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何でもかんでも口に入れるのはよくない
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バスラン男爵領に来てから一晩経ち、宿で朝食を摂っていると、昨日の武器屋の店主が訪ねてきた。
とりあえず俺達が食べ終わるのを待ってもらってから食堂のテーブルに向かい合って着き、来訪の理由を尋ねた。
「昨日の槍なんですが、実は領主様の元から盗み出されていたものだと判明しまして、領主様が槍を手に入れた経緯と倒したという賊についての話を聞きたいとのことでした。ついてはこれから領主様の下へとお連れしたいのですが、ご同行をお願いできますか?」
「なるほど…わかりました。そういうことでしたら喜んで協力しましょう」
神妙な風を装って協力を申し出るが、正直こうなることは予想できていたので内心ではガッツポーズをしている。
「そうですか!いやぁよかった、もし断られたら領主様になんと言えばいいのかと思っておりました」
色よい返事がもらえたことで安心した店主、パオロに案内されて俺達は領主の館へと向かう。
町の通りを抜けてしばし歩くと見えてきたのはレンガ造りの平屋建ての屋敷だった。
周りを囲う塀もレンガで出来ており、豪華さは無いが堅牢さは相当なものだと分かる。
ただ、男爵の家格の問題なのか、門扉を閉じてはいるが門番の姿が見当たらず、来客をどうやって知らせるのかと思っていると、パオロが門扉の横に垂れ下がっている紐を引くと同時に少し遠い所で鐘の鳴る音が聞こえた。
どうやら来客を知らせる装置として使う物らしく、屋敷の扉が開かれると執事が現れ、門扉を解放してこちらに一礼した。
「ようこそ、お待ちしておりました。私、当館の雑事を取り仕切っておりますザルバと申します。ここから先は私が案内を引き継ぎますので、どうぞこちらへ」
パオロとはここでお別れの様で、俺達に一礼をしてからその場を去っていった。
ザルバのあとに続いて館の廊下を進んだ先の応接間に通されると、お茶と軽食の用意がされており、領主が来るまでの間待たされる。
先程朝食を摂ったばかりだというのに、パーラは喜々として食べ始めた。
菓子類がほとんどだったが、干した果物を使った初めて見るものもあったので、俺もいくつか食べてしまっていた。
素朴な見た目とは裏腹に、色々な果物の風味が感じられて、この世界に来た中で味わったどの甘味よりも旨い。
種類の違う果物を使ったものもあったため、それらについつい手が伸びてしまう。
そうしていると応接間の扉が開かれ、この家の住人らしい堂々とした振る舞いで中に入って来た壮年の男性がアレイトス・イア・バスランなのだろう。
グエンとよく似た顔つきと、青みがかった銀髪という特徴から血縁関係にあることは理解できた。
聞いた話だと50をとうに過ぎているはずだが、気力にはいささかの衰えも無いようで、歩く姿は随分と若々しさに溢れている。
貴族への礼儀としてソファから立ち上がって軽く礼をする。
俺の動きに反応したパーラもいそいそと立ち上がり、たどたどしさが残りながらもちゃんと俺に倣って礼をした。
「待たせたな。君がアンディだな?そちらは同行者か。まあ掛けてくれ」
「は、失礼します」
手で着席を促されたので座り、対面に腰かけたアレイトスに注目する。
身にまとう雰囲気に不穏な物はないため、こちらを弾劾するといったことはないだろう。
着席してからまずはお互いに名乗り、パーラが声を出せないことも明かし、自己紹介を済ます。
「まずは我が家の家宝を取り戻してくれたことを感謝する。紛失したのは完全にこちらの不手際だが、早期に戻ってきたのは素直にアンディのおかげだと礼を言わせてもらいたい」
「恐縮です」
ストレートに礼を言うアレイトスに俺も殊勝な態度で返し、槍の由来やバスラン男爵家の興りなどといった話をする時間がしばらく続いた。
お茶を飲みながらの和やかな会話は、唐突にアレイトスから切り出された言葉によって終わり、俺にとっての本当の話し合いが始まる。
「さて、アンディよ。そろそろ本題に入らせてもらおう。シウテスの槍を手に入れた経緯、詳しく話してくれるな?」
「ええ、もちろんです。ですが、その話にはここにいるパーラも無関係ではないので、まずはそこから話しましょう」
名前を呼ばれ、パーラが姿勢を正してアレイトスと目を合わせたのを待って全てを打ち明けていく。
俺が話せるのはヘクターを助けるために駆けつけた瞬間からになるのだが、それでもアレイトスが聞きたい部分は十分に含まれているはずなので、構わず話を続ける。
その際にグエン達の残した手紙を提出しようかと思ったが、差出人も受取人も書かれていない手紙では証拠能力には欠ける気がするのでやめておいた。
途中、パーラの様子を窺うが、一度話していたこととはいえ、兄の死の瞬間を思い出して強く手を握っている姿から、やはり悲しみの念はそうそう忘れえるものではないのだろう。
