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日誌で分かる歴史の欠片
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記録者 ネフラン・イシス
サヴィスラ28年5月14日
カーリピオ団地に着任してから今日で4年目になる。
最初は新興の開発団地ということで不安を抱いていたが、ここで開発される技術は人々の生活を向上させていると実感できる日々で、やりがいがあるのが嬉しい。
家族に会える機会が少ないのが不満だが、それ以外は満足している。
・・・
・・
・
8月6日
またアイトルの実験棟で火が上がった。
無届けの実験でボヤ騒ぎになるのはこれで何回目だろう。
幸いすぐに火は消し止められたので大事には至らなかったが、本国に連絡が言ってしまったようで、通信でネチネチと嫌味を言われた。
俺が悪いわけじゃないのに何であそこまで言われなきゃならんのだ。
アイトルに一言文句を言おうとしたが、騒ぎのすぐ後に休暇に出たらしく、一足遅かったようだ。
あいつマジ許さねぇ。
・・・
・・
・
11月29日
統合技術科で進行中の新概念実証機が大凡の完成を見る。
あとは実地試験を重ねてデータの取得を続けるだけだ。
これが世に出れば多くの危険な作業から解放されるだろう。
リモー博士ともそう言って喜び合えた。
・・・
・・
・
サヴィスラ29年2月2日
実験棟で爆発が起きてアイトルが死んだ。
今回の事故は施設の老朽化によって減圧機構が不具合を起こした気密区画の圧力が異常に高まってしまった結果、一気に噴き出した圧縮空気で施設内の設備が誘爆して、建物が想定していた耐久値を大きく超える爆発が起きた。
事前に発令された警報装置でほとんどの職員は避難していたが、アイトルの実験室だけは警報装置の修理が遅れていたため、逃げ遅れたようだった。
爆発の衝撃とその後に発生した高熱の火災によって遺体の殆どが消失してしまっていたため、遺族には僅かな遺髪だけが送られることになる。
調査委員会の報告待ちだが、今回の事故は俺の責任も問われることになるだろう。
アイトルを死なせたのは俺のせいなのだからいかなる処罰であろうと甘んじて受け入れよう。
・・・
・・
・
6月1日
本国が戦争状態に突入してすでに2ヵ月経つ。
開戦当初の楽観的な空気はとうに失せ、日々変化する国境線の報道が飛び交っている。
来月には軍部の視察が訪れる予定になっているが、こんな戦争に縁遠い研究をしている所にまで希望を求めるようでは先が知れている。
・・・
・・
・
8月8日
軍の将校がやって来て研究中の物をあれこれと接収していった。
先日実地試験が終わり、ようやく実用化の目途が立った高等歩行作業機械『ガーランド』が戦闘用に改修される計画が持ち上がっているせいで、リモー博士も一緒に連れていかれてしまった。
命を守るためにしていた研究が命を奪うために使われることになってしまって博士もさぞや無念だろう。
せめて戦争の早期終結を切に願う。
・・・
・・
・
9月1日
最近地震が頻発している。
カーリピオを覆っているドームは現在の人類が生み出せる最高峰の堅牢さを誇っているが、万が一に備えて今から備えをしておく必要もあるだろう。
緊急用の掘削延長機構を備えた昇降機の設置の申請があったので、早速許可を出しておいた。
使う機会が来ないことを祈ろう。
・・・
・・
・
9月27日
とうとう地震の影響が周りの地形の変化を引き起こすまでになって来た。
近くにあった湖が一晩で枯れてしまったのを見て、地質学の専門家からは近く起こる大規模な地震の前兆を警告されたため、この団地を放棄し全員の避難を行うことを決めた。
本国には言っていない。
あっちは今は戦争のことで手一杯だろうし、ここを放棄することを認めてくれるとは思えない。
持ち出せるものは持ち出すつもりだが、殆どは以前の徴発で持ち出されているので大したものは残っていないから時間はかからないだろう。
・・・
・・
・
10月5日
カーリピオを放棄すると決定してから動き始めて、今日ようやくすべての退避作業が終わった。
めぼしい設備や人員は既に近隣の都市へ向けて出発させたため、今ここに残っているのは俺だけだ。
高等歩行作業機械の試作機があるのでそれを持ち出すのがカーリピオ開発団地局長の俺の最後の仕事となる。
日誌はここで終わっている。
今読んだ以外の日誌に関してはデータの破損により読めない物が多かった。
10月5日の日付を最後に日誌の更新がされていない上に、中身を読むとどうやらこの日がカーリピオ団地が完全に放棄された日のようだ。
「いくつか気になる単語が出てきましたけど、どうやらこの遺跡が所属していた国は戦争をしていたようですね」
「そのようですわね。戦況はあまりいいとは言えないようでしたけど」
「けど、最後の方に地震のことが書いてあったんだろ?ここが埋まったのもそれが原因なのかな…」
恐らくシペアの言う通りだろう。
ここは堅牢なドームに覆われていたから土中に埋まってもこうして俺達が入れるくらいに形が保たれていたのだ。
日誌に出てきた昇降機と言うのが恐らく俺達が入ってきた場所のことだと思う。
掘削延長機構というのはこの団地が何らかの形で土に埋もれた時のために、土の中から上に向けて掘り進んで行き、そこにエレベータの出口を届かせるための物ではないかと予想する。
だが俺達がここに入るには10メートルは土を掘らないとエレベータの出口に辿り着けなかったことを考えると、掘削延長による到達距離の想定を上回る地殻変動があったのではないだろうか。
歴史の邂逅が行われたところで、もう一つ気になっていることがある。
日誌に出てきた高等歩行作業機械という物についてだ。
書いた本人であるネフランは兵器としての転用をかなり恐れていた風に感じたが、想像するに人が乗り込んで動かすロボットのような印象を受けた。
そんなものはアニメや漫画の中でしか見たことがない俺としては、ぜひ実物を見てみたかったが、どうやらこの団地からはすべて運び出されていたようだったので、その希望がかなえられることは無いのが残念だった。
とりあえず得られた情報の整理をしてみることにする。
・この遺跡の名前はカーリピオ団地と呼ばれていた。
・日誌の記録者の名前はネフラン・イシス、団地の最高責任者かもしれない?
