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結果発表

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 おにぎり、あるいはおむすびとは、炊いた米を手で丸や三角の形に丸めたものを指す。
 基本的に味付けは塩のみだが、中に色々な具材を入れることでそのバリエーションはどこまでも広がり、ほぼ全てのおかずを受け入れる度量のある料理だ。

 よく[『おにぎりなんか米を固めただけで料理じゃない』という言葉を聞くが、それは大きな間違いだ。
 確かにおにぎりは単純な作り方だが、単純がゆえに奥深いものと言うのは世の中には数多くあるもので、子供でも作れてしまうだけに、作り手の技術差がはっきりと出るものでもある。

 塩加減一つとっても、米の甘さを引き出す適量を見極めなくてはならないし、程よく空気を含ませて握る力加減は一朝一夕で身につくものではない。
『おにぎりを侮る人間は、物の本質を見抜けない軽薄な奴だ』という、大正時代の文豪が評した雰囲気がある俺の教訓はあまりにも有名だ。
 おにぎりで俺は小一時間は語る自信もある。

 それほどに俺はおにぎりをリスペクトしている、いやもう愛していると言っても過言ではない。

 しかし、今回の料理対決においては、そんな俺でもおにぎり一つで勝負するのはあまりにも不利だと言わざるを得ない。

 まだまだこの世界では一般的ではない米を食材として選んだパーラの選択は支持したいが、今回ばかりは相手が悪い。
 実際に食べた身での感想として、ジーグー魚は食材として格が違うし、塩釜焼は珍しさとエンターテイメント性で勝負を仕掛けてきている。
 ここにおにぎりで正面切って挑むとなれば、よっぽどのものでないと物足りないままで終わってしまうだろう。

「これは…たしか米だったか」

「知っているのか?ベオル」

 全員の前に皿が並んだところで、まず声を上げたのはベオルだった。
 他の審査員達は知らないのか、唯一知っている風な言葉を出したベオルに注目が集まる。

「ええ、まぁ。以前、学園長に贈り物として届けられたものを分けてもらったことがあります。穀物としては麦と似てはいますが、パンとはまた違う味わいで、匂いに好みが分かれるかもしれません」

 偉い人の秘書なんかやってるとそういう役得にあずかれるのか、ベオルは米食経験者のようで、その言いようから、特に米が嫌いという訳でもなさそうだ。
 他の人が知らないというあたり、まだまだ米の知名度は低い。

「どれ……ふむ、確かに少し変わった匂いだ。しかし、私は気にならんな」

「麦粥のあの匂いと比べると、むしろ私はこちらの方が好きですよ」

 こっちの世界では、一般市民の間では麦粥が食べられているのだが、麦の質なのか作り方が問題なのか、少し匂いに癖があるため、嫌いな人はそれなりにいる。
 炊いた米のあの匂いも、欧米人には避けられることが多いらしいが、こっちの世界ではどうなのかというと、今のところ食べた人の多くは好意的な反応を見せていた。

 ここにいる審査員も、まず匂いでダメだということはないようだ。
 もっとも、この時点で炊き立ての匂いは大分薄れているので、それもあっての感想だとは思うが。

「皆さんの前には形の違う二つがありますが、まずは三角の方から召し上がってみてください。その後、野菜の塩漬けで一度口直しをし、それから丸い方を食べてください」

 パーラが新しく小皿を手にし、俺達の前へ並べていく。
 おにぎり以外にも浅漬け的なものを用意していたようで、キュウリに白菜っぽいもの、カブの三種が出された。
 ちゃんと薄く切られていて、口直しに食べやすいサイズなのは有難い。

 しかし食べる順番を指定してくるとは、変わったことをする。
 恐らく丸い方がメインのようだが、見た目で判断がつかない以上、中の具が違うとかなのだろうか?