正直話している俺もあの時の気持ちを思い出してきて、心の底から黒い感情が湧きあがりそうになるのを堪えるので精一杯で、全て話し終えてようやく気持ちが落ち着いたほどだ。
「…以上が俺が槍を手に入れた経緯になります。なお、今の話には誓って嘘はないと申し上げます」
包み隠さず話をし、腕を組んで俺の話した内容を噛み砕いている様子のアレイトスが話し出すのを待つ間、パーラの手を握ってやると握り返してきた感触にお互いが冷静になっていくのを感じた。
「今の話を信じるならグエンに罪を問う必要がある。だが、お前の話が真実だと証明できなければそれも無理だろう」
アレイトスの言うことももっともだ。
一冒険者に過ぎない俺と実の息子とでは証言の重さが違う。
だが、この反応は俺も予想済みで、打開する方法は考えてきていた。
「そうでしょうね…ところで、ご子息のグエン様はこちらに?」
「む、確かにグエンは昨日からこの家にいたが、今は倉庫に閉じ込めている。少々内輪で問題が起きてな」
まあ恐らく槍を持ち出したのがグエンだったとかそんなオチだろう。
家宝を勝手に持ち出して、しかも大事な部下であるディランも失ったとなればグエンに待っている未来は明るいものではない。
「ではこうしませんか?俺とグエン様の双方の証言を聞き比べて、アレイトス様ご自身で事の真偽を判断されるというのはいかがでしょう」
「ふむ、悪くはないが、それではお前に不利だぞ?」
「構いません。そうであっても証言のぶつけ合いで見えてくる真実もありますから」
自信ありげにそう言う俺にアレイトスもそれ以上言うことは無く、ザルバに行ってグエンをこの場に連れて来させた。
「グエン様をお連れしました」
まずザルバが一人で室内に入り、アレイトスにそう告げると頷きでグエンの入室を促し、それに応えたザルバがグエンを室内へと招き入れた。
「父上…、どうか私の話を聞いて―貴様っ!」
ソファに座っているのが俺とパーラだと気付いた瞬間、グエンが身構えてこちらを睨んできたが、俺が姿を現したグエンに対する憎悪を押さえきれずに、体から噴出する魔力がその場の全員にプレッシャーを与えてしまった。
唯一ザルバだけがアレイトスをかばうように動いたのを見て、自分の失態を詫びる。
「失礼、少々熱くなりすぎました。そちらを害するつもりはありませんので、ご心配なく」
その言葉を受けて、俺を睨むザルバがしばしそのままの体勢を維持していたが、アレイトスから問題ないと告げられると、後ろに下がって控える。
グエンはというと、今のプレッシャーで敵愾心が挫かれたようで、顔色を悪くして俺と目を合わせようとしない。
パーラは大丈夫かと思ったが、見るとグエンの様子を見て冷たい視線を送っていた。
プレッシャーよりもグエンに対する憎しみの方が上回っていたようで、特に顔色もおかしくなっていない。
気を取り直して、アレイトスから聞き取りを始める旨が俺とグエンに話され始めたが、俺を何かの魔物と疑っているグエンがアレイトスに食い下がる場面があったが、俺とパーラのギルドカードを確認するとグエンの訴えは切り捨てられるという一幕があった。
そんな中で、アレイトスに俺から一つの提案を申し出る。
「話の前に真贋を見極める魔道具を使うことを提案いたします」
テーブルの上に黒いビー玉ほどの大きさの球体を3つ置き、その内の一つを手に取り、説明を始める。
「ご存じないとは思いますが、人は嘘をつくとき、魔力が微妙な変化を起こします。これはその変化を感じとると形態を変えるという機能を備えた魔道具です。入手先はとある国の遺跡からなので、手持ちのものはこれだけですが」
「ほぅ、そんなものがあるのか。だが、それが本当に正しく働くのか私たちには知りえないが、それをどう解消する?」
「もちろん、その実証は俺自身の身でいたしましょう。ですが、その前にこの魔道具がどう形態を変えるのかをお見せしましょう。この場では魔力の扱いに長けているは俺だけなのでこれも俺がやります。では…俺は女だ」
そう言って掌に置いた球体に魔力を通すと、球体だったものが一気に膨張し、長さ15㎝ほどの刃が四方に伸びた手裏剣に姿を変えた。
「なんと!こんなものがあるとは…。これが嘘をついた時の反応か?」
「そうです。今のは俺の魔力で球体を包んだ上で嘘をついたことにより魔力の変化が起こり、このような現象が起きました。実際は口に含むなり飲み込むなりして体内に取り込むことでこの魔道具の効果が発揮されます。もちろん、嘘をつかない限りは球体は形を変えませんので」
こんなことを言っているが、実は今の説明は全てデタラメだ。
そんな魔道具など存在しないし、嘘をついて魔力が変化するのもまったく根拠も無い根も葉もない出まかせを口にしているに過ぎない。
この手裏剣も、実際は土魔術で集めた砂鉄を雷魔術で製錬して、ビー玉サイズまで圧縮しただけのただの金属塊だ。
雷魔術の応用で砂鉄の連結を操作することによって球体から形を変えたのだが、実はこれは張りぼてのような物で、見た目に硬さを持たせるために表面だけ体裁を整えて成形しており、金属として見た場合の強靭さの一端である弾力性に乏しいため、少し力を込めると簡単に折れてしまうのだ。
