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可愛い鳥と美味しい鳥

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オーゼルと再会した日から1週間が経った。
ソーマルガ皇国へ向かうオーゼルの護衛依頼を受けた俺達は、早速翌日にでも出発するつもりだったが、オーゼルの方が出発までにやることがあるので、しばらく待機することとなった。

そもそもオーゼルはこの王都に遺跡を発見した功のある人間として招かれた身であり、他国のしかも公爵家の人間となれば貴族たちとのパーティやらで付き合いも発生しているため、それらを消化しないことには出発できないそうだ。
既にギルドを通して俺とパーラは依頼を受注した身であるため、待っている間に他の長期依頼を受けるのは躊躇われ、近隣で済む簡単な依頼だけを受けて日々を過ごしていた。
そのおかげでパーラはつい先日ランクが上がり、黒2級となったのをお祝いしたのが昨日のことだ。

お祝いと言っても特別なことをしたわけではなく、普段よりも少しだけ豪勢な夕食を食べに行っただけだったが、パーラもそれで十分に喜んでくれた。
つかの間の休日を過ごし、英気を養った俺達だったが、ようやくオーゼルの用事が片付き、遂に出発の日を迎えた。

朝のうちに王都の門の外で合流すると事になっており、俺とパーラは先に門を出てオーゼルが来るのを待っていた。
やはりヘスニルと比べると王都というのは人の往来が活発なもので、日が昇って大分経っている今でも多くの人が門を潜って出てくる光景は、一日の内で王都中の人が入れ替わっているのではないかと錯覚させるほどだ。
徒歩や馬などで出てくる人の群れの中でただ一点、他と明らかに浮いた存在が目につく。
この地方では珍しい巨大な2足歩行の鳥であるガイトゥナは、まずオーゼル以外には乗っている人間はいないと思うし、事実ガイトゥナの横に立ち手綱を引きながらこちらへ歩いてくる姿はオーゼルその人だった。

格好が以前見た時よりも随分金がかかっているような、それでいて旅における実用性を損なっていない、まさに貴族の旅という雰囲気があるオーゼルに、門を守っていた衛兵が貴族用の道へと誘導したため、スムーズに俺達の前へと辿り付く。
「お待たせしたかしら?」
「さほどでもありませんよ。……おっと、久しぶりだなジェクト。よーしゃよしゃよしゃ」
オーゼルと挨拶を交わすと、ジェクトが俺の胸へと鼻を摺り寄せてくる。
どうやら俺のことを覚えててくれたようだ。
再会の挨拶とばかりに首元をわしゃわしゃと掻いてやると、気持ちよさそうに目を細めてされるがままになっている。
やだもう、可愛いじゃないこの子。

じゃれる俺とジェクトを見ていたパーラも、初めて見るガイトゥナに興味を持ったようで、横から覗き込むようにして近付いてくる。
「はー…大きいんだね。鳥類の騎乗動物って私初めて見たよ」
恐る恐る手を伸ばすパーラに気付いたジェクトは、そちらの方へと顔を向けるとパーラの顔を一舐めした。
小顔のパーラはガイトゥナの舌だとたった一舐めで顔全体が撫でられるようで、くすぐったそうにしながらジェクトが自分にも懐いてくれていると分かり、俺と一緒になってその長い首を撫でてやる。

「んっ…ぷあ!うはっ。この子可愛いねー」
パーラの撫で方が気持ちいいのか、俺にするよりも随分と甘え方が激しいようで、何度も舐められるパーラは顔が唾液でテッカテカになっていた。

しばし戯れると満足したので、早速ジェクトの背中と脇に括り付けていた荷物をバイクに繋いでいるリヤカーに乗せ換えていく。
今回はジェクトが本調子ではないので、移動の間は負担を掛けないように荷物とオーゼルはバイクに乗ることになっていた。
バイク側に2人が乗れば、サイドカーに1人入って計3人でも問題なく走れる。
しいて問題をあげるとすれば、重量が増えた分だけバイクの燃料といえる蓄積魔力が多少早く減ることだが、ジェクトの足に合わせた速度を落としての移動となるので、モーターの回転数も抑えられて幾分か省エネにはなるだろう。
これなら一日の終わりに俺かパーラが魔力を充填するのを忘れさえしなければ長い旅にも不安はない。

