59 / 445
今夜はヒレステーキ
しおりを挟む
ジネアの町を発って3日ほどもすると、アシャドル王国とペルケティア教国の国境に辿り着く。
これは当然のことながらバイクという高速移動の手段を持つ俺達の場合の話で、本来は馬車でもまだまだかかる距離だ。
国境と言うぐらいだから物々しい砦のような物が道を塞いで通行を制限しているのを想像していたのだが、実際は遠くまで伸びる街道脇に少し大きめのレンガ造りの家があるだけだった。
特に見張りが立っている様子は無いが、俺達が近付くと建物から一人の男性が出てきて、俺達の方へと目線を向けた。
格好から国境警備の兵士だとは思うのだが、
バイクを始めて見た反応そのままで立ち尽くし、若干の緊張からか腰に下げた剣の柄に右手が添えられているのが見え、危険のないことを示すためにこちらから手を振ってやる。
すると向こうも警戒を緩めたようで右手を元の位置に戻したが、まだ左手は柄に載せられていることから完全には警戒を解いていないのが分かる。
速度を落としていき、男性と3メートルほどの距離を空けて停止するとまずは挨拶から入る。
「どうも、お疲れ様です。ペルケティアに行きたいんですけど、通っていいんですよね?」
「ん、おう、そうか。もちろん構わんさ。ここは国境だが、有事の際以外は特に通行の規制をしないからな」
「国境なのに誰でも通すんですか?」
見張りもいないことからそうではないかと思っていたが、完全に通行自由というのは国内部への危険分子の流入を招きかねないため、普通は厳重に審査をするものだ。
「まああからさまに怪しい奴や俺達が不審に思った者は止めて調べることはするが、基本はそのまま通行できる。それでも上手く隠れて入国する奴はどうしようもないからな。そういった輩は入国して何かを起こしてもすぐに『聖鈴騎士』に捕まるんだ」
初めて聞く単語に興味が湧き、詳しく教えてもらうことにした。
ペルケティアでは通常の修道騎士と呼ばれるものとは別に、ペルケティア国内最高戦力の8人を頂点にした聖鈴騎士団という集団が存在する。
名前の通りに、ヤゼス教の紋章を刻んだ鈴を携帯しているのが特徴で、騎士であると同時に司祭としての権限も有しているため、表向きは特定条件下での冠婚葬祭と洗礼を行うことも許された者達をこう呼ぶ。
聖鈴騎士一人の戦力は通常の修道騎士10人に匹敵し、上位の実力者ともなると単独で百人隊を無力化したという逸話もあるそうだ。
それほどの実力があるのにもかかわらず、普段は通常の修道騎士に混ざって各地に散らばり、有事の際の独自裁量権が認められた実行部隊としては最小単位の存在として動いている。
国内で騒動があった場合にはこの聖鈴騎士が出張って解決するのがこの国の治安に一役買っているようで、事情を知って尚犯罪を働くようなバカな奴は早々に潰されるのが目に見えている。
そのため国境の警備は半ば形骸化しおり、今いるこの場所も本来は街道整備の備蓄置き場だったのだが、国としての体裁から警備をしているという姿を示すためにこうして兵士が配されているだけだった。
「そんなわけで国内で騒ぎを起こすのは賢くないから気を付けるようにな。まあ子供に何が出来るのかって話だが」
「ははっそうですね。気を付けますよ。お話しありがとうございました。ではこれで」
そう言って軽く礼をしてその場を離れるためにバイクをユックリと進ませる。
「おう、いい旅を」
去っていく俺達に手を振る男性は律儀にも姿が見えなくなるまでその場を離れなかった。
「聖鈴騎士、か…」
「心配?」
ポツリとつぶやいた俺の言葉に反応したパーラの言葉は、これから俺達がするウルカルムへの復讐が聖鈴騎士に邪魔されることを危惧したものも含めた言葉だ。
この国で商売をしている人間に害を与えるという俺達は聖鈴騎士にしてみると取り締まる対象に他ならない。
