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びっくりアンディ
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開店準備に奔走する事1週間。
これが長いか短いかわからないが、準備に動く間も冒険者としての仕事もこなしていたのでこれぐらいかかってしまったのだが、問題なく店を開けると判断した晴れ空の今日、ついに開店となった。
立地的な問題であまり人通りは多くないこの場所であるが、せめてもの頼りとして門の上にアーチ状の看板を作り、店の名前である『びっくりアンディ』とでかでかと書いて存在を主張している。
一応大通りからも見えるように角度を調整して看板を設置しているが、あまり効果は期待していない。
どちらかというと口コミで広まって客足が増える隠れ家的レストランをイメージしているため、あまり大人数が一気に来られても俺とパーラの2人だけでは対応しきれないので、これでいいと思っている。
決して立地条件の悪さの言い訳ではない。決して。
店のメニューはハンバーグとセットの2種類のみで、ハンバーグ単品だと銅貨7枚、セットにすると大銅貨1枚とした。
ハンバーグには付け合わせの野菜が数種類付くのみで、セットにするとパンとスープが付けられる。
スープはともかく、パンを手作りで用意するのは手間がかかるので、パンだけは近くの食堂から一定数を買い取る契約を交わして用意した。
肉と野菜も仕入れ先を確保できたし、この値段でも利益はそこそこ期待できる。
まずは知り合いに声をかけて、店を始めたことと場所を教えて売り込みをしておいたので。
と言っても俺の知り合いはほとんどが冒険者になるため、彼らが来るとしたら朝よりも昼、昼よりも夜が多いだろう。
開店初日ということで早朝から店を開いたのだが、今のところ客はおらず、俺は厨房でスープの灰汁を取り、ホール担当のパーラはカウンター席に腰かけ、テーブルに上半身を預けるようにダレた格好を取り、なんとも暇な時間を過ごしていた。
「お客さん、来ないね…」
「まだ開店初日だし、ここも奥まった場所だからな。一見で飛び込む客はまずいないさ」
暇を持て余したパーラは先ほどから同じことで話しかけてくる。
そしてそれの俺も同じ答えを返している。
実際のところ、忙しくなるのは昼からだと見込んでいる身としては、この暇な時間が嵐の前の静けさだと思いたい。
そんな風にしていると、店のドアが開けられ、ドアに取り付けられたベルが揺らされて音を立てた。
ドアを潜って入ってきたのは俺が声をかけた一人、神父のナルシュであった。
「いらっしゃいませー。…あ、神父様。来てくれたんですね」
「やあ、アンディ。せっかく君が声をかけてくれたんだから朝食はこっちで摂ろうと思ってね。いいかな?」
「ええ、もちろんです。どうぞ、お好きな席へ」
現在はどの席も空いているので、どこを使ってもらっても構わないのだが、ナルシュは俺の目の前のカウンターテーブルに座った。
メニューを探して壁に視線を向けるナルシュだが、壁にはハンバーグ単品とセットの2つの木札が掛けられているのみのなので、そのメニューの少なさに面食らっているようだ。
「驚きました?まだ店を始めたてなのでメニューがハンバーグしかないんですよ。けど味は自信がありますから」
「あぁ、うん。まあ一品しかないのには驚いたけど、メニュー選びに迷わないのはありがたいよ。じゃあハンバーグ…セットを一つ貰おうかな」
「かしこまりました。すぐにご用意いたします」
