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避難所が無いなら作ればいいじゃない
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木掻き鳥の依頼を受けてから数日、俺達はギルドからの呼び出しを受けた。
使いの人間が訪れたのが昼のことだったのだが、ギルドへと向かうとそのまま会議室へと通された。
会議室にはヘスニルのギルドマスターと、領主であるルドラマの姿があった。
俺達が来るまで話し合いをしていたようで、テーブルの上には書類が半ば散乱するようにして置かれていた。
「おぉ、よく来た。さあ、まずは掛けなさい。今お茶を用意させよう」
入室を確認して声を掛けてきたのはギルドマスターだった。
ギルドマスターとルドラマが並んで座っているテーブルの対面に俺とパーラは腰かける。
そうするとテーブルの上にある書類に目が行くわけだが、ほとんどは俺にはわからないような内容のものばかりで、辛うじてわかるのは数字が羅列された予算関係のものだけだ。
流石は大都市だけあって予算はかなりのものだが、その中でも予備費として計上されているものを引っ張り出していることから、何かしら緊急に予算が必要になる事態が発生しているのではないかと推測する。
「さて、来て早々で悪いがアンディに頼みたいことがあってのぅ」
「頼みですか?てっきり木掻き鳥の件で何か聞かれると思ったんですが」
イルムから呼び出しの可能性を知らされていた身としては、てっきり大量発生の木掻き鳥の件での聞き取りだと思ったのだが、どうにも違うようだ。
「そのことも含めて説明しておこう」
ギルドマスターの口から語られたのは、この一月のうちに起きたことの顛末だった。
ヘスニル近郊で生息している実態がない種類の魔物や動物の姿が見られるようになり、報告を受けた冒険者ギルドが調査隊を結成し、ヘスニル周辺から南方にかけてを調査したところ、とある魔物が原因で生態系の大幅な移動が行われていたことが分かった。
その魔物が移動して来たのに追われる形で、他の魔物や動物も本来の生息域からはみだすように別の場所へと移動してきたのだそうだ。
「ひょっとして木掻き鳥もその中に?」
「左様。もっとも木掻き鳥がそうだと断定できたのは、お主らが上げた報告を精査した結果じゃがな」
木掻き鳥も件の魔物に追われる形で移動してきたようで、本来の生息域はここよりも大分南西寄りなのだそうだ。
数匹程度なら珍しいで済むが、十数羽ともなると確実に生息域が移動していると見るのが当然であり、今起きている事態の一端だと推測できたのだろう。
「まあ異常事態が起きてるということはわかりました。それで、その魔物ってなんなんです?」
生態系が動くほどの影響を与える魔物の存在に若干の恐怖を覚え、事態の原因を訊ねてみる。
「トレント種じゃよ。だがただのトレントではないぞ。そいつは変異種と呼ばれていてな、ある生き物の卵を養分に成長したせいで、より強大な魔物になったのだが」
ギルドマスターの話を聞き、卵というキーワードに反応してしまう。
「まさか、アプロルダの卵ですか?」
「ほっほっほ、ご明察じゃ。魔物の生態に詳しい者の話だと、トレント種がある特殊な養分で育つと変異種と呼ばれる普通とは異なる形態を持つことがままあるらしい。アプロルダの卵はまさに特殊な養分の塊ともいえるしのぅ」
そういえばアプロルダの卵は精力剤として有名だってのは聞いてたな。
確かにそれだけ効能のある物を養分にして育てば普通じゃない植物も育ちそうな気はする。
俺がこっちの世界で手に入れたトレント種の情報だと、見た目は普通の木と変わらないが近付く生き物を枝や根で絡め取って自分の養分にし、大きい個体だと人間を捕食するタイプもいるらしいということ。
普段は擬態のために森などに潜んでいるため、知らずに近付いてやられるケースが多いと聞く。
ただ生息する数自体は少ないもので、大きな森に2・3体がいる程度だとか。
総じて火に弱いという弱点はあるが、動かずに擬態している姿は普通の木と見分けることが出来ず、また一日の内に活発な活動時間も短く、発見が困難であるため討伐にはそれなりに時間をかける必要がある。
トレント種は成長過程において、摂取した養分で特性が変化する魔物であり、魔力が濃く漂っている地域で育ったトレントなどは原始的な魔術を使う個体もいるらしく、討伐したあとはその体から作る杖は魔術の発動体としては非常に優秀なものになるそうだ。
自発的に動けるが結局は植物であるトレントは冬の間は活動を休止し、温かくなってから再び活動を再開する。