変形の速度を優先させるとこうなるのは仕方ないとはいえ、いずれは改良したい技術である。
金属の錬成のアラを見ている人達に覚られないようにすぐさま球体に戻して、見えやすいように俺の目の前で保持する。
「とまあこういう特性のおかげで嘘はつけないので、これを使って証言の信憑性を高めようと思います。では…」
そう言って球体を口に含んで飲み込む。
突然の行動にその場にいた全員がギョッとした顔を浮かべたが、俺としては害はないと分かっているので無視した。
ちょっと鉄臭いのが気になったが。
これはあくまでも今からやることのフリに過ぎないので、用が済んだら磁力を使って吐き出すつもりのため問題ない。
「さて、これで俺は嘘をつけなくなりました。証言を始めたいと思います」
「あ、うむ、そうだな。では話してくれ」
この場での最上位者であるアレイトスが硬直から復帰したのを確認して、先ほどしたのと同じ内容をもう一度話す。
その話の間中、グエンは俺を射殺さんばかりに睨みつけていたが、この後の展開を読めていない時点でグエンは俺の術中にはまり始めていると言っていい。
突然変化する事態に冷静さを保てなければこの後で嘘を貫くのは難しいだろう。
既に一度話した内容のため、特にアレイトスも問い直すことは無く、俺の証言は終わる。
「どうやら体調も変化が無いようだし、アンディの証言は真実であったと言えよう。…さて、この方法を提案したということはグエンにも同じことをさせようというのだろう?」
「お察しのほど恐れ入ります」
アレイトスも俺の意図を読んでいたようで、嘘をつけない状況でグエンから話を聞こうとする流れが出来始めると、当然グエンも抵抗を始める。
「待って下さい父上!そのような得体のしれない物を使わずとも、息子の言葉の方が信じられるはず!大体、このような下賤の者が用意したものを何の疑いも無く使おうなどと、どうかしています!」
「今のを見ていなかったのか?アンディがそうであったように、お前が本当のことを話すのなら何の害もないのだ。ありのまま話せばそれで済む、簡単なことだろう。…それとも、何かこれを口に出来ない理由があるのか?さあ、これを飲み込むんだ」
そう言ってグエンの目の前に球体を持った手を差し出し、飲み込むように促す。
アレイトスの掌をじっと見ていたグエンだったが、次第に顔に脂汗が浮かび始め、震える手を伸ばして球体を掴もうとするが、何度も躊躇いで手を引くのと伸ばすのを交互に繰り返し、遂には膝から崩れて俯いてしまった。
「…どうやら嘘をついていたのはお前の方だったようだな。グエン、正直に全てを話せ」
低い声で迫るアレイトスに、心が折れたグエンから今回の事件のあらましが語られ始めた。
そもそもの始まりはグエンが王都で知り合いの商人に声を掛けられたことから始まった。
商人の名前はウルカルムといい、以前はバスラン男爵領で商売をしていたのだが、その時に警備隊による商隊護衛が縁でグエンと知り合い、王都での再会を喜んで酒の席を設ける。
ウルカルムは商売の拠点をペルケティア教国に移していたのだが、たまたまアシャドル王国に私用で訪れて仕事を手伝ってもらう人を探していたのだそうだ。
この時、仕官の口に当てがなかったグエンは提示された報酬に惹かれ、依頼を受けてしまう。
仕事の内容は俺達が得た情報とほぼ一致しており、ヘクターとパーラの殺害と指輪の回収というものだった。
実行までの費用と物資の支援を受けて、あとは人手が必要だったのだが、それを確保するために収穫祭のタイミングで帰郷し、バスラン男爵領で昔の悪友や警備隊の知り合いをかき集めて即席の一団を作り出す。
誤算だったのはディランがお目付け役として付いて来たことだったが、仕事の手伝いに巻き込むことで追及を後回しにすることにした。
この時に、シウテスの槍を持ち出しており、そのことでディランに強く諫められたが、全て終われば返還すると宥めてその場を収めた。
話の途中だが、ここで一つの疑問が湧きあがった。
「アレイトス様、何故彼は槍を持ち出したんでしょう?」
魔力操作の魔道具としては確かに魔術師には天敵のような物だが、普通の剣士であるヘクターにはその効果はあまり意味がない。
「大方魔道具の武器というだけで持ち出したのだろう。シウテスの槍の効果は誰にも明かしていないしな。ディランなら槍の効果に気付いたかもしれん。あいつは僅かだが魔力の操作ができた」
確かにヘクター殺害のあの場では俺以外の者は槍の効果を知っているようだったし、魔力を感じられない人間が扱うには魔力操作の魔道具というのは繊細すぎる。
多分、一度どこかで試しに使ってみたのだろうとアレイトスが推測をたてた。
見るとグエンも頷いているので、その推測は当たっているようだ。
槍の管理をディランに任せ、仕事を果たすためにウルカルムから齎される情報に従い、ヘクター達が通る経路を妨害する形で襲撃し、綿密に練られた待ち伏せ計画によってヘクターは捕らえられ、あとは俺の知っているのと同じ話になる。