調理に取り掛かる俺と交代する様に、パーラがナルシュの前にカップを置く。
カップの中に入っているのは麦茶だ。
「どうぞ。お替わりはお気軽にお申し付けくだたい」
若干甘噛みなのが惜しい。
開店後初の客ということでパーラは相当緊張しているようだ。
この麦茶だが、実は俺の手作り品である。
料理を頼んだ客にサービスとしてお茶を提供しようと決めたのだが、この世界ではお茶は安いものではないので、店のサービスで出すには少々辛い。
そこで日本の夏の救世主である麦茶を作ることにした。
麦茶は大麦をゆっくりと焙煎したものを煮だすことで作れるので、今この街で簡単に手に入る材料で手軽に作れるのがありがたかった。
この麦茶という飲み物は濃度を濃くすればコーヒーの代替品とすることもできる万能さが神ってる。
今は麦茶として提供しているが、その内コーヒー擬きの扱いで店の商品にするのもいいかもしれない。
「ほぅ…。このお茶、すごくおいしいじゃないか。紅茶ともハーブティーとも違う香ばしさがいいね」
早速一口飲んでそういうナルシュは、麦茶がお気に召したようで、ごくごくと飲んでいる。
「ありがとうございます。それは麦茶と言って、うちの手作りなんですよ。お替わりは自由なので好きなだけ飲んでいって下さい」
「それは嬉しいねぇ」
笑顔でお替わりを要求するナルシュにパーラが応対しているのを見届け、表面をしっかりと焼いたハンバーグを石窯に入れる。
この石窯は元々備え付けてあったものを使いやすいように少しずつ手を加えて、先日ようやく使えるようになったものだ。
おかげでハンバーグの仕上げが満足のいくものになり、日本のレストランで味わったものに大分近付いていた。
この世界の衛生を考えるとレアで出すのは少々不安なので、ミディアムよりちょい焼くぐらいに火を通しておく。
温めておいた鉄板皿に石窯から取り出したハンバーグを乗せ、見よう見まねで再現したニンジンのグラッセとマッシュドポテトを付け合わせとして盛り、最後にトマトと牛骨の出汁で作ったフレッシュソースを掛けて湯気を生み出し、ナルシュの前に置く。
俺が皿を置くのに合わせてパーラがスープとパンを並べる。
ナイスアシストだ。
「お待たせしました。ハンバーグセットです」
「これはまた…、随分と熱そうだね。でもおいしそうだ」
立ち上る湯気に若干顔を引いていたナルシュだったが、肉の焼けるにおいとソースの焦げるにおいに食欲を刺激されたようで、いそいそとハンバーグにナイフを入れ、一口目を頬張る。
口に含んだ瞬間に動きが止まり、僅かに見開いた眼からナルシュが驚いているということが読み取れた。
それからは無言で食べ進めていき、300gはあったハンバーグを瞬く間に平らげてしまった。
食べ終えた後は麦茶が旨いようで、カップに残っていた分を一気に飲み干していた。
「ぷふぅー…。いやぁーおいしかったよ。普通のステーキと違って肉の柔らかさと肉汁の味わいがすごい。これは確かに一品だけでも十分やっていけるかもね」
その後は少し談笑して、会計の際にナルシュが安いと驚く一幕があったが、手応えを感じながら開店第一号の客であるナルシュを見送った。
下げられた食器を洗っていると、またドアベルの音が店内に響いた。
今度はパーラが応対し、客である女性2人組がカウンターに座った。
「やあやあアンディ君、来たよー」
「いらっしゃい、イムルさん。まだ昼前ですけど、よく抜け出せましたね」
ギルドの受付嬢であるイムルにも声をかけていたのだが、まだ昼の少し前に店に来られるほど今日のギルドは暇なのだろうか?
