、そろそろ行かなくては。魚が傷んでしまいます」

 そうしているうちに、どこからか現れたリヒャルトがエリーにそう声をかける。

「分かってるわ。…もう少し話したいところだったけど、この後用事があってね。悪いけど、ここで失礼するわ。次に勝負するときがあれば、完全な勝ちをもらうわよ。それまでせいぜい油断してなさい。あばよ!」

 あばよて。

 早口でそう告げ、エリーが駆けるようにして舞台から去っていく。
 残っているリヒャルトもその後を追おうとしたが、その前にキッチンにあったジーグー魚の残りを空いていた鍋に入れて持ち去ってしまった。

 残念ながらジーグー魚の残りはこの後、ソーマルガの人達で使うため、俺が手を付けることはできなかった。
 既にその辺りはさっき聞かされていたが、こうして目の前で持ち去られると惜しむ気持ちは出てくる。
 せめて一欠けらでもと思ったが、所有権を一切持たない俺にはどうしようもない。

「ふっ、エリーめ。生意気なことを言うようになって」

「どうした急に」

 去っていく背中を見送っていると、突然パーラが強キャラのようなことを言い出す。

「ん、ちょっとね。あんなでもエリーって王女じゃない?」

 あんなとはひどい言い方だが、同意できるのは普段のエリーが悪い。

「私達も普通に接してたけど、やっぱりそう見る時はあったんだよね。でも、今のエリーってすごく…なんて言うか、女の子?って感じ」

「そうか?あいつは前からあんな感じだったと思うけど」

「はぁ~っあ!男には分かんないでしょうね!」

 首をかしげる俺の何が悪かったのか、急に不機嫌になったパーラがそっぽを向いてしまった。
 今のやり取りってなんか地雷あったか?
 解せぬ。




 料理対決が終わり、俺とエリーの婚約話も有耶無耶になったことで、次の日からもまた普段通りの日常が戻ってきた。

 相変わらず俺は学園の臨時講師に収まっているが、全学年への講演はもうとっくに終わっているので、最近は蔵書室で過ごすことが多い。
 飛行同好会に通うためだけに持っている肩書だが、そろそろ他に何か講師としての仕事を見つけないと、生徒達から無駄講師と呼ばれかねない。

 そんな風に呼ばれることはまずないのだが、俺の心情としてはそうなのだ。

「うーん、そう言われても、今は教師の手が足りてる状態だからねぇ。まぁアンディ君は実戦経験のある魔術師ってとこを加味しても、そっち方面で教導をお願いするってことはあるかもしれないな」

「てことは、今俺がやれることはないと?」

「いや、全然ないってわけでもないさ。どこかの研究室や授業の手伝いをするのは構わないよ。ただ、授業はともかく研究室は外部の人間に見せられないものも多いから、事前に話を通しておく必要はあるだろうけど」

 蔵書室で偶然出くわしたゼビリフに、色々と相談してみたが、やはり学園での教師としての俺がやれることはあまりないようだ。

「ところで、例のブツはいつ頃取りに行くんだい?」

 急に不穏なことを言い出したゼビリフだが、ブツと言うのはアミズを紹介してくれたことに対するお礼のことだ。
 冒険者の俺に頼みたいことがあると言ったアレは、とある物を手に入れて欲しいというもので、普通では手に入りにくいため、少し遠くまで足を運ぶ必要があった。

「あぁ、それなんですが、もう用意してあります。今日持ってきてますよ」

「え!本当かい!?君、学園にずっといたと思ったけど、どうやって…」

「以前、チャスリウスに行ったときに、偶々手に入れていただけですよ。どうぞ、お納めください」

 そう言ってテーブルの上に重そうな音を立てて置いたのは、濁った銀色をした小ぶりのインゴットだ。
 これは灼銀鉱を精製したもので、約二キログラムが一本となっているものだ。

「おぉ、これだよこれ。なんだ、持っていたならそう言ってくれればいいのに」

 インゴットを手にして、喜色を浮かべるゼビリフの様子から、よっぽど欲しかったのだろうと想像できる。
 今現在、正確に判明している灼銀鉱が採れる鉱脈はそう多くない。
 チャスリウスでも、危険な清風洞穴ぐらいでしか見つからなかったぐらいで、そのレア度ゆえに喉から手を百本出してでも欲しい研究者はいくらでもいる。
 ゼビリフもその一人だったわけだ。