いつの間にかパーラは涙を流しながら話を聞いていた。
襲われた時のことはこの場にいる者ではパーラとグエンしかわからない。
それだけに、パーラの悲しみと怒りはグエンに向けられており、正直いつ飛び出してグエンを痛めつけるかと危惧しているほどだ。
「このっ大馬鹿者めが!私欲のために無実の者に刃を向けるとは…っ!おまけに盗賊を装い行商人を待ち伏せるなど、国法に裁かれるのを知らぬとは言わせんぞ!」
「なりません、旦那様!」
パーラよりも先に爆発したのはアレイトスの方だった。
今にも殴ろうとしているアレイトスをザルバが後ろから羽交い絞めにして止めるが、その剣幕に圧されてグエンは腰が抜けたようで、その場で尻もちをついていた。
恐らくザルバが止めなければグエンを殴り殺していたのかもしれないと思うほどにアレイトスの怒りは激しいものだった。
「…ザルバよ、もう大丈夫だ。少しは落ち着けたわ」
動きが緩慢になったところでザルバが拘束を解除し、アレイトスが床に尻もちをついているグエンの前に立ち、冷たい目で見降ろしながら裁きを申し渡す。
「グエン、貴様の罪は貴族の家宝を盗み出したことと盗賊となって無辜の民を殺したこと、加えて裁判での偽証も加えておく。…広場にて斬首、のちに首を晒す」
「そ、んな…っ父上!私はただ独りでもやっていけると―」
「ザルバ!罪人を広場へ連れて行き、首を撥ねる用意をしろ!…せめて執行人は腕のいい者を選べ」
「はっ…直ちに」
父親から告げられた冷酷な処分に放心状態だったグエンだが、処刑の現実が目の前に現れると途端に取り乱し、父親の脚に縋りつこうとしたところをアレイトスが引くことで拒絶を知り、力が抜けたように項垂れる。
アレイトスの言葉に従い、ザルバがグエンを抱えて応接間を後にする。
扉が閉じられると室内には沈黙だけが満ちる。
グエンは俺とパーラにとっての仇ではあるが、同時にアレイトスにとっては血を分けた肉親であり、しかも自ら死を宣告したとなればその心情は余りある。
一度大きく息を吐き出し、俺達に向き直るとパーラの前へと歩いて行き、謝罪を始めた。
「パーラ、すまなかった。お前の兄を殺したグエンには死を持って償わせる。ただ、愚息を止められなかった親として正式に謝罪させてほしい」
そう言って右手を左胸に当てて、左手を腰の後ろに回して深く頭を下げるアレイトス。
俺は知らないが、恐らくあれが貴族にとっての正式な謝罪の作法なのだろう。
身分の低い人間が貴族から謝罪を申しだされるというのはまずないことで、パーラも目の前で頭を下げる男爵という存在にどう対応したらいいのかわからないようで、オロオロとアレイトスと俺を交互に見て困っている。
助け舟を出してやろうと、パーラと目が合った時に仕草でアレイトスの肩を抱き起してやるように教えてやる。
すると、それを見てパーラがアレイトスの体を起こして目を合わせ、頷くことで謝罪を受け入れたと伝えることが出来た。
「しかし、嘘を見抜く魔道具か…。正直、為政者の立場からすると是非にも欲しい所だな」
テーブルの上に残された球体をいじくりながらしみじみとそう話すアレイトスだが、もう種明かしをした方がいいだろう。
「そのことですが、この魔道具は嘘を見抜くものではありません。というか、魔道具ですらありませんね」
「…なに?どういうことだ?お前はこの魔道具があるからグエンに証言をさせようと…なるほど、そういうことか。最初からこうなるように誘導するつもりだったな?」
流石は長年領主をやっていただけのことはある。
すぐに俺の意図していたものを理解したようだった。
「お察しの通り、これは俺が即席で作った金属球でして、雷魔術で形態を変化させていただけなんです。こんな具合に」
球体から馬へと姿を変え、多少ぎこちないが4足を動かして歩かせるパフォーマンスを披露する。
アレイトスは目を丸くして驚き、パーラは拍手をして楽しんでくれた。
どうやら悲しみをいくらか和らげることが出来たようだ。
「何とも…、雷魔術などと初めて耳にするが、このようなことが出来るとは凄い物なのだな」
まあ実際に俺もここまでやれるようになったのはここ最近のことなので、簡単なことではないと自負している。
「俺の証言の信憑性はどうしてもグエンよりも劣ります。なので、逆にグエンに嘘を見抜く魔道具の存在を知らせることで追い込み、心を折られたグエンが全てを白状する、こうなるのが最善だったのですが、見事に想定通りに事が運びました」
こうは言うが、実際はグエンの嘘を暴く突破口程度にしか考えていなかったやり方のため、俺の思っていたのよりもはるかに速い展開速度だったが結果よければすべてよし、ということにしておこう。
「まったく、貴族を口先だけでやりこめるとは大した胆力だな。普通なら不敬であると言うべきなのだろうが、こうも見事に手玉に取られたとあっては実に清々しい」
先程よりも幾分か表情が柔らかくなったアレイトスから小気味よい笑い声がこぼれだす。
どうやら俺の企みも何とか許容してもらえたようだ。
