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On your mark

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 新しい形の航空機が異世界の空を舞い、新しい時代の風を密かに感じつつ、日暮れと共に同好会はその日の活動を終えた。
 飛空艇とは違う飛び方を見せた模型飛行機に、終わってみれば全員が魅入られていたようだ。

 後はこれを巨大化すれば、人が乗って飛べるのではないかという夢想をしていた面々だったが、それには俺から待ったを掛けさせてもらった。
 いくらなんでもこのまま人が乗れるサイズにすれば問題ないという訳がなく、人が乗ることで変化する全体のバランスや耐久性の問題、操縦性に安全性などを考慮すると、その段階へ踏み出すのはまだ早いと言わざるを得ない。

 特に安全性に関しては、今後の技術発展でいたずらに人死にを出さないためにも必ず心がけるようにしておきたい。
 壊れたら直せる道具と違い、人の命は無くなったらそれまでだ。
 命の軽い世界とはいえ、大事にするに越したことはない。

 とはいえ、試験飛行が成功に終わったのは喜ばしいことなので、今日のところはそこには触れず、成功の余韻に浸らせてやるとしよう。




「へぇー、これがその飛んだってやつ?確かに鳥とは違うみたいだけど、どことなく飛びそうな感じはするね」

 夕食後、ヒエスにちょっと無理を言って借りてきた模型飛行機を手渡し、パーラに今日のことを話して聞かせた。
 最近、パーラとは別行動が多くなっているので、こうした夜の会話は貴重なイベントだったりする。

「わかるのか?」

 模型飛行機を手に取って眺めるだけで、その飛行能力に理解を示すとは、まさかパーラの奴、意外と航空力学に理解がある人種なのか。

「まぁねー。こうして頭の方から風を少し強めに当ててみれば、ちょっと浮く手ごたえがあるもん」

 そう言って機首の先端に指で触れ、風魔術で起こした風が模型に当たると、カタカタと翼が揺れながら浮くような予兆を示す。
 なるほど、流石風魔術師だけのことはある。
 風洞実験のようなものを自前でやって、その結果として飛行機の揚力を体験したわけか。

「これがちゃんと飛んだってことは、あとは人が乗れる大きさにするだけだね。いつ作るの?」

「いや、それはまだだ。いきなり人を飛ばすのは危なすぎる」

「そう?こういうのって勢いでやっちゃったほうがよくない?」

「まぁ時にはそういうのもありだが、今回は学生が主体だからな。なんかあったら将来に関わるのが怖い」

 飛行機を作ったのも飛ばしたのも、ヒエスを中心とした飛行同好会の仕業ということになっている。
 模型飛行機の巨大化は強引にやろうと思えばやれなくもないが、そのレベルになると製作費と学園側の許可も問題となってくるため、慎重に話は進めた方がいい。
 勿論、安全に配慮した上でだ。

「ただ、次に作るのはこの模型よりちょっと大きいのにするつもりらしい。流石に人は乗れないが、かなり現実的な大きさになる」

「現実的?」

「後々人が乗れる規模のを制作する時に備えて、色々試せる大きさってことだ」

「ふーん。それってさ、結構お金かかるんじゃない?大丈夫なの?」

「まぁな。その辺りはヒエスが学園側に掛け合って、援助を引き出せないか交渉するそうだ」

 同好会の活動には基本的に学園はノータッチだが、それでも全く助けないわけではない。
 必要な物や資金などはしっかり申請すれば、事前の計画書とこれまでの活動実績に基づいた援助が行われるらしい。

 実際、会員を大量に抱えている同好会なんかは、それを利用して活動の幅を広げているそうだし。

「そういうのもあるんだ。学校は勉強するだけのとこだと思ってたけど、意外と生徒が自発的にやれることって多いんだね」

「そりゃ学生なんだから勉強は大事さ。けど、それ以外にも才能や経験を発揮する場ってのは、人間としての成長のためには必要なんだ」

 これは俺が学生だった時の恩師の受け売りだが、こうして仮とはいえ教師の職についてみると、あの先生は中々の人格者だったと分かる。
 ディケット学園も生徒の成長における多様性を認めている点では、教育機関としてかなりまともだと思えた。



 それからの一ヵ月弱、飛行同好会は模型飛行機の試験飛行を何度か行った。
 ヒエスの説得が効いたのか、学園側から活動資金と模型製作用の資材が提供され、そのおかげでサイズを大きくした模型飛行機を二度ほど、小さいサイズのは五度ほどと、かなりの頻度で飛ばしまくった。