「私らは夜勤明け。2人で帰るついでに何か食べようかって話になって、アンディ君のことを思い出して来てみたの」
隣の女性も確かにギルドの受付嬢として働いているのを見たことがある顔だった。
ハンバーグ一択のメニューに苦笑いされるが、2人から注文を受けて調理に取り掛かろうとして、ふと思いついた疑問を訊ねてみる。
「イムルさん、ハンバーグには玉ねぎが入ってるんですが、大丈夫なんですか?」
「え?なんで?私、別に玉ねぎ嫌いじゃないけど?」
俺の言っている意味が分からないと言ったような様子のイムルだが、犬系統の獣人である彼女に、犬と同様に玉ねぎを食べさせるのはまずいのではないかと危惧して質問したのだ。
「いやそうじゃなくて、玉ねぎを食べても体調が悪くなったりとかしませんか?」
「特にそういうのはないけど。変なことを聞くのね」
「あくまでも念のために聞いただけですから」
その答えに調理の際の疑問は解消され、早速ハンバーグセットの用意に入った。
どうやら犬系統の獣人であるとはいえ、犬の特性を丸々引き継いでいるというわけではないようで、一般的に言われている犬に食わせてはいけないものも問題なく食べられるようだ。
調理をしている俺の目の前では、麦茶を運んできたパーラを交えての女性3人によるおしゃべりが始まってしまった。
まあ今は客が目の前の2人だけだから別にいいんだけどね。
完成したハンバーグセットをカウンターテーブルに並べていくと、イムルたちは初めて見るハンバーグのフォルムに珍し気な表情を浮かべていたが、立ち上る香りに急かされるようにして早速食べ始めた。
ナルシュの時と同様に一瞬目を見開いて驚いたところまでは一緒だったが、こちらの方はじっくりと味わいを楽しむように一口一口を大事そうに食べるのは女性だからだろうか。
終始笑顔で食べ切った2人に感想を聞いてみた。
「これすごくおいしい。お肉って食べるのに顎が疲れちゃうのが困りものだったけど、これはそんな心配もいらないわ」
「そうそう、柔らかいのにちゃんとお肉を食べたっていう満足感もいいわよね」
なるほど、そういう捉え方もあるのか。
確かに肉のステーキは厚みもあるし、大概は固い肉質であることが多いので、ミンチ肉を使っているハンバーグは柔らかさという点では圧倒的だ。
味は美味しくて当然、それ以上に柔らかい食感で食べやすいというのはかなりいい売りになりそうな気がする。
値段の安さもあってイムル達は再びの来店を口にしてくれて、いい常連客になってくれそうな手ごたえを残して店を出ていく。
その後、しばらくは暇な時間となったが、昼食時となると冒険者を中心に、俺が声をかけた人達が次々に店を訪れ、開店のお祝いと珍しい料理を楽しんでもらい、用意していた材料は夕方の分も使い切ってしまったため、この日の営業は昼だけで終わってしまった。
途中から人伝に聞いたと思われる客も来ていたのだが、そのほとんどの人に売り切れを伝えるのは心苦しく、明日はもっと数を用意することを伝えて帰ってもらった。
少し見通しが甘かったかとも思ったが、客が来なくて材料が余るよりもましなので、この結果は上出来だろう。
格安の素材を使った料理であるおかげで、原価率から弾き出される利益はそこそこあり、今日の売り上げを数え終わると、その額に俺達は自然と笑顔を浮かべていた。
「50人分が全部出たから5万ルパの売り上げ、ここから材料費と薪代を差し引いて残るのは3万1千ルパ…であってる?」
「うん、合ってるぞ。これぐらいの計算は流石にすぐに出来るようになったな」
日頃の勉強の成果によって、パーラが暗算ではじき出した金額が今日の利益分ということになる。
冒険者として今まで俺が受けてきた依頼の報酬と比べるとそれほど高くはないように見えるが、命の危険はないし時間当たりで手にする額としてはずいぶん破格だと思う。
普通に飲食店を営んで一日でどれだけ稼ぐのかはわからないが、少なくともこの額をこの先も稼いでいけるのならこれほどいい仕事は無い。
とはいえ、あくまでもそれは希望的観測で、初日はご祝儀的な意味で足を運んでもらった人達のおかげで今日の売り上げはなされたと考えており、明日からはもう少し売り上げは落ちると考えている。
「今日は材料が無くなっちゃって帰らせたお客さんが出ちゃったね」
「仕方ないだろ。材料がなくちゃ作れないんだから、お茶だけどうぞとはいかんさ。とはいえ、確かに客に売り切れです、お帰り下さいじゃあ格好が悪い。明日からはもっと仕入れを増やそう。倍ぐらいは考えてもいいだろ」