「多分俺達がすることは聖鈴騎士にバレたらマズイはずだ。だがここまできて引き下がれない。バレる前に素早く、慎重に事を運ばないとな」
背中に頷く気配を受けて一路、ヒュプリオスの町を目指して走り抜けていく。
アシャドル王国に比べて起伏に富んだ地形の多いペルケティアでの移動には思ったよりも時間がかかる。
直線に見えて実は下りである場合も多く、ちょっとした丘となると回り込んでいった方が楽な時もあるぐらいで、思ったよりも時間はかかりそうだ。
おまけに今は冬の真っ最中。
街道はまだましだが、それでも雪がうっすらと積もっている路面はノーマルタイヤでは少し不安で、ついさっきタイヤにスパイクを履かせた。
このスパイクはバイクの制作時に一緒に用意してもらっていたもので、備えておいたものが役立ってドヤ顔になるのが抑えられない。
所変われば生息する動物の変わるもので、今俺達は初めて見る魔物に追われて街道を外れて走っている。
「アンディ、また一匹増えた」
「マジかよ。これで何匹だ?」
「7匹。あ、8匹になった」
雪を踏み締めながらかなりの速度で走るバイクの後をつけてくるのはネコ科を思わせるしなやかさながら、全長3メートルに全高は1メートル半はありそうな巨体を誇っており、それがかなりの速度で俺達を追いかけてくるのだから普通の人間にはかなりの脅威だろう。
長い白毛におおわれた体は走るたびに筋肉の動きがはっきりとわかるほどで、ハンドルの横につけられたミラー越しに見える前足の爪はちょっとしたナイフぐらいはありそうだ。
よっぽど腹が減っているのか、涎を後ろに流しながら追いかけてくる様子は他の個体も同様で、捕食対象である俺達はさぞいい獲物に映るだろう。
最初は1匹だけだったのだが、街道を外れて走ると瞬く間に他の個体が合流し始めて今は8匹もの集団となっている。
そもそも街道を外れたのも横合いからの突撃を躱したはずみでのことで、追跡を振り切ろうと木の多い所を選んで走ったのがまずかった。
入った林の中がこの魔物の多くいる場所だったようで、まんまと誘い込まれた形になる。
俺達もただ追いかけられるばかりではなく、走りながらパーラによる風魔術での攻撃を行っているが、まだ殺傷能力の高い攻撃の使えない今のパーラでは風の球を打ち出す程度では牽制にしかならず、決定打を与えられないまま逃げ続けている。
実は今の状況は焦っているように見えているが、それはあくまでも見せかけの話で、既に魔物を倒す算段は付いている。
ではなぜこんな状況を引っ張るかというと、パーラに経験を積ませるためだ。
覚えたての魔術では切り抜けられない状況を経験させることで、更なる習得意欲を高めようという俺の企みだが、流石に長時間の捕食者による追跡はパーラの精神衛生上よくないようで、チラリと確認した表情はおもいっきり強張っており、限界かと思い反撃にでる。
「どうだ、パーラ」
「全然ダメ。増えてないけど減ってもない」
若干のいら立ちが混じった声色は不安の裏返しでもあるようで、表情の険しさは依然増したままだ。
「んじゃそろそろいいか。パーラ、しっかり捕まってろよ!」
「なにを―」
返事を待つことなく思いっきりアクセルを開けて全開で走り出す。
突然の加速で驚いたパーラは俺の腰に回していた腕に力を入れて体を密着させ、振り落とされないようにしている。
今までとは段違いの速度で走り出した俺達に焦ったのか、徐々に個体の速度差によって俺達を先頭に一列で走る陣形になり、これを待っていた俺は土魔術で進行方向にジャンプ台を作る。
前輪が跳ね上がるようにして空中に躍り出た俺達を追って魔物たちも飛び上がるが、車輪を使ってのジャンプに比べて地面の抵抗が強く残る魔物はそれほどの距離を飛ぶことが出来ず、俺達が着地する地点よりもかなり後ろに降りることになる。
そこで魔物の予想着地点に目一杯できる限りの大きな落とし穴を作り、そこに次々と魔物たちが落ちていき、僅かに外れた場所に着地出来た個体も雷魔術で仕留める。
