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アンディ式仮設住宅

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ヘスニルの街の正門を抜け、ルドラマから聞かされていた場所へと向かうと、そこには作業をしている人間が大勢おり、急造の防護柵の設置で大忙しといった感じだ。
作業を見守るようにして立っていた人に話を通そうと近付くとその顔には見覚えがあり、ルドラマの館で何度か見かけた補佐官の一人だった。

「どうも、ギルドから派遣されました。これ、ルドラマ様からです」
近付きながら声をかけ、俺達の存在を気づかせたうえで、ルドラマから預かった仮設住宅設置を俺達に依頼した旨が記載された書類を補佐官の男性に手渡した。
「ん?おぉ、アンディ殿か。どれ……これはまた…、いや了解した。こっちへ」
書類に目を通して一瞬訝しそうな顔をしたが、すぐに気を取り直して俺達を先導して歩く。
そうして付いて行った先では防護柵の内側となる区画の地面に縄張りがされており、その周りに僅かばかりの木材が積まれているだけの寂しい建設現場といった風情だが、これが恐らく現状で用意できる建物用の木材なのだろう。

「とりあえず縄で囲ってある部分が家を建てる予定地になっている。ルドラマ様からの指示で急遽用意した木材ではとても十分な数を建てられないと困っていたが、アンディ殿に何やら手立てがあるとのこと。ここにある木材は好きに使ってくれて構わないそうだ。…本当に2人だけでやるのかね?」
「ええ、そのつもりです。心配いりませんよ。魔術で一気に作り上げるので人手は要りませんから」
「まぁそう言うのなら…」
一通り話を終えたと補佐官がその場をあとにすると、残された俺達は目の前に広がる敷地に感嘆のため息が漏れる。
ざっと見た感じではサッカーが出来そうなくらいの広さの敷地を用意したようだが、その内の6割ほどの面積が建物を作るのに使われると見た。

こうしてみると、この場所に200人超が暮らす家を4日で作れと言うのはかなりの無茶だと分かる。
テントや掘っ立て小屋のような物ではなく、当分の生活を問題なく遅れる家屋となると、時間も材料も足りないこの状況では到底無理だ。
なるほど、ルドラマがギルドマスターを使ってまで俺に依頼を出すわけだ。

早速パーラに頼んで地面に張られている縄を回収してもらう。
目印の縄がなくなっても大凡の場所は覚えているので、後は俺のイメージでどんどん家を作っていくだけでいい。
「アンディ、全部回収して来た」
「おう、ご苦労さん。んじゃ今から始めるから、俺の前に出ないようにな」
パーラの頷きを確認し、早速地面に手を当ててイメージを練る。

作るのは作り慣れたカマボコ兵舎ではあるが、その大きさは微妙に違う。
半径3メートルの半円、長さ50メートルのカマボコ型の建て物を土魔術でモコモコと地面から生やしていく。
不自然に盛り上がる土の動きに気付いた作業員の何人かが驚愕の声を上げるが、一々反応していられない。
目の前の作業に集中して、大凡の形が出来上がった。

これまでは端に当たる面の部分に出入り口を作ったが、今回はそこは塞いでいる。
代わりにカーブを描いている側面に出入り口を等間隔に4つ作り、室内の仕切りも併せて作っていく。
この建物一つで4家族、一家族が4人と想定して16人が住めるようにと考えているが、場合によっては内部を仕切っている壁を取り払って一続きの建物としても使えるようになっている。
もしも大家族が入ると決まった場合は、その人数に応じて間取りを変えてもいいだろう。
流石にドアを作るのは無理なので、それは各家々で入り口に布を垂らすなり自作するなりして対応してもらおう。

室内はあくまでも寝起きとくつろぐ空間として作っているので、竈は用意していない。
外に大きな共同の炊事場を作る予定なので、食事などはそちらで済ませてもらう。
トイレも各建物に共用のものを一つだけ用意し、そこで出される下水は地下を通ってヘスニルの下水に合流させて処理する。
なのでヘスニル側の下水と合流させる下水道も同時に作らなければならないため、地味に作業工程が増えていた。
だが最初にメインとなる下水道を掘っておき、後で建物へと延びる形で支道が合流する作り方なので魔力の消費はそれほど激しくないのが救いか。

