世の中は意外と魔術で何とかなる

ものまねの実

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変異種討伐開始

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明けて翌日、俺達は早朝からトレント変異種の討伐に乗り出す。
夕べのうちに作戦を立て、役割を頭に叩き込んだ俺達は所定の配置へ向かいはじめる。
まずは村の中で一番高い建物である何かの倉庫らしき建物の屋根にパーラを上げる。
と言っても梯子を探しに村中を歩き回るわけにいかず、この中で一番力があるギリアムがパーラを上に打ち上げる役目を買って出た。
ギリアムは建物の壁に背中を向ける形で中腰で立ち、両手を組んで掌を上にし、低い位置で保持する。

「よし、いいぞ。来い!」
ギリアムの声に応えるようにして駆けだしていったパーラは、勢いをそのままに差し出されていたギリアムの手に足を掛け、一気に腕を振り上げたギリアムによって真上に打ち上げられたその身は木の葉の様に空中へと舞い上がった。
建物の高さは6・7メートルはあろうかというほどで、当然普通ならこんなやり方では届かないが、パーラは打ち上げられた勢いにプラスして、風魔術で気流を操って体を持ち上げることで高度を稼ぎつつ、無事に屋根へと上がることに成功する。
屋根の縁から顔を出し、手を振ってくるパーラに頷きを返して、残された俺達は広場へと足を運ぶ。

昨日使ったのとは別のルートを使っての移動だが、路地越しに見える向こう側には昨日の変異種によって木の実の弾丸が撃ち込まれた壁が崩れている建物がポツポツとあり、攻撃の威力を物語っていた。
それを横目に見ながら目的の場所へと到着した。

壁から顔を覗かせて広場の様子を窺うと、昨日見た時と同じ光景のままで、中央に禍々しい木が屹立している。
「じゃあ作戦通りにな。下手こくなよ、ギリアム」
「ぬかせ。そっちこそ」
顔を見合わせて悪態を吐きながら広場へと飛び出していく二人を見送る。

俺達が取る作戦はそれほど凝ったものではない。
コンウェルとギリアムが変異種を挟んで広場の端に陣取り、繰り出される攻撃をひたすら防御し、トレントの攻める手を全て端に集中させたところで、正面から俺が飛び込んでいって最大威力の攻撃でトレントを撃ち抜き、魔石ごと叩き潰すというものだ。
懸念するべき木の実の弾丸だが、これはパーラが風魔術で作り出す乱気流によって命中率は著しく低下するはずなので、パーラには風魔術でギリアムとコンウェルの防御を支援する役割が与えられている。

突然姿を現し、自分の元へと駆けてくる敵を捕捉したトレントはすぐさま根や枝を振るって迎撃を行う。
だが二人も並みではなく、襲い掛かる攻撃を躱し、あるいは弾きながら徐々に距離を詰めていく。
変異種による攻撃の手数はおびただしいものであり、一流の戦士であるコンウェルとギリアムであってもさばき切るのは容易ではないはずなのだが、時折不自然に変異種の攻撃の軌道が見当はずれの方向へと動くのが確認できた。
これはパーラの風魔術によって作られる気圧の波によるものであり、トレントが使う鞭のような攻撃は、速度が出る先端ほど大気の影響を受けやすいがゆえに、少しの妨害で思い通りの軌道を描きづらいものなのだ。
最小の魔力で起こされた風魔術の防御法ではあるが、ことこの場にあっては最大の効果を発揮している。

そんな拮抗状態が生み出されている広場を見ながら、俺は飛び出すタイミングを図っていた。
広場では歴戦の猛者である二人の戦士が見事に与えられている役目を果たそうと、繰り出される攻撃へ単身で立ち向かっている最中だ。
コンウェルは曲刀を両手で振るう二刀流で手数を増して敵の攻撃に対抗し、変異種からの攻撃を時に弾き、時に敵の一撃を剣身で沿わせるようにして受け流して捌いている。
攻撃よりも回避や受け流すことを重視した動きは、遠目で見ているとまるで繰り出される攻撃がコンウェルの体を勝手に避けているような光景となっており、俺の目では見抜けないほどの高度な戦闘技術が使われていると思わせた。

ギリアムは右手に長剣を、左手に円盾を携えており、盾で攻撃を防ぎつつ時折剣で敵が攻撃に使っている部位を斬りつけているが、切り落とすまでには至っていない。
これは恐らく防御に比重を置いた戦いをしているために、攻撃の威力を剣に乗せ切ることが出来ないためだろう。
コンウェルとは違って、こちらは敵の一撃を盾で受け止めることを主体とし、カウンターを当てるようにして捌くことで変異種の攻撃を己に集中させているようだ。