・カーリピオ団地が属していた国家は戦争中だったことと、かなり劣勢だったことがわかっている。
・ここにあった物は粗方が軍部に徴発されてしまった為、ろくなものは残っていない。
・俺達が入ってきたのは後付けされた緊急事態用の出入り口の可能性が高い。
・日誌からの推測になるが、カーリピオ団地はどうやら地殻変動で土中に埋もれたと思われる。
「こんなところですかね。他に補足することがあれば遠慮なくどうぞ」
「大体のことは上手く纏められてると思いますわ」
「俺は2人の意見に任せるよ。難しいことはよくわかんねーし」
特に補足することなく纏められた情報を見返すが、何か新しい発見があるわけでもないので、ここの調査はこれで終わらせることにして残るもう一つの管理棟に向かってみようという話になった。
今いる管理棟とは丁度反対側になるので、流石に今からでは時間がかかりすぎると判断し、今日の所は一度地上に戻って体を休めて明日改めて向かうことになった。
来た道を戻って地上に戻ってくると、もうすっかり外は暗くなっており、戻ってきて気づいたのだが、バイクだけがその場に残っており、ガイトゥナのジェクトの姿がどこにも見えない。
「オーゼルさん。ジェクトの姿が無いんですが」
「ほんとだ。…もしかして、逃げたんじゃねーか?ほら、ここって一応動物とか魔物が出るし、襲われたら逃げてもおかしくないって」
シペアの言葉にすっかり失念していた。
野生動物や魔物の襲撃を考えていなかったのは完全に俺の落ち度だ。
せめて土魔術で安全性の確保ぐらいしておくべきだったか。
「心配いりませんわよ。多分ジェクトはその辺りで遊んでいるのでしょう。今呼びますわ」
そう言って腰のポーチから細長いホイッスルを取り出して思いっきり吹くが、俺達には音が聞こえないことから犬笛のような一定の周波数を聞き分けられる相手に向けての合図なのだろう。
現に少し待っていると、茂みを突き抜けて現れたジェクトが放牧地を囲んでいる柵を飛び越えてこちらに向かってきてオーゼルの前に急ブレーキで止まると顔を擦り付けて甘えだした。
考えてみるとジェクトぐらいの大きさになると襲われること自体あまり無いのかもしれないし、仮に襲われたとしてもガイトゥナに走りで追いつける動物はそうはいないだろう。
なにはともあれ、無事だったことは素直に喜ぶとして、今日の宿を作って休むとしよう。
俺達が寝起きするのと、ジェクトとバイクを入れる大き目の物があれば問題ないと思い、すっかり慣れてしまった土魔術でのカマボコ兵舎の作成に移った。
一応今回はオーゼルが女性と言うことも考えて、中に複数の小部屋があるタイプにしてみた。
流石に各部屋にドアを作るまでは出来ないので、内部は仕切りを作るだけにして部屋の出入り口はマントとかの布を流用して塞いでもらおう。
早速地面に両手を着いて魔力を流し始める。
大分魔力が回復しているので、大目に魔力を使って速度を上げてもいいだろう。
どうせ今日はもう休むだけだしな。
「これから寝床の用意をするので、2人とも、俺の前に出ないように」
「は?お前今度は何おわぁああ!?」
「ちょジェクトっジェクト落ち着きなさい!」
地面から土が盛り上がってきて次々と家屋の形になっていくのを見てシペアは後ろに転ぶほど驚き、その光景にジェクトも興奮しているようで、オーゼルが落ち着かせようと手綱を引いて四苦八苦している。
出来上がったカマボコ兵舎はこれまで作った物と大きくは違わないが、建物の入り口の構造だけは変えてある。
今までは中に入ったら土魔術で入り口を変形させて塞いでいたが、それだと出入りに不便だと思ったので、両開きのドアも作ってある。
このドアを作るのが意外と魔力を使うもので、特に細かいパーツの造り込みには建物を作る魔力の5分の1がつぎ込まれている。
ジェクトを入れる方には屋根の一部を網目構造にして換気と圧迫感の解消を図っている。
「そっちの建物はジェクトとバイクを入れます。こっちは部屋があるので好きな所を選んでください」
そう言ってバイクを押して小屋に入れに行く。
暫く呆けていたが、興奮して大声をあげて建物をペシペシ叩き始めたシペアは放っておくとして、ジェクトを引いて俺の後をついてくるオーゼルからの何かを言いたげな視線を背中に感じながら、俺はこの後の食事のことを考えていた。
面倒だし時間もおそいから、昼に食べたリゾットもどきの味を変えたのでいいか。
「ぷふぅー、んまかったー。アンディといると旨い飯が食えていいな」
シペアが食べ終わった食器を地面に置いて、膨れた腹をさすりながら今の食事を褒めてくれた。
「嬉しいこと言ってくれるじゃないの」
「昼に食べたのとは違いますのね。なんだか辛さが強く思えましたけど、幾つか香辛料を追加したのではなくて?」
舌の肥えたオーゼルには見抜かれていたようだ。
昼に作ったリゾットもどきと使った材料は同じだが、幾つか辛みのあるスパイスを足したおかげで少しカレー味に近いものが出来上がったのだ。
「ええ、昼の物にウコン、こちらだとターメリックですね。それとカルダモンにクミンを入れました。どれも貴重な物なのであまり手に入らないのですが、こういう料理には意外と合うので重宝しますよ」