とりあえず一つ作ってみて、どれくらいの魔力消費があるかを確かめるが、思ったよりも消費は重く、全力で臨むと一日で作れる数は恐らく10を超えないだろう。
まずは今作れる分として追加で4個作り、夕方になる頃には5個の建物が完成していた。
初めての作業であるため、実験的な要素を含んだためにこの程度のペースになったが、明日からはもっとペースは上げれるはずだ。

縦1列に5棟が並び、これを明日から作っていくことになる。
今日の作業はここまでとし、長い時間俺を待っていただろうパーラに作業終了を告げようと振り返った先で、恐らく周りで作業をしていた人達が集まっており、呆気にとられた顔でこちらを見ていた。

どうも彼らの驚きの原因は俺がしていた作業にあるようで、今まで何もなかった土地に半日で一気に5棟の家が地面から生えるようにして現れるという光景はかなりの驚きをもたらしたのではないか。
その集団の中には、俺達が来た時に対応してくれた補佐官の人も混ざっており、彼もこうしてみるまでは俺一人で家を作るということに疑念を抱いていたようだ。
だがこうして出来上がった家を見て、期日までに家を用意できるめどが立ったことに対する安堵も同時に浮かんでいた。

「いやはや、よもやこの短時間で5軒の家が建つとは…。魔術というのは全く持って凄まじい。とはいえ、これなら4日後までには必要数を揃えることは出来そうだ」
いち早く放心状態から脱した補佐官が俺に近付いてきて、喜びの感情をあらわにそう話す。
普段旅で使う一晩だけの宿と違い、長い時間を暮らすことになる家なのだから丁寧に作ろうとするため、どうしても時間はかかる。
まあ普通の人間からしたら驚異的なスピードに見えるだろうが、俺としては大分ゆっくり作っている感覚である。
「時間的には間に合うはずですよ。一応余分に建てるつもりなので、住む場所が足りなくなることはないかと」
俺の言葉を聞いてうんうんと頷きながら手元の書類に何やら書き足している。
恐らく作業の進捗具合を修正しているのだろう。

「アンディ、今日はもう終わり?」
俺の話が終わったと判断したのか、それまで隅に置かれた木材に腰かけていたパーラが立ち上がり、こちらに向かってきたのだが、その足取りは妙に重い。
「ああ、今日の所はこれぐらいでいいだろ。…どうしたんだ?なんか元気が無いみたいだが」
心配になって尋ねる俺の声に応えるように、パーラのお腹が鳴る。
「…そう言えば昼も摂ってなかったか。悪かったな」
作業に没頭していたせいで空腹は感じなかったが、ただ見ていたパーラまでそうとは限らない。
実際、俺も今思い出したように空腹感に襲われ出した。

「ううん、いいよ。アンディは作業に集中してたし」
「よし、じゃあ帰りに何か食ってくか。何が食べたい?」
「お肉ー!」
間髪入れずに叫ぶパーラの目は空腹のせいだろうか、若干ギラついているように感じる。
食い気に支配されているパーラを見ると、先日のお洒落は何だったのかと思いたくなる。
とはいえ今の空腹に耐えさせている状況は俺が原因なので、今日は好きなだけ食わせてやろう。
街中で旨い肉料理を出す店を頭の中でピックアップし、逸る気持ちのせいで歩く速度が上がっているパーラの後に続いて行く。
去っていく俺達の背中に多くの困惑や疑念の混じった視線が突き刺さるのが分かるが、明日も俺達による家づくりはあるのだから、こんなものはとっとと慣れて欲しい。

