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無言の帰還

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戦いが終わり、自然と体が雷化状態から元に戻ると一気に冷静になり、ふと周りを見渡すと、死屍累々といった有様で、血と臓物の混じった何とも言えない匂いと、人を殺したという事実が途端に襲い掛かってきてその場に胃の中の物を全て吐き出してしまった。

グラグラと視界が揺れている気がして立っていることが出来ず、その場に膝をついて込み上げてくる吐き気に抗う事も出来ず、出てくるものが胃液だけになってもまだ吐き続けていた。
初めて人を殺した罪悪感と感情が胃液と共に外に出ていった気がして、落ち着いた頃にようやくヘクターのことを思い出し、遺体のそばへと重い足を引きずるようにして近付いて行く。

ヘクターの横に立つと力が抜けたように膝が地面に着き、最後に俺が触れた時と同じ恰好で横たえられているヘクターの顔には満足気な笑みが浮かんでいた。
パーラの無事を知って安心して逝けたのなら少しは穏やかな気持ちを持てたのだろうか。
ポツポツとヘクターの手を雨が濡らし始める。
天気が変わったのかと思い天を見上げるが、快晴の空には雲一つ無く、雨が降るような天気には思えない。
いや、違う。雨だと思っていたのは俺の目から流れてきていた涙だった。

頭の中は何も考えられないのに、目からは涙だけが次々と溢れ出てくる。
気持ちは凪いでいるのに涙は激情の代わりのように止めどなく流れるのは、俺の体がまだ子供のそれであるがゆえに悲しみに弱いからなのだろう。
凍り付いた感情とは反対に溢れる涙を何故か拭う気になれず、ただただヘクターの隣に膝をついて泣くに任せる時間だけが過ぎていった。



どれくらいそうしていたのか、すっかり辺りは夕方の色に染まり始め、ノロノロと動き始めた俺はまずはバイクに折り畳み式のリヤカーを繋ぎ、そこへマントでくるんだヘクターの遺体を乗せた。
俺の背丈に合わせたマントだったため、ヘクターの全身を覆うことは出来なかったので、顔と足先が出てしまったが、今はこれしかないので我慢してもらおう。
せめてパーラとは最後の別れをさせてやりたいという思いだったが、それ以上にこいつらが死んだ場所にヘクターを置いて行くのが我慢ならなかったのも理由の一つだ。

使えそうな武器や防具といった物を回収していこうと思ったが、派手に暴れたせいで防具に関しては殆どが損傷の激しさから持ち帰ることを諦めさせられた。
武器にしても刃が欠けているのはまだいい方で、半分近くが半ばから折れたものばかりだ。
シウテスの槍は流石に一級品の魔道具だけあって頑丈さはかなりのもので、完全な形を保てている。

ディランの来ているフルプレートは胴の部分は俺の貫手で大きく穴が開いているが、それ以外の部分は比較的綺麗な状態なので、死体から外して持っていくことにした。
兜を外すと中からは焦げた顔が現れ、一瞬吐きそうになったが、もう胃の中は何もないのでぶちまけることは無かった。
顔の判別が出来ない位に焦げてしまっているが、中々に武人然とした顔立ちだったのではないかと想像する。

辺りにはこいつらが乗っていた馬が4・5頭ほど残されており、何頭かはグエンが逃げる際に替え馬として連れて行ったようで、思ったよりも数は少なかった。
この馬達も村で有効活用させよう。
手綱を荷台に繋いでゆっくり走ればバイクでもこの数なら連れて行けるはずだ。

回収できるものは全て積み込み、残る死体とガラクタを一か所に集めて燃やしていく。
この世界では死体の放置は厳禁で、長い時間そのままにしておくとアンデッド化して人に害を与える存在になる。
普通は教会が管理している聖水で死体を清めて埋葬するのだが、こうして野で亡くなった場合は焼いてしまうのが手っ取り早い。
死ねば仏とはよく言ったもので、死んだ者をわざわざアンデッドにして蘇らせてまで殺そうという気は起きず、ただ死を悼んで炎を見続けた。




日が落ちてすっかり暗くなった街道を、ヘクターと若干増えた荷物を載せて走り続け、べスネー村へと到着した。
村の入り口には篝火が焚かれ、農具を持った村の若者が警備しており、街道から明かりをつけたバイクが近付いてくるのに一瞬身構えたが、すぐに俺と気づき村の中へと入れてくれた。
連れていた馬を彼らに任せ、バイクと荷台で村の中心を目指していく。
その際に荷台に積んだヘクターの遺体を見た彼らが息を呑んだのに気付いたが、特に何も言われることは無く見送られた。

村の中では何軒かの家でまだ明かりが着いており、広場の方からは篝火に照らされていると思われる明かりと人の気配が感じられる。
そこへ滑り込むようにバイクで進入し、注目が集まるとその中にいた村長に話しかけた。
「ただいま戻りました。…パーラは?」
「家で眠っておるよ。傷の手当はしたが、体力はまだ戻っていないのでな。…ヘクターは手遅れだったか…」

村の男たちの手により丁寧に荷台から降ろされたヘクターがその場に寝かされ、村人の前にその顔を見せるとあちこちから悲しみの声が上がる。
村の住民ではないが、行商をしていたヘクター達に対する感情は家族へのそれに近いものがあるようで、その死に嘆き悲しむ者と怒りに震える者と様々な感情が広場には渦巻いていた。

遺体を清めるのと持ち帰った品を村人に預け、村長宅へと俺と村長で入る。
テーブルに着くとまずは俺から切り出す。
「ヘクター達を襲った奴らは、恐らくどこかの貴族と関係があると思われます。賊には不釣り合いなほど整った装備に十数頭の馬を保有していました」
本来、賊というのは食うに困った者か、犯罪を犯して追われた者がなるパターンが多いのだが、今回のケースだと恐らく装備と馬だけで金貨単位での金がかかるはずで、そんな金を掛けれる奴がたかが行商人の積荷を奪うのでは割に合わないだろう。
となれば、それだけの金を掛けれる存在がバックにいるか、そもそも賊ではないかのどちらかだが、今回は後者だと俺は睨んでいる。

奴らの使っていたテントから回収した品物の内で、重要なものをピックアップしておいたものをテーブルの上に広げる。
何かの契約書のような物から物資の買付けに使った思われる帳簿に始まり、何通かの手紙にどこかの貴族家の紋章が刻まれたナイフと、相手の正体を探る手掛かりになりそうなものは片っ端から持ち帰ってきていたのだ。
「まだ中身を全部は見てはいませんが、契約書らしき書類には今回遭遇した賊の中にいたグエンという人物当てに書かれた物も確認しました」
村長の前に書類を押し出して見るように促す。
一枚一枚熟読する村長を待つ間、今回の襲撃のことを考えてみる。

ヘクター達を襲った奴らの狙いは一体何だったんだろうか?
積荷を狙ったにしてはグエンはパーラの殺害にまでこだわっていたため、怨恨の線が濃厚かと思われるが、そもそもあれだけの規模を動員してまで晴らしたい恨みを買うほどヘクター達は派手な商売はしていないはず。
商売と関係ないヘクター達個人に対する恨みとなると俺にはさっぱりわからん。
パーラなら何か知っているかもしれんが、意思の疎通に難があるため、聞き取りには時間がかかりそうだ。

考え事をしている間に村長は書類を見終わり、深い溜息を吐いた。
「はぁー…これはまた、厄介な話になったな」
「何かわかりましたか?」
「うむ、ほとんどは武具や馬の飼葉に食料といった物資のやり取りの帳簿だが、1枚だけ他と比べると格段に上質な紙を使われた手紙があった」
そう言って俺の方に封筒を手渡してきたので、中身を見てみる。

確かに触り心地からして普通の紙よりも品質の良さがわかるので、それだけ重要な手紙だという証だろう。
当たり障りのない挨拶から始まり、本題の部分を読み進めるうちにわかったことは、今回の襲撃がヘクターとパーラに直接の原因が無いということだ。
手紙には次のように書かれていた。

『襲撃地点に兄妹が来る日程は先の手紙通りになる。くれぐれも襲撃は盗賊に襲われたという体を装うこと。兄妹の息の根を止めるときには両親への恨みで死ぬことを伝えてほしい。可能であれば、兄妹のどちらかが持っていると思われる向き合う蛇の意匠が刻まれた銀の指輪の回収をお願いしたい。』

それ以降はめぼしい情報は無く、手紙の送り主のことに関して分かることは無かった。
「手紙に書いてあった指輪のことじゃが、以前ヘクターが大事そうに手入れをしていたことがあってな、その時は親が残した形見の中で一番厳重に保管されていたから自分も大事にするのだと言っていた。刻まれていた模様までは分からなかったが、銀の指輪だったのは確かだ」
「普段はその指輪はどこへ?」
「紐を通して首から下げていたな。見られないように服の下に隠しておったし、滅多に人には見せなかったはずじゃ」
ヘクターの遺体を細かく確認したわけではないが、恐らくグエンが持っていったかもしれない。
俺があの時、現場に到着したタイミングでヘクターが殺されたのは、指輪が手に入って用済みとなったからだろう。

ヘクター達の親が何かしらの恨みを買って、それを子にぶつけるというやり方には相当深い憎しみがあったのではないかと考える。
正直、顔も知らないヘクター達の親に文句を言いたい気持ちはあるが、死んだ人間にそれをするのは無理なので、とりあえずパーラに決めさせるとしよう。
仇を討つというなら俺も手を貸すし、逃げたいというのならどこへだって連れて行くだろう。
だがパーラはきっと逃げない。
まださほど長い時間を一緒に過ごしたわけではないが、彼女の芯の強さは分かっているつもりだ。
剣を取って立ち上がった時、今のパーラを助けるために俺は力になる。
全ては明日、決まるだろう。
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