異世界でまさか馴染みのあるスパイスに出会うとは思わなかったが、この世界だと大体のスパイスが薬として使われているため、結構な値段がする。
なのであまり頻繁に食べれないのだが、米が見つかった今となっては何とか安定供給先を見つけたい。
「そういえば、昼も食べた時に思いましたけど、この粒は一体何ですの?麦とは違った味わいがありましたけど」
「え、これって麦じゃねーの?俺はそうだと思ってたけど」
「全く違いますわ。麦特有の匂いも無いですし、甘味が段違いです。思い返すと妙に癖になる味でしたわね」
どうやら2人も米の魔力に取り付かれてしまったようだな。
やはり米こそが世界を制する至高にして唯一の力。
いずれこの米を巡って国同士の争いが起こるかもしれない。
そんな魔性の米を見つけたのは誰かって?そうこの俺、キ~ングアンディさぁ」
「何言ってんだアンディ?」
「大丈夫ですの?疲れているのかしら?」
おっと、またしてもあふれ出た思いが口から漏れ出てしまっていたか。
いかんな、米のことになるとどうも自分を見失ってしまう、俺の悪い癖。
「ん゛ん゛、いや何でもありませんよ。この粒は米という物です。今は野生の物しか見つかっていませんが、その内栽培されれば気軽に口にできるかもしれませんね」
そう言って今俺が農業指導をしている村の話をしたのだが、村の名前を聞かれてそう言えばなんて村だったかと思い、場所と周囲の地形の特徴を話したところ、シペアに思い当たる場所があった。
「そこって多分べスネー村だと思う。父さんの所で働いてた人がそこの出身だって言ってた」
「べスネー村…、覚えましたわ。いずれ米のことで訪れることもあるかもしれませんわね」
米の話を暫くすると、思い出したようにオーゼルから俺の魔術についての話が切り出された。
「アンディ、あなたの魔術の腕前は遺跡までの掘削を見て理解していたつもりでしたけど、こんな家を作ってしまうくらいに凄いものだとは思っていませんでしたわ」
「俺も俺も。凄いよなぁ、あっという間に家が出来るんだもんなぁ」
シペアは純粋に俺の魔術に驚いているようだが、オーゼルは俺の正体を疑っている様な雰囲気だ。
「まあ俺は魔術に関してはちょっと自信がありますからね。土の他にも水もいけますし」
右手のそれぞれの指先にゴルフボール大の水球を4つ生み出し、それを空中で複雑な軌道を描いて飛び交わさせると、シペアは目を輝かせて水球を捕まえようとしているが、オーゼルは完全に絶句している。
水魔術は本来こういう動きはあまり出来ないのだが、俺は水球内部の水を動かすことで発生する遠心力も利用して複雑な水球の動きを実現させているので、高等技術を駆使しているとオーゼルの目には映っていることだろう。
「さて、それじゃあ今日はそろそろお開きにしますか。あぁそうそう。奥に風呂が用意してあるので、オーゼルさんからどうぞ。その次はシペアが入っていいぞ」
「お風呂…がありますの!?あぁ、そういえば水魔術が使えるんでしたのね」
「えぇー風呂ぉ?俺あんまり好きじゃないんだけどなぁ」
2人が想像する風呂と言うと、せいぜいが水浴びかお湯で体を拭くぐらいの物だろう。
特にシペアは水浴びぐらいしかしたことが無いだろうから、あまり気持ちのいいものという認識は薄いかもしれない。
オーゼルは身分の高さのおかげで、当然お湯を使ったものを知っているだろうが、それでも頻繁に入れるものではないので、結構な贅沢だっただろう。
それが外での野営で入れるとあっては喜びも一入だ。
奥のスペースに作ったのは日本の一般家庭にあるくらいの大きさだが、湯船にはしっかりとお湯を張ってある。
これは俺の剣を赤熱化させたものを水にぶち込んで沸かしたものだ。
一応石鹸代わりになる木の皮を買っておいたので、それも置いておく。
この世界では一般的な物なので使い方がわからないということは無いだろう。
脱衣所は大き目の布で仕切っているだけなのだが、この場にいる男は子供ばかりなので見られることを気にすることも無いようで、オーゼルがウキウキと脱衣所に入っていった。
「アンディ、姉ちゃんが出てくるまで暇だからさ、俺に魔術を教えてくれよ」
俺も暇を持て余していたこともあり、シペアの願いに応えることにした。
魔術を教えると言っても、俺は感覚的に使っていることもあって、どう教えたものかわからないので、とりあえず魔力を感じるところから指導してみることにした。
シペアに掌を上にして俺の方に両手を差し出させると、その上に俺の手を載せて弱めの魔力を放出する。
「今俺の手から魔力が出てるのが分かるか?掌の感覚を全部表面に集中させる感じを保っていろ」
目を閉じて魔力を感じ取ろうとするシペアだったが、一向に感覚が掴めないようで、表情に焦りの色が出始めた。
このやり方は失敗だったか。
いきなり『考えるな、感じろ』方式は流石に無理があったので、次の方法を考えてみる。
そもそも魔力を扱えるかどうかは完全に才能に依るので、最初から素養の無い場合は無駄に終わってしまう。