 そういえば、パーラは鍋を二つ使って米を炊いていたが、それはつまり、二種類の炊き方をしたということでもある。
 あるいは、二種類の米を使っていて、分けて炊きたかったか。
 いずれにせよ、この二つのおにぎりは別物だと考えた方が良さそうだ。

 しかし、三人の料理を比べる中で、さらにおにぎりの味を比べさせようとは、挑戦的で面白い。
 すっかり冷めてしまっているが、おにぎりは冷めてもうまい、むしろ冷めてからが本気というところもあり、その点は前の二人と比べても不利にはならない。

「二つは分けて味を比べろと言うことかね?変わった趣向だな」

 審査員も形によって何かが違うと悟り、訝し気にだがそれぞれ皿に手を伸ばしていく。
 こっちの食文化としては手掴みにそれほど抵抗がないおかげで、皆が特に不満はなく手に持ったおにぎりを口へ運んでいく。
 俺もそれに続き、とりあえず三角のおにぎりを食べてみる。

 まずは一口、米の具合を確かめるように少量だけを口に含み、ゆっくりと歯で摺りつぶすように噛んでいく。
 そうすると米特有の粘りが歯ざわりとして心地よく、舌に染み渡るようにして甘さが広がり、まさしく米食ってると言う感じだ。

 中の具は焼いたキノコを細かくしたものか。
 塩と酒を使って炒めたようで、馥郁たる香りが上手く米とマッチしている。

 炊き方や握り具合、具のチョイスと、かなりクオリティの高いおにぎりと言え、米をよく食べる俺からしても、早炊きにしては見事な出来だと言える。
 塩釜焼やジーグー魚より先に食べていたら、きっともっと驚いたかもしれない、素晴らしい出来だ。

「…おぉ、米とはこんなに美味いものだったか。噛めば噛むほど鮮やかな甘さが出てくる」

「一粒一粒が弾力を保ちつつ、柔らかさも兼ね備えた不思議な食感だ」

「味付けが塩だけでは少し寂しいかと思いましたが、中の具と合わさるとなんとも言えない複雑な美味さを見せますね。ほろ苦さが癖になりそうだ」

 審査員の中で初めて米を食べた人間は、それぞれが美味さに驚いた反応を見せ、米を食べたことのあるベオルは中の具との組み合わせに感動を見せていたほどだ。
 おにぎりのファーストインプレッションとしては反応も上々だが、残念ながら先の二人に比べるとその熱量は少し抑え気味かもしれない。

 シンプルがゆえに仕方ないとはいえ、パーラは順番運に嫌われたな。
 せめてチェルシーの後ぐらいだったら、もう少し印象も違っただろう。
 制限時間が一時間弱だったのもよくなかった。

 とはいえ、その時間で米を炊き上げるのは中々難しいもので、変に硬かったりベチャついたりせずに仕上げたパーラは大したもんだ。

 悔恨と感心を抱きつつ、おにぎりを一つ食べきる。
 大きさがそれほどでもないおかげで、二つ目も問題なく行けそうだが、その前に口直しに浅漬けに手を付ける。
 パーラがそうしろと言ったのだし、それがこの料理の作法なら従おう。

 箸など用意されていないので、キュウリを一切れ摘まんで口へ放り込む。
 浅漬け特有のシャキッとした歯ごたえとマイルドな塩気で口の中がさっぱりとする。

「これはまた、何とも爽やかな」

「悪くはないが、私は酢のきいた物の方が好みだね」

 審査員達もこの浅漬けには好感触を示したが、やはり酢漬けの方がいいという人もいる。
 漬物の主流は酢漬けが多いため、塩だけで漬けただけの物では刺激が足りないようだ。

「では皆さん、次に丸い方を召し上がってください」

 口の中がリセットされたことで、いよいよ丸い方を食べることとなった。
 ここまで引っ張ってきて、さっき食べたのをどう超えてくるのかお手並み拝見だ。

 まぁどっちもおにぎりである以上、そう大きな差はないだろう。
 こっちの世界だと米の産地での差など現時点ではそうそうないし、となると調理法でなにかあるのか。

 そんなことを思いつつ、丸を欠くように齧り付く。

 瞬間、頭のてっぺんを雷が通り抜けていくような衝撃に襲われた。
 別に雷魔術の誤射とかではなく、それほどの驚きがあったのだ。

「…なんだこれは。さっきのとはまるで違う!」

「米一粒ずつの味が際立って分かる。それでいて、噛んでいくと一体となった甘みがどんどん膨れ上がるようだ」

「具は同じ様だが、形が違うだけでこうも変わるのか?」

 あまり期待していなかったのか、審査員達も先程との違いに気付くと、そのギャップに動揺を示す。
 同じ米を使った料理というのは見ればわかるが、食べると別物と言っていいほど、後者の方が数段味は上だ。
 当然、形が変わったところで味が変わるわけもなく、それ以外に何かをしたのは明らかだ。