「それはいいけど、もし余っちゃったらどうするの?」
「そん時は近所に配るなり、値引きでその辺りに手売りにでも行くか。味はいいんだし、もしかしたら宣伝になるかも」
実際のところ、余った所で原価率の点から金額的な損害は深刻にはならず、むしろ宣伝費だと割り切れば惜しむ気も多少は和らぐというものだ。
俺の言うことに一理を感じたパーラは明日の仕入れに関しては納得してくれた。
パーラは流石に商人としての兄の姿を見てきただけあって、商売に関しての考え方はしっかりしているようで、堅実な見方をしている。
今日の営業が終わったことで、期せずして夕方を迎える前に暇な時間を手にした俺達は、それぞれ思い思いの自由な時間を過ごした。
最近のパーラはマースの所へちょくちょくと出かけるようになり、ヘスニルで出来た年の近い女友達と遊ぶ機会が増えているようだ。
今もマースの所へ出かけていくパーラの背中を見送ったが、なんだか妹の兄離れを見ているようで少しだけ寂しい気持ちになる。
とはいえ、パーラもマースと遊ぶようになってからは女の子としての振る舞いや格好を意識するようになっているのは悪い事ではないので、歓迎する気持ちもまたある。
特に子供でいられる時間はこの世界では短いもので、その少ない時間は大事にしてほしいという思いもあって、パーラにはなるべく好きに過ごさせたい。
一人家に残される形になった俺だが、やることは意外と多く、まずは店舗部分の清掃と、夕食の準備、風呂の用意とここ数日ですっかり家事仕事が板について来たなと思う。
この家を建てる時に、ちゃんと排水と湿気に気を配った浴室を階段脇の小部屋に作ってもらっていて、湯船に水を入れてお湯にするのは俺の仕事なので、よほどのことがない限りは毎日風呂は用意するつもりでいる。
この一点だけでも家を作ってよかったと思えるのは元日本人としての感覚が未だに抜けきらないがゆえのこと。
特に格段に疲れたわけではないが、やはり風呂に入るのは一日のリセットには一番効果的なのは確かなことで、そう思えば家事も全く苦にならない。
さて、パーラが帰るまでには風呂と夕食の準備が終わらせてしまおうか、そう一人ごちてまずは掃除に取り掛かっていった。
これが長いか短いかわからないが、準備に動く間も冒険者としての仕事もこなしていたのでこれぐらいかかってしまったのだが、問題なく店を開けると判断した晴れ空の今日、ついに開店となった。
立地的な問題であまり人通りは多くないこの場所であるが、せめてもの頼りとして門の上にアーチ状の看板を作り、店の名前である『びっくりアンディ』とでかでかと書いて存在を主張している。
一応大通りからも見えるように角度を調整して看板を設置しているが、あまり効果は期待していない。
どちらかというと口コミで広まって客足が増える隠れ家的レストランをイメージしているため、あまり大人数が一気に来られても俺とパーラの2人だけでは対応しきれないので、これでいいと思っている。
決して立地条件の悪さの言い訳ではない。決して。
店のメニューはハンバーグとセットの2種類のみで、ハンバーグ単品だと銅貨7枚、セットにすると大銅貨1枚とした。
ハンバーグには付け合わせの野菜が数種類付くのみで、セットにするとパンとスープが付けられる。
スープはともかく、パンを手作りで用意するのは手間がかかるので、パンだけは近くの食堂から一定数を買い取る契約を交わして用意した。
肉と野菜も仕入れ先を確保できたし、この値段でも利益はそこそこ期待できる。
まずは知り合いに声をかけて、店を始めたことと場所を教えて売り込みをしておいたので。
と言っても俺の知り合いはほとんどが冒険者になるため、彼らが来るとしたら朝よりも昼、昼よりも夜が多いだろう。
開店初日ということで早朝から店を開いたのだが、今のところ客はおらず、俺は厨房でスープの灰汁を取り、ホール担当のパーラはカウンター席に腰かけ、テーブルに上半身を預けるようにダレた格好を取り、なんとも暇な時間を過ごしていた。
「お客さん、来ないね…」
「まだ開店初日だし、ここも奥まった場所だからな。一見で飛び込む客はまずいないさ」
暇を持て余したパーラは先ほどから同じことで話しかけてくる。
そしてそれの俺も同じ答えを返している。
実際のところ、忙しくなるのは昼からだと見込んでいる身としては、この暇な時間が嵐の前の静けさだと思いたい。
そんな風にしていると、店のドアが開けられ、ドアに取り付けられたベルが揺らされて音を立てた。
