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飛行同好会

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 パーラの狼化を一応抑え込むことに成功した翌日、俺はギルドへ足を運んでみたのだが、特別な反応もなく普通に受付でディケット到着の挨拶を済ませることができてしまい、これで完全に俺の指名手配はないと確信が持てた。

 朝起きてからも抱いていたちょっとした緊張はすっかり解け、ついでに何か依頼でも受けてみようかと掲示板を覗いてみるが、どうにもいいのが見当たらない。
 出来れば街中か近郊で済むものを選びたいのだが、掲示されている依頼票はどれも街を離れるものばかりだ。
 たまに見つける近場のものも、かかる日数が二日や三日ではきかない内容だったりで、正直、気が乗らない。

 最近は冒険者らしいことをしていない気もするが、人は冒険のみに生きるにあらずということわざもあるぐらいだ。
 …あるよな?
 今は休息の期間と思うことにして、英気を養うとしよう。

 ギルドを後にして、朝の街並みを散歩がてらに歩く。
 学園都市といっても街は普通なもので、朝早くから聞こえてくる喧騒は土地が変われどそう違いはない。

 今朝は少し早く宿を出たせいで、まだなにも口に入れていなかったことだし、適当な店で遅めの朝食を食べてから学園の方へ行こう。

 基本的に学園の門は朝と夕方のみに開放されるが、昼に全く門を開かないというわけではない。

 ちゃんと理由があれば通門は可能なので、俺の場合はアミズの名前を出せばいけるそうだ。
 昼前に学園へ行っても足止めされることはないため、ゆっくりと朝食を味わえるだろう。

 さて、何を食おうか。
 気分は和食だが、流石にそれはないので妥協するとして、俺は今、何腹だ?
 朝はしっかり食べるのを信条としている身としては、肉でも一向にかまわんが、昨日の酒で少し二日酔い気味なので、出来れば汁物に決めたい。

 雑炊なんかが欲しいところだが、贅沢は言わん。
 麦粥とかでも売ってると有り難いな。



「さあ、掛けたまえ」

「…失礼します」

 学園のとある一室に通され、勧められるままに一人掛けのソファへと腰を下ろす。
 俺が座ったのを見届けてから、対面の長ソファに座った神経質そうな見た目の男は、学園長の補佐を務めている秘書だそうだ。

 まだ若いように思えるが、七三に分けられた焦げ茶色の髪には白髪が多く見えており、中々苦労しているように思える。
 切れ長の目と、白いスーツ風のカッチリした格好をしているせいか、何となくヤクザの若頭代理補佐辺りに見えてしまう。

 何故俺がここにいるのかと言えば、単純にアミズのところへ顔を出したらこの男とちょうど会ってしまい、有無を言わさず連れてこられたのだ。
 どうやらゼビリフが今回のパーラの件を学園の上層部へ報告していたようで、そのことに関して俺と交渉をする場を設けたという。

 昨日の今日で随分話が早いと思えるが、それだけ学園の職員が優秀な証拠でもある。

 この秘書、名前はベオルというそうだが、彼は学園長から交渉を一任されており、この交渉で決まったことは基本的に正式なものとして扱われるらしいので、俺もかしこまった気分になる。

「さて、いきなりで悪いが、今回の件でのこちら、つまり学園側がアンディ君達へ求める対価を話そう。ここで取り決めたことは、後程正式な書面で渡すということでよろしいか?」

「ええ、お手柔らかにお願いします」

 何事にも付きまとう対価は、こちらからの払いはなるべく抑えたいというのが人情というもの。
 今回の主導権はベオルの方にあるので、俺にはそう言うことしか出来ない。

「まず最初に言っておくが、今回チャーレ教授の使った道具は、非常に貴重なものだ。消耗品ではないが、それでもタダで使わせたとなると、安易に頼る者が詰めかけてこないとは限らない。これは分かるね?」

「勿論です。世の中は等しく対価を払って回ってますから、そちらの要求にも前向きに検討させてもらいます」

 俺達が世話になったのはアミズであって学園ではないのだが、学園の人間であるアミズがしたことは学園の功績と、ジャイアニズムのようなものを感じてしまう。
 とはいえ、アミズは学園に所属しているし敷地内で処置も行ったことを考えれば、理屈は通らないこともない。
 ただ、要求の内容によってはこちらも呑めないこともあり得るので、その辺りは交渉で修正していくつもりだ。

「ふむ、ではまずこちらから提示するのは、アンディ君、君を臨時講師として雇うというものだ。聞けばその年で白級の冒険者となり、優れた魔術師でもあるそうじゃあないか。年の近い学生達に、君の経験や教訓などを生で教えてもらえると、生徒達にもいい授業になりそうだ」

「講師、ですか。用務員ではなく?」

 もしくは食堂の調理員とか。
 俺としては講師なんかより、そういうのがいい。

「講師だ。臨時だがね。普通の教師と違い、決まった枠で授業を受け持つということはないが、講演か何かの形でためになる話でもしてくれればいい。どうかな」

 最後の方の言葉は、意外とハードルが高いと分かっているのだろうか。

 しかし悪くない。
 正直、どんな難題を出されるか身構えていたのだが、講師を引き受けるだけでいいとは、思ったよりも楽そうだ。
 交渉で譲歩を引き出す必要がないと思えるほどに。

「わかりました、お引き受けします」

「うむ、ではそのように手配しよう。しばらくはこちらも準備に取り掛かるから、その間は好きに過ごしてくれていい。身分としては教師に準ずるものを用意するので、学園内で動くのに不自由はさせない」

「いいんですか?ただの臨時講師にそこまで許して」

 前も学園の蔵書室を利用するため、短い期間だが頻繁に足を運んでいたこともあったが、その際も必ず教師の監視付だった。
 まぁ実際はただの付き添いのようなものだったが、あの時はよそ者を自由に歩き回らせなかったというのに、今回は教師並みの待遇を与えてもらえるとは、少し予想外だ。

「構わんよ。君達のことは前に少し調べて知っているからな。ウォーダン教授との関係も考えれば、そこそこ信用は出来ると判断したまで」

「…そうですか」

 シレっと身辺調査済みというのには少し引いてしまうが、それで俺の信用が担保されているのなら文句は言わないでおく。

 その後、いくつか話を詰めていき、俺が講師としての仕事を始めるのが四日後と決まる。
 一年生から順に、数日おきに学年毎へ講演のようなものをする時間と場所が用意されるため、そこで色々と話をすることになった。

 内容は俺に一任されるが、できれば冒険者として体験した失敗談や恐怖経験等をメインでとも頼まれた。
 自分達と近い年齢の冒険者がいかに危険を乗り越えているかを知ってもらい、後の成長へとつなげたいという狙いがあるのだろう。

 確かに俺は危険な目にもそれなりにあってきてはいるが、世間一般の冒険者と比べたらずっと安全で恵まれた生活を送ってきてもいる。
 若い学生聞かせる教訓としては今一つ弱い気もするが、それでも死にかけた、あるいは死を覚悟した経験も決して少なくないので、そこをメインに話をしていけばいいのかもしれない。

 そういったものを含めて、ベオルとの話し合いは昼まで続き、十分に煮詰まったところで、ベオルの次の予定が俺との話し合いを打ち切らせた。
 意外と短い時間での打ち合わせとなったが、向こうが望むこととこちらがやれることはそう乖離したものではないため、不足を感じることはない。

 ここから四日後までは打ち合わせなしでの本番へ臨むことになるが、何か聞きたいこと、相談したいことがあったら、最優先にベオルへ連絡が取れることを約束してもらい、俺は部屋を後にした。

 話し合いも終わったことだし、とりあえずアミズのところに行くとしよう。
 俺がベオルに連れ出されたとき、パーラはちょうどアミズに検診されていたが、流石にもう終わっているはずなので、俺の臨時講師の件を説明しておこう。

 どうせパーラのことだから、自分のことで俺が仕事を引き受けたとかを気にするだろうから、上手いこと印象操作して負い目を感じさせない説明にしなくてはな。



「-というわけで、今日から我が飛行同好会の名誉会員となったアンディ君だ!」

 わーパチパチと、チャムが拍手をする音だけが辺りに響く。
 この場には俺とヒエスとチャムの三人だけしかいないので、その音にはもの悲しさを感じずにはいられない。
 本当はここにエリーもいる予定だったのだが、用事があるそうで今日は来れないらしい。

 今は放課後で、昨日ヒエスを助けた塔の前で俺は飛行同好会の名誉会員就任を祝われているわけだが、こうなったのには海よりも浅く、山よりも平たい理由がある。




 臨時講師として任命された俺は、早速パーラにそのことを伝えたわけだが、自分が関係しているのならと手伝うことを申し出てくれたはいいものの、今のパーラはアミズの検診が欠かせないので、気持ちだけ受け取っておくことにした。

 その後、昼食へ誘いにきたエリーとスーリアがパーラを連れて行ったため、俺は一人で食堂へ向かったのだが、そこでヒエスに声を掛けられた。
 掛けられてしまった。

 これも何かの縁と同じテーブルに着いたら、ヒエスからは噴射装置のことで質問攻めにあい、面倒くさかったので適当に答えていたら、どういう流れがあったのかは覚えていないが、急に飛行同好会への参加を誘ってきた。

「…まあ話は分かった。というか、学生じゃないのに同好会って入れるのか?」

「そこは問題ないよ。同好会は学生同士が集まって作られるけど、そこに参加するのは会長が認めれば誰でも自由なんだ。それこそ、学生じゃなくてもね」

「なるほどな。けど、俺はこれでも忙しくてな。同好会の活動に参加できるほど暇じゃない」

 嘘である。
 確かに臨時講師として任命されはしたが、それでも普通の教師や学生と比べたら時間の融通は効く立場なのが今の俺だ。

「そんなこと言わずに。お願いだよ。飛行同好会には君の協力が絶対に欠かせないんだ!なにせ、ようやく人が空を飛ぶ可能性が見えてきたんだから!」

「可能性も何も、人が空を飛ぶなら飛空艇がもうあるだろ」

「…まぁそうなんだけど。でも、飛空艇ってソーマルガでしか飛んでないって言うじゃないか。そりゃ僕も空を飛ぶなら飛空艇に乗るのが手っ取り早いってのは分かるよ?けど、ミエリスタ君が言うには平民が飛空艇に乗るのは難しいらしいし」

 現在、飛空艇は一つの例外を除いてソーマルガ国内でしか飛んでいない。
 一目見るだけならソーマルガへ行けばいいが、乗るとなればかなり難しい。

 ソーマルガの国民で、かつ高位の貴族の縁者がどうにか伝手を総動員して宰相が許可を出せば、もしかしたら飛空艇への乗船許可を得られるかもしれないが、そうでなければ飛空艇に乗るならソーマルガ空軍へ入隊し、厳しい試験を乗り越えてパイロットへなるしかない。
 一番手っ取り早い方法でこれらなのだから、一学生に過ぎないヒエスが飛空艇に乗るのは夢のまた夢だろう。

 一応、エリーが王女としての身分を振りかざせば、もしかしたらヒエスにも機会を与えられる可能性は万に一つはあるかもしれないが、エリーの性格上、まずそれはしないだろう。
 あいつも時々アホにはなるが、短慮な性格ではないので、自分の行動が及ぼす影響というのを理解しているため、そんな我儘を言いはしないはずだ。

「だから飛行同好会では長らく、飛空艇以外の飛行手段を求めていたんだが…まさか昨日、鳥の模型の試し投げにいってそれに出会うなんて。これを運命と言わずしてなんと呼ぶのか!」

 急に立ち上がって叫ぶヒエスに、他のテーブルで食事している生徒達の注目が集まる。
 よっぽど気分が高まっているのか、非難が多く籠った視線を受けてもにやけ顔をするヒエスに、俺は座る席を間違ったことへ完全に後悔を覚えた。

「わかったから、とりあえず座れ。目立ち過ぎだ」

「おお!ということは同好会に入ってくれるんだね!?」

「いや、分かったって言ったのはそっちの方じゃない」

「…じゃあどうやったら同好会に入ってくれるんだい?」

 少し落ち着いたのか、椅子に座りなおしたヒエスは、捨てられた子犬のような目を向けてくる。
 よっぽど噴射装置を持った俺を確保したいという思いが強いようで、この感じだと入会するというまで付きまといそうではある。

「そうだな…そっちは噴射装置に興味があるんだよな?」

「正確には、噴射装置を使って空を飛ぶってことだね」

「あぁ、手段としてってことか。まぁそれはいいや。で、俺が飛行同好会に入って、何かいいことはあるのか?それを提示してくれないと、正直乗り気にはなれんのだが」

 とはいえ、実はここまでヒエスと話をしていて、俺は飛行同好会へ入ることにそこそこ前向きになってきている。
 乗り気になれないというのも、本心ではあるがそれほどでもなく、何となくメリットを見出して同好会に入る理由にしたいという、ただそれだけのことだ。

「いいことって言われても…鳥の生態に詳しくなれる、とか?」

「知ってて損はないが、どうしても欲しい知識ってわけじゃあないな」

 偉そうな物言いになってしまうが、冒険者として魔物の生態には詳しいのはいいことでも、鳥に限定した知識となると入会のきっかけにするのは弱い。
 出来ればもっとそそる何かが欲しいのだが。

「だろうね。うーん、他に何があるかなぁ」

「別に俺の利益になるかどうかは気にしなくていいぞ。そうだな、同好会で活動してきて、自慢できるのとかはなにかあるか?」

「あ、自慢ならあるよ。ちょっと待ってて」

 そう言って食べかけの皿をそのままに席を離れたヒエスだったが、しばらくしてちょっとした鳥の模型をその手に持って戻ってきた。

「ほらこれ。同好会のみんなで作った、実際に飛ばせる鳥の模型だよ。一番新しいのは昨日なくしちゃったけど、これも出来がいいんだ」

 飛行同好会としての活動の集大成のようなものか。
 この模型を実際に飛ばしてみて、それを人間が乗れるサイズで実現できるかを研究するつもりなのかもしれない。
 鳥人間コンテストでも、まずは小さいのから作るらしいし、これが順当なステップなのだろう。

「へぇ、触っても?」

「いいよ。はい」

 思い入れはあるはずだが、酷くあっさりと手渡される。
 そのつもりはないが、俺が壊すとか考えないのだろうか。

 模型をじっくりと見てみると、なるほど、造形は見事に鳥を模している。
 しかし、稼働箇所は少なく、翼の付け根と足ぐらいしか動かせない。
 おまけに全体が木で作られているせいで、重さもそこそこあり、これでどう試験飛行をするか疑問ではある。

「確かに鳥の形は再現できているようだが、これどうやって飛ばすんだ?」

「あぁそれはね、昨日の塔みたいな高いところから落とすんだ。それで鳥みたいにこう、スイーっと飛ぶと僕は思ってるんだけど、今まで五回やって、五回とも失敗で終わってる」

 それはそうだろうな。
 特に動力もないこの模型では、ラジコン飛行機のように飛ぶことはまず無理だ。
 しかもそこそこ重いから滑空もあまりしないはず。

 ただ、この模型は改良を重ねたようで、材料は軽い木材を選んでいるし、各部位も肉抜きを行って更なる軽量化が図られている。
 後は揚力と推進機構が備われば、空を飛ぶことも不可能ではないはずだ。

 唐突に、この模型を完成させ、飛ぶところを見たいと思ってしまう。
 今この世界で空を飛ぶと言えば、飛空艇か噴射装置を使ったものだけだ。
 だがヒエスは鳥を模したとはいえ、地球における航空機に近い形のものを作り上げている。

 この世界における新しく飛行機の概念が生まれるかもしれないと思えば、同好会に入って見届けたくなってくる。
 それに、どうせ臨時講師としての仕事以外はしばらく用事もないだろうから、いい暇つぶしにもなる。

「…よし。ヒエス、俺、飛行同好会に入るわ」

「え!?ほんとに?それはよかったけど、でもなんで急に?」

「この模型、よくできてると思ってな。これがちゃんと飛ぶところを見たくなった。それが理由じゃだめか?」

 木と紙で作る模型飛行機を知っている俺としては、ざっと見ただけで改良ポイントはいくつか思い浮かぶ。
 この模型は無理でも、新しく作るのに模型飛行機の仕組みを導入すれば、地球の航空力学でいう飛行機械が誕生する最初の一歩となるかもしれない。

 噴射装置も悪くないが、やはり翼を使った飛行機が見たいじゃないか。

「だめじゃない!だめじゃないよ。僕もこの模型が鳥のように飛ぶところは見たいしね。元々それが会の発足理由だったしね。けど、難しいよ?」

「まぁ簡単ではないだろうな。俺も色々思いつくことはあるし、それを試すためにも同好会に入るってことにしてくれ」

「なんかその言い方だと理由を作った感がすごいな。じゃあ…今日の放課後にでも皆に報告したいんだけど、アンディ君は予定とかどうだい?」

「構わんよ。俺も今日はもう暇だしな」

 正確には、アミズがパーラを昼以降、いつ解放するかにもよるのだが、放課後にヒエス達に付き合うぐらいは一向にかまわん。
 ここには蔵書室という時間を潰すのにうってつけの場所もあるしな。

「じゃあ放課後、昨日僕を助けてくれたあの塔の前に集合ってことでいいかな?」

「ああ、それでいい。俺の方は何か持ってくものとかあるか?」

「いや、特にはないよ。体一つで来てくれていいから」

 入会届がいるかとも思ったが、そういうわけではないようなのは楽でいい。
 会長直々に勧誘したわけだし、手続き的なものはヒエスが全部やってくれるのかもしれない。



 そして放課後、こうしてヒエス達と合流した俺だったが、来てみればエリーとリヒャルトはおらず、ヒエスとチャムの二人だけの歓迎となった。
 用事があるのなら仕方ないが、寂しさを覚えるのもまた仕方ない。

「改めて紹介しておこう。こっちのはチャム、うちの会員で、一番熱心に参加してくれてるんだ」

「熱心だなんてそんな…」

 褒められて照れるチャムだが、その熱心さの根底にあるのはヒエスへの思いなのは俺でもわかる。
 ただ、それがヒエスに伝わっているかは分からないが。

「よろしくね、アンディ君。あ、年上だし君付けはだめかな」

「いや、好きに呼んでいい。この会の雰囲気だと、あんまり上下関係に厳しいってわけじゃないんだろ」

 エリーがヒエスに接する態度で、何となくそんな気がしている。

「まあね。活発な意見交換のためには、かしこまった態度が必ずしも良く働くわけじゃない。うちじゃ時と場所さえ弁えてれば、楽に接するようにしてるんだ」

 若さゆえの風通しのよさという奴だな。
 ここに頭の固い老人が加われば、途端に腐敗し始めるため、こういう空気は実に好ましい。

「それで会長、名誉会員ってなんですか?」

 紹介もそこそこに、チャムが口にした疑問は名誉と頭に着く俺の立場についてだった。
 実はこれ、昼にヒエスが即席で作った呼び名だったりする。

「うん、そのことなんだが、実はアンディ君は学園の臨時講師として雇われていてね。そのままだと同好会には入れないから、正式な会員ではないという意味で名誉会員というのを新しく作ったんだ」

「あ、そうか。同好会は教師の入会ができないから」

 チャムが言った通り、同好会には職員が会員として参加することはできない。
 厳密に禁止されているわけではないが、生徒が自主的に作った会は生徒だけで運営するべきだという風潮があるため、教師は見守るだけとされていた。

 そのため、俺が臨時とはいえ教師と同等の身分を与えられていたことで、普通に同好会に入ることが難しくなってしまった。
 この話は慣習的なものなので、外部の俺は知らなかったと言い張って入会しても構わないとは思うが、会長であるヒエスが一計を案じてくれたので、それに従っておこう。

「そういうこと。まぁ名誉とは付くけど会員であることには変わりないし、活動にもチャム達と同じ様に関わっていくことになるだろうね。他の二人にも後で言うけど、アンディ君が困っていたらチャムも助けてあげて欲しい」

「はい!任せてください!」

 思い人に頼られることが嬉しいのか、笑顔で力強い返事をするチャムには、恋をしているがゆえの甘酸っぱさが感じられた。

「さて、挨拶もこの辺でいいとして、今日の活動に移るとしよう」

 話を切り替えるためにだろう。
 パンと一度手を鳴らしたヒエスに俺とチャムが注目し、飛行同好会の今日の活動についてをヒエスが話し出す。

「アンディ君も知っているだろうけど、昨日、僕達はこの塔の上から鳥の模型を落下させて、飛ぶかどうかの実験を行ったんだ」

 その辺のことは、ヒエスから聞いた話のほかに、昨夜の夕食前にエリーから話してもらってもいた。
 今まで失敗続きなので今回も期待はしていなかったときに、あの落下事故が起きたたため、インパクトは過去一番のものとなったそうだ。

「ただ、そこであんなことがあっただろう?塔の上で手放してしまったせいで、模型がどこに落ちたか見届けられていないんだ。だから今日は、その模型を皆で探すことにしよう。正直、あれは手間が結構かかってるから、失くしたままなのは惜しくてね」

「そうですよねぇ。私達で一から材料を選んで作りましたし、愛着もありますよ」

「うん。だからぜひ見つけないとね。じゃあまずは塔に上がって、上から見て模型を探してみよう」

 そんなわけで、俺達は三人で塔を登って頂上へ向かう。
 この塔は特に立ち入りも制限されておらず、授業中以外の休憩時間に、気分転換や昼食などで生徒が使うことはよくあるらしい。
 そうでなければ、ヒエス達も実験に使えないしな。

 塔の内部は何階層かに分けて部屋があり、上へ向かうには内壁に沿って作られた螺旋階段でしか行けない。
 意外と狭い階段ではあるが、所々に換気と採光のための窓があるおかげで圧迫感はそう感じない。

 十分ほどかけて階段を上り、塔の頂上へと続く扉をくぐると、目の前には学園と街並みをいっぺんに見下ろせる絶景が広がった。
 夕日に染まりつつある空と、大都市と言っていいディケットの街並みは組み合わせとしては中々いいものだ。

 正直、飛空艇や噴射装置を使える俺にはそれほど特別な景色ではないが、空に縁のない学生にしてみれば、ここから見える景色は特別なものなのだろう。
 初めて来るわけではないはずのヒエスとチャムも、扉をくぐってからまず景色に見とれていることからも、そうだと分かる。

「さて、それじゃあまずは今いるここから探すとしよう。それで見つかればよし、そうでなかったら塔の周りに落ちていないかを見るよ」

「分かりました」

 元気に答えたチャムが早速今いる場所を探し出すが、この屋上と呼べる空間はそう広いものでもなく、ざっと見た限りではそれらしいものは見当たらない。
 案の定、三人だとすぐに探し終え、ここに無いと分かったため、次は屋上の縁ギリギリへと向かい、眼下をくまなく見ていく。

 屋上には当然手すりは設けてあるが、あまりちゃんとしたつくりとはいえず、昨日のヒエスが風に煽られて体勢を崩して落ちたのも、手すりの安全性が高くないせいだと分かる。

「会長!見つけました!あそこ!」

 目を凝らして地上を見ていると、模型を見つけたのかチャムが声を上げた。
 見ると、地上の一点を指さしているため、そちらを見てみると、塔よりは低いがそこそこ背の高い木のてっぺんに木製の鳥が引っかかっているのを見つけた。

「あぁ、確かにあれだよ。よく見つけてくれたね、チャム」

「あ…えへへ」

 ヒエスがチャムの頭をごく自然に撫でると、一瞬驚いてから見せた照れる姿は、まさに恋する乙女だ。
 しかし模型を見つけたはいいが、引っかかっている木の高さが相当なものなので、梯子を使っても回収するのはかなり大変だろう。

 まぁ仕方ないか。
 俺も会の人間だし、これぐらいは俺が何とかしてやろう。

「会長、俺がとってくるから、チャムと一緒にここで待っててくれ」

「お、噴射装置かい?なら頼むよ」

「任されよう」

 人が飛ぶところを見れるのが嬉しいのか、目を輝かせたヒエスを置いて、俺は噴射装置を装着して屋上から一気に飛び出した。
 空中で何度か吹かして目標へ近づき、さっと右手で掴むと、左手だけで噴射装置を操ってまずは地上へと降りる。

 屋上にいるヒエス達へ向けて手と模型を振って見せて、無事に回収と着地したことを伝えておく。
 そして屋上へと向かって飛び上がろうとして、ふと手にした模型に目が行く。

 昼に見せてもらった前のバージョンを踏襲しながら、しなやかでシャープな造形となったそれは、しっかり改良されたというのが分かる出来だ。
 やはり木で出来ているそれは、前作より軽くはなっているがそれでもまだ重い。
 風に乗って滑空するのはまだまだ難しいだろう。

 しかしこうしてみた感じ、羽の大部分を布か紙に置き換えるだけで意外と飛びそうな可能性を秘めているのは、独学であろうヒエスの才能のなせる業なのかもしれない。

 ―おーい、アンディ君ー

 少しばかり長く模型に見入ってしまっていたようで、上の方からヒエスが俺を呼ぶ声が聞こえてきた。
 ふと見上げると、こちらを見下ろしている二人と目が合い、自分が今やるべきことを思い出す。

 いかんいかん、つい興味のあることになれば他のことを忘れてしまう、俺の悪い癖。
 まずは模型をヒエスに返さなえれば。
 その後で、改良案を相談して、この鳥の模型を飛行機の形へ近づけていきたい。

 さしあたって、紙飛行機でも作ってヒエスに飛行機の実物を見せたいところだが、適した紙をまずは調達しなくては。
 紙は他にも、次に作る模型の羽に流用できるかもしれないので、それっぽいのの入手先もヒエスに要相談だ。

 そんなことを考えつつ噴射装置を吹かし、飛び上がった俺の顔はきっとにやけていたに違いない。
 なにせ飛空艇でも噴射装置でもない、地球で生まれた航空機が異世界の空を舞うのを想像すると、何とも不思議で面白いのだ。
 楽しさを手にして笑わずにいる人間などいるだろうか、いやいない。
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