 歯応えも風味も、あの三角の方を遥かに凌ぐその出来に、俺はパーラに尋ねずにはいられなかった。

「どういうことだ、パーラ。この二つ、何が違う?なにをした!」

 俺も動揺していたようで、かけた声の最後の方は強いものになってしまっていた。

「ふっふっふ、驚いたようだね、アンディ。このおにぎり、確かに丸い方は私が特別に手を加えたよ。それが何か、知りたい?」

 不敵な笑みでそう言うパーラの態度はムカつくが、そう言われてはハァハァと答えを迫るのが何となく躊躇われる。

「…米は恐らく同じのを使っている。多分塩も。となれば…水か!」

 思い返してみれば、あの米を炊くときに鍋を分けていたのは、使う水が違うからだったのかもしれない。
 しかし、それだけであそこまでの違いが出るのかという疑問もまた覚えた。

「うーん、半分正解かな。じゃあ答え合わせをしようか。アンディの言う通り、二つのおにぎりは同じ米と塩で作ってる。そこは正解」

 そう言うってことは、その後に続く言葉が肝になるわけか。
 勿体ぶるようにひとつ溜めるパーラに、強い視線を向けて先を促す。

「ただし、丸い方は水を変えてある。米はペルケティアの商人から買ったものだけど、水は色々試して、この米には産地に近い山の湧き水が一番合ってたから使ってみたの」

 元々米を炊くのはその作られた土地の水を使うのが推奨されるが、こっちの世界だと現状の米の入手先は限られているため、合った水は自分で見つけるしかない。
 ここ数日、パーラが飛び回っていたのはこの水のためだったわけか。

「…それだけか?」

「え?」

「それだけか、と聞いている。まだ何か秘密があるんじゃないのか?」

 しかし、俺にはもう一つ、何かあるような気がしてならない。
 確信ではなく、元農家としての勘が囁いているだけだが、それが当たりだったのはパーラの顔を見てわかる。

「…流石アンディ。お察しの通り、実は調理に入る前、最も重要で最も手間のかかった工程があったんだよ」

 観念したようにそう零すパーラの顔は、妙に疲れたものに変わっていく。
 思い出してああも表情が曇るとは、その工程とやらがよっぽどの作業だったようだ。

「調理前というと、浸水とかか?」

「まぁそれもあるけど、そのもっと前の段階だね。いやぁ、大変だったよ。正直、もう一回やれと言われたら世界の果てまで逃げてみせるね、私は」

 このままだとその苦労を語るのに一話を使いそうなほどに重苦しいため息を吐くパーラだが、今はその先が聞きたいのだ。

「そう勿体ぶるなよ。何をしたのか早く言えって」

「もー、せっかちだなぁ。アンディさ、前に言ったよね。米は完ぺきにムラなく炊くのが理想だって」

「ああ、そういやそんなこと言ったっけな。確かに理想はそうだが、米ってのは一粒一粒大きさも形も―まさかっ!」

「そのまさか、だよ。私はね、米を一粒一粒吟味し、形と大きさを揃えたのを炊いて、おにぎりにして出したんだよ!」

『な、なんだってーっ!』

 ニヤリと笑みを深め、そう言い放ったパーラの言葉に俺は唖然とし、他の審査員達は大声を上げながら、まるで狂人を見るような目をパーラに向けた。

 観客達もそれまではおにぎりにはさほど注目していなかったのだが、一転してざわつきと共に多くの視線が集まりだした。
 それだけ、パーラのしたことの驚きと異常さを知らしめたということだ。

 何かをしたとは思っていたが、まさか米粒の大きさを全て揃えるというバカげた作業をしていたなど、誰が想像できようか。

 そう思えば、パーラの目元には薄っすらと隈が出来ているのが分かるし、料理中の大人しかった様子も、眠気を堪えていたと言われれば納得できる。

「料理ってのは、結局最高の食材を使えば美味しいのが作れる。けど、私達は本職の料理人じゃないから、どうしても食材を生かしきれない。なら、手間をかけたもので食べた人の心に訴えかけようとしたってわけ。…です」

