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掘るのは男の仕事

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雑草の生え放題になっている放牧地の中を歩きながら、一定間隔で立ち止まっては薄く引き延ばした魔力の波を地面に向けて打ち込んで反応を探って、異常が無ければまた次の場所へ移動して魔力を打ち込むというのを繰り返していくと大凡の見当がついた。

西寄りにある丘っぽくなっている場所から出ている魔力と俺の魔力で磁石の反発のような手ごたえがあったので、恐らくここだろうと思い、2人をその場所に呼び寄せた。
「この場所の地下から魔力の反発がありました。多分10メートルも掘れば遺跡があると思うんですが」
そう言うと2人は俺の指さした場所を目で追って、見えない遺跡を見ようとして、地面をじっと凝視している。
「2人とも、どんなに見ても遺跡は見えませんよ」
そんな様子が面白くて、つい笑い声をこらえた状態で言ってしまったために、自分たちの様子に気付いて少し恥ずかしがっていた。

「本格的な調査は昼食を摂ってからにしましょう」
「そういえば腹減ったなぁ。うん、賛成!メシにしようぜ!」
流石は子供だけあってシペアは本能に忠実で、昼飯を食べれると分かると満面の笑みになった。
ところが反対にオーゼルは沈んだ顔をしたため、気になってその理由を聞いてみた。

「いえ、私も食事はしたいのですが、今回は急なことだったもので、携帯食しか持ってこれなかったのです。正直、この味気ないのだけはいつになっても慣れませんわ…」
話していくうちにテンションが下がり続け、言い終わる頃には死んだ魚のような目になっていた。
ただ、空腹を抱えてこの後の探索に臨むわけにはいかず、とりあえず食べることは食べるのだそうだ。

オーゼルは普段はジェクトの高速移動のおかげで町から町への移動は日を跨ぐことは無く、大概は朝に出発すると夜になる前には次の町へと着いているため、昼に食べる分であれば町中で買っておいた調理済みの料理を携行することで移動の途中の食事を賄ってきたらしい。
なので今日の突然の出発によって用意できたのは常備してある携帯食だけとなってしまい、テンションが駄々下がりとなっていたというわけだ。

「なら無理に急がなければよかったんじゃないですか?どうせ目指す場所は同じなんですし」
「そうはいきませんわ。だって、私はここの場所を知りませんもの。だからアンディの後をつけてきたのですから。まあ途中で追いつけなくなって撒かれそうになりましたけど」
どうやら来る途中にオーゼルに尾行されていたようだ。
だがバイクの速度に追いつけず、途中で見失ったようだが、街道の途中の岩を曲がってからはほぼ一直線だったため、迷わずこれたというわけだ。

シペアは父親が亡くなってからはまともな食事をとれない生活が長かったため、粗食に耐えるのに慣れている。
俺も森暮らしと冒険者としての生活によって、食に関しては妥協する必要があると学んだため、今では携帯食でも普通に食べている。
まあそれでも普通の食事を摂れるぐらいには荷物に食材を充実させているので、携帯食だけの食事というのはほとんどない。

一般的な携帯食というのは硬く焼きしめられたビスケットのようなものなのだが、ふやかすか砕いてスープの具にするかしないととてもじゃないが食べれる硬さじゃない。
普通の冒険者であれば水でふやかして食べるのが一般的であるため、オーゼルもこの食べ方をしてきて好きになれなかったのだろう。
そういうことなら旅先でも食える旨いものを味合わせてやろうじゃないか。

早速シペアとオーゼルには薪を集めてもらい、その間にバイクから荷物を取り出して調理の準備にかかる。
手持ちの食材で使えるのは、王都で揃えた調味料一式に、米作りの指導をした村で分けてもらった野菜に、僅かな米と携帯食、あとは干し肉と乾燥させた椎茸っぽいキノコとなる。
キノコと野菜は水魔術で水分のみを抜いてフリーズドライに近い状態にしてあり、保存に向いた食材として村を出る前に大量に作ってバイクに積んでおいた。

「アンディ、集めてきた。ここに置いていいよな?」
薪を抱えるほどに集めてきたシペアとオーゼルだが、その様子は対照的で、これからの食事を楽しみにしているシペアと携帯食に嫌気がさしているオーゼルというなんとも違うベクトルの感情でも分かりやすい2人だ。
「ああ、そこで頼む。後は俺が全員分調理するので2人は待ってて下さい」
はーいと2人のテンションの違う返事を受けて調理に取り掛かる。