ちょうど今の季節はトレントが動き始めるタイミングに当たる。
去年の秋にアプロルダの卵が何らかの形でトレントの養分になり、それがある程度成長してから休眠し、再び活動再開したのが今起きている事態の発端ということだろう。
「でも卵を盗んだ冒険者は捕まったはずでは?」
ヘスニルを襲った危機であるアプロルダの卵を街中に持ち込んだ冒険者は俺が直接尋問して割り出し、その後はギルドが身柄を引き取ったから、街の法に則った処分が下されたはず。
「その冒険者が持っていた卵は既に押収しておる。だが、アプロルダの巣から持ち出した卵は一つではなかったのじゃよ」
僅かに忌々し気な感情がギルドマスターの顔に浮かび上がるぐらいに、先の事件が巡り巡ってこの状況を作ったことを憤っているようだ。
元々アプロルダは2つから3つの卵を一度に産むらしく、わざわざ危険を冒して忍び込んだ巣にある卵を一つだけ持ち出して他は無視するとは考えられず、普通の思考なら持てるだけの卵を持っていくはずだ。
現に犯人に聞き出したところ、確かに複数の卵を持ち出したが、街まで持ってこれたのは1つだけで、残りは運び屋がアプロルダから逃げている最中に紛失したそうだ。
恐らくその紛失した卵がどういう経緯でかトレントの栄養にされた結果、変異種が出来上がったというわけか。
「では依頼と言うのはそのトレント変異種の討伐ですか?」
「いや、そっちは既に討伐部隊が編成されて出立済みじゃ。遠くないうちに討伐が済むので心配いらん。頼みたいのはアンディの魔術であることをしてほしい」
「ギルドマスター、そこからはわしが話そう」
それまで黙って俺達が話すのを聞いていたルドラマが口を開いた。
「数日前、ヘスニルから南のビカードという村が変異種の襲撃にあった。村の自警団とたまたま居合わせた冒険者が迎撃したおかげで死人こそ出なかったが、畑と家屋にかなりの被害が出た。怪我人も少なくない。それで村の復興と生活の基盤が整うまではこの街で村人を受け入れることになったが、思ったより数が多いのだ。差し当たって、まずは住む家が足りん。そこでお前の出番というわけだ」
ほとんど災害と言っていい強力な魔物の襲撃によって住む場所を離れざるを得なくなる人達の心境はどれほどのものだろうか。
「俺を指名するということは、土魔術で家を建てろってことですか?」
一緒に旅をしている間に、俺が土魔術で建物を作っているのを何度も見ているルドラマだからこそ思い付いた解決案だろう。
確かにヘスニルの中に避難して来た村人全員を住まわせるのは難しい。
空き家を宛がうにも全員に行きわたるとは限らず、宿屋を借り上げるにも資金がかかりすぎる。
特に冬が明けたこの時期の予算は潤沢とは言えず、新しい住居を一から建てるわけにもいかない。
そういった点から、俺が土魔術で作る家は早い・安い・簡単と三拍子そろった優秀なものだろう。
「うむ。旅の間に何度も見たが、あの奇妙な形の家は実によく出来ていた。街中に入りきらない村人の住居としては十分使えるだろう」
「わしはその家を見たことは無いが、ルドラマ殿がこうまで言うのでな。他に解決案も無し、お主にすがるしかないのが現状なのじゃよ。それで、どうだろうか?」
ルドラマの言葉に同調するようにギルドマスターが言葉を重ねてくるが、一見俺に決断を委ねているように見えてその実既に計画に組み込まれているような気がする。
なにせ俺がその村人たちに家を作らないと、避難してきた人たちは寒空の下で暮らすことを強いられてしまう。
断ることなど出来なかった。
「わかりました。その依頼を引き受けましょう。ですが、俺が魔術で作る家はそれほど長い時間の使用を想定してませんが、それでも構いませんか?」
元々野営の際に使う一時的な拠点として編み出したため、長期間の使用に向いているのか実験してみないことには何とも言えない。
「なに?そうなのか?どれ位の期間もつものなんだ?」
当てが外れたかと若干の焦りをにじませたルドラマが質問して来た。
「1・2ヵ月は問題ないと思いますけど、それ以上はちょっとわかりませんね。そのまま住み続けられるのか、それともどこかしらに不具合が生じるのか」
実際はもっと長く使えるだろうが、何の問題も無く過ごせる期間という意味で少し余裕を見て申告した方がいいだろう。
「…なんだ、思ったよりも長いな。いや、それだけ使えれば問題ない。もし仮に不具合が出たらその都度対応していけばいい」
「では決まりじゃな。アンディはすぐにでも住宅の設営に入ってくれ。村民は今日明日にでも出立するだろうが、怪我人も抱えての移動だ。歩みはかなり遅くなるとして、大体4、5日後には到着する。間に合いそうか?」