次に落とし穴の周りの土に干渉して穴の内側に崩し、落とし穴に落ちた魔物を生き埋めにすることで脅威の排除を行う。
バイクの着地と同時に車体を横にドリフトさせるようにしてブレーキをかけて止まるとすぐさまバイクから飛び出して剣を抜いて警戒の体勢を取る。
一応仕留めたとは思うが、体のデカい生き物ほどタフなものが多く、確実に死亡を確認するまでは油断はしないのが鉄則だ。
しばらくそのままでいたが、魔物は動きが無く、近付いて行って確認したところ完全に絶命していた。
剣を鞘に納めた俺の姿で安全を確認したのか、パーラが小走りに近寄ってきて魔物を眺めはじめた。
「ドルドタイガーに似てる。でもこっちの方が毛深いし大きい」
「大きいのは寒さに耐えるために脂肪を蓄えてるからかも。毛深いのは冬毛だろうな」
ドルドタイガーというのを俺は知らないが、恐らく近い種類の魔物なのだと思う。
ペルケティアの東部と北部は冬の期間が長いため、寒さに耐えるために体格と毛皮が環境に適応した姿になったと予想するが、俺は研究者じゃないのでその辺りはすぐに興味の対象から外れた。
そんなことを考えていると、パーラが俺をじっと見つめているのに気付き、何事か声を掛ける。
「あっさり倒せるのに逃げてたのは私のため?」
「お、よくわかったな。その通り、魔術を覚えたてでどこまでできるのか見る意味もあったが、まずは風魔術の使い勝手を知ってほしかったんだよ。やばくなったら俺が倒すつもりだったし、それも無理なら逃げればいいしな。…もしかして怒ってる?」
若干険しいパーラの顔から、もしかしたら馬鹿にされていると感じたんじゃないかと不安になったが、フルフルと頭を振って怒っていないことをアピールして来た。
「アンディはいつも私のことを考えてくれてる。意味のないことはしないってわかってるから」
「…そうか」
全幅の信頼を寄せられているのが合わされた目から伝わり、少し照れくさい。
安全になった所で撃退した魔物の解体をするのだが、ほとんどが生き埋めになってしまったため、残っているのは僅かに2体のみ。
魔物の巨体のせいでその場から動かすのが困難なため林の中での作業となったのだが、爪牙に毛皮といったものは多少の荷物として持っていけるとして、肉の方がかなりの量になる。
持っていける量に限りがある以上は放置するかこの場で消費するかしなければならない。
「仕方ない、肉はここで加工しよう。パーラ手伝ってくれ」
「わかった。なにをしたらいい?」
パーラの了承を得た所で干し肉の制作を始める。
まずは俺の水魔術で肉に含まれる水分を抜いたものをパーラの風魔術で肉に風を当てて乾燥させる。
周囲の寒い空気をそのまま使えるのが功を奏して、ごく短時間で干し肉への加工が完了した。
本来は乾燥の工程で大量の塩を使って味付けをするのだが、手持ちのないこの場では単純に干しただけのものがせいぜいであるため、味はあまり期待しないほうがいいだろう。
干し肉にすることで持ち運びに便利になるのだが、なにせ元の量が多いため、出来上がった干し肉の量も相当なものになる。
今この場で食べる分以外はすべて加工をし、今日は林を抜けてから見つけた街道脇のスペースで野営をすることにした。
いつものようにカマボコ兵舎を作り、その中で今日獲った肉を使って料理に取り掛かる。
パーラはこの旅の間にすっかり俺の作る料理に慣らされてしまっており、今も手伝いを買って出てくれているが、これから作る料理に対する期待で涎を垂らしそうなほどに緩んだ顔をしていた。
今回は肉の中でも骨盤の内側の肉、つまりヒレ肉を使ったものを作る。
ヒレ肉の特徴としては、1頭の動物から取れる量が少なく、非常に柔らかく脂肪が少ない赤身肉であるため、上手く火を通さないとぱさぱさになってしまう。
ここはシンプルにステーキでいこうと思う。