「分かってると思いますけど、灼銀鉱は魔力の質に反応しやすい物質なので、保管には気を付けてください」

「うんうん、分かってる分かってる。けど、これは精製済みなんだろう?」

「ええ、現地の専門家に頼んで、ちゃんとした手順で作ってもらいましたから」

「なら大丈夫だろう」

 灼銀鉱は強い魔力に晒されると、その性質を変化させるため、保管方法は実に繊細な扱いが要求される。
 ただ、長年の研究の賜物で、特別な製法で加工することで純度を引き上げつつ、そのままでは性質変化をほとんど起こさない状態へと安定化させる技術が確立されていた。

 俺はインゴットと厳重に密閉された状態の灼銀鉱の原石の両方を持っているが、今回はこのインゴットからいくつかを持ち出している。
 それがこのインゴットというわけだ。

 インゴットにすることで扱いやすくなったが、同時に灼銀鉱としての本来の効果を利用するには、これまた専門的な処置を施す必要はある。
 研究者として灼銀鉱を欲したゼビリフなら、その辺りのことは分かっているとは思う。

「いやぁ、なんか悪いねぇ。アミズに繋ぎをつけただけで、こんな結構なものを用意してもらっちゃって」

「いえ、こっちとしても持ち合わせがありましたし、手間はほとんどなくて助かりましたよ」

 金銭で換算すると、灼銀鉱はそこそこのものではあるが、どうせ持っていても今の俺には使い道がない品だ。
 パーラのことでの仲介手数料だと思えば、惜しくはない。

 それはともかく、この灼銀鉱を何に使うのかは気になる。
 研究者としては言えないこともあるだろうが、それぐらいは聞いてもいいだろう。
 それを尋ねようとした時、蔵書室の扉が無遠慮に開かれる音が俺の言葉を遮った。

「やっぱりここにいたか、アンディ君。…これは、ゼビリフ先生。お邪魔でしたか?」

「あぁ、いやいや。大丈夫ですよ。僕の方はもう用は済んでますから」

 開かれた扉から顔を出したのはベオルだった。
 その口ぶりから俺を探していたようだが、わざわざ彼が蔵書室まで足を運ぶとは、重要な用事でもあるのだろうか。

「ではアンディ君をお借りしても?」

「ええ、どうぞ。僕はこれで失礼しますから。アンディ君、これありがとうね」

 同席していたテーブルから立ち上がり、ゼビリフが去っていくのを見届けてから、ベオルが再び口を開く。

「さてアンディ君、急ですまないが一緒に来てくれないか?」

「はあ、まぁ暇なんで別にいいんですが、どこへ?」

「学園長のところだ。君の意見が欲しいと仰せでね」

「学園長?俺、会ったことないんですけど、そんな人がなんで」

 面識もないのにいきなり呼び出されるとは、学園のトップが俺に一体何の用があるというのか。

「それは来れば分かる。あぁ、他に同席する方もいるが、最低限の礼儀だけは持って臨んでくれればいい。では行こうか」



 蔵書室を後にし、ベオルに連れられて学園長室へとやってきたが、初めてやってきた場所だけに少しだけ緊張感を覚えた。
 この辺りは俺が来ることはないエリアで、校舎三階の廊下には学園長室のほかにも豪奢な扉がズラリと並んでおり、この階自体が普通以外の用途に使われる部屋が集まっているものと思われる。

「失礼します。例の者をお連れしました」

 ―お入りなさい

 廊下の一番奥、ひと際立派な両開きの扉に、ベオルがやや強めにそう声をかけると、中から帰ってきたのは意外な声だった。
 学園長の物だと思われるそれは、女性だということに加え、若さが感じられる声だということにも驚く。
 このクラスの学園のトップとなれば、髭を蓄えた老獪な紳士というものを思い浮かべていたせいだ。

「は。…アンディ君、学園長は非公式な場ではあまり礼儀にうるさくない方だが、それでも最低限の礼儀を欠くことはないようにな」

「分かってますよ。俺もわざわざ偉い人の不興を買いたくないですから」

 ドアノブに手をかけたまま一旦動きを止め、ベオルがそう釘を刺してきたが、俺だって根っからの礼儀知らずという訳ではない。
 こういう時のTPOは弁えてるつもりだ。

 ゆっくり扉が開くと、ベオルの背中の向こうにある部屋の様子が見えてくる。

 学園長室だけあって広さと調度品は立派なものではあるが、本来学園長がいるであろう重厚な執務机には誰もおらず、先程の声の主を探してみると、部屋の左手側に置かれたソファセットに人の姿を見つけた。