 当然、成功もあれば失敗もあり、某プロジェクト〇Xのナレーションが似合いそうなくらい、様々な試行錯誤が繰り返された。
 時には同好会員同士での衝突もあった―

「このリンゴは偽物よ。とても食べれたものじゃないわ」

「お前はどこの美食家だ。いいから黙って食え」

「エリー、せっかくリヒャルト君が買ってきてくれたんだから、そんな言い方…」

「いや、いいんだ、チャム。殿下、申し訳ありません。お口に合わないものを用意した無礼、平にご容赦ください」

 ―主に飛行機とは関係ないことでだが。

 ちなみにリンゴの件は、単純にリヒャルトがまずいリンゴを掴まされただけなので、エリーの言うことは間違いではなく、実際酷い味だった。
 ただ、言われてからのリヒャルトのヘコみ具合があまりにもかわいそうだったので、一応フォローのつもりで完食だけはしてやった。

 そしてこの間に、俺の臨時講師として全学年への講演も無事に完了した。
 これにて臨時講師としてはお役御免となるはずだったが、一応、飛行同好会に顔を出すためにもこの身分はまだ便利なので、もうしばらく臨時の身分を貸してほしいとベオルに申し出ておいた。

 信頼と実績があるおかげか、二つ返事で了承してもらえたので、俺は臨時講師の肩書をまだ持ったままでいる。
 同好会の活動にも、シペア達と会うのにもこの立場は便利で有難い。

 パーラの方は、アミズの診断で問題なしとなったため、もう往診の必要はなくなったが、ここしばらくの間に、パーラの奴は本当にアミズの実験を手伝っていたらしく、その腕を買われて当分手伝いとして雇われることとなった。
 当初抱いていた苦手意識も、そこそこ続いた付き合いですっかり薄れ、最近顔を見に行った時なんかは、実験をする教授とその助手といった姿が板についていたほどだ。

 その時は魔女の様に巨釜をかき混ぜている姿が禍々しく、俺は研究室の扉をそっと閉じて立ち去ったので、何の実験をしていたのか未だにわらかない。
 知ろうとも思わないので別にいい。

 そんな風に今の俺達は、飛行同好会に実験の助手にと動いており、意外と充実した日々を送っている。

 一度時間を作って畑の方の様子を見に行ったら、シェスカが畑の管理と収穫をやってくれていたこともあって、とくに荒れたりしていなかったのは助かった。
 シェスカがあの小さい体であれだけの量のカブをどうやって収穫したのか気になったが、『禁則事項です』という言葉で躱されてしまったのが少しだけ悔しかったりする。

 結構な量があるカブは、俺達が食べる分と知り合いに配るを除き、全てディケットの街の商人ギルドへ卸す。
 俺の作った野菜がどれだけの価値になるのか知るいい機会だ。

 ついでにリッカがどうしているのかを聞くと、軽く叱られはしたが特にお咎めもなく、妖精の郷で平穏に暮らしているそうだ。
 ただ、郷から出してもらえないのには不満をこぼしていたとのこと。

 これから冬に入り、畑の方はしばらく休ませるため、シェスカも郷の方に帰らせたが、土産に持たせたカブを意外と喜んでくれたのは、やはり短期間とは言え世話をした上に収穫まで自分の手で行ったからだろうか。

 去り際、カブを『うちの子』といって頬ずりしていたが、ちゃんと食べるんだろうか。
 大事にとっておいて腐らせるなんてのは勘弁な。

 そんな風に過ごしつつ、冬の気配がまた強まってきたある日、飛行同好会の集まりに顔を出した俺は、ちょっとしたピンチに追い込まれてしまう。
 いや、ピンチと言うと大げさかもしれないが、とにかく俺は追い込まれているのだ。



 飛行同好会が荷物置き場として借りている校舎の一室、物置より少しましといった場所に俺達は冬の間集まることになっているのだが、この日は珍しく、エリーが誰よりも早く顔を出していた。
 部屋には俺とエリーだけで、ヒエス達がまだ来ていない中、妙に不敵な笑みを浮かべたエリーが口を開いた。

「待ってたわよ、アンディ」

 決闘でも申し込まれるのかと一瞬身構えそうになるが、流石にそれはないか。

「なんだ、珍しく一番早く顔を見せたと思ったら、俺になんか用があるのかよ」

「そりゃあそうでしょ。アンディに用がなきゃ、こんなとこに早く来るわけがないわ。ま、他に人がいたらアンディには後で会う約束をするだけのつもりだったんだけど、今は今で丁度いいわ」

 酷い言いようだ。
 会員のモチベーションの低さが出ているその言葉、ヒエスが聞いたら泣くぞ。

「…とても同好会員の言葉とは思えないが、まぁいい。それで、俺に用があるってことでいいんだよな?内容は何だ」

「ふっふっふっふっふ…これを見なさい!」

 バーンという効果音が似合いそうな勢いで俺の鼻先に突き付けられたのは、ソーマルガからエリー宛てに送られてきた手紙だった。
 上等な紙にソーマルガ皇国が正式に認めた印が押されたそれは、かなりの地位にある人間が送ったものだと推測する。
 この場合、送り主はエリーの親であるグバトリアかクヌテミアだろうか。

「手紙か。読んでいいのか?」

「ええ、勿論」

 許しを貰って読んでみると、書いたのはどうやらグバトリアのようで、そこには先に出していたであろうエリーの手紙に対する返事、家族の近況、最近のソーマルガであったことなどが記されており、さしづめ家族の暖かさあふれる手紙といった感じだ。

 しばらく読み進めていると、俺の名前が書かれた部分が目についた。
 何が書かれているのかよく見てみれば、その内容に衝撃を覚える。

『ちょっと前にアンディにでかい貸しを作ったから、なんかの件で使えるかもしれない。もし学園で会うことがあったら、そのことでつついてやるといい』

 一国の王が王女に伝えるにはあまりにも不穏な文章ではあるが、何のことを指しているのかはすぐに察しがついた。
 この貸しというのは、先日、監獄からの釈放で骨を折ってもらったことだろう。

 作りたくて作った借りではないが、まさかエリーに伝えてしまうとは。
 しかもつつけとまで言うとは、これをネタに俺に何をさせる気だ?
 加えて、わざわざ手紙に書くということは、俺が学園に来ることまで読んでいたとでもいうのか。

「んふー、アンディ、あなたソーマルガに大きい借りがあるようね」

 ネズミをいたぶる猫といった表現がよく似合うエリーに、思わず背筋を冷たい汗が伝う。
 まさか少年誌では言えないようなことをするつもりじゃあないだろうな。

「…い、いや、でもほら、俺結構ソーマルガに貢献してるだろ?借りなんてそんなつれないこと言うなよ」

「なーに言ってんの。借りたものはちゃんと返す。三借りたら七返す、七三が世の真理だっていつも言ってたでしょ」

「全然言ってないが?」

 その精神は立派だが、俺はそんなの一言も言ったことはない。

「そうだっけ?まぁいいじゃない。とにかく、アンディは私に借りがあるんだから、私の言うことは聞かないとねぇ」

「正確には、貸しがあるのはソーマルガ皇国にで、お前に直接貸してるわけじゃないんだが」

「私はソーマルガ皇国の王女よ?ソーマルガのものは私のもの、私のものは私のものなの」

 なんというガキ大将理論。
 しかし、強く否定することもできない話でもあるので、ここは面倒を避けるためにもエリーの言うことを聞くしかない。

「わかったよ。じゃあお前、俺に何しろってんだ?あんまり難しいことはよせよな」

「大丈夫、全然難しいことじゃないわ。アンディ、あなたは私の…こ、ここ婚約者になりなさい!」

「………え?なんだって?」

 聞き間違いかな?
 コンニャクがどうのと…。

「だから!こん、婚約者よ!私と将来を共にすると誓いなさい!」

 おおっふ。
 情熱的かつちょっと予想外な言葉だ。
 まさか例の借りを盾に、婚約者へのご指名とは。

 よっぽど恥ずかしかったのか、顔を真っ赤にして体を震わせているエリーは、ともすれば国元が指示して言わされたのかとも思えるが、それにしては嫌そうな気配を感じない。
 むしろ、口元にニヨニヨと笑みを浮かべている様子からは、嬉しさが出過ぎている。

 そうかー…そういうのかぁー…。

 いや、前々からエリーからは強い好意を向けられているとはわかっていたが、年齢と共に薄れていく程度のものだろうと思い込んでいた。
 何より、一国の王女ともなれば婚約者はもう既にいるものだと思っていたが、こうして俺に言うとなれば、もしや今のエリーはそういった者がいないのだろうか。

「いやちょっと落ち着こうか。婚約者ってお前、国許にそういうのいるんじゃないのか?」

「…お兄様は婚約者がいるけど、私にはいないわ」

「へぇ、珍しいな。王女なのに?」

「前はいたらしいのよ。けど、子供の頃に婚約者候補を全員、殴り倒しちゃったから」

 これを聞いて、想像したのは娘に悪い虫がつくことを恐れた父親の姿だ。
 一国の王がまさかそんなことはしないとは思うが、あのグバトリアの性格を考えれば、婚約者候補を気に入らなくて殴るぐらいは普通にありそうだ。
 俺より弱い奴に娘はやらん!とか言って。

「…グバトリア陛下がか?」

「いや、私が」

 お前だったのか。
 まさかの親ではなく、エリー本人が候補者をノックダウンしていたとは、予想外過ぎる。

「なんでそんなことを?」

「さあ?ずっと子供の頃のことだし、今じゃ覚えてないわ。そのせいで、私には婚約希望の人間が名乗り出ないって言われたけど、別に困ることでもなかったし」

 だとしても、ハリムあたりがなんとかしそうなものだが、そうならなかったのは他にも何か理由があるのか、あるいはエリーが知らないだけで婚約者が密かに決まっていたなんてこともあり得る。

「あ、言っとくけど、実は密かに決められた婚約者がいたとかってわけじゃないから」

 ちょいちょいあるのだが、この世界の人間は俺の心を読み過ぎだ。
 抱いた疑問に即答えが返ってくるのは楽でいいが、少し心臓に悪い。

「というか、お父様やハリムなんかは、私とアンディをくっつけたがってるみたいよ。だから今回も、例の借りで婚約者に据えられるかもって助言を貰えたんだし。ほら、ここ」

「…げ、ほんとだ」

 そう言ってエリーが手紙のある部分を指さしたため、そこをよく読んでみると確かにその旨が書かれている。
 父親が娘に送る手紙に書く内容としてはどうかと思うが、前々から俺をソーマルガ皇国に取り込もうとしていたことを考えれば、ダメ元にも似たアドバイスなのかもしれない。

「てことで、アンディ。返事は?」

 ズイと顔を寄せてきたエリーは、先程よりも明らかに顔の赤さが増しており、その上不安そうな表情にもなっている。
 多分、貸し云々はともかくとして、俺に婚約を迫るというのが恥ずかしいのだろう。

 俺も木石から生まれたわけではないのだから、好意を向けられて悪い気はしない。
 この世界の人間は外見的に早熟になりやすい傾向にあるし、エリーも見た目だけなら中々魅力的ではあるが、いかんせん年齢がな。

 …いやいや、何を前向きに考えてるんだ、俺は。
 そりゃあエリーのことは憎からず思っているが、婚約者になるかと言われればちょっと待ってほしい。

「返事も何も、急すぎるだろ。こういうのはもっとこう、お互いのことを知っていってだな」

「アンディって意外と古風なのね」

「えっ、そう…か?」

 ガーンだな。
 結構常識的なことを言っているつもりだが、エリーの感性からしたら古臭いものになるわけか。

「別に深く考えなくていいのよ?私と婚約したら絶対結婚しなきゃならないってわけじゃないんだから」

「まぁ婚約ってのはそういうもんだからな」

 こっちの婚約とは、将来結婚する相手を予約するものなので、どちらからでも解消は可能だし、相手が複数いてもいいという、実に貴族的なシステムだ。
 その仕組みから、虫除け的に使うこともあると聞く。

「そうそう。だから気軽に婚約したらいいのよ。大丈夫、婚約するだけで心もグッと楽になるし、体調もすごく…いい感じになるわね」

 言葉の結びが随分フワっとしているな。
 どこかでエセ健康サプリのCMでも見たのか?

「それとも…私と婚約するのはイヤ?」

「うっ」

 返事をはぐらかしていると思われたのか、うるんだ目でそういうエリーの姿は、普段では全く見せることがない淑女としての可憐さがあった。
 このタイミングでそういう顔はずるい。

「私はさ、アンディが好き。ずっと前から好きだった。ソーマルガで一緒に過ごしてた時からね」

「…なんとなく、気付いてた」

 あのソーマルガでの日々で、エリーから向けられた好意は分かっていたし、それを嬉しくも思っていた。
 だからこの告白も驚くことはないが、言葉にして直接言われると、その思いに胸が熱くなる。

「やっぱり。…アンディって抜けてるところはあるけど、私やパーラのことはちゃんと思ってくれてたものね」

「抜けてて悪かったな」

「いじけないでよ。そこも含めて好きになったんだから」

 そう言いながら笑う今日のエリーは、普段以上に表情が豊かで、変な感覚を覚える。
 まるで何かを恐れ、自分を鼓舞するためにテンションをあげているような……いや、そういうことか。

 恐らく俺に婚約を迫るというのは、エリーにも相当な緊張を強いているのかもしれない。
 こんなんでも年相応に少女と言えるので、自分から婚約を迫るような経験はそうないはず。
 王女ならなおさらだ。

 別にエリーが嫌いだとか婚約が嫌だとかではない。
 むしろ好ましいと思っている相手にこうまで言わせて、すげなくするのは男としていかがなものかと思う。
 本音としてはまだ話を受けるつもりはないが、ここは保留にするにしても、何か気の利いた言葉を選ぶべきだろう。
 曖昧なままに先延ばしにするようで、自分でもズルい考えだと思う。

 それに、ここにはいないがパーラからも俺に向ける好意というのを感じている以上、ここで婚約を決めることの怖さもある。
 なんかパーラはヤンデレ感がちょいちょい出てくるしな。

「……エリー、俺は―うおっ!?」

 とにかく何かを言おうと口を開いた俺は、何気なく視線を扉の方に向けた。
 すると、少しだけ開いていた扉の隙間から覗く、トーテムポールのように三段重なった顔と目が合う。

「え?なに…ひゃっ!」

 俺の叫び声に反応し、扉の方を見たエリーも同じものを見て驚いた声を出した。
 外から覗いている人間が三人もいたのには驚いたが、一言も発さずに今の俺達のやり取りを見ていたことに文句の一つも言いたいところだ。

「ちょ、何してんの!?会長とチャムに、リヒャルトまで!」

「あ、違うのよ、エリー。別に覗いてたとかじゃくて…」

「いやぁ、なんか深刻そうな話してたから入るに入れなくてさ」

「申し訳ありません。二人を止めることができませんでした」

 下から順にそれぞれ話しだすと、生きたトーテムポールのようで少し怖い。

「来てたなら言ってよね!ていうか、どこから聞いてたの?」

 部屋の中に入ってきた面々に、エリーが詰め寄るようにして尋ねるのは、やはり先程の俺達のやり取りについてだった。
 別に後ろ暗い話はしていないが、それでも人に聞かれるのは恥ずかしいのだろう。
 何せ、ほぼエリーがプロポーズしているような光景だったはずだしな。

「落ち着きなよ、ミエリスタ君。僕らはついさっき来たばかりだ。ほとんど話は聞いていないよ」

「…ほんとに?」

「ああ、ミエリスタ君がアンディ君に手紙を差し出した辺りからだよ」

「ほとんど最初からじゃない!」

 ヒエスが見たという場面は、本当に俺がこの部屋に来たすぐあと辺りになる。
 となれば、ほとんどのやり取りは知られているとみていい。
 なんか恥ずかしいな。

「もー!信じられない!声もかけないでコッソリ覗くなんて!三人で私のことを笑ってたんじゃないでしょうね!?大体リヒャルト!あなた、この二人が覗くのを止めなさいよ!」

「申し訳ありません。二人を止めることができませんでした」

 忠義とは…。
 そう考えさせるほどに、リヒャルトの声はシレっとしたものだった。

 先程と全く同じことを口にしている以上、そこには心がないとしか思えない。
 どうもエリーはリヒャルトに人払いを頼んでいたようだが、本人はそれよりもエリーの一世一代の告白を覗くことを優先したらしい。
 止めに入らなかったところは、主人の感情を優先していると言えなくもないが、面白がっている思いもあったに違いない。

「まぁ黙って覗いてたのはよくないとは僕も思うけど、悪気はなかったんだよ」

「笑うなんてとんでもない。むしろいいものを見せてもらったって感じよ?やっぱりエリーって、アンディ君が好きだったのね」

「うぐ!うぅ…」

 生暖かい目で見てくるチャムに、エリーは顔を赤くして何も言えないようだ。
 普段、エリーはチャムがヒエスへ抱いている恋心をいじることもあるが、今に限ってそれは逆転しているらしい。

「やっぱり二人は結婚するの?あ、そうなればアンディ君は未来のソーマルガ国王になるってこと!?」

「チャム、それはまずないだろう。次代の国王はエッケルド殿下と既に決まっている。仮に、本当に仮にだが、ミエリスタ殿下とアンディが結婚したとして、アンディが玉座につくことはあるまい」

 リヒャルトの奴、俺がエリーと結婚することがよっぽどないと思っているのか、仮にの部分を妙に強調しやがる。
 まぁこっちとしてもエリーとの結婚は考える段階にもないし、玉座など頼まれてもつきたくないので横から口を挟むことはしないが。

「みんな、そろそろ今日の活動をだね…ん?」

 それぞれが勝手に話しだし、急に騒がしくなった中、部屋の扉を叩く音が響き渡った。
 半開きになっていた扉からは、知った姿が見えた。

「失礼。ヒエス君はいるか?…取り込み中かな?」

 声をかけてきたのは、学園長の秘書的存在のベオルだ。
 彼はヒエスを尋ねてやってきたようだが、室内のカオスっぷりに眉をしかめている。

「い、いえ、大丈夫です。僕に何か御用でしょうか?」

「ああ、ちょっと話したいことがある。大事な話だ。少し私と一緒に来てもらえるか?」

「ええ、構いませんが…ここでは話せない内容ですか?」

「そう不安そうにしないでくれ。悪い話ではない。まず君と話をしたいだけだ」

 どんな話なのかは気になるが、あえて放課後の同好会が活動しているところに来たということは、飛行同好会の会長であるヒエスに用があるのかもしれない。

「…分かりました。みんな、今日の活動は無しだ。解散してくれ。アンディ君、悪いが例の件はまた後日ということで頼むよ」

「ああ、構わない。進捗具合は前とそう変わってないんだよな?」

「うん、大分出来てはいるけど、もう少しかかりそうなんだ。そういう訳だからね。…では、行きましょう」

 そう言ってヒエスがベオルと共に部屋を出ていった。
 ほのかに深刻さが感じられるベオルの様子に、残った俺達は何ともいえない空気になる。

 伝え聞く限りではヒエスの学園での生活態度は悪くないし、同好会の活動も違法なことは何もしていない。
 となれば、確かに悪い話で呼ばれたということはないだろう。
 ただ、ベオルがわざわざ出張ってきたあたり、小さな問題という訳でもなさそうだ。
 教えてくれるかどうかはともかく、そのあたりを次の同好会の活動の時にでも聞くとしよう。

「ねぇアンディ。さっき会長が言ってた例の件って何?」

 ヒエスが連れていかれたことで不安そうなチャムを慰めながら、エリーが先程ヒエスが口走った言葉について俺に尋ねてきた。

「ああ、実はヒエスには、ちょっとした物を作ってもらっててな。その進み具合を今日の活動内で聞くつもりだったんだ」

 飛行機の模型を作り上げた手腕を買って、ヒエスにしか頼めないと思い、少し前からとあるものの制作を依頼していた。
 この手のものはせっついてもよくないので、大きく時間をおいてから進捗を聞こうとしたのだが、そこにまさかベオルが割り込んでくるとは、今日はタイミングが悪かったと思うしかない。

「あるものって?」

「それはまだ言えないな。もうしばらくのお楽しみだ」

「えー?なんでよー」

「まーまー、いいからいいから」

 好奇心をくすぐってしまったのか、食い下がるエリーをどうにかなだめ、ついでに婚約を迫っていたことも何とか後回しに出来たことに胸をなでおろす。
 婚約の件は、やはりパーラにも相談して決めたい。

 エリーから持ち掛けた婚約の話で、俺は悪くないはずだがきっとパーラは理不尽に俺に怒りを向けてくるんだろうな。
 それが怖い。

 急遽時間が空いてしまった俺達だが、先程の騒ぎの続きをやる気にもならず、言われた通り解散となった。
 次の活動に関しては、また改めてヒエスから連絡があるのを待つことになるが、奇妙な予感とでも言おうか、先程のベオルが持ってきた話が今後の活動に関係してくる気がしてならない。

 できればこれがいい予感であってほしいが、それと同時に変な騒動にならないことも祈るとしよう。
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