まずはパーラにも手伝ってもらって、厚さ3㎝程に切った肉に塩とハーブで下味をつけ、フライパンでサッと焼く。
中の脂と旨味を逃がさないように表面を焼いて、フライパンの中の脂を回しかけながら弱火でゆっくりと火を通していくと、漂う匂いに鼻をひくつかせながらパーラが横から覗いてくる。
焼き加減を見てヒレ肉をフライパンから取り出し、また温かい油に薄く切ったニンニクを入れて香りを移し、そこに酢と酒を入れて馴染ませてから味を見て塩と胡椒を足してソースの完成だ。
皿にのせたステーキにソースをかけるとどこか中華風の黒酢あんかけの様でおかしな感じがしたが、匂い自体は悪くないので食欲は衰えない。
スープの方はパーラに頼んでいたのでそちらも完成したところで早速食べてみる。
フォークでクルクルと肉を畳むようにして巻いてからソースに搦めて口に運ぶ。
最初にニンニクの風味と酢の香りが爽やかさを伝え、それから噛み締めた肉の野趣あふれる旨味が舌で感じられ、それぞれを感じ取った後に、口の中で混然一体となって一つの完成品が喉を通っていく。
肉食動物の肉は筋ばっていてまずいというのを聞いたことがあるが、ヒレ肉に関して言えば今まで食べたどの肉よりも抜群にうまかった。
パーラも旨そうに食べており、笑顔でヒレステーキを頬ばっているところを俺と目が合って首を傾げる姿に、俺は何でもないと首を振って食事を再開する。
かなりの量を作ったのだが、見事に食べ切ってしまい、しばらく満腹感に支配されてその場を動けなかった。
「おいしかった。アンディは天才。店を出すべき」
「店か。それもおもしろそうだな。全部終わったら考えてみるか」
「そしたら私もそこで働く。こんなおいしいのが毎日食べれる」
パーラの言葉に食堂で鍋を振るう俺と、料理を客に運ぶパーラの姿が想像でき、その光景を思い浮かべるだけで笑みが漏れる。
今はウルカルムに迫ることが優先されるが、全て終わって気持ちの整理がついた後の道の選択肢としては悪くないかもしれない。
満腹感とはまた別に満たされた思いに浸り、時間はゆっくりと流れていった。
これは当然のことながらバイクという高速移動の手段を持つ俺達の場合の話で、本来は馬車でもまだまだかかる距離だ。
国境と言うぐらいだから物々しい砦のような物が道を塞いで通行を制限しているのを想像していたのだが、実際は遠くまで伸びる街道脇に少し大きめのレンガ造りの家があるだけだった。
特に見張りが立っている様子は無いが、俺達が近付くと建物から一人の男性が出てきて、俺達の方へと目線を向けた。
格好から国境警備の兵士だとは思うのだが、
バイクを始めて見た反応そのままで立ち尽くし、若干の緊張からか腰に下げた剣の柄に右手が添えられているのが見え、危険のないことを示すためにこちらから手を振ってやる。
すると向こうも警戒を緩めたようで右手を元の位置に戻したが、まだ左手は柄に載せられていることから完全には警戒を解いていないのが分かる。
速度を落としていき、男性と3メートルほどの距離を空けて停止するとまずは挨拶から入る。
「どうも、お疲れ様です。ペルケティアに行きたいんですけど、通っていいんですよね?」
「ん、おう、そうか。もちろん構わんさ。ここは国境だが、有事の際以外は特に通行の規制をしないからな」
「国境なのに誰でも通すんですか?」
見張りもいないことからそうではないかと思っていたが、完全に通行自由というのは国内部への危険分子の流入を招きかねないため、普通は厳重に審査をするものだ。
「まああからさまに怪しい奴や俺達が不審に思った者は止めて調べることはするが、基本はそのまま通行できる。それでも上手く隠れて入国する奴はどうしようもないからな。そういった輩は入国して何かを起こしてもすぐに『聖鈴騎士』に捕まるんだ」
初めて聞く単語に興味が湧き、詳しく教えてもらうことにした。