 途中までは俺に向けていたようだったが、パーラが他の審査員の視線に気づくと、最後の方は尻すぼみするようになっていった。

「ちょっと待ってくれ。この粒を一つずつ揃えたという作業には驚いたが、それだけでこうも味は変わるものかね?たったそれだけで同じ料理がまるで別物だ」

 一人がそう言うと、他の審査員達も同調して頷く。
 パーラがこのおにぎりにしたことと味の関連がしにくいようだ。
 料理人でもなく、米の知識もほぼないとくれば、それも仕方のないことか。

「俺から説明しましょう。米というのは、水と火加減でその炊き上がりが大きく左右されるものです。特に、熱をムラなく伝えることで、すべてが均一で調和のとれた炊きあがりとなります。そうすると、甘みと風味は余すことなく味わえるんですが…」

「ですが?」

「正直、一粒に至るまで形を整えるなんてこと、考えたことすらなかったもので、それがここまでの変化をもたらすとは、俺自身驚いています」

 仮に思い付いたとして、それを実行に移したかと問われればノーと言うだろう。
 十粒を揃えるなんてちゃちなもんじゃあない。
 審査員達全員分のおにぎりとなれば、あの小さい米粒を何千何万という数で見ていかなければならないのだ。

 恐らく、おにぎりに使った米の何倍もの量の中から選んだと思うが、普通の感性からしたら常軌を逸しているとしか思えないだろう。

 だから用意されたおにぎりもやや小さめなサイズだったわけか。
 流石に通常サイズを作れるだけの量は確保しきれなかったようだ。

「あのおにぎりの全ての粒が選び抜かれたものとは」

「しかも五人分ですよ。どれだけの手間をかけたと…」

「時間と手間、個人がかけた労力としては前二人の比ではないな」

 若干引き気味の審査員達だが、彼らをそうさせたのはひとえに、パーラが他の二人とは別のアプローチで勝負をしたからだ。

 ただ勝つだけなら、飛空艇に備蓄してある調味料と食材をふんだんに使えばいい。
 確実にとは言わないが、ジーグー魚と渡り合えるだけの料理が作れる可能性はある。

 だがパーラは、下手にあれこれ考えるよりも、いかに手間をかけて最高のものを出すかで勝負しようと考えた。
 この米ですら飛空艇にある分ではなく、わざわざ他から買ってきたほどだ。
 俺の助けを受けずに、自分の知恵と手でやってやるという気概が、このおにぎりを作らせたと言っていい。

 見た目でフリを利かせて、味で驚きをジャブ気味に打ち込んできた後、ネタばらしで度肝を抜かれてしまったわけだ。
 味もさることながら、手間暇の膨大さを明かして、そのインパクトで勝負をしようとした発想、俺は嫌いじゃない。

「では審査員の皆さん、実食を終えたようだし、審査に入ってちょうだい。私、もうかなり飽きてきてるからなるべく早く決めちゃって」

 あんたが飽きてどうする。
 そもそも言い出しっぺだろうに。

 三人の実食を終え、これから審査に入るというところで出たアミズの酷い言い草に文句はあったが、審査員達は既に誰を勝者にするか相談を始めていて、司会者失格の発言に一々反応する暇も惜しいようだ。

「チェルシー君を私は推したい。平凡な素材をあそこまで昇華したのだ。調理法という観点では彼女が一番工夫をしたと言える」

「しかし、ジーグー魚の味はやはり三者の中で群を抜いていましたよ。料理対決ということなら、一番鮮烈な味を示した料理に勝ちをつけるべきでしょう」

「待ってほしい。調理法でも食材でもない、手間暇で味の真価を示したおにぎりには、誰もが驚いただろう?あれこそ、勝者に相応しいと私は思うね」

「…ただ美味しい方をと決めるのがこれほど難しいとは。味、素材、調理法に工夫と、いずれも秀でている点の違いが判断を迷わせますね」

 見事に意見が割れているな。

 審査員が角突き合わせているその場に、一応俺も加わってはいるが、今のところ何も言うことはない。
 と言うのも、俺の中では答えはもう決まっているからだ。

「アンディ君、君は誰を勝者にするべきと思うかね?」

 一人高みの見物を決め込んでいた俺に、ベオルがそう尋ねると、他の審査員達も一様に視線を寄こしてくる。
 どうやら決め方に困っているようで、この場には俺の意見が判断材料として勝敗を左右しそうな空気があった。