ドアを潜って入ってきたのは俺が声をかけた一人、神父のナルシュであった。
「いらっしゃいませー。…あ、神父様。来てくれたんですね」
「やあ、アンディ。せっかく君が声をかけてくれたんだから朝食はこっちで摂ろうと思ってね。いいかな?」
「ええ、もちろんです。どうぞ、お好きな席へ」
現在はどの席も空いているので、どこを使ってもらっても構わないのだが、ナルシュは俺の目の前のカウンターテーブルに座った。
メニューを探して壁に視線を向けるナルシュだが、壁にはハンバーグ単品とセットの2つの木札が掛けられているのみのなので、そのメニューの少なさに面食らっているようだ。
「驚きました?まだ店を始めたてなのでメニューがハンバーグしかないんですよ。けど味は自信がありますから」
「あぁ、うん。まあ一品しかないのには驚いたけど、メニュー選びに迷わないのはありがたいよ。じゃあハンバーグ…セットを一つ貰おうかな」
「かしこまりました。すぐにご用意いたします」
調理に取り掛かる俺と交代する様に、パーラがナルシュの前にカップを置く。
カップの中に入っているのは麦茶だ。
「どうぞ。お替わりはお気軽にお申し付けくだたい」
若干甘噛みなのが惜しい。
開店後初の客ということでパーラは相当緊張しているようだ。
この麦茶だが、実は俺の手作り品である。
料理を頼んだ客にサービスとしてお茶を提供しようと決めたのだが、この世界ではお茶は安いものではないので、店のサービスで出すには少々辛い。
そこで日本の夏の救世主である麦茶を作ることにした。
麦茶は大麦をゆっくりと焙煎したものを煮だすことで作れるので、今この街で簡単に手に入る材料で手軽に作れるのがありがたかった。
この麦茶という飲み物は濃度を濃くすればコーヒーの代替品とすることもできる万能さが神ってる。
今は麦茶として提供しているが、その内コーヒー擬きの扱いで店の商品にするのもいいかもしれない。
「ほぅ…。このお茶、すごくおいしいじゃないか。紅茶ともハーブティーとも違う香ばしさがいいね」
早速一口飲んでそういうナルシュは、麦茶がお気に召したようで、ごくごくと飲んでいる。
「ありがとうございます。それは麦茶と言って、うちの手作りなんですよ。お替わりは自由なので好きなだけ飲んでいって下さい」
「それは嬉しいねぇ」
笑顔でお替わりを要求するナルシュにパーラが応対しているのを見届け、表面をしっかりと焼いたハンバーグを石窯に入れる。
この石窯は元々備え付けてあったものを使いやすいように少しずつ手を加えて、先日ようやく使えるようになったものだ。
おかげでハンバーグの仕上げが満足のいくものになり、日本のレストランで味わったものに大分近付いていた。
この世界の衛生を考えるとレアで出すのは少々不安なので、ミディアムよりちょい焼くぐらいに火を通しておく。
温めておいた鉄板皿に石窯から取り出したハンバーグを乗せ、見よう見まねで再現したニンジンのグラッセとマッシュドポテトを付け合わせとして盛り、最後にトマトと牛骨の出汁で作ったフレッシュソースを掛けて湯気を生み出し、ナルシュの前に置く。
俺が皿を置くのに合わせてパーラがスープとパンを並べる。
ナイスアシストだ。
「お待たせしました。ハンバーグセットです」
「これはまた…、随分と熱そうだね。でもおいしそうだ」
立ち上る湯気に若干顔を引いていたナルシュだったが、肉の焼けるにおいとソースの焦げるにおいに食欲を刺激されたようで、いそいそとハンバーグにナイフを入れ、一口目を頬張る。
口に含んだ瞬間に動きが止まり、僅かに見開いた眼からナルシュが驚いているということが読み取れた。
それからは無言で食べ進めていき、300gはあったハンバーグを瞬く間に平らげてしまった。
食べ終えた後は麦茶が旨いようで、カップに残っていた分を一気に飲み干していた。
「ぷふぅー…。いやぁーおいしかったよ。普通のステーキと違って肉の柔らかさと肉汁の味わいがすごい。これは確かに一品だけでも十分やっていけるかもね」
その後は少し談笑して、会計の際にナルシュが安いと驚く一幕があったが、手応えを感じながら開店第一号の客であるナルシュを見送った。
下げられた食器を洗っていると、またドアベルの音が店内に響いた。
今度はパーラが応対し、客である女性2人組がカウンターに座った。
「やあやあアンディ君、来たよー」
「いらっしゃい、イムルさん。まだ昼前ですけど、よく抜け出せましたね」
ギルドの受付嬢であるイムルにも声をかけていたのだが、まだ昼の少し前に店に来られるほど今日のギルドは暇なのだろうか?
