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アンディ、家を建てる

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フィルニア傭兵団をマクイルーパ王国側に引き渡したことで、捕虜の拘留のためにジカロ村に留まる必要はなくなり、後のことはイーアドナ男爵に全て丸投げして俺達はヘスニルへと帰る道につく。
ジカロ村の復興をせずに去るのは無責任に思えるかもしれないが、そもそも俺達は偶然ジカロ村の惨劇に気付いただけであり、既にフィルニア傭兵団の排除まで行っているのだからこれ以上何かをする義務はないし、義理は果たしている。

そんなわけでイーアドナ男爵がジカロ村に到着したのと入れ替わるように俺達は旅立った。
「結局俺達はジカロ村を壊滅させた奴らに裁きを下すことなくマクイルーパに引き渡したわけだ」
揺れる馬車の中で俺はマクシム相手に事の顛末を話している。
本当は一緒に乗っているサティウに任せたかったが、彼女は今書類の処理に忙しそうにしているため、俺にお鉢が回ってきた。
「けどその捕虜と引き換えに今回の首謀者がこちらに引き渡されるって話がついてるんだよね?」
「そうは言うが、果たして引き渡される奴が本当に首謀者だという保証はあるか?責任を擦り付けられた誰かがよこされる可能性もある」

今回のジカロ村の件はマクイルーパ王国の上層部で画策された節があり、その責任の所在に関しては実に曖昧に始末が着きそうだとルドラマが言っていた。
わざわざ援軍としてトルソリウスという大物を派遣するということは、それだけ事態の収拾に本気で取り組んだというのを印象付けるのと、将軍自ら乗り出すことによってあくまでも末端の人間の暴走として片付けるとした意味合いもあるとのこと。

「要するに今回の件は国同士が妥協案を出し合ってそれに沿った筋書きが後から付け足されて終わりさ」
俺の説明を聞いているはずのサティウからも特に補足が無いことから、この考えは間違っていないのだろう。
何ともスッキリしない幕切れだが、交渉次第でアシャドル王国はマクイルーパ王国に対して貸しを作る事も出来るので、全くのマイナスではないのが唯一の救いか。



中々面倒な事件に巻き込まれてしまい、大分予定よりも時間がかかってしまったが、その後は何事も無く旅は続き、ようやくヘスニルに着くことが出来た。
夕暮れに染まる街の門に、久しぶりに見たこともあって懐かしさがこみあげてくる。
領主であるルドラマは当然ながら門で止められることは無く領主の館へと馬車ごと入り、館の前に立つ執事のヤノスに出迎えられた。
「お帰りなさいませ。お食事と湯浴みの準備が出来ておりますがいかがなさいますか?」
「まずは食事を済ませたい。5人分をすぐに用意してくれ。アンディとパーラも今日は泊まっていけ」
口を挟む間もなく話が進んでいき、断るのも無粋かと思い有り難くご相伴に預かることにした。

食事と風呂が終わると用意された客間で一人休む。
今回もパーラはセレンが一緒に居たいと連れて行ったため、今ここにいるのは俺一人だ。
若干暇を持て余していると、部屋の扉がノックされた。
「どうぞー。開いてますよー」
寝転んでいたベッドから身を起こして扉の向こうへと声を掛ける。
すると中に入って来たのは執事のヤノスだった。
「夜分遅くに失礼します。旦那様がお呼びですのでよろしければご足労願えませんか?」

こんな時間に何かと気になったが、特に断る理由も無いため、ヤノスの案内でルドラマの元へと向かう。
通されたのはルドラマの私室のようで、執務室とそれほど変わらない内装の室内には、机に向かって何やら作業をしているルドラマがいた。
「旦那様、アンディ様をお連れしました」
ヤノスの言葉に顔を上げたルドラマが俺の姿を見つけると小さく頷く。
「うむ、ご苦労。下がっていいぞ。アンディ、適当に座れ」

一礼して去っていくヤノスを見送って対面式のソファに腰かけると、俺の反対側にルドラマが座った。
「さて、こうして呼んだのは依頼の報酬に関してだ」
「報酬ならギルドで受け取りますが?」
「そっちはあくまでも護衛依頼の報酬だ。今話しているのはフィルニア傭兵団の捕縛という働きに、特別に褒賞を与える名目になる。何か希望はあるか?」
これは困った。いきなりすぎて欲しいものがすぐには出てこない。
勿論ほしいものはあるが、ルドラマが用意できるものかは不明なため、ここは別のものを貰いたいところだ。

何を貰おうかと悩んでいる俺を見かねたルドラマが口を開いた。
「そんなに悩むことは無い。欲しいものが無ければ金でもいいし、仕官の口でもいいんだぞ」
仕官に関してはどうでもいいが、やはりここは無難に金にしておこうかと思った時、ふと思いつく。
「でしたら土地をいただけますか?」
「土地か、まあよかろう。少し待て。今地図をもってこよう」
そう言ってルドラマは立ち上がって執務机の引き出しから地図を取り出して来て、俺の目の前のテーブルに広げた。

