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潜入と対策会議

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ルタから聞いた話の通りに街道を逸れて目印となるものを辿って夜の道を走る。
すっかり日が落ちて暗闇の走行となっているのだが、強化魔術で視力を強化しているおかげで月の光だけでも十分に道が見通せていた。

小一時間ほど走っただろうか。
前方に明かりの灯った家屋がちらほらと見えてきた。
どうやらジカロ村に着いたようだ。
バイクでそれなりに飛ばして小一時間の距離だが、ルタは森を使って大きく迂回して街道に出たとなるとかなりの距離を走ったことになる。
おまけに追撃者の可能性も彼の精神を追い詰めていただろうから、その心境は察して余りある。

馬鹿正直に村までバイクで乗り込むわけがなく、少し離れた場所でバイクを隠し、徒歩でジカロ村へと近付いて行く。
正直潜入工作のような行動がサティウに出来るのかと思っていたが、意外なことに彼女は上手く存在を隠して移動できている。
伯爵に仕える人間はそういう訓練でも受けているのだろうか?
村の外周へと近付くと、歩哨と思しき人間が歩き回っているのが分かる。
よく訓練された兵士といった様子の歩哨を見るに、ただの賊である可能性は完全に潰れた。

より詳しい情報を求めて村の中へと侵入していく。
人目につかぬように家々の隙間を縫い、時には歩哨の目を逃れるために影に潜むなどして動き回る。
民家は襲撃者たちの寝泊まりに使われているようで、時々明かりの漏れる窓から人の声も聞こえて来た。
その結果、恐らく村長の家だったと思われる一際大きな家屋でこの集団の頭と思われる人物がいることを突き止めた。

内部の状況を何とかして知りたいところだが、窓も開いていない建物の中を知るには生憎と手段が無い。
どうしたものかと悩んでいると、ふと目線を上げた先にあった窓に目がいく。
この建物は平屋のはずだが、三角屋根の側面に窓がついているのはどういうことかと思い、すぐに答えに辿り着いた。
屋根裏部屋だ。

建物の周りに物置小屋らしきものが見当たらないので恐らくそうだろうと推測したのだが、あの高さの窓から侵入するとしたら俺一人だけで乗り込むしかない。
「―というわけなんで、サティウさんはここで待っててください。丁度ここは陰になってて月明りも届かないので見つかることは無いでしょう。月があそこの木の頂点にかかるまでに戻らなかったら一人でルドラマ様達の所に戻って下さい」
「確かに私ではあそこまで上るのは困難でしょうね。仕方ありません。アンディ殿に任せます。お気をつけて」
サティウの声を背に受け、屋根裏部屋へと続く窓を目指す。

建物の壁に金属が使われていれば電磁力で張り付いて上れるのだが、どうみても石材だけで構成されている壁なので、強化した脚力でその場から一息に跳び跳ねる。
やや窓を越すぐらいの高さまで上がったところで窓枠に使われている金具を基点にして体勢を固定し、その位置を保ちつつ窓をそっとあげて室内へと侵入した。

一応音を立てずに進入できたと自負するが、念のために少しその場で動かずに誰かが来ることがないのを確認してから今いる場所を改めて見回してみた。
そこは屋根裏部屋ではあるのだが、ロフトのような構造になっており、端の方までいくと下を覗くことができた。
室内ではテーブルを囲んで二人の人物が何やら話している。

会話の内容を聞き取ろうと下から見えないギリギリのところまで身を寄せていく。
それだけで普通に聞き取れる程度に声が届いてきた。
聞こえてくる声は二人の人物がどちらも男性であることを教えてくれる。

「死体の処理は全て終わりました。今の所目立った問題も起きておりません」
「そうか。とりあえずやるべきことは終わったし、暫くはここに滞在する。簡易的で構わんから村の周囲の柵の補強と増設を指示しておけ」
「はっ。では失礼します」
片方の男が話を終えて扉から出ていく。
もう少し早く聞いていれば詳しい情報もあったかもしれないが、過ぎたことは仕方ない。
今はこの状況から得られる情報の収集に集中しなくては。

そっと天井裏から顔をのぞかせ、下を見てみるとランプの明かりに照らされた階下の様子が窺える。
テーブルに一人ついて腕組みをしながら何やら思案にふけっている男がこの集団のリーダーだと思って間違いないだろう。

先程出ていった男よりも上等そうな服装をしており、テーブルの脇に置かれた鎧も凝った意匠が見受けられてその地位の高さをうかがわせる。
年齢は30から40といったところか、厳めしい顔つきに伸ばすに任せた金髪はゴワゴワ感があり、さながらライオンのような印象を受けた。

室内にはもともとの住民が使っていたもの以外では男が持ち込んだ武器と鎧ぐらいしか見当たらない。
いっそ男を気絶させて細かく調べようかと思ったが、相手の実力が未知数なのと、今俺達は潜入中の身であることもあって、万が一にも騒ぎにつながることになる行動は控えるべきだ。
何かないかと見ていると、ふと目に飛び込んできたのはテーブルに立て掛けられている剣の柄頭に彫り込まれている紋章だった。