「アレイトス様ならばそうおっしゃっていただけると思っておりました」
「ぬかしよる」
互いに目を合わせてニヤリと笑いあい、話を切り上げることとなった。
とりあえず俺達が食べ終わるのを待ってもらってから食堂のテーブルに向かい合って着き、来訪の理由を尋ねた。
「昨日の槍なんですが、実は領主様の元から盗み出されていたものだと判明しまして、領主様が槍を手に入れた経緯と倒したという賊についての話を聞きたいとのことでした。ついてはこれから領主様の下へとお連れしたいのですが、ご同行をお願いできますか?」
「なるほど…わかりました。そういうことでしたら喜んで協力しましょう」
神妙な風を装って協力を申し出るが、正直こうなることは予想できていたので内心ではガッツポーズをしている。
「そうですか!いやぁよかった、もし断られたら領主様になんと言えばいいのかと思っておりました」
色よい返事がもらえたことで安心した店主、パオロに案内されて俺達は領主の館へと向かう。
町の通りを抜けてしばし歩くと見えてきたのはレンガ造りの平屋建ての屋敷だった。
周りを囲う塀もレンガで出来ており、豪華さは無いが堅牢さは相当なものだと分かる。
ただ、男爵の家格の問題なのか、門扉を閉じてはいるが門番の姿が見当たらず、来客をどうやって知らせるのかと思っていると、パオロが門扉の横に垂れ下がっている紐を引くと同時に少し遠い所で鐘の鳴る音が聞こえた。
どうやら来客を知らせる装置として使う物らしく、屋敷の扉が開かれると執事が現れ、門扉を解放してこちらに一礼した。
「ようこそ、お待ちしておりました。私、当館の雑事を取り仕切っておりますザルバと申します。ここから先は私が案内を引き継ぎますので、どうぞこちらへ」
パオロとはここでお別れの様で、俺達に一礼をしてからその場を去っていった。
ザルバのあとに続いて館の廊下を進んだ先の応接間に通されると、お茶と軽食の用意がされており、領主が来るまでの間待たされる。
先程朝食を摂ったばかりだというのに、パーラは喜々として食べ始めた。
菓子類がほとんどだったが、干した果物を使った初めて見るものもあったので、俺もいくつか食べてしまっていた。
素朴な見た目とは裏腹に、色々な果物の風味が感じられて、この世界に来た中で味わったどの甘味よりも旨い。
種類の違う果物を使ったものもあったため、それらについつい手が伸びてしまう。
そうしていると応接間の扉が開かれ、この家の住人らしい堂々とした振る舞いで中に入って来た壮年の男性がアレイトス・イア・バスランなのだろう。
グエンとよく似た顔つきと、青みがかった銀髪という特徴から血縁関係にあることは理解できた。
聞いた話だと50をとうに過ぎているはずだが、気力にはいささかの衰えも無いようで、歩く姿は随分と若々しさに溢れている。
貴族への礼儀としてソファから立ち上がって軽く礼をする。
俺の動きに反応したパーラもいそいそと立ち上がり、たどたどしさが残りながらもちゃんと俺に倣って礼をした。
「待たせたな。君がアンディだな?そちらは同行者か。まあ掛けてくれ」
「は、失礼します」
手で着席を促されたので座り、対面に腰かけたアレイトスに注目する。
身にまとう雰囲気に不穏な物はないため、こちらを弾劾するといったことはないだろう。
着席してからまずはお互いに名乗り、パーラが声を出せないことも明かし、自己紹介を済ます。
「まずは我が家の家宝を取り戻してくれたことを感謝する。紛失したのは完全にこちらの不手際だが、早期に戻ってきたのは素直にアンディのおかげだと礼を言わせてもらいたい」
「恐縮です」
ストレートに礼を言うアレイトスに俺も殊勝な態度で返し、槍の由来やバスラン男爵家の興りなどといった話をする時間がしばらく続いた。
お茶を飲みながらの和やかな会話は、唐突にアレイトスから切り出された言葉によって終わり、俺にとっての本当の話し合いが始まる。
「さて、アンディよ。そろそろ本題に入らせてもらおう。シウテスの槍を手に入れた経緯、詳しく話してくれるな?」
「ええ、もちろんです。ですが、その話にはここにいるパーラも無関係ではないので、まずはそこから話しましょう」
名前を呼ばれ、パーラが姿勢を正してアレイトスと目を合わせたのを待って全てを打ち明けていく。
俺が話せるのはヘクターを助けるために駆けつけた瞬間からになるのだが、それでもアレイトスが聞きたい部分は十分に含まれているはずなので、構わず話を続ける。
その際にグエン達の残した手紙を提出しようかと思ったが、差出人も受取人も書かれていない手紙では証拠能力には欠ける気がするのでやめておいた。
途中、パーラの様子を窺うが、一度話していたこととはいえ、兄の死の瞬間を思い出して強く手を握っている姿から、やはり悲しみの念はそうそう忘れえるものではないのだろう。
正直話している俺もあの時の気持ちを思い出してきて、心の底から黒い感情が湧きあがりそうになるのを堪えるので精一杯で、全て話し終えてようやく気持ちが落ち着いたほどだ。
「…以上が俺が槍を手に入れた経緯になります。なお、今の話には誓って嘘はないと申し上げます」