「作る数によりますね。こちらにくる避難民の数は?」
村一つとなるとかなりの人数だと予想するが、何も一人に一軒というわけではないので精々5人で一家族の単位で考えて建てようかと思っている。
「233人。その内怪我人が36人、怪我人ではないが高齢で衰弱している人間が21人いる」
「…多くないですか?」
「少し大きめの村だとこんなもんだ」
そうかもしれないが、100人には届かないと思っていただけに予想を裏切られて少し参った。
さっきの計算でいくと40軒近い数の家が必要となるが、それを4日以内に作らなければならない。
それにもしかしたら家だけ立てて終わりとはならない可能性もある。
「ちなみに建設予定地はどの辺りでしょうか?」
「街の南門を出て右手側に開けた場所がある。そこに作ってくれ。街の壁の外になるが、今大急ぎで防護柵を設置しているところで、柵の内側が避難民たちの居住地に使われる」
避難民の発生はいきなりのことで、街の治安も考えると急に大勢を街中に進入させるわけにもいかないし、そうするとなるべく街の近くの土地を宛がって、そこで暮らしてもらう方が領主としても気を配りやすい。
今急ごしらえで設置しているだろう防護柵もあまり効果が期待できないとしても、何も無いよりましだろう。
「なるほど、では防護柵の強化も俺の方でやっておきます。家を作るのに比べればずっと簡単ですからね」
「む、そうか。何から何まですまんな」
ルドラマも領主としてやれることの限界はある。
壁の外に避難民を置いて、気休めの防護柵を作るまでが今できる精一杯だったのだろう。
一応今回の仕事はギルドからの依頼という形にしてくれるということで、依頼完遂時に俺は白3級への昇格とパーラが黒2級への昇格と相応の金銭による報酬が約束された。
本当はパーラに報酬は無かったのだが、この依頼をパーティとして受諾することを交渉で認めさせた。
パーラは意外と俺の知らないところで細々とした依頼を受けていたようで、ギルドへの貢献値がそこそこ溜まっていたため、黒2級への昇格となるそうだ。
大分早いペースの昇格に驚くが、ギルド登録して2ヵ月ほどで黒1級まで上り詰めた俺がなんやかんや言うのはよそう。
早速ギルドからの依頼として重諾した仮設住宅建設の依頼を受付で処理してもらい、俺とパーラはその足で街の外へと向かう。
避難民がヘスニルに着くまでの時間はそれほど長くない。
手早く作業を終えて、疲労困憊で辿り付くだろう村人を温かく迎え入れたいものだ。
使いの人間が訪れたのが昼のことだったのだが、ギルドへと向かうとそのまま会議室へと通された。
会議室にはヘスニルのギルドマスターと、領主であるルドラマの姿があった。
俺達が来るまで話し合いをしていたようで、テーブルの上には書類が半ば散乱するようにして置かれていた。
「おぉ、よく来た。さあ、まずは掛けなさい。今お茶を用意させよう」
入室を確認して声を掛けてきたのはギルドマスターだった。
ギルドマスターとルドラマが並んで座っているテーブルの対面に俺とパーラは腰かける。
そうするとテーブルの上にある書類に目が行くわけだが、ほとんどは俺にはわからないような内容のものばかりで、辛うじてわかるのは数字が羅列された予算関係のものだけだ。
流石は大都市だけあって予算はかなりのものだが、その中でも予備費として計上されているものを引っ張り出していることから、何かしら緊急に予算が必要になる事態が発生しているのではないかと推測する。
「さて、来て早々で悪いがアンディに頼みたいことがあってのぅ」
「頼みですか?てっきり木掻き鳥の件で何か聞かれると思ったんですが」
イルムから呼び出しの可能性を知らされていた身としては、てっきり大量発生の木掻き鳥の件での聞き取りだと思ったのだが、どうにも違うようだ。
「そのことも含めて説明しておこう」
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ヘスニル近郊で生息している実態がない種類の魔物や動物の姿が見られるようになり、報告を受けた冒険者ギルドが調査隊を結成し、ヘスニル周辺から南方にかけてを調査したところ、とある魔物が原因で生態系の大幅な移動が行われていたことが分かった。
その魔物が移動して来たのに追われる形で、他の魔物や動物も本来の生息域からはみだすように別の場所へと移動してきたのだそうだ。
「ひょっとして木掻き鳥もその中に?」
「左様。もっとも木掻き鳥がそうだと断定できたのは、お主らが上げた報告を精査した結果じゃがな」