集めた薪に火をつけて、水を張った深鍋に干し肉とキノコを入れ、火にかけて沸かす間に硬いビスケット上の携帯食を粗めに砕いておく。
沸騰してきたところで一握りの米と砕いたビスケットと野菜を入れ、遠火にかける。
味付けに少しの塩と、ハーブに香辛料をいれ、蓋をして待つ。

少し時間がかかるのを言うために後ろを向くと、匂いに誘われた2人が俺のすぐ後ろに立っており、期待に輝く目と涎を垂らしそうな勢いで鍋を凝視していた。
シペアは言うに及ばず、オーゼルも匂いで食欲が刺激されたようで、お嬢様然とした普段の姿からは想像もできないほどにだらしない顔をしている。
「まだですよ。もう少し待って下さい」
俺の宣言に絶望の淵に叩き落されたような顔を浮かべたが、もう少し待てば食べれると聞き、再び希望の輝きに溢れた目に戻った。

ここからは少し時間がかかるのでもう一つの鍋に少量の砂糖と水を入れてゆっくりとかき混ぜながら煮ていく。
砂糖の色が元々黒かったのもあり、水分が蒸発して琥珀色が濃くなってきたところで木皿に移して、そこへレーズンを投入して絡ませるようにしてスプーンでかき混ぜたものを柔らかいうちに丸めて飴玉型にしていく。

そろそろ料理の方が出来たかと思ってそちらを見ると、いつの間にか俺の作っていた飴玉に視線を注ぐ2人が間近に居て少し驚いた。
どうやら漂う甘い匂いに誘われてきたようだ。
この世界では甘いものとして砂糖がそこそこ貴重であるため、基本は果物が甘味として食べられるのだが、砂糖を使った菓子というと果物の砂糖漬けのようなただ甘いだけのものが多いため、こういう匂い立つ甘さというのには出会う機会はまずない。

とりあえずこのべっこう飴は食後に頂くので一旦蓋をして2人の目から隠して置く。
その瞬間2人からは落胆のため息が漏れ出たが、後で食べさせるからそんなに落ち込まないでほしい。
「そろそろ料理が出来たころなんで、頂くとしましょう」
「おぉ!そういえばそうだった!」
「えぇ!はやく食べましょう!」
俺の言葉に料理の存在を思い出して、笑顔で顔を起こした2人に苦笑を堪えきれず、鍋の中身の出来を見る。

蓋を開けるとフワッと立ち昇る香りがこの場の全員の鼻をくすぐり、食欲をそそられたシペアの腹の音が鳴り響く。
ついその音の発生源に目を向けてしまった俺とオーゼルの視線に気づき、恥ずかしそうにはにかんだ顔を見せる。
作った物としてはそれだけうまそうに思ってもらったというのは嬉しいもので、早速皿によそっていく。

水分を吸って戻された野菜とキノコが散りばめられ、干し肉も普通の肉のような質感になっており、一見すると炊き込みご飯風に見えるが、実際にスプーンを入れると返ってくる感触はリゾットのようなものだった。
恐らく砕いたビスケットが水を吸ってこうなっているのだろうと思われるが、元の硬さもあるおかげで混ぜ込んだ米とほとんど変わらない存在感がある。

2人は手渡した皿を一瞬じっと見つめて、一緒のタイミングでスプーンで掬った分を口の中へと運んだ。
口に含んだ瞬間、目を見開いて動きが止まり、すぐに高速での咀嚼が始まり皿の中身をかき込むように貪り始めた。
この感じではすぐに喉を詰まらせるだろうと思い、カップに水を注いで2人の前に置いておく。
案の定、シペアの動きが止まり、俺と目が合ったので、目の前にあるカップを指さすと、飛び付くように手に取って一気に飲み干した。

一息ついたところで再び食事を再開するシペアに安心して、俺も自分の分を食べる。
食べて分かるのは、キノコの風味と味がかなり濃厚で、和風なリゾットに近い味になっている。
野外で食べるものとしては最上の料理といっても差し支えないのではないか。
やはり日本人である自分からすると醤油があればと思わずにはいられない完成度だ。

感慨にふけっていると今度はオーゼルが喉を詰まらせたようで、口いっぱいに物を詰めた状態で目が合ったので、シペアの時と同様にカップを示すと同じように一気に飲み干して食事に戻っていった。
「2人ともお替わりは?」
「ん!」
「んん!」
ほぼ同じタイミングで皿が差し出されるが、オーゼルの方はまだ少し皿に残っている状態で次を要求してきた。
「ん!んーんぅん!!」
「んー?んぅんうんうんんー」
そのことを咎めるようにシペアが何かを言っているが、お互いに口に物が入っている状態では何を言っているのかわからないのだが、なぜかオーゼルとは会話が出来ているようで、挑発するようなオーゼルの表情からシペアを煽ってそれに乗せられたシペアが怒っているという感じだろうか?