ただの意匠にしては妙に精緻なものだし、剣だけに彫り込まれているということは恐らく武を持って紋章を示す場面があったのだと想像させる。
つまりそれだけ重要な意味合いを持った紋章だということだ。
あれをサティウに見せれば、こいつらの正体がわかるかもしれない。

そう判断すると、紋章の特徴を記憶し、その場を後にする。
元北ルートを辿り、サティウが潜んでいるだろう建物の影に向けて潜めた声を投げかけた。
「サティウさん、今戻りました」
俺の声に反応して暗がりの中から音も無く現れたサティウは無事に戻ってきた俺に安堵のため息を吐く。
「無事に戻って何よりです。待っている間は不安で仕方ありませんでしたよ。それで、何かわかりましたか?」
サティウの言葉に先程記憶して来た紋章の特徴を話して聞かせた。

暫く考え込む仕草をしていたサティウだったが、確信を持てたのか一度大きく頷いて口を開いた。
「多分ですが、フィルニア傭兵団だと思います。その紋章の特徴は以前、見たことがありますから。…なかなか面倒な奴らですよ」
正体の目星がついたところで、一旦ルドラマ達の所に戻ることにした。
俺達がこれ以上ここに留まるということはそれだけ見つかる危険も増す。
早々にその場を離れ、村を後にした。


潜入作戦を終え、来た道を辿って俺達の野営地へと戻ってくると、見張りの人間以外は寝入っているようで、実に静かなものだった。
その中でルドラマ達が使っている建物に入り、中にいた騎士にルドラマを呼んでもらう間に、使用人が用意してくれた温かいお茶を飲んで冷えた体を温めていた。

そうしていると奥の部屋からルドラマが現れて、俺達の対面に座った。
「待たせた。無事の帰還をまずは喜ぼう。それで、何かわかったか?」
ルドラマの問いにサティウが応える。
俺よりもこの手の説明は慣れているだろうから一任した。
決して面倒くさいと思ったわけではない。

「村にいた武装集団はフィルニア傭兵団である可能性が高いです。正確な人数は分かりませんが、村の周囲を回っている歩哨が5人いました。このことから逆算すると最低でも30人、最大で60人ほどかと」
この辺りの計算はサティウが弾き出したもので、俺はそこへ奴らのリーダーから聞いた情報を付け加える。
「加えて、奴らはあの村の防備を固めて留まるようです」
テーブルの上に広げた地図でジカロ村のある辺りを指さし、その周りを指先でぐるりと囲むようにしてなぞる。

「完成するまでの日数は?」
ルドラマの問いにサティウが俺を見る。
相手方のリーダーの言葉を聞いたのが俺なので、その問いに答えるのは俺の役目だと言いたいようだ。
「わかりません。ただ簡易的で構わない、と言っていたのでそれほど長い時間はかからないでしょう」
「となれば2・3日という所か」
「私も同じ考えです」
こっちの世界の傭兵団がいう簡易的な防御設備がどれだけのものかわからないのでそう言うしかないが、ルドラマとサティウには大凡の時間は推測できるらしい。

「しかし何故だ?なぜ奴らはジカロ村を占拠する?言っては何だが、大した産業も無い、わしもついさっき初めて知ったような小さな村だ。その住民を抹殺してまで手に入れる何かがあるのか?」
ルドラマがつぶやいた言葉はこの場にいる全員が思っていたことだった。

戻ってくる最中にサティウから教えてもらったが、フィルニア傭兵団というのはそもそもアシャドル王国ではなく、隣のマクイルーパ王国を活動の拠点としており、マクイルーパの国境紛争や侵入して来た他国の軍勢を撃退するなどして名をあげ、他国にもその存在が知られるようになっていた。
その傭兵団が戦争状態でもない国の寒村の住民を虐殺して占拠する。
あまりにも突然すぎるし行動の意味も計れないとなると、一種の薄気味悪さすら湧いてくるぐらいだ。

「ジカロ村に何か恨みがあったというのはどうでしょう?」
「わざわざマクイルーパ王国まで出向いて傭兵団に喧嘩を売ったと?随分手間のかかることをする村人もいたものだな」
まあ確かに怨恨の線は薄いか。
自分で言ってもあり得ないと思ったぐらいだ。
あくまでも可能性の話だ。
となるとやはり村を占拠することでフィルニア傭兵団、あるいは活動の本拠地があるマクイルーパ王国に利する何かを考えてみる。

「フィルニア傭兵団はなぜ村を占拠したのでしょう?」
「アンディ、今わしらはそれを話し合っているのだぞ。寝ぼけているのか?」
若干呆れ気味なルドラマの声に取りあえず否定しておく。
「いえそうではなく。俺が言いたいのは何故|占拠(・・)なのか、ということです。はっきり言ってアシャドル王国でフィルニア傭兵団が活動するには目立ちすぎます。なのにわざわざ密かに村人を抹殺して、いつか見つかることを覚悟してまで村を占拠する。この行動に矛盾を感じませんか?」
俺の言葉にハッとした顔になるルドラマとサティウ。

