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私の戦闘力は53万です…的な

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俺達がヒュプリオスの町に戻ってきてから少し騒動があった。
ゴグル達が姿を消しているということで捜索が始まろうとしている所に丁度俺達が帰ってきたようで、監禁場所へと向かうと、どうやらまだ発見されてもいないため、地下へと降りていくと2人を放置していた部屋の中から話声がかすかに聞こえる。
既に目覚めてはいるようだが、監禁場所からの脱出の算段が付いていないようで、話の内容も言い合いじみたものになっている。

正直とっくに誰かに発見されているものだと思っていただけに少し困ってしまった。
とはいえ、このまま放置するのもまずいので、人の目に付きやすいように地下へと向かう階段を覆っていた板をどかし、少し離れた場所で観察する。
結構な時間が経つと人目にも触れるため、最初に付近の住民の誰かがその入り口に気付き、人を集めて中へと入っていくのを見届けてその場をあとにした。
この様子ならすぐにでも見つけてもらえるだろう。

宿に戻ると早速パーラと今後のことについて話すことにした。
「全部終わったな。…これからどうするんだ?」
「わからない。ずっと兄さんと商人をしていたけど、もう私一人じゃ出来ないし…」
俯くパーラの様子に見ている俺も辛くなってくる。
聞くところによるとヘクターがパーラに負担を掛けないようにと商売の面倒な所を一手に処理していたためにパーラには商売のノウハウが備わっていないので、これから商売を始めようとすると一から経験を積んでいくぐらいの覚悟が要りそうだ。

「…私はアンディと一緒に居たい。一緒に旅もしたいし、前に話した店をやるっていうのも本気だったから。ダメかな…?」
上目がちにそう尋ねてくるパーラと同じく、俺も一緒に居たいと思っているので、その願いは簡単に叶うだろう。
「ダメなわけないだろ。俺だってパーラと一緒に居たいよ。…んじゃ、またここから再出発だな。店はまだ未定だけど、旅は続けるつもりだから、これからもよろしくな」
「あ…うん!」
そう言って差し出した右手にパーラも笑顔で握りかえし、二人の新たな旅の始まりを告げる儀式がここで成された。

変わらない関係と変わらない旅路の道連れが再認識されたところでこれからの方針を話し合う。
まずは一度べスネー村へと戻ってこれまでのことを報告し、しばらくは村でやるべきことを済ませるとしよう。
差し当たっては米の状況を見て次のステップへと進むか、それとも問題があった場合はその解決に時間を使うことになるので、全てはべスネー村で決めることになる。

ヒュプリオスの町に滞在した時間は非常に短かったが、怒涛の様に起きた出来事を思うとかなりの密度の濃さではなかろうか。
アシャドル王国への帰還のための準備に動いていると、町中できになる噂話を耳にする。
なんとウルカルムが自ら罪を告白して裁判を起こしたというのだ。
しかも裁判の結果は有罪となり、主都であるマルスベーラへと連行されるとのこと。

一緒に聞いていたパーラは若干複雑そうな目をしていたが、それでも生きて償うことも自首して裁かれるのもウルカルムが決めることなので、この結果にとやかく言うつもりはないようだ。
町の住民にはまだテスカドがパイマー男爵の嫡子だということは知られていないようだったが、裁判と言う形が取られた以上、いずれはウルカルムという存在が知られるのも時間の問題だろう。
その時この町の住民がどんな反応をするのか、その頃には町を離れている俺達には見ることは出来ないが、なんとなく悪いようには取られないだろうと予想する。

かつてのパイマー男爵を知る人間からは、その為人からウルカルムに憎悪を抱く可能性は低いし、テスカドとしてこの町のために商人という立場から貢献して来た実績は決して虚構などではないのだから。



旅の準備を終えてべスネー村へと帰る道をひたすら走りだす。
途中で何度か巨大なウサギに追いかけられる場面はあったが、それほど足の速い生き物ではないため、その度にバイクの速度で振り切っていたのだが、、一度だけ不意に横からの突進を仕掛けられて、躱し切れずにそのまま電撃で打ち抜いて仕留めたことがあった。
倒した以上は戦利品として処理するのが冒険者の流儀であるため、毛皮と肉に分けてその場で肉だけは食べたが、なんともあっさりとした脂と肉の淡泊さが癖になり、その後は見つける端から仕留めてやろうと決意したのは自然の摂理だろう。

「アンディ!あそこ!」
「ん?…ありゃただの雪の塊だ」
「…ごめん」
パーラもウサギの肉に味を占め、運転する俺とは違って暇なその身を生かしてウサギを見つけるのに血眼になっているのだが、あまりにも食い意地が張っているため、しょっちゅう見間違いをしてしまう。
おかげでその度にバイクを停めるため、進みがかなり遅い。
今のパーラの言葉はそのことに対する謝罪だったのだが、まあ急ぐ旅でもないから別にいいんだが。