ただ、以前見た文献によると、人は誰しもが生まれついて魔力を持ち、潜在的に扱う術は刻まれているという記述を見た気がする。
となると、荒療治で魔力を活性化させるというのはどうだろうか。
強力な魔力に晒されることで秘められた魔力がアレしてどーこーしてといった修行法を漫画か何かで見たことがあるし。
「シペア、今から少し荒っぽい方法を使う。もしかしたら魔力が活性化してお前の体が危険な状態になるかもしれないし、あるいは何も起こらず、今までと何も変わらないかもしれない。どうする?やるかどうかお前が選べ」
危険性を説いて選択をシペア自身に委ねるが、こいつの目を見る限り、答えは出ているようだ。
「やるっ。俺だって男だ。半端な気持ちでこんなこと頼んでない」
シペア自身、何か思う所があって魔術の習得を考えているようで、その覚悟を尊重してやるとしよう。
「そうか。じゃあまずは体の力を抜け。目を閉じて自然な体勢を取ったらそのまま待て」
深呼吸して体の力が抜けたシペアの様子を確認し、今出せる限りの強さの魔力の波を指向性を持たせてシペアに叩き付ける。
属性が付かない魔力というのは意外と放出には向かないもので、今外に出た魔力のいくらかは空気中に溶け込むように逃げてしまい、シペアに届いたのは使った魔力の7割ほどにしかならない。
「うーん、上手くいかないものだな。シペア、体の「う、エレエレレレレレ」ほわっ大丈夫か!?」
だが、それだけでもシペアには十分影響があったようで、顔色が一気に悪くなりその場で吐いてしまった。
この反応は流石に予想外で、急いで吐しゃ物の辺りの地面を魔術で沈めて、続けて吐いているシペアを穴の前に誘導して背中を摩ってやる。
「うぇえ気持ち悪ぃー」
「落ち着いたか?悪かったな、まさかこんなことになるとは思わなかった」
普段感じることのない魔力を受けて、シペアの感覚になんらかの変調をきたしてしまったのかもしれない。
もう吐くことのなくなったシペアを壁際に連れて行き、壁にもたれさせて休ませる。
その間に穴を埋め戻しておく。
「はぁぁ、いいお湯でしたわぁ。シペアー、あなたも早くお入りなさい。最高ですわよ。…何かありましたの?」
そこに風呂上がりのオーゼルが現れたが、顔色の悪いシペアとそれを介護する俺と言う場面に疑問の声を上げるのも無理はないだろう。
風呂上がりのオーゼルの格好は綿の上下のシンプルな服装になっており、パジャマのようなものだろうと推測する。
「ええ、少しシペアに魔術の手ほどきをしてやったんですけど、具合を悪くしたみたいで。シペア、風呂に入れるか?」
多少は気分がよくなったようで、ゆっくりとした動きだが立ち上がり、風呂場へと向かっていった。
それを見送ったオーゼルがシペアがああなった原因を追究してきた。
「それで?何があったのか説明していただけて?」
「まあ簡単に言うと魔力の活性化に失敗したってことなんですけど」
シペアにしたことと目的をオーゼルに説明すると、顎に手を当てて考え込んでしまった。
俺のやり方に何か問題でもあったのか、難しい顔をしているオーゼルに何か声を掛けようとしたその時だった。
「アンディっ!助けてぇぱうっ!」
風呂場からシペアの悲痛な叫び声が聞こえてきたため急いで駆けつけると、湯船で洗濯機に放り込まれた服の様にグルグルと回っているシペアの姿があった。
サヴィスラ28年5月14日
カーリピオ団地に着任してから今日で4年目になる。
最初は新興の開発団地ということで不安を抱いていたが、ここで開発される技術は人々の生活を向上させていると実感できる日々で、やりがいがあるのが嬉しい。
家族に会える機会が少ないのが不満だが、それ以外は満足している。
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8月6日
またアイトルの実験棟で火が上がった。
無届けの実験でボヤ騒ぎになるのはこれで何回目だろう。
幸いすぐに火は消し止められたので大事には至らなかったが、本国に連絡が言ってしまったようで、通信でネチネチと嫌味を言われた。
俺が悪いわけじゃないのに何であそこまで言われなきゃならんのだ。
アイトルに一言文句を言おうとしたが、騒ぎのすぐ後に休暇に出たらしく、一足遅かったようだ。
あいつマジ許さねぇ。
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11月29日
統合技術科で進行中の新概念実証機が大凡の完成を見る。
あとは実地試験を重ねてデータの取得を続けるだけだ。
これが世に出れば多くの危険な作業から解放されるだろう。
リモー博士ともそう言って喜び合えた。
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サヴィスラ29年2月2日
実験棟で爆発が起きてアイトルが死んだ。
今回の事故は施設の老朽化によって減圧機構が不具合を起こした気密区画の圧力が異常に高まってしまった結果、一気に噴き出した圧縮空気で施設内の設備が誘爆して、建物が想定していた耐久値を大きく超える爆発が起きた。