とりあえず、シペアには少し多めに入れてやり、オーゼルには追加の分を足してシペアと同量になるぐらいに入れると鍋は空になってしまった。
結構な量があったので余ると思っていたのだが、殆どを2人が食べてしまった。
俺は今皿にある分で十分なので、この2人の食欲を刺激した料理が出来たことで満足できる。

ほぼ同時に全員が食べ終わり、水を飲みながら一服していた。
「野外でこれだけの物を頂けるとは思いもしませんでしたわ。アンディは本当に何でも出来ますのね」
「あ、それは俺も思った。アンディって俺と同じ年ぐらいなのに何やってもすごいよなぁ。俺、こんな旨い飯食ったの初めてだよ」
手放しで称賛されると少し照れくさいが、それだけ感動したことの証拠だと思うと誇らしい気分になる。

「確かにあれは不思議な美味しさがありましたわ。なんというか、何層もの味が重なっている深みのような、そんな感じでしたわね」
オーゼルの言いたいことは恐らく旨味のことだろう。
出汁を取るということをしない西洋料理とは違い、キノコや肉からも旨味を引き出すことを追求する日本人の味覚はいっそ変態的だと言っていいぐらいだ。
それはこの世界でも同様で、美食を知る機会の多いだろうオーゼルをして未知の旨さを味合わせてしまった。
これを知った後ではどんな料理も大味に感じてしまうのではないだろうか。

「さて、お2人とも。食後の甘味はいかが?」
そう言ってべっこう飴の入れてある皿を目の前に置く。
先程の甘い匂いを思い出して目を輝かせた2人の反応に満足し、被せてあった蓋を取った。
既に冷え固まっているので匂いが立ち上ることはないが、透き通った琥珀色というのは非常に美しく見え、2人の口からは感嘆の溜息が漏れていた。
「すげーキレイだなー。なんか宝石みたいだ」
シペアはただ綺麗だというが、オーゼルは一粒手に取って透明感のある琥珀色が光の具合で色味が変わるのを観察している。
「まるで魔性の光に魅入られるような不思議な美しさ…。これは食べるのが躊躇われますわね」
「飴なので食べてもらわなければ困りますよ」

2人に先んじて一つ口に放り込む。
単純に砂糖以外は使っていないのだが、不思議と優しい甘みが体に染み渡って行くようだ。
俺が満足そうな顔で飴を舐めているのを見て、2人も口に入れた。
すぐに甘味に顔が綻んでいき、無言の笑顔だけで満足してくれたのが伝わってくる。
暫く舐めていると、飴の中心にあったレーズンが顔を出し、微かな渋みと酸味が甘さにアクセントを加え、より複雑な旨さを醸し出した。
正直、レーズンを入れたのはただ固めるときの核に使うだけのつもりだったのだが、意外とこの組み合わせは合っているのかもしれない。

「ヌガーとはまた違った柔らかな甘みがたまりませんわね」
「ヌガーってのは知らないけど、飴ってこんな簡単に作れるんだな。今度俺もやってみるよ」
満足してくれたようで、2つ目を口に含んで楽しんでいる2人に余った飴を紙で折った小袋に入れて持たせる。
「あら、面白い入れ物。紙でこんな物が作れるなんて、本当にあなたは何でも出来るんですのね」
「紙で出来てるので、水気には気を付けて下さいね。あと、溶けやすいので早めに食べた方がいいですよ」
中身に喜ぶシペアとは違い、その入れ物の方に目が行くとは男女の差だろうか。
折り紙の文化の無いとこういう紙で折った物は珍しく映るようだ。
しげしげと貰った小袋を眺める姿は、シペアと歳の変わらない少女のような純粋な様に俺には感じられた。

後片付けを済ませ、いざ遺跡とのご対面へと行こうか。
辺りを付けた場所に向かい、さらに詳しく場所を探っていく。
その間は特にすることのない2人は飴を舐めながら雑談に興じている。
…別にいいんだけどね。

大凡の造りを把握してみると、この遺跡はかなり規模の大きいものだと分かった。
今いる場所の地下にあるのは、遺跡へ入る出入り口のようなものだと推測する。
その出入り口すら10メートルも地下にあり、本命の遺跡の方はさらにもっと深い場所にあるようだ。
2人を呼び寄せてそのことを話し、どうするかの相談を始めることにした。