二人がその身に変異種からの攻撃を集め、パーラの風魔術も合わさってほぼ攻撃の完封が出来ているといえるこの状況で、変異種は遂に手札を切ってきた。
巨大な木の体をブルリと振るわせたかと思った次の瞬間、幹に空いているうろから何かが飛び出すのが辛うじて見えた。
あの木の実の弾丸が撃ちだされたと理解したと同時にドパンという炸裂音が響き渡り、盾を構えていたギリアムがその身を大きく後方へと吹き飛ばされ、5メートルほど地面を転がされた。

「ギリアム!大丈夫か!」
「問題ない!盾で防いでる!」
ギリアムの身を案じて声を張り上げたコンウェルに、同じく大声で返したギリアムは倒れていた体勢から、盾を持っていた左手で強く地面を叩き、その反動で飛び起きながら追撃として迫っていた変異種の枝の鞭を剣で弾く。
再び撃ちだされた木の実の弾丸がギリアムに迫るが、今度はギリアムに当たることは無く、大きく上に逸れて背後にあった民家の屋根の一部を削り取るようにして飛び去って行った。

ギリアムが防いだ先ほどとは違い、屋根に当たるほどに上に角度を取った飛び方をした弾丸の軌道を考えると、初弾と比べて2射目は命中精度が下がったように思えたが、その原因はすぐにわかった。
変異種の周りを取り囲むようにして、通常とは違う空気の流れが起きているのが、風に舞う塵や葉っぱで窺い知れる。
これは恐らくパーラの風魔術の仕業だろう。

強力な威力を誇る一方で、元々の命中精度はさほど高くない木の実の弾丸は、パーラの風魔術による妨害で命中精度は更に下がっていることだろう。
ライフル弾のように回転して飛ぶ木の実の弾丸は、確かに通常であればその速度と射程距離は脅威だが、空気中を飛ぶ飛翔体はどうしても風の影響から逃れることは出来ないため、現在パーラの巻き起こしている風で狙った位置にあてることは困難を極めるに違いない。
実際、次に撃ちだされた第3射はギリアムの左手側に大きく逸れたようで、地面に大き目の弾痕を刻むのみでかすりもしていない。

変異種の攻撃が全て前衛で戦う二人に向けられたと判断し、その二人からも目線で俺の行動を起こすタイミングが指示される。
すぐに俺は建物の陰から飛び出し、攻撃の手が俺に向けられる前に魔術で強化した脚力で変異種の元へと高速で駆けていく。
矢のように突進していく俺の存在に気付いた変異種は、コンウェル達に向けていた枝の幾つかを俺目掛けて振るおうとするが、それが俺に届く前にパーラの巻き起こした風によって乱された気流の中では安定した軌道を描くことが出来ず、俺の身を傷つけるには至らないまま、見当違いの方向へと振るわれていった。

陽動と防御支援によって目標へと続く道筋が見えている俺は迷うことなく変異種の本体である木の幹目掛けて、駆けながら発動待機状態を維持していた雷魔術を一気に解放した。
掌で握るように発動待機をさせていた魔術は解放の瞬間をようやく与えられ、目標へ向けて雷の奔流が俺の手元で巻き起こると、指向性を与えられた無数の雷撃は前方の変異種に群がっていき、射線上にある変異種の体は高熱で炙られたように木肌が焼け焦げ、完全に炭化して粉状になった部分は風に舞ってどこかへと飛んでいく。

魔術で作り出したプラズマによって発生する超高熱が変異種の体を焼いていくと、ボロボロに崩れていく木肌の向こうにようやく魔石らしきものが見えてきた。
このまま魔石を砕いて敵に止めを刺したいところだが、生憎と今発動している魔術がもうじき途切れるため、再使用までのインターバルの間は変異種に一方的に攻撃されてしまうだろう。
なので魔石への攻撃は別に人間に任せることにする。

雷魔術が途切れたのを確認した俺は、体を焼かれたことで狂ったように振るわれる変異種の枝や根の攻撃を搔い潜ってその場から大きく後退する。
暴風圏となった変異種の周囲に安全な場所などありはしない。
コンウェル達も既に後退しており、今広場では滅多矢鱈に周囲に暴虐の嵐を巻き起こしている変異種だけが存在していた。
狂ったように周囲を攻撃しているようだが、その一方で露出した魔石を庇うように次々と枝を幹に巻き付かせるという行動は、露出した魔石を守ろうとする防御反応であろうか。
だが既に一度姿を見せた魔石の在り処はその場の全員の知る所となっており、あとは苦し紛れの枝の防御を貫いて攻撃するだけで決着がつく。