包み隠さず話をし、腕を組んで俺の話した内容を噛み砕いている様子のアレイトスが話し出すのを待つ間、パーラの手を握ってやると握り返してきた感触にお互いが冷静になっていくのを感じた。
「今の話を信じるならグエンに罪を問う必要がある。だが、お前の話が真実だと証明できなければそれも無理だろう」
アレイトスの言うことももっともだ。
一冒険者に過ぎない俺と実の息子とでは証言の重さが違う。
だが、この反応は俺も予想済みで、打開する方法は考えてきていた。
「そうでしょうね…ところで、ご子息のグエン様はこちらに?」
「む、確かにグエンは昨日からこの家にいたが、今は倉庫に閉じ込めている。少々内輪で問題が起きてな」
まあ恐らく槍を持ち出したのがグエンだったとかそんなオチだろう。
家宝を勝手に持ち出して、しかも大事な部下であるディランも失ったとなればグエンに待っている未来は明るいものではない。
「ではこうしませんか?俺とグエン様の双方の証言を聞き比べて、アレイトス様ご自身で事の真偽を判断されるというのはいかがでしょう」
「ふむ、悪くはないが、それではお前に不利だぞ?」
「構いません。そうであっても証言のぶつけ合いで見えてくる真実もありますから」
自信ありげにそう言う俺にアレイトスもそれ以上言うことは無く、ザルバに行ってグエンをこの場に連れて来させた。
「グエン様をお連れしました」
まずザルバが一人で室内に入り、アレイトスにそう告げると頷きでグエンの入室を促し、それに応えたザルバがグエンを室内へと招き入れた。
「父上…、どうか私の話を聞いて―貴様っ!」
ソファに座っているのが俺とパーラだと気付いた瞬間、グエンが身構えてこちらを睨んできたが、俺が姿を現したグエンに対する憎悪を押さえきれずに、体から噴出する魔力がその場の全員にプレッシャーを与えてしまった。
唯一ザルバだけがアレイトスをかばうように動いたのを見て、自分の失態を詫びる。
「失礼、少々熱くなりすぎました。そちらを害するつもりはありませんので、ご心配なく」
その言葉を受けて、俺を睨むザルバがしばしそのままの体勢を維持していたが、アレイトスから問題ないと告げられると、後ろに下がって控える。
グエンはというと、今のプレッシャーで敵愾心が挫かれたようで、顔色を悪くして俺と目を合わせようとしない。
パーラは大丈夫かと思ったが、見るとグエンの様子を見て冷たい視線を送っていた。
プレッシャーよりもグエンに対する憎しみの方が上回っていたようで、特に顔色もおかしくなっていない。
気を取り直して、アレイトスから聞き取りを始める旨が俺とグエンに話され始めたが、俺を何かの魔物と疑っているグエンがアレイトスに食い下がる場面があったが、俺とパーラのギルドカードを確認するとグエンの訴えは切り捨てられるという一幕があった。
そんな中で、アレイトスに俺から一つの提案を申し出る。
「話の前に真贋を見極める魔道具を使うことを提案いたします」
テーブルの上に黒いビー玉ほどの大きさの球体を3つ置き、その内の一つを手に取り、説明を始める。
「ご存じないとは思いますが、人は嘘をつくとき、魔力が微妙な変化を起こします。これはその変化を感じとると形態を変えるという機能を備えた魔道具です。入手先はとある国の遺跡からなので、手持ちのものはこれだけですが」
「ほぅ、そんなものがあるのか。だが、それが本当に正しく働くのか私たちには知りえないが、それをどう解消する?」
「もちろん、その実証は俺自身の身でいたしましょう。ですが、その前にこの魔道具がどう形態を変えるのかをお見せしましょう。この場では魔力の扱いに長けているは俺だけなのでこれも俺がやります。では…俺は女だ」
そう言って掌に置いた球体に魔力を通すと、球体だったものが一気に膨張し、長さ15㎝ほどの刃が四方に伸びた手裏剣に姿を変えた。
「なんと!こんなものがあるとは…。これが嘘をついた時の反応か?」
「そうです。今のは俺の魔力で球体を包んだ上で嘘をついたことにより魔力の変化が起こり、このような現象が起きました。実際は口に含むなり飲み込むなりして体内に取り込むことでこの魔道具の効果が発揮されます。もちろん、嘘をつかない限りは球体は形を変えませんので」
こんなことを言っているが、実は今の説明は全てデタラメだ。
そんな魔道具など存在しないし、嘘をついて魔力が変化するのもまったく根拠も無い根も葉もない出まかせを口にしているに過ぎない。
この手裏剣も、実際は土魔術で集めた砂鉄を雷魔術で製錬して、ビー玉サイズまで圧縮しただけのただの金属塊だ。
雷魔術の応用で砂鉄の連結を操作することによって球体から形を変えたのだが、実はこれは張りぼてのような物で、見た目に硬さを持たせるために表面だけ体裁を整えて成形しており、金属として見た場合の強靭さの一端である弾力性に乏しいため、少し力を込めると簡単に折れてしまうのだ。
変形の速度を優先させるとこうなるのは仕方ないとはいえ、いずれは改良したい技術である。
金属の錬成のアラを見ている人達に覚られないようにすぐさま球体に戻して、見えやすいように俺の目の前で保持する。