ジェクトの手綱はバイクのサイドカーに座る人間が引くことになるが、元々頭のいい生き物であるジェクトであれば、オーゼルが乗るバイクと一緒に並走するぐらいは出来る。
準備を終えて出発する段となったが、オーゼルは以前のバイクにはなかったサイドカーに興味を持っているようで、先ほどサイドカーに乗り込んでからはリクライニングの椅子を倒しては起こし、起こしては倒しを繰り返していた。
よっぽど楽しいのか、笑顔で繰り返すその奇行を止めるタイミングは未だ計れていない。

上機嫌の飼い主に触発されたのか、ジェクトもサイドカーの横で小さな羽をバタバタとさせていて、人通りの多い門前で俺達はとにかく目立っている。
集まる視線にそろそろ居心地が悪くなってきた。
「あの…オーゼルさん。そろそろ出発しても…?」
「はい?……あっ!ええ、そうですわね!ええ、もちろん分かってましてよ。準備…は終わってますわね。さあ!行きましょう!さあさあ!」
意を決して俺がかけた声に、不覚にも夢中になっていた自分を恥じたのか、若干赤らめた顔を誤魔化す様に声を張り上げながら出発を宣言するオーゼルだった。
大人げない行動を見ていただけに、俺達のオーゼルを見る目には呆れが含まれていたのは仕方ない事だろう。



何気に初めてバイクに乗るオーゼルは、騎乗動物とは違う乗り心地に初めは感動していたが、出発してから暫く経った今ではもう落ち着いたもので、並走するジェクトの様子を見ながら俺達と会話をするぐらいにはバイクの旅にも慣れ始めていた。
今はオーゼルがソーマルガ皇国へと戻ることについての話をしている。

「勿論ジェクトの静養もありますが、それ以外にも実家からの呼び出しの手紙が届いておりましたの。わざわざ人を雇って手紙を届けさせるなんて、何事かと思ったのですけど」
「手紙にはなんと?」
「詳しい事は何も。すぐに帰って来いとしか書かれてませんでしたわ」

オーゼルの実家ということは公爵家ということになるだろうが、末子で家を継ぐ資格がほぼないオーゼルを呼び戻すとなるとよっぽどの事情があるはずだ。
例えば当主に不幸があったとか、あるいは家そのものに何かしらの問題が出たか。
そうであれば人に盗まれる可能性のある手紙に詳しい内容を書かないのも納得できる。

それをオーゼルに言ってみると、本人は首を振ってそれを否定した。
「マルステル公爵家というのはソーマルガでも貴族の頂点に数えられる家柄ですのよ。そのマルステル家の不幸が他人にバレたとしても、家としての土台が揺らぐことは有り得ませんわ。それをネタに何かしかけてくれば逆に叩き潰すぐらいはする家ですから」
怖い事を言うが、公爵家というのは確かに王家に次ぐほどに貴族としての地位は高いのだから、オーゼルの言うことも分かる。

しかしそうなるとますますオーゼルを呼び戻す理由が分からない。
いや、貴族の子女に関することで家が動くというとなると一つ、大きなものがあったな。
「もしかして結婚の話でもあるんじゃないですか?」
「それはないでしょう。私は結婚までには2年の猶予を父から与えられています。それに先の遺跡発見の功がある以上、当分は私が自由に動けるだけの我儘は許されるでしょうから、今すぐに結婚の話をとはならないはずですわ」

オーセルが言うには、元々旅に出るにあたって父親と交わしていた約束があるため、結婚の話は当分先のことであるし、今回未知の遺跡の発掘という功はソーマルガ皇国では途轍もない栄誉にあたるらしく、それもあってオーゼルと婚約をするには公爵家の家格と共に遺跡発見者という個人の名声も加わるため、早々相手は見つからないだろうとのことだ。
ますますもって呼び出しの理由は分からないが、旅の足にそんなことは関係ないもので、道行きは何事もなく順調に進んでいった。