次の日は朝早くから作業に取り掛かる。
昨日の時点で今の作り方に慣れたのもあり、昼前には4棟が出来上がった。
完成した家に空いている窓やドアを取り付ける予定の穴から土や砂が噴出してくる。
これはパーラが風魔術で家の内部にある余分な土や砂といったものを外へと吹き飛ばしているからだ。

昨日はパーラにやることが無くて暇だろうということで、ふと思いついた家の内部の清掃を頼むことにした。
だがこのまま穴が開いたままでは再び汚れてしまうだろうということで、作業員の一部に窓やドアを作ってもらうことにした。
幸いにして家を建てるには木材は足りないが、ドアや木板の窓を作るには十分な量があるので、どんどん作ってもらっている。
既に昨日建てていた家には木窓とドアは取り付け済みであり、内部の清掃も済んでいるのですぐにでも入居できる状態になっていた。

柵の設置に来た作業員には昨日いなかった人も混じっており、次々と地面が盛り上がって家になっていく光景を見て、呆気に取られている姿を他の作業員が生暖かい目で見守っていた。
昼前に区切りがいい所で俺の方の作業が終わった為、パーラの作業が終わるのを待って昼食を摂ることにする。

この場所で作業する人員のための休憩所として、俺が作業をしている場所から少し離れた場所に屋根と柱だけの簡単な作りのものが建てられている。
縦長の造りのそれは、屋根の下にテーブルと椅子が並べられており、炊事場も併設されているため食事の用意もここでしてくれるとのことだ。
俺達も他の作業員に交じって食事の載ったトレイを受け取り、適当なテーブルにつく。

メニューはスープにパン、野菜と肉を炒めただけのシンプルなものが山盛りで皿に乗せられたものというシンプルなものだが、お替わり自由なのは肉体を使う仕事をしている者達への配慮だろう。
席に着くなり、パーラは目の前の食事に取り掛かり、一心不乱に食べている。
お替わり自由と言う言葉を聞いてからパーラの目は猛禽類のように鋭くなり、いかに素早く皿を空けるかに全力を注いでいるようだ。

そんなパーラとは違って俺は普通にゆっくり食べていると、隣に座った男性が話しかけてきた。
「よう坊主、見てたぜ。凄いもんだな魔術ってのはよ。家が地面から生えてくるって光景はとんでもねぇな」
この言い方からすると昨日は作業には加わっておらず、今日初めて俺が家づくりをしているところを見たのだろう。
驚きよりも感心の色が濃い顔をしている男性は、俺に気さくに話しかけてきた。
その男が話しかけたのをきっかけに、周りにいた他の人達からも称賛の声が掛けられ、なんだか照れ臭い気持ちになる。

「へぇ~、するとあれはそのまま住み続けるってもんじゃないのか」
「ええ。あくまでも仮の住居ですから、何年も使い続けることを想定してませんね」
「それでもすぐに用意できるんだから大したもんさ。はじめは1週間もない時間で家を建てるなんざ無茶だと思ったけどよ、それを魔術でやろうってんだから領主様は考えることが違うよな」
恐ろしい速さで出来上がっていく家に関する興味を抱いているのは結構な人数がいたようで、途中から質問が飛んでくるようになり、それに俺が応えている。
どうもルドラマがこの土魔術による仮設住宅の建設を思い付いたかのように思われているが、俺の初安打と訂正することに別段意味もないのでそのまま勘違いさせておこう。

皆の興味は土魔術で出来上がる家の居住性と耐久性に寄せられており、居住性はそれなりに満足は出来るだろうが耐久性に関してはあまり自慢できるものではない。
一応土魔術で圧縮した土を材料に壁を作ってはいるが、これがどれくらいの風雨にどれだけの間耐えられるのかは実際にやってみないと分からない。
なので俺としては耐用年数を図る実験も兼ねているのは密かな企みである。

午後にはさらに5棟が出来上がり、この日の作業を終える。
少しずつ家づくりにも慣れてきたおかげで随分ペースを上げることが出来るようになり、これなら期日までに十分な数の住居を用意できそうだと安堵していた。
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