「そちらがアンディさんね?ベオル、あなたはもういいわ。後はこちらでお話をするから」

 その声から判断して、目の前にいるのが先程入室を許可した人物だだろう。
 ショートカットの銀髪に緑色の目、横に長い耳という特徴から、一目でエルフだと分かる。
 身に纏う若草色のドレスはシルエットが細く、エルフが身に着けるとよく似合うもので、柔和な笑みを浮かべる顔からは若々しさを感じられるが、落ち着き払った態度からは相応に年を重ねた重厚さも漂っていた。

 見た目だけなら二十代後半から三十代前半といったところだが、エルフなら百歳超えは普通にあり得る。
 なるほど、エルフという長命の種族なら、積み重ねた知識と経験の多さから学園長も十分に勤められそうだ。

「は。では何かありましたらお呼びください」

「ええ、ご苦労様でした」

 俺を連れてきたことでベオルの役割は終わったようで、サクっと部屋から出ていくと、残ったのは学園長室に元からいた人間と俺だけとなった。

「では名乗らせてもらいましょうか。私はここの学園長を務めているレゾンタムです。この度は急な呼び出しに応じてもらいましたこと、まことに感謝しています」

 ソファから立ち上がったレゾンタムは、学園のトップにしては腰の低い言い回しをするものだから、俺の方が面食らってしまう。
 学園長ともなれば、もっと傲慢な人間かと思ったのだが、こういう人もいるんだな。
 日本の教育者のお偉いさんにはまずいないタイプなので、見倣えないものだろうか。

「これはご丁寧に。ご存じかと思いますが、俺はアンディと申します。呼び出しのことは別に構わないんですが、それよりも知り合いがそこにいるのが気になりますね」

 なるべく丁寧にそう返しはしたが、とにかく気になっていたことを尋ねずにはいられなかった。
 実は俺がこの部屋に入った時から、レゾンタム以外にも二人の人間がソファに腰かけていた。
 一人は知らないが、もう一人の方はよく知っている顔だ。

「…何やってんだ?ヒエス。お前確か今授業中だろう」

 その知った顔はヒエスで、俺が到着する前から何やら学園長達と話し込んでいたというのが、彼の目の前のテーブルに置かれた冷めた飲みかけのお茶から想像できる。

「やあ、アンディ君。授業中ってのは君の言う通りなんだが、僕も呼び出された口でね」

「彼は私が呼びました。実は今回、アンディ君を呼んだのもヒエス君から君のことを聞いたからなんですよ」

「ヒエスから?こいつが絡んでて俺が呼ばれるってことは、もしかして飛行同好会関連ですか?」

 ヒエスとの関連があるとすれば、想像できるのはそれぐらいだ。

「まぁ大きな意味ではそうなのかな?アンディ君、少し前に同好会の活動中に僕がベオル先生に呼ばれたのは覚えてるかい?」

「あぁ、そういやそんなことあったな」

 あの時はエリーに婚約の話を持ち掛けられて、その後にパーラとの料理対決があったりと色々忙しくてすっかり忘れていた。

「その時にも、こうして学園長に呼ばれてたんだけど、僕達が作ったあの飛行機の模型、アレに興味のある人がいてね。それで君にも話に加わってもらった方がいいと思って、僕が呼ぶようにお願いしたんだ」

 そういうことか。
 あの模型飛行機に関しては、学園でも色んな人が目撃しただろうから、その誰かから学園長に話がいって、ヒエスが呼び出されたというところだろう。
 飛行機に関しては、ヒエスは物を作れはするが、理論を説明するには俺が必要だと判断したようだ。

「だとしたら、お前が最初に呼び出されてから今日まで結構経ってないか?なんで今更」

 最初にヒエスが連れていかれてからは、料理対決があったりで二週間近く時間が経っている。
 もし俺に話を聞くなら、もっと前に呼んでくれてもよかった。

「そのつもりだったんだけど、なんか君達の料理対決があるっていうもんだから、それが終わるまでは待とうってことになってね」

「なんだ、別に気を使わなくてもよかったぞ。どうせ対決本番までは暇な時間なんかいくらでもあったし」

「まぁあれも学園の生徒達のいい息抜きになりましたし、どうせなら全部終わってからにしようと言い出したのは私なのですよ。それに、今日いきなり呼び出したのも、こちらの方が急遽おいでになられたからでもあります」