俺達がソーマルガへ向かうための道順だが、普通の旅人が使うようなルートは使わない。
通常は街道沿いを進んで途中の村や町などで休息を取りながらの旅となるのだが、それはあくまでも普通の人間の場合だ。
俺という存在で野営における負担というものをある程度無視できるおかげで、オーゼルが選択したのはソーマルガとの国境へ向かう最短距離を走破する事だった。

アシャドル王国の王都からまっすぐ南下するとヘスニルがあるのだが、そこからさらに南下するとそのままソーマルガへと行けるかというとそうではない。
ヘスニルの南には東西に跨って岩山がそびえているのだが、ここはザラスバードの生息地であるため、基本的に近付くのは危険だ。

一見するとソーマルガへの最短ルートだと思える岩山を迂回する街道は存在するのだが、その道の向かう先はソーマルガ皇国ではなく、ケリド荒野という人の住まない荒涼とした大地だ。
ケリド荒野からソーマルガへ向かうならどうやっても西へ向かって岩山を越える必要があるため、ケリド荒野経由のルートでソーマルガへ向かうのは無謀すぎる。

そのためヘスニルからソーマルガへ向かうには、この岩山の列を遠目に臨みながら西へ向かい、ペルケティアとの国境付近で岩山が切れる場所を通り、さらに南へ向かえばソーマルガとの国境にある街へと着く。
地理的にはアシャドルから見るとソーマルガはやや南西寄りに位置するということだ。

アシャドルからソーマルガへ向かうルートで一般的なのは、王都から東に延びる街道を進み、ペルケティアへと一度入ってから南下していくか、ヘスニルから西へ向かってその後南下するかのどちらかだけだ。
だが俺達はそのどちらのルートも使わず、王都から街道を無視してひたすら南西へと走り抜ける。

普通ではない道のりだが、幸い起伏の激しい土地をほとんど通らずに済むうえに、盗賊などは街道を張っているので襲撃を恐れる必要はない。
精々魔物や野生動物が襲ってくるのに気を付けさえすれば意外と順調に進める。



「アンディ、止めて」
後ろのパーラからそう声を掛けられ、バイクをユックリと停止させる。
突然の停車にオーゼルからは警戒する声が漏れた。
「パーラ?なにかありましたの?まさか、魔物が…?」
「ううん。そうじゃなくて、あそこ」
そう言って俺の肩越しにパーラの指さした先には、平原にポツポツと立つ木の一つがあり、その頂点には遠目にも巨体と分かる鳥がとまっていた。
俺が今まで見た中ではザラスバードが鳥では最も大きいが、向こうに見える鳥も中々の大きさだ。
バイクの進行方向とは微妙に左側へズレているが、警戒心の強い鳥なら近付くだけで飛び立っていただろう。

「今夜は鳥料理が食べたい気分」
「お前ジェクトとあれだけ仲良くじゃれてよくそんなのが言えるな」
「それはそれでしょ。私は今あれが食べたいの」
そう言って背負っていた銃を包んでいた布を取ると銃床の当たる位置を何度か動かして調整し、スコープを覗いて一切の動きを止めた。
その際に、俺の左肩に銃身を乗せることで安定を図ったので、俺も身動きできない状態になっている。

「アンディ?パーラは一体なにをしてますの?」
「今からあそこにいる鳥を仕留めるんですよ」
「こんな遠くから?弓も使わずにどうやって」
「後で教えるんで、今は静かに。パーラが集中できないですから」
銃を知らないオーゼルは、妙な棒を構えているパーラの姿に訝るが、説明は後にして今はパーラの狙撃を邪魔しないように大人しくしてもらう。

目測で100メートルはあるはずだが、パーラが身じろぎもせずにスコープを覗く姿は堂に入ったもので、狙撃の失敗を想像させないぐらいに張り詰めた空気を醸し出している。
風の走る音と、それに揺れる草の音以外は何もないこの場で、パーラが浅く吐き出した呼気と同時に銃が奏でるブンという独特の音を俺の耳が捉えた。