地図を指でなぞりながらルドラマが一つ一つ説明していく。
「ヘスニルがここだ。ここからここまでは農地として開拓予定で、ここからここまでは森との緩衝地帯としている。となると与えられるのはここからここまでの範囲となるが―」
「あ、いえルドラマ様。土地と言うのはそこまで大きな規模ではなくてですね。街の中に家を建てようと思ってるだけなんです」
どうもルドラマは土地と言われて領地のような物を想像したようで、俺としては街中にある土地を貰うだけでいいのだ。

「なに?そうなのか?…まあそれぐらいなら空いている所を好きに選ぶといい。この区画になら十分な土地があったはずだ」
そう言って新しく広げられたヘスニルの街中の地図の東側にある区画を指さす。
確かこの辺りは住宅街と職人街の丁度中間の位置だったはず。
多分この辺りは職人街の騒音のせいであまり人気がないため、空いている土地があったのだろう。

ヘスニルに限らず街中の土地と言うのはそこを治める領主の持ち物であり、住民は領主に金を払って土地を借りて住んでいるという感覚になる。
昔から住んでいる人間は税金と言う形で土地代を払いながら暮らしているが、新しく土地を借りる人間は面倒な手続きを踏んだ上で審査を経て長い時間がかかってようやく土地を借りる権利を手にすることが出来る。
なので普通は昔からある家の住民が土地の権利を手放したのを新しく土地を借りたい人間が買い取るというのが一般的なのだそうだ。

「この場所は7年前まで商店だったが、その後店がよそへと移ったせいで空き店舗として登録されていた。建物はそのまま残してきたが、かなり古くなっているせいで建て直しが必要だし、おまけに土地面積の広さのせいで掛かる税金が中々高くて借り手がつかなかった。土地の税金と取得の手数料はわしの方でかからないようにできるが、建て替えの方はお前がやらなければならんぞ?」
今回は俺がルドラマから直接土地を借りるということになるので、煩雑な手続きはない。
さすがにその土地が完全に俺の所有となることはないが、それでも褒美としての形で土地にかかる税金の一切は免除されるという優遇措置を受けることが出来たのは大きい。

「まあその辺は俺も考えてますから心配いりませんよ」
「そうか?ではそのように手続きをしておこう。明日にでも行って見るがいい」
執務机に戻って再び書類を手にしたルドラマに退室を告げ、俺は自分の部屋へと戻る。
言われた通りに明日にでも俺の住処になる場所へと足を運ぶとしよう。
まずはそこが現在どんな状況なのかを確認してからやることを決める。
差し当たっては建物の建て替えが必要だが、一応考えはある。
明日を楽しみにしてこの日は眠りについた。

翌日になると朝からルドラマに教えられた場所へと向かい、一人で土地の状況の確認をしていた。
周りには工房や店舗に住宅が入り混じって存在しており、丁度住宅とそれ以外の区画の境目に位置しているようだ。
目の前にある土地は横長の敷地の周りを高さ1mほどの木の塀で囲まれており、テニスコート2面はありそうな広さの中にかなりボロい平屋建ての家屋が見える。
建物は敷地の4割ほどを占めている。
かなりの年月手入れがされていないようで、ところどころ屋根は穴が開いているし、壁も崩れている場所が目立ち、大きい隙間からは中が窺え、とても人が住めたものではない。

こうして見てみると、仮に土地を借りたとしてもまず建物の撤去をして、それから新しく建物を建てる必要があるため、かなりの費用が掛かりそうだ。
ただこれはあくまでも普通ならそうだというだけで、俺には土魔術での建物建築が出来るだけの技術がある。
とはいえ全部を魔術で作るほどに土魔術は万能でも無いため、作るのは基礎と大凡の枠組みだけで床板や屋根壁は本職の大工に頼むつもりだ。

今まで土魔術で作った家はどれも短期間だけの宿泊に使うものだけで、長期にわたっての耐久性は考えていないため、本格的に家を作るなら大工を雇っての建築の方が信頼性は高い。
俺がやれるのは基礎工事とフレームの建築ぐらいなのだが、これをするだけでもかなり費用の節約にはなるし、なによりも基礎工事というものは意外と手間がかかるもので、これをやるだけでも大分違うのだ。

早速敷地内を見て回り、建物を作るイメージを固めていき、手に持った紙に間取りを書きながら歩いて行く。
建坪は元々ある建物の広さから変えず、平屋から2階建てに変えていこう。
1階は部屋の区切りを付けずに一つの空間として使い、2階は部屋を4つほど作って個室としたい。

粗方イメージが出来上がった所で、まずは今ある廃屋と言っていいボロ屋の解体に移る。
主要な柱と使えそうな物を全て土魔術で操作した硬い土で覆ってしまい、残った残骸を全て水魔術のウォーターカッター擬きで切断していき、敷地の隅にまとめて積み上げていく。
基礎部分の地面には土魔術を使って土を圧縮して硬化させる。
朝から取り掛かって昼になる頃には大体片付き、廃屋から建築途中のような姿になった建物に満足し、その場をあとにする。

とりあえず俺のできることはこれぐらいのもので、後は本職の大工に任せるとして、まずは大工を紹介してもらうためにヘスニルの職人に当たってみることにしよう。
春になりたてのこの季節はまだ暇にしている大工も多いだろうから、多分すぐに見つかるだろう。
そうと決まれば善は急げで、自然と駆け足になっていった。
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