ペルケティアでは通常の修道騎士と呼ばれるものとは別に、ペルケティア国内最高戦力の8人を頂点にした聖鈴騎士団という集団が存在する。
名前の通りに、ヤゼス教の紋章を刻んだ鈴を携帯しているのが特徴で、騎士であると同時に司祭としての権限も有しているため、表向きは特定条件下での冠婚葬祭と洗礼を行うことも許された者達をこう呼ぶ。
聖鈴騎士一人の戦力は通常の修道騎士10人に匹敵し、上位の実力者ともなると単独で百人隊を無力化したという逸話もあるそうだ。
それほどの実力があるのにもかかわらず、普段は通常の修道騎士に混ざって各地に散らばり、有事の際の独自裁量権が認められた実行部隊としては最小単位の存在として動いている。
国内で騒動があった場合にはこの聖鈴騎士が出張って解決するのがこの国の治安に一役買っているようで、事情を知って尚犯罪を働くようなバカな奴は早々に潰されるのが目に見えている。
そのため国境の警備は半ば形骸化しおり、今いるこの場所も本来は街道整備の備蓄置き場だったのだが、国としての体裁から警備をしているという姿を示すためにこうして兵士が配されているだけだった。
「そんなわけで国内で騒ぎを起こすのは賢くないから気を付けるようにな。まあ子供に何が出来るのかって話だが」
「ははっそうですね。気を付けますよ。お話しありがとうございました。ではこれで」
そう言って軽く礼をしてその場を離れるためにバイクをユックリと進ませる。
「おう、いい旅を」
去っていく俺達に手を振る男性は律儀にも姿が見えなくなるまでその場を離れなかった。
「聖鈴騎士、か…」
「心配?」
ポツリとつぶやいた俺の言葉に反応したパーラの言葉は、これから俺達がするウルカルムへの復讐が聖鈴騎士に邪魔されることを危惧したものも含めた言葉だ。
この国で商売をしている人間に害を与えるという俺達は聖鈴騎士にしてみると取り締まる対象に他ならない。
「多分俺達がすることは聖鈴騎士にバレたらマズイはずだ。だがここまできて引き下がれない。バレる前に素早く、慎重に事を運ばないとな」
背中に頷く気配を受けて一路、ヒュプリオスの町を目指して走り抜けていく。
アシャドル王国に比べて起伏に富んだ地形の多いペルケティアでの移動には思ったよりも時間がかかる。
直線に見えて実は下りである場合も多く、ちょっとした丘となると回り込んでいった方が楽な時もあるぐらいで、思ったよりも時間はかかりそうだ。
おまけに今は冬の真っ最中。
街道はまだましだが、それでも雪がうっすらと積もっている路面はノーマルタイヤでは少し不安で、ついさっきタイヤにスパイクを履かせた。
このスパイクはバイクの制作時に一緒に用意してもらっていたもので、備えておいたものが役立ってドヤ顔になるのが抑えられない。
所変われば生息する動物の変わるもので、今俺達は初めて見る魔物に追われて街道を外れて走っている。
「アンディ、また一匹増えた」
「マジかよ。これで何匹だ?」
「7匹。あ、8匹になった」
雪を踏み締めながらかなりの速度で走るバイクの後をつけてくるのはネコ科を思わせるしなやかさながら、全長3メートルに全高は1メートル半はありそうな巨体を誇っており、それがかなりの速度で俺達を追いかけてくるのだから普通の人間にはかなりの脅威だろう。
長い白毛におおわれた体は走るたびに筋肉の動きがはっきりとわかるほどで、ハンドルの横につけられたミラー越しに見える前足の爪はちょっとしたナイフぐらいはありそうだ。
よっぽど腹が減っているのか、涎を後ろに流しながら追いかけてくる様子は他の個体も同様で、捕食対象である俺達はさぞいい獲物に映るだろう。
最初は1匹だけだったのだが、街道を外れて走ると瞬く間に他の個体が合流し始めて今は8匹もの集団となっている。
そもそも街道を外れたのも横合いからの突撃を躱したはずみでのことで、追跡を振り切ろうと木の多い所を選んで走ったのがまずかった。
入った林の中がこの魔物の多くいる場所だったようで、まんまと誘い込まれた形になる。
