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裁きを申し渡す

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ウルカルムの口から飛び出した告白によって、室内の空気は張り詰めた物に変わる。
その空気を作っているのは主にパーラだが、それを受けても全く表情を変えることなく座っていられるウルカルの様子は、歩んできた人生経験からくる余裕だろうか。
取りあえずウルカルムが何を調べていたのかを知るために、立ったままで机の上に広げられた書類に目線を送る。

何を調べていたのかわからないが、書類の内容に一定の共通点があることが少し見ただけで分かった。
どの書類にもパイマー男爵家の名前が載せられており、拾えた単語からティシュルドが調査をした際に残したものだと思われる。
この書類こそがウルカルムが欲していたもので、ヘクターから奪った指輪で開けた金庫の中身がこれだというのもなんとなく推測できた。

パーラが一方的にウルカルムを睨んでいる状況だが、このままでは話が進まないと判断し、俺から声をかけてみた。
「この書類、パイマー男爵家のことが書かれてますけど、なにを調べていたんです?」
「…特に何も。書類の束がたまたま見つかったから精査していたに過ぎない」
ウルカルムとパイマー男爵家の関係は、俺が得た情報とアシャドル王国での足跡を照らし合わせて辿り着いた俺達だけが知っていることだ。
パイマー男爵家がしたことの不正に関して書かれている書類を前にしてウルカルムが白を切るのは、俺達に対してあまり効果が無いとはわからないのも仕方ないだろう。

「たまたま、ですか。わざわざヘクターから奪った指輪を使ってまで開けた金庫の中に入っていた書類ですから、ただの書類なわけがありませんよね。…それで、当時の裁判記録は見つかりましたか?」
「…っ!貴様、どこまで知っている…?」
いきなり核心を突けたようで、先程の落ち着きようが嘘のように取り乱したウルカルムから向けられる視線は随分と鋭いものに変わっていた。

別にウルカルムの狙いを知っていたわけではなかったのだが、机に乱雑に広げられた書類のほとんどは随分昔の物の様で、ティシュルドとウルカルムを結ぶ共通の事件で書類に残すほどのものとなると限られてくる。
つまり不正告発によるパイマー男爵家の取潰しだ。
男爵家の取潰しと同時にアシャドル王国に流れたウルカルムには他にティシュルドとの接点などないはず。

たった今得られた情報をもとに、根拠のほとんどを推理で穴埋めして辿り着いたのは、ウルカルムがパイマー男爵家の不正に関して調べ直しているのではないかということだった。
もっともそれを結び付けるにはウルカルムがパイマー男爵家の長男だったという情報がカギになるのだが、それを知っているのは恐らく俺達だけなので、ウルカルムには俺が全てお見通しの上でここに立っているように思えるだろう。

「どこまでといわれても、俺は知っていることしか知らないので何とも言えませんね」
などと相手の勘違いを加速させる言葉を口にして、向こうから話すのを促してみる。
言っている俺自身も言葉の深い意味をよくわかっていないが、ウルカルムには何かが響いたようで、鋭かった目から諦観が滲んだような力の抜けた目へと変わっていく。
「その言いよう…全て知っているということか。ならばパイマー男爵家の不正がティシュルドによるでっち上げだということも知っているのだろうな」
これはまたなんとも、初耳でなおかつ衝撃的なキーワードを放りこんできたな。

パイマー男爵家が取り潰しになったのはヘクターもパーラもまだ生まれていない頃の話で、ティシュルドの息子に当たる人物、つまりパーラ達の父親は既に独立して行商人として活動していたため、事の真相を知るのはティシュルド本人と処刑されたパイマー男爵本人だけとなる。
どうやらウルカルムは事件の真相の方を知りたいようで、わざわざティシュルド亡き後に放置されていたこの屋敷の管理を名乗り出てまで証拠を探していたのだろう。
そして、魔道具の金庫から見つけた書類に、自分の求める真相があると信じて探していたのではなかろうか。

「そのでっち上げの証拠は見つかりましたか?」
「…生憎、ティシュルドが上手く隠しているようで見つけられていない。だが、明らかに全体から見て欠けている資料がある。それこそが捏造を行ったティシュルドの悪行を示す何よりの証拠に成り得るのだ」
苦々しい顔をして書類を睨みつけるウルカルムの様子を見て、どうやら今回の事件の始まりがただの復讐心からではない可能性が出てきた。

他国で雌伏の時を過ごしてまで、汚名を着せられて死んでいった自分の父親の無念を晴らすのが全ての始まりだとしたら、これほど残酷なことはない。
これではウルカルムこそが被害者であるということになってしまう。
立ち尽くしているパーラも今の話を聞いて、自分の祖父の犯した罪こそが、自分たちに返って来たのではないかと言う可能性に思い当たり、顔色がかなり悪くなっている。

そもそもパイマー男爵家のした不正の内容を知らない俺達にすれば、ティシュルドが何を捏造して当主を処刑したのかもわからないため、判断材料が圧倒的に不足している。
当事者のほとんどが亡くなっている現在、あの当時のことを知るのはまだ若かったウルカルムだけだが、そのウルカルムすら全容を知ることが出来ていないのだから真相を知るにはここにある資料から推理するしかない。

「金庫はどこに?」
俺の問いかけにウルカルムが部屋の入り口脇にあるカーテンがかかった壁を顎でしゃくって見せたため、そちらへと向かうとカーテンを捲ってみた。
するとそこには壁に埋まる形で縦横1メートルほどの大きさの金庫があった。
僅かに開いていた扉を全開にしてみると、中は完全に空っぽになっており、いくつかの仕切りがあるだけとなっている。
どうやらここに入っていたものは全てウルカルムが今いる机の周りに積まれている物の様で、ほとんどが書類だったのだろう。

金庫の扉の方を調べてみると、確かに中央に指輪のレリーフと似た形の凹みがあり、ここに指輪をはめて開錠する仕組みなのだろう。
「金庫の中身はここにあるので全てだ。今更調べても出てくるものなどありはせんよ」
調べている俺の背中にウルカルムからそう声を掛けられるが、それは俺もわかっているので特に反応せずに一旦金庫から離れて観察してみる。

この金庫に大事な資料をしまっていたのは間違いないだろう。
だがそれなら魔道具製の金庫ではなく、普通の金庫でもいいのではないか?
見た所、誰かに盗まれても致命的なものという印象のない書類ばかりだ。
となると本当に大事な物は別の所に隠している可能性が高い。
それは恐らくさほど離れた場所ではないはずだ。

いちいち書類をしまうのに金庫と別の場所を行き来していたのでは保管場所が複数あることを知られてしまうリスクが高すぎる。
この室内、それも金庫の近くに隠すのが妥当だろう。
「一つ聞きますが、カギになる指輪はそれ一つだけですか?」
振り向いてウルカルムにそう尋ねると、少し考える時間をおいて口を開いた。
「いや、ティシュルドが死ぬ直前に自らの手で壊したのがここの机の引き出しから見つかっている。この指輪は奴が自分の息子に与えたものらしい」
つまり金庫の鍵は二つ存在したということか。
確かに一つしかない鍵を子供に与えたら金庫は開かなくなってしまうから予備があるのは当然だな。

ふとある考えが俺の中に湧き上がる。
そもそもこの金庫の扉が開いた先の空間が本当に全てなのだろうか?
人は苦労して開けた扉の先にあった物こそが報酬に値すると判断する生き物だ。
その心理を逆手にとって、俺ならもう一ひねりして大事な物を隠す。

自分の勘に従うと金庫の扉の方が段々と気になってきて、少し手で探ってみるとレリーフ型に凹んでいる部分が僅かに動く手応えがある。
そこに少しずつ力を加えていくとレリーフ型は回せるようになり、上下逆さまになった所で固定される。
「指輪を」
振り向いて声を掛けると、ウルカルムが動こうとしないため、パーラがその手から指輪を外して俺の方へと放り投げてきた。
受け取った指輪を逆さまになったレリーフ型に当て、押していくと思ったより硬い感触ではあったが充分に押し込んだところで甲高い金属音が室内に鳴り響く。

その音がしたと同時に、扉の内面部分が観音開きの様に開いていき、極狭いスペースにぴったりとはまる様に木の箱が納められていた。
恐らくこれがティシュルドが本当に隠していたものだったのだろう。

「何と…そんな仕掛けが…いや、魔道具製の金庫には確かにそれぐらいの仕掛けはあっても…」
ウルカルムの呟きを背に受けながら取り出した木箱を開けてみると、いくつかの書類と乱雑に紙を紐で纏めた手作りの本といったものが出てきた。

本の方は日記の様で、最後のページまで書き込まれているため、これは恐らくパイマー男爵家の裁判の時期に書き終わった物を入れていたのだと推測する。
こっちは後で見るとして、問題は書類の方だ。
書かれているのはパイマー男爵家当主の罪状と裁判の詳細に関してだが、ここに驚くべき記述を見つける。

裁判ではパイマー男爵はペルケティア教国に納めるべき税金を低く申告していた罪で裁かれているのだが、別の書類ではパイマー男爵が某国の大使を殺害した罪について言及されている。
どういうことなのかと深く読み進めていくと、どうやら俺達が手に入れた情報はかなり浅いものだったと思い知らされた。

某国がどこを指しているのかは書かれていないが、大使がペルケティア内で密かに行っていた違法植物の栽培と現地住民を対象とした投与実験を嗅ぎつけたパイマー男爵がその現場に直接乗り込んで捕縛を試みたが、激しい抵抗によって大使とその関係者が全員死亡するという顛末を迎える。
大使を殺された某国はこの時、初めて大使の所業全てを知ることになったのだが、面子のために自分たちの非を認めるわけにはいかず、直接大使に手を下したパイマー男爵の首を要求した。

当時の枢機卿たちの間で意見は真っ二つに割れ、このままでは戦争かと思われたのだが、思わぬ横やりが入ることになる。
なんとパイマー男爵が脱税の容疑で断罪執行官に捕縛されるという事態が起きた。
この時の断罪執行官はティシュルド、パーラの祖父だった。

脱税の罪としては異例の重さである斬首刑に処されることになったパイマー男爵だが、実はこれがティシュルドとパイマー男爵の企みによるものだった。
枢機卿たちによる連日進展のない会議に国の未来を案じたパイマー男爵が、ティシュルドに自分を適当な罪で捕まえて処刑するようにと頼み、その忠義に応えて断腸の思いでパイマー男爵の首を斬り、開戦の危機を回避したのだ。

パイマー男爵の死によって戦争の危機は去ったが、残された問題はまだあった。
死んだ大使の家族が男爵家の親類縁者の処刑をペルケティアに要請し、後の禍根を断つためにティシュルドが男爵家の取潰しをもって手打ちとする内約を取り付けたおかげで、パイマー男爵家の親類家族に他国が手を出すことがないように取り計らっていた。

手元にある書類にはティシュルドによるパイマー男爵の忠義をたたえる言葉と、その忠臣を処刑せざるを得なかった世の中への無情を憂いた言葉が載っていた。
日記にも最後のページまでそのことを悔いた言葉が続いている。
パイマー男爵の縁者には時間を空けて事情を明かしたのだが、長男であるウルカルムは早くに姿をくらましており、その安否を気にしているようだった。
確かウルカルムの主立った血縁者は行方知れずとなっていたが、これはティシュルドが手を回して保護したのだろうと推測する。

読み終わった書類と日記をウルカルムに手渡して、読み終わるのをただ黙って見守る。
ようやく真実が明かされると興奮した様子のウルカルムだったが、読み進めるうちにその表情は驚愕と怒りの入り混じった物に変わっていき、遂には書類を机に叩き付けて頭を抱えてしまった。

「嘘だ!そんなはずはない!あいつは…ティシュルドは父を無実の罪で殺した極悪人だ!こんな話が信じられるか…信じられる、わけが…」
完全に俯いてしまったウルカルムの様子から、本心では理解しているのだろうが、それでもまだ全てを受け入れることは出来ないといったところか。

パイマー男爵の不正は国単位での取引材料によって、目くらましのためにでっち上げられた罪だという点ではウルカルムの推測はある意味で当たっていた。
だがそれは、亡き父親の忠義を汚さないために決して表に出してはいけない、秘めておくべきことなのだというのを理解しているだけに行き場のない思いに苦しんでいるのだろう。
長年憎んでいた相手こそが亡き父親の願いを聞いた者だと言うのもまた苦しみの一因となっているのかもしれない。

思い返してみると、パイマー男爵のことを話してくれた人は、不正を働いたはずの領主にそれほど悪感情を抱いていたように感じられなかった。
それはパイマー男爵が領民に慕われていたことの証であり、死してなお悪しざまに言われない人となりこそが本当の姿だったのではなかろうか。

「…父が常々言っていたのは『忠義に見返りを求めるな』だった。領地は国から預かっているに過ぎないと言って、自らは清貧を美徳としていた。その父が不正などありえんと思っていたが、まさかこんな真実が隠されていたとは…」
沈黙を破って語りだしたウルカルムの顔は晴れやかなもので、父親の冤罪は晴れたが、それ以上に死の真相から与えられた衝撃によって、すっかり憑き物が落ちたといった表情をしている。
その顔には亡き父の忠義を知って、誇らしげなものも混じっているように思えた。

「私が探していた答えの全てが明らかになった今では思い残すことも無い。…見当違いの逆恨みで君の兄を殺してしまったことは、贖いようがない。今更命を惜しむ気も無し、この首を落とすと言うなら甘んじて受け入れよう」
既に己の所業がお門違いであったことを理解し、死すら受け入れる覚悟を決めたウルカルムに俺は振り下ろす剣を持てないが、パーラにはまだその命を奪う権利がある。
その場を一歩引いてパーラに道を譲ることでウルカルムの処遇を任せる意思を示し、それを受けてパーラがウルカルムの前へと歩み出た。

双方ともに目を逸らすことなく見つめ合い、パーラが抜いた剣はウルカルムの首元に添えられる。
鋭い目のパーラとは対照的に、ウルカルムの方は穏やかなもので、今まさに自分の命を奪うだろう刃を肌に感じながら涼やかな雰囲気は些かも失われていない。
視線を交わしながらしばらく時間が過ぎた頃、パーラが大きく息を吐くのと同時にウルカルムの首元に当てられていた剣を鞘に納める。
「許すことはまだできないけど、ただ憎しみをぶつけるのも少し違う気がする。あなたには兄さんの死を悔いて生きてもうらう。それが私の復讐だから」
そう言って俺の方を見て頷くパーラはもうウルカルムをどうこうしようという気はないようだ。

兄の命を奪った大本であるウルカルムであるが、実際に手を下したのはグエンであるし、そのグエンもすでにこの世にはいない。
直接の仇を討ったことでパーラにはある程度の心の整理が出来たし、ウルカルムにまったく恨みを抱かないというわけではないだろうが、国という大きなうねりに翻弄された人生に同情を禁じ得ないというのもあるだろう。
命を奪うよりも悔いて生きる人生を歩ませることで、パーラの復讐が果たされるというのならそれを尊重しよう。

「彼女がこういうのなら俺があなたに手を下す理由はありません。あまり長居するのもお互いの精神衛生上よろしくないと思うので、俺達はそろそろ失礼させてもらいます。…あぁそうそう、この指輪は貰っていきますね。彼女の兄の形見なので」
有無を言わさぬ早口でまくしたて、そのままドアを出て行こうとする俺達にウルカルムから声が掛けられることも無いので、指輪の件は無言の了承と勝手に受け取りその場をあとにする。

「あ、そうそう」
「む?」
パーラがドアを出たあたりで去りかけた足をそのまま戻し、執務机を回り込んでウルカルムの座っている椅子に近付く。

引き返してきた俺を見て疑問に染まる顔をこちらに見せるウルカルムに一度微笑みかけ、すぐさまその鳩尾へと右拳を叩き込む。
「ごぉっ…!」
流石に強化魔術は使わないが、それでも腰の振りと軸足への体重移動をしっかりとこなした完璧な一撃だったと自負しよう。
息を吸うのにすら苦しむウルカルムに、今の一撃の理由を説明しておく。

「今のはグエンの父親…バスラン男爵からのものです。『グエンを誑かし、その命を奪わせたウルカルムを殺してやりたいが、無理なので代わりに一発くれてやってほしい』とのことです。では、用事は済みましたのでこれで」
椅子の上で体をくの時にするウルカルムを残し、執務室を後にする。

ドアを閉めてからも暫くはその場で待機し、ウルカルムが人を呼ぶことがないのを確認して、再び来た道を戻って窓から出ていく。

一応侵入者としての自覚がある俺としては、来た時と同じ道をたどることに万が一の危険を考えずにはいられず、雪をかき分けるようにして人の往来のないであろうルートを通っていく。
「あれでよかったのか?」
「うん。死んで楽になるよりも償いが今のあの人には大事だから。…兄さんはきっとわかってくれる」
今は無き兄の幻影がパーラに命を奪うことよりも償うことを認めさせることが出来たのなら、それはきっと確かな成長だったのではないだろうか。

命は簡単に失われる。
けど、人はその命を使ってもっと大きなことが出来るはずだ。
たった一つだけの命が失われた時、別の命のためになることが出来るのが人の生き方だと思う。
巡り巡ってヘクターの死がウルカルムに贖罪の機会を与えたのがまさにそれに当たると考えるのは流石に俺の驕りだろうか。
ウルカルムが今後どうするのか俺達にはわからないし、正直興味も無い。
ただ、復讐の旅はここで終着点を迎え、新しい人生へと向けて歩き出すのだ、その門出が死と血で彩られなかったのは喜ぶべきだろう。
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