 レゾンタムがそう言って、この部屋にいる残りの人物を見る。
 俺もその視線を追い、ヒエスの向かいに座る人へ視線を向けた。

 先程から一言も発さず、俺達のやり取りをただ聞いていたのは、この世界では初めて見る種類の男性だ。

 頭髪が緑と黄色の二色が斑に混ざったような色をしていて、髪の毛は所々に鳥の羽のようなものが見えることから、鳥系の獣人種だと思われる。

 顔だちは人そのものだが、白目の部分が黄色で黒目が小さいという、その部分には鷲とよく似た特徴があった。
 焦げ茶と白のローブ姿なのもあってか、ハクトウワシがそのまま人間になったと言われれば納得してしまう。
 年齢は恐らく四十台そこそこかと思われるが、外見に鳥の要素が強いせいで人間と同じ外見年齢での予想が付きにくい。

「…失礼ですが、そちらの方は?」

 ここまで一言も交わしていないので、名前もわからない。
 鳥系の獣人ですか?といきなり聞くのも失礼だし、とりあえずレゾンタムにその辺りも込みで尋ねてみた。

「こちらはラサン族の次期族長候補であるクレイン氏です。今回、ヒエス君達飛行同好会で制作した模型の型に興味を持たれて、学園へ足を運ばれたのですよ」

「…クレインだ」

 レゾンタムの紹介に、短くそれだけを告げてまた黙ってしまったクレイン。
 機嫌が悪いのかとも思ったが、俺がかつて出会ったことのある寡黙な人間とよく似た雰囲気を纏っていることから、恐らくこれが彼にとって普通の態度なのだろう。

「いやぁ、まさかラサン族が僕の模型飛行機に興味を持つなんて、空を目指すものとしては鼻が高いよ。な、アンディ君」

「…は?何がだ?」

 レゾンタムに勧められてソファに座ると、隣で妙に浮かれた口調でそう話すヒエスに、俺はその感情が理解できないために、思わずそう返してしまった。
 なぜ模型にクレインの興味が持たれると鼻が高いのだろうか。

「いや何がって、あのラサン族だよ?模型飛行機が氏にここまで認められてるっていうのはとんでもない……もしかしてアンディ君、ラサン族のことを知らない、とか?」

 ゴクリと音を立てて唾を飲み込み、恐る恐ると言った様子のヒエスが言うと、それを聞いていたレゾンタムとクレインも驚いたように息をのむのが分かった。

「まぁ知らないけど…え、もしかして、一般常識?」

 これは久々にやってしまった案件か?

 こっちの世界の人間は普通に知っていても、俺が知らないということは未だに多くあった。
 ラサン族もその一つかと思えば、周りの反応も頷ける。

「…教育者を長いことやっているけど、ラサン族を知らない人は初めて見ました。アンディ君は、もしかして私達の想像できないほど遠い国から来てませんか?」

 地球の日本からと言う意味では、レゾンタムの言葉はよく的を射ている。
 まさか異世界からきましたなんて言えないので、曖昧な笑みで誤魔化すしかできない。

 クレインも言葉にはしていないが、自分達を知らないと言った俺を見る目は不気味さと憐れみを伴った不思議な色を宿している。
 いや、鳥っぽい目だからそう見えているだけか?

「学園長殿、ここは話をする前に、我らのことを彼に教えた方がいいと思うのだが。良ければ私から話して聞かせよう」

「そうですね…ではお願いできますか?ヒエス君も、氏族の方の口から直接ラサン族のことを聞くいい機会です。拝聴させてもらいましょう」

「わかりました」

 そんなクレインも、話を進めるにはまずは自分たちの種族について知ってもらった方がいいと判断したようで、学園長に断りを入れてラサン族のことを説明しだした。
 レゾンタムがヒエスにもいい機会と言ったのは、もしかしたらラサン族からこういう話を聞く機会はかなり少ないのかもしれない。

 学園の生徒であるヒエスに、そんな機会が訪れた幸運を説くあたり、やはりレゾンタムは学園長として真っ当だと言える。
 人格者がトップにいる学園に通えて、ヒエス達は幸運だ。
 ここはひとつ、俺もヒエス達と同じ様に学生の気持ちでクレインの話に耳を傾けるとしよう。

 それに、意外とこういう話は面白いこともあるし、少しだけ楽しみだったりする。
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