「正直ここまで規模の大きいものだとは思わなかったから、どうしたものかと…」
「そっかー、確かに掘るのが大変だし無理かなぁ」
「あぁいや、掘るのはすぐ済む。ただ、ここの遺跡の規模から探索を始めたらすぐには終わらないから、シペアとオーゼルさんはどうするかの確認をしたい。正直、今日明日に終わるとは思えないし」
遺跡の入り口にあたる部分の大きさは6畳ほどだが、その先に広がる空間はちょっとしたショッピングモールぐらいはありそうだ。

遺跡の元の用途がわからないと慎重に調べる必要があるのだが、そうなると中で1泊2泊も覚悟しなければならない。
それに2人を付き合わせるのもどうかと思うのだが、その辺を確認しておきたい。
最悪は俺一人で潜ることも考えてるが、そうなるとシペアをオーゼルに任せることになるので、それも話し合っておく必要がある。
そこも含めて2人に説明して、判断してもらうことにした。

「私は一緒に行きますわよ。遺跡の探索は前々から機会を窺ってたのですもの。この機会を逃すのはありえませんわ」
「俺だって一緒に行くよ。ここは父さんから受け継いだ土地なんだ。そこに何があるのか知っておきたい」
どうやら同行する気満々の様で、俺自身も引き留める理由もないので、一緒に行くことに決まった。

「それで、遺跡の場所までどうやって掘るんだ?結構深いんだろ?」
道具も無い状態で10メートルを掘る方法に想像がつかないシペアとオーゼルは不審げに俺を見ているが、そこは俺も考え無しでいるわけではないので安心してほしい。
「まあそこは俺の魔術でやっちまうつもりだ。…ここでいいか。2人とも下がって」
2人が下がったのを確認して、目標から10メートルほど離れた場所を起点に、土魔術で斜め下に向かって足元が階段状になる様にトンネルを掘り進んでいく。
掘った後の剥き出しの側面が崩れないように土を硬化していくのも忘れずに掘ると、すぐにそれらしい構造体の一部にぶち当たった。

目の前の金属と思しき壁は開閉しそうにないので、壁に沿ってグルリと移動しながら土を除去していくと、ドアのようなスリットの跡がある壁を見つけた。
ここを調べる必要があるので、周りの土を圧縮するようにしてどかしていき、十分な作業スペースを確保しておく。
出入り口に見当がついたところで地上に戻ると、トンネルを見て唖然としている2人と目が合う。
どうしたのかと首を傾げていると、オーゼルが深い溜息を吐いた。
「はぁー…。普通とはどこか違うと思ってましたけど、ここまででたらめだったなんて。私の知る限りでもこの魔術の腕は国のお抱え術師を軽く凌駕してましてよ?」
「へぇー、やっぱアンディって凄いんだな」
感心するような呆れるようなオーゼルと、改めて俺に尊敬の念を抱くシペア。

「まあそれはいいとして。入り口らしき場所を見つけましたよ。開いてるかどうかはまだわかりませんけど、とりあえず行って見ますか」
3人でトンネルを下り、突き当りを壁に沿って移動するとドアらしき構造の場所に着く。
「見ての通りこの隙間に沿って開きそうなんですが、どうやって開くのかわからないので、2人の意見を聞かせてもらおうかと思いまして」
長方形にスリットがある場所を指でなぞって2人に場所を示す。

壁に取り付くように叩いたり摩ったりして探る2人から少し離れて、壁全体を見渡してみる。
シペアはともかく、オーゼルはこういう遺跡に詳しいお国柄を匂わせたから、何か見つけてくれると期待したい。
ただ、この壁の感じが、なんとなく魔導文明というよりも、SF系の未来技術で作られた気がしてならない。
となると、単純に魔術で何とかなると考えるのは浅薄か。

「アンディ、ありましたわよ。こっちへ」
オーゼルが何か見つけたようで、手招きされてその場へ向かう。
シペアも気になるようで俺の少し後ろから覗いている。
「この四角い出っ張りに文字が書かれているのが見えるでしょう?」
見ると丁度俺の胸の高さの壁の位置に20㎝四方の四角いプレートがある。
その中に何やら文字が書かれているが、俺の知るどの言語とも違う未知の物だった。
見覚えのない文字に首を傾げていると、俺の様子に気づいたオーゼルがドヤ顔で説明して来た。
「これはパルセア語という言語で、魔導文明の遺跡にはよく見られる文字ですの。遺跡の調査に加わるにはこの文字の判読が必須条件だと言われていますわ」
「これ文字か?なんだかグネグネしてて変なの」
シペアの率直な感想には俺も同意する。