「俺個人としては、おにぎりを勝者としたいところですね」

 そう言うと、先程おにぎりを褒めていた審査員も笑顔で頷きを見せる。

「しかし、他の皆さんの言うこともわかります。今日の三人はいずれも素晴らしいものを作りましたから」

「そうなのだよ。正直、ここまで悩むことになるとは思ってもみなかった」

「いっそ、三人ともを勝者としたいところだね」

「流石にそれは…」

 甲乙つけがたしとして、この勝負引き分けとしたいところだが、それはあの三人と観客が納得しないだろう。

 火魔術を調理に取り込んで、エンターテイメント性と工夫で勝負したチェルシー。

 調理技術の拙さをカバーして余りある極上の素材で圧倒したエリー。

 誰も考えつかず、そして実行する気にもならない手間暇をかけた一品で度肝を抜いたパーラ。

 いずれも味と驚きで衝撃をこちらに与えたものばかりで、満足度で言えば三人ともが満点をあげてもいいぐらいだ。
 全員引き分けにして終わりたいという気持ちはよく分かる。

 俺はエリーとの婚約がかかっているため、全員引き分けで終わる結末は確かにありがたいが、それでは心を込めて料理を作ってくれた彼女達へ失礼というもの。

「どうでしょう。こうして話し合って決めるのもよいですが、いっそのこと、各自が勝者を胸の内で決めて、三人の前で発表するというのはいかがでしょうか」

 この料理対決では、審査員5人が一致した相手を勝者とすることになっている。
 話し合いをし、全員が納得して決めた人間を、観客の前で発表するわけだ。

 しかし、ここまでの話し合いでは、審査員のいずれもが自分の推す者こそを勝者と譲らず、いつまでも決まりそうにない。
 そこで俺から提案したのは、自分達の中で勝者を決めておき、パーラ達の前でそれぞれが勝者の名前を挙げるという方式だ。

 一見するとさほど違いはないように思えるが、この方法を採ることによって、話し合いでは他の人に遠慮して言えなかったことも、決断の材料とすることができる。
 得てして人というのは、多人数での話し合いでは腹の探り合いを大なり小なりしてしまうものだ。

 料理対決の審査にそんなのあるかと思うだろうが、全くないとも言えないのが人間だ。

 他の人と相談するのも悪くないが、真に美味かったという思いを反映させるなら、一人一人の口から誰が一番だったかを伝えるのが一番いい。

 何より、本人達を前にすることで料理を食べた時の感情を思い出し、自分の心に従った決断を下せるはずだ。

「つまり、この五人で結果を決めず、自分が一番おいしかった料理を本人達の前で多数決を採るわけだな?」

「いいんじゃないですか?私はアンディ君の提案は悪くないと思います。やっぱり、美味しかったと本人に伝えるのは大事ですから」

「では私も賛成しよう。どうせ話し合いでは決まりそうにないんだ。いっそ、個人の胸の内で決めてしまえばいい」

 そんな感じで一人が賛同すると、他も続いてあっさりと俺の案は採用されてしまった。
 アミズにそのことを伝えたところ、実にどうでも良さそうな風に了承され、パーラ達もそれを受け入れた。

 舞台上にパーラ達三人が並んで立つと、いよいよ結果発表となる。

「結果発表~!」

 いよいよ終わるとなったことで、テンションが戻り気味になったのか、若干裏返った声でアミズが高らかに言い、観客達もそれを受けて静まり返る。

「…の前に、言っておくことがあるわ。本当は審査員達で話し合って、一人の勝者を決めてもらうつもりだったけど、申し出があって投票方式になったの」

 急な変更に、ざわつきだしたのは観客達だが、パーラ達は落ち着いたもので、アミズの言葉に頷いたり不敵な笑みを見せたりと、反対するような態度は示していない。
 事ここに至っては、どうやって決着をつけても構わないというわけだろう。

