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そうなると思ったよ

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シペアとの手合わせも終え、翌日にはジネアの町を出ることにした。
またしてもオーゼルとは入れ違いとなってしまっていたため会うことは出来なかったのだが、まあそれも十分予想していたのでまたシペアに挨拶を伝言してもらって出発した。

道中は特に問題となることは無かったため、べスネー村へは予定通りに到着した。
村の周りは訪れる度に変化を実感できるほどで、以前よりも田んぼの用地が拡大しており、果たしてこれは村人たちだけで手に負えるのだろうかと不安になるほどだ。

街道を走る俺達を見つけては作業の手を止めて手を振ってくる村人にパーラが手を振りかえし、村へと入っていく。
早速村長の家へと向かい、報告を行う。
最初は俺から話そうかと思ったが、パーラが自分から説明しだした時はちょっとした騒ぎになってしまった。
パーラが声を出せるようになったのは旅の間のことなので、それを知らなかった村長はいきなり話し出したパーラに飛び上がって驚いていた。

「―というわけで、ウルカルムの命までは取りませんでした。これはパーラが決めたことなので、それを尊重した結果です」
パーラが声を出すたびに村長が喜ぶので話が進まず、仕方なく俺が代わりに説明をした。
「そうか…。復讐するも許すのもパーラの好きにさせるというのはわしも同じ考えだったから、なにも言うことは無い。ただ、二人が無事に帰って来れたのが喜ばしい。それが一番の報告じゃよ」
安心した様な笑みを浮かべてそういう村長の言葉に、俺もこの村の一員だと思われていることを改めて認識し直し、ようやく帰って来たという実感がわいた。

俺達の報告を終えると、今度は村長から村の近況について話を聞かせてくれた。
米作りの方は順調で、もうかなり成長しているらしく、麦を育てたことのある人間に言わせると、もう2ヵ月もすれば十分刈り取れるのではないかとのこと。
後で見に行くとして他に変わったことは無いかと聞くと、最近この村にある風呂を目当てに訪ねてくる人が多少だが増えてきているらしい。

どうもジネアの町の風呂が広まった影響で、温泉巡り的な旅行の仕方を楽しむ人口が増えた結果がこの村にまで及んでいるようだ。
元々この村の露天風呂は村人たちで利用するための物なので頻繁にお湯を沸かすわけではないのだが、かえってそれが旅人のレア度を煽っているらしく、最近では旅人が来ると風呂でもてなすというのが村の風景となりつつあるそうだ。

「風呂に入るようになってから年寄りは体の調子がいいし、子供たちは風邪をひかんようになった。久々に病人を抱えずに春を迎えられそうでわしも嬉しい」
こっちの世界の衛生観念はかなり遅れているため、清潔さを保つだけでかなり罹患率はかなり違う。
おまけに風呂に入って新陳代謝を高めることでさらに健康体を維持できる。

パーラとは村長が話をしたがっていたので、俺だけその場を離れて田んぼの様子を見に行く。
試験的に作っていた田んぼへと向かうと、最後に村を離れた時によりも大分成長したものが出来上がっていた。
青々とした稲の姿は俺が日本で見たものとあまり差異は無く、このままなら確かに2ヵ月もすれば十分刈りいれも可能だろう。

少し離れた場所で何やら作業をしていた人達が俺の存在に気付き、その内の一人が俺の方へと歩いて来た。
「ようアンディ。戻ってそうそう田んぼの様子を見に来るとは、俺達のことを信用してないのか?」
「いやいや、トマさん達のことは信頼してますよ。現にここまで順調な生育を見たら流石と思いますって」
からかうような調子のトマに、俺も合わせるような感じでへりくだった言い方をする。
それほど長い時間の付き合いではないが、こんなやり取りが出来るぐらいにお互いの為人は掴んでいる仲だ。

「そうだろうそうだろう。色々書き溜めておいたから後で見るといい。…それで、旅は満足のいくものだったんだな?」
「…ええ。パーラの思いも晴れました。全て終わりましたよ」
「そうか…なら、いい」
どこか自慢げな顔から一転して真面目な表情を浮かべたトマの言葉に、俺もそう返した。

トマはヘクターと親友の間柄で、その死を悼む気持ちは村人の中では最も大きかった。
そのため、残されたパーラまで命の危険にさらされるのを最後まで反対していたのもトマだった。
だが同時に、ヘクターの仇を討ちたいという気持ちは人一倍あったトマにとってはパーラの気持ちも痛いほどわかっていたのだ。
仇討ちの旅に出る前日の夜に、わざわざ俺を訪ねてきてパーラのことを頼んできたほどだ。
その旅を無事終え、パーラも怪我一つなく帰って来たとあっては喜びも一入だろう。

「今夜は宴を開こう。とっておきの酒と料理を用意してやるからな。きっと驚くぞ」
俺の肩を叩いてそう言い残して去っていくトマだが、パーラが話せるようになったと知った時にどれだけ驚くのか見ものだな。

トマの言ったとおりに、その夜に村ではささやかではあるが宴が開かれた。
村の備蓄は潤沢とは言えず、各家庭から持ち寄った料理と、次の祭り用にと用意していた酒を幾つか出してきたものが広場の一角に並べられていた。
そこに紛れ込むようにしておいてある大量の肉類は俺達の荷物から提供させてもらったものだ。