弾丸が発射されたと認識してから一瞬の間をおいて、遠くにいた鳥が強い力で殴られたように身を傾がせると、そのまま木からの落下が確認できた。
「お見事」
「うーん。これぐらいの距離なら楽勝だね」
おいまじか。
100メートルを余裕って、異世界にゴ〇ゴがいるぞ。

仕留めた獲物を回収するためにバイクを前進させるが、オーゼルはたった今目の前で起きた出来事に理解が追い付いていないようで、呆然としたままパーラを見ていた。
「…今何が…」
「パーラが使ったのは銃っていう武器で、この筒の先から特殊な形に整えられた鉄の玉を高速で発射したんです。魔力を使って飛ばしますから、弓矢よりも射程距離はずっと長いし、スコープっていう道具で命中精度も随分高いんですよ」
「はいこれ。落とさないように気を付けてね」
俺の説明の間にパーラが銃から外したスコープと弾倉から取り出した弾丸を一つ、オーゼルに手渡す。
現物を見せた方が理解は早いという配慮だろう。
パーラも中々気が利く。

弾丸を掌で転がしていたオーゼルはすぐにそれから興味は失せたようで、次にスコープを色々と観察しだし、パーラが使い方を説明したのに従ってレンズ部分を覗き込む。
「まあ!なんですの、これ!?あんな遠くのものがはっきりと見えますわ!」
「それがスコープ。私はこれで遠くの目標を狙って銃で撃ったの。かなり貴重な品だから気を付けてね」
はしゃぐオーゼルを宥めるのをパーラに任せ、鳥の死体を回収する。

木の傍に落ちていたそれに近付くと、改めてその大きさに驚かされる。
見た目は灰褐色のカラスといった感じだが、体長が5・60センチ、羽を広げた幅は2メートルに届くか届かないかぐらいの大きさで、正直こんなのが空を飛んで襲ってくるとしたらかなりの脅威だろう。
「…あら、これはクルベルですわね」
死体の検分をする俺の横に並んだオーゼルはどうやらこの鳥を知っているらしい。
ただスコープは随分お気に召したようで、右目はスコープを覗いたままでクルベルを見ている。
これだけ近いと見にくいだろうに。

「知ってるんですか、オーゼルさん」
「ええ。ソーマルガにも生息してますから。滅多に姿を見ない上に警戒心の強い鳥で、仕留めるのも苦労するらしいですわよ」
俺達が今回見つけたのは運がよかったとして、仕留めるのにはパーラの長距離狙撃があるので、次も見かけたら結構簡単に仕留められそうだ。
「味は?オーゼルさん、味はどうなの?おいしい?」
仕留めたパーラはとにかく味が気になるようで、オーゼルに縋るようにしてクルベルの味を聞きだそうとしている。

「絶品だと聞いてますわね。ただ傷みやすいですから早めに食べたほうがいいとも」
「聞いた?アンディ。今日はここで休もうよ。そしてこれで美味しいの作って!」
キラキラとした目でそう言うパーラは、とにかくクルベルを食べたいという欲望に支配されている。
「…まあいいけど。オーゼルさんもいいですか?」
「構いませんわ。もうじき夕暮れですし、今日の所はこの辺りで野営といたしましょう」
満場一致でこの日はここで休むこととなった。

そんなわけで日が沈む頃には今日の野営場所の選定を終え、土魔術での宿作成後は食事の準備となった。
一応同じ鳥類としてジェクトの目の前でクルベルを解体するのが躊躇われたので、なるべく目に付かないようにジェクトには先に餌を与えて、俺達の寝床とは別に建てた厩舎で休ませておく。

クルベルは既に血抜きと内臓を取り除いており、羽も毟ってまとめてある。
この羽は装飾品として重宝されるというので、あとで売るために大事に保管しておく。
鳥としてはかなりの巨体であることから魔物かと思ったのだが、解体しても魔石が見つからなかったことから、普通の動物に分類されるようだ。
こんなでかい鳥が普通に飛び回る異世界、マジパねぇ。