「私らは夜勤明け。2人で帰るついでに何か食べようかって話になって、アンディ君のことを思い出して来てみたの」
隣の女性も確かにギルドの受付嬢として働いているのを見たことがある顔だった。
ハンバーグ一択のメニューに苦笑いされるが、2人から注文を受けて調理に取り掛かろうとして、ふと思いついた疑問を訊ねてみる。
「イムルさん、ハンバーグには玉ねぎが入ってるんですが、大丈夫なんですか?」
「え?なんで?私、別に玉ねぎ嫌いじゃないけど?」
俺の言っている意味が分からないと言ったような様子のイムルだが、犬系統の獣人である彼女に、犬と同様に玉ねぎを食べさせるのはまずいのではないかと危惧して質問したのだ。
「いやそうじゃなくて、玉ねぎを食べても体調が悪くなったりとかしませんか?」
「特にそういうのはないけど。変なことを聞くのね」
「あくまでも念のために聞いただけですから」
その答えに調理の際の疑問は解消され、早速ハンバーグセットの用意に入った。
どうやら犬系統の獣人であるとはいえ、犬の特性を丸々引き継いでいるというわけではないようで、一般的に言われている犬に食わせてはいけないものも問題なく食べられるようだ。
調理をしている俺の目の前では、麦茶を運んできたパーラを交えての女性3人によるおしゃべりが始まってしまった。
まあ今は客が目の前の2人だけだから別にいいんだけどね。
完成したハンバーグセットをカウンターテーブルに並べていくと、イムルたちは初めて見るハンバーグのフォルムに珍し気な表情を浮かべていたが、立ち上る香りに急かされるようにして早速食べ始めた。
ナルシュの時と同様に一瞬目を見開いて驚いたところまでは一緒だったが、こちらの方はじっくりと味わいを楽しむように一口一口を大事そうに食べるのは女性だからだろうか。
終始笑顔で食べ切った2人に感想を聞いてみた。
「これすごくおいしい。お肉って食べるのに顎が疲れちゃうのが困りものだったけど、これはそんな心配もいらないわ」
「そうそう、柔らかいのにちゃんとお肉を食べたっていう満足感もいいわよね」
なるほど、そういう捉え方もあるのか。
確かに肉のステーキは厚みもあるし、大概は固い肉質であることが多いので、ミンチ肉を使っているハンバーグは柔らかさという点では圧倒的だ。
味は美味しくて当然、それ以上に柔らかい食感で食べやすいというのはかなりいい売りになりそうな気がする。
値段の安さもあってイムル達は再びの来店を口にしてくれて、いい常連客になってくれそうな手ごたえを残して店を出ていく。
その後、しばらくは暇な時間となったが、昼食時となると冒険者を中心に、俺が声をかけた人達が次々に店を訪れ、開店のお祝いと珍しい料理を楽しんでもらい、用意していた材料は夕方の分も使い切ってしまったため、この日の営業は昼だけで終わってしまった。
途中から人伝に聞いたと思われる客も来ていたのだが、そのほとんどの人に売り切れを伝えるのは心苦しく、明日はもっと数を用意することを伝えて帰ってもらった。
少し見通しが甘かったかとも思ったが、客が来なくて材料が余るよりもましなので、この結果は上出来だろう。
格安の素材を使った料理であるおかげで、原価率から弾き出される利益はそこそこあり、今日の売り上げを数え終わると、その額に俺達は自然と笑顔を浮かべていた。
「50人分が全部出たから5万ルパの売り上げ、ここから材料費と薪代を差し引いて残るのは3万1千ルパ…であってる?」
「うん、合ってるぞ。これぐらいの計算は流石にすぐに出来るようになったな」
日頃の勉強の成果によって、パーラが暗算ではじき出した金額が今日の利益分ということになる。
冒険者として今まで俺が受けてきた依頼の報酬と比べるとそれほど高くはないように見えるが、命の危険はないし時間当たりで手にする額としてはずいぶん破格だと思う。