「そうか!実効統治権の主張をする気か!」
「確かにそれなら彼らの行動も理由が付きます」
実行統治権が何を示すのか、字面だけでは完全に把握しきれないので、ルドラマに説明を求めた。

魔物や災害で壊滅的な被害を被った集落に対し、真っ先に救援に駆けつけた他国の軍隊が一時的な統治権を主張するのはよくあることなのだが、田舎ではそれだけの被害に対する救済をすぐに行うのはなかなか難しい。
そこで救助隊の一部に実効統治権が限定された範囲で認められるのだが、それが今回のフィルニア傭兵団の動きに照らし合わせてみると説明がつくのだそうだ。

「奴らは村人を抹殺することでジカロ村が何かしらの災害にあったという主張を用意した上で、村の防衛強化を秘密裏に行える時間を稼いだ。そして陣地の構築を終えた村にマクイルーパ王国の兵が進軍し、そこを橋頭保にしてアシャドル王国に対して圧力をかけることが出来るというわけだ」
淡々と語るルドラマだったが、それを聞いた俺は穏やかではいられない。
「そんなことをしたら戦争になりますよ!他国の村を占領して、そこの住民を虐殺する。これで開戦の理由は成立します!」
「いえ、そうはなりませんよ。まずは落ち着いてください、アンディ殿」
これまた落ち着いているサティウは俺を諭し、知らずに立ち上がっていた俺を椅子に座るように誘導してくれた。
「そもそもマクイルーパとの国境には広大な森林が広がっています。ジカロ村に兵を集めたとしても兵站の関係上長期戦には向きません。つまり実際に事を構えることは考えておらず、一時的な兵力の駐屯が目的だということです」

「サティウの言うとおりだ。おそらく近く行われるアシャドル王国とペルケティア教国の会議に対して、これ以上2国が親密になるのをよく思わない連中が今回の行動に出たのだろう」
「…それだけのために村一つを虐殺の舞台にしたのですか?」
ルドラマの言葉に自然とキツイ物言いになってしまうが、それは仕方ない。
普通に暮らしていた村人をただ国同士の駆け引きのために虐殺する、これに怒りを覚えないほど俺は薄情でも心が広いわけでもない。

「政治とはそういうものだ。権力の座に上ると、人は命を数でしか数えなくなっていく。もちろんそんな人間ばかりではないが、それでも多いのは確かだ。今回も恐らくマクイルーパの上層部は自国の軍ではなく傭兵団を動かすことで、事が露呈した場合に自分たちに類が及ばないようにしたのだろう。それだけに残酷な命令を下すこともできたわけだ。いざとなればジカロ村の件を持ってフィルニア傭兵団を討伐する名目も用意しているに違いない。体のいい口封じというやつだ」
ルドラマも平静を装っているが、先ほどからテーブルの上に置かれた手は血の気が失せるほどに強く握られている。
それだけで彼がこのことに対する怒りを覚えているのが伝わってくる。

「さて、これで奴らの目的は大体絞れた。後はわしらがどうするかだが…」
「援軍を集めて村に攻め入るというのはどうでしょう」
サティウの発言はごく順当なものだが、それに対してルドラマは首を振る。
「時間がかかりすぎる。一番近いイーアドナ男爵でも討伐軍を編成して準備を終えるのに2日はかかる。行軍速度を考えるとここまで着くのに5日ほどだろう。それまでにジカロ村の防御陣地は完成してしまう」

簡易的な防御設備では大軍で攻めればひとたまりも無いが、ジカロ村に続く道は狭く、村側からの抵抗にあっては恐らく陥落させるのに時間がかかりすぎる。
そうなれば戦慣れしている傭兵団なら撤退するのに十分な余裕を与えてしまう。

大軍を用意するのには時間がかかるし、その時間を待っていては奴らの陣地が完成してしまう。
それならば小勢であっても陣地完成前のジカロ村に攻撃を仕掛けた方がいくらかましかもしれない。
今この場にいるのは騎士が10名と少しに非戦闘員が大勢。
余りにも少ない戦力で30人を超える戦闘集団の守る場所へ攻撃を仕掛ける、とんだ無理ゲーだな。

そこでふと思いついた。
確かにこちらの戦力は少ないが、なにも正面からやり合う必要はないのではないか、と。
こちらの強みは相手に気付かれていない状況で奇襲をかけることが出来る点と、伯爵と言う地位のおかげである程度自由に動けるという点だ。
独自に動いたとしても緊急事態であることを盾にすれば非難も無いだろう。

「その顔、何か思いついたな。アンディ、お前の策を話してみろ。他に案が浮かばない以上はお前の考えが一番当てにできる」
ニヤリと笑みを浮かべながら中々にプレッシャーのかかる言葉を投げかけてくれる。
いやマジでこの伯爵様は勘が鋭すぎじゃないか?

ただまあ俺もこの策を進言しようとしていたのでこのタイミングでルドラマに声を掛けられたのは好都合だ。
ジカロ村奪還作戦の解説をしようじゃないか。
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