「とまあこういう特性のおかげで嘘はつけないので、これを使って証言の信憑性を高めようと思います。では…」
そう言って球体を口に含んで飲み込む。
突然の行動にその場にいた全員がギョッとした顔を浮かべたが、俺としては害はないと分かっているので無視した。
ちょっと鉄臭いのが気になったが。
これはあくまでも今からやることのフリに過ぎないので、用が済んだら磁力を使って吐き出すつもりのため問題ない。
「さて、これで俺は嘘をつけなくなりました。証言を始めたいと思います」
「あ、うむ、そうだな。では話してくれ」
この場での最上位者であるアレイトスが硬直から復帰したのを確認して、先ほどしたのと同じ内容をもう一度話す。
その話の間中、グエンは俺を射殺さんばかりに睨みつけていたが、この後の展開を読めていない時点でグエンは俺の術中にはまり始めていると言っていい。
突然変化する事態に冷静さを保てなければこの後で嘘を貫くのは難しいだろう。
既に一度話した内容のため、特にアレイトスも問い直すことは無く、俺の証言は終わる。
「どうやら体調も変化が無いようだし、アンディの証言は真実であったと言えよう。…さて、この方法を提案したということはグエンにも同じことをさせようというのだろう?」
「お察しのほど恐れ入ります」
アレイトスも俺の意図を読んでいたようで、嘘をつけない状況でグエンから話を聞こうとする流れが出来始めると、当然グエンも抵抗を始める。
「待って下さい父上!そのような得体のしれない物を使わずとも、息子の言葉の方が信じられるはず!大体、このような下賤の者が用意したものを何の疑いも無く使おうなどと、どうかしています!」
「今のを見ていなかったのか?アンディがそうであったように、お前が本当のことを話すのなら何の害もないのだ。ありのまま話せばそれで済む、簡単なことだろう。…それとも、何かこれを口に出来ない理由があるのか?さあ、これを飲み込むんだ」
そう言ってグエンの目の前に球体を持った手を差し出し、飲み込むように促す。
アレイトスの掌をじっと見ていたグエンだったが、次第に顔に脂汗が浮かび始め、震える手を伸ばして球体を掴もうとするが、何度も躊躇いで手を引くのと伸ばすのを交互に繰り返し、遂には膝から崩れて俯いてしまった。
「…どうやら嘘をついていたのはお前の方だったようだな。グエン、正直に全てを話せ」
低い声で迫るアレイトスに、心が折れたグエンから今回の事件のあらましが語られ始めた。
そもそもの始まりはグエンが王都で知り合いの商人に声を掛けられたことから始まった。
商人の名前はウルカルムといい、以前はバスラン男爵領で商売をしていたのだが、その時に警備隊による商隊護衛が縁でグエンと知り合い、王都での再会を喜んで酒の席を設ける。
ウルカルムは商売の拠点をペルケティア教国に移していたのだが、たまたまアシャドル王国に私用で訪れて仕事を手伝ってもらう人を探していたのだそうだ。
この時、仕官の口に当てがなかったグエンは提示された報酬に惹かれ、依頼を受けてしまう。
仕事の内容は俺達が得た情報とほぼ一致しており、ヘクターとパーラの殺害と指輪の回収というものだった。
実行までの費用と物資の支援を受けて、あとは人手が必要だったのだが、それを確保するために収穫祭のタイミングで帰郷し、バスラン男爵領で昔の悪友や警備隊の知り合いをかき集めて即席の一団を作り出す。
誤算だったのはディランがお目付け役として付いて来たことだったが、仕事の手伝いに巻き込むことで追及を後回しにすることにした。
この時に、シウテスの槍を持ち出しており、そのことでディランに強く諫められたが、全て終われば返還すると宥めてその場を収めた。
話の途中だが、ここで一つの疑問が湧きあがった。
「アレイトス様、何故彼は槍を持ち出したんでしょう?」
魔力操作の魔道具としては確かに魔術師には天敵のような物だが、普通の剣士であるヘクターにはその効果はあまり意味がない。
「大方魔道具の武器というだけで持ち出したのだろう。シウテスの槍の効果は誰にも明かしていないしな。ディランなら槍の効果に気付いたかもしれん。あいつは僅かだが魔力の操作ができた」
確かにヘクター殺害のあの場では俺以外の者は槍の効果を知っているようだったし、魔力を感じられない人間が扱うには魔力操作の魔道具というのは繊細すぎる。
多分、一度どこかで試しに使ってみたのだろうとアレイトスが推測をたてた。
見るとグエンも頷いているので、その推測は当たっているようだ。
槍の管理をディランに任せ、仕事を果たすためにウルカルムから齎される情報に従い、ヘクター達が通る経路を妨害する形で襲撃し、綿密に練られた待ち伏せ計画によってヘクターは捕らえられ、あとは俺の知っているのと同じ話になる。
いつの間にかパーラは涙を流しながら話を聞いていた。
襲われた時のことはこの場にいる者ではパーラとグエンしかわからない。
それだけに、パーラの悲しみと怒りはグエンに向けられており、正直いつ飛び出してグエンを痛めつけるかと危惧しているほどだ。