普通に飲食店を営んで一日でどれだけ稼ぐのかはわからないが、少なくともこの額をこの先も稼いでいけるのならこれほどいい仕事は無い。
とはいえ、あくまでもそれは希望的観測で、初日はご祝儀的な意味で足を運んでもらった人達のおかげで今日の売り上げはなされたと考えており、明日からはもう少し売り上げは落ちると考えている。
「今日は材料が無くなっちゃって帰らせたお客さんが出ちゃったね」
「仕方ないだろ。材料がなくちゃ作れないんだから、お茶だけどうぞとはいかんさ。とはいえ、確かに客に売り切れです、お帰り下さいじゃあ格好が悪い。明日からはもっと仕入れを増やそう。倍ぐらいは考えてもいいだろ」
「それはいいけど、もし余っちゃったらどうするの?」
「そん時は近所に配るなり、値引きでその辺りに手売りにでも行くか。味はいいんだし、もしかしたら宣伝になるかも」
実際のところ、余った所で原価率の点から金額的な損害は深刻にはならず、むしろ宣伝費だと割り切れば惜しむ気も多少は和らぐというものだ。
俺の言うことに一理を感じたパーラは明日の仕入れに関しては納得してくれた。
パーラは流石に商人としての兄の姿を見てきただけあって、商売に関しての考え方はしっかりしているようで、堅実な見方をしている。
今日の営業が終わったことで、期せずして夕方を迎える前に暇な時間を手にした俺達は、それぞれ思い思いの自由な時間を過ごした。
最近のパーラはマースの所へちょくちょくと出かけるようになり、ヘスニルで出来た年の近い女友達と遊ぶ機会が増えているようだ。
今もマースの所へ出かけていくパーラの背中を見送ったが、なんだか妹の兄離れを見ているようで少しだけ寂しい気持ちになる。
とはいえ、パーラもマースと遊ぶようになってからは女の子としての振る舞いや格好を意識するようになっているのは悪い事ではないので、歓迎する気持ちもまたある。
特に子供でいられる時間はこの世界では短いもので、その少ない時間は大事にしてほしいという思いもあって、パーラにはなるべく好きに過ごさせたい。
一人家に残される形になった俺だが、やることは意外と多く、まずは店舗部分の清掃と、夕食の準備、風呂の用意とここ数日ですっかり家事仕事が板について来たなと思う。
この家を建てる時に、ちゃんと排水と湿気に気を配った浴室を階段脇の小部屋に作ってもらっていて、湯船に水を入れてお湯にするのは俺の仕事なので、よほどのことがない限りは毎日風呂は用意するつもりでいる。
この一点だけでも家を作ってよかったと思えるのは元日本人としての感覚が未だに抜けきらないがゆえのこと。
特に格段に疲れたわけではないが、やはり風呂に入るのは一日のリセットには一番効果的なのは確かなことで、そう思えば家事も全く苦にならない。
さて、パーラが帰るまでには風呂と夕食の準備が終わらせてしまおうか、そう一人ごちてまずは掃除に取り掛かっていった。
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留学から戻られた王太子からの突然の婚約破棄宣言をされた公爵令嬢。王太子は婚約者の悪事を告発する始末。賄賂?不正?一体何のことなのか周囲も理解できずに途方にくれる。冤罪だと静かに諭す公爵令嬢と激昂する王太子。相反する二人の仲は実は出会った当初からのものだった。王弟を父に帝国皇女を母に持つ血統書付きの公爵令嬢と成り上がりの側妃を母に持つ王太子。貴族然とした計算高く浪費家の婚約者と嫌悪する王太子は公爵令嬢の価値を理解できなかった。それは八年前も今も同じ。二人は互いに理解できない。何故そうなってしまったのか。婚約が白紙となった時、どのような結末がまっているのかは誰にも分からない。
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