流石に村の実情を垣間見ると、ただご馳走になるだけというのは心が痛んだため、ここに来る途中に襲ってきた動物や魔物の肉と、旅の間に作っていた干し肉などが食い切れないほどにあった為、処分もかねてここで食べてもらうことにした。
今日の明るいうちに襲い掛かって来た巨大な鹿に似た魔物の肉などは、実に見事な赤身が食欲をそそる見た目をしており、早速腕を振るう喜びに村の女性陣は沸いている。

広場の中央では村長が集まっている村人に向けて演説を行っている。
まあ演説といってもすでに半分酒が入っているうえに、これで2回目なのだが。
「今日はアンディとパーラが長い旅から無事に帰って来た。ヘクターの仇を取るという目的を果たし、こうして祝うことが出来て実に喜ばしい。既に知っているものもいるだろうが、パーラが遂に声を出せるようになった。アンディも戻ってきて、米作りの指導も再開される。まさにべスネー村が走り出したこの良き日を祝して、皆で乾杯を捧げよう。飲み物は行きわたっておるな?では…乾杯!」
『乾杯ー!』
本日2度目の乾杯でありながら、その場にいる全員が声を揃えて乾杯をする。

大人連中は酒を酌み交わし、子供たちは次々と運ばれてくる料理を貪るようにして食べている。
俺はというと、一応まだ子供の分類に入るのだが、村人からの扱いは大人と変わらないものとなっており、酒の入ったカップを持って酔っぱらいたちの話を聞く役目を負っていた。

パーラは声が出せるようになったことを喜ぶ村人からの言葉に礼を返して、それを聞いた村人がさらに喜ぶといった連鎖が出来上がっており、すっかり周りを囲まれて騒ぎの種にされている。
ヘクターの葬式の時も騒いでいたが、今回はその時の比ではない。
仇を討ち、本当の黒幕に迫るまで追い詰め、さらにはパーラの声が戻ったのだ。
これ以上ない喜びに村中が包まれ、宴の熱はさらにヒートアップしていく。

「アンディー、パーラから聞いたぜ。すげー旨いステーキを作ったんだってな?」
かなり酔いの回っているトマがカップ片手に俺に絡んでくる。
恐らくヒュプリオスの町に行く途中に遭遇した魔物の肉を使ったヒレステーキのことだろうが、かなりの誇張が入って語られたようで、トマ以外の村人からも期待の籠った眼差しが注がれている。

「…ご期待の所申し訳ないですけど、同じのは作れませんよ。なにせ材料がありませんから」
『えぇ~…』
俺の言葉に耳を傾けていた全員からそんな声が漏れる。
「何とかなんねーのか?」
それでもその場の全員の意思を代表して食い下がるトマに、俺も一応の妥協案は用意してある。
「まったく同じのは無理でも、似たようなのは作れます。ただ、パーラの話をそのまま鵜呑みにして、過度な期待はしないほうがいいですよ」
言いながらパーラの方を見てみると、あからさまに俺と視線を合わせようとしない態度から、自分がした話のせいで俺が絡まれていることに一応後ろめたさは感じているようだ。

早速立ち上がって、日中に手に入れた動物の肉の中から、いくつか食材を見繕う。
やはり使うなら鹿系統の魔物の肉が一番適しているのかもしれないと思い、いくつかの部位毎の肉を切り分け、調理場へと向かう。
俺が来るとそこにいた女性陣も、新しい料理がみれるとわかっているため、すぐに場所を用意してくれた。
これから始まる調理を見ることで、自分たちのレパートリーも増えると期待しているようだ。

まずは期待されているステーキから作っていく。
鹿肉はよく匂いが気になると言われるが、この肉は倒してすぐにきちんと血抜きと内臓の処理を行っているため、臭みはほとんどない。
厚さ2cmほどの厚さに切った肉に下味をつけ、やや強めに叩く。
こうすると肉の繊維が潰れて柔らかく仕上がるのだ。

熱したフライパンに脂を馴染ませると、そこに肉を投入してしっかりと火を通し、焼きあがった肉を皿に移した後はフライパンに残った脂でソースを作る。
調理場に余っていたハーブとニンニクを炒めて香り付けをして、酢と酒を入れて味を見ていく。
酸味と甘味が丁度よいバランスとになった所で煮立たせて水分を飛ばしたものを皿に盛られた肉にかける。
飾りとして適当なハーブの葉を載せて完成だ。

完成と同時に顔を上げると、先程よりも多くの村人が俺の方を凝視していた。
料理の香りが宴会中の村人たちの元へと届き、その元をたどると俺が何かしているのに気付いたため、完成が待ち遠しいといった感じで見ていたようだ。
この感じは以前チャーハンを作った時と同じ気がして、この後の展開も予想できる。

「旨そうな匂いだな。もっと作ってくれよ」
「こっちの出来てるのは食っていいのか?」
「今作りますから待って下さい。その皿はトマさんの分ですよ」
ぞろぞろと調理場に集まって来た村人たちが口々にもっともっとと欲しがるので、女性たちにも手伝ってもらいながら次々と作っていく。

何となくこうなるんじゃないかという気はしていたが、見事にその通りになってしまい、ステーキ作りに追われることとなってしまった。
そもそものきっかけを作ったパーラは手伝ってくれるかと思いきや、食う側に回っておりバクバクと食い続けている。
恨みがましい目を向けてみるが、あえて無視しているのか全く視線が合うことは無い。
まあ食べた人たちの笑顔が見れているのだからいくらか気分はいいが、それでもパーラにはいずれこの報いを受けさせなければな。

そんな俺の思いが届いたのか、一瞬身震いをしたパーラは周囲を見渡した後俺の方を見ようとしていたので、調理に集中する振りをしてその視線から逃れる。
中々勘の鋭いこと。
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