いわゆる古代文字というやつなんだろうが、今見える文字の数が少ないので法則性を探すのも難しそうなので、解読はオーゼルに丸投げしよう。
「流石オーゼルさん!古代の言語も知っている博識さ、そこに痺れる憧れるぅ~!…で、なんて書かれてるんです?」
俺の煽てに気分を良くしたオーゼルが得意げに文字を読み上げてくれる。
チョロいな。
「んふー。ここには『手が認証』と書かれてますわ」
「ふむふむ……え、それだけですか?」
「それだけですわよ?」
さも当たり前といった顔で返されるとなんも言えねぇ。

なんてこったい。
まさかそんな断片的な情報しか書かれていないとは。
いや、そもそもパルセア語の完全な解読は出来ていないのではないか?
単純に直訳して読んだ場合が先程のオーゼルの言葉だとしたら?
そうなると本来の意味はもう少し単語を捏ね回してみる必要があるが、今はそんな暇はない。
どうしたもんかと思っていると、ピンと閃いた。

SF的な雰囲気の扉に、手というワードで思い浮かんだのは静脈認証だ。
技術の進んだ世界では信頼できる認証方法だが、今この場では開けることが出来るのか甚だ疑問だ。
誰の手でも開くのか、それとも登録された人間でしか開かないのか、とにかく試してみよう。
早速文字の書かれたプレートの上に手をのせて暫く待ってみる。
当然何も起こるはずもなく、2人にもやってもらったが、やはり開かない。
開かない扉に3人そろって腕を組んで悩んでいると、またもティンと来た。

これ、そもそも動力が来てないんじゃないのか?
「オーゼルさん、魔導文明の遺跡って魔力を使って動いてたりします?」
「え?ええ、確かにそういったものも過去には見つかってましたけど…まさか、ここも?」
「俺はそうだと思ってます」
プレートの部分を探ると、側面に微かに凹んでいる部分があり、そこにナイフを差し込んで、こじ開けてみる。
元々メンテナンス用だったのか、意外と簡単に開く。

「あぁー!アンディが壊した!」
「ちょちょっと!遺跡を損壊させるのは―」
2人の喚き声を無視してプレートの中を見てみると、構造はサッパリわからんが、何となく原因は分かる。
こういう開閉装置には大抵、非常時に手動で開ける装置か予備電源が備わっているはずなのだ。
この中で予備電源に当たる部分は大抵のスペースを占めるはずだ。
現に、今目の前にバッテリーボックスらしきものが確認できる。
オーゼルの言葉を信じるなら動力は魔力なので、俺の魔力を補充すれば装置は立ち上がるだろう。
そのあとドアが開くかどうかは分からないが、とりあえず何も進展しないよりはましだと思い、魔力を注ぎ込んでみた。

俺が何かをしていると気付いたようで、黙って見守ることにした2人の視線を感じながら魔力の充填を続けるが、未だ起動しない装置に焦りが出てくる。
バイクの比ではない量の魔力が注ぎ込まれて、もう俺の方の限界が見えてきた頃に、ようやく装置に光が走る。
装置から発せられるのは、シペアの腕輪に魔力を通した時と同じエメラルドグリーンの光だった。
「おぉお?なんだなんだ!?」
「この光は…」
発光に驚くシペアとオーゼルだが、それに反応する余裕が今の俺にはない。
なにせ魔力をほぼ使い切ってしまい、怠くてすぐにでも座ってしまいたいぐらいだ。
こんなにもキツいなら手動の開閉装置を探すべきだったか。

とにかく、今この状況で出来ることはやった。
プレートを閉じて改めて手を載せてみる。
頼むから個人認証ではありませんよーに。
祈るような気持ちでプレートに手を当てて少し待つ。
するとボーンという微かな音が辺りに鳴り響き、壁のスリットに光が走ったかと思うと、ドアの真ん中から上下に分かれていき、目の前に新たな空間が生まれた。

どうやら無事に開けることが出来たようで、ドアの向こうには非常灯のようなオレンジの光に照らされた小部屋があった。
「んじゃ入りましょうか」
ポカーン口を開けて呆けている2人の背中を押して部屋の中へと入っていく。
俺の見立てだと、恐らくこの部屋はエレベータのようなものだと思うので、ここからさらに移動することになるだろう。
一応大丈夫だと思うが、先ほど充填した魔力がどれだけ持つかわからないのでさっさと先を急ごう。
そして出来るなら、遺跡の動力を復活させたいものだ。
またあの量の魔力を使ったら今度は干からびてしまいそうだしな。
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