俺達もただ追いかけられるばかりではなく、走りながらパーラによる風魔術での攻撃を行っているが、まだ殺傷能力の高い攻撃の使えない今のパーラでは風の球を打ち出す程度では牽制にしかならず、決定打を与えられないまま逃げ続けている。
実は今の状況は焦っているように見えているが、それはあくまでも見せかけの話で、既に魔物を倒す算段は付いている。
ではなぜこんな状況を引っ張るかというと、パーラに経験を積ませるためだ。
覚えたての魔術では切り抜けられない状況を経験させることで、更なる習得意欲を高めようという俺の企みだが、流石に長時間の捕食者による追跡はパーラの精神衛生上よくないようで、チラリと確認した表情はおもいっきり強張っており、限界かと思い反撃にでる。
「どうだ、パーラ」
「全然ダメ。増えてないけど減ってもない」
若干のいら立ちが混じった声色は不安の裏返しでもあるようで、表情の険しさは依然増したままだ。
「んじゃそろそろいいか。パーラ、しっかり捕まってろよ!」
「なにを―」
返事を待つことなく思いっきりアクセルを開けて全開で走り出す。
突然の加速で驚いたパーラは俺の腰に回していた腕に力を入れて体を密着させ、振り落とされないようにしている。
今までとは段違いの速度で走り出した俺達に焦ったのか、徐々に個体の速度差によって俺達を先頭に一列で走る陣形になり、これを待っていた俺は土魔術で進行方向にジャンプ台を作る。
前輪が跳ね上がるようにして空中に躍り出た俺達を追って魔物たちも飛び上がるが、車輪を使ってのジャンプに比べて地面の抵抗が強く残る魔物はそれほどの距離を飛ぶことが出来ず、俺達が着地する地点よりもかなり後ろに降りることになる。
そこで魔物の予想着地点に目一杯できる限りの大きな落とし穴を作り、そこに次々と魔物たちが落ちていき、僅かに外れた場所に着地出来た個体も雷魔術で仕留める。
次に落とし穴の周りの土に干渉して穴の内側に崩し、落とし穴に落ちた魔物を生き埋めにすることで脅威の排除を行う。
バイクの着地と同時に車体を横にドリフトさせるようにしてブレーキをかけて止まるとすぐさまバイクから飛び出して剣を抜いて警戒の体勢を取る。
一応仕留めたとは思うが、体のデカい生き物ほどタフなものが多く、確実に死亡を確認するまでは油断はしないのが鉄則だ。
しばらくそのままでいたが、魔物は動きが無く、近付いて行って確認したところ完全に絶命していた。
剣を鞘に納めた俺の姿で安全を確認したのか、パーラが小走りに近寄ってきて魔物を眺めはじめた。
「ドルドタイガーに似てる。でもこっちの方が毛深いし大きい」
「大きいのは寒さに耐えるために脂肪を蓄えてるからかも。毛深いのは冬毛だろうな」
ドルドタイガーというのを俺は知らないが、恐らく近い種類の魔物なのだと思う。
ペルケティアの東部と北部は冬の期間が長いため、寒さに耐えるために体格と毛皮が環境に適応した姿になったと予想するが、俺は研究者じゃないのでその辺りはすぐに興味の対象から外れた。
そんなことを考えていると、パーラが俺をじっと見つめているのに気付き、何事か声を掛ける。
「あっさり倒せるのに逃げてたのは私のため?」
「お、よくわかったな。その通り、魔術を覚えたてでどこまでできるのか見る意味もあったが、まずは風魔術の使い勝手を知ってほしかったんだよ。やばくなったら俺が倒すつもりだったし、それも無理なら逃げればいいしな。…もしかして怒ってる?」
若干険しいパーラの顔から、もしかしたら馬鹿にされていると感じたんじゃないかと不安になったが、フルフルと頭を振って怒っていないことをアピールして来た。
「アンディはいつも私のことを考えてくれてる。意味のないことはしないってわかってるから」
「…そうか」
全幅の信頼を寄せられているのが合わされた目から伝わり、少し照れくさい。