「今からこれを審査員に配るわ。それを各自が一番おいしかったと思う人の前に置いていく。一番木匙を多くもらった人が勝者というわけ。お分かり?」

 そう言ってアミズが取り出したのは、五本の木匙だった。
 審査員達の人数分のそれは、投票用紙の代わりだ。
 これはアミズの発案だが、よくB級グルメのコンテストなんかである、ブース毎の回収ボックスに投げ込まれた割り箸の数で優勝を決めるあの感じだろう。

「…はい、というわけで、木匙が行き渡ったようなので、審査員の皆さんは投票を始めてちょうだい。ただ置いていくだけでもいいけど、何か一声かけてあげたら喜ぶかもねー」

 木匙が配られると、審査員同士で視線を交わしてそれぞれが動き出す。

「ジーグー魚、よもやこのような場所で食べられるとは、私の生涯でもかなりの幸運だったと言える。ミエリスタ君、君に感謝を」

「恐縮です」

 まず最初に票を手にしたのは、エリーだ。
 ジーグー魚を用意した彼女への感謝と、望外の幸運を喜んでの一票が、エリーの前にあるテーブルへ置かれる。
 お礼の言葉は固い癖に、声だけは嬉しそうな色を見せているのは、やはり最初に票を貰った嬉しさのせいだろう。

「チェルシー君、君の工夫は素晴らしいものだった。君に私の票を捧げよう」

「お褒めの言葉、痛み入りますわ」

 続いてチェルシーに一票、妙に仰々しい気もするが、投票した人に対してチェルシーは、エプロンの裾を使ってカーテシーでお礼の言葉を告げた。
 工夫を凝らしたことについて言われたのが、彼女にとっての喜びとなってそんな行動をとらせたようだ。

 次に木匙を投票するのは俺だ。
 別に順番は決まっていなかったが、何となく並んだせいで俺が三番目になった。

 相手は当然、パーラだ。

「よう相棒」

「うん」

 こうした大勢が見る中で、正面切って褒めるのが何となく恥ずかしく、そんな言葉しか出ない俺だが、パーラの方も平然とした風を装いながら、顔には隠し切れない喜びが出てしまっている。
 パーラにとってはエリーとの対決のようなもので、俺に選ばれたことがそもそもエリーに勝ったという気にさせているのかもしれない。

「あのおにぎり、凄かったぞ。勝つためにあれだけ手間をかけたんだな」

「…違うよ。勝つためってのも間違いじゃないけど、私はアンディに食べて欲しかったの。それで、驚かせたかった。私もここまでやるんだよって」

 ジっと真剣な目を向けてくるパーラに、どういう訳か俺は言葉を返せない。
 褒めて欲しいのとも違う、何かの覚悟を見せつけるようなパーラの表情に、何か熱くてむず痒いようなものが俺の胸を満たし、落ち着かなくさせる。

 ―ヒュー、甘酸っぱー。若いわねぇ。チューしろ、チュー!

 ちょっとアミズがうるさい。

「ぉ…あ、うん。そうか。まぁ、なんだ……よくやったな。俺の一票、お前にやるよ」

「えへへ、うん、貰ってあげる」

 変な気恥ずかしさと共に、パーラへ木匙を差し出すと、はにかんだ顔でそれを受け取り、テーブルへと置かれた。

 普段、こういうやり取りはすることがないから新鮮なもので、木匙を渡し終わっても何となくパーラと見つめ合ってしまう。

「ん゛っん゛っー!二人とも、いつまでそうしてるの?投票が終わったんならどけばぁ?」

 そうしている俺達が不満なのか、不機嫌丸出しの咳払いでエリーがそう言ってきた。
 今気付いたが、エリーは額に血管が浮かぶほど怒っておられる。

「おんやぁ~?随分不機嫌ですなぁ、王女殿下?まだ勝負は決まってませんことよ?あ、そっかー。アンディが私を選んだことが悔しんでしょぉ?」

 エリーが割り込んだことで一瞬険しい顔をしたパーラだったが、次の瞬間にはエリーへと向き直り、ネットリとした口調で煽り始めた。
 向けられていない俺が聞いても、その口調にはイラつく。

「だ!…誰が悔しいって?たまたま今回はおにぎりがアンディにうまくハマっただけでしょうが。本心ではアンディだって、ジーグー魚に感動したはずよ。そうでしょ?…そうだって言いなさい」

 パーラとの言い合いかと思いきや、突然俺に話を振ってきたエリーだが、パーラと揃って真に迫るような顔をしているもんだから、俺は何も言えねぇ。
 下手なことを言ったら、どっちかから攻撃されそうだ。

 だからエリー、その手に持った包丁を放してごらん?

「こらこら、三人とも。じゃれるのは全部終わってからになさい。今は審査が先よ」

「…ち、今日はこの辺で勘弁してあげるわ。命拾いしたね」

 剣呑な空気をアミズが上手く切り替えてくれたが、悪役のようなセリフを吐いたエリーが怖い。
 そういう対決ではあったが、あまりにも敵視しあっているその姿には審査員も苦笑いだ。

 残る二人の審査員が木匙をテーブルへ置いていき、それによってすべての投票が終わった。
 特に隠してもいないので、誰が誰に投票したのかは全員が分かるため、その結果も自ずと知れる。
 観客達がそれを見て、ざわめきを大きくしていく。

「あらー、こうなっちゃったかぁ。まぁ投票方式にしたらこうなる可能性はあったものね。ということで、結果はパーラが一票、ミエリスタとチェルシーがそれぞれ二票を獲得したため、この料理対決はミエリスタとチェルシーが同票で勝者とする!」

 派手なエフェクトが付きそうな勢いで言ったアミズだったが、観客を含めた全員が何とも言えない微妙な顔をしていた。

 観客達は、明確な勝者一人に対して喝采を浴びせたかったはずだが、まさかの二人が引き分けに等しい決着を迎えたために、どう反応したものか迷っているようだ。
 審査員による話し合いではなく、投票形式に切り替えたせいによる決着に、何か思うところもあるだろう。

 しかし、俺にしてみてもこの決着は意外なものだ。
 さっきの話し合いでは俺以外にもパーラのおにぎりに対して票を入れる風だった人が、まさかの直前でチェルシーに変えてしまった。

 ふたを開けてみれば、パーラに投票したのは俺だけという、何とも寂しい結果だ。
 ただ、審査員達も投票直前まで悩んでいたのは俺もわかっているので、この結果も投票方式だったからこそのものだったと言っていい。

 ここで、パーラ達の結果発表を受けた際の様子も見てみよう。
 チェルシーは単独勝利ではない点に不満はあるものの、勝ちは勝ちだと納得しているようだ。
 戸惑い半分、嬉しさ半分といった表情でよくわかる。

 ただ、奇妙なことに唯一負けと決まったパーラはというと、悔しさというものは一切見せず、薄笑みを浮かべているだけだ。
 不満や反論する気配を見せないのは、結果に納得しているからか。

 対してエリーの方は、チェルシーと同列とは言え、パーラに勝ったというのにその表情は晴れない。
 むしろ悔し気な様子に見えるほどだ。

 もしかしたら、この料理対決の目的が、アミズの言った俺の胃袋を掴むことにあったとすれば、パーラのおにぎりを選んだ俺の決断こそが二人にとっての勝敗を決めたのではなかろうか。

 試合に勝って勝負に負けたとはよく言うが、この二人の対照的な態度を見るに、まさにそれが相応しいように思える。

 いずれにせよ、料理対決の決着はついた。
 この後は表彰でもするのか、アミズが何やら言っているが、俺としては婚約がどうこうという問題をエリーとパーラに話さなければならない。

 結果として、料理対決が無駄なものだったとしても、二人が何のためにどれだけ頑張ったのかを俺は分かっているので、まずはそれを労いたい。

 それよりも、先程から俺はエリーのキッチンにあるジーグー魚の残骸が気になって仕方ない。
 対決の際には一番いい部分を使って、残りはそのまま放置されていたため、まだまだ食べられる個所は多い。
 あの味わいを知った今では、あれで何か一品作って楽しみたいものだ。

 問題は、あのジーグー魚がかなりの高級品だということで、それをくれと言ったところではいどうぞとくれるものかどうか。
 エリーに言えばどうにかなるのかは分からないが、頼むだけはしてみよう。
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