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恥ずかしながら戻ってまいりました

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熊の魔物以降の襲撃はほとんど無く、一度だけイノシシに襲われそうになった時はシペアに相手をさせることでいい経験を積ませることが出来たと思う。
家畜を連れての移動5日目の昼過ぎにようやくべスネー村が見下ろせる丘に差し掛かった。
10日ほど離れていただけなのだが、目に見えるほどに水田の形が出来上がっており、俺がやった場所のほかにもいくつかそれらしい場所が新たに作られたようだ。

下地だけ作っておいた場所もすっかり手が加えられており、この短期間で村の周囲は一変していた。
「へぇー、ここがべスネー村か。父さんの話じゃ湿地だらけで畑はあんまりないって聞いたけど、十分広く畑が出来てんじゃん」
村の周りに一定間隔で広がる田んぼはまだ水が入っておらず、そこを耕している人影がまばらにあるだけで、シペアから見ると普通の麦畑に見えるのだろうが、これがもうしばらくすると水が張られて本格的な米作りの景色になるときっと驚くだろう。

「あそこには米が植えられる予定だ。今はまだ土だけだが、その内本格的に水が引き込まれて水田になる。見渡す限りに水が張られた光景は見ものだぞ?」
シペアに田んぼのことを説明しながら村への道を歩いて行くと、俺達の姿に気付いた誰かが呼んだのだろう、村の入り口には村長がいて、お互いに手を振りあった。
村長には田んぼを作る時に土を耕すのに役立つ牛やら馬といった動物を連れてくる可能性を村を出る時に話してあるので、俺達が連れている動物を見ても納得してくれるだろう。

この世界でも畑を耕すのに動物を使うことはあるのだが、なにせ維持費を考えると人の手でやることの方が多くなり、大きな村で共同で所有する形で家畜を持つケースが大半だ。
べスネー村にもそう言った家畜はいたのだが、もうすっかり年を取っているのと、若い個体しかいないので今すぐ使えるのはいなかった。
なのでこうして俺が連れてきたのがこれから稲作に入る村の助けになってくれると信じている。

「おかえり、アンディ。10日ほどぶりかの?出ていった時よりも随分と大所帯じゃないか」
「それぐらいぶりですかね。前に話した家畜が調達できましたので、連れてきたんですが」
「ならこのまま広場に行って、そこを左手に向かえば家畜小屋がある。そこに預けてきたらいい。…ところで、そっちの子はアンディの友達か?」
俺の隣にいるシペアの姿を見て、てっきり友達を連れてきた思ったのか、なぜか微笑ましい顔をしている村長にシペアを紹介する。
「こいつはシペアっていう、ジネアの町で厩周りの仕事をしてる奴でして、今回この家畜を調達できたのもこいつのおかげなんですよ」
「どうも、シペアです」
紹介されたシペアが馬から降り、村長の前に立って挨拶をする。

今回の家畜の調達に関してはシペアには依頼の報酬として頼んでいたが、結構集めるのに苦労したらしい。
通常であればこの時期は家畜を潰して冬を越すのに備えるのだが、この辺りの気候では年間を通して何らかの作物を作ることが可能なので家畜を手放す人はあまりいないのだそうだ。
ではどこから持って来たのかというと、ザルモスの所有する資産の一部として家畜がいたので、それを町長に頼んで融通してもらった。
なのでここにいる家畜は色んな幸運と偶然が重なって手に入ったものなのだ。

その辺りを簡潔に村長に話すと、シペアに向き直り感謝の言葉を述べた。
「そうだったのか。とんだ手間を掛けたようで、感謝するよ、シペア」
「いやぁ、アンディには世話になったしこれぐらい大したことじゃないって」
顔合わせを終えて早速家畜を移動させると、村長の家で話をすることとなった。

話は村の周りに出来ていた田んぼの話から、継続して探されている野生の米の備蓄量などに話は及んだ。
今新しく出来ている田んぼは前に俺が作った下地を手本に村人が広げているらしく、新規で増えた田んぼは新たに米作りに加わった村人が作ったものだそうだ。
野生の米に関しては群生地は粗方採り尽されており、猟師がたまに見つけるのが時々運び込まれるくらいだが、今までため込んだ分だけでも暫くは食うに困らない量があるとのこと。

「それにしても、しばらく旅を続けると言っておったから戻ってくるのは当分先だと思っておったぞ?」
村を出るときに田植えの頃までには戻ると言っておいて、10日ほどで戻ってきたことをからかっているのだろうが、俺だってまさかこんな早く戻ってくることになるとは思わなかった。
単に家畜が手に入る機会が早く訪れたから戻って来たのであって、別に旅を止めたわけじゃない。
暫くはこっちに留まるが、そのうちまた旅に戻るつもりではある。

すっかり話し込んでしまい、夕飯をご馳走になったのだが、その際に出されたのが炒飯の発展形と思われる、細かくされた野菜と白身魚が入った五目炒飯だった。
「あれから村の女たちの間でチャーハンが流行ってな。家庭ごとに様々あるんだが、わしの家では野菜と川魚を混ぜたものがよう出る」
確かに白身魚の淡泊な味が炒飯の濃い目の味付けと合っていて旨い。
シペアも一心不乱に食っているし、気に入ったようだ。
よっぽど気に入ったのか、村長の奥さんから作り方を聞いて、さらには米まで分けて貰って町に戻ってからも楽しむつもりらしい。

以前世話になったヘクター達の家がそのまま空いているのでそちらにシペアと一緒に泊まることになったが、この数日間ですっかり風呂に慣れてしまったシペアから不満の声が上がる。
「風呂なしかぁ。まあそれが普通なんだけど、今まであった物がいきなりなくなるとこんなに困るもんか」
「仕方ないだろう。風呂に入る習慣がない村なんだからな」
この村に限らず、普通の人は水浴びかお湯で体を拭くぐらいしか出来ないので、俺の様にふんだんにお湯を使っての風呂に入ること自体が珍しい。
俺がこの村にいた間はいちいち湯船を土魔術で作って風呂から上がったら土に戻していたから、この家に常設の風呂は無い。

いい機会なので、シペアにはお湯を自力で作らせてみよう。
幸いシペアは水魔術が使えるから何かお湯を沸かす手段があれば気楽に風呂に入れるようにはなるだろう。
一番手っ取り早いのは火で焼いた石を水を張った湯船に入れることか。

早速家の外に湯船を作り、シペアに水を用意させる。
かなりの量の水を作る必要があるので湯船いっぱいにするには少し時間がかかるので、その間に焼き石を用意する。
特に面倒な作業でもなく、掌大の丸石を3つほど焚火に放り込んで待つだけ。
その間にシペアの様子を見ると、湯船に半分ほど貯めた辺りで辛そうな顔になっており、満タンにするにはまだ魔力量は足りないようだ。
まあこの湯船なら8割も入れば問題ないので、その辺りで止めておこう。

「よーし、こんなもんだろう。シペア、もういいぞ」
制止の合図を受けて地面に身を投げ出すようにするシペアの顔は疲労が濃く浮かんでおり、魔力を殆ど使い切ったのが想像できる。
今回は一気に水を貯めたが、シペアの魔力を考えると何回かに分けたほうがいいのかもしれない。
それか最初からある程度の量は井戸や川の水で用意しておくのもありだな。

色々と指導してシペアがいくらか回復したころに、湯船に焼き石を入れていく。
最初は1つ、温度を見て必要なら2つ目もいれ、3つ目はお湯が冷めてきたら入れるのがいいだろう。
鋤を使って掬い上げるようにして火から取り出した石を湯船に入れると、水が音を立ててお湯に変わっていき、水面からは湯気が立ち上がり始めた。
お湯に手を入れて温度を確認し、少しぬるいと感じたので2つ目の焼き石を鋤に載せたまま水面に触れさせる。
ジュワーという音が響き、すぐに鋤を持ち上げて石を遠ざける。
今度はちょうどいい温度に出来たようで、これで風呂が完成した。

「充分入れる温度になったな。これでやり方は分かったろ?焼き石は調理の時とかに一緒に竈に入れておくと無駄なく用意できる。入った後のお湯は水魔術でどこかに捨てるなりして処理すればいい」
真剣な顔をして聞いているシペアだが、既に風呂に入る気が逸りすぎて裸になっていた。
「…気が早いな、まあいい。ほれ、風邪ひく前に入れ」
「うひょー風呂だー!」
飛び込むように湯船に入るシペアの顔が見る間に蕩けるように気持ちよさそうなものに変わっていき、入って数秒ですっかり脱力した姿になっていった。

これでシペアは俺がいなくても風呂に入れるようになるので、清潔であれば病気にもかかりにくくなるだろう。
町の住民が求めればシペアが風呂屋を開くのもありかもしれないな。
その辺りも後で助言しておこうか。

「アンディー、次入っていいぞー」
「おう、今行く」
色々考えていたらシペアから声が掛けられ、俺の番になった。
あれこれと考えることは多いが、とりあえず一風呂浴びて今日は休むとしようか。
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