木掻き鳥も件の魔物に追われる形で移動してきたようで、本来の生息域はここよりも大分南西寄りなのだそうだ。
数匹程度なら珍しいで済むが、十数羽ともなると確実に生息域が移動していると見るのが当然であり、今起きている事態の一端だと推測できたのだろう。
「まあ異常事態が起きてるということはわかりました。それで、その魔物ってなんなんです?」
生態系が動くほどの影響を与える魔物の存在に若干の恐怖を覚え、事態の原因を訊ねてみる。
「トレント種じゃよ。だがただのトレントではないぞ。そいつは変異種と呼ばれていてな、ある生き物の卵を養分に成長したせいで、より強大な魔物になったのだが」
ギルドマスターの話を聞き、卵というキーワードに反応してしまう。
「まさか、アプロルダの卵ですか?」
「ほっほっほ、ご明察じゃ。魔物の生態に詳しい者の話だと、トレント種がある特殊な養分で育つと変異種と呼ばれる普通とは異なる形態を持つことがままあるらしい。アプロルダの卵はまさに特殊な養分の塊ともいえるしのぅ」
そういえばアプロルダの卵は精力剤として有名だってのは聞いてたな。
確かにそれだけ効能のある物を養分にして育てば普通じゃない植物も育ちそうな気はする。
俺がこっちの世界で手に入れたトレント種の情報だと、見た目は普通の木と変わらないが近付く生き物を枝や根で絡め取って自分の養分にし、大きい個体だと人間を捕食するタイプもいるらしいということ。
普段は擬態のために森などに潜んでいるため、知らずに近付いてやられるケースが多いと聞く。
ただ生息する数自体は少ないもので、大きな森に2・3体がいる程度だとか。
総じて火に弱いという弱点はあるが、動かずに擬態している姿は普通の木と見分けることが出来ず、また一日の内に活発な活動時間も短く、発見が困難であるため討伐にはそれなりに時間をかける必要がある。
トレント種は成長過程において、摂取した養分で特性が変化する魔物であり、魔力が濃く漂っている地域で育ったトレントなどは原始的な魔術を使う個体もいるらしく、討伐したあとはその体から作る杖は魔術の発動体としては非常に優秀なものになるそうだ。
自発的に動けるが結局は植物であるトレントは冬の間は活動を休止し、温かくなってから再び活動を再開する。
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「でも卵を盗んだ冒険者は捕まったはずでは?」
ヘスニルを襲った危機であるアプロルダの卵を街中に持ち込んだ冒険者は俺が直接尋問して割り出し、その後はギルドが身柄を引き取ったから、街の法に則った処分が下されたはず。
「その冒険者が持っていた卵は既に押収しておる。だが、アプロルダの巣から持ち出した卵は一つではなかったのじゃよ」
僅かに忌々し気な感情がギルドマスターの顔に浮かび上がるぐらいに、先の事件が巡り巡ってこの状況を作ったことを憤っているようだ。
元々アプロルダは2つから3つの卵を一度に産むらしく、わざわざ危険を冒して忍び込んだ巣にある卵を一つだけ持ち出して他は無視するとは考えられず、普通の思考なら持てるだけの卵を持っていくはずだ。
現に犯人に聞き出したところ、確かに複数の卵を持ち出したが、街まで持ってこれたのは1つだけで、残りは運び屋がアプロルダから逃げている最中に紛失したそうだ。
恐らくその紛失した卵がどういう経緯でかトレントの栄養にされた結果、変異種が出来上がったというわけか。
「では依頼と言うのはそのトレント変異種の討伐ですか?」
「いや、そっちは既に討伐部隊が編成されて出立済みじゃ。遠くないうちに討伐が済むので心配いらん。頼みたいのはアンディの魔術であることをしてほしい」
「ギルドマスター、そこからはわしが話そう」
それまで黙って俺達が話すのを聞いていたルドラマが口を開いた。
「数日前、ヘスニルから南のビカードという村が変異種の襲撃にあった。村の自警団とたまたま居合わせた冒険者が迎撃したおかげで死人こそ出なかったが、畑と家屋にかなりの被害が出た。怪我人も少なくない。それで村の復興と生活の基盤が整うまではこの街で村人を受け入れることになったが、思ったより数が多いのだ。差し当たって、まずは住む家が足りん。そこでお前の出番というわけだ」
ほとんど災害と言っていい強力な魔物の襲撃によって住む場所を離れざるを得なくなる人達の心境はどれほどのものだろうか。
「俺を指名するということは、土魔術で家を建てろってことですか?」
一緒に旅をしている間に、俺が土魔術で建物を作っているのを何度も見ているルドラマだからこそ思い付いた解決案だろう。
確かにヘスニルの中に避難して来た村人全員を住まわせるのは難しい。