クルベルの解体は俺だけで行っており、少し離れた場所ではオーゼルが銃の撃ち方をパーラから教わっていた。
未知の武器である銃を試し撃ちできるとあって若干興奮気味のオーゼルだが、パーラからの説明は真剣に聞いているのでそう危険はないだろう。
試し撃ち用に土魔術で1メートルほどの高さに盛り上げた土塁を用意してやると、パーラが少し手前の地面へそこいらに落ちていた木の枝を突き刺す。
多分ターゲット代わりに使うためだな。

説明を聞き終えたオーゼルは銃を構えて目標へと狙いを定める。
目標まではおよそ50メートルといったところだ。
しっかりスコープを覗いて狙っているようだが、パーラと違って銃身がふらふらと動いている様はいかにも初心者といった感じがしている。

当ててやろうという気迫による緊張感が漂う中、最初の一発が放たれる。
しっかり木の枝を狙ったようだが、残念ながらかなり横にずれて土塁に土煙を立てるだけだった。
何発か撃ってはみたが、惜しいと言えるのはたった一発のみで、オーゼルに射撃の適正はあまりなかったようだ。

「これほど難しいものだとは…。よくパーラはあんな遠くのものに当てられましたわね。何かコツとかはありませんの?」
「うーん…私は結構感覚で狙ってる感じだからコツとかはわかんないよ。ピッと狙ってグッと構えてパッと撃つ。こんな感じ」
「さっぱりわかりませんわ」
パーラのような感覚重視の人間は人にその感覚を伝えるのは苦手だというのを前世で聞いたことがある。
多分その感覚が普通の人間には理解できないからこそ隔絶した能力とは完全に個人の才覚に依存するのだろう。
教えられるならしっかりとした技術として成立できるはずだし。

あーだこーだと銃の撃ち方についての話をしていた2人だったが、次にオーゼルが放った言葉でパーラの態度が急変する。
「ところでパーラ、この銃ですが私に譲っていただけないかしら?もちろん相応の対価は支払いますわよ。お金でも宝石でもなんでも」
この人は珍しいものなら何でも欲しがるな。
だがパーラの返事はオーゼルの期待に沿えるものではなかった。

「ダメ!ジェーンは私のなんだから。お金なんかと交換できないよ」
「ジェーン?もしかしてその銃の名前ですの?」
「うん。アンディに貰った時に付けたんだ」
おい、パーラ…お前銃に名前なんか付けてんのかよ。初めて知ったぞ。

衝撃の事実を知った俺は少々引いてしまったが、パーラが銃を手放す気はないということが分かって少しホッとした。
正直、銃は俺達にとっては非常に重要な戦力に位置付けられている。
遠距離から安全に攻撃できるという点では魔術よりも優れているし、パーラが使えばその効果を最大限に発揮できるのだ。
他の人間に使わせるには惜しい。

尚も食い下がるオーゼルだったが、頑なに断り続けるパーラに脈無しと判断してようやく諦めたようだ。
だがまだ未練は残るようで、物欲しげな顔で銃を見るオーゼルの視界から隠す様にパーラが銃を背中に回す、それを追ってオーゼルがパーラの後ろに回り込もうとし、更にパーラが背中に隠した銃を庇うように体の向きを変えるという光景がその後しばらく続くこととなった。


じゃれるオーゼル達から視界を移し、クルベルの解体が終わったところで次は調理に取り掛かる。
今回は特に凝ったものを作るつもりはない。
単純に味付けをした肉を団子状にし、クルベルの脂身からとった脂をフライパンに溜め、温めたところで肉団子を投入して揚げ焼きにする。
表面がカリカリになったところで皿に盛りつけ、これに旅の途中で見つけた杏っぽい果物の搾り汁と酢を混ぜ合わせた甘酢をかけて、鳥団子の甘酢掛けの完成だ。