「このっ大馬鹿者めが!私欲のために無実の者に刃を向けるとは…っ!おまけに盗賊を装い行商人を待ち伏せるなど、国法に裁かれるのを知らぬとは言わせんぞ!」
「なりません、旦那様!」
パーラよりも先に爆発したのはアレイトスの方だった。
今にも殴ろうとしているアレイトスをザルバが後ろから羽交い絞めにして止めるが、その剣幕に圧されてグエンは腰が抜けたようで、その場で尻もちをついていた。
恐らくザルバが止めなければグエンを殴り殺していたのかもしれないと思うほどにアレイトスの怒りは激しいものだった。
「…ザルバよ、もう大丈夫だ。少しは落ち着けたわ」
動きが緩慢になったところでザルバが拘束を解除し、アレイトスが床に尻もちをついているグエンの前に立ち、冷たい目で見降ろしながら裁きを申し渡す。
「グエン、貴様の罪は貴族の家宝を盗み出したことと盗賊となって無辜の民を殺したこと、加えて裁判での偽証も加えておく。…広場にて斬首、のちに首を晒す」
「そ、んな…っ父上!私はただ独りでもやっていけると―」
「ザルバ!罪人を広場へ連れて行き、首を撥ねる用意をしろ!…せめて執行人は腕のいい者を選べ」
「はっ…直ちに」
父親から告げられた冷酷な処分に放心状態だったグエンだが、処刑の現実が目の前に現れると途端に取り乱し、父親の脚に縋りつこうとしたところをアレイトスが引くことで拒絶を知り、力が抜けたように項垂れる。
アレイトスの言葉に従い、ザルバがグエンを抱えて応接間を後にする。
扉が閉じられると室内には沈黙だけが満ちる。
グエンは俺とパーラにとっての仇ではあるが、同時にアレイトスにとっては血を分けた肉親であり、しかも自ら死を宣告したとなればその心情は余りある。
一度大きく息を吐き出し、俺達に向き直るとパーラの前へと歩いて行き、謝罪を始めた。
「パーラ、すまなかった。お前の兄を殺したグエンには死を持って償わせる。ただ、愚息を止められなかった親として正式に謝罪させてほしい」
そう言って右手を左胸に当てて、左手を腰の後ろに回して深く頭を下げるアレイトス。
俺は知らないが、恐らくあれが貴族にとっての正式な謝罪の作法なのだろう。
身分の低い人間が貴族から謝罪を申しだされるというのはまずないことで、パーラも目の前で頭を下げる男爵という存在にどう対応したらいいのかわからないようで、オロオロとアレイトスと俺を交互に見て困っている。
助け舟を出してやろうと、パーラと目が合った時に仕草でアレイトスの肩を抱き起してやるように教えてやる。
すると、それを見てパーラがアレイトスの体を起こして目を合わせ、頷くことで謝罪を受け入れたと伝えることが出来た。
「しかし、嘘を見抜く魔道具か…。正直、為政者の立場からすると是非にも欲しい所だな」
テーブルの上に残された球体をいじくりながらしみじみとそう話すアレイトスだが、もう種明かしをした方がいいだろう。
「そのことですが、この魔道具は嘘を見抜くものではありません。というか、魔道具ですらありませんね」
「…なに?どういうことだ?お前はこの魔道具があるからグエンに証言をさせようと…なるほど、そういうことか。最初からこうなるように誘導するつもりだったな?」
流石は長年領主をやっていただけのことはある。
すぐに俺の意図していたものを理解したようだった。
「お察しの通り、これは俺が即席で作った金属球でして、雷魔術で形態を変化させていただけなんです。こんな具合に」
球体から馬へと姿を変え、多少ぎこちないが4足を動かして歩かせるパフォーマンスを披露する。
アレイトスは目を丸くして驚き、パーラは拍手をして楽しんでくれた。
どうやら悲しみをいくらか和らげることが出来たようだ。
「何とも…、雷魔術などと初めて耳にするが、このようなことが出来るとは凄い物なのだな」
まあ実際に俺もここまでやれるようになったのはここ最近のことなので、簡単なことではないと自負している。
「俺の証言の信憑性はどうしてもグエンよりも劣ります。なので、逆にグエンに嘘を見抜く魔道具の存在を知らせることで追い込み、心を折られたグエンが全てを白状する、こうなるのが最善だったのですが、見事に想定通りに事が運びました」
こうは言うが、実際はグエンの嘘を暴く突破口程度にしか考えていなかったやり方のため、俺の思っていたのよりもはるかに速い展開速度だったが結果よければすべてよし、ということにしておこう。
「まったく、貴族を口先だけでやりこめるとは大した胆力だな。普通なら不敬であると言うべきなのだろうが、こうも見事に手玉に取られたとあっては実に清々しい」
先程よりも幾分か表情が柔らかくなったアレイトスから小気味よい笑い声がこぼれだす。
どうやら俺の企みも何とか許容してもらえたようだ。
「アレイトス様ならばそうおっしゃっていただけると思っておりました」
「ぬかしよる」
互いに目を合わせてニヤリと笑いあい、話を切り上げることとなった。
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