安全になった所で撃退した魔物の解体をするのだが、ほとんどが生き埋めになってしまったため、残っているのは僅かに2体のみ。
魔物の巨体のせいでその場から動かすのが困難なため林の中での作業となったのだが、爪牙に毛皮といったものは多少の荷物として持っていけるとして、肉の方がかなりの量になる。
持っていける量に限りがある以上は放置するかこの場で消費するかしなければならない。
「仕方ない、肉はここで加工しよう。パーラ手伝ってくれ」
「わかった。なにをしたらいい?」
パーラの了承を得た所で干し肉の制作を始める。
まずは俺の水魔術で肉に含まれる水分を抜いたものをパーラの風魔術で肉に風を当てて乾燥させる。
周囲の寒い空気をそのまま使えるのが功を奏して、ごく短時間で干し肉への加工が完了した。
本来は乾燥の工程で大量の塩を使って味付けをするのだが、手持ちのないこの場では単純に干しただけのものがせいぜいであるため、味はあまり期待しないほうがいいだろう。
干し肉にすることで持ち運びに便利になるのだが、なにせ元の量が多いため、出来上がった干し肉の量も相当なものになる。
今この場で食べる分以外はすべて加工をし、今日は林を抜けてから見つけた街道脇のスペースで野営をすることにした。
いつものようにカマボコ兵舎を作り、その中で今日獲った肉を使って料理に取り掛かる。
パーラはこの旅の間にすっかり俺の作る料理に慣らされてしまっており、今も手伝いを買って出てくれているが、これから作る料理に対する期待で涎を垂らしそうなほどに緩んだ顔をしていた。
今回は肉の中でも骨盤の内側の肉、つまりヒレ肉を使ったものを作る。
ヒレ肉の特徴としては、1頭の動物から取れる量が少なく、非常に柔らかく脂肪が少ない赤身肉であるため、上手く火を通さないとぱさぱさになってしまう。
ここはシンプルにステーキでいこうと思う。
まずはパーラにも手伝ってもらって、厚さ3㎝程に切った肉に塩とハーブで下味をつけ、フライパンでサッと焼く。
中の脂と旨味を逃がさないように表面を焼いて、フライパンの中の脂を回しかけながら弱火でゆっくりと火を通していくと、漂う匂いに鼻をひくつかせながらパーラが横から覗いてくる。
焼き加減を見てヒレ肉をフライパンから取り出し、また温かい油に薄く切ったニンニクを入れて香りを移し、そこに酢と酒を入れて馴染ませてから味を見て塩と胡椒を足してソースの完成だ。
皿にのせたステーキにソースをかけるとどこか中華風の黒酢あんかけの様でおかしな感じがしたが、匂い自体は悪くないので食欲は衰えない。
スープの方はパーラに頼んでいたのでそちらも完成したところで早速食べてみる。
フォークでクルクルと肉を畳むようにして巻いてからソースに搦めて口に運ぶ。
最初にニンニクの風味と酢の香りが爽やかさを伝え、それから噛み締めた肉の野趣あふれる旨味が舌で感じられ、それぞれを感じ取った後に、口の中で混然一体となって一つの完成品が喉を通っていく。
肉食動物の肉は筋ばっていてまずいというのを聞いたことがあるが、ヒレ肉に関して言えば今まで食べたどの肉よりも抜群にうまかった。
パーラも旨そうに食べており、笑顔でヒレステーキを頬ばっているところを俺と目が合って首を傾げる姿に、俺は何でもないと首を振って食事を再開する。
かなりの量を作ったのだが、見事に食べ切ってしまい、しばらく満腹感に支配されてその場を動けなかった。
「おいしかった。アンディは天才。店を出すべき」
「店か。それもおもしろそうだな。全部終わったら考えてみるか」
「そしたら私もそこで働く。こんなおいしいのが毎日食べれる」
パーラの言葉に食堂で鍋を振るう俺と、料理を客に運ぶパーラの姿が想像でき、その光景を思い浮かべるだけで笑みが漏れる。
今はウルカルムに迫ることが優先されるが、全て終わって気持ちの整理がついた後の道の選択肢としては悪くないかもしれない。