事前に発令された警報装置でほとんどの職員は避難していたが、アイトルの実験室だけは警報装置の修理が遅れていたため、逃げ遅れたようだった。
爆発の衝撃とその後に発生した高熱の火災によって遺体の殆どが消失してしまっていたため、遺族には僅かな遺髪だけが送られることになる。
調査委員会の報告待ちだが、今回の事故は俺の責任も問われることになるだろう。
アイトルを死なせたのは俺のせいなのだからいかなる処罰であろうと甘んじて受け入れよう。
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6月1日
本国が戦争状態に突入してすでに2ヵ月経つ。
開戦当初の楽観的な空気はとうに失せ、日々変化する国境線の報道が飛び交っている。
来月には軍部の視察が訪れる予定になっているが、こんな戦争に縁遠い研究をしている所にまで希望を求めるようでは先が知れている。
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8月8日
軍の将校がやって来て研究中の物をあれこれと接収していった。
先日実地試験が終わり、ようやく実用化の目途が立った高等歩行作業機械『ガーランド』が戦闘用に改修される計画が持ち上がっているせいで、リモー博士も一緒に連れていかれてしまった。
命を守るためにしていた研究が命を奪うために使われることになってしまって博士もさぞや無念だろう。
せめて戦争の早期終結を切に願う。
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9月1日
最近地震が頻発している。
カーリピオを覆っているドームは現在の人類が生み出せる最高峰の堅牢さを誇っているが、万が一に備えて今から備えをしておく必要もあるだろう。
緊急用の掘削延長機構を備えた昇降機の設置の申請があったので、早速許可を出しておいた。
使う機会が来ないことを祈ろう。
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9月27日
とうとう地震の影響が周りの地形の変化を引き起こすまでになって来た。
近くにあった湖が一晩で枯れてしまったのを見て、地質学の専門家からは近く起こる大規模な地震の前兆を警告されたため、この団地を放棄し全員の避難を行うことを決めた。
本国には言っていない。
あっちは今は戦争のことで手一杯だろうし、ここを放棄することを認めてくれるとは思えない。
持ち出せるものは持ち出すつもりだが、殆どは以前の徴発で持ち出されているので大したものは残っていないから時間はかからないだろう。
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10月5日
カーリピオを放棄すると決定してから動き始めて、今日ようやくすべての退避作業が終わった。
めぼしい設備や人員は既に近隣の都市へ向けて出発させたため、今ここに残っているのは俺だけだ。
高等歩行作業機械の試作機があるのでそれを持ち出すのがカーリピオ開発団地局長の俺の最後の仕事となる。
日誌はここで終わっている。
今読んだ以外の日誌に関してはデータの破損により読めない物が多かった。
10月5日の日付を最後に日誌の更新がされていない上に、中身を読むとどうやらこの日がカーリピオ団地が完全に放棄された日のようだ。
「いくつか気になる単語が出てきましたけど、どうやらこの遺跡が所属していた国は戦争をしていたようですね」
「そのようですわね。戦況はあまりいいとは言えないようでしたけど」
「けど、最後の方に地震のことが書いてあったんだろ?ここが埋まったのもそれが原因なのかな…」
恐らくシペアの言う通りだろう。
ここは堅牢なドームに覆われていたから土中に埋まってもこうして俺達が入れるくらいに形が保たれていたのだ。
日誌に出てきた昇降機と言うのが恐らく俺達が入ってきた場所のことだと思う。
掘削延長機構というのはこの団地が何らかの形で土に埋もれた時のために、土の中から上に向けて掘り進んで行き、そこにエレベータの出口を届かせるための物ではないかと予想する。
だが俺達がここに入るには10メートルは土を掘らないとエレベータの出口に辿り着けなかったことを考えると、掘削延長による到達距離の想定を上回る地殻変動があったのではないだろうか。
歴史の邂逅が行われたところで、もう一つ気になっていることがある。
日誌に出てきた高等歩行作業機械という物についてだ。
書いた本人であるネフランは兵器としての転用をかなり恐れていた風に感じたが、想像するに人が乗り込んで動かすロボットのような印象を受けた。
そんなものはアニメや漫画の中でしか見たことがない俺としては、ぜひ実物を見てみたかったが、どうやらこの団地からはすべて運び出されていたようだったので、その希望がかなえられることは無いのが残念だった。
とりあえず得られた情報の整理をしてみることにする。
・この遺跡の名前はカーリピオ団地と呼ばれていた。
・日誌の記録者の名前はネフラン・イシス、団地の最高責任者かもしれない?