ここから止めを刺すのはパーラの役目で、俺がパーラがいるであろう屋根に視線を向けると、俺と目が合ったパーラが大きく頷いたのが分かった。
それまで風魔術で援護に回っていたパーラだったが、実はこの戦いの最終局面では決定打となる一撃を放つ役割も与えられているのだ。

昨日俺達を狙って撃ちだされた変異種の木の実の弾丸を拾っておいたのだが、それを使って変異種の魔石を狙い撃つために、昨夜は夜遅くまで工作の時間を過ごしていたのだ。
ライフル弾の形状に似ている木の実であるが、変異種がどうやって打ち出しているのかは謎である。
まさか炸薬を使って発射されているわけでもなし、そうなると俺達がこれを使うには多少手を加える必要がある。
弓矢の矢じりとして使う案も出たが、そもそも弓を持ってきていない俺達では矢じりに加工したところで飛ばす手段がないため、そこは魔術を使った発射装置を自作することになった。

手持ちの材料に乏しい俺達はあまり大したものは作れないが、銃弾を打ち出す機構に関しては多少聞きかじった程度の知識のある俺が主導する形で制作していった。
作ったのは単純に硬い木の棒の中をくりぬき、ストロー状にしたそれを銃身に見立てて、後ろから詰めた弾丸を圧縮空気で打ち出すという単純なものだ。
これは手先の器用さでコンウェルが制作を担当したが、欲を言えばライフリングを刻みたいところだったがそこまで加工精度を求めては一晩で完成させることは出来ないので筒状の加工だけで妥協した。

弾丸の耐久性が低いので俺が雷魔術で打ち出すのは無理なうえに、撃ちだした後も弾丸の軌道を風魔術で修正できるパーラが射手としては最適だ。
今屋根の上ではパーラが簡易銃を手に変異種を狙っている。
銃身の先は先程まで魔石が露出していた辺りに向いており、発射のタイミングを計っているようだ。

「まずいぞ。奴が攻撃態勢に移行し始めた!」
ギリアムから告げられたのは変異種が自分の体の防御を固め終え、攻撃を再開しようとし始めたのを察知しての警告だった。
見ると確かに剥き出しになった魔石を守るために幹に巻き付けた枝はそのままに、残されている枝や根を再び鞭のように蠢かせ始めている。

「パーラ!」
俺の声が切っ掛けになったのかはわからないが、パーラのいる場所からバシンという空気の弾ける音が響くと、高速で飛翔する物体が煙を引き、変異体の体とパーラのいる場所を薄い煙の糸が結ぶ。
あの煙は木製の筒を弾丸が高速で通り抜ける際に発生した熱によって起きたもので、そのおかげで目では追えない速度の弾丸の軌跡を追うことが出来、目標に着弾したのがわかった。
弾丸を撃ち込まれた変異種は先ほど俺が魔術で木肌を焼いた時以上に暴れ出し、しばらく激しく動いたあとは一気に力が抜けた様に枝が地面に垂れ落ちていった。

変異種の幹には大きな穴が開いており、そこは確かに魔石があった場所で間違いなく、貫通した弾丸はパーラが高い位置から打ち下ろした形になったために、変異体の後ろの地面にまで貫通痕が残されている。
魔石を砕かれても短時間とはいえ活動を続けることができる生命力の強さに改めて驚愕したが、魔物である以上は魔石なくして生きることは出来ず、トレント変異種はパーラの致命の一撃によってその生命を終えていた。

「完全に仕留めたようだな」
ギリアムが活動を停止している変異種を剣先でつつきながらつぶやく。
「魔石が打ち抜かれたんです。生きてられませんよ」
「しかし強力な魔物の魔石となるとかなりの価値があることだし、欲を言えば無傷で手に入れたかったがな」
コンウェルはそう言うが、今回は倒すのに苦労すると判断して魔石の破壊を決めたのだ。
今更それを言ってもしょうがないとは本人もわかっているだろうが、無事に倒せた今となってはつい口に出てしまったのだろう。

しみじみとそう言ったコンウェルはパーラがいる屋根の上の方へ顔を向け、それにつられるように俺もそちらに目がいくと、飛び跳ねるようにして笑顔で手を振るパーラの姿が目に映った。
「はしゃいでるな。まあ気持ちは分かるが。アンディ、振り返してやれよ」
「はあ、では。パーラ、ご苦労さん!」
いつの間にか俺の背後に来ていたギリアムの言葉を受け、俺の方からも手を振り返す。
すると笑顔が更に花咲いた表情となったパーラがより激しく手を振りだしたのを微笑ましい気持ちで眺め、一仕事終えた爽快な気分で胸がいっぱいになった。
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