空き家を宛がうにも全員に行きわたるとは限らず、宿屋を借り上げるにも資金がかかりすぎる。
特に冬が明けたこの時期の予算は潤沢とは言えず、新しい住居を一から建てるわけにもいかない。
そういった点から、俺が土魔術で作る家は早い・安い・簡単と三拍子そろった優秀なものだろう。
「うむ。旅の間に何度も見たが、あの奇妙な形の家は実によく出来ていた。街中に入りきらない村人の住居としては十分使えるだろう」
「わしはその家を見たことは無いが、ルドラマ殿がこうまで言うのでな。他に解決案も無し、お主にすがるしかないのが現状なのじゃよ。それで、どうだろうか?」
ルドラマの言葉に同調するようにギルドマスターが言葉を重ねてくるが、一見俺に決断を委ねているように見えてその実既に計画に組み込まれているような気がする。
なにせ俺がその村人たちに家を作らないと、避難してきた人たちは寒空の下で暮らすことを強いられてしまう。
断ることなど出来なかった。
「わかりました。その依頼を引き受けましょう。ですが、俺が魔術で作る家はそれほど長い時間の使用を想定してませんが、それでも構いませんか?」
元々野営の際に使う一時的な拠点として編み出したため、長期間の使用に向いているのか実験してみないことには何とも言えない。
「なに?そうなのか?どれ位の期間もつものなんだ?」
当てが外れたかと若干の焦りをにじませたルドラマが質問して来た。
「1・2ヵ月は問題ないと思いますけど、それ以上はちょっとわかりませんね。そのまま住み続けられるのか、それともどこかしらに不具合が生じるのか」
実際はもっと長く使えるだろうが、何の問題も無く過ごせる期間という意味で少し余裕を見て申告した方がいいだろう。
「…なんだ、思ったよりも長いな。いや、それだけ使えれば問題ない。もし仮に不具合が出たらその都度対応していけばいい」
「では決まりじゃな。アンディはすぐにでも住宅の設営に入ってくれ。村民は今日明日にでも出立するだろうが、怪我人も抱えての移動だ。歩みはかなり遅くなるとして、大体4、5日後には到着する。間に合いそうか?」
「作る数によりますね。こちらにくる避難民の数は?」
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「233人。その内怪我人が36人、怪我人ではないが高齢で衰弱している人間が21人いる」
「…多くないですか?」
「少し大きめの村だとこんなもんだ」
そうかもしれないが、100人には届かないと思っていただけに予想を裏切られて少し参った。
さっきの計算でいくと40軒近い数の家が必要となるが、それを4日以内に作らなければならない。
それにもしかしたら家だけ立てて終わりとはならない可能性もある。
「ちなみに建設予定地はどの辺りでしょうか?」
「街の南門を出て右手側に開けた場所がある。そこに作ってくれ。街の壁の外になるが、今大急ぎで防護柵を設置しているところで、柵の内側が避難民たちの居住地に使われる」
避難民の発生はいきなりのことで、街の治安も考えると急に大勢を街中に進入させるわけにもいかないし、そうするとなるべく街の近くの土地を宛がって、そこで暮らしてもらう方が領主としても気を配りやすい。
今急ごしらえで設置しているだろう防護柵もあまり効果が期待できないとしても、何も無いよりましだろう。
「なるほど、では防護柵の強化も俺の方でやっておきます。家を作るのに比べればずっと簡単ですからね」
「む、そうか。何から何まですまんな」
ルドラマも領主としてやれることの限界はある。
壁の外に避難民を置いて、気休めの防護柵を作るまでが今できる精一杯だったのだろう。
一応今回の仕事はギルドからの依頼という形にしてくれるということで、依頼完遂時に俺は白3級への昇格とパーラが黒2級への昇格と相応の金銭による報酬が約束された。
本当はパーラに報酬は無かったのだが、この依頼をパーティとして受諾することを交渉で認めさせた。
パーラは意外と俺の知らないところで細々とした依頼を受けていたようで、ギルドへの貢献値がそこそこ溜まっていたため、黒2級への昇格となるそうだ。
大分早いペースの昇格に驚くが、ギルド登録して2ヵ月ほどで黒1級まで上り詰めた俺がなんやかんや言うのはよそう。
早速ギルドからの依頼として重諾した仮設住宅建設の依頼を受付で処理してもらい、俺とパーラはその足で街の外へと向かう。
避難民がヘスニルに着くまでの時間はそれほど長くない。
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