・カーリピオ団地が属していた国家は戦争中だったことと、かなり劣勢だったことがわかっている。
・ここにあった物は粗方が軍部に徴発されてしまった為、ろくなものは残っていない。
・俺達が入ってきたのは後付けされた緊急事態用の出入り口の可能性が高い。
・日誌からの推測になるが、カーリピオ団地はどうやら地殻変動で土中に埋もれたと思われる。
「こんなところですかね。他に補足することがあれば遠慮なくどうぞ」
「大体のことは上手く纏められてると思いますわ」
「俺は2人の意見に任せるよ。難しいことはよくわかんねーし」
特に補足することなく纏められた情報を見返すが、何か新しい発見があるわけでもないので、ここの調査はこれで終わらせることにして残るもう一つの管理棟に向かってみようという話になった。
今いる管理棟とは丁度反対側になるので、流石に今からでは時間がかかりすぎると判断し、今日の所は一度地上に戻って体を休めて明日改めて向かうことになった。
来た道を戻って地上に戻ってくると、もうすっかり外は暗くなっており、戻ってきて気づいたのだが、バイクだけがその場に残っており、ガイトゥナのジェクトの姿がどこにも見えない。
「オーゼルさん。ジェクトの姿が無いんですが」
「ほんとだ。…もしかして、逃げたんじゃねーか?ほら、ここって一応動物とか魔物が出るし、襲われたら逃げてもおかしくないって」
シペアの言葉にすっかり失念していた。
野生動物や魔物の襲撃を考えていなかったのは完全に俺の落ち度だ。
せめて土魔術で安全性の確保ぐらいしておくべきだったか。
「心配いりませんわよ。多分ジェクトはその辺りで遊んでいるのでしょう。今呼びますわ」
そう言って腰のポーチから細長いホイッスルを取り出して思いっきり吹くが、俺達には音が聞こえないことから犬笛のような一定の周波数を聞き分けられる相手に向けての合図なのだろう。
現に少し待っていると、茂みを突き抜けて現れたジェクトが放牧地を囲んでいる柵を飛び越えてこちらに向かってきてオーゼルの前に急ブレーキで止まると顔を擦り付けて甘えだした。
考えてみるとジェクトぐらいの大きさになると襲われること自体あまり無いのかもしれないし、仮に襲われたとしてもガイトゥナに走りで追いつける動物はそうはいないだろう。
なにはともあれ、無事だったことは素直に喜ぶとして、今日の宿を作って休むとしよう。
俺達が寝起きするのと、ジェクトとバイクを入れる大き目の物があれば問題ないと思い、すっかり慣れてしまった土魔術でのカマボコ兵舎の作成に移った。
一応今回はオーゼルが女性と言うことも考えて、中に複数の小部屋があるタイプにしてみた。
流石に各部屋にドアを作るまでは出来ないので、内部は仕切りを作るだけにして部屋の出入り口はマントとかの布を流用して塞いでもらおう。
早速地面に両手を着いて魔力を流し始める。
大分魔力が回復しているので、大目に魔力を使って速度を上げてもいいだろう。
どうせ今日はもう休むだけだしな。
「これから寝床の用意をするので、2人とも、俺の前に出ないように」
「は?お前今度は何おわぁああ!?」
「ちょジェクトっジェクト落ち着きなさい!」
地面から土が盛り上がってきて次々と家屋の形になっていくのを見てシペアは後ろに転ぶほど驚き、その光景にジェクトも興奮しているようで、オーゼルが落ち着かせようと手綱を引いて四苦八苦している。
出来上がったカマボコ兵舎はこれまで作った物と大きくは違わないが、建物の入り口の構造だけは変えてある。
今までは中に入ったら土魔術で入り口を変形させて塞いでいたが、それだと出入りに不便だと思ったので、両開きのドアも作ってある。
このドアを作るのが意外と魔力を使うもので、特に細かいパーツの造り込みには建物を作る魔力の5分の1がつぎ込まれている。
ジェクトを入れる方には屋根の一部を網目構造にして換気と圧迫感の解消を図っている。
「そっちの建物はジェクトとバイクを入れます。こっちは部屋があるので好きな所を選んでください」
そう言ってバイクを押して小屋に入れに行く。
暫く呆けていたが、興奮して大声をあげて建物をペシペシ叩き始めたシペアは放っておくとして、ジェクトを引いて俺の後をついてくるオーゼルからの何かを言いたげな視線を背中に感じながら、俺はこの後の食事のことを考えていた。
面倒だし時間もおそいから、昼に食べたリゾットもどきの味を変えたのでいいか。
「ぷふぅー、んまかったー。アンディといると旨い飯が食えていいな」
シペアが食べ終わった食器を地面に置いて、膨れた腹をさすりながら今の食事を褒めてくれた。
「嬉しいこと言ってくれるじゃないの」
「昼に食べたのとは違いますのね。なんだか辛さが強く思えましたけど、幾つか香辛料を追加したのではなくて?」
舌の肥えたオーゼルには見抜かれていたようだ。
昼に作ったリゾットもどきと使った材料は同じだが、幾つか辛みのあるスパイスを足したおかげで少しカレー味に近いものが出来上がったのだ。
「ええ、昼の物にウコン、こちらだとターメリックですね。それとカルダモンにクミンを入れました。どれも貴重な物なのであまり手に入らないのですが、こういう料理には意外と合うので重宝しますよ」
異世界でまさか馴染みのあるスパイスに出会うとは思わなかったが、この世界だと大体のスパイスが薬として使われているため、結構な値段がする。
なのであまり頻繁に食べれないのだが、米が見つかった今となっては何とか安定供給先を見つけたい。
「そういえば、昼も食べた時に思いましたけど、この粒は一体何ですの?麦とは違った味わいがありましたけど」
「え、これって麦じゃねーの?俺はそうだと思ってたけど」
「全く違いますわ。麦特有の匂いも無いですし、甘味が段違いです。思い返すと妙に癖になる味でしたわね」
どうやら2人も米の魔力に取り付かれてしまったようだな。
やはり米こそが世界を制する至高にして唯一の力。
いずれこの米を巡って国同士の争いが起こるかもしれない。
そんな魔性の米を見つけたのは誰かって?そうこの俺、キ~ングアンディさぁ」
「何言ってんだアンディ?」
「大丈夫ですの?疲れているのかしら?」
おっと、またしてもあふれ出た思いが口から漏れ出てしまっていたか。
いかんな、米のことになるとどうも自分を見失ってしまう、俺の悪い癖。
「ん゛ん゛、いや何でもありませんよ。この粒は米という物です。今は野生の物しか見つかっていませんが、その内栽培されれば気軽に口にできるかもしれませんね」
そう言って今俺が農業指導をしている村の話をしたのだが、村の名前を聞かれてそう言えばなんて村だったかと思い、場所と周囲の地形の特徴を話したところ、シペアに思い当たる場所があった。
「そこって多分べスネー村だと思う。父さんの所で働いてた人がそこの出身だって言ってた」
「べスネー村…、覚えましたわ。いずれ米のことで訪れることもあるかもしれませんわね」
米の話を暫くすると、思い出したようにオーゼルから俺の魔術についての話が切り出された。
「アンディ、あなたの魔術の腕前は遺跡までの掘削を見て理解していたつもりでしたけど、こんな家を作ってしまうくらいに凄いものだとは思っていませんでしたわ」
「俺も俺も。凄いよなぁ、あっという間に家が出来るんだもんなぁ」
シペアは純粋に俺の魔術に驚いているようだが、オーゼルは俺の正体を疑っている様な雰囲気だ。
「まあ俺は魔術に関してはちょっと自信がありますからね。土の他にも水もいけますし」
右手のそれぞれの指先にゴルフボール大の水球を4つ生み出し、それを空中で複雑な軌道を描いて飛び交わさせると、シペアは目を輝かせて水球を捕まえようとしているが、オーゼルは完全に絶句している。
水魔術は本来こういう動きはあまり出来ないのだが、俺は水球内部の水を動かすことで発生する遠心力も利用して複雑な水球の動きを実現させているので、高等技術を駆使しているとオーゼルの目には映っていることだろう。
「さて、それじゃあ今日はそろそろお開きにしますか。あぁそうそう。奥に風呂が用意してあるので、オーゼルさんからどうぞ。その次はシペアが入っていいぞ」
「お風呂…がありますの!?あぁ、そういえば水魔術が使えるんでしたのね」
「えぇー風呂ぉ?俺あんまり好きじゃないんだけどなぁ」
2人が想像する風呂と言うと、せいぜいが水浴びかお湯で体を拭くぐらいの物だろう。
特にシペアは水浴びぐらいしかしたことが無いだろうから、あまり気持ちのいいものという認識は薄いかもしれない。
オーゼルは身分の高さのおかげで、当然お湯を使ったものを知っているだろうが、それでも頻繁に入れるものではないので、結構な贅沢だっただろう。
それが外での野営で入れるとあっては喜びも一入だ。
奥のスペースに作ったのは日本の一般家庭にあるくらいの大きさだが、湯船にはしっかりとお湯を張ってある。
これは俺の剣を赤熱化させたものを水にぶち込んで沸かしたものだ。
一応石鹸代わりになる木の皮を買っておいたので、それも置いておく。
この世界では一般的な物なので使い方がわからないということは無いだろう。
脱衣所は大き目の布で仕切っているだけなのだが、この場にいる男は子供ばかりなので見られることを気にすることも無いようで、オーゼルがウキウキと脱衣所に入っていった。
「アンディ、姉ちゃんが出てくるまで暇だからさ、俺に魔術を教えてくれよ」
俺も暇を持て余していたこともあり、シペアの願いに応えることにした。
魔術を教えると言っても、俺は感覚的に使っていることもあって、どう教えたものかわからないので、とりあえず魔力を感じるところから指導してみることにした。
シペアに掌を上にして俺の方に両手を差し出させると、その上に俺の手を載せて弱めの魔力を放出する。
「今俺の手から魔力が出てるのが分かるか?掌の感覚を全部表面に集中させる感じを保っていろ」
目を閉じて魔力を感じ取ろうとするシペアだったが、一向に感覚が掴めないようで、表情に焦りの色が出始めた。
このやり方は失敗だったか。
いきなり『考えるな、感じろ』方式は流石に無理があったので、次の方法を考えてみる。
そもそも魔力を扱えるかどうかは完全に才能に依るので、最初から素養の無い場合は無駄に終わってしまう。
ただ、以前見た文献によると、人は誰しもが生まれついて魔力を持ち、潜在的に扱う術は刻まれているという記述を見た気がする。
となると、荒療治で魔力を活性化させるというのはどうだろうか。
強力な魔力に晒されることで秘められた魔力がアレしてどーこーしてといった修行法を漫画か何かで見たことがあるし。
「シペア、今から少し荒っぽい方法を使う。もしかしたら魔力が活性化してお前の体が危険な状態になるかもしれないし、あるいは何も起こらず、今までと何も変わらないかもしれない。どうする?やるかどうかお前が選べ」
危険性を説いて選択をシペア自身に委ねるが、こいつの目を見る限り、答えは出ているようだ。
「やるっ。俺だって男だ。半端な気持ちでこんなこと頼んでない」
シペア自身、何か思う所があって魔術の習得を考えているようで、その覚悟を尊重してやるとしよう。
「そうか。じゃあまずは体の力を抜け。目を閉じて自然な体勢を取ったらそのまま待て」
深呼吸して体の力が抜けたシペアの様子を確認し、今出せる限りの強さの魔力の波を指向性を持たせてシペアに叩き付ける。
属性が付かない魔力というのは意外と放出には向かないもので、今外に出た魔力のいくらかは空気中に溶け込むように逃げてしまい、シペアに届いたのは使った魔力の7割ほどにしかならない。
「うーん、上手くいかないものだな。シペア、体の「う、エレエレレレレレ」ほわっ大丈夫か!?」
だが、それだけでもシペアには十分影響があったようで、顔色が一気に悪くなりその場で吐いてしまった。
この反応は流石に予想外で、急いで吐しゃ物の辺りの地面を魔術で沈めて、続けて吐いているシペアを穴の前に誘導して背中を摩ってやる。
「うぇえ気持ち悪ぃー」
「落ち着いたか?悪かったな、まさかこんなことになるとは思わなかった」
普段感じることのない魔力を受けて、シペアの感覚になんらかの変調をきたしてしまったのかもしれない。
もう吐くことのなくなったシペアを壁際に連れて行き、壁にもたれさせて休ませる。
その間に穴を埋め戻しておく。
「はぁぁ、いいお湯でしたわぁ。シペアー、あなたも早くお入りなさい。最高ですわよ。…何かありましたの?」
そこに風呂上がりのオーゼルが現れたが、顔色の悪いシペアとそれを介護する俺と言う場面に疑問の声を上げるのも無理はないだろう。
風呂上がりのオーゼルの格好は綿の上下のシンプルな服装になっており、パジャマのようなものだろうと推測する。
「ええ、少しシペアに魔術の手ほどきをしてやったんですけど、具合を悪くしたみたいで。シペア、風呂に入れるか?」
多少は気分がよくなったようで、ゆっくりとした動きだが立ち上がり、風呂場へと向かっていった。
それを見送ったオーゼルがシペアがああなった原因を追究してきた。
「それで?何があったのか説明していただけて?」
「まあ簡単に言うと魔力の活性化に失敗したってことなんですけど」
シペアにしたことと目的をオーゼルに説明すると、顎に手を当てて考え込んでしまった。
俺のやり方に何か問題でもあったのか、難しい顔をしているオーゼルに何か声を掛けようとしたその時だった。
「アンディっ!助けてぇぱうっ!」
風呂場からシペアの悲痛な叫び声が聞こえてきたため急いで駆けつけると、湯船で洗濯機に放り込まれた服の様にグルグルと回っているシペアの姿があった。
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