モモ肉は塩とハーブで下味をつけ、小麦粉をまぶして揚げ焼きにする。
王都の市場で見つけた、カボスに似た果物を添えると唐揚げが出来る。
味付けは塩とハーブだけなので、若干ムニエル寄りになるが、それでも俺の中では唐揚げだと断言したい。
分けておいた鳥の内臓はしっかり洗って汚れを落としたら、乾燥させた根菜類を水と少量の酒で戻したものを汁ごと一緒に煮込んでモツ煮にした。

これら3品に冒険者御用達のカッチカチのパンが加わり、この日の夕食となる。
作っている途中から涎を垂らしながらこちらを見るパーラと、流石にはしたないと思っているようだが、それでもチラチラと視線をよこすオーゼルに急かされるようにして、食卓を整えた。
室内中央にあるテーブルにいそいそと着いた2人の対面に俺も座り、料理の説明をする。
「こっちは鳥団子の甘酢掛け、こっちはモモ肉の唐揚げで、お好みで横に添えてある果物を絞ってかけて食べて下さい。スープは根菜と鳥の内臓を煮込んだものです。お好みで山椒を使ってください。では、おあがりよ」

説明が終わるとすぐにパーラが飛び付くように鳥団子へ手を伸ばす。
オーゼルはモツ煮から手を付けたが、パーラほどではないにしろ、料理への期待が顔に現れている。
「……うん、いい味ですね。臭みがないのが素晴らしいですし、内蔵それぞれの味わいが楽しめるのが気に入りましたわ。それに根菜類が実に複雑な風味を纏って味に深みがあります。これはお酒が入っているのかしら?酒精が弱めてあるおかげでスープ全体の調和を手伝っているのでしょう。アンディ、いい仕事をしましたね」
どこぞのグルメ評論家並みに長々と、しかもめっちゃ上から目線で言われた。
何様だ。
公爵令嬢様か。
流石、舌が肥えてらっしゃる。

「お気に召したようで何よりです。…パーラはどうだ」
オーゼルの横でまさに貪るといった表現が相応しい食べっぷりを見せていたパーラに料理の感想を求める。
まあこの食べっぷりを見ればわかり切っているが。
「ジュ…ぐあ…ンぐン。…すごくおいしいよ。特にこの肉団子が絶品だね。毎日食べたいぐらい」
「ははっ、クルベルが毎日手に入ればそうなるかもな」
珍しい鳥だしそうそう手に入るとは思えないが、パーラの目には何かの決意のような物が秘められた輝きが見える。
これは以前にペルケティアで巨大なウサギに味を占めた時のパーラの目だ。
あの時は移動の間中、獲物を探して目を血走らせていたからな。
恐らく明日からもそうなるだろう。

上手い飯を取ると、次は温かい風呂が恋しくなるもので、オーゼルは俺を雇った理由にこの風呂に入れるという点が大きいと白状している。
早速沸かした風呂にはオーゼルとパーラが一緒になって入っていった。
もうすっかり仲良しだな。

その間にバイクの魔力を充填し、装備品のチェックを済ませると寝床を整え、風呂上がりの2人のためにカップに水と少量の塩を溶かすと、輪切りにした杏っぽい果物を浮かべるとテーブルの上に置く。
しばし待つと2人が楽し気に会話をしながら風呂場から出てきた。
「アンディ、いいお湯でしたわよ」
「まだ暑いままだから早く入った方がいいよ」
「おう、わかった。あぁ、テーブルの上に飲み物を用意しておいたのでよかったらどうぞ」
「あら、気が利きますわね。有り難くいただきましょう」
「アンディ、ありがとう」

2人と入れ違いで風呂にはいると、パーラの行ったよういまだ温かく、再度沸かす必要もないのでそのまま湯船に入る。
どうせ俺が上がったらあとはお湯を抜くのだから掛け湯もしない。
日本人としては行儀が悪いのだろうが、ここは異世界だし、俺がこの風呂場の主だ。
文句があるならここに来て俺に言え。
リラックスしながら湯船につかると、今日の疲れがお湯に溶けていくように感じていた。
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