想定よりも長い時間がかかったが無事にジネアの町まで来ることが出来た。
今回は旅の間に俺によるマンツーマンの英才教育の甲斐あって、パーラとシペアの腕試しは中々いい勝負となったが、やはり魔術を使い始めたのが早い分だけシペアの方にアドバンテージがあり、まだまだパーラが勝つのは難しそうだ。
これが武器もありの実戦形式ならパーラも勝つ可能性は高いのだが、あくまでも魔術の腕を見るためのものなので魔術だけを使うという縛りを課している。

決着がついた二人がお互いの健闘をたたえ合い、そして随分調子に乗っていた。
「俺達もかなり上達したよな。今ならそこいらの魔術師よりもうまくやれるんじゃないか?」
「大きく出過ぎ。でも私達2人がかりなら充分戦えるかもね」
若干興奮気味にそう話す2人だが、どうも今の勝負でお互いの技術の高まりに感化されて増長しているように感じる。
これは放置しておいては2人の成長によくないかもしれないと判断し、俺から切り出してみる。

「ほーう。言うじゃないか。なら俺がお前らの腕を見てやろうか?2人同時で掛かってこい」
突然かけられた言葉に一瞬固まっていたが、若干の呆れの含んだ口調で答えが返ってくる。
「んーでもアンディでも俺達を同時に相手するのはきついんじゃないか?」
「確かに。私達も結構成長したからアンディでも勝てないと思う」
一応口調の端には俺に対する警戒も滲んでいるが、2人がかりなら勝てると思い込んでいるようで、

「はぁー…いいから、構えろ。何だったらこっちから攻めるぞ?」
そう言って2人の足元の地面を隆起させて体勢を崩すように仕向けると、シペアは一瞬驚いてから後退したが、パーラは流石に条件反射の域までに身に沁みついているようで、僅かな地面の動きがあった時点でかなり遠くへ退避している。
丁度俺を起点に、シペアを正面に見るとパーラが2時の方向にかなり下がっている配置となった。

「不意打ちかよ。相変わらずきたねーな、アンディは」
「バカヤロウ。実戦に綺麗も汚いもあるか。魔術師を相手にするなら全く未知の攻撃に備えるのが普通だろうに。…あと、まだあの時のこと根に持ってるのか?」
「当たり前だっつーの!チビるぐらいに怖かったんだよ!」
どうやら以前、オーゼルに町中で襲い掛かられた時に、オーゼルの放った炎の矢をシペアを盾にして防いだのをまだ根に持っているようだ。
…こうして冷静に思い返してみると、あの時の俺はかなり酷いことをしたな。
根に持つのも納得できてしまう。

言い争ううちにパーラが俺の死角を突くようにして動き、風の球を俺の右手前に飛ばして着弾させる。
風の球を直接当てるだけでは殺傷能力はそれほど高くないため、目標の手前の地面で風の球を破裂させることでそこにある石をまるで散弾銃の様に発射させる攻撃法は、以前俺が一緒になって考えた風魔術の応用技術を使っているようだ。
かなりの広範囲に石礫が高速で飛んでいく光景と言うのは中々恐ろしいもので、これが普通の人間なら防ぐ手立てを用意できずに打ちのめされることになる。

だが残念なことに、その攻撃が向けられた俺にはそれを防ぐ手立てがあった。
迫る石礫が俺の体に到着する前に、地面から隆起して来た土の壁によって被害は全くのゼロへと抑えられる。
石礫の威力はかなりのものなのだが、厚さが30センチもあれば即席で作った土の壁でも十分に防げる程度だ。

当然それで終わるわけがなく、パーラの攻撃を防いだのを見てシペアも攻撃を仕掛けてくる。
今までとは違って詠唱のような物をしているところから、恐らくこちらの世界の魔術本来の発動方法を使う術だと予想する。
詠唱を使わないでイメージで発動している俺としては、その詠唱によってどんな姿の魔術になるのかは非常に興味があった。
シペアは手元に集めた水で直径1mほどの水球を作り、それが4本指の異形の手を形作るやいなや、水の手が俺を握りつぶすように迫ってくる。
初めて見る魔術だが、圧縮された水の質量と込められた魔力による補強で捕まったら抜け出すのは難しそうだ。

強化魔術を使えば余裕で回避できるが、今回はあえてそのまま受ける。
がっちりと握られる形で収まったが、元々握りつぶすつもりはなかったようで、身動きはできないが特にダメージも無いので拘束用としても優秀な魔術だと感心してしまう。
「え、あれ?捕まえちゃった、ぜ?」
俺が回避するなり防ぐなりすると思っていたようで、あっさりと掴めてしまってシペアが間抜けそうな顔で佇んでいる。
「…うん?アンディ、もう終わりでいい、よね?」
シペアの攻撃に合わせてパーラも何か仕掛けるつもりだったようで、おかしな体勢で固まったままそう口にする。

身動きが出来ない俺、その俺を拘束するための魔術を今も使っているシペア、そして自由に動けるパーラという構図になれば勝負はついたと判断するのも当然だろう。
だけどそれは普通の人間の場合で、俺には当てはまらない。

正直な所、この水に俺の魔力を大量に流し込んで制御権を奪い取るやり方も考えたが、この魔術の完成度はかなりのもので、あとから割り込む形になる術への干渉は少しばかり時間が必要だ。
だが世の中にはなんにでも抜け穴というものがある。
シペアの顔が未だ余裕のないものであることから、今操っているのが限界ギリギリの水の量だと推測し、そこに俺が魔術で集めた水を混ぜ込んでいく。
過剰な力を使わせることで制御に負荷をかけて解除させるという方法はこっちの世界だとなじみは無いだろう。

「ぅくっ!形が保てない…っ!?」
自分の操れる限界量を超えた水の維持が出来ないことに気付いたシペアは余剰分を排出しようとするが、その度に俺も水を追加していくため、一向に安定しない。
こうなってはこの水の手を解除するのが一番いいのだが、そうすると俺の拘束が解けることになり、俺からの反撃を警戒して迂闊に解除できない膠着状態へと陥っている。

「ほらほら、とっとと解除しろって。このままじゃじり貧でお前の方が魔力が尽きるぞ」
シペアに精神的な揺さぶりをかけるために魔力切れを意識させるが、当然向こうもそれを知っているために揺さぶりにはあまり引きずられていない。
「とことんこすい手を使いやがって…っ。けど、生憎俺は一人じゃないんだよ。パーラ!なんでもいいからアンディにしかけろ!」
シペアの言葉に応えるように視界の端で高速で向かってくる人影がある。
木剣を持ったパーラが唯一剥き出しとなっている俺の頭目掛けて剣での一撃を繰り出してきた。

確かに今のパーラなら魔術では決定打にかけるため、確実にダメージを与える剣を使った攻撃に出るのは正解だ。
だが問題がないわけではない。
それは攻撃可能箇所が限られているため、俺からすると簡単に剣の軌道が予測できることだ。

右側頭部に迫る横薙ぎの一撃に対して今手元で操っている水の一部を使って、圧縮した水をジェット噴射の様にして撃ちだして剣を弾く。
「あぅっ!…痛ぅ~」
「パーラっ!?あっ…」
剣を弾かれた勢いのまま後ろへ倒れ込むパーラにシペアの意識が向いたのを好機と見て、俺の足元に溜まっていた大量の水を操ってシペアに纏わりつかせると、どんどん水を追加していき、あっという間に体積を増やした水を背負うこととなり、まだまだ重さは増していく。
全身にかかる重量によって立っていることが困難となったシペアがその場に膝を突き、遂にはその場でうつ伏せで倒れ込んでしまった。
何度か魔力による干渉を試みたようだが、水に含まれている魔力の多さに呑まれてすぐには身動きできるようにはならないはず。
丁度背中には亀の甲羅の様に水の塊が乗っているような状態で、辛うじて手足と首が出ているような不格好な姿を晒している。

シペアを無力化したところで今度はパーラに対して土魔術でその体を覆っていき、あっという間に砂風呂状態の完成だ。
相当量の土を固めているため、抜け出すのはまず無理だろう。
身動きが取れなくなった時点でシペアとパーラのそれぞれの首元に軽くチョップを加えることで死亡を意識させることで終了とした。

「はいおしまい。まだ魔術師を相手に戦うのは気楽に思えるか?だとしたらもっとしっかりと鍛え直す必要があるが」
土の拘束を解くと体の具合を確かめている2人にそう話しかける。
「いや、もう十分わかったよ。俺達が調子に乗ってたのはもう身に染みた」
「私も魔術の上達に酔ってたかも」
シペアは自分の属性である水魔術で倒され、パーラは元々の自分の技術である剣技をもってしても俺に一撃を加えられなかった。
いかに自分たちが思い上がっていたかに気付けたことでこの先の成長に影を落とすことは無いはず。
特に学園へと通うだろうシペアにはこういう危険性の芽を先に摘んでおくのが本人のためだろう。

「実際の所俺は水と土を使ったが、本来の属性は雷だ。つまりあと一つ手札を残している。この意味が分かるな?」
「なん…だと…」
戦くシペアの反応に気分がよくなるが、対してパーラは何度か雷魔術を実際に見ているため、特に驚く気配はない。
男女では温度差があるのが少し寂しいが、それ以上にシペアの食いつきがじつにいい感じで満足だ。

シペアには電撃で人を気絶させるか薪に着火するぐらいしか見せていないので、実戦でどれだけのものになるのか想像は難しいだろうが、今の戦いで魔術師を相手にするのに油断することの怖さを知っているだけに、もう一段階隠し玉があるというのは充分脅威と捉えるだろう。

魔術を使う相手に限らず、手の内の明かされていない相手との戦いに警戒心を抱く習慣を身に付けさせることができたと言う点では、今回は2人にとっていい経験となったと思いたい。
それに今回シペアが使った魔術も少し気に入った為、後で自分でも再現できないか実験してみよう。
双方に収穫の多いこととなった手合わせは損をする者がいない、実にいい展開で幕を閉じた。
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