満腹感とはまた別に満たされた思いに浸り、時間はゆっくりと流れていった。
17
お気に入りに追加
1,763
あなたにおすすめの小説
【完結】6歳の王子は無自覚に兄を断罪する
土広真丘
ファンタジー
ノーザッツ王国の末の王子アーサーにはある悩みがあった。
異母兄のゴードン王子が婚約者にひどい対応をしているのだ。
その婚約者は、アーサーにも優しいマリーお姉様だった。
心を痛めながら、アーサーは「作文」を書く。
※全2話。R15は念のため。ふんわりした世界観です。
前半はひらがなばかりで、読みにくいかもしれません。
主人公の年齢的に恋愛ではないかなと思ってファンタジーにしました。
小説家になろうに投稿したものを加筆修正しました。
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。
克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位
11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位
11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位
11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位
異世界転生雑学無双譚 〜転生したのにスキルとか貰えなかったのですが〜
芍薬甘草湯
ファンタジー
エドガーはマルディア王国王都の五爵家の三男坊。幼い頃から神童天才と評されていたが七歳で前世の知識に目覚め、図書館に引き篭もる事に。
そして時は流れて十二歳になったエドガー。祝福の儀にてスキルを得られなかったエドガーは流刑者の村へ追放となるのだった。
【カクヨムにも投稿してます】
【完結】王女様の暇つぶしに私を巻き込まないでください
むとうみつき
ファンタジー
暇を持て余した王女殿下が、自らの婚約者候補達にゲームの提案。
「勉強しか興味のない、あのガリ勉女を恋に落としなさい!」
それって私のことだよね?!
そんな王女様の話しをうっかり聞いてしまっていた、ガリ勉女シェリル。
でもシェリルには必死で勉強する理由があって…。
長編です。
よろしくお願いします。
カクヨムにも投稿しています。
【完結】間違えたなら謝ってよね! ~悔しいので羨ましがられるほど幸せになります~
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
「こんな役立たずは要らん! 捨ててこい!!」
何が起きたのか分からず、茫然とする。要らない? 捨てる? きょとんとしたまま捨てられた私は、なぜか幼くなっていた。ハイキングに行って少し道に迷っただけなのに?
後に聖女召喚で間違われたと知るが、だったら責任取って育てるなり、元に戻すなりしてよ! 謝罪のひとつもないのは、納得できない!!
負けん気の強いサラは、見返すために幸せになることを誓う。途端に幸せが舞い込み続けて? いつも笑顔のサラの周りには、聖獣達が集った。
やっぱり聖女だから戻ってくれ? 絶対にお断りします(*´艸`*)
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2022/06/22……完結
2022/03/26……アルファポリス、HOT女性向け 11位
2022/03/19……小説家になろう、異世界転生/転移(ファンタジー)日間 26位
2022/03/18……エブリスタ、トレンド